日常探求とこだわり

日常生活におけるこだわりを書いています。
頭に浮かぶ女性を追い求め、自転車を漕ぎながら精神世界を探求中です。
トレーニング・サイクリング・精神世界・食べ物・現実逃避の内容がメインです。

2015年09月

千曲川川下りの後の、馬曲温泉と戸隠観光の記事を書きます。
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カヌーを漕ぎ終わった後は、木島平にある馬曲温泉へ行きました。
御覧の通り、温泉に浸かりながら周囲の山々を見渡す事が出来る温泉です。
弱アルカリ泉だからか、私のちんこにも優しく、長時間浸かっていられました。
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馬曲温泉周辺の景色です。
非常にいい場所なのですが、エネルギーの質的に遠野の早池峰神社周辺と比べるとどうしても霞んでしまう。
遠野の早池峰神社周辺は、局所的かも知れませんが、今まで私が訪れた中では一番静かで細やかな場所なのです。
何とかして附馬牛村へ引っ越せる状況にし、そこで暮らせて行ける手段を探さなければならない。
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朝も朝とて早起きし、露天風呂へ浸かりました。
よく温泉が熱すぎて長時間入っていられないと言う話を聞きますが、あんよだけ浸した半身浴ならば逆上せる事無く長時間に渡り温泉を堪能する事が出来ます。(私はよっぽどぬるくない限りは半身浴です。)
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朝食は、戸隠まで移動し、そこのお蕎麦屋さんで食べました。
戸隠蕎麦は、あまりにも美味しく、つい汁まで全部吸引してしまいましたよ・・・。
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戸隠に来るのは今回二回目なので、前とは違ったルートを散策する事になりました。
ここは、相当良い場所だった記憶があるのですが、私は遠野の事しかおつむの中にありませんでした。
どうしても附馬牛村に比べるとエネルギーの質が粗く感じてしまう。
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戸隠神社の中社です。
鬼無里と戸隠は、私の知っている長野県の中でもトップクラスに良い場所なのですが、私のおつむの中には遠野の事しかありませんでした。
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途中、きりたんぽみたいなキノコを発見しました。
指先で触ってみると思ったよりも傘が揺れる。
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戸隠散策の途中、クラシックな喫茶店を発見したので寄る事になりました。
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長野県の御当地素材を余す事無く使い、素材の良さを活かしたと言うリンゴとクルミのケーキです。
うむ!確かに瞳孔が開くレヴェルで美味しい!
つい勢い余って速攻で平らげてしまいました。DSCN1991_R
そしてこちらは、『手作りベーコン』としめじのソテーです。
喫茶店のマスターが二週間熟成させた後、薫製させた無添加のベーコンを使用した業物です。
私は無添加のベーコンを食べた瞬間に「これだ!!」と思いました。
心の片隅には、常に無添加のハムやベーコンをこしらえたいと言う気持ちがあったので、タイムリーな話題だったのです。
今回、無添加ベーコンを食べ、マスターと薫製に付いて会話した事で、
これから薫製セットを購入し、『無添加のベーコン』をこしらえる事を決意しました。
市販のハムやソーセージには、亜硝酸塩や発光剤と言う添加物が多すぎるので、どうにかしたいと常に思い続けていたのです。

今回の手作りベーコンの話でも思ったのですが、
よくよく思い起こして見ると、旅行でもサイクリングでも、寄った先々でいつも有益な情報を得ているですよね。
不思議な事です。
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霧に覆われた戸隠を歩いた後は、長野市にある戦場跡地と皆神山へ寄りました。
また気が向いたらそれに付いても記事を書こうと思います。

以上で馬曲温泉・戸隠観光の記事を切り上げます。
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話は変わりますが、最近、ずっと困っていた全身の詰りとエネルギー不足を解決出来つつあります。

私の体質的に、どうしても場所場所にある不協和や人間の想念を吸い込んでしまうのですが、
最近、立て続けに記事にしているマスターヨーガと内丹法で生み出した気を、マザーボード空間で細かくし、エネルギー化させる方法と、
細かくさせたエネルギーを全身の詰まった場所に通し、詰りを解消させる方法を会得した事により、依然と比べて相当状態が改善されつつあります。

