日常探求とこだわり

日常生活におけるこだわりを書いています。
頭に浮かぶ女性を追い求め、自転車を漕ぎながら精神世界を探求中です。
トレーニング・サイクリング・精神世界・食べ物・現実逃避の内容がメインです。

2017年08月

突然ですが、スーパーマッスルファームに植えた大豆が全滅しました。
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枝豆の段階までは、食害にも耐え辛うじて持ってくれたのですが、それから大豆に移行する段階で、カビが生えたり、内部を小さな芋虫に食べられるなどして、文字通り一気にジェノサイド!
それなりにふっくらした実を付けていたと言うのに、それも全部萎んでしまいました。
明らかに葉っぱが昆虫やカタツムリなどに食害されていたので、いつかはこうなってしまうのではないかとは思っていたのですが、実際そうなってしまうと悲しいものがありますね。

自分なりになぜそうなってしまったのかを考えると、大豆が周りの雑草の生命力に負け、抵抗力がなくなった際に昆虫共に食害されてしまったのだと思います。
人為的に品種改良された野菜と言うものは、自然の中に生きる生粋の動植物の前では、無防備もいい所だと言う事を理解させられました。

こうなったら大自然のパゥアーにも負けない強靭なヴェジタブルを育成するっきゃない!
そもそもそれがスーパーマッスル農場の方針なのです。
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一ノ宮在住の桃仙人(一ノ宮おじさん)と共に、土壌改良の為の菌糸を販売しているお店へ行きました。
これがあれば無農薬無肥料栽培で、マッスルなお野菜共を育成する事が可能らしいです。

考えて見れば、昨年自然農法のやり方を教わった際も、畑に菌を撒いていました。
畝を作れば野菜が実る訳ではなく、やはり土壌を改良し、土作りをしないといけない事が発覚!
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これが籾殻と米ぬかを発酵させて出来た土壌改良菌です。
この土壌改良菌を培養し、畑に撒くと、強靭なお野菜共が育成されるみたいです。

大豆なんぞ引っ張っても、引っこ抜けないような強靭な固体になるそうな・・・。
土壌改良菌は、野菜だけではなくフルーツにも応用出来、無農薬無肥料でも深みのある甘さのフルーツが出来るみたいです。
先月、土壌改良菌を使って栽培された、ブルーベリー農園とブドウ農園に実際に訪れ、実際の現物を食べた事があるので、もしかしたら本当なのかも知れないと思いました。(奇跡のリンゴに掛けるような手間が馬鹿らしくなるレヴェルなのだそうです。)
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いざ培養開始。
我がお家には木箱がなかったので、段ボールで培養させる事としました。
土壌改良菌の10倍の籾殻と、4倍の米ぬかを用意し、霧吹きで水を含ませながら混ぜる。
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混ぜ合わせた瞬間から、早速甘い香りを漂わせ、発酵が始まる。
段ボールは熱を帯び、かなり暖かい。

どうでもいい話ですが、籾殻と米ぬかは、草刈りを手伝った報酬として受け取りました。
土壌改良菌の菌糸も2500円だったので、初期投資は本当に少ないです。
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蓋をして、陽の光が差し込まないようにし、土間に放置。
一カ月で発酵が完了し、土壌改良菌が培養されるようです。

しかし、ここで早速アクシデントが発生!!
あの憎き『ペスト一族』共が、籾殻の匂いを嗅ぎつけ、好き放題荒らしまくってくれました。
培養を開始した翌日、土間に籾殻が散らばっていて、眩暈がしましたよ・・・。
なぜか自転車までも籾殻でコーティングされていましたし。

いつかネズ公が荒らしに来るかも知れないと言う可能性は、頭の中に入っていましたが、予想の遥か先を行く先制テロリズムっぷりです。
これでは家の中では発酵させる事が出来ないと判断し、裏庭の塹壕へと段ボールを持って行きました。
引っ越してから始めて裏庭の塹壕が大活躍です。

一時期、ネズ公の個体数が凄く減っていた筈なのですが、籾殻を土間に置いてから、ネズ社会の口コミがあっと言う間に広がり、めっさ増殖しましたね・・・。(例:ネズログの評価☆4.5 あそこの家は昼間誰もいないので齧り放題。最近は籾殻まで置かれ、より一層のアメニティの充実が図られている。 byネズの介 )

それから二週間、裏庭の塹壕の中で培養しているのですが、なぜか塹壕の中に置いておくと食い散らかされないから、不思議です。
ネズ公にとって、人間様の家の中にあるものは全てお宝だから食い荒らすと言う思考回路があるのかも知れません。

一方、お家の中の方は、一日しか籾殻段ボールを置いていなかったにも関わらず、相変わらずネズ公共が増加中です。
昔、第二の原宿と称され人気の観光地となった清里のように無目的な若いネズ公が集う場所と化しました。
本当に不思議極まりない。

この土壌改良菌は、以前ブログ記事で雑草が生えなくなると書いてしまいましたが、
販売しているおとっつぁんから詳しく話を聞くと、雑草も猛烈にパワーアップさせるから、野菜の苗の周辺にティースプーン一杯分の量しか使っちゃいけないと言われました。
やっぱ雑草もパワーアップしますよね・・・。

