日常探求とこだわり

日常生活におけるこだわりを書いています。
頭に浮かぶ女性を追い求め、自転車を漕ぎながら精神世界を探求中です。
トレーニング・サイクリング・精神世界・食べ物・現実逃避の内容がメインです。

2014年10月

忙しい事態になり記事が書けないので、この前の旅行の白川郷の写真を貼ります。
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また適当な時に解説付きの記事を書こうと思います。

ここ最近、ある出来事が起こりまして親族間で集まっています。
例え親類や家族であっても付き合いと言うものは難しいものであると考えさせられています。
いや、親類だからこそ難しいと言う面もあるのかも知れません。
一昔前に相続で揉めて(放棄させられ)実質的に断絶してしまった親族もいたりするので、さながら人の中に棲まう魑魅魍魎との対峙ですね。

私の親戚関係には、今現在、あくどい人達はおらず、今後も揉める事はなさそうですが、(それでも正味な話し、常に探り合いである。)
親類や取引先との人付き合いの難しさを久し振りに痛感させられています。
今までもしょっちゅう小さな火種が起きては消えての繰り返しでした。

最近、私の家族がまともだと書きましたが、まともかも知れないが、やっぱり根本的に合わない。
母親に実家にあるスーツを準備するように頼んだら、間違えてサイズの合わない弟のスーツを準備してしまい、大事な式典の直前だと言うのに間取りをよく知らない実家(八年以上前に実家を出ている上、リフォーム済み)で自分のスーツを探す羽目になり、本当に母親は、あらゆる面で成長しない馬鹿なのだと痛感させられ、
父親は、私が千葉に残り家を継ぐ事を強要し、更には取引先の30歳の娘さんと私をお見合いさせようと企てるなど、本気でこの家と私は相容れないのだと痛感させられています。

個人的な話しで書くべきではない内容ですが、
なぜ家族がそこまで家にこだわるのかと言うと、十数年前まで問屋を営んでいたのです。
時代の波に煽られてとっくの昔に畳んでしまいましたが、それに対して家族は妙な『プライド』を持っているのです。
幼少時から裕福な暮らしをした記憶はありませんが、先祖代々の土地に住んでいる事が家族にとっての誇りなのでしょう。
とっくに問屋は無くなってると言うのにどうしても家を維持したいのです。

そんなものは幸せや豊かさとは直結しない糞みたいな意地でしかないと思っていますが、家族がそれを命よりも大切にしているので、私はそれを守る事を選ぶしかないのです。
人の考え方は、ちょっとやそっとの事では変わらない。
説得が通じるのならとっくの昔に解決している。
私の存在は、家族にとっての体のいいお人形さんでしかないのです。

人付き合いは、魑魅魍魎との対峙であると例えましたが、昔から身近な近所からも勝手にやっかまれていたり嫌味を言われたりしていました。
自宅前の駐車場をゴミステーションにされそうになったり、嫌がらせに葬儀屋の看板を立てられたりと、やる事が結構エグイ。
考えて見れば、今まで属した場所の殆ど、学校、前の仕事先、空手道場、ネット社会など、何処を見回してもドロドロとした汚泥に塗れた場所でした。
そもそも人間と言うものは、本質的にそう言う生き物なのかも知れません。
私のいる環境が特別そうなのではなく、日本全国の何処を見回してもさしてそれは変わらないと言うのが本当に恐ろしい。

私は、ずっとそこから逃れたくてしょうがなかった。

しかしながら、そこから逃れられないのが宿命なのでしょう。
私は、人間としてまともであり、不徳な行いをせず、不信を煽るような黒い力は使わずに生きて行きたい。
自分の中の歪みと向き合い、誰よりも良心的な人間になる事を望んでいます。
昔の私は、社会に流されるままの『魑魅魍魎』の一人でした。
ずっと足掻き苦しみ、長い年月に渡って自分の在り方を模索し続け、やっとそこから抜け出す事が出来たのです。
この年になってやっとこさ豊かな人間関係が築けて来ているような気がします。

私は、周りを取り巻く人達と、正しく豊かな人間関係を築いて行きたい。
身近にいる人達を『魔物』にするもしないも私次第。
私は、社会的な実績は何一つ無く、社会的に誇れる能力も何一つ有していませんが、
どうにかして今目の前にある現実と対峙し、最も『正しい道』を創造していかなければならないのです。
もう嫌んなっちゃうね!