この詰りを解消させるテクニックは、白い靄のおやっさんと電話をしている時に、「あ、なるほど、こうすればいいのか!!」と、テクニックをパクり、自分なりに実践してみたら大当たりでした。

人間の寒くて全身を錆び付かせられるような否定的な想念も、悲しくなるようなエネルギーに満ちた場所の不協和も、細かいエネルギーを流して高振動化させ、無毒化した後に排出出来るようになりました。

これが相当楽。
常に新しい想念が入って来て、次から次へと詰まって行くので完全排出は出来ていませんが、相当楽です。
今まで長年に渡り、自分も他者もどうする事も出来なかった問題が急ピッチで解決しつつあります。(白い靄のおやっさんが初めてそれに対処出来たとんでもない人物。)

今までの人生に於いて、如何に人間の想念や場所のエネルギーの影響を受けていたかが分かりました。
状態がまともなら、私は活力的で行動的な人間だと言う事分かった程です。
私は、今までの人生で一番まともな状態になってしまい、引っ越しの後片付け等の面倒事を速攻片付け、立て続けに旅行に行く事が出来た程です。

むしろ、常に何かに憑りつかれた状態で、今までよくやって来れたなと思った程です。
常に「死ね。」とか「悲しい。」「苦しい。」「憎い。」と言った感情を浴びた状態で、何かやろうとしてもそれは『不可能』なのです。
その処理に追われてしまい、本来の力など出せる訳がない。

この詰りと言うものも、幾重にも重なった『身体』と『周波数帯』に渡って存在しているので、その次元次元に合わせ、手動で解消しなければならないので結構大変です。
例えば、一人の人間に一億枚の身体が重なっているとしたら、それを一枚一枚調整しなければならないのです。
そして、中には当然解消しにくい詰りも沢山あります。
この作業も結構大変なのですが、今までどうする事も出来なかった事に対処出来るようになっただけでも本当に全然違う。

今回の長野旅行の際も、帰る頃には怠くなる程に大量の想念を吸い込んでしまいましたが、それも一晩で解消し、次の日からは活力的に過ごす事が出来ました。

これから遠野の附馬牛村に引っ越すべく、それに必要なお金と、収入を生み出す為の手段、家族の説得と言った事をクリアーする為に、毎日継続的な行動を積み重ねたいと思います。

1000日ブログを終え、毎日書かなくても済む様になった事から、空いた時間を絵の練習や、小説?を書く時間に充てています。
取り敢えず、絵か小説のどっちかを練習しています。(小説の方はアイデアとかを、箇条書きしている段階だが・・・)

最近、今まであらゆる手段を講じてもどうする事の出来なかった自分の人生の質が改善されつつあります。
私の場合は、その手段がコテコテの『精神世界』でした。
眉をしかめられるような事なのですが、巷に溢れている知識ではなく、実際に体験する精神世界の出来事を、徹底的に解析し、解消する事で楽になって来ているのです。

精神世界と言うものは、自分でも胡散臭い分野だと思っていますが、確かに存在しています。
それは、他所から拾ってくる知識ではなく、実感している出来事の解消だと私は考えています。

この土日は、同級生のぬしと長野県の観光へ行って来ました。
今回の目的は千曲川でのカヌー川下りです。
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朝四時に出発。
途中の横川サービスエリアで朝食を食べていたら、蛾がたんまりと引っ付いていた!
確実にプレスしてしまうであろうタイヤ周辺の蛾共は息を吹きかけて追い払いました。

出発した後も、時速80km位までへばり付き続ける気骨の者もいた・・・。
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川下りの出発地点は、長野県千曲川沿いにある立ケ花と言う駅の近くです。
パッと見、明らかに川が増水している!!
そして流れが徒歩よりも速い!!

