日常探求とこだわり

日常生活におけるこだわりを書いています。
頭に浮かぶ女性を追い求め、自転車を漕ぎながら精神世界を探求中です。
トレーニング・サイクリング・精神世界・食べ物・現実逃避の内容がメインです。

2015年12月

今年もいつの間にかラスト一日を突破しつつあります。
本年度は大変お世話になりました。
また来年もよろしくお願いいたします。

今年は、白い靄のおやっさんの登場により、今までの八方塞がりな苦しみから脱却出来、いつもとは一味違った一年となりました。
来年こそは、頭に浮かぶ女性であるみやこつぁんと遭遇出来るように気張ります。
私が感じる予感としては、そろそろ実現可能なのではないかと感じています。

記事の始めに、今回書こうと思っていた内容の『現実創造』に付いての手始めとしての『予感』に付いて書きますが、
この予感と言うものは、思念だけで意図的にコントロール出来ないと私は感じています。
よくいい予感を意図的に構築すれば、その通りの事が起きるとか言われますが、
もし、予感を意図的に変えようとしたら、本来の自然な感情に嘘を付く事になり、心身の状態が滅茶苦茶に破綻してしまい、寝込む事になります。
全く何のトレーニングもせずに、マイクタイソンにボクシングルールで勝つ予感を持つ事が出来ない感じです。
それ相応の下積みがないと、予感と言うものは変わりません。
私の場合は、あくまで鍛錬や探求の果てに、実力が付いた事を実感した時に、予感が自然に変わります。
つまり予感の方から変える事が出来ないと言う事です。
鍛錬や行動により何か条件を満たすと、自然に予感と言う信号が変わる感じです。
自分から予感を変えようと刷り込んでも、私の場合は、全く意味がありませんでした。

今までの経験上、予感を持っても必ず全てがその通りになる事は一度もなかったような気がします。
私は物事の結果が出る度に、望む事と結果のブレを生み出してしまった原因を常に探っています。
一つの例を出します。
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全く雪の降っていなかった白川郷なのですが、
何となくこれから雪が積もると言う『予感』を感じていたら、一応は積もってくれました。
この予感は、周波数で例えると大体『167の周波数帯』から来る予感が関わっているようです。(エネルギーの周波数帯を細かさで数字化している。)
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この積もり方では、屋根が全然雪によってコーティングされていないので、私としてはベストな結果では無かったのですが、一応は雪が降ってくれたと言う感じです。
自然に、何の根拠も無く、私が行くからには雪が降ってくれると思っていたらそうなりました。
「ああ、これから雪が積もるわ~。」と言う予感がしていたのです。(理屈として普段は12月の下旬には雪が積もっているらしいから、降ってもおかしくないと思っていた。)

この雪の積もりっぷりは、100点満点中で言うと、50点の結果が得られた形になります。

どうやれば、意図して望む結果を得る事が出来るのか?
予感と結果は必ずしも関係しているのか?
どのような予感が、正確に現実に反映されるのか?
予感とはそもそも何なのか?未来を知覚出来る自分の中の機能??
分からない事だらけです。

他の方達と同じく、私にとってもそれが大きな課題となっています。
『人は全ての現実を創造している。』と言う言葉がありますが、
仮に全てが自己創造なのだとしたら、自分の中のどの部分が現実のどの部分を創造しているのかと言う事を解明したいものです。
自分の意識が現実創造の『要素』になっているのは体感から解るのですが、
本当に全てが自己創造なのか?
どこまでが自分と言う垣根なのか?
現実のどの部分が意図的に創造出来、現実のどの部分が実現不可能なのか?
本当に謎がいっぱいです。

ぶっちゃけた話、私は未だに何も解っていません。

最近、以前にも増して『理屈だけ刷り込まれたよく分からない論法』に対して疑っています。
私自身も含めて、正直な話ですが、いっくら難しい本や理屈を聴いても、大半の人が分かっていないと思うのです。
理屈だけ学んで分かった気になってしまっている。
むしろ、本当の意味で分かっている人は、存在していないのかも知れません。

私は、自分自身の思考が自己創造の要素はあるとは考えているが、それだけではないのでは?と言う立ち位置で、日々自分の中で納得の行く答えを探し続けています。
納得の行く答えと言うものは、知識だけ頭に入れても分からないものなのです。

最近は、意図した『周波数帯』を発生し、その作用により自己の体調管理を始めとして、望む結果も手に入れる事が出来ないかと実験し続けています。
冒頭で、予感は変えられないと書きましたが、そう言うのも含めて、どうすれば意中を予感を得る事が出来るのかと言う事も同時に検証しているのです。

続いて望む結果に付いて書きます。
常々私が得たいと渇望しているものの正体は、『より細かい周波数』である事が理解出来ました。
私は、よりきめ細かい周波数じゃないと、全く何も満たされない。
幾度も書いていますが、人間社会に存在している事ののほぼ全ての周波数が私にとっては毒です。
その実、どこも合わないんですよ・・・。
なので、多かれ少なかれいつも我慢しています。(我慢の限界に達するとぶっ倒れる)

