日常探求とこだわり

日常生活におけるこだわりを書いています。
頭に浮かぶ女性を追い求め、自転車を漕ぎながら精神世界を探求中です。
トレーニング・サイクリング・精神世界・食べ物・現実逃避の内容がメインです。

2013年05月

昨日、心に抱えた何らかの問題が解消した事には間違いありませんが、

自分自身の怒りが消えていないと書いた通りに、引き摺られるように怒りと憎しみに捕らわれる事は、無くなったように思えますが、全てが消え去った訳ではありません。

生まれてから、自分自身が作り上げてしまった、業もまた自分を縛り付けている。


本日、順調に仕事を終えた後、オフィスで勉強をしようとしたのですが、どうも集中が出来ない、

なので、関心の赴くままに調べ物をしていました。


中学三年生の頃に、登渡神社と言う神社に夜中参拝をし、しばらくしてから

人生が更に苦しくなった事が、以前から気掛かりだったのです。

その時の願いは、「宇宙人に会えますように」と願った事を憶えています。


登渡神社について調べたら、“白蛇山真光院”なるワードがありました。

最近、白蛇の象徴が頭に浮かぶので、“白蛇”のちょっとしたシンクロです。

昨日の、心の中を浄化するような出来事が起こった際も白蛇の象徴が出てきました。

子供の頃は、千葉にある神社と言う知識しかなかったので、今日調べて見てちょっとだけ驚きました。


そして私は子供の頃から蛇が好きだった事も思い出しました。

蛇をモチーフにしたキャラクターを小学校の頃に描いていた。

落書き
子供の頃描いていたキャラクターですが、案外憶えているものです。

大好物はチョコレートです。いや、むしろ彼等はチョコレートしか食べません。

明らかに偏食で栄養のバランスが偏っています。


ちょっと横道に逸れたので話を戻します。

仕事も一段落していたので、自転車を漕いで登渡神社へと行ってみました。


久々に登渡神社に着いたのですが、千葉の市街地にあるからか、昔からそれほど好きな場所ではなかった。

何か居心地が悪いのです。

今日立ち寄った際にも、居心地の悪さを感じた。

参拝を済ませ、神社の裏手に周ったら、そこには白蛇山なる立て札が書いてありました。

そして水神社と言う社もあった。


帰ってから調べたのですが、水神とは河童、蛇、龍の事らしいのです。

やはり蛇が出てくる。

そして、二週間ほど前に寄った花見川周辺の“水神宮”と言う神社もひょっとしたら蛇を奉っているのではなかろうか・・・?

水神宮は、以前の記事で書いた通りに居心地が良く、一時間ほど境内の敷地で横になった場所です。

ネットで花見川の水神宮について軽く調べたのですが、情報が少なく由緒は不明。

千葉に河童伝説などは無いので、恐らく蛇か龍のどちらかを奉っていると思われます。

やはり、蛇が関わっている可能性がある。

自分でも予想だにしなかった事だが、蛇に関するシンクロニシティーが起きている。


参拝を終えた後、境内の中心に立っていたら

何とも言えない、圧迫感を感じ、頭がフラフラして来ました。

そう言えば、登渡神社のこの感じが昔から好きでは無かったのだと思い出します。

拒否されている訳ではないとは思いますが、混沌とした荒々しいエネルギーに頭がフラフラになってしまったので、帰りに大福を買ってからオフィスに帰りました。


何か知らないけど、先日のサイクリングで、白蛇が化けた美しい女性が大福を丸呑みする昔話のような映像が頭に浮かんでから、大福が好きになってしまったのです。

私の中で、突如として大福ブームが到来してしまったのかも知れません。


オフィスに帰った後も、一気に疲れてしまい、しばらくしてから横になりました。

一旦横になると、身体がダルくて動かせなくなりました。

動かせないが、気分は悪くない。むしろ良い。

久々に何らかの“調整”が私の中で行われているのを感じました。

宇宙(宇宙人)の調整を受けているときは、機械が組みあがるようなカチカチカチと言う小さな音がするのですが今回は違う。

多分、登渡神社に寄った事で何かが起こっている。エネルギーの感じから、何らかの神による調整だと思われます。

横になっている最中は、とても心地よい、しかし、身体が重くて動かす事は出来ない。


そして、横になっている最中、心地よさからの心境の変化により、私の心の中にある“歪み”に気づく事ができました。

この歪みは、子供の頃から抱えていた、私自身の“業”とも言えるもの。

相容れない人間を裁き、傷付けようとする衝動です。

 私は、この時、品行方正な生き方がしたいと強く願いました。

誰も傷付けない、心の中は静寂で正しくあり、楽しみながらこの人生を生きたい。

 