雑草があまり生えていなかったブルーベリー農園は、土壌にウッドチップを敷き詰めていたから雑草があまり生えていなかったのだと予想されます。

そのような感じで今現在、土壌改良菌を培養中です。
やっぱ土作りからしないと駄目ですわ。
9月の中旬に土壌改良菌が完成するので、次なるお野菜の出来に期待しているよ!
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ちなみに土壌改良菌によって育てられた、無農薬無肥料ブルーベリーは、立派な酵素シロップへと生まれ変わってくれました。
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網ザルを使って濾過。
濾過された液体は、酵素ジュースとなり、残り滓の方は、ブルーベリーの生ジャムとなってくれる。
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ブルーベリージャムを早速、トーストに塗りたくって食べてみました。

なんか凄く美味しいじゃないの!?
メインの酵素シロップよりも、むしろ生ジャムの方が美味しい。
ブルーベリージャムが完成して以来、ほぼ毎日酵素ジャムを食べています。

パピーとマミーにも、酵素シロップと酵素ジャムを手渡したのですが、酵素ジャムの方ばかりが減る始末。
ブルーベリー酵素の方は、水に薄めると、他の酵素よりも味がイマイチと言うのがあるかも知れません。
むしろ原液のままの方が濃くて美味しいのです。
恐らく、炭酸水と一緒に混ぜたり、かき氷のシロップにした際に映える味だと思いました。

ブルーベリー酵素は、無事に大成功したので、昨日も1.2kg漬け込みました。
今度の酵素シロップとジャムは、知人友人に手渡そうと考えております。

酵素を漬け込む際、昆布を発酵させた液体である『フコイダン』なる代物を使うのですが、
このフコイダンの作り方がイマイチ分かりません。
たまにインターネッツで検索しまくっているのですが、サッパリ分からないでチュねぇ。
一応同様の製品が、720mlで9720円で売られておりますが、お値段がお高く止まり過ぎている!!

発酵おばさんは、フコイダンを自力で作るのに思考錯誤を繰り返し、6年位の歳月が掛かったそうです。
聞けば教えてくれるでしょうが、なんか聞くのはくやしいので、自力でこさえようと思っています。(やり方を教えても、今まで成功した人がいないとは言っていましたが・・・)

材料は、昆布と天草。
これを熱を加えないで発酵させるまでは分かりました。
勝手な予想ですが、水、昆布、天草を、少量のフコイダンを混ぜる事で『培養』するのではないかと考えています。

このフコイダンですが、これを入れないと、シロップの糖質が砂糖からブドウ糖に変換されない?らしいので、飲むと糖尿病になるシロップになってしまうようです。
一応、インターネッツにも同様の事が書いていました。
実は、結構重要かも知れない事が分かって来ました。

一応、酵素シロップにフコイダンを入れると、漬け込んだ一日目から泡を発し発酵を始めるので、発酵促進剤として最重要である可能性があるのです。

そして、ブルーベリー酵素の影響か、土壌改良菌の販売所で購入した、人間用の土壌改良菌粉末の影響か知りませんが、最近体調が良いです。
毎日糞暑いですが、夏バテとも無縁で、やたら自転車のペダルに力が乗る。

パピーとマミーが、今後ボケ老人と化さずに、健康なまま生き永らえ、いずれ電池が切れたようにポックリ逝ってもらう為にも、あの手この手で酵素を飲ませまくろうと画策中です。

そんな感じで記事を切り上げます。
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ここ最近、以前にはなかった変化を体験しています。

平たく言うと、生まれてから味わった事がない心の安寧さと言うものを体感しつつあるのです。
心の中に怒りと言うものがほぼなく、尚且つ心の中で他人の事を以前より考えなくなり、他人の批判や噂話も少なくなり、
心の中でも他人を否定する気持ちが薄まってからと言うもの、心の中が静かになりつつあります。
これは、恥ずかしながら生まれてから味わった事がないものでした。
憑物が落ちてしまったと言うか、心の中が以前よりも静かなのです。

それと共に、いすみの地元の方達や知人友人との付き合いも、楽になりつつあります。
他人に対して踏み込まないが、他人を尊重し、困った時に助け合うようなギブアンドテイクな、疲れにくく丁寧な関係が構築されつつあるのです。

毎日、地味に大きな変化の渦中にいるのではないかと感じています。
まだ何所に着地するかは分からない状態ですが、今までに味わった事のないパターンです。

ここで一旦、以前よりも他人の事を考えなくなったと言う事についてもう少し細かく書きます。
多くの知人友人との会話の中で「あんな事をやる人間は、いずれ痛いしっぺ返しを喰らうだろうね。」と言う話題がよく頻出していたのですが、
それって結局、相手が不幸になって欲しいと言う意味や、一度地獄に落ちてこいと言う意味だったりする訳です。
もし、言葉では相手を心配してのものだったとしても、意味合い的には相手に対する心配ではなかったりする。

なので、これは相手に対する『呪い』なのではないかと理解し、意識して他人の事を考える事を止すようにしました。
そうしたらなんか物心付いてから怒りと不満に満ちていた自分が味わった事のない、心の平穏さが生じつつあるのです。
それと同時に、他人の噂話や批判の話、他人を小馬鹿にするような話が話題に上がった場合、「こんな内容を熱中しても仕方ないから、早々に切り上げましょう。」と言い、友人知人ともそう言った話を減らすようにしています。

だからと言って、世界で起こっている数々の事件や、酷い事をする人間の実例から目を逸らす訳では無く、
酷い話も認識し把握はするが、自分の中で大きく扱わない感じです。
決して甘く見ると言う訳では無く、その事に捕らわれないようにすると言う意味合いです。

人間関係も地味に変化しつつあり、今まで長きに渡って、狂乱の世界の中に生きていた事を実感しました。
今現在、会う人会う人活力的でありつつも静かなんですね。
地元の千葉市で、長い年月に渡って如何に面倒臭い人間関係を続けて来たかが分かりました。
年々、自分が向上すると共に、素晴らしい人達と知り合うようになっていたのですが、またそれも微妙に変化しつつあるのです。

前置きはこの位にして、久々に脳内で認識する理想の女性『みやこちゃん』に付いて書こうじゃないの!!