旅行やサイクリングで常に、自然の多い里山を巡っているのも、より高い『周波数』を味わう為です。
まだこの世界で、本当の意味で満足出来る周波数帯を見つける事が出来ていない。
いっくら探しても存在していないのです。
だから、自分が心地良い周波数帯をこの世界で実現するしかないと思いました。
そうする為には、世界そのものを根本から変えないといけない。

私の目標は、自然環境を再生させ、日本文化を再生させ、日本人の精神性を向上させる事です。
その為には日本が社会的経済的に独立し、外国の金融支配者による搾取を終わらせる必要がある。
地方までお金が巡って豊かにならない限りは、現状の経済システムでは、日本が再生する事など不可能だと思っています。
日本が良くなり、世界が良くなり、この世界を覆う『情緒』が1000倍以上になったら、本当に最高ですね。

今回は、ゴチャゴチャな文章になってしまい、自分でも何を書いているのか分かりませんが、『情緒』に付いても説明します。
私の言う情緒とは、その場所その場所を覆っている独特のエネルギーの事です。
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例えが難しいのですが、岐阜県の郡上八幡の街並みを覆っている情緒はこんな感じです。
この場所は、全く期待していなかったのですが、思っていたより情緒が強い街並みで驚きました。
どこか暖かくて懐かしいエネルギーに包まれているんですよ・・・。

その場所その場所を覆う情緒の量が、もし1000倍以上になれば、その情緒の発生源の一つである、別世界から降り注いでいる神々からのエネルギーが直接降り注ぐ事になるので最高でしょうね。
以前他の記事にも書きましたが、情緒の一因として八百万の神々があり、
日本全国その場所その場所を担当している八百万神々(異世界人、宇宙人)によって、情緒の質は全く違うのです。
それが地域の植生や地質に影響を与えていて、植物や鉱石を媒介として八百万神々のエネルギーが降り注いでいる。
もし、千葉市に郡上八幡の街並みを完全再現しても、情緒は違うものになると考えています。

私が望む『周波数・情緒』に満ちた現実が生まれてくれたら、本当に最高です。
その実現の為にこそ、私は命を懸けたい。
全ては望む周波数の実現の為に生きているのです。

ちょっと話は変わりますが、実は私にもちょっとナルシストな所があり、自分自身の持つ『周波数』は、世界で一番好きです。
自分で言うのもなんですが、凄い周波数の帯が綺麗なんですよ。
子供以上の純粋さと、大人の理性がマッチしていて、周波数に限っては、私よりも細かくて心地良い人間は見た事がありません。

だから、特に際立った取柄が無いにも関わらず、時たま自分が世界で一番進んでいると錯覚する事があります。

それと同時に周波数の高い人間にも飢えています。
男性だと池原さんと白い靄のおやっさんが私にとっての目を見張るエネルギーを持つ人間です。
若い女性部門だと、十五年前位までは、二人程とんでもない周波数の持ち主を見て一目惚れしましたが、それ以降は特にとんでもない周波数の女性を見ていません。
結局、私は相手の周波数に惚れている事が分かりました。
周波数の細かい相手に対して執着を示してしまう。

ちなみにあまりお若くない女性部門ですと、以前記事にした『本質が通じてしまうおばさん』と、『自分の母親』がランクインしていたりします。
私の母親なのですが、人間社会の物差しで見ると、チョコクリスピーには麦茶を掛けて食べる代物だと思っているレヴェルで要領が悪く物覚えが悪い人間なのですが、
本質や周波数の視点で見ると、ドエレー位にエリートです。
普通の人間じゃあり得ない周波数を宿しています。
白い靄のおやっさんが、私の母親に対して昔は少なくとも10兆以上の周波数は持っていたんじゃないかと言っていたレヴェルなのです。
やっぱ私の母親はどこかおかしかった。
昔っから人間としてはポンコツでしたが、精神性がインフィニティ(無限大)すぎると思っていたのです。

最近、この社会が間違っていて、実は私の母親の方が道徳的な面では全てに於いて正しかった事に気付きました。

私は常々家族とおさらばしたいと言っていますが、私が離れると家族がおかしくなると感じていた原因の一つとして母親があります。
母親をエネルギー的な意味で理解出来るのが、私しかいないのです。(実家にご飯を食べに行くだけで凄い喜ぶ。)
母親の宿す周波数と精神性では、周りにいる人達が小ズルくて攻撃的な人達ばかりになってしまうので、どうしても母親には友達も出来ないのです。