これからは、自分が生み出した自らの心の歪みに立ち向かう必要がありそうです。

昔からこだわりを通じて、正しさを追求し、実践していますが、やはりどこか歪んでいるのでしょう、

結果として、ずっと苦しみ続け、理想とは程遠い生き方をずっとして来ている訳ですし・・・


ここ最近、小さな変化が積み重なりつつあると思います。

今まで幾ら足掻いてもどうする事も出来なかった事が変わりつつあるのかも知れない。

この変化を起こす一因としてブログもあると思うので、愚痴りまくっていましたが、ブログを初めて良かったと今現在は思っています。

そして書きたい事をそのまま書くと、やっぱり神々がどうたらこうたら、宇宙人がどうたらこうたらになってしまいました。


なんか、これからは願望が叶う方向性に向かうような気がします。

元から絶対に叶えなければならないと言う決意はありましたが、以前よりも無理のない感情になってきている。

明確な一歩を踏み出せたと言う自信はありませんが、変化しつつあるのかも知れません。

本日、変化がありました。

今現在、怒りや憎しみに捕らわれていないとも言える状態です。(怒り、憎しみが無くなった訳ではない。)

まだ予断を許さない状態なのかも知れませんが、確実な変化がありました。


事のあらましは、オフィスで資格勉強をしていた所、どうも集中できないでいて、

肉体の疲労もあるが、心が乱れてしまっていた。

二時間ほどどうにか集中しようと踏ん張ってみたがどうも駄目。

いっその事目を瞑って、心の中のざわつきに耳を傾けてみると、やはり“怒り”と“憎しみ”が暴風のように渦巻いている。

本日の変化っぷり
絵に描くと①のような状態。

今まで、長い年月に渡り、私の中で手に負えない程の強さを持った、怒りと憎しみが嵐の如く渦巻いていて、

それに対して、声を掛けようものなら、ヒステリーなお子様の如く更に暴れ出して手に負えない。何をやろうとどうしようもない状態でした。


それがオフィスで目を瞑った時に、画像②のような状態になっていて、土管の中に怒りと憎しみの濁流(嵐)が入っている状態で、土管のような管にガードされているので、怒りと憎しみの影響を身体が受けにくくなっていると感じました。

怒りと憎しみの濁流は、「苦しい。」といつものように声を上げていて、私は今まで通りに怒りと憎しみの濁流に「どうすれば収まるのか?私はどうしたらよいのか?」と声を掛けてみたら

なんと今まで幾度も接触を試みても、こちらが怒りと憎しみに汚染されてしまう程の力を持った濁流と“会話”する事が出来たのです。


何を会話したのかは、よく憶えていませんが、怒りと憎しみをいつも通りに受け入れようとしたら

画像③のような感じで怒りと憎しみの濁流(嵐)が“光る水飴”のような形状に変わり

怒りと憎しみが突然解消されてしまったのです!

私は、困惑しました。

物心付いた時から、自分の心の中に存在していて、年々肥大化し、とても手に負えなかった感情が、突然に光る水飴のようになり、解消されてしまったからです。


今日は、心に詰まりと疲労とストレスを感じたので、いつものように自己セラピーにチャレンジしていたら、心の中に渦巻く手に負えないでいた感情が突然解消されてしまった。

突然と解消されてしまっただけに、信じられないと思うと同時に、今現在、疑っている。

一時的に身を潜めているだけで、また力を増して私を苦しめるのではないかと・・・


兎も角、オフィスで目を瞑って自己セラピーを行っていたら、突然と怒りと憎しみの濁流が光る水飴のようなものに形を変えてしまったので、仕事を切り上げて、トレーニングへと行く事にしました。