最近、みやこちゃんに付いて書く機会がめっきり減ったのは、私がみやこちゃんに対する興味が失せた訳ではなく、意外に多くの友人知人がこのブログを読んでいたりするので、単純に話題に出しにくくなったからです。
それと共に、これから何かをするかも知れないと言う事や、スピリチュアルの批判をしたりする中で、妄想に捕らわれた哀れな人である事を前面に押し出すのはちょっと不味いと思ったりした訳です。

今も普通に『みやこちゃん』は、多くの懐かしい異世界の情景と共に存在しており、相変わらずどの瞬間もみやこちゃん指数の高い究極の淑女はいないものかと、飢えた野ネズミのような鋭い眼差しで探し続けています。

ただ、みやこちゃんと言う呼び方は止して、『日輪の人』や『白い太陽のような人』と言う感じで、固有名詞を変えて行こうと思いました。
ブログではいきなし固有名詞を変える訳にはいかないので、今まで通りにみやこちゃんと書きます。
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ふとした瞬間に、頭の中で懐かしい世界に居た女性の事が浮かぶと、『日輪』のような白い太陽のようなイメージが浮かびます。
これは、その人が持っている雰囲気と言えるものです。

とても白くて細かくて柔らかい光であり、この世界のしがらみを一瞬でも忘れさせてくれる。

そんな雰囲気を持った女性ですが、まぁ普通に考えてもまずいない訳ですね。
どうしても人は、様々な理由によって、社会に合わせた『人間』として生きる事になり、本質的な輝きを捨てる事になってしまう。

私がそんな人間が社会に存在しないからと言う理由で諦めないのは、過去15年以上前に、二人だけ一味も二味も違った美しい輝きを放っている人間を見てしまったからだったりします。
人間でありつつも、人間ではない人間です。
大げさな言い方をすれば、『現人神』(あらひとがみ)とも言えます。

木漏れ日のような澄んだ緑色をした輝きを放った人、
土のような深さを持つ重く豊穣的な人、
そんな人間が実際この現実に存在していた訳です。
実際に見てしまった以上は、「ワンチャンスに賭けるしかねぇ!!」と言う思考に至ってしまうのも致し方なき事。

ただ、綺麗な輝きを放つ人をお嫁さんにせんが為に、心身を鍛え、歪んだ人間性を正して行っても、以後私の目の前にはそういった人が現れなかった訳です。
そして、よくよく考えて見れば、どうすればそう言った人と巡り合えるかも全く分からない。
そのような状態がずっと続いているのです。
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そんな訳で、昨日は守谷海岸に、水着を装着したピチピチみやこちゃんがいないか探しに行ってきたぜぇ!!
勿論、一人で海水浴だぁ!!(本当は一人じゃ寂しかったけど、みんな都合が合わなかったの・・・。)
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取り敢えず穴を掘って、みやこちゃんが落ちるのを待つ。
何を馬鹿な事をと思われるかも知れませんが、穴が深くなるにつれ、婦女子が穴に興味を持ち、穴の中に入りたがるのです。
奴等の安全な住環境を欲する雌の本能を刺激するのか明確な理由は不明ですが、お子様とギャル達は、砂浜に開いた穴の虜となる。

結果として、お子様二人と、海水浴に来たピチピチ女子高生三人組と、多少話す事が出来ました。
今回は不作ですね。
穴掘りは、自己鍛錬の一環としての意味合いもあるので、来年もきっと穴を掘る事でしょう。

人手があった場合は、穴だけではなく、穴掘りの際の砂を利用し、隣に『チンコタワー』を建立するのが理想です。
チンコタワーを建てる人間と、チンコタワーの装飾に必要な海藻を取りに行く係と、高い労働力が必要とされる。

別に頑張れば一人でチンコタワーまで建立出来ますが、一人でチンコタワーを建立する場合、社会的に完全にアウトなので、それは出来ない・・・。
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一人海水浴を堪能した後は、オサレな喫茶店で一休み。
そこで甘味エナジーを補給する目的がありますが、真なる目的は勿論みやこちゃん探しだ!

私は、みやこちゃんを探す為に、各所にお出掛けしまくっていると言っても過言ではない。

結果、地元に住んでいる青年達と、スズメバチとヤマビルの話で盛り上がった後に帰りました。
喫茶店とかレストランと言う場所は、若い女性はいないんですよね・・・。
経験上、完熟マダムや、陰謀論好きのオッサンの方が遥かに多い。
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そして今日。
今日は、移住者と地元の人達が井戸端会議をする喫茶店へ行きました。

ここ数年、あまりお店の固有名詞を出さないのは、ブログにワード検索で辿り着く方がいるからです。
こんな『精神世界』関連の、訳の分からない内容を書いているブログを見られてしまったら、お店のイメージダウンに繋がると判断し、極力固有名詞は避けるように心掛けているのです。