最高に気色悪い事を書きますが、母親の周波数が高すぎたせいで、私は激烈に周波数が高い女性ではないと惚れる事も出来なくなってしまったようです。

そろそろお目々が疲れて来たので記事を締め括ります。
かなりグダングダンな内容を書いてしまいましたが、今日の記事は周波数で例えると3067の自分が書いていたようです。
ちょっと周波数帯は重いのですが、真面目であり、中々他の周波数の自分が割り込めない自分です。
そして記事の後半になるにしたがって私の周波数が上がって来て、他の周波数帯の自分が関与し始め、このようにグダングダンになってしまったのです。

周波数の視点で見ても、周波数3067の自分とか、もの凄く沢山の自分がいます。
それが全部自分なのです。
一人の人間も何百万とか何億以上の魂の集合体ですから、私と言う個人の中にも何百万もの魂が入っていて、(一応403万と出る、前は420万だからちょっと減った。)
今現在知覚した周波数帯の幅だけでも10の10の349乗まであります。

もう訳分かんな~~~い。

魂の数と周波数帯と言う要素だけに絞っても、人はこれだけ広大なのですから、
現実創造の仕組みに付いても、人間風情がマニュアル化するのは、本気で難しいと思うのです。
周波数が変われば、気分は勿論の事、身に纏うエネルギーや、意欲とか全てが変わります。
自覚があるなしにせよ、様々な自分や、自分じゃない要素?が存在しているのです。

他人からの悪意ある想念とかも、自分じゃない要素に組み入れるべきかとか線引きが本気で難しい!!
何はともあれ、知れば知る程に広大としか言いようがありませんわ!!
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☆本日のどうでもいい話☆
昨日までの旅行での話です。
飛騨高山に到着した際、我が衣類のポケットから聞き覚えの無い音を発する謎物体が落ちたと思ったら・・・
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これってチェックアウトした筈の『下呂温泉』の旅館の鍵じゃないですかッッ!!!
私は愕然としましたね。

只今、同級生のぬしと年末の旅行へと出掛けております。
中部地方を中心とした三日間の旅行です。
旅行初日は、長野県中山道沿いの『奈良井宿』、『妻籠宿』と、岐阜県の『下呂温泉』、『下呂温泉合掌造りの里』へ寄りました。
日本三大名泉の一つである下呂温泉は、実質的に希釈した硫酸に他ならない草津温泉の湯と違い、お肌と股間に優しいので安心しました。

明日は、飛騨高山と雪に包まれた冬の白川郷を巡るつもりなのですが、今の所さっぱり白川郷の合掌造りの古民家には雪が積もっていないようです。
取り敢えず、今晩雪が降ってくれないと、ただ糞寒いだけの白川郷を巡る事になりそうです。

後程、旅行記事に書くかも知れませんが、取り敢えず挨拶代わりの軽い写真を貼ります。
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長野県中山道沿いの朝の奈良井宿です。
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奈良井宿から40km程離れた場所に妻あるけど奈良井宿の街並みに結構似ている妻籠宿の街並みです。
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生まれて初めてやって来た、下呂温泉の温泉街です。
ゲロゲロまっしょい!!
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下呂温泉合掌造りの里です。
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下呂温泉名物と言われる『噴泉池』です。
ここはプライバシーがゼロゼロハッションな露天風呂であり、普通に橋の上から股間に生えた象さんに向かっての熱視線が降り注ぎます。
日が暮れるまでの一時間半程の時間を噴泉池での露天風呂を満喫しました。

この場所は、ちんちんが衆目の目に晒されますが、川沿いに良い雰囲気のエネルギーが流れていて結構心地良い場所である事が分かりました。
リピーターが多いのもおおいに頷けると言うものです。
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そして、お土産・・・、お土産に全てのパワーを注ぎ込みすぎちまったよ・・・。
1,440円の栗きんとん×3
1,080円の栗きんとん餅×2
1,600円の漆塗りの丼×2(一次卸だから5,000円位の商品がこのお値段で買えるみたいです。去年は他の場所で3,500円位した記憶があります。)
2,160円のヒノキのまな板。(もうまな板が黒カビの浸食に抗えないレベルに達したので新しいのを購入しました。)
後は、栃の実せんべいや味噌がコーティングしてある大豆とかを購入してしまいました。

初日からフルスロットルでお土産を購入してしまい、早くもお財布の中身がデフォルト寸前です。
まだギリギリ大丈夫でしょうが、それなりに財政破綻の危機ではあります。

主に妻籠宿名物『栗きんとん』のウルトラ高いお値段なのがいけないのですが・・・信州栗を使った固形栗きんとんは本気で美味しいんですよ・・・。
新年になったら各所に栗きんとんと漆器の器をお届けするつもりなのですが、早く渡さないと理性の限界が訪れてしまい、つい自家消費してしまうかも知れません。

そんな感じで記事を切り上げます。
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I嵐さんのお誘いを受け、SHOWーYAの30周年記念ライブへと行きました。
会場内に凄いエネルギーが渦巻いておりましたが、私はそれにどう対応したら良いのか分からなかったので、取り敢えず周りに合わせて頭をムンムン振るっていました。
それにしてもパワフルなおばつぁん達でございましたよ・・・。

