古川悟

2019年02月28日

第5回書研印社篆刻展 明日より5

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書研印社篆刻展・吉永隆山社中展

明日11時より 開催いたします!アクセスは下記で・・・
ギャラリー会・吉祥寺
★特別展示
初世中村蘭台1顆 二世中村蘭台4顆 古川悟1顆 山崎方石1顆 呉譲之対聯1幅






tenkoku1 at 06:30|PermalinkComments(0)

2018年01月08日

2018毎日チャリティー書展 吉永隆山5

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2018毎日チャリティー書展 吉永隆山 出品作品
2018毎日チャリティー書展吉永隆山出品作品
印文心月=仏語・明るい月のように澄み切っている、悟りを開いた心。
コメントは、上記にちなんで+私の師が古川悟なので、その「悟」にもひっかけているんですが、分かりにくいでしょうね・・・・失敗です。

tenkoku1 at 00:15|PermalinkComments(0)

2017年08月15日

「回文」雑感5

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 まず、おさらい・・・・

 そもそも、回(廻)文は中国人に単姓(1字姓)が多く印文で「名」が分割されて分かり難くなるのを防ぐため行なうということになっている。
例 単姓(1字姓)の王さん
貞王
治印

2 1
3 4   1→2→3→4 と読むこととなる

 日本人でも単姓の方「林」「浦」「杉」「鴨」などがある。こういう姓の場合、例えば「杉 元一」(すぎ げんいち)さんがいた場合
元杉
一印

とすれば、「杉元 一」(すぎもと はじめ)でなく「杉 元一」(すぎ げんいち)さんと明確に分かるというわけである。
 以上の誤読防止には、人の姓名を大切に扱うという考えも入っているのだろう。

 そして、その延長線上に4文字「詞句印」での構成上(デザイン面=4文字の粗密関係)での回文作品があるということになる。


 そこで問題となるのは、そもそも「姓名印において読み易くするため」の回文を「詩句印に適用すると読みにくくなる」という事実だ。右行→左行と読むのはごく自然のことなので、その自然に逆らわないと読めない。

 まあ、ここはいろいろ考えはあるだろう。先人、例えば私の師筋「2世中村蘭台、古川悟」でも少ないがあるし、私も若いころに1〜2点、回文の作品はやっている。しかし、やみくもにやってはいない。例えば2世中村蘭台の回文作品には、必然性はあると考える。

 私の結論としては、右行→左行という自然の流れに、逆らうには、それを上回る結果、効果、必然性が必要ということだ。「ものすごい構成効果がある場合を除き、詩句印の回文はやらないほうが良い」と考え、実行をしている。

tenkoku1 at 14:39|PermalinkComments(0)

2015年11月02日

篆刻を教える5

 学校での教科と異なり、いわゆる「習い事」には画一化された教授法は無い。篆刻でも、代々の「師匠と弟子」という疑似親子関係<蛇足だがーー疑似親子関係なので、自分の師匠(疑似親)には敬称はつけないのが常ーー>での相伝なので、他篆刻流派の詳細技法、教授法は原則知らないし、原則興味の対象とならない。つまり、お茶の世界での「表千家と裏千家の流儀」の違いみたいなものと考えれば良いだろう。篆刻にもいろいろ流派があるということである。

 もちろん、お茶の世界のように確立した家元制では無いので、教える先生は「自分が教わった方法(篆刻流派相伝)」を中核に、「自分で開発した方法」も加味し教えることとなる。

 したがって、私であれば、ほぼ古川悟が教えていた方法で門人、生徒を教えることとなる。もちろん、古川同門でも「教え方」の差異はある。某弟弟子から言わせると、「アシスタント経験」の多少による差異があるという。私とかH氏のように師匠のかばん持ち経験があって、側で見聞きしている情報量が多い人間とそうでない人間の差ということだろう。もちろん、そういう共通項はあっても、私とH氏の教え方は微妙な点で違うらしい。

 体調不良で、根気が続かないので次回に続く・・・

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tenkoku1 at 11:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年08月23日