みやこちゃんは、当然の如くおらんでしたが、
お店のマスターや、初めてあった方達と、ネズミや土地の周波数の話で盛り上がった後、
シャアハウスを運営なさっている方に、シェアハウスを案内して頂ける事になりました。
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ここがシェアハウス。
三方を森林に囲まれた場所にある、かなりハイクオリティな日本家屋でした。
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そこで、シェアハウスを運営している古希を過ぎたおじさんから夕食をごちそうになりつつ、
入居者の方二人と、ネズミとかヤマビルとか林業とか旅行とか温泉の話とかをした後に帰りました。
シェアハウスの入居者は、全員男!!男です!!ちょっと残念な事に男汁100%なシェアハウス。

確実に人との出会いが増え、面白い人達や、興味深い事をやっている人達とは知り合っている。
しかし、残念な事に『みやこちゃん』には繋がっておらなんだ・・・。

今度、シャアハウスで霊能者であるらしい既婚女性と会って話をする事になりそうですが、どう言った化学反応をするのか未知数です。
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そんな感じで、時として海の見えるオサレな喫茶店でランチを食し
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時としてレア昆虫である『ムネアカオオアリ』を発見し喜び
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時として籾殻ピラミッドに驚き
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時として熟成魚肉を用いた高級スッシーに感動し
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時として今にもぶったれそうな巨木の生えたお寺を訪れ
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時として地元食材に舌鼓を打ちながら、日輪のような白い輝きを放つアルティメット淑女を探し続けているのです。
私はいつでも追い続けているぞ・・・!!
いい加減覚悟するんだね!

そんな感じで切り上げます。
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あなたの清いクリッキングが、みやこちゃんとのエンカウント確率を押し上げる。

ちなみにもし日輪のような輝きを持つ人と出会い、もし結婚する事になってとしたら、
待っているのは・・・
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大量のネズ公と昆虫地獄デスね・・・。
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10年ぶり位に野生のキリギリスを見た気がします。
ちなみにキリギリスに噛み付かれると本気で痛いので触れません。

そう言えばここ二カ月位、野良猫の小太郎を全く見ていませんが、とうとうくたばりやがったか!?

期間が空いてしまいましたが、出羽三山旅行記事の続きを書きます。
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一日目の観光を終えた後の宿泊先は龍の湯。
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塩化物泉と単純アルカリ泉の二種類の温泉を堪能する事が出来る、非常にブルジョワジーなお宿です。
明らかに普段慣れ親しんでいる民宿とはクオリティーが違う!!
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夕食に海鮮丼を注文いたしました。
千葉県のお魚よりも癖が無くて食べやすくて非常にグッド!
爽やかで上品なお味でした。
ちなみに海鮮丼の上に乗っている謎の植物も普通に食べれました。

庄内平野で水揚げされるお魚は、お魚界のエリート公務員のような高級感の溢れる美味しいものでした。
太平洋側と日本海側の違いで、こうも味が違うものなのですね。

千葉県のいすみ市や勝浦市で水揚げされるお魚達は、どことなく癖があり荒々しいイメージがあります。
肉厚で歯応えがあるが、特有の臭みを含んでいる。
例えるなら、お魚界のふんどしマッチョと言えます。

お魚の中に、科学の世界では検出されない未知の物質である『益荒男エキス』(ますらおエキス)が配合されているとしか言いようがありません。
いすみ勝浦で水揚げされた益荒男エキスの配合されたお魚を食べ続けるとどうなるか・・・?
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結果、益荒男エキスが細胞内のテロメアと結合し、無性にソイヤーしたくなります!
体内の余剰エネルギーが全て祭(ソイヤー)へと変換されてしまう。

いすみ市にはトレーニング施設などありませんが、みんな総じて益荒男化しているのは、ひょっとしたらお魚が関わっているかも知れません。
私は今の所、いすみのお魚をそれほど食べていないので、そこまでソイヤーしたい欲求はないので大丈夫です。
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翌朝の朝食。
バイキング形式です。
改めて写真を見ると、盛り方に品性の欠片もありませんね。
どの品もクオリティーが高い珠玉の一品であり、非常に美味しかったです。

肝心の龍の湯の二種類の温泉は、今回は長湯しなかったので、肌がズタボロにならずに済みました。
塩化物泉の影響か、お湯が循環方式??による塩素があるのか、前回は肌が負けて多大なるダメージを負ってしまったのです。
カルキ臭がしたので、恐らくは塩素だと思います。

兎も角、ええお湯でごわした!
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宿をチェックアウトした後は、近くにある善宝寺へ行きました。
人面魚の生息する池のある、非常に見応えのあるお寺です。
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五重の塔。
羽黒山の五重塔と違ってカビていない!!
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千葉県のビンボー臭いお寺とは一味違ったブルジョア感に満ちています。
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仏様もゴールデン。
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境内の奥に謎の未舗装路があったので歩きました。
涼しく澄んだイメージがあり居心地の良い道でした。

それにしても、庄内平野の空間は昨年よりもなぜか、クリアーな感じがして居心地が良かったです。
昨年は、常に黄色い電流の中にいる感じがして、ちっとも憩えなかったのに、今回は空間のエネルギーがクリアーで居心地が良いと感じました。
庄内平野は、原因は分かりませんが、昨年よりも空間のエネルギーが良くなっていた。
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未舗装路は、人面魚のいる貝喰の池に通じていました。
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亀や鯉がてんこ盛りです。
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今回は、鯉の餌を買ったので奴等に好きなだけごはんを提供する事ができる。