移動の自転車を漕いでいる最中も、怒りと憎しみが無くなった訳ではないが、捕らわれていない。

むしろ、とてもニュートラルな状態です。

試しに「ツイてる!」と呟いても、気が狂うような感情の揺れは無い。


トレーニングをしながらも、心の内に目を向けると、光る水飴が画像④のような、透明な蛇へと形を変えました。

ゼリーのような質感の蛇です。

怒りと憎しみの名残のような色彩を残しつつも、綺麗な蛇へと形を変えていったのです。


トレーニング終了時には、画像⑤のような白蛇になり、

その白蛇は、感情の起伏は全く無いが、心を持った蛇です。

今まで、私の感情のほぼ全てを占めていた、怒りと憎しみが突如解消されて?心の中に大きな空洞が出来たような違和感があります。

心の中の白い蛇に向かって「私の心に居たければ居ていいし、元の場所に戻りたければ戻ればいい。」と話しかけたら、胸から光る蛇となって出て行きました。

完全に出て行った訳ではなく、卵のような物が残っていますが・・・


今現在、本当にニュートラルな状態。

生まれて初めて人生のスタートラインに立ったとすら思える。

私に巣食っていた怒りと憎しみは、私に向けられる他人からの憎しみも取り入れ、更に増大し続けていた。

今までとんでもないものを抱えていたのだと、私は自分事ながら感心している。

本当に常に24時間苦しかったのだ。

発狂しようにも、発狂する事すら許されず、常に苦しみ続けた。


それが無くなってしまった?


週刊少年ジャンプでやっている、NARUTOと言う漫画の主人公が、憎しみの化身とも言える九尾の狐に取り憑かれているのと同じ状態だと思いました。

漫画と違って、常に怒りと憎しみを通じた精神干渉がありましたが・・・


ここから先は、私の憶測ですが、書かせて貰います。

私が物心付いてから持っていた、怒りと憎しみは、先祖から受け継いだ“業”なのでは無いかと思ったのです。

今まで、先祖から受け継ぐ業など、考えた事すら無かったのですが、先日のサイクリングで母方の実家の大原に寄った際に、突如としてそれが頭に思い浮かんだのです。

この業は、ただの業ではなく、白蛇を媒介にして作られたものであり、これも今まであまり信じていなかった事ですが、“呪術的”なものであったのでは無いでしょうか?

自分で言うのも何ですが、この怒りと憎しみは、とても人の手に負えるような強さでは無かったと思う。

末代まで祟り続けると言ったような強さとも言える、憎しみを吸着し増大し続ける呪術システム?と言えた。

先日のサイクリングの際に、偶然にも白い蛇の昔話のようなものが頭に浮かんだりしたのも、関係があったかも知れない。

ひょっとしたら、私に宿る宇宙人も、私の頭が狂わないように、精神干渉していたのかも知れない。

本当に、発狂したくても、今までずっと発狂してくれず、理性を保ちつつ、苦しみをダイレクトに受け続けて来ましたから。

宇宙的なエネルギーと神々のエネルギーに常に守られていたのか・・・?

何より、肉体が今まで崩壊しないで来れたのは、何らかのサポートがあっての事だとは、薄々感付いていた。


傲慢な言い方になるから、書くのを躊躇っていたが

私自身、地球外文明のエネルギーと神々のエネルギーをソースとした、ちょっと変わった人間なのかも知れない。


今までも、長い年月を掛けて、様々な自然の濃い場所を訪れたが、

自然の中に存在する、神々と一体化したような状態の時だけ、この憎しみと怒りの濁流から解放されていた。

ここ最近、神社にお参りに行きまくっていたので、画像②のような土管のような防御壁が出来上がり、濁流を押さえ込み、その状態で、濁流に対しコンタクトをした事で、突如として、呪術的な呪いが解消されたように思える。


白蛇は、怒りと憎しみが解消された後は、濁流から蛇としての元の姿に戻り、感情の起伏の無い状態に戻っていた。

ただでさえ、ここ最近狂った内容ばかり書いていたのに、更に家系の業だの呪術だのを書いてしまって気が引けるが

憑き物が落ちたかのように、突如としてニュートラルな状態へとなってしまったのだ。

自分でも信じられない。

明日には元に戻っているのでは無いかと言う恐れもある。


今までは、呪術など人が作った、人間社会のルールであり、宇宙の原理の前には、児戯に等しい事としか思っていなかったし、

家系の業も、「そんな事もあるかもね・・・」位にしか思っていなかった。


ここ最近の自分の興味の対象や、無意識的な行動も、ひょっとしたらこの為だったのかも知れない。

私は、生まれて初めて、人生のスタートラインに立てたのかも知れない。

ようやく願望を実現する為の基盤が整ったのだろうか?