おばつぁん達が発した音の衝撃波により、今日一日著しく聴力が低下し、奈良井宿で後ろから襲い掛かって来た狂った軽トラックに対する反応が一瞬遅れてしまいました。

ここ半年、多くの問題が片付き、私自身の幸福感もちょっとはマシになって来ましたが、まだまだの状態です。
社会から植え付けられた幸福感ではない、本質からの一貫性のある幸福感と言うものは、味わう事が本当に難しい。
ただ今現在、人付き合いが変わり、上辺や見せ掛けの付き合いに労力を割かなくなったので、以前と比べると大分楽です。

上辺や見せ掛けの付き合いと、深い付き合いは全く別物であり、上辺や見せ掛けは疲れるだけです。
飲み会やツアーと言うものも、見せ掛けの『ファッション性』を重視する所は、もの凄く疲れるんですよ・・・。
私の価値観では、上辺や見せ掛けのものは、何が楽しいのかよく分かりません。
ほんの少しだけ楽しいと感じる時もありますが、その数十倍は疲れます。
今は、そう言った場所を極力避けるようになったので、大分マシになりましたが、以前は相当無理をしていました。

私は、比較的行動派なので、様々な場所へ出掛けたり、様々なイベントに参加したりしておりますので、
正直な話、偽装すれば『幸せな自分』を演出する事が出来ます。
旅行の写真を載せたり、サイクリングの写真を載せたり、誰々と会ったとか、誰々と遊んだとか、今日は何々をやったとか、年収がどうこう変わって来たとか、あたかも最高に幸せな自分を『偽装』しようと思えば、幾らでも偽装する事は可能です。

ただ、それは虚しいのでやりません。
ちょっと楽しかった事は、ちょっと楽しかったと書き、イマイチだった事はイマイチと書きます。
イマイチ以下の時は、自分を偽れないので途中から記事を書けなくなります。

そんな社会的な見せ掛けや、団栗の背比べ的なもので『本質』は満たされない。
学生の頃に、上辺や見せ掛けを取り繕っていた時期があるから分かるのですが、そんなもの犬の小便以下ですよ。
実際は大抵の場所で、不快な思いをしながら、疲れるな~早く終わんないかな~程度にしか思っていなかったりしました。

正直な話、多くの人が偽ってるな~、と思うのです。
「それ、本当に楽しかったんですか?」とか、尋ねてしまう事もあります。

私は、深い付き合いや深い理解が伴った時と、本当に美しい景色を見た時や美味しいものを食べた時しか感動しません。
社会的に幸せと見られる行為に対しても、正直何が良いのかよく分かりません。
自分自身を誤魔化していないので、楽しいものは楽しい、つまらないものはつまらないと明確に区分しております。
全く感情を偽っていない。

だからこそ、正真正銘の本物の感動を味わおうと常々思っていますし、
正真正銘の混じりっ気のない素晴らしさを味わえる世界を実現させる為にはどうすべきかを常々考え続けております。

そんでもっていつもの批判タイムのお時間です。

私は、よく手の平返しを喰らいます。
格闘技、自己啓発を問わず様々な団体で、最初は異様な程持ち上げられ、ある時を境に「お前はふざけている。真面目に生きていない。」と手の平返しを喰らいます。
もう流石にこの現象は起こらないと思いますが、今まではずっとそうでした。

例えば、正拳突きの掛け声を全力で発しながら、基本稽古していた時は、最初一年半は、あらゆる稽古や手伝いを本気でやっていると褒められたりしましたが、
その道場の師範にとって気に喰わない事があってからは、声ばっかりが五月蝿すぎる、女性の見学者が逃げてしまうと、私のありとあらゆる行為が批判され始めたりしました。
罪を被せられ、『羽を毟っておきながら飛べ!』と言うような嫌がらせを毎日のように受けました。

ある自己啓発団体でも、急に手の平返しを喰らいました。
それも慣れている事とは言え、いい気分ではない。
私が豆腐屋さんの豆乳を一時期夜中に飲んでいる時期があったのですが、どうしても保存料が入っていないから冷やしても夜までの腐ってしまう時があったのですが、
この主催者からは、私が周りの注目を集める為に腐った豆乳を飲んでいるとか言われて、
唖然とさせられた記憶があります。
私の思考では思いつかない程の低次元な事を言われた訳です。
その団体では、事あるごとに唖然とさせられた記憶があります。

私は単純に、豆腐屋さんが作った豆乳を捨てる様な事があったら、豆腐屋さんに合わせる顔がないから、飲んでいただけなのです。
ものや食べ物を粗末にする真似はしたくはないと言う考えもあります。
人の見ていない所を正さないと、心に矛盾が生まれ、晴れやかな気持ちで生きる事は出来なくなります。
もし、豆乳を捨てていたのに、豆腐屋さんの前で「美味しく飲んだ。」とか口走るようになったとしたら、私の価値観では最悪の人間となってしまいます。
あくまで自己統一性と保つ為と、豆腐屋さんとの信頼が嘘にならないようにする為の行為です。

