July 20, 2016

〜秩父神社風水考1〜

 昨日朝、 18歳の金魚が他界しました。一昨日から水槽の底部でじっとしていたので心配し、別の器に移して塩浴したのですが、その甲斐もなく、翌朝、妻と二人で最期を看取りました。
我が家における財方である東南方位で、かつ第8運期最旺の八白が進入する玄関の下足箱上にて、出かける時、帰宅時にこっちを見てくれて癒し続けてくれたばかりでなく、生氣を招いてくれました。
 18年間も一緒ですと家族の一員ゆえ、正直寂しいですね。
 昨日は傷心の一日で、ブログ投稿どころではありませんでしたが、満月の今日は、まだ2歳の金魚が6尾いるので、命を引き継いでくれると気持ちも改まってきました。
今月も下旬にさしかかってきましたが、今月最初のブログを投稿したいと思います。
 5月23日〜24日と、風水探訪で秩父を訪れましたが、数回に分けて記事にしたいと思います。
 先ずは秩父神社についてですが、2回に分けて投稿します。
 です。秩父神社と言えば、毎年12月3日に行われる例祭「秩父夜祭」が知られていますが、京都の祇園祭、飛騨高山祭と共に日本三大曳山祭のひとつに数えられています。
 当日は車で訪れましたが、神社の東側にある参集殿(会館)の駐車場に停め、神社の南側に回って、一の鳥居より下境内に入りました。入ってすぐ左側にある手水舎でお浄めしました。その隣には、秩父神社の由緒が書かれた掲示板(下画像)があり、由緒、祭神、現存社殿、例祭が書かれていました。
 
秩父神社掲示板

 この掲示板の由緒説明は簡潔なものでしたが、神社HPに下記のような、より詳細な由緒が書かれていました。
 
 「秩父神社は、平安初期の典籍『先代旧事紀−国造本紀−』によれば、第十代崇神天皇の御代に知知夫国の初代国造に任命された八意思兼命の十世の子孫である知知夫彦命が、祖神をお祀りしたことに始まるとされており、武蔵国成立以前より栄えた知知夫国の総鎮守として現在に至っています。
 元慶2年(878年)には神階正四位下に進み、延長5年(927年)に編算された『延喜式』にも掲載されるなど、関東でも屈指の古社のひとつに数えられています。また、中世以降は関東武士団の源流、平良文を祖とする秩父平氏が奉じる妙見信仰と習合し、長く秩父妙見宮として隆盛を極めましたが、明治の神仏判然令により秩父神社の旧社名に復しました。
 現存するご社殿は、天正20年(1592年)に徳川家康公が寄進されたもので、江戸時代初期の建築様式をよく留めていることなどから、埼玉県の有形文化財に指定されています。・・・」
 
 掲示板に、社殿の「つなぎの龍」「子育ての虎」は、あの歴史的名工である左甚五郎作であるということで、俄然興味が沸いてきました。

 掲示板から50mほどまっすぐの参道を歩いていくと神門があり、神門の先には本殿が見えます。
秩父神社神門

 神門で一礼していよいよ境内へ。
 神門から50m先に本殿があり、お賽銭後、二礼二拍手して黙祷、一礼して参拝させていただきました。
秩父神社本殿


 神社正面にて即、坐向測定。これは一種の職業病ですね。「建物を見るとすぐ測定したくなる病」かな(^^;。
 坐向はほぼ真南向きの「子坐午向」でした。
 参拝後、本殿周りを左回りに巡りました。
 本殿東側(青龍側)には、掲示板に書かれていた左甚五郎作の「つなぎの龍」が彫り物がありました。
秩父神社 つなぎの龍

 つなぎの龍の案内板によれば、
 「・・・その昔、秩父札所十五番少林寺近くにある天ヶ池に住みついた龍があばれた時には、必ずこの彫刻の下に水溜りができていたことから、この彫り物の龍を鎖でつなぎ止めたところ、その後、龍は現れなくなった・・・」
 龍を扱う風水師としては、ちょっとかわいそうに感じましたが、龍には確かに鎖がかけられていました。
 下画像は、秩父神社で購入した「つなぎの龍」の飾り物と説明文。
つなぎの龍 飾り物

つなぎの龍 飾り物 説明文
 
 帰宅後早速、鬼門(東北方位)に飾りました。

 さらに左に回り、本殿裏側(北側)、北と言えば巒頭風水上は、玄武が守護する方位ですが、そこには梟の彫り物がありました。この梟は「北辰の梟」と名付けられ、風水と密接な関係にある「妙見信仰」を見受けることができます。
 この詳細は2回目の投稿で説明させていただきます。なんとか月内には投稿したいと思っています。



 


tenshin555555 at 23:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)風水学 | 風水探訪

June 30, 2016

有村架純さんと能年玲奈さんの明暗を分けた遠因を命理学的に考察

 今月も晦日を迎えました。
 1日の投稿時に、今月は3記事の投稿をと決意していましたが、結局今回の記事を含めて2つの投稿で終えることとなってしまいました。通常業務に命理学本の執筆が重なり、どうしてもブログは後回しになってしまいました。
 ブログを初めてから早いもので11年になりますが、継続は力なりを実感します。拙い内容でも長く読み続けてくださり、楽しみにしてくださっている読者もおられるので、今後もなんとか最低月2投稿をノルマとして、がんばりたいと思います。
 さて今回は、有村架純さんと能年玲奈さん、くしくも同い年のお二人の明暗を分けた遠因を命理学的に考察してみました。
 お二人とも2013年前期のNHK朝ドラ「あまちゃん」に出演しました。人気の若手脚本家であるクドカンこと宮藤官九郎さんが手掛けたドラマということもあって話題となり、高視聴率を獲得したのはご存知の通りです。
 主役のあまちゃんこと天野アキ役が能年さんで、アキの母親春子の若かりし頃を演じたのが有村さんでした。このドラマをきっかけとして、お二人とも、お茶の間の人気者になったのですが、脇役の有村さんよりも、主役の能年さんの今後の活躍が大いに期待されたのは当然のことでした。
 あれから3年たった今、みなさんご存知のように、立場は全く逆転してしまいました。有村さんはCM女王を競うくらいの超売れっ子、2017年前期のNHK朝ドラ「ひよっこ」ヒロインに抜擢と破竹の勢いです。一方の能年さんは全くテレビ画面で見なくなってしまいました。この明暗を分けた遠因は何だったのでしょうか?
 先ずはヒロインだった能年さんから、考察してみましょう。命式は下記のとおりです。