これからは、神仏に対し、宇宙に対し、感謝しようとも思う。

週末のサイクリングの記事の続きを書きます。

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いすみ鉄道は、無人駅が多い。

駅周辺に民家がバラつき、昭和の世界そのままの雰囲気が残っていた。

いすみ鉄道沿いに自転車を漕いでいて、大原~国吉の景色が特に素晴らしいと感じました。


さりげなく、水筒の水が尽き、御宿でおにぎり一個食べて以来食料が供給されていなかったので、北斗の拳第一話のケンシロウ並にピンチでした。


そんな中、自転車を漕いでいたら、頭の中に昔話風な話が突如として頭に浮かびました。

その内容は、白蛇が美しい女性に姿を変え、それを娶った男の話。

その美しい女性は、蛇だった頃の名残か、デカイ餅や大福を丸呑みするのです。中々圧巻でした。

オチもなんもない話ですが、途中のコンビニエンスストアで食料を補充したついでに大福を買ったら、凄く美味しく感じたのです。

それ以降、なにやら大福が好きになってしまったようです。昨日も大福を食べました。


きっと何かしら意味のある事でしょう。

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国吉神社なる神社の看板が出ていたので、迷いましたが、時間も沢山あるので寄って行きました。

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参拝した後に、おみくじを引いたら吉でした。

内容もしっくりくるような気がする。

多分約20年ぶりにおみくじを引いた。

おみくじとか信じていませんでしたが、最近ちょっとだけ考えが変わってきて、神社の参拝も行うようになりました。

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国吉神社の隣に出雲大社の上総分院があったので、そちらも参拝しました。

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帰りも大多喜経由です。

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行きにアイスココアを飲んだ、長南町の田園カフェに寄ったら、凶暴な野獣が吠え掛かってきましたが、ジリジリと距離を詰め、そっとナデナデしたら仲良くなりました。

いつも思うのだけど、ワンちゃんはなぜ真っ先に股間の臭いを嗅ぎに来るんだ!?

そして、仲良くなったはずが、一定の距離を離れるとまた吠えかかってくる。

せっかく友好関係を築いたはずがなんなんだねチミは~~!!と思ったがそれは違った。

この瞬間分かった。これもコミュニケーションの一つなのだと、

考えて見れば私は、ほぼあらゆる犬に好かれている。

喫茶店で見知らぬチワワが主人の元を離れ、突如私の股間の香りを嗅ぎに来た程に犬に好かれている。


実家で7年前までホワイトテリアを兄弟のように可愛がっていたからか、

私が犬好きであるとDoggy達には分かるらしい。

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行きに田園カフェで長南町のガイドブックを見て興味が湧いたので、長南町周辺を散策しました。

雰囲気がほんの少しだけ岩手県の遠野に似ている。

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将来的に、理想の女性を見つけたら、自然の多い場所にある日本家屋に住みたいと言う願望があるので、