事あるごとに見当違いの事を言われた記憶がありますが、今でも二年位前のブログ記事のコメントに残っていると思われます。(労力を使うからわざわざ拾って来ないけど)

私は、常に最高純度の感情を味わう為に生きています。
常に一日を後悔してくないから、豚汁作る時も、部屋の掃除する時も、トレーニング時も、文字を書く時も、うんこをひねり出している時も常に本気であり、尚且つ丁寧に行っています。
あらゆる事に全力だから、相当神経擦り減らしますし、身体の筋肉は凄く硬いのです。
全力で一日20分の柔軟体操をしていますから、開脚して地面におでこを付けれますが、筋肉の質が硬いのです。
冒頭で触れた様な見せ掛けや上辺だけと感じる人付き合いに労力を割かなくなってから、かなり楽になりましたが、まだ硬いです。

ブログも書くからには、その時出せる全力を尽くすから嘘は書かない。
だから私としては、もし、どこか偽っていたり、どこか誤魔化している人間が居たとしたら、そう言う人間に『ふざけている』などとは言われたくないものです。
正当性のある言葉以外は、どうしても頭の中に入って来ないのです。

私が、様々な場所で手の平返しを喰らって来た事に対する事情を話すと、
親しい人間である真継さんは、「高田君がいるだけで自説が覆されるから、攻撃しなければならなくなる。」と言っておりました。
白い靄のおやっさんにも、似た感じの事を言っていたと思います。
結局、私が低次元な思考で生きていないと困ってしまう人間もいる訳なのです。

とある宗教に勧誘された際は、「好転しないのは信心が足りないから。」と言われた記憶がありますが、
人生経験を積み重ねる度に、結局どこも言ってる事は同じだな・・・と感じます。
「ふざけて生きているから好転しない。」と言うのも、宗教と同じ文句だと思います。
宗教が自己啓発へと形が変わっただけで言っている事は結局同じなのです。
望む結果が叶わないのは、『信心が足りないから、ふざけているから』そう言えば幾らでも、本当の原因をはぐらかして相手を責める事が出来ます。(本当の原因が他人にいきなり分かる事は少ないと思うのです。)

私はそう言う事を口走る組織は、インチキだと思っています。
特に真面目に生きている人間に対して、そう言う言葉を放ち苦しめる真似は最悪だと思います。
勿論、宗教や哲学で救われる人間も存在しているのでしょうが、あくまで私は違うと思っている。

私は、常にあらゆる行為を他人に見られている事前提で生きています。
その状態で生きると、どんなに苦しくても、心の内側は澄んでいてとても心地良いのですよ。
これこそが『最高純度の感情』です。
果たして本当に私がふざけて生きているのかどうか疑わしいものです。

私を否定して来た相手の生き様を、逐一観察していた訳では無いから知りませんが、恐らくそこまでは徹底していないと思います。
時間を経てから過去に関わった団体の関係者に話聴くと、結構おかしな話が出て来る事が多々あります。
言葉では幾ら綺麗事を言っても、実際はその都度隠したり嘘付いたりしながら、上辺や見せ掛けを取り繕って生きているようにしか見えないのです。(実際にその人の人生を見ないと分からない事ではありますが)

更に他の団体の話を書きますが、
ある団体は、弟子がある程度育つと、これ以上弟子が育たない様に、頭に蓋をして能力制限をし、
脱退者に対して、糸こんにゃくみたいな変なエネルギーを送りつけて来る団体もあります。(他の脱退者の方の頭にも妨害糸こんにゃくが入っていた。)
ここも相当裏表があり、お弟子さんの前では表の顔しか見せていないのです。

世の中、本当にいい加減ですよ。
先生と呼ばれていたり、成功者と呼ばれている人間が、必ずしも精神性が高い訳ではないと、毎回思い知らされています。
長南町でお会いした御老人とかもそうですが、人知れず自分の生き方を貫いて来た人間の方がよっぽど『高潔』なのです。

世の中嘘だらけですが、嘘偽りのない人間に会うと、より周りにはびこっている『嘘』ばかりが目に付きます。
嘘だらけの世の中だから、嘘に気付きにくい状態なんですよ。

私と親しい大手哲学ブログを運営されている方が、突如として一部上位ランカー達を真っ向から否定し出す『テロリスト』と化しましたが、
その哲学ブログを運営されている方は嘘を言わないから、外面の良い嘘ばかりを並べ立てて金儲けをする人気ブログの数々が許せなくなったみたいなのです。

今の世の中、外面の良い嘘の方に人が群がってしまうのです。
その哲学ブログを書いている方も、読者さんの事を考えながらも正論や本音をオブラートに包まないで書くようになってからアクセス数が下がり続けているそうです。
本当に世の中、真実批判の時代だと思っています。

そんでもって弱小ブログである私の立ち位置としては、嘘を書かない、見苦しくても本音を書くと言う事があります。
何となく外面を良くした方がアクセスは上がる気がするのですが、アクセスカウンターを見るのがそんなに好きではない上、そう言うのを意識すると疲れる身としては、正直な言葉を書く事の方が楽です。
三年間、上辺や見せ掛けを気にし続けるよりは、三年間、本音を書き続けた方が楽に決まっておるわ!