能年玲奈さん(1993年7月13日生まれ)
生年 癸酉辛 偏印 偏官 絶 
生月 己未丁 偏財 食神 養
生日 乙未丁    食神 養
生時 不明
空亡 辰巳
格 食神正格
調候用神 水土
守護神 癸壬
大運 
0歳 〜 8歳4か月 己未 偏財 養
8歳4か月 〜18歳4か月 庚申 正官 胎
18歳4か月 〜28歳4か月 辛酉 偏官 絶
28歳4か月 〜38歳4か月 壬戌 印綬 墓
・・・・・・
歳運
2012年 壬辰 印綬 冠帯
2013年 癸巳 偏印 沐浴
2014年 甲午 劫財 長生
2015年 乙未 比肩 養
2016年 丙申 傷官 胎
 
 命式からわかることは、能年さんは五行の土性が強く、物や人を引き付ける引力本能があり、蔵干「丁」による食神正格ゆえ、表現力、伝達力に長け、女優業に大変適しています。
 「あまちゃん」が放送された2013年、能年さんは19歳〜20歳でしたので、大運は辛酉の偏官運にあります。2013年癸巳年は、生年干支の癸酉と「大半会」の一年でいた。「大半会」は異次元融合の作用を持ち、大発展、大飛躍、拡大の象意があります。一躍お茶の間の人気者となり、能年さん自身、前年までには考えられないほどの大飛躍の年だったでしょう。
 しかしこの年は能年さんにとって、空亡(天中殺)の巳年でもありました。天中殺のときは、地に足が付いていないときで、成功を納めたり一世風靡したとしても、継続性がなく、いわゆる一発屋で終わる傾向があります。宿命と言ってしまえばそれまでなのですが、大半会の年が天中殺と重なってしまっており、大運支の酉と生年支の酉の自刑の象意が強く表れ、所属プロダクションとのトラブル等、試練の期間が続いています。

 一方、有村さんはどうでしょうか。
 有村さんの命式は次のとおりです。

有村架純さん(1993年2月13日生まれ)
生年 癸酉辛 偏印 偏官 絶 
生月 甲寅丙 劫財 傷官 帝旺
生日 乙丑癸    偏印 衰
生時 不明
空亡 戌亥
格 傷官正格
調候用神 水火(土は吉神」)
守護神 丙丁
大運 
0歳 〜 6歳8か月 甲寅 劫財 帝旺
6歳8か月 〜16歳8か月 乙卯 比肩 建禄
16歳8か月 〜26歳8か月 丙辰 傷官 冠帯
26歳8か月 〜36歳8か月 丁巳 食神 沐浴
・・・・・・
歳運
2012年 壬辰 印綬 冠帯
2013年 癸巳 偏印 沐浴
2014年 甲午 劫財 長生
2015年 乙未 比肩 養
2016年 丙申 傷官 胎
・・・・・・

 昨年の主演映画「ビリギャル」の大ヒット、auのCMのかぐや姫役でもおなじみ、そして来春のNHK朝ドラ「ひよっこ」のヒロインにも指名され、飛ぶ鳥を落とす勢いの、今や最も旬の若手女優ですね。
 有村さんは五行の木性が強く、守備本能を持ち、慈愛に満ち面倒見がよい特性があります。また、傷官正格ですが、有用な木火傷官であり、かつ生年蔵干と暗合しているゆえ、傷官の悪さは鳴りを潜め、傷官の良い面が出やすく、技芸面での表現力が発揮されます。
 「あまちゃん」のお母さん、春子の若かりし頃を演じた2013年癸巳年は、能年さんと同じく生年干支と大半会しています。さらに年支と生年支と生日支が巳‐酉‐丑の三合金局を形成しています。三合会局も異次元融合の作用を持ち、有村さんにとってこの年は、大半会と三合会局が重なった「超異次元融合」の一年でした。
 大運は丙辰運ですが、生年支と年支が酉‐辰の支合となっており、守護神かつ調候用神の丙に守られて、目標が明確化し、その達成に向けて順調な十年運ですが、まさにそのとおりの道を歩まれています。
 26歳以降の十年も丁巳運で、守護神丁が巡り、かつ三合金局となる十年運ゆえ、大女優の道を歩まれるでしょう。

 くしくも同い年で、同じドラマに出演し、大人気となったお二人ですが、同じ大半会の運気にありながら、能年さんは放送年が天中殺の年、有村さんは三合会局の年、大運をみると能年さんは自刑、有村さんは支合の十年、この宿命的な巡り合わせが、おふたりの明暗を大きく分かつ遠因と言えます。
 能年さんは、ようやく所属プロダクションとの契約が解除でき、独立して新たな出発の年となりましたが、宿命的にはまだまだ酉酉の自刑の試練の時が続きそうです。
 とは言え宿命だけで人生が決まるわけではありません。宿命を受け入れ、逆に利用して、運命を創開することが人生の醍醐味だとウメサンは確信しています。
 ケロケロウメサンとしては、不思議な魅力のある能年さんに情がいくので,風水師としてアドバイスしたいと思います。自刑の運気を好転させる化殺法としては、支合となる地支に相当する十二生肖のアイテムを身に着けることをウメサンはご提案しています。酉の支合は辰ゆえ、龍となります。
 ぜひ龍のペンダント等を身に着け、「不思議ちゃん」の本領を発揮して、試練をひょうひょうと受け流し、またお茶の間を楽しませてほしいと祈るものです。ウメサンの声が届くといいなあ。

★お知らせ★
宿命を知って受け入れ、そして利用する!
それが人生の醍醐味です!!
本年9月より4か月間の集中講座「第10期立命塾実践的四柱推命学講座」にて、その奥義を公開します。



tenshin555555 at 18:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)四柱推命学・算命学 | 開運法

June 01, 2016

さすが風水発祥の中国、恐るべし!北京への門として地理風水的に建築されたホテル「セントレジス天津」!!

 今日から六月、入梅も近いですね。梅雨と言えば「うっとおしい」と形容されるように、あまり歓迎されない時節ですが、ここ桶川では、田植えで水が張られた田んぼから、夜な夜ななされるカエルの大合唱が耳に心地よく響き、癒されているケロケロウメサンです。
 さて、先月平日は国内外の出張風水鑑定や氣場改良工事、土日は講座と鑑定会で、なかなかデスクワークに時間を割くことができず、結局ひとつしか記事を投稿できませんでした。今月はその分も補い、なんとか三つは記事を投稿したいと思っています。そのためにも始めが肝心!月初めの今日、早速の投稿記事作成に勤しみました。
 今月最初の投稿記事は、先月、新築設計アドバイスをさせていただいている家宅の玄関向きを定めるため、中国の天津市※1に出張した折、宿泊したホテル「セントレジス天津」についての風水学的考察です。
 風水発祥の地である中国本土より、風水鑑定のご依頼をいただくのは、風水師冥利に尽きる光栄ですが、発展著しい天津市内の高級ニュータウン(下画像)における新築中の建物の玄関向きを定めるべく、5/17〜18と一泊二日の弾丸出張を行いました。天津には三年連続三度目の出張となります。雅号が天心だから天津に縁があるのかな(^^)
天津市内にある高級ニュータウン