そして、私がカヌーを組み立てている間に、30km先のゴール地点の上境に車を置き、電車で戻って来たぬしから驚愕の一言が・・・
「今日で最後のカヌーになるかも知れねぇ・・・」
私は即座にそれを理解しました。
つまりカヌーがお陀仏し兼ねない。
信濃線に乗り、電車から千曲川の様子を観ていたぬしからは、千曲川は大変ヤバい川に見えたそうです。
どうやら流木がたんまりと転がっているゾーンとかがあったらしい。
一応、カヌー屋のおやっさんからも、千曲川は中級者以上の川だから、那珂川で数回練習してからではないと止した方が良いと警告されていました。
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出発地点の地面は、過去最高にぬちょぬちょだぜ!!
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取り敢えず出発しました。
まず最初に確認したのが、流れに逆らって進めるかと言う事でしたが、船主が流されて方向が定まらず、流れに逆らえませんでした。
まぁ、ゴール地点の上境は、流れが緩やかだろうから何とかなるっしょ!
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ええ景色ですね・・・。
増水して水が濁っているのがちょっと残念でしたが、ええ景色です。
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川下りをする上で、カヌー屋のおっつぁんから注意されたのが、この橋脚。
橋脚に沢山の流木が引っ付いている通り、ここにカヌーを巻き込まれたら、二度と脱出出来ないそうです。
カヌーが圧倒的な川のパワーによって粉砕されてお陀仏してしまう上、転覆したカヌーと橋脚の間に人間がサンドウィッチされた場合は、プレスされて死ぬようです。
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二人で全力で方向転換したのにも関わらず藪に突っ込みました。(タイムアルター・トリプルスタグネイトでも対応出来なかった)
所々、流れが結構速いです。
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そして一番のハイライトが激流ゾーン。
「ヤベェ死ぬ!!」って位船が揺れました。
波が立て続けに押し寄せ、一つの波を突破し、船主が下方を向いた瞬間に新たなる波が来ると、全身ぐしょ濡れになる。
前の座席に座っていたぬしに、波柱が直撃し、ドブネズミのようにぐしょ濡れになっていました。
しかし、ぬしが荒波の防波堤になってくれていたお蔭で、こちらはそこまで濡れずに済みました。

ありがとうぬし。
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そして浸水。
激流ゾーンを抜けた際、それなりに水が浸水して来てお尻が濡れ濡れになって不愉快だったので、水筒で水を掻き出しました。

一応流れの速い場所でカヌーが転覆しても、ライフジャケットを着ているので死にはしないみたいですが、カヌーが何十キロ先まで流されてしまった場合は回収が困難なのだそうです。
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ぬしが昼ご飯を食べていなかったので、信州名物のおやきをプレゼントしたのですが、数多の激流を潜り抜けた事によってぐしょ濡れでした。

本当は激流ゾーンの写真や動画を撮りたかんだけどぅ、それ所じゃなくて無理でしたね。
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そして中間地点の飯山市に到着しました。
ここまで来ると、流れが大分穏やかになって来ました。
しかし、ここで訪れたのは『退屈』。
ぬしが電車の中から見たと言う『流木迷宮ゾーン』も特にありませんでした。

川下りの場合、基本的にカヌーを漕がなくても勝手に進むので、ある意味退屈なのです。
激流ゾーンでは死ぬかと思いましたが、それこそが全身の細胞が目覚める瞬間であり、生きている事を実感出来た瞬間でした。
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何か水面に謎の泡々が増えて来ました。
そしてなんかくっちゃい!
川に酪農臭が混ざり始めて来たのです。
今までのカヌー人生に於いて綺麗な水面しか漕いで来なかったので、多大なるカルチャーショックを受けました。
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ええ景色や・・・。
しかし、飯山市以降は、とくにこれと言った刺激もなく、ある意味退屈だったのです。
一回だけ川に沈んだ中州で船底をこすった以外は、特にこれと言ってバイオレンスな場所はありませんでした。(川が濁っていて水深が分からない。)
一度、激流ゾーンを体験してしまうと、それ以外の場所が退屈に思えてしまうのです。
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そして上境の船着き場にてゴールしました。