餌を手渡しで与える事が出来るのですが、どう言う訳か糞亀共は、指ごと噛み付いてくるので、結構痛い!!
奴等のパックンちょパワーは、甲羅のデカさに比例する様で、デカい亀程咬筋力が強い。
最初は手渡しで餌を与えていましたが、割とシャレにならないほど指が痛くなるので、途中で手渡しは止しました。
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突如としてナマズさんを発見!!
これはM田さんの故郷でもお目に掛った事のないレアフィッシュのようです。
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レア亀であるイシガメも結構います。
ここの亀さん達はなぜか甲羅が欠けていたり、穴が空いていたりするんですよね。
それが自然のものなら良いのですが、ひょっとしたら甲羅干しをしている亀さん達にスリングショット(パチンコ)を当てている輩がいるかも知れないと邪推してしまいました。
ボウガンなら矢が残ってしまうが、スリングショットなら完全に証拠隠滅出来てしまいますからね。(ガスガンでは多分破壊出来ないと思う。)

千葉みなと公園にも、クサガメやミシシッピアカミミガメがいますが、普通は甲羅に傷なんて付かないと思うのです。
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お寺を散策した後は、酒田市に移動し、山居倉庫でお土産を購入しました。
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なぁ・・・!?
この傘カッコいいじゃないの!?
私の中の脳内評議会が危うく過半数を占め購入する所でした。
寸前の所で、社会的視線を考え踏みとどまりました。

千葉県は、大の大人がサムライ刀傘を差す事を受け止められる程、寛容な土地ではないのです・・・。

まだお昼ですが、ここら辺で帰り時間のリミットが来てしまったので帰る事に・・・。
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昼食は、帰り道にある『福湊庵』のお蕎麦を再び堪能しました。

帰りの高速道路に乗った際、なぜか急な睡魔に襲われ、三回位白線を踏んでしまい、明らかに集中力が途切れていたので、
M田さんの運転に変わって頂きました。

私は普段お車に乗らないので今まで知りませんでしたが、本当に睡魔で一瞬意識が飛ぶ。
おっと気を付けよう気を付けようと、気を引き締めた次の瞬間、いつの間にか寝ていたりするのです。
龍の湯で9時間位寝た筈なのに、まだ身体が疲れていたようです。

そんな感じで無事に千葉まで帰る事が出来ました。
一泊二日の急ピッチなスケジュールでしたが、なぜか余裕を持って楽しむ事が出来たと思います。
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今日は午前中に草刈りと酵素シロップ・酵素ジャムの抽出をした後に、久々に『25km先の聖域』と名付けた場所で一休みしてきました。
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やはりこの場所周辺は、千葉県の中でもトップクラスに良いと感じます。
最早、この場所に対する依存とも言えるレベルであり、青森旅行中も帰って来たら、まずここに来ようと思い続けていた程です。
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なぜこの場所が良いかと言うと、『自然神』が濃いからです。
自然神、八百万の神・・・、正直どの呼び方もしっくり来ないので、毎回固有名詞に困っているのですが、『異世界存在』の息吹が濃い場所とでも言えば良いのでしょうか・・・。

肉眼では見えませんが、エネルギーとして別の世界がレイヤー(階層)のように重なっていて、そこの息吹が色濃く溶け出した場所があったりするのです。
便宜上『自然神濃度』の濃い場所と書かせて頂きます。

自然神濃度の濃い場所で、異世界存在と意識が同調した時、人間社会では味わう事が出来ない安らぎが得られます。
私は、この安らぎに今まで助けられて来て、生き方がズレた時、この領域に入った状態で物事を考え抜き修正して来ました。
私は、エネルギーとして存在する『異世界の息吹』や『異世界存在』の協力がなければ、恐らく今まで生きて来れなかったと思います。
子供の頃は、自然神や異世界などと思わず、何か懐かしい世界を思い出すものとして認識していました。

いつもこの領域に入れる訳ではないが、この領域と同調した時は、高揚感と冷静さが同居するような活力的で楽な状態になるのです。
自転車を漕ぎ続けたり、歩き続けた際に、ふと心のノイズが消える事があり、その時に入る事が出来る。

私は、幼少期から今まで常に怒りの感情があり、ノイズ塗れで、人間社会の中には、何一つ心の底から楽しいものがなく、苦しいだけでしたが、
この領域を知っている分、他の人が味わっていない安らぎと言うものを知っていたのかも知れません。


ここで少し話が横道に逸れます。
この数カ月の間で、大きな変化が訪れました。
怒りのパターンの整理が更に進み、物心付いて以来?初めて怒りがほぼ無い日常を過ごせております。
同時に、苦しみの感情も少なくなったので、夜もよく寝れる。
以前は、寝付くまでに最低二時間以上は掛かっており、長い年月あまり寝れなかったのですが、よく眠る事が出来るようになったのです。
それと同時に、朝任意の時間に起きれるようになりました。

長く続いた悪い状態と比べてみると、本当に楽に生きれるようになって来ました。

更にここ最近は、他の人の事を考える時間が薄まりつつあります。
好意を感じる相手であれ、忌み嫌う相手であれ、他の人の事を考えると波動が同調するのですね。
同調すると言う事は、良くも悪くも相手の思惑も拾ってしまう訳です。