 当日は、出発の成田空港は雨でしたが、天津は32度の真夏日でとても暑かったです。施主はドクターですが、奥様が天津濱海国際空港まで車で迎えに来てくださり、直接現地に行きました。
 1時間ほどで現地に着くと、すでに施主の院長先生はおられました。建物は軽量鉄骨造りの三階建てで、すでに屋根外壁も張られ、内部の内装が始まっていました。建物自体の向きは壬坐丙向となりますが、子坐午向にすべく、院長先生立ち会いのもと、羅盤にて測定しながら玄関向きを振る角度を定め、墨だしをし、その後は、裏口と各部屋の出入り口の位置と向き、ベッドや机の位置と向きなどをアドバイスしました。
 風水アドバイス後は、施主が予約くださった五つ星ホテル「セントレジス天津」に送っていただき、一端チェックインしてから、海鮮レストランにて、夕食をごちそうになりました。夕食には、天津市内にある海南大学で経営学の教鞭をとられている教授も同席くださいました。アルコール度数45度という白酒(バイチュウ)で何度も乾杯しつつ、美味しい魚や貝、えび、タコなどをいただきました。天津というと天津飯や天津甘栗を思い浮かべる方が多いと思いますが、天津は海に近いため、海の幸も大変美味しいです。ちなみに天津飯は天津のみならず、中国のどこにもありません。天津飯は、芙蓉蟹、芙蓉蛋をご飯にのせて、とろみのあるタレをかけたもので、日本では定番の中華料理ですが、昔、天津出身の中華料理人が日本に渡り、中華料理店を営んだとき、芙蓉蟹、芙蓉蛋をご飯にのせて、とろみのあるタレをかけ、それを天津飯(丼)と名付けたのが謂われだと、施主が教えてくれました。とは言え、天津飯、美味しいですよね(^^)
 二時間ほどの楽しい会食のあとは、ホテルのバーラウンジにて、美味しいワインをいただきつつ、二次会をしました。そのときの会話の中で、海南大学の教授から、「風水先生からみて、このホテルは風水的にはどう思われますか?」と尋ねられました。
 「セントレジス天津」は下画像のように、メインエントランスのある正面から見ると、中央部が大きく空洞になっている構造をしており、これだけ見ると吉相ではありません。しかし、大きな河川が歪曲して流れている外側に面する反弓水になっており、この煞水から生じる煞氣を抜く構造になっており、巒頭風水の理にはかなっていますね。」と、高級なワインを口にしながら、上機嫌でお答えしました。
セントレジス天津

 すると教授は、笑みを浮かべながら次のように説明されました。
「なるほど!このホテルの形状だけ見ると良くないが、海河(ホテルの近くを流れている河川名※2)の流れに則しているんですね。実はこのホテルは門の形をしているんですよ、天津から海河に沿って100km先には中国の首都北京があり、黄海に面した港湾都市である天津は、首都北京から見て門の位置に相当しているので、このような形状に建設されたのです。」
 この話を聞いているときは、その全体像がよくわかってなかっただけでなく、夕食時にいただいた白酒に、バーで飲んでいるワインにより、かなり酔いが回っていたこともあり、「ああ、そうなんですね。」と、そう感嘆するほどではなく、教授の説明に相槌を打った程度の対応で終わりました。
 しかし、翌日帰路で経由したソウル仁川国際空港で2時間ほど乗り継ぎ時間があったので、iphoneにて画像検索してみてびっくり!
 滞在中は近くからしかこのホテルを見てなかったのでわからなかったのですが、離れて遠方から正面を見ると、左右の建物と合わせて門の形状になっていることがわかります。(下画像)
津門「セントレジス天津」

 下画像のGoogle mapを見てわかるとおり、天津市と北京市は隣接しており、天津市内を流れる海河を辿った西北わずか約100km先に、首都北京があるのがわかります。首都北京市と隣接し、黄海に面する港湾都市である天津市は、まさに北京の入り口、門に位置し、中国では“津門”と称され、観光の名所となっているホテル「セントレジス天津」が、デザイン建築されているのです!まさに地理風水的な都市計画に基づく都市建設です。
北京市に隣接する天津市

 ただし、このホテルの坐向線は丑‐未で、天津から見て西北にある北京を向いていません。できれば下画像の理想の位置(Google mapに加筆)のように、首都北京を臨む向きであれば、地理風水上ベストだったかと、風水師の端くれとしては感じました。
セントレジス天津位置図

 ともあれ、1990年代、ウメサンがまだ旅行会社の社員だった頃、添乗員として何度か中国に行きましたが、当時は北京市内はじめどこも、幅の広い道路を、車よりはるかに多い自転車が走っていましたが、今日ではほとんど自転車を見ることはなく、五車線道路を埋め尽くす自動車の交通量に先ず驚かされました。そしてベンツなどの高級車を当たり前のように目にするほどの変わりようです。
 わずか20年弱でのこの発展ぶり、この国力の背景には、こうした地理風水術も含まれているとしたら、やはり中国恐るべし!です。


※1天津市
 天津は華北平原海河の五大支流の合流する所に位置し、東に渤海を、北に燕山を臨む。市内を流れる海河は天津の母親河とも呼ばれる。
 環渤海湾地域の経済的中心地で、人口は東京都にせまる1228万人、中国北方最大の対外開放港である。首都北京市とは高速道路、高速直通列車、京津城際線によって、0.5〜2時間以内で結ばれている。元々は海河の河港であったが、河口の塘沽に大規模な港湾やコンテナターミナル、工業地帯が形成されている。経済成長率の高さはここ数年に渡り、全国トップである。2017年の第13期の全国体育大会の開催が決まっており、夏季ダボスフォーラム常駐開催都市でもある。(wikipediaより転載、一部加筆修正) 