立ケ花から上境までの約30kmのコースを三時間ちょいで漕ぐ事が出来ました。
平均時速にすると10km近くになるので、所々ママチャリ位のスピードは出ていたものと思われます。
ネットで検索した限りでは、普通は5時間程度の時間が掛かるそうなので、増水した事によって大幅に川の流れが速くなっていたようです。

面倒臭い解体作業も、ブルーシートを購入した事で、カヌーが汚れない&アスファルトや石で擦らないので安心して解体作業を行えました。

以上が千曲川川下りの報告です。
これから、更なる激流に挑みたい所なのですが、それは止して置きます。
乗り手の私達は兎も角として、ゴムでコーティングされたカヌーがズタボロになるのが嫌なのです。
激流で岩に乗り上げてしまったら、致命傷を負ってしまう。
川下りは、プラスチックで出来たカヌーじゃないと表面に穴が空く上、フレームが折れかねないのです。

だって20万円以上したんだぜ・・・。
あんまし危なっかしい真似は出来ないよ・・・。

次の日は、戸隠観光と、UFO目撃の多い山である皆神山の観光へ行きました。
気が向いたら、記事にしようと思います。
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☆本日のどうでもいい話☆
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岩手県の遠野や、長野県の戸隠では、栗真っ盛りなシーズンのようで、至る所にイガグリが落ちていました。
ナイキのエアマックスのソールが破裂するかと思いましたよ。

前の記事の続きを書きます。
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ここが遠野の早池峰神社周辺の杉並木。
私はこれが見たかった。
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そしてここが早池峰神社周辺周辺の原っぱ。
私はこれが見たかった。
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そしてそしてここが早池峰神社周辺の渓流。
私はこれが見たかった。
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そしてそしてそしてここが早池峰神社周辺の大出中学校の木造校舎。
私はこれが見たかった。
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そしてそしてそしてそしてここが早池峰神社周辺の大出中学校の教室前に掛けられたのれん。
私はこんなのを見たくなかった。

安易に『萌え』に魂を売ればいいものではない。(遠野の品位が落ちる)
チキショウ、この糞河童めが・・・、エロい目ぇしやがって・・・。

このような感じで、私が今一度どうしても訪れたかった附馬牛村の情景は、やはりとてつもなく良いものでした。
昨日のふるさと村から、座敷童の出る民宿に向かう最中も、自然に「私は附馬牛村に暮らしたいのだな・・・」と思いました。
ここには私の望む田舎の条件が全て揃っている。
田園風景、渓流、山、人の少なさ等、全部が今まで巡って来た場所の中では一番自分に合うのです。
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近くにある重湍渓(ちょうたんけい)なんざ、今まで自分が観た中では、最高の渓流です。(去年ぬしが建造し、最後に小便をぶち撒けたダムは無くなっていた。)

私は、附馬牛村(つきもうしむら)の早池峰神社周辺に茅葺屋根の古民家を移築し、そこでみやこちゃんと暮らした~~~い!!

ちなみ茅葺屋根の古民家の買い取り価格は、一億五千万円であり、十五年に一度の屋根の葺き替え作業には4000万円掛かるそうです。
確か、岐阜県の白川郷の合掌造りのお家ですら葺き替えは、2000万円だった筈・・・。
た・・・、高すぎるッッ!!

ふるさと村のおやっさんは、4000万あるなら、遠野で豪邸が建てられると言っていました。
つまり滅茶苦茶お金が掛かるらしいのです。

これはもうお金を稼ぐっきゃない!!
移住する為に二億円を稼いで、尚且つ遠野で暮らして行ける職を見付けなくてはならない。
だけど、私はね・・・、あんま働きたくないの・・・。

遠野に暮らす為にリアルマネーをガッポガッポ生み出せる手段・・・・、私は物書きにでも目指そうかと改めて思いました。
附馬牛村で暮らして行く為に、どうにかしてリアルマネーを生み出す手段を探さなくてはならないのです。

そして家族を移住させる為の、実績を生み出す必要もある。(さもないとパピーを毒殺するしかなくなる。)
まぁ、これから気張りますわ・・・。

ちなみに附馬牛村は、最寄りのスーパーまで片道15km以上の距離があります。
しかも遠野駅前にある『とぴあ』と言うスーパーは、そんじょそこらのスーパーとは一線を画している。
なんと、『市役所』と『スーパーマーケット』が奇跡の融合を果たしているのです。
もうこれは只事ではないッッ!!