最近、陰謀論を展開するリチャードコシミズ氏の動画を一日一本位のペースで観ています。
精神世界と陰謀論は、その実紙一重な程に密接なジャンルなので、精神世界愛好者は陰謀論にも目を通している方が多いと思います。
リチャードコシミズ氏自体は、東日本大震災の人工地震説の時から知り、たま~にブログを見る程度でしたが、ここ最近になって一回二時間の動画を一日一本ペースで見るようになってしまいました。
リチャードブログは、サイト構成から見にくいような気がしてあまり読まないのですが、動画の方は非常に観やすいように感じます。

 情報として面白く、聴いているのが苦痛では無いので、結構楽しみながら作業の片手間で動画を観ています。
リチャード氏の言葉により、世の中で起こっている出来事の辻褄が合い、世の中の仕組みがシンプルに分かり易くなっているように思えるのです。
何が真実で何が虚偽なんてものは私には分かりませんが、情報として面白いから目を通しています。

動画でリチャード氏が品の無いコラージュ画像を出す度に、会場から『下品』な笑い声が巻き起こるのも最高です。

 正直な話、全部を全部鵜呑みにしている訳ではないとは言え、結構のめりこんでいます。
先月末に発売した書籍も一冊読み終え、昨日本屋さんに新たに二冊の書籍を注文してしまいました。
もう、一日一回リチャードの声を聴かないと頭の中がおかしくなっちゃいそうです。
来月の講演会にも勿論参加する予定です。

D造さんがリチャードコシミズ&ベンジャミンフルフォードのコラボ講演会に参加した際に得体の知れない人達がたくさん来ていたと言っていましたが、その頃からもの凄く興味津々だったりするのです。
もはや私のリチャードに対する想いは、恋にまで発展してしまっている。

もしかしたら、得体の知れない人達の中に混じって『千〇さん』も来るかも知れない・・・。
確率的には相当大穴ですが、もし来ていたらどうしよう・・・

いや、現実的に考えて来る筈がありません。
いくらなんでもそんなにメデタイおつむはしていません。

だが、これだけは分かる・・・。
私が千〇さんとエンカウント出来ないのもユダヤ金融資本の陰謀に違いありません。
ロックフェラー家と、マグナBSPと、ISD条項のせいで私は千〇さんと出会う事が出来ないのです。
クゥ~~~~~!!!
これはもう『決起』するしかないッッ!!

矢追純一さんの宇宙塾にもリチャードさんの独立党の党員だった方や、独立党の参謀?の人も来ていたようなので、11月の宇宙塾でも色々な話が聴けたらと思っています。

手違いでデジカメの写真を25枚ほど削除してしまいました。
パスコンのゴミ箱送りになっているかと思ったら特に写真達がいなかったので完全にロストされてしまったようです。

今日の記事にする予定であった、千葉市の幕張本郷にある『熟成肉』のお店の写真が無くなってしまったのでちょっとショッキングです。
ついでに先週の土曜日の東京の写真と、日曜日に行った木更津アウトレットモールと大多喜城の写真も消え失せてしまった。

今日の私は上機嫌でした・・・
あのアバンギャルド肉と同じ熟成肉が千葉の幕張本郷にあると言う情報を掴んだので
ゴールドジムでのトレーニングの後、40分以上掛けてジムのスパで身体を清め、
神聖なる気持ちで幕張のアバ肉を食べに行ったのです。

熟成肉は美味しかったけど、写真が消えちゃって記事を書く意欲が無くなっちゃったからお寝んねするよ。

わら☆スピトークショーの続きを書きます。
大雨の為、キャンセルが相次いだようで席に若干の空きがある状態でしたが、トークショーが始まる前から
会場の雰囲気は温まっていました。
と言うのも、主催者のさとうみつろうさんが参加者に向かってコミュニケーションを取っており、それが妙に親近感を抱かせる物腰だったのです。
笑いを取る為の冗談も滑っている訳でも無く、誰からも笑いを取れるような感じの絶妙な匙加減でした。。

恐らくこのトークショーは、観客がトークショーへ参加する形であり、みつろうさんが冗談を言いながら和気藹々とした雰囲気の中で行われるのだろうと私にも予想出来ました。
他の参加者の方達も、恐らくは不安を感じずにトークショーの始まりを待っていたのではないかと思われます。

そしてトークショーが始まりました。
まず私が驚いたのは、司会進行からプレゼンテーションまで、その全てをみつろうさんが一人で取り仕切っていたと言う事です。
滅茶苦茶個人としての技量が高いのではないかと、真っ先に感じました。
一つ間違えば嫌味と取られてしまうような言葉も、それをそうと感じさせないような絶妙なバランスで料理していた。