※2海河
 海河(華北最大級の河川で、天津市域で5つの河川が合流し海に注ぐ)両岸のライトアップされた夜景は絶え間ないレベルアップ、改造を経て、ますます国際的風格を備えるようになっており、海河の夜景はすでに天津を代表する美しい景観となっており、ナイトクルージングが国内外の観光客の人気を博している。
 海河沿岸のレベルアップと改造では細部にこだわり、ファッション性に優れ、気品を求め、より新しく、珍しく、独特なデザインがここを美しく多彩な河としている。
 夜に海河に船を浮かべると、両岸の「万国建築博覧会」のごとき各種西洋風デザインの建築が人々の目を引く。レベルアップ後の海河両岸建築に海河文化を継承させるため、デザイン・スタッフは大量の資料を研究し、また十分に国内外先進地区の河川ライン景観レベルアップの経験を参考にして、海河沿線建築群のハイライトを形作ったのだ。
 津湾広場を中心とする商業地区と天津駅大型公共建築が呼応し、国内外の観光客が天津駅を出ればすぐに天津市の濃厚な現代的息吹を感じ取ることができる。古文化街と対岸の新文化センターが呼応し、天津の多元文化の影響下での思想的熱気と理念の革新を表している。遠洋ビル、天津電力ビル、天津凱徳大酒店(カインドホテル)、“津門”(ザ・セントレジスホテル天津が入る“門”の形をした建物)、“津塔”(天津タワー)など中国式現代建築と、大陸銀行ビル、帝豪ホテル、銀監局(銀行業監督管理局)、金融タウン2号地などヨーロッパ式復古建築が呼応し、天津「万国建築博覧会」の外観と新たな時代の常に発展を求める能力と決意を示している。
 夜のとばりが下りると、市の中心地区の海河沿線には色とりどりの光があふれ、美しく照り輝き、天津という歴史文化都市独特のあでやかな姿が美しく海河の夜景の中に溶け合う。(人民中国インターネット版より一部加筆修正して転載)





tenshin555555 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)風水学 | 風水工法

May 09, 2016

〜霊(soul,spirit)と易学〜

 前回、広島出張の際憑いた霊を、親交の深い気功師に除霊していただいたことを記事にさせていただきましたが、その後、東日本大震災以来の大地震が熊本県にて発生し、今もなお余震が続いています。今回の地震で、亡くなられた方、行方不明の方は、合わせて50人にのぼっています。被災後、せまい車内で避難生活をされる中、エコノミー症候群で亡くなられた方など、関連死と思われる方も20名近くもおられ、今もなお2万人近い方々が、体育館などで避難生活を強いられているということです。
 GWに入ってからは、高速道路の玉突き事故や、センターラインを越えての衝突事故が、連鎖的に数多く発生し、たくさんの方が亡くなられました。
 このGWは、29日の新築風水鑑定以外、珍しく出張や講座もなかったので、自宅にてデスクワークや畑仕事、家の修繕等、ふだんできないことに従事できた期間でしたが、そんな暗いニュースを耳にしながら、しみじみと生きている、いや生かされていることのありがたみを感じつつ、今年還暦を迎える身、あと20年生きられるとしても人生の3/4を終えた身であることを自覚させられました。前回初めてブログで霊について記事にしたこともあり、「生」と「死」について、考えさせられたGW期間でした。
 人は死んで肉体は滅んでも、霊魂は不滅であると、ウメサンは思っています。中国風水と関わりの深い道教では、霊魂のことを魂魄(こんぱく)と言い、魂と魄(はく)という二つの異なる存在があると考えられてきました。魂は精神を支える氣、魄は肉身を支える氣を指し、合わせて魂魄(こんぱく)と言うのです。魂と魄は易の思想と結びつき、魂は陽に属して天に帰し、魄は陰に属して地に帰すと考えられてきました。
 天地否 気の動き右は、六十四ある卦のひとつ「天地否」です。上卦が八卦のうちのひとつ、オール陽爻の「乾」で、下卦が八卦のうちのひとつ、オール陰爻の「坤」で形成されています。乾は天、坤は地を表しますが、陽の氣は上昇し、陰の氣は下降するため、互いに背く形象ゆえ、「天地否」と称され、易占(周易)にてこの卦が立てられた場合、大概は占的(占った目的)は果たされず、凶象とされています。


 地天泰 気の動き一方、天地否の下にあるのは、やはり六十四卦のひとつである「地天泰」です。上卦が八卦のうちのひとつ、オール陰爻の「坤」で、下卦が八卦のうちのひとつ、オール陽爻の「乾」で形成されています。地が上で天が下となっていて、一見自然に反しているようですが、上にある陰の氣は下降し、下にある陽の氣は上昇するため、陰陽の氣が交合し、生命や物事が新生、創始され、順調となり泰平ゆえ、「地天泰」と称され、易占(周易)にてこの卦が立てられた場合は、大概占的(占った目的)は成就する吉象とされています。

 天地否と魂魄しかし、卦の象形や易の数理から天地自然の法則を読み解こうとする「象数易」の観点からすると、「天地否」こそ、天人地三才の氣を表している卦象であると教えています。易は下から上へ初爻、二爻・・・五爻、上爻と数えていきますが、初爻と二爻は「地」、三爻と四爻は「人」、五爻と上爻は「天」を表し、ここに天人地三才の氣が揃う形象なのです。
 八卦でいえば、上卦「乾」は「天」、下卦「坤」は「地」を表していましたが、上昇する陽の氣、下降する陰の氣と相交わることのない形象に、人が加わることにより、天−人−地と、天と地を結ぶのが人で、ここに天人地三才の氣が揃う形象でもあるのです。
 そして人にあたるふたつの爻は、下卦に属す三爻が「魄」、上卦に属す四爻が「魂」を表し、死後、「魄」は地に帰し、「魂」は天に帰すことをも顕わし、この「魂」こそ、一般的に言われる「霊(魂)」を指すと言えるでしょう。
 義理易と言われる周易では凶象とされる「天地否」ですが、象数易の観点で見れば、天地を結ぶ人の存在意義の大きさを感じざるを得ません。
 陰陽という、一見、二進法でしかない記号を六つを組み合わせたのが六十四卦ですが、易は実に深いことを感じざるを得ませんね。

 簡潔ではありますが、熊本大震災やGW期間の交通事故で亡くなられた方々の鎮魂を祈りつつ、ブログ記事として投稿させていただきました。
                                                        合掌