もし、遠野暮らしが実現したら、『民宿迷い家』と言う木造の民宿でも築造したいものですね。
遠野物語に出て来る『迷い家』(マヨイガ)をイメージした、座敷童が出て来る民宿です。

ようやく、この世界の中で住みたいと感じる場所が見付かったので、願望実現の為に何とかやって行きたいです。

遠野旅行の記事は、気が向いたら今後記事にします。
奥日光探索と、猪苗代湖カヌーも、結構見応えがあったので、今後気が向いたら記事にしようと思います。
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☆本日のオーブ画像☆
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早池峰神社周辺でフラッシュ撮影をするとオーブが写ります。(ボ~~っとしていたら夜になってしまった。)
屋久島の時とは違い、雨は降っていません。
しかしこれは、新しいデジカメの性能上、フラッシュ撮影をすると映り込んでしまうデジタルノイズの類かも知れません。

二枚目の写真は、星空を写したのですが、なぜかボケて赤い玉と靄が写り込みました。
自分の指が写り込んだ訳でも無く、シャッターを早く押した訳でもありません。
今まで指が写り込んだ事はありませんし、毎回慎重にロックオンしてからシャッターを押しています。
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確認の為にもう一枚夜空を写したらこんな感じになりました。

一昨日、三日間の遠野旅行から帰還しました。
全ての日程が恙無く進み、中々グッドな旅行が出来ました。
そして明日からは、同級生のぬしと長野県の千曲川へカヌーへ行きます。
折角、新居の貸家に引っ越して来たと言うのに、バタバタしていて引っ越した感じがしません。


今回で遠野旅行は三回目なのですが、なぜ遠野に惹かれるのかと言うと、やはり不思議な場所なのです。
所々、この現実世界との境界線が曖昧になっており、別世界からの息吹きが流れ込んでいる場所が見受けられれます。
私は、どうしても遠野の中で更に別世界の息吹きが流れ込んでいる場所である早池峰神社周辺に行きたくて仕方がありませんでした。
それ程、遠野の早池峰神社周辺は、印象的な場所だったのです。

そして、今回早池峰神社周辺の附馬牛村へ行った事で、私がなぜ遠野に行きたかったのか分かりました。
単純に、この場所に暮らしたかったのです。
自分の中の本質がここに暮らしたいのだと訴えて来ました。

遠野ふるさと村と言う場所に寄った際も、他の世界での記憶がじゃんじゃか甦って来て、こんな暮らしをしたいと言う形が具体的に頭の中に浮かびました。
どうしてもこんな暮らしをしたいと言う欲求が浮かぶと共に、この現実世界や自分自身の生活環境を比べてしまうと、そのギャップがとても苦しかったです。
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遠野ふるさと村にある曲り家と言う茅葺のお家です。
私は生まれてこの方、生粋の千葉市民である筈なのですが、茅葺屋根の雰囲気や、土壁の香りとかが異様な程に懐かしくて仕方がありませんでした。
五感で感じるものの何もかもが、昔居たであろう素晴らしい世界を思い出させるのです。
私が『天人の世界』と名付けている領域ですが、その世界の事をふるさと村を観光している中思い出して行きました。
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ここは、あくまでこの地球の現実ですが、本当に懐かしい世界の事がひっきりなしに頭に浮かぶ。
込み上げて来る強い感情がありながらも、その行き場がないので、もの凄く頭が詰まりました。
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周囲のエネルギーの細かさや透明感、植生の色が天人の世界とは違うが、それでもこの世界の中では飛びっきり美しい。
改めて私はこんな場所で暮らしたいのだと再確認をしました。