印材(稽古石)15

 私が篆刻を始めた(古川悟に師事した)のは大学3年の時、その前、学生篆刻グループ会員として保多孝三先生に手ほどきを受けたのは大学2年の時なので、かれこれ45年くらい篆刻をやってきたことになる。私がラッキーだったのは、お二人が一流篆刻家であったということだ。
 何事、特に習い事は、最初が肝心で、きちんとした篆刻技法を、一流の作家から手ほどきを受けるのと、チョット篆刻をやったことのあるお爺さんみたいな人から習うのでは、おのずから差が生じる。

 ちょっと、本題からそれたが、その今から45年前くらい、ポピュラーに使われていた印材は「青田石」と言われていたものであった。手元に2本8分角のものがあったので画像を掲載するが、ねずみ色のなんとも見てくれの悪いものであった。(高さも10cmくらいで、切断して2顆として使うのが常であった。)↓クリックで拡大
青田石(1970年代)







 今、青田石として売られているような「緑色、いも羊羹」のような印材はマレにしか見かけなかった。そして、展覧会出品の2寸(6cm)以上の印材はこのねずみ色の質のもので、必ず「獅子」鈕付のものであった。(現物ーあるのだが、物置に入っていて出てこない。)この印材は適度な硬度とじん性があり、刻りやすいものであった。
 同世代の篆刻家と話をすると、よくこの印材の話(概ね「刻りやすくて良かったね」)が出てくるので、この印材を知っている方は、私と篆刻年齢が一緒または先輩に当たるということになる。したがって、古川悟とした印材の話しとして記憶に残っているのは「軟らかい」俗にいう「大根」は買っちゃダメ、ということで、判定?法としては、お店の人が見て無いところで、印材の角に爪をたて、傷の有無を確認しろ、というものであった。その印材が手元あるので、画像を掲載する。いずれにせよ、硬度の関係だろうーー磨いてもツヤが出ない。そういうことからも、依頼印の印材というより、刻りやすい稽古石といったポジションの印材であった。

 こういった黄土色〜こげ茶色系のものに軟らかいモノが多い。
青田石(大根)1970年代





印材(稽古石)2へ続く
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tenkoku1 at 15:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年05月05日

2世中村蘭台先生の本印稿5

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 昨日、神奈川県民ホールギャラリーで開かれている「謙慎 神奈川・静岡展」(5月10日まで)を拝見、同門の山本陽一さんとしばらく話をした。私は、ある時期から師のもとから離れ、同門とは同一団体に属していないので、時折お会いして篆刻談義をするのは楽しいし、勉強になる。

 山本さんとは、しばらく話をしたが、その中で、2世中村蘭台先生の「本印稿」の話をされた。遺品として蘭台先生の「本印稿」が残っていないという。つまり、蘭台先生は「本印稿」なんか作っていなかったじゃないかということだ。そういえば、草稿は見たことがあるが「本印稿」は無い。
 指導には使っていたが、実作にはまったく使ってなかったのかな〜 何かに淳先生が書いておられたが、2世蘭台先生は依頼印の制作など、すごく速かったらしい。そういうことからすれば、推敲は「草稿=仮印稿」→「印面」でやられていたのかな〜〜

 友人が自身のブログで時折指摘しているが、篆刻指導者が「指導している技法」イコール「実作している技法」で無いことが、ママある。篆刻は職人仕事的な要素もあるので、実作者としてのテクニックは、側で見て盗む必要もある。そういった意味では、一時期、師匠のかばん持ちみたいな立場だった自分は、知らないうちに同門の方が知らなかったことを知ってたり、教わったりしていることは幸せだった。

tenkoku1 at 09:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年03月24日

38年前の日本経済新聞の記事5

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 フェースブック、ツイッターには挙げたのだが、昨日学芸大のKさんよりメッセージをいただき、

もう何年も前に亡くなりましたが、東逗子に住んでいた私の祖父が篆刻を嗜んでいまして、遺品を整理していたところ、このようなスクラップ記事を見つけました。

昭和52年9月25日付の日本経済新聞の画像をお送りいただきました。懐かしい、若い時の頭もフサフサ時代です。確か、夕刊の「オフビジネス」という欄で、師匠の古川悟のところに日経新聞より取材依頼があり、記事にも書いてあるがJTBに勤務している私に取材があったという記憶です。