tenshin555555 at 00:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)易学講座 

April 11, 2016

〜霊(soul、spirit)と風水〜

 天地の氣を主に扱う風水師として、基本的には敢えて深く関わりを持ってこなかった「霊(soul、spirit)」について、今回はとりあげます。
 本日は二年前からお世話になっている近所の気功治療院にて、施術を受ける予約をしていましたが、朝起きてから鼻水が止まらず、「あれっ?風邪ひいたかな?予約変更してもらおうかな。」と思うほどでした。
 しかし予約変更となると医院にご迷惑だし、予約がかなり先になってしまうので、意を決して行くこととしました。
 朝一番の予約でしたが、診療室に通され先生と逢うや否や、「今日はあおむけに寝てください。」と言われるのです。通常は自分の場合、最初は診療台にうつ伏せに寝るのですが、「あ、また憑いているんだな。」と観念しました。実は以前にもこうしたことがあったので、すぐに理解しました。何が憑いていたのかというと、キツネではありません。その正体は「霊」です。
 霊が憑いている場合は、通常の気功治療ができないため、この日は除霊を先ずしていただきました。40分くらいの時間をかけて行っていただき、無事に除霊していただいたのですが、「今日は来られたときから、憑いているのがわかりました。今回はかなり強烈でしたよ。先週の6日くらいに何かありましたか?」と聞かれました。6日と言えば広島に風水鑑定で出張した日で、そう言えば鑑定物件のマンションバルコニーの窓から、大きな救急病院が見えていたので、八卦鏡や黒水晶などの化煞をお勧めしたことを思い出し、ぞ〜っ!としました。
 決して病院自体が凶というわけではないので誤解されないでいただきたいのですが、風水の教えでは、どうしても亡くなる方の多く出る救急病院の“近隣”という「場」は、陰の氣が強すぎ、住居地としては避けるべし!とされています。陰の氣が強すぎる地の代表は墓地ですが、墓地の近隣も同じです。
 救急病院にしろ、墓地にしろ、亡くなられた方の中には、この世に強い未練を持って亡くなられ、いわゆる浮遊霊、地縛霊となられている場合も多いいようです。
 気功の先生が言われるには、「御仕事柄、救いを求めた霊に憑かれやすいんですね。そうした霊に憑かれると身体の免疫力も下がり、風邪をひいたり、いろいろな病気になりやすい。」とのことでしたが、不思議と治療後は、あれほど間をおかずにティッシュで鼻をかんでいたのが嘘のように、ぴたっと鼻水が止まりました。身体もとても楽になり、視界も明るくなりました。こうした経験をすると、目には見えない「霊」の存在を認めざるを得ません。
 6日の出張地である広島は、説明するまでもなく、原爆投下により、多くの方が無念の死を遂げた地です。日本各地を風水鑑定で出張しているウメサンですが、取り分け広島は縁が深く、年に何度も行かせていただいております。
 今回のことを通して反省したことがふたつありました。
 ひとつは、出張依頼をいただいた地というのは、必ず先祖や過去世において縁があったからで、その地に対する畏敬の念が不足していたことです。巒頭という屋外の目に見える地理地勢、形煞に対する吉凶判断、そして羅盤を駆使した、理氣という時間と空間(特に方位)により変化する氣の吉凶判断にばかり捉われ、化煞法や化解法という対策的な風水術を施すことのみに専念していたことに気づかされました。
 広島 爆心地空中写真6日に訪れた広島は、原爆が投下されて多くの方が犠牲になられたことは当然知っていたわけですが、今回の鑑定物件が、爆心地(右画像は爆心地を示した投下直後の空中写真、wikipediaより転載)にかなり近く、また被爆された方々の治療を主に行ってきた病院の近くであるということは知りませんでした。ただ単に、近隣に病院が見える場合の化煞法の常套手段を提案することに満足していた自分を大いに反省した次第です。
 くしくも広島ではG7外相会合が行われ、本日、初めて米国の国務長官が広島を訪れ献花するという歴史的なニュースをネットで知りましたが、風水師の前に人として、病院で治療されながらも亡くなられていった多くの方々に対し、ご冥福を祈り、礼を尽くす心が足りなかったことを悔い改めさせられました。

 もうひとつは、敢えて避けてきた「霊」に対しても、向き合っていかねばならないときがきたということです。
 中国風水と関わりの深い道教では霊のことを「魂魄(こんぱく)」と言いますが、説明が長くなるので、回を改めて投稿したいと思います。



tenshin555555 at 16:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑記(風水) 

March 31, 2016

〜ショーン・K氏の学歴詐称問題を命理学的に考察〜

 今月は、7日に催行した雨中における氣場改良工事で、先月から引きずっていた風邪をこじらせてしまい、先週まで療養しながらの仕事の日々で、気力も萎え、心身共にさえない日々が続いていましたが、ようやくほぼ完治し、気力も高まりつつあります。
 さて、今月も残り3日間(書き始めたのが29日でしたm(__)m)となってしまいましたが、ようやく今月二回目の投稿です。今回は、またまた週刊文春の記事により、朝から晩まで、全てのテレビ局のワイドショーで話題となってしまった、ショーンK氏の学歴詐称問題を、命理学的に考察させていただきます。
 今回の詐称問題による活動自粛は、正直とても残念でした。ショーン・K氏を良く知らない方もいると思いますが、CMの「Intel、入ってる!」のナレーターの声の主と言えば、あ〜あ、あの声の人!と合点がいくのではないでしょうか。
 古舘一郎キャスターの報道ステーションにコメンテーターとして昨年から出ていましたが、その的確で説得力のある落ち着いた語り口に魅せられたウメサンでした。左寄りのテレビ局の番組ゆえ仕方ないのですが、他のコメンテーターはみんなかなり左寄りでいつも辟易して他のチャンネルに変えてしまうウメサンですが、ショーンさんのときだけはチャンネルを変えずに見ていました。

ショーン・K氏はWikipediaによると1968年3月21日生まれで、命式は下記のとおりです。(学歴を詐称しているため、この生年月日も少し?ですが・・・)

生年 戊申庚 偏印 比肩 建禄
生月 乙卯乙 正財 正財 胎
生日 庚寅甲     偏財 絶
生時 不明
空亡(天中殺) 午未
格  正財破格
調候用神 金、土

大運
25歳〜35歳 戊午 偏印 沐浴 大運天中殺
35歳〜45歳 己未 印綬 冠帯 大運天中殺
45歳〜55歳 庚申 比肩 建禄 妬合 納音

歳運(2013年45歳誕生日から大運天中殺明けの十年運)
2014年 甲午 偏財 沐浴 天中殺
2015年 乙未 正財 冠帯 天中殺
2016年 丙申 偏官 建禄 天戦地冲