200人近い観客を相手に、絶妙なテンポで、文字通り笑いが巻き起こるような雰囲気で、会場の空気を完璧に掌握していました。
司会進行は、みつろうさん一人なのですが、参加者に声を掛け、時には参加者を壇上に上げ、全員を主役にするような視聴者参加型であり、
D造さんも壇上に呼ばれて、不安を解消させる呼吸法を参加者全員の前で行ってみせたり、
何かを芸にコラボさせたいと模索する芸人さんや、引き寄せの法則を実践するブロガーさんが、即興で壇上に呼ばれたりしていました。

トークショーの内容は、不安に付いてや宇宙に付いての話が行われていました。
会話の内容も、○○と言う意識存在からそう言われたとか言うチャネリング形式では無く、
理系の視点から、理論的に誰にでも分かり易い説明でプレゼンテーションされていたように見えました。
他人に理解させる事が難しいと思えるような内容が、分かり易く噛み砕かれて説明されていたのには、素直に驚きました。

私は、別にチャネリング形式が悪いと言っている訳ではありません。
今回のさとうみつろうさんのトークショーでは、精神世界と言う荒唐無稽なジャンルを、理論的に分かり易く説明していた事に感嘆したのです。

もうこれは、み〇ろうに千〇さんを奪われても仕方ない・・・。
それ程までに、み〇ろうは、卓越した技量の持ち主であったのです。
とても私と同い年には思えませんでした。

トークショーの最後には、みつろうさんがピアノを弾き、それと共に意識と肉体を和諧させるようなアファメーションが行われました。
会場の至る所から鼻を啜る音が木霊し、私は「みんな泣いてやがる!!?」と驚きました。
それと同時に私は、「泣いてたまるか~~!!」と抵抗しました。
泣いてしまう=みつろうの術中に落ちる事を意味している。

それは冗談ですが、なぜ参加者の皆さんが泣いてしまうのかは、私にも理解出来ました。
ただ、日常的に自分の内側と会話をし続けているので、特に涙したりはせずに、周りの様子を観ていました。
D造さんもそんな感じだったと思います。

隣の女性も涙していたので、私は笑わせる為に、「私はハンカチを持って来ていないので、代わりにふんどしで涙を拭きます。」とレクチャーしたら笑い出しました。
この時、私はみ〇ろうに勝ったと心の中でガッツポーズを浮かべました。
着物を着ている場合、股の間からふんどしを取り出す事が出来るのです。

今回参加した、わら☆スピトークショーの内容は満足の行く素晴らしいものでした。
帰り道もD造さんと共に、トークショーのどこがどう素晴らしかったと感想と意見を出し合った程です。

ただし、私個人の考えとしては、もう誰かの話を聴きに行くと言うのは、今後控えて行こうと思っています。
幾ら素晴らしい言葉であっても、他者からの言葉と言うものは、所詮上辺の『知識』だけにしかなっておらず、人生の役には立っていないような気がするのです。
あくまで私個人の体感ですが、様々な体験や失敗を繰り返し、自分で発見した『教訓』以外は、その実、自分の中に残らないのです。
いくら理屈や知識を取り込んでも、私の場合はそれが活きた事はありません。
他者の理論を無理に実践したりするとむしろ逆効果であり、ストレスが堆積して自分自身が弱まってしまうのです。

傲慢な言い方ですが、私は正しい物の見方が出来、自分と言う存在と常に正面から向き合っているのに、なぜ他者の言葉が必要なのだろうか?と最近思っているのです。
他者の言葉は、自分自身の力を奪ってしまうものであるとすら認識しています。

矢追純一さんによる宇宙塾はあと5回あるので最後まで参加しますが、今後は既存のスピリチュアルからは離れようと考えています。
精神世界そのものを否定する訳では無く、自分自身で探求してゆくのです。
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トークショーの後は、D造さんと秋葉原の熟成肉アバンギャルドと言うお店で、熟成肉を堪能しました。
これが食べた日以後、毎日「アバンギャルドに肉を食べてぇ・・・」とふとした瞬間に想いを馳せるレベルで至高のお味でした。
この熟成肉を、オリーブオイルと塩コショウを付けて、ライスの代わりにパンと共に食べるのです。

もうあまりにもアバンギャルド肉が美味しすぎて、トークショーの内容を憶えていないです。
アバンギャルド肉のインパクトが強烈であり、今回の記事を書くのに凄く時間が掛かりました。
また近い将来、アバンギャルド肉を食べに行きたい・・・。
一人当たりの会計が6,500円になってしまい、目の前が真っ白になりましたが、それでもアバンギャルド肉を食べたいのです。
ハッキリと言おう、アバンギャルド肉を喰らわずして人生を語る事なかれと・・・。

以上が熟成肉アバンギャルドについての報告でした。

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