天人の世界のエネルギーが間接的にこの現実に流れ込んで来る事で、そこに住む人間の意識に変化が生まれ、
この日本と言う場所で、天人の世界に似た文化が生まれたのではないかと、私は勝手にそう思いました。
ゴシック建築やロココ建築と言ったものも、誰かが既存の文化様式や気候・物資等の要因と、インスピレーションを掛け合わせるだかなんかしてこの世界に産み落とされた訳ですから、そのインスピレーションの起源を辿ると、どこか別の元となった異世界の情景があったのだと考えています。
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ふるさと村を巡って行く中で、やはり思い出すのが私の記憶の中にある『みやこちゃん』と名付けている女性の事です。
懐かしい世界を彷彿とさせる情景を観た事で、とてつもなくみやこつぁんを思い出しました。
茜色の着物を纏ったとても美しい人です。
なぜ美しいと感じるのかと言う理由を突き詰めて行くと、その人の持っている『波動』なのです。
決して、おっぱいが大きいとか、顔が好みだとかそう言う理由だからではありませぬわ!

どうしても私は天人の世界の波動の持ち主じゃないと、自分の自我は勿論の事、本質が呼応しないのです。
そして、なぜ私が自分自身の心と徹底的に向き合い、研ぎ澄まそうとして来たのかと言うと、究極的には、そうしない限りは、天人の波動に呼応する事が出来ないと言うのがあります。

天人の世界と言う、訳分からない別世界の女性の事を追い求めていたら永遠に結婚できない可能性がありますが、
この世界に、異世界の波動を纏って生まれた人間も少数ながら存在しています。
今まで、「この人はヤバい」と思った人間は、三人います。
二人は女性で、一人は池原さん?なのかな・・・、けど池原さんはちょっと違うかも知れない。
今から十数年以上前の話ですが、明らかにとんでもない『波動』を持ち越して人間として生まれている人が二人居たのです。
一目見ただけで、これはヤバすぎる!!こんな人が存在している訳がないと、子供ながらに思った記憶があります。

白い靄のおやっさんに、その内の一人の女性が当時宿していた波動の次元を計測して頂くと、「厳しめに見ても、少なくとも数億以上・・・」と言っていました。
私が知覚した範囲での八百万の神々の波動ですら、数百とか、数千ですから、単純な波動の次元では、それらを遙かに凌駕している。(実際に八百万の神々がこの世界に何らかの形で顕在化する時は、更にずっと低くなる。)
実は、地球には、そう言ったとんでもない次元の魂を宿した人間が紛れ込んでいるのです。

正直な話、釈迦だのキリストだのを遙かに凌駕したレベルで生まれて来ているが、だぁ~~~れにも気付かれない、そんな人間がこの世界には存在しているのです。
釈迦だのキリストだのも、お弟子さんが居たり、後世で理解されつつある訳ですが、それはある意味、私達の次元に近いからこそ理解されているのです。(勿論、本来の次元からデチューンされているのだろうが・・・)

有名人や、成功者なども、ある意味私達の次元に近い存在だからこそ、その凄さが分かると言う訳です。
圧倒的に高すぎる次元と言うものは、まず分からない。
薄々そうなのではないかと言う、自我にも上がらない認識を感じる事はあると思いますが、基本的には分からないのです。
上から下の次元は認識し出来るが、下から上の次元は把握出来ないんですよ。(自分よりも明らかに高すぎるものは分からない。)
余りに高い次元は、認識のしようがないのです。
(それでも本来の私達の魂は、宇宙を創造した次元だから、ティッシュペーパーや、うまい棒等の、ありとあらゆる存在は、本来、究極レベルの波動を持っている。だから、一々誰々の波動が高いとか低いとか、誰が本物だ偽物だとか言うのも馬鹿げた事ではある。)

そして、子供の頃は、数万とか数億の波動を持っていた人間が居た場合でも、大抵は、大人になって行くに連れて、ふつ~~の人間に戻ってしまいます。
白い靄のおやっさんが驚いた数億以上の波動の女性も、今では普通の人間になってしまっているようです。