 ショーン氏は命式上、財星を3つ持つ財星過多ですが、生月干「乙」は生日干「庚」と干合して去り、生年支蔵干「庚」と生月支蔵干「乙」は暗合するため、月支元命「正財」は比肩の剋を免れる代わり、暗合により元命「正財」は破格となり、日支蔵干通変星「偏財」がクローズアップされる命式です。そうした意味では、経営コンサルタントというビジネスは、天性であると言えるでしょう。
 しかしこの偏財も、その器に相当する生日支「寅」が、生年支「申」より冲されているため、申が巡る大運や歳運は要注意となります。
 大運を見ると、25歳からの20年間、人生の宿命的な枠組みというものが取り除かれる大運天中殺期間となっていました。ショーン氏が32歳の2000年より今年降板するまでの足掛け16年間、ラジオ局のJ-WAVEにて、「MAKE IT 21」という番組のナビゲーターを務めていましたが、16年も続くと言うことは、それだけ人気があったのだと思われます。また、38歳の2006年から執筆活動も行い、『成功前夜 21の起業ストーリー』『MBA講義生中継 経営戦略』 『自分力を鍛える』などが出版されています。
 ショーン氏にとってはまさにこの頃が花形で、“作られた人物像”が受け入れられ、それなりに成功を納めた期間だったと言えます。
 しかし45歳の2013年誕生日以降、大運天冲殺期間の終了とともに、取り除かれていた人生の宿命的枠組みが再び築かれ、今までの虚像での生き方では許されない期間に入ったのです。それでも2014年、2015年と午年未年の空亡(天中殺)期間だったので、虚像での生き方でもなんとか通用してきたと思われますが、空亡(天中殺)が過ぎた2016年2/4以降、今までの虚像のままでは許されない運勢に入ってしまいました。
 取り分け45歳からの十年間は庚申運で、さらに2016年は丙申運と、前述した要注意の申運がダブってしまいました。
 さらに追い打ちをかけたのは、
45歳からの大運干支「庚申」と生日干支「庚寅」とは納音(物事が今までのようにうまくいかず、衝突する運気)かつ、生月干「乙」をめぐる生日干「庚」と大運干「庚」が妬合(妬みを買いやすい運気)
2016年丙申年は、生日干支「庚寅」と天戦地冲
という、大試練の運気に入っったことがあげられます。
 ここ2,3年、すなわち大運天中殺が明けた後から、テレビでの露出が増えたショーン氏でしたが、声だけのラジオの出演でおさえていれば、ここまで天国から地獄に落とされるようなことはなかったかもしれません・・・。
 確かに偽りの学歴、経歴で活動してきたことへの天罰ではありますが、親なる愛の神様が与えた大きな試練ではないでしょうか。かなり大きな試練ではありますが、親は超えられない試練は与えないものです。ショーン氏は、実際にはMBAを取得はしていませんでしたが、今まで積み上げてきた経営の知識はかなりのものと思いますし、今からでもぜひMBA取得を目指し、数年後にMBA取得者として堂々と再登場してほしいと願うのは、ウメサンだけではないと思います。
  

tenshin555555 at 23:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)四柱推命学・算命学 

March 23, 2016

〜2016年は数理的に大吉運の年!!〜

(一社)国際・風水協会の塚田理事長から教えていただいた面白い情報をご紹介します。

2016年は ものすごく縁起の良い 年なんです。知ってましたか❓

数字の【6】は 易学において大成卦(64卦)を構成する陰陽の爻数を表し、縁起の良い数字。
666+666+666+6+6+6=2016

【8】は末廣がりであるとともに【發】の発音と同じことから物事が発生する意味があります。
888+888+88+88+8+8+8+8+8+8+8+8=2016

【9】は陰陽で言う【陽の数字の最高数】として吉数の最高峰です。
999+999+9+9=2016

そして… 168という数は、玄空飛星派風水で吉数とされる“いろは”1(一白)6(六白)8(八白)ということは御存知の方が多いと思いますが、【一路發】の発音と近いことから【発展に向け一直線に進む】という縁起の良い数字として人気です。
168+168+168+168+168+168+168+168+168+168+168+168=2016… なんと12個の168の総数となっています。

う〜ん、この数理性、とても神秘的で玄空的ですねえ(^^)v

桜花爛漫の候、
新入社、新期、新入学、新学年の始まる時節、このラッキーな数理性を意識して、ラッキーなスタートを切りましょう!!

tenshin555555 at 17:17|PermalinkComments(1)TrackBack(0)開運法 | 雑記

February 23, 2016

〜2016年2月、北と北東は要注意!!〜

 二十四節氣の雨水(本年は2/19)が過ぎ、雪が雨に変わり、雪解けが始まって、草木の芽が出始める頃となりました。三寒四温を繰り返しながら陽氣が増し、拙宅の近所の農家では、春野菜のタネまきや植え付けの準備等、だいぶ動きがでてきています。春がすぐそこまで来ていますね。
 さて、20日、21日と浅草にて、第九期立命塾の実践的易学講座を行い、昨日は久しぶりに自宅にて、ゆっくり過ごすはずでした・・・。朝食後コーヒーを飲んで寛いでいると、家内が「お湯の出が悪い。」というのです。
 重い腰をあげて北方位屋外に設置してある給湯タンクを調べにいくと・・・、建物基礎近くの土中から湯気が立ち上り、そのあたりの土はぬかるんでいました。すぐに給湯管から漏れているんだと判断し、スコップで土を掘ってみると、細い鉄管が腐食して小さな亀裂がいくつかでき、シュウシュウと八方に噴出していました。
 これは素人ではどうにもならんとあきらめ、給湯タンクの販売元に連絡して、夕方来てもらいました。屋外からだけでは難しいということで、床下に潜っての作業は3時間近くかかりましたが、なんとか修理していただきました。
 今月は先月に引き続き、二ヶ月連続の天戦地冲月で、さらに年と月に二黒中宮が重なり、北方位に七赤破軍、北東方位に五黄廉貞がだぶるため、留意はしていたのですが、久しぶりに体調もくずしました。(下画像は万年暦における今年上半期の頁より転載し加筆したもの)
2 天戦地冲と年月二黒中宮重なる

 10日栃木県内にて、立命塾門人の西山貴琉先生のヘルプをいただき氣場改良工事を行ったのですが、圏央道から東北自動車道を経由して北関東自動車道と高速を走る中、軽自動車が強風で煽られるほど、朝から北風がとても強く、寒い一日でした。
(左画像;埋設した1,000Lの炭 右画像;炭埋設中の西山貴琉先生)

2016.2.10 氣場改良工事の埋設用炭1,000L2016.2.10 氣場改良工事
 年月とダブルで七赤破軍が回座した北風に長時間当たりながらの作業でしたが、その夜から咽喉が痛くなり、明くる日からは咳と鼻水が止まらず、咽喉がつぶれて、13日、14日は、マスクしながらしゃがれ声での講義と鑑定となってしまい、お客様には聞きづらく大変申し訳なかったです。
 二黒は中華圏では病符という別名を持ち、第八運期の現在、衰氣※にあるため、病厄をもたらしやすいです。
 七赤破軍は第8運期の現在、衰氣にあり、泥棒、失せ物、横死、陰口、気管支系の疾病などの象意がでやすく、天戦地冲月かつ九星年月盤とも二黒中宮の月でもあったため、七赤破軍の氣を含む強い北からの寒風に当たり続けたため、風邪をひいてしまったようです。
 今年は、インフルエンザの流行傾向が例年より遅く、2月に入ってから患者数が激増しているようですが、今月は、
・天戦地冲月
・年月とも二黒中宮で、北に七赤がダブルで回座
しているため、冬型の天気の日に吹く強い北風が遠因であると感じます。
・北玄関の場合は、玄関入って正面に衝立をする
・北方位の窓は極力開けない
などの対策をお勧めします。七赤の化煞法としては、一六神水の設置がありますが、奥伝のため、講座においてお伝えさせていただくこととしておりますm(__)m
 なお今月は、北東に五黄がダブルで回座していますので、災厄を招きやすく、合わせて注意を要します。ウメサンちは、北東に裏口がありますが、極力出入りしないようにし、もちろん北東庇に取り付けた銅鈴が心地良い音色を立て、五黄の土氣を和らげてくれております。 

