KNOB 日々の感動

オーストラリア先住民アボリジニの人々が太古より紡がれてきた祈りの楽器は
自然に空洞となる木の筒
ディジュリドゥは地球最古の楽器です
また縄文時代より神と繋がるため使われてきたと伝えられる石笛、、、
木と石の響きは
地球と宇宙の本来の自然なる響き

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僕はゲームは全くしないので、このゲームのことも知りませんでしたが、ラジオでこの事を知り、何か異様な氣持ち悪さを感じました。
あくまでやるもやらないも個人の自由ではありますが、、、
どうでもいいものをまるで今最も必要なものかのように煽るメディアの裏側にある世界に踊らされないようにしたいと強く感じます。

  KNOB 拝


http://s.ameblo.jp/wake-up-japan/entry-12183245773.html

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この石は先月、シルクロードの砂漠で車が止まった時にたまたま拾った石です。

この石が目に入った時に何故か、スサノオという存在が心に映りました。

約12000年前、日出ずる国より世界へと出向いていかれた神々と呼ばれることになった先人たち、、、エジプトについた民はスメラと呼ばれ儀式を行いシュメール文明を築き、また都市にはスサという名をつけ、そこを統治する王は代々スサノオ(スサの王)と称号がついていたと、、、
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日本のある人々の間では古代から口伝でこんなことも伝えられてきたそうです。

ウズベキスタンで法要が行われたテペと呼ばれる遺跡。
現在、混乱の最中にあるようなトルコではギョベクリ・テペという紀元前10000年~紀元前9000頃に建立された、世界最古と言われる石造の宗教建築(神殿)が発見されています。

シルクロードに伺わせていただいたのは薬師寺の玄奘三蔵の足跡を辿る法要の旅でありましたが、あれから数週間が経ちましたが、僕の中には仏教、旧約聖書、聖書が書かれる前、多民族に信じられていた多神教、自然信仰、偶像崇拝、、、
そこから一神教へと辿る世界がぐるぐると巡っています。

権力支配、それに伴う経済という世界を抜きに考えたら、宗教、神仏の世界はもっともっと単純で、一神教も多神教も偶像崇拝も、、、なんでもありの明るくはっちゃけた賑やかでシンプルな世界であるような氣がします(^-^)

ユーラシア大陸は時代時代でその地を治める民族は変わり、それにより信仰も変わり、、、仏像が破壊された洞窟やテペでの法要、ウズベキスタンでのうさぶろうさんとの早朝徘徊(^-^)でのモスクやキリスト教の教会での献奏、玄奘三蔵ゆかりの大慈恩寺、興教寺、空海が修行し密教を授けられた当時、霊感寺と呼ばれた青龍寺、、、
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祈りイダキや石笛の響きを紡がせていただきなから、場に残るヴァイブレーションから感じられたのは、本当に様々に絡み合わさり、チャンプルになったような世界でした。
すべての色を足すと透明になってしまうと聞いたことがあります。
うまく説明が出来ないのですが、これと断定出来ないような多種多様であり、満ちた無の世界でした。

そして旅の最中、イダキがなくなりそうになったり、予想もつかないような現代ならではのトラブルも多々ありましたが、なんていうんでしょうか、、、
瞬間瞬間起きるすべてが必然的に起きていることだと妙に冷静な自分がいました。
そして、特にウズベキスタンでは全く言葉が通じないのですが、全然心がざわつかないというか、、、
不思議なくらい平常心で、、、
テルメズなどなかなか観光では行かない場所や軍関係の施設にある為、直前まで訪問許可がおりず、法要中も兵士が銃を持ち横で警戒しているような遺跡といった場所でも、心は平安に満ちていたんです。

だからなのか、遠くまで旅してきたなという感覚があまりなく、知っているところに行ってきたような、、、
なんなのでしょうか、、、
本当に不思議な感覚です。

今、とてもとても自然体です。
常に今を信じられますし、幸せを感じられるんです。

外側で起きていることから自分を切り離しているわけではないのですが、混乱に思えるようなことの先にある世界を信じられるというか、、、覚悟だけは常にバッチリ出来ています。

だからかなぁ、自分自身凄くすっきりしています(^-^)