周辺家屋を写真に撮りました。

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長南町は中々良い場所に思えました。

辺りの雰囲気が無味無臭でプリズムが混じったポカポカした光に満ち溢れている。

千葉県にこんな雰囲気の場所があった事に驚きました。


ただ、私の頭に浮かぶのは、更に霧の濃い深い林の中にある日本家屋。

素晴らしい場所だが何かが違う。

家族から離れすぎる訳にいかないので、千葉県から出て行く事は出来ないが、私が探し求めるベストプレイスは千葉県には無いのかも知れない。

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茅葺屋根のお家も素晴らしい。

今回のサイクリングでは、ちょっとでも気になる日本家屋は、容赦なくパパラッチしました。P5260876

朝4時半からずっと自転車を漕ぎっぱなしだったので、容赦なくお腹が減り、

名柄町にあった旅館の食事処でカツカレーを注文したら、辛さの中にフルーツの甘さがあり、とてつもなく美味しかった。

これほどの腕を持つ料理人が、こんな辺鄙な田舎で燻っているとは、実に惜しい事だ・・・

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帰りの茂原街道は、ずっと下り坂で追い風。

行きと条件が正反対。

5km以上ほとんど漕がないでも勝手にスピードが乗ったので、爽快な一時でした。


そして千葉に到着して今回のサイクリングが終わったのですが、

銭湯が開くまで、公園のベンチで二時間昼寝してしまった程、疲れました。

良い時間を過ごす事が出来ました。

また今週末もサイクリングを行い、いすみ鉄道沿いを走り、散策してみたいです。


今回気付いたのですが、自然の多い場所に行くと、もの凄い高揚感を感じる一因として、私の中に存在する宇宙人が関係しているかも知れません。

行きで長柄町の自然を見た際に、連想的に、植物の中に居る女性がアルフォンス・ミュシャの絵のような形で頭に浮かんだのです。

宇宙人は女性かも知れない。

もし、自然を愛する宇宙人だとすれば、生まれて物心付いた時から、誰に教わった訳でもないのに、自然の多い場所が好きだった事に納得がゆく。

4年前に成功の9ステップを受けた際に、私の感性が女性的だと指摘を受け、

私自身、心の中に形を伴った女性性が存在し続けている事も納得出来る。

実際の所は、分かりませんが。

昨晩、もう一記事書くつもりだったのですが、疲労していて寝てしまいました。

サイクリングで遠出すると、肉体は疲れてしまうのに、生命力は爆発的に高まるのが不思議です。

私にとって、日常生活は、苦痛が伴い、生命力を削り取ってしまう事であると思い知らされました。

サイクリングを通じた今現在の心境の変化としては、願望を叶える事が出来ると言う、根拠の無い自信と安心感があります。


先日のサイクリングの話に戻します。

勝浦の海岸で野宿する事としたのですが、横になった後も、波の「ドドオォォン!!」と言う音と

市場の方から聞こえる人の声で、イマイチ眠れないでいました。

サイクリング中も思った事ですが、この一週間もの凄く呼吸がし辛い。

海岸で横になっている時も、呼吸がし辛くて困りました。

喘息でもないのに、どうしてか?と思っていましたが、どうやら緊張状態から日常的に呼吸が乱れていた事が分かりました。

海岸に寝そべりながら、二時間半ほど考え事をしていたら、自然に思考が鎮まり、身体の緊張が抜け、呼吸も楽になっていたのです。

激しい波の音から感じる、海に対する本能的な恐怖心のようなものも消え失せ、ここは安全であると身体が納得してくれたようです。


思考が鎮まった状態になると、不思議な事に、「あの人は現在どんな事を考えているのか?」とか、様々な人達の事を思いを馳せていると、疑問に思った事に対して答えが返って来るのです。

宇宙となかよしの石田さんについて考えたら、私の心に納得する答えが返ってきました。

人に対してあれこれ言うのは、裁くと言う行為に繋がり、善意悪意を問わず良くないとも感じるのですが、

石田さんは夜空に明るく輝く、一等星よりも眩しい星のようで、明るく周りを照らす人間なのではないかと、私は感じたのです。

あくまで無理して努力して身体を鍛えようとかそう言う感じではなく、ブログの内容通りに限りなく流れに沿った自然さを追求している人なのかなのかな・・・と思いました。


そして、曇った空に向かって「宇宙人は、私の事をどう思っているか?なぜ直接コンタクトが取れないか?」と考えた瞬間に、「我々は、あなたの事を常に見守っています。」と言う答えが帰ってきて、

「じゃあ、なぜ会いに来ないんだ?」と質問すると「私達は、常に見守っています。」と言う限りなく自然であるが、どこか力押しじみた答えしか返って来なく、会えないとは言っていないが、それが、昔から今現在に渡るまでの交流の“形”であると思い知らされました。


思考が鎮まると、俗に言う、アカシックレコードにアクセス出来るようです。

今までよりも明確なアクセスであったので、様々な質問を行いました。

ただ、それが合っているかは分からないし、どの次元での知識かは、分かりません。

アカシックレコードの正体として、精神世界のジャンルからも鼻つまみ者にされ、ミクシィでも「アンタはキチガイだ!」だのボロクソに総攻撃を受けている和諧誠さんと言う人が言った、「アカシックレコードの正体は水であり、全宇宙のあらゆる物質の中に存在している、現在科学では感知できない超微量の水の中にすら、宇宙全体の過去現在未来のあらゆる情報が入っている。」と言う言葉を思い出しました。

私は、そろそろ70歳を迎えるであろう、 和諧さんと言う女好きで頑固な人の発する言葉の一つ一つが真実に思えてならない。

「そう言えばそうだった。」と忘れてしまっていた事を思い出す感覚が伴うのです。


25歳の頃から、30歳の頃までは、定期的にお茶会で、お菓子を持ち寄りながら、 和諧さんの色んな話を聴く機会があったのですが、 和諧さんがお茶会に飽きた事で中止され、私自身が人間としてその人に好かれていないからか、直接会う機会が無くなりましたが・・・