※衰氣
 三元九運において、当運している九星を最旺とし、次の九運の九星は旺、次の次の九運の九星は少旺となり、各々旺氣を帯び、九星各々の持つ吉意が出やすい。 一方、それ以外の九星は衰氣となり、九星各々の持つ凶意が出やすいとされている。特に直前の九運を司っていた九星は最衰となり、その凶作用も大きいとされる。第8運期(2004年〜2023年)の現在は、七赤が最衰となっており、二黒、五黄と合わせて要注意とされている。

追伸
 10日過ぎにひいた風邪は、お陰様でようやく治りました。皆様もぜひ体調には留意ください。
 さて立命塾もいよいよ今年の4月より第十期という区切りを迎え、ウメサンも今から気合を入れています。
 第十期は実践的風水学講座(4月〜8月)より始まりますが、現在募集中です。
 関心ある方は当方のHPにアクセスいただき、講座案内をご照覧いただけますと幸甚です。
 縁あって、教室にてお会いできることをとても楽しみにしております(^^)v

 
 

tenshin555555 at 13:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)風水学 

February 19, 2016

〜逮捕された清原和博氏を命理学的に考察〜

 今日の関東は、とても暖かかったですね。庭の椿もだいぶ蕾が脹らんできました。
 さて今月二回目の投稿となります。今回は清原氏に関する記事ですが、実は清原氏が逮捕されてからしばらくは、当方のブログアクセス数が急増しました。アクセスいただいた記事は、8年前の古い記事
天地徳合を持つ麻生太郎首相と、天戦地冲を持つ清原和博選手から学ぶ立命のコツ
でした。多くのアクセス、ご照覧、ありがとうございましたm(__)m
 ウメサンもこの記事を再読しましたが、麻生前首相の考察で終わっており、清原氏に関しては近日兇箸靴禿蟾討垢襪函当時お約束していました。遡ってブログをチェックしましたが、ナント!その続編はありませんでした^_^;A
 申し訳ありませんm(__)m
 忙しさにかまけて投稿し忘れていました。
 そこで今回、8年越しとなってしまいましたが、続編として投稿させていただきます。
 今回の記事は、立命塾九期生の安藤尚尭氏に免状課題として行ってもらい、鑑定文書として提出した内容に対し、ウメサンが若干の補足をさせていただきました。

清原和博氏
1967年8月18日生まれ(現在48歳)
生年 丁未 乙 傷官 劫財 墓
生月 戊申 壬 偏財 偏印 絶  紅艶
生日 甲寅 丙    食神 建禄
空亡 子丑
命式の特徴 傷官生財格 生月と生日が天戦地冲
第3運    乙巳 劫財 病  23歳4ヵ月〜33歳4ヵ月 大運天中殺
第4運    甲辰 比肩 衰  33歳4ヵ月〜43歳4ヵ月 大運天中殺
第5運(現在)癸卯 印綬 帝旺 43歳4ヵ月〜53歳4ヵ月
歳運(逮捕時)乙未 劫財 墓

 清原氏の命式の特徴は、生月(戊申)と生日(甲寅)が天戦地冲の関係にあり、こういう命式を持つ人はカリスマ性を持つ人物になる傾向が強いのですが、“番長”と呼ばれてきた所以のひとつと言えます。しかし、月支と日支が冲の関係にあるというこことは、月支の位置は方法手段や家系の流れを意味し、日支の位置は結果や配偶者を意味する場所となりますので、清原氏は生まれ持ってのカリスマ性を持っているのですが、自分が行動する方法がうまく結果が出ない、配偶者と上手くやっていけないなどの意味となります。
 過去の清原氏を見ると、ドラフト会議で熱望していたジャイアンツに指名されず、西武に入団したこと、あれだけの才能を持っているにもかかわらず、生涯通じてタイトルに無縁で「無冠の帝王」と呼ばれたこと、離婚歴があることを見ると、命式の特徴が出ていると判断できます。
 また、もうひとつの特徴としては、大運天中殺がダブルで重なっていることが挙げられます。清原氏の場合、第1運が丁未であり、年柱の丁未が同じで律音となっており、この場合は第3運、第4運が大運天中殺となるわけですが、たまたま大運が乙巳、甲辰となっており、この乙巳、甲辰が大運に巡った場合も天中殺と見ますので、天中殺が2階建てで20年ありました。
 大運天中殺は、良くも悪くもなりえる時期であります。ニュースで知る限り、覚醒剤に手を出した時期がジャイアンツに入団した1997年頃と言われていますが、この年は丁丑であり、納音かつ空亡(天中殺)の年でもありました。
 そんな大事な時期にあれだけ熱望したジャイアンツに入団したにもかかわらず、違法な行為に手を染めてしまったことが、その後の野球人生に影響を与えたのかと思います。
 大運天中殺時期は先ほど書いた通り、上にも下にも行く時期ですが、最後の5年は現実に戻って厳しい状況に置かれてきます。それに気づかず覚醒剤常習、生活の荒廃を続けると、天中殺が終わっても厳しい運気が続きます。最後の5年の始まりは、清原氏が38歳のときですが引退の年でした。
 人はたいがい調子がいいと永遠に続くと勘違いしてしまいがちですが、必ず廻りの友人達が戒める発言を言ってくれるものです。それは、神様が本人に気づかせるように言わせているのです。確かに苦言を言ってくれた戦友の桑田氏をはじめ、多くの人たちがいたのでしょう。しかし、清原氏は残念ながら神様からの言葉を無視してしまったわけです。
 現在は大運天中殺も終わり、いよいよセカンドスタートが始まっていたのですが、現在の大運は第5運・癸卯・印綬・帝旺となっています。
 癸が月干の戊と干合して、偏財の持つ社交性や財運という良さが薄れるだけではありません。偏財は、倒食(食神を倒す)の別名を持つ偏印を抑制してくれる救神ですが、この抑止力が干合で損なわれるため、配偶者や家庭の位置にある食神に対する倒食作用が強く表れることとなります。偏財は愛人をも意味するので、倒食作用と相俟って、色欲や酒食に走って散財する憂いがあったのですが、2014年離婚という残念な結果を招いてしまいました。
 大運の卯と年支の未が半会して、社会的地位や仕事面でいい意味でも悪い意味でも、異次元的なことが起こりやすい時期でもあります。
 また、逮捕された2月2日は立春前のため、乙未の年運で、劫財が巡っています。
 大運の印綬が年支蔵干の劫財を強くし、かつ歳運の劫財とダブルとなり、かなり劫財が強い時期でした。さらにその劫財が年干の傷官を強める働きをしています。
 本来の傷官生財格で発展の命式の持ち主なのですが、偏財が干合して、偏財の良さが消えてしまい、劫財と傷官だけが残ってしまいました。傷官と劫財が並ぶと油断ならない二重人格、正常ではないことを好む傾向が強くなります。
 劫財の特徴としては、協調性、友人や同僚を大切にするという良いものがありますが、悪い面では財を失ってしまう特徴もあり、生年支に劫財があるということは、友人、仕事、未来を失ってしまいやすい時期とも言えます。
 また、劫財の働きで強くなった傷官は優れた才能、頭脳明晰でタレント業で成功しやすい反面、孤独や繊細、完璧さを求めすぎて達成できなかった場合の反発は大きいと言われます。
 清原氏の心情として汲み取れることは、引退後の180度変わってしまった人生に心がついて行けず、また離婚などの問題も抱えて悩み、繊細な心と孤独感、自身が思い描く人生計画が思い通りに進まないことへの反発心などから覚醒剤の多用につながったと推察できます。結果、友人や財、仕事、未来が失われてしまったのではないでしょうか。
 そして逮捕された2月2日はまだ己丑月の空亡(天中殺)月であり、生年支の未と冲の関係ともなり、まさにそうなるべく逮捕された感があります。
今後の清原氏ですが、今年は丙申ですから日支の寅と冲・刑であるため、裁判や社会からの評価は厳しい結果になるかと思います。
 逮捕された日干支甲寅が生日干支と同じとなる律音であったということは、新たなスタートをしなさい!という天啓でもあると感じます。逮捕時に報道ステーションの古館一郎キャスターが「…逮捕されて良かった…」としみじみと語られていましたが、ますます深みにはまらないうちに贖罪して再出発してほしいという思いだったのでしょう。長期間に及ぶ薬物依存からの脱却更生、社会復帰までにはあまりにも大きな試練が待ち構えていますが、悔い改めて更生の道を歩めば、2018年戊戌年には偏財が巡りますし、天が救いの手を差し伸べてくれるに違いないことを祈念します。