混じりっ気のない一貫性のある純粋感情を追及した方が、難しいし妥協出来ないけど、本当の意味で楽です。

今回の記事もそうですが、純粋感情を書くと、感情と文章が一体化するので書いている身としては非常に楽なのですよ。
周囲の否定ばかり書いても仕方がないので、自分が今取り組んでいる事を最後に書きます。
それは、『相手よりも低次元な受け返しはしない事』です。
私は、生まれつき私であるが故に嫌な目に遭う事が多いので、その場でカッとなって言い返したくなりますが、一呼吸置いて相手と同じ次元や、相手より低い次元で対応しないように気を付けようと思った今日この頃です。
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☆本日のどうでもいい話☆
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遠野には『デンデラ野』と言う姥捨て山的な場所があり、
デンデラ野にて、「デンデラ野・・・、ウォーレン・デラノ・・・。」と言う、私の人生史上最高のギャグを放ったのですが、
周りからは理解される事はありませんでした。
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ウォーレン・デラノ・ロビンス(1885年ー1935年)

いや、だって『デンデラ野』と幕末に暗躍した麻薬商人である『ウォーレン・デラノ』って語感が似てません?
9月の遠野旅行の際は、陰謀論大好きなお二方と御一緒に旅行へ行ったので、私の渾身のギャグが理解されると思っていたのにこのザマよ!!

今日は、花婿修行の為に豚汁をこしらえました。
みやこちゃん・・・、キミは僕が養うよ!
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白い靄のおやっさんから、スペシャルなお米とお味噌を頂いたので、豚汁に加工する事にしたのです。

このお米とお味噌が何と言うか凄いんですよ。
明確な『意志』を持ち、こちらに語り掛けてくる。
生命力に溢れた食材と言うものは、食材として意識がハッキリしているのです。
全然眠っていない。
本来、食材と言うものは、生きている(起きている)のが正常な形なのかも知れません。
スーパーに売られているフルーツや鮭の切り身とかも、話し掛けてくるのですが、声の大きさが違うのです。
もうノンタックパワー炸裂ですよ。
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眼鏡を掛けた『統合失調症患者』と噂されるノンタックです。
ノンタックがおでこの眼鏡を掛けた時、周囲にあるミシンやしゃもじとかが優しい口調で語り掛けてくる。

ちなみにお米には、磁石を通したガイアの水に、はちみつとシーマロック原液と乳酸菌マイクロ熟成エキスを添加しています。
こちらとしても、全力の科学技術を駆使してご飯を炊きました。
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貸家の近くにある、自然食品のお店でゴン黒い大根を購入しました。
お店のおばつぁんが大根は皮を剥かない方が栄養価が高いと言っていたので、よく洗浄し、皮が付いたままスライスいたしました。
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ヤバい、相変わらずてんこ盛りだぜ!!
これでは沸騰してから汁が噴きこぼれてしまうので、お玉で灰汁と水分を抜きながら煮込みました。
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ご飯が炊けました。
お米が滅茶苦茶こんもりと膨らんでいます。
ご飯からは「ヨッシャ~~~~~~!!!」(よくぞちゃんと炊いてくれた)と言う甲高い声が聴こえます。
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土鍋で一食分に分け、卵を落として加熱した後、最後にスペシャルお味噌を混ぜました。

これは、確かに美味しい!!
つい勢い余ってご飯を1.5合程食べてしまった程美味しかったです。
大根とサツマイモは皮付でも特に違和感はありませんでしたが、大根の葉っぱを勿体ないから入れたのが若干食感を損ねてしまった。
それ以外は概ね満足の出来でした。
これからしばらく、豚汁フェスティバルが続きそうです。


ちょっつ話題を変えます。
先週、白い靄のおやっさんが我が居住地である千葉市へとやって来ました。
その際に、糞ったれ千葉市の中でも、あまり糞ったれじゃない、希少なエネルギーに満ち溢れた場所のご案内をしました。