私の中にある、復讐心や怒り、暴力性が、その人に会ってから大分形を変えたと思います。

認められてはいないし、好かれてもいないかも知れないが、 和諧さんが私の恩人の一人である事には変わりがありません。


話が逸れたので戻します。

いつも寝付きが悪いのですが、海辺と言う日常とは違う環境に身を置く事で、さらに寝付けませんでしたが、三時間半ほど、あれやこれやと考え事をしていたら、どうにか眠りにつく事が出来ました。

5月の下旬とは言え、身体が眠りに付くと、寒く感じるもので、冬用のウインドブレーカーと登山用の寝袋を持ってきて正解でした。

今までの登山経験から、身体が眠りに付くと身体が寒さに対して無防備になる事を知っていたのです。


浅い眠りではあったのですが、3時間ほど眠る事で出来て、朝の4時15分に起きました。

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寝袋やウインドブレーカーを片付け、出発する事にしました。

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海沿いを北上し、御宿を経由し、母親の実家のある大原を目指す事としました。

う~~~ん、お腹が減っているが、どこも食事を出来る施設がない。

緊急手段のマクドナルドや吉野家すら無い。

このままでは、エネルギー切れを起こしてしまう。

普段はコンビニで弁当とかを買わないのですが、シーチキンおにぎりを買って水筒の水を飲みました。

コンビニのありがたみがここに来て初めて理解できた。


途中霧雨が降ったりしましたが、休まずに、ずっと海沿いの道を漕ぎ続けました。

なぜだか知らないが、勝浦も御宿も寂しい場所に感じた。

今まで、幾度と無く訪れたが、太陽の明るさと海の荒々しさの下に隠れた、寂しさが私の心を揺さぶったのです。

なぜ寂しいと感じたのかは、よく分からない。


そして大原に到着し、母親が無理矢理相続放棄させられて以来断絶してしまった、母方の実家の近くにある、お墓に寄り、手を合わせました。

その時、母親についても考えました。

私の母親は、私と同じ人種に思えるのです。

ぶっちゃけ宇宙人としての特質をかなり残している。本人は全く自覚していないだろうし、現実の檻の中から出ようとすら思っていないだろう。

ただ、家族の為、私の幸せの為に生きているのだと思う。

私自身が檻の中から出た時、母親にその意志があれば、母親を縛っているモノから解放したいと思っている。

母親は籠の中の鳥のような存在に思えてならないのです。


先祖から受け継がれる家系の業と言うモノを、半信半疑であまり信じていませんし、意識した事も無かったのですが

私の家系にある“業”は、残酷さであり、

その業を解消する為の存在として、母親と私が生まれたのだと、サイクリング中に感じました。

私自身、ずっと業に振り回されて来た。そして今は業に立ち向かっている。


母方の実家の墓参りを終えた後は、いすみ鉄道沿いに走りました。P5260846
大原の役場。

子供の頃、母親と一緒に実家に帰った際に、散歩の時通った場所です。

三年前、十年程前も通ったのですが、懐かしい。


大原からいすみ鉄道沿いに走るにつれて、周りの景色から母親が持っているエネルギーを感じるのです。

私の母親は、この大原に形作られたのだと言う事が、なんとなく解かる。

大原の自然、神々に祝福されていたのが私の母親なのだろうか・・・。

頭が悪いし、心配性で、進歩しない母親だが、誰よりも懐が深く優しい。

私の祖母とも、傍系血族にも関わらず、その優しさから摩擦無く上手く行っているし、おばあちゃんが脳梗塞になって意識が飛んだ際も、実の息子である父親の名前は呼ばず、私の母親と私の名前を呼び続けていた。