他の人間の事を考える時、私にとっては決して楽な事ではありません。
正直、疲れる場合が多いです。
だから、徐々にでも他の人の事を考えずに済む時間が増え、
代わりに自分の周波数域や、周囲の自然や、自然を媒介して存在している異世界領域に合わせられる時間が増えると楽なのです。

善意悪意は人それぞれとしても、周りの人達は私に対する思惑がある訳であり、
私も、善意悪意は人それぞれにせよ、周りの人達に対する思惑があります。
そこが同調すると、自分のチャンネルでは居れなくなり、否応なくズレてしまう。

だから、常々余計な事を考えたり、心配事に費やする時間を少なくする為にも、他人の事は考えず生きれるようにするのが今の課題です。
他人の事を考え続けても、それが必ずしもプラスになるとは限りませんね。
特に相手を変えようとする思惑があった場合は、尚更だと思います。
それだったら、自分の領域で自分の状態を整えた方が、他者とやり取りをする際に冷静で丁寧になれるのではないかと思ったのです。

その為にも、普段は他者と同調せず、自分の領域で居れる事が望ましいのではと思いました。
話を横道から戻します。


自然神、八百万の神々、異世界存在、呼び方は定まりませんが、彼等は、自然環境を調節したり、人間の心に閃きを与えたりしている。
自然神濃度の濃い場所の自然環境は活き活きとしていて、そこに住む人間も大らかで優しい傾向があるように見えるのです。
自然神は、ピザ生地のようなもので、そのピザ生地の上に、具材として自然環境や私達人間が生活している。
だから大なり小なり、影響は受けてしまうものと考えています。

一言で自然神と言っても、様々な領域に様々なエネルギーを持つ存在がいるので、ある意味人間よりも幅広い存在達です。
一時期、空間の階層毎に、ここには周波数300位の1.7層人が居て、ここには周波数5000以上の2.4層人が居るとか例えていました。

この異世界からのエネルギーが溶け出す場所ですが、実は濃度の濃い場所はあまり存在していません。
私の好きな遠野もそこまで自然神濃度が高い訳では無く、素晴らしいと感じる出羽三山も自然神濃度自体は低い。
代わりに、遠野や出羽三山は、別の流れが主流となっているように感じます。

全国を巡って分かったのですが、実は千葉県こそ自然神濃度が濃い場所だったりする。
もしくは千葉県には、元自然神濃度が濃かった場所が沢山あったりする。(都市開発や人間の密集によって濃度が薄まる)
千葉県南部の方は、あまり場所が壊れておらず、自然神濃度が濃いままで、そこまで歪んでいない場所が結構ある事が分かって来ました。

他県は、そこまで自然神濃度が濃い場所がないのですね・・・。(人の多い神社は論外)
意外に千葉県に濃い場所が多い。
他県で自然神濃度が濃いと言う意味で目を引いたのは、福井県にある『一乗谷朝倉氏遺跡』周辺の森林でしょうか・・・。
あそこは、濃かった記憶があります。

それと青森県。
青森県に結構濃度が濃い場所がありました。

都市化されている青森駅周辺ですら、味のない豆乳のような息吹と共に、自然神領域の名残りを感じる事が出来、驚きました。
私が今まで感じた事のない『懐かしい世界』を青森駅の東側で思い出し、何とも言えない気持ちになりました。

それと、青森県で本気で驚いたのは、弘前市周辺、白神山地方面の自然神濃度の濃さです。
ここは、本当に予想外で驚きました。
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北常盤駅周辺の何気ない田園風景ですが、自然神の濃度の濃さにビックリして、写真を撮りまくってしまいました。
こんな場所があったのかと、驚くと共に、周囲の景色から心地良さを感じたのです。
それと同時に、異世界存在とのエネルギー情報のやり取りがあり、自分の中に新たなる領域が広がると共に、懐かしいものを取り戻した感覚がありました。
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自然神濃度が濃いと、ちょっとした陽の光も重厚になり美しいんですね・・・。

前の記事に、下北半島は人口密度と周りの自然に反して周波数が低いと書きましたが、
下北半島は、自然神濃度と言う意味ではとても薄い。
だから周波数の低い、居心地が良くない場所として感じたのかも知れません。
自然神濃度が濃くて、周囲に自然があり、人が少ないと、基本的に周波数が高くなります。
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北常盤~弘前駅の間の写真。
撮影モードを変えて、二枚撮りました。
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弘前駅の西側。
ここら辺は、結構市街地なのですが、日本にこんな場所があったのかと驚きました。
弘前市、私の価値感ではかなりエネルギーが良い場所です。
市街地でも自然神の息吹が濃い。

千葉県では感じた事のない系列の異世界エネルギーで満ちている。
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弘前市を西に進み、白神山地方面へ向かう道。
この夕陽の色、この空間に存在するエネルギーの層が、他の世界にあった懐かしいものを強烈に思い出させる。

ここは何なんだと驚きながら、強い高揚感と共に自転車を漕ぎ進めました。
同時に、この人生が始まって以来人間社会の中で失ってしまい、ずっと渇望し続けていたエネルギーパターンを、また一つ取り戻す事が出来ました。
真夜中までずっと興奮しっぱなしで、テントを設営した後も眠れませんでした。

今回の記事は、書いている方としては楽しいですが、自己満足でしかないのは重々承知です。
私達は、土地のエネルギーの影響も相当受けるので、その重要性?に付いて、あれこれ書いて見たいと思ったのです。

ふとした時に、自然神の領域、異世界人の領域に繋がると、人間社会のしがらみから外れる事が出来る。
これはある意味人間社会による呪縛、洗脳状態から一時的にでも外れる事を意味している。