  当時は、新入社員としてJTBに勤めながら、毎週のお稽古(この時代は、どこの先生も毎週お稽古=月4回というのが多かった)についてゆくのは、かなり大変だったという記憶です。まあ、それなりに篆刻の勉強は精一杯やってたということになりますが・・・
↓クリックで拡大
吉永隆山日経記事1977.9.25
 


tenkoku1 at 11:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年09月23日

日本酒ラベルコンクール=八海山の想い出5

 書展というのは、主催する(出品する)側からすると、それぞれの理屈とか狙いがあるのだろうが、観る側からすると、お付き合いというか、久々に顔でも観て、お茶飲んで帰る、のような感じで、はなはだ「ふあふあ」したものでつかみどころがない。(初心者にとっては、「観て」→「技法、センスを学ぶ(盗む)」という側面はある!が・・・)

 そんなことを多少でも打破?しようと、横浜みなとみらいランドマークプラザという開かれた空間で「お祭り」参加型イベントとして開催しているのが「かながわ書道まつり」で、来年は3月に第9回を開催する。(私が今回の事務局長でこれから半年ちょっと大変です・・・・)
http://blog.livedoor.jp/tenkoku1/archives/52025895.html

 リンクスの作村氏が主催、毎年8月に開催する書<en>展も、そのような傾向を感じる。毎年「異なった様相」で、今年は、「日本酒ラベルコンクール」として?開催された。かなり大勢の方が参加されたようで、多少のお金を払うと、それを本物のラベルとしてくれるのも楽しい。私の作品?は下記で
http://blog.livedoor.jp/tenkoku1/archives/52025345.html

 そこで、想い出したのが、「八海山」、師の古川悟の作品がラベルに使われている。
↓クリックで拡大
八海山ラベル古川悟









 左上の耳付和紙に印刷されているものが、一番古い、現在この耳付和紙は使っていないと思う。関温泉で毎年行われていた古川社中夏合宿の際、訪れた八海山蔵元にて購入した瓶のもの。当時、八海山はメジャーでは無く「越乃寒梅」におけ売りしていると聞いた。八海山も古川悟のラベルとともにビッグになったというわけだ。

 八海山シリーズは、先生の書き下ろしだが、「越後で候」は発表された篆刻作品を使っている。同様なものに「金剛心」というものもあるが、かなり高級な酒で、私には買えないので、ここには無い。

tenkoku1 at 10:59|PermalinkComments(0)TrackBack(2)

2014年07月04日

日本酒ラベルコンクール 篆刻作品のつもりが印稿?に5

  毎年、夏に銀座で行われる「書<en>展」の今年度企画で日本酒ラベルコンクールというのが開催されている。
(下記参照)
http://chiisana.s335.xrea.com/

 社中の日本酒好き?が参加したいというので、私は生ビール好きなのだが、一緒に出品することにした。多分、社中で6名ほどエントリーとのこと。

 そこで、師匠の古川悟をマネて篆刻作品で創ろうとしたのだが、時間切れーー朱墨で書いた印稿みたいなもの?を出品する羽目になってしまった。瓶の湾曲を計算して横画を作ったりしたが、はたして・・・・・・入選するのでしょうか?

白駒」↓クリックで拡大
酒ラベルコンテスト 吉永隆山 白駒


tenkoku1 at 22:22|PermalinkComments(0)TrackBack(1)

2014年06月17日

日本酒ラベルコンクール5

 毎年、夏に銀座で行われる「書<en>展」の企画で日本酒ラベルコンクールというのが開催されている。
(下記参照)
http://chiisana.s335.xrea.com/

 日本酒のラベルは「和」ということで、手書き毛筆文字文化の「最後の砦」的なもので、興味深い。

 画像があったので(これは発売中かわからないが)ーー八海山「越後で候」(生酒?)のラベル=師の古川悟作
↓クリックで拡大
越後で候 古川悟

tenkoku1 at 10:04|PermalinkComments(0)TrackBack(1)
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