有難いことですね。

昨日は松居和さんと富士山の近くの聖域にて、雨の中での龍神さまへの献奏。

明日、明後日は礒正仁さんの合(あわす)神社での会。
こちらはご案内を差し上げる前にすでに満席になってしまいました。
明後日はマヤの時間を外した日です。

鶴と亀が統べった
後ろの正面だあれ
の統合した夏至以降、、、

本当に自分自身の後ろの正面、、、本来の自分と出会いくっつき、統合されたのを体感として感じています。
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肉体的にも精神的にも人生でこんなにバランスが取れていたのは、子どもの時以来、最高潮かもしれません(^-^)

ますますひとつひとつ、、、今、今、今、、、あるのみです。


感謝をこめて
      KNOB 拝


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一ヶ月前、八ヶ岳で迎えた夏至。
あれからずっと繋がっているように感じています。

一昨日、、、雲の中から現れた真ん丸なお月さまを拝していて、同じ空の下、同じ地球の上で生かしていただけている今をいとおしくなりました。  
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よあけてであえては
身曾岐神社能舞台にて行われました。
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身曾岐(みそぎ)とは、、、身曾岐神社のサイトにはこのようにありました。

「きれい」になることを指します。
もちろん、滝に打たれたり、海や川で水をかぶったりする行も「みそぎ」ですが、神道では目に見えない心や運命までも「きれい」にして、1日1日を楽しく、明るく、生き生きと過ごすことを何よりも重んじています。

今回の舞台の御神体にとプロデューサーである滝沢泰平さんが急遽、用意くださったのが八角形の二メートル近い檜の柱でした。

泰平さんのドームハウスでその柱を見た時に、思わず笑ってしまいました(^-^)

まじ!!!

本氣度が真っ直ぐに伝わってきました。

僕は13歳から芸能の世界に関わらせていただき、様々な舞台、エンターテイメントは経験させていただいてまいりましたが、今回ほどのディープな御神事とエンターテイメントの統合は人生初でした。

21日の満月、翌朝夏至、よあけてであえて当日の早朝3時30分起きで、ある聖地での夜明け前からの御神事、、、
そして御神体の御柱は、うさぶろうさんと身曾岐神社の方々との深い信頼関係のおかげでなんと、能舞台前の御神池の中に差し込み、鎮座させていただけることに、、、
有り得ないようなべらぼうな話ですが、祈らせていただくという真っ直ぐな魂が伝わって、また身曾岐神社の神々さまも受け入れて導いてくださったのだと思います。

前日のリハーサルから、思考錯誤し無事に立った御神体には、命がけで熊野古神道の修行を数々を経験され、師より礒正仁さんに授けられた九寸の御鏡がかけられました。
剣のような水晶、勾玉、、、柱の下、水中にも水晶が設えられ、うさぶろうさんが麻とまこもの紙で謹製くださった御幣や榊も、、、

水に移るその姿は
あの世とこの世が合わさり共に今あるような、、、
本当に世明けの晩に鶴と亀が統べった、、、
そんな景色でありました。
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この舞台のために織られ紡がれた五色の衣
その衣服に守られ導かれるようにみなさんと紡いだ響き、、、

生涯忘れないだろうなって感じた瞬間がいくつもいくつもありました。
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あれから一ヶ月が経ち、魂に刻まれたあの約束された時間をゆっくりと思い返し、幸せな余韻の中にいます。

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うさぶろうさんが朗読された詩

神は我が心の中におわす 

ひとりひとりがみな神さまの分御霊、、、

本当に八百万の神々が集い響き合ったような素敵な時間でした。
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あの日あの場にてご縁をいただいたみなさま。
あらためまして、本当にありがとうございました。
そして、おめでとうございます。

舞台開演は衣装の最終の準備が調うのを待ち、約15分押したのですが、一羽のカラスが舞台の屋根に舞い降り、しばらく舞うように歩き回り、そのカラスが飛び立ったと同時に幕が上がったそうです。
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すべての今を、信頼し深く感謝致します。

よあけてであえて
本当に良かった

ありがとうございます。


     KNOB 拝

  撮影 Akiko Hotta

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