人間が異世界人からのエネルギーをより深く受け取るようになれば、人間自体変わるのではないかと思ったのです。
私が思うに、現代人が失ってしまった心の奥底にある豊かさを取り戻せるのではないかと予想しています。

自然神との付き合いが心の豊かさを生み出す。
私の経験上、そこに安らぎがあるのではないかとすら考えています。

現代人は殆ど繋がっていない。
人間同士の影響は、とんでもない同調率で影響を与え合うが、異世界存在からの影響は、あまり受けにくい。

人間から失われてしまった神聖さ、賢さ、深く透明感のある感情を取り戻す為にも、
人間に協力しようとしてくれる、異世界存在(自然神)との繋がりは重要なのではないかと考えています。

それと、人間が程度の低い汚れた想念を撒き散らすと、人間領域に近い階層の自然神から、狂いだすんですね。
私はそれをラリッた神々と呼んでいるのですが、人間が神々をエネルギー同調により狂わす。(エネルギーを堕落させる。)
だから私は人の多い神社は、基本的にファッキンなのです。
何百年単位で、人間の糞ったれ想念をぶつけられたら、環境の良い異世界からこの地球を覗いている神々も余裕でラリる。
神に伝えようとする想いが、良くも悪くも強い影響を与えてしまっている。

だから、神々、異世界存在とは、上下の関係ではなく、協力体制と言う考えが正しいと考えています。
人間は人間の出来る事、神々は神々の出来る事を補完し合い、より素晴らしい人間として生きてゆき、糞ったれ社会と、すっかり汚れちまった地球環境を綺麗にクリーンナップする。

だから私は、人間の出来る波長域として、神々が扱えない空間領域を調整し、ラリッた神々を元に戻すと共に、私がおかしくなったら、神々(異世界存在)の協力の元、状態を整えつつ修正すると言う、ギブアンドテイクが正しいと考えているのです。
私は、人間と神々(様々な異世界存在)は対等な関係と考えています。

しかし、ブログ記事でたまに書かれる、宇宙と交信していると自称している72歳のおっさんである『池原さん』は、人間こそ本来の能力を極限にまで絞って、地球と言う厳しい環境の中に生きているエリートな魂なのだから、
安全な所からサポートしている神々なんぞよりもずっと偉い、神々はむしろ人間が命令して動かし活用するものとか言っちゃってるんですね・・・。
本当は、そうなのかも知れませんが、一歩間違えれば傲慢さが芽生える可能性があるので、対等な協力関係と見ています。

多分、文章がかなり糞長くなっているので、そろそろ纏めます。

人間社会にあるものに合わせるとどうしても人間に囚われてしまう。
だから、自然環境や、自然環境を通じて溶け出す異世界存在にも焦点を合わせ、一旦人間社会の波長域から外れ、
安息と共に、自分の本来の形を取り戻すのは重要な事であると考えているのです。

私を含め、人間とは本来、今みたいな形ではないと思うのです。
上辺だけの、魂からズレた綺麗な言葉を発するのではなく、本質的な意味での『高貴さ』を兼ね備えている筈。
高校の時に居た高貴で浮世離れしたエネルギーを発している女性を見てから、長い年月に渡り人間の本来の在り方に付いて考えさせられました。

大体そんな感じで終わりにしまする。
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四日間の青森県を巡るサイクリングから帰って来ました。
向こうの方は、日中でも気温が17度程しかなく、三日間雨が降っていて大変でした。
野辺地で出会った地元の人の話では、梅雨明け以降ずっと17度前後の気温が続くと言う、過去起こった事のない異常気象に見舞われているようです。

久々の長距離サイクリングな訳ですが、今回のサイクリングの充実感は本当に大きなものであり、過去最高の爽快感を道中で味わう事となりました。
一人でずっと自転車を漕ぎ続ける事で得られるモノが今回は一際大きかったのです。

生まれてからずっと取り戻したいと思って来たものを、また一つ取り戻す事の出来た感覚がありました。

サイクリング記事の報告は、出羽三山旅行のブログ記事が書き終わってから適当に書いて行こうと思います。
今回は、二日目の夜、下北半島北部の恐山霊場で野宿した際に見た奇妙な夢に付いて書きます。
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恐山霊場と言ったら、霊界なるものに近いオバQてんこ盛りな場所で、イタコのおばちゃんが西郷隆盛の大好物は『ハンバーグ』とか言っているようなイメージがあると思われます。(昔TV番組でやってましたが、西郷どんの時代にハンバーグはないと思うよ!)
あくまで私の私見ですが、恐山霊場そのものは、客寄せの為のエンターテイメントであり、霊場自体にそこまで何かあると言う印象は受けませんでした。
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霊場よりも、霊場の周囲の山々、もとい『下北半島』そのものが異質であり、屋久島と同じ人の想念が流れる何かがあるように感じました。
毛色は違いますが、屋久島と共通するものが感じられた訳です。
ひょっとしたらここも自然の摂理として、人間の想念を分解・解消するような想念浄化処理場として機能しているのかも知れません。

下北半島は、空間の周波数が4~5位と低い反面、なぜか誘導される脳波の方も異様に低くなると言う、静かで沈む停滞するようなゆっくりとした流れのある陰場に感じました。
頭の中が静かになりやすい反面、決して居心地の良い場所ではなく、寂しい雰囲気に包まれていた。
普通、自然があり、人が少なく、脳波が低く静かな領域に誘導されるような場所は、空間周波数が高く居心地が良い場合が多いのです。
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恐山霊場の受付のおとっつぁんからバス停ならテント張っても良いと許可を得たので、霊場入り口のバス停にテントを張らせて頂きました。