そんな高波動を持っているとこの社会では生きて行けないので、人間にならざるを得ないのです。
もし、未だに人間になる事を拒否し続け、魂の純性を保とうとしている人間が居たとしたら、地獄の苦しみを味わう事になっている筈です。
俗に言う、インディゴチルドゥレンとかクリスタルチルドゥレンと言われる新世代のベイビー達も、親の教育や学校社会で揉まれて行く内に、ふつ~~~の人間に戻っちゃっています。

だが中には、激流に逆らい遡上し続けるサーモンの様に、徹底的にこの社会の洗脳を退け、純性を維持し続けている人間がいる。
私は、そんな女性と言うものを今後も探し続けるのだと思います。
本当の意味でとてつもなく綺麗なものを見たいのです。

だから私は煩悩塗れでありながらも、意外にハニートラップの類は通用しません。

遠野に暮らしたいと言う話から逸れてしまったので、記事を二つに分けまする。
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☆本日のどうでもいい画像☆
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遠野には、この様に何ともコメントしようのない謎のオブジェクト達が多々存在している。
これも私達の次元が低すぎるが故に、対象の凄みや奥深さと言うものを知覚出来ないのかも知れない・・・。

只今、三日間の遠野旅行の最中です。
貸家への引っ越しは、二日間で9割方片付けました。

この二日間の引っ越しで、私は生まれてからの人生で一番本気を出したかも知れません。
もう今持ちうる『知性』と『体力』をフル動員しましたよ・・・。
なぜだか知りませんが、この二日間の引っ越しは、全身の細胞が目覚める程にトップギア状態でした。
今までの人生を眠った状態のまま過ごして来たと仮定すると、この二日間だけは、今までと一味違った。
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まずは、貸家の雑草達。
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ホームセンターで購入した鎌々で無慈悲なまでに殲滅してしまったよ・・・。
確かに・・・、鎌ってヤツぁ生命を刈り取る為の形状をしてやがるぜ・・・。

塀を取っ払って貰ったら、何らかのベジタブルの種子を蒔こうと考えています。
刈り取った雑草達は、このまま肥料になって頂く事にしました。

草刈中は、ずっと中腰の姿勢でいたので、腰が・・・、腰が痛いでちゅ~~~~!!!
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次は、段ボールへの梱包作業。
コンビニエンスストアやホームセンターを巡り、いらなくなった段ボールをたんまりと頂いて来ました。

まず、段ボールを持って帰るだけで、鬼の様に全身が疲労した。
人力で持って帰ったから腰が痛いでちゅ~~~~~!!!
大した量の荷物はないと思っていたのですが、写真の4倍くらいの段ボールを必要としました。

梱包作業も、荷詰めする荷物を片っ端から雑巾で拭くほどの徹底っぷりを発揮しました。
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二日目は、赤帽のおっつぁんと共に荷物を運びました。
まさか・・・、トラック四往復分の荷物があるとはな・・・、
おっつぁんとの阿吽の呼吸で、奇跡的な荷運びを成し遂げました。
これはもはや『レジェンド』と言っても差支えが無い程の荷運びだった・・・。

冷蔵庫を初めとする強敵と相見えた事で、腰が臨界点を超えました。
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それでもって、段ボールを開封し、パソコンをインターネッツに繋げるレヴェルまで引っ越し作業を完了しました。
引っ越し作業を終える余韻を味わう間もなく、ノートパソコンに会計データを打ち込み、実家にお車を借りに行き、即座に遠野旅行の準備を開始しました。

これ程までに一分一秒単位で本気を出して、二日間を燃焼しつくしたのは生まれて初めてです。
このまま深夜の0時から3人で遠野旅行へ行き、普段は運転しないお車の運転もしました。
とうとうオレも、4WDターボのステアリングを握る時が来ちまったようだ・・・。
なんかブログ記事を書いている途中に意識が飛ぶから、すぐにおねんねする事にするよ!!
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☆本日のどうでもいい話☆
岩手県の丹内山神社でそらを見上げていたら、今まで観た事の無い文字が頭に浮かびましたが、
恐らくこれは、眠っていない事で幻覚を見まくっていた可能性がありますl

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