それが凄く面白かったのです。
今まで、他者にはあまり理解されなかった事の全てが、白い靄のおやっさんには通じてしまうので本気で驚きました。
週一回のお電話の際にも、特に抵触する話はなく、細かい内容までが通じてしまうのですが、まさか土地に対する認識までが同じだとは思いませんでした。(土地に付いての話は以前からしていて、理解がある事は知っていた。)
「ここは、冷たい風のようなエネルギーが吹き抜けている。」
「この場所には、形が歪んでいない神が異世界のエネルギーを転送して来ている。」
「ここからが、陰のエネルギーになる。」
「この小学校の正門は、○○系統の惑星のエネルギーが顕在化している。」
「ベストプレイスの中でも天空の台地と呼んでいる、この場所には惑星と直結したようなエネルギーが降りて来ている。」
こんな感じで、全部の話が通じてしまうのです。
白い靄のおやっさんには、理屈を超えた認識で理解された上で、それがほぼ100%通じていました。
おやっさんの言わんとしている事も、すっごくよく分かるのです。
あまりにも理解されてしまうので、もう夜中の11時半から午前3時過ぎまで、フルスロットルで興奮しながら千葉市内のマル秘スポットゥをご案内してしまいましたよ・・・。

電話している時も、毎度毎度、何で認識の共通点が多いんだろうか・・・?と思っていたのですが、まさかここまで通じるとは思っても見ませんでした。
これには、本気で驚きました。

最近、特に驚いた事として、『黒い壁の博物館』と名付けている場所を、おやっさんも知っていた事です。
この黒い壁の博物館は、私が度々思い出す異世界での記憶であり、そこで数人の仲間達と生まれる前の生前合意をした場所です。

私はひょっとしたら、この黒い壁の博物館が、おやっさんが言う『武器庫』と呼んでいるものと同じ物なのではないかと思って、その事に付いて話したのですが、
話している途中に、私の言っている事が分かったと言っていて本気で驚きました。
おやっさんも、黒い壁の博物館に付いての記憶?がある?ようなのです。
生前合意に付いても否定はしていませんでした。

この黒い壁の博物館(武器庫)から、様々な技術の封印を解いて、最近、その技術を有効活用しております。
見えない世界からの事象を迎撃する装置である『水銀さん』。
表層の不協和エネルギーをパリパリにして剝す『リング』。
内側からエネルギーと細胞?を回復させる『丸い櫛』
エネルギー周波数変換装置である『マザーボード』等の、怪しい技術、テクニックは、自分達で黒い壁の博物館に封印して来たものなのです。(この他にもまだ幾つかの技術を解放している。)

黒い石の博物館
以前、限界状態の中で書いた中二病全開な記事なのですが、
これは、白い靄のおやっさんと言う第三者に理解されなければ、私のただの妄想でしかありませんでした。
異世界での記憶が抑えきれなくなって、時折、我慢出来ずに出来の悪いポエムとして表現してしまっていたのです。

どう見ても妄想なのですが、妄想じゃないんですよ。
懐かしい場所の一つとして、断片的ながらも明確に覚えている記憶なのです。

白い靄のおやっさんには、自分の中で誰から否定されても絶対に正しいのにと思っていた事が理解されてしまう。
本質からの価値観を理解されるのです。
私としては、これ以上救われる事はありません。

頭に浮かぶ『みやこちゃん』と呼んでいる女性も、周りから見れば妄想でしかないでしょうけど、違うんですよ。
白い靄のおやっさんには、それを『周波数』で理解されていました。
私自身も理解し切れていませんが、みやこちゃんと言う存在も黒い壁の博物館と同様に意味があるんですよ。

ひょっとしたらこの世界に生まれて来ている人かも知れないし、異世界の人間のままなのかも知れない。
もし、みやこちゃんがこの世界に生きているとしたならば、魂の純正を保つために、この社会のありとあらゆる常識に逆らっている筈です。
肉体能力、思考能力が高く、感性が鋭く頭も良いので、表立っては逆らわず、上手く折り合いを付けているのかも知れない。
だが、全てが本質と相容れないこの世界に、逆らいまくって疲れて果てている事が容易に予想出来るのです。
そして、周りに親しい人が居たとしても、本質では理解し合えず孤独。
周波数が違うので、否応なくそうなってしまうのです。

未来の事は、私にはよく分かりませんが、
生まれる前の生前合意をしたチームがある事は記憶しているので、いつかみやこちゃんもこの現実に出現するのかも知れません。
最近になって『天人』と和訳される同族や、他の種族の仲間達が、生前に交わした合意のままに、地球人になって集まりつつあるような気がするのです。
どうしてもやらなきゃならない事があるんだよ!!

そんな感じで記事を切り上げます。
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白い靄のおやっさんの奥さんに、チョコレート効果CACAO95%を頂きました。
うん・・・、糞不味い!!

サイクリングから帰って来たら、それなりに風邪を引きました。
いつの間にか季節が冬になっていたようです。


今までそれなりに全国を巡って来てひとつ思ったのは、我がホームタウンである千葉県には結構『古民家』が残っていると言う事です。
実は、そんじょそこらの都道府県よりも古民家が残存している。
やっぱ千葉県は半島だからね・・・、時代の波に乗り遅れちゃったんだよ!!