先程、恐山霊場をエンターテイメントと書きましたが、休憩所で営業時間が終わるまで時間を潰している際も、ふとした瞬間に見知らぬ少年少女の大群が意識の中を通り過ぎて行ったりと、何かが一味違う。
不思議な場所ではあります。
ただ、霊場の石積みとかは、エンターテイメントであり、客寄せの為のテーマパークだと言いたい訳です。(雑草が生えないように除草剤とか撒いているんだろうな・・・と思った。)

テントを張った後、特にやる事がないので、午後七時前にはもう横になっていました。
外はかなり寒く、恐らく10度台の前半の気温。
この感じだと夜中かなり冷える事が予想されました。
雨の音を聴きながら、テント越しに周囲が暗くなる様子を確認していると、いつの間にか眠りに付き夢を見ていたようです。

夢の中の景色は、地下にあるショッピングモールのような場所。
ピンク色に近いオレンジ色のタイルが貼られているような壁の空間であり、そこをひしめくように沢山の人達が一定方向へ歩いておりました。

なんか、文章を書いている今現在、頭がじんわりと圧迫されます・・・。

歩いている人達は、みんな年齢の若い人達に見受けられました。
子供から青年までの年齢層の若者達が一定方向に向かって、若干早足で歩いている。

ここで何か普通と違うと気付いたのですが、若者達の身体の一部が、『動物』や『昆虫』なのですね・・・。

肩の一部だけがスカンクのような動物の毛皮だったり、昆虫のような甲殻が付いていたりと、身体の一部が異形と化していた。
その中でもビックリしたのが、頭そのものが蜘蛛の頭のようなものに置き換わっており、小さな目がビッシリと付いていた小さな子供です。
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これよりも小さな目が10個くらい等間隔で付いていて、蜘蛛の頭を細長くしたような頭をしていたのだが、頭から下は華奢な子供。

歩く人によって、身体の一部分だけが昆虫や動物になっている人間、それより大きな部分が昆虫や動物になっている人間など様々でした。

見た目は、コギャルみたいな肌を茶色くした酸っぱそうな顔をした女性だったのに、死んだ目をしていて、向き合っているのに目の焦点が合っていない、動物が混じった女性も印象的でした。

別にテコ入れしてまで怪談テイストを高めたい訳ではないのですが、文章を書いていると頭が圧迫されます。

私は夢の中で、人の流れを見送っていたのですが、突如として尖ったものが腰か背中に触れます。
振り返ると、肘から先がカマキリの脚みたいになっている10歳位の坊主頭の子供でした。
前腕部の途中までは人間の腕で、色は普通の肌色。
そこから先端の方は、肌色でありつつも昆虫みたいな尖った脚になっている。

カマキリの脚のような手をした子供は、彫りの深い強烈な笑顔で「アンタは、混ざってなくていいな~。」と言ってきました。
どうやら、私は身体が昆虫や動物になっていないか、なっている箇所が少ないみたいでした。
同時にニュアンスとしては、高く値が付くとか、高く評価されるとか、そう言った意味合いを子供から向けられました。

そこで夢から覚めた訳ですが、やけに印象深い異質な夢を見た余韻から、普段はそこまでは幽霊とか怖くないのに、恐山と言う場所で一人で過ごしているのが、急に怖くなりました。
雨の激しい降りっぷりと、外灯一つ灯っていない外の暗さ、市街地から10km以上離れた山の中と言う立地も恐怖に拍車をかける事に・・・。

取り乱す程ではなかったのですが、じんわりと今恐怖しているんだな~と認識する感じです。
0時20分位に、肝試しに来たであろう、若者達が乗っている車が2台入って来た際には、「やった人間が来た!」と救われた気持ちになりました。

テントから出て、小便をした後、歯を磨いている私の姿を確認した若者達は、何か叫びながら、車に乗って速攻帰ってしまいましたが・・・。

その後は、熟睡出来ました。

この夢の解釈ですが、ひょっとしたら、動物や昆虫の要素が色濃い魂が人間になっている場合もあるのかな・・・とか思いました。
実際に生まれ変わりがどうとか分かりませんし、証明のしようのない事なので好き放題言えてしまう訳ですが、何となくそう認識したのです。

カマキリのような脚の付いた子供ですが、見た目は子供でしたが私に対する老熟とも見える「アンタ」と言う呼び方から、中身はひょっとしたらおじさんなのかも知れないとも思いました。
歩いている人達の見た目は総じて若かったのですが、中身は年配の方も多かったのかも知れません。

ただの夢と言われたらそこまでですが、個人的には、定期的に見ていた『憎しみの惑星』と呼ぶ世界の夢と同じ位にインパクトと余韻の強い夢でした。

こう言う夢は、母方の祖母が亡くなる二週間位前に、夢の中で風船みたいにやたらデッカイ顔をしたおばあちゃんが仏壇の前に座っていて、
訳の分からない念仏を唱えた後、壁の中に消えて行った夢以来だと思います。
夢の中の母方の実家の間取りと、実際の母方の実家の間取りが、ほぼ同じだったのも印象的でした。(夢を見た当時は小学6年生前後)

大体そんな感じで切り上げます。
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