私自身、今回のサイクリングで長柄町を通った際、周りの自然から懐かしさを感じました。

小学校の頃、顕在意識とは違う、無意識下で、長柄町の自然が、私に対して、学校のクラスメートのみんなに対して、祝福していた事を思い出したのです。

私達は、常に木々や土や大気等の自然に、神々に祝福されている。

ただ、人間として、人間社会に没頭している状態では、それに気付く事が出来ない。

自然に目を向けて、自然を感じる事が出来る状態になった時に、初めてそれが理解出来る。

この感じ・・・どこか懐かしいとい言った感覚と共に、突然に思い出すのです。

最近、泊りがけの遠距離サイクリングを行い出してから、自然から様々な事を教わると共に、様々な事を“思い出して”います。


大原からのいすみ鉄道沿いの景色は、凄く落ち着いていて素晴らしかった。

今週末の土日も、いすみ鉄道沿いの景色を泊り掛けで探索しようと思う。

今回も土日の二日に渡り、サイクリングへと行って来ました。

泊りのサイクリングで遠出する度に、今まで知らなかった千葉県の姿を発見する事が出来るので、とても有意義でした。


二週間前に成田へ行った際に、タイヤがパンクしてしまったので、今回は抜かりなくパンク修理キットを持って行きました。

今回のサイクリングルートはこんな感じです。勝浦・夷隅郡サイクリング
様々な場所へ寄り道しながら、今まで自転車で訪れた事のなかった場所をしかと堪能しました。


今回は途中まで茂原街道を使いましたが、茂原は比較的都会で、景色の見応えがないので、長柄町、長南を経由して大多喜を目指しました。

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千葉県は標高の高い山はありませんが、内陸部は山道であり、常に上りか下りで平坦な道が少ない。

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途中でゴミ拾い。

ゴミ拾いのこだわりとして、

甘い飲み物やお菓子の袋には、赤蟻が巣食っていることがあるので、ブレスキャノンで吹っ飛ばすか、その場にゴミを置いて諦めます。

赤蟻の視点から見れば、燃えるゴミと一緒に拾われて、焼却炉にブチ込まれたらたまったものじゃ無い。

正義の執行と言う大義名分を掲げた殺戮行為を私は許さない。

私は、人類が綴った戦乱の世の歴史の過ちを教訓として、しかとその身に刻み、赤蟻チェックを怠らない。P5250821
長南町の田園カフェで一休み。


アイスココアを飲みました。

長い時間自転車を漕いでいると、エネルギーが不足し、ペダルに力が入らなくなります。

その時に食べ物を口にすると、また足を踏み込む力が復活する。

人間の身体って、意外と単純なんだよなぁ・・・。

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そして、大多喜に到着。

前回よりも出発から1時間以上早く到着した。

茂原経由よりも、距離が近い上に、景色が良いので、長柄町長南町経由が良いと分かりました。

途中の千葉~市原は、車通りが多くて、路面が悪くて、自然も少ないので面白味が無い。

市原から長柄まで、ずっと上り坂な上に、逆風なので地獄だった。

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前回お世話になった店で、再び十六丼を食べました。

猟友会が仕留めた、千葉県の野生のイノシシの丼です。P5250828
大多喜から、更に南下し、勝浦を目指します。

勝浦までの道のりは、平日の疲労が抜けきっていないのか、身体が重く、周りの視点がボヤけていて、

イマイチ現実に存在している実感が無かった。

何かの花粉?のアレルギーで、ずっと鼻水も止まらなくて困った。

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海沿いの街、勝浦に到着。

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街中を散策します。

昔ながらの漁村と言った感じで、悪くない街並み。

一通り周りつつ、銭湯、スパ等も探しました。

見つからなかったので、交番に尋ねたら存在しているようで一安心。P5250834
昔ながらの銭湯です。

P5250835
銭湯内の写真を撮ろうとしたら、周辺住民と思われるおとっつぁんが入って来たので、事情を説明したら、

おとっつぁんの口からは、お決まりの台詞「モデル料取るよ?」とか浮かれていたので

笑いながら相槌を打ちましたが、

一転、私の心の内は「アンタは古いんだよ・・・、ギャグも・・・、人間もな・・・。」と冷徹でした。


銭湯はズタボロで、ロッカーも全部壊れていましたが、趣があり、居心地が良かった。

ジェットバスの噴射の威力が凄まじく、ケツが割けるかと思いました。

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久々に見ちまったよ・・・このブラックホールを・・・

一度、このお便器の中に所持品が吸い込まれたら、救出は絶望的。

一体どれ程の人々が、この暗黒空間に、思い出の品々を略奪されてしまった事か・・・。

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銭湯に浴した後は、漁師の街なので、刺身定食を頂きました。

その後は、勝浦の町を巡り、トイレの場所を確認し、寝床の確保です。

今回は、空を眺めながらUFOを呼びつつ寝る予定だったので、あれこれ思案しながらベストプレイスを探しましが

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結局、海辺で寝る事としました。

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