それでは、レッツ古民家!!
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亀山湖からの帰り道、いつも気になっていた立派な蔵の近くに、64歳のおとっつぁんがおりましたので、
写真撮影の許可を頂くと共に、小一時間程話を聴く事になりました。
どうやら、この蔵の存在こそがおとっつぁんのアイデンティティーだったらしく、とても上機嫌でした。
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最近修繕したと言う二階建ての御立派な蔵です。
国道465号が開通した際に、車からの人目に付くと言う事で1000万円以上掛け、直したそうなのです。
中々の見栄っ張り屋さんですね。

蔵の中は、夏は涼しく、冬は暖かいそうです。
電気が通る前は、蔵が冷蔵庫の代わりとして使われていたみたいです。
これ程ジャイアントな蔵を建立出来たのも、御先祖様が炭で巨万の富を築いてくれたからだと言っておりました。
昔は、炭作りが盛んな地域だったようです。
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干し柿を頂きました。
ゼリーのような甘い干し柿を堪能させて頂いたのですが、種が沢山入っており、流石に人様の庭に種をぺっぺする訳にはいかず、
小一時間程、ずっと口の中で種をもごもごしておりました。

おとっつぁんからは、
・この地域での暮らし。
・昔の生活。
・移住者の話。
・ヤマビル被害。
・周囲の美しい景色。
等の話を聴かせて頂きました。
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亀山湖周辺は、自然が濃くてええどすな・・・。
自然の濃さでしたら、いすみ市を遙かに凌駕しています。
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お猿さんやヒヨドリが柿の実を食べないと言う事は、糞不味い品種の柿なのでしょうか?
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養老清澄ラインの道路閉鎖が解かれていたので、初めてこの道を通りました。
中々険しい道でしたが、そこまでは険しくありませんでした。
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山から海へ抜けた場所である天津小湊では、現地の海の幸を堪能しました。
エビフライを食べると下痢になるのですが、つい誘惑に負けで注文しちまったよ・・・。(十数年前にロブスター食べ放題で地獄を見た。)
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そして、最近私が注目しているのが、県道82号沿いの勝浦市の山奥です。
ここを通るのは今回で二度目なのですが、非常に静かで良い所に見えます。
いすみ市よりも遙かに不便な辺境の地であり、民家の密度がいすみ市よりも更に薄く、理想の田舎度数が高めです。
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古民家も至る所にあります。
千葉県に古民家がそれなりに残っているのも、あまり寒くないと言うのがあると思われます。
意外に東北地方の寒冷地には古民家が残っていないのです。
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私はね・・・、こんな感じの場所にある、生垣に囲まれたこんなお家に住みたいんだよ・・・。
後ろが杉林じゃなかったら言う事なしですね。
杉林だと土地が枯れていまい、あんまし昆虫やキノコが生息していないみたいなのです。
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こちらの酒造会社の古民家は、古民家としてのカッコ良さで言うと、ハリウッドスタークラスです。
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突如としてサイレンが鳴り響きました。
どうやら火事が発生した模様です。
たしかに野焼きの煙とは一味違った、ゴン黒い煙が立ち昇っている。
放火犯として疑われる可能性がありましたが、取り敢えず現地へと向かいました。
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既に沢山の消防車が現地に到着しておりました。
うむ、これだけいれば火も消し止められよう。
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この奥がインフェルノしているようですが、これ以上は立ち入れませんでした。
野焼きとは違い、猫の小便のような苦い香りが周囲に立ち込めている。
火災現場をスクープしたかったのですが、場違いな気がしたので、その場を空気を読んですぐに立ち去りました。
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最後にいすみ市の山田地区に寄ってから帰りました。
小説の舞台を、架空世界のいすみ市山田地区にしようと思っちょるのですが、パソコンが完全に起動しなくなってしまい、もう駄目ですね・・・。
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相変わらず山田地区はええ場所ではあるのですが、一年ちょい前から、場所の雰囲気が荒れて来ているように感じます。
何か周囲の雰囲気がガリガリしていて居づらいのです。

帰還途中、鼻水が止まらなくなりました。
自転車を漕いでいると、周囲が寒いのか寒くないのかよく分からなくなるのですが、
どうやら寒かったようです。
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先日の強風で、貸家の塀が吹っ飛びました。
家庭菜園を始める為に、トタン塀の撤去を申請済みだから、痛くも痒くもないわ!と思っていたのですが、
大家さんが何をトチ狂ったのか、ボロボロの塀を修理して残し、駐車場側にあるボロボロじゃない方の塀を撤去するとかぬかしています。
これじゃ意味が無い!!

いやこの場合は、トタンの塀を全部撤去しても石柱が残るのだから、そこに頑丈なワイヤーか有刺鉄線を張れば、ボロボロの塀を修理するよりも安上がりで済むし、日当たりも良くなると言うのに、私の意見が通りません。
もう、悪霊にでも憑りつかれているんじゃないかと思いましたね。

最近、以前にも増して正論を吐いてもそれが捻じ伏せられる事が増えた気がします。

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