追伸)
 安藤さんは、昨年4月開講の実践的風水学講座より入塾され、9月〜12月と実践的四柱推命学講座を受講されましたが、大変熱心に学ばれており、習熟度もかなり高く、今回の記事もほとんど補正補足はありませんでした。ご苦労様でした。
 さて立命塾もいよいよ今年の4月より第十期という区切りを迎え、ウメサンも今から気合を入れています。
 第十期は実践的風水学講座(4月〜8月)より始まりますが、現在募集中です。
 関心ある方は当方のHPにアクセスいただき、講座案内をご照覧いただけますと幸甚です。
 縁あって、教室にてお会いできることをとても楽しみにしております(^^)v
 


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February 12, 2016

〜和田アキ子さんがオーナーの「わだ家」新大阪店風水考〜

 二月立春を過ぎ、8日は春節(旧暦正月)、いよいよ本格的に2016年丙申二黒の運氣となりましたね。
 四日の立春は夫婦で、恒例の川越大師喜多院詣でを行いました。
2016.2.4 喜多院

 川越大師は通称名で、慈眼大師が諡号(しごう)です。諡号とは死後、生前の業績を称えて奉られる名称で、慈眼大師とは、徳川家康の尊崇を受け、江戸城選定、家康公の眠る東照宮建立を指示した、あの天海僧正のことです。
 なお、天海僧正、喜多院に関しては、過去の投稿記事で詳述しました。
 天海僧正に関しては、2008.3.26投稿「旅行新聞風水コラム第5回『日本史上最高の風水師・天海僧正』」
 喜多院に関しては、2006.2.9投稿「恒例の喜多院詣で」
を参照いただけると幸甚です。
 さて今回は、1月末大阪市内における氣場改良工事のために前泊した際、翌日の肉体労働に向けてのエネルギー補給をすべく訪れた、「わだ家新大阪店」をとりあげます。「わだ家」のオーナーは芸能界のご意見番でもある歌手の和田アキ子さんで、しゃぶしゃぶ料理がメインのお店です。
 このお店は、御堂筋線の西中島南方駅と新大阪駅の中間となる沿線沿いの通りの東側に面しており、2008年のOPENです。通りの東側に面しているということは、玄関は西向きということです。
 ウメサンは1999年の約一年間、風水師の武者修行を決意して、大阪に単身赴任しましたが、そのときの拠点が、西中島南方駅近くのワンルームマンションでした。風水と四柱推命鑑定をメインに活動しました。月に何度か夕食を兼ねリフレッシュさせてもらった、行きつけのダイニングバーが近くにあったのですが、そのお店が閉店後、もう一店舗挟んで、2008年に「わだ家」新大阪店がOPENし、今日に至っています。東京に拠点を移してからも、年に何回かは大阪出張鑑定のご依頼をいただいており、お店の前をよく通っていて気にはなっていたのですが、大阪ですと基本的に日帰り出張のため、なかなか入店する機会がありませんでした。なぜ気になっていたかといいますと、和田アキ子さんがオーナーであることもありましたが、以前通った店と異なり、玄関が15度ほど西南側に振られている点です。
わだ家新大阪店1

 そしてようやく先月末、訪れる機会を得ることが出来ました。東大阪市内の新築地における氣場改良工事※を、吉日時となる巳刻(大阪時間で8:58〜10:57)に行うため、どうしても前泊せざるを得ず、お客様に許可をいただいて、新大阪駅近くのビジネスホテルに宿泊しました。いつもこの工事では、必ず立命塾門人をお一人、実習を兼ねて助手として帯同してもらっていますが、今回は第九期生の安藤尚尭氏に帯同いただきました。13時過ぎに大阪入りし、一件既存建物の風水鑑定を行い、堺市にある、方位除けで有名な方違神社で参拝してから、19時近くにホテルチェックイン、その後二人で訪れました。
 玄関外出入口近くで、安藤さんに羅盤測定してもらうと、「乙坐辛向」でした。2008年OPENゆえ、三元九運は第八運(2004年〜2023年)で、玄空宅運盤は下の左図となります。
 Google Mapで見ると、真北はほとんど前面道路沿いに重なり、偏角した磁北を基準にすると、玄関を振る前の建物坐向は「卯坐酉向」で、玄関を15度西南に振ると「甲坐庚向」となり、玄空宅運盤は下の右図となります。
27入店 わだ家 宅運盤

 現場における羅盤測定結果とは、20度強の差異となります!この主な原因は、強い電磁気を発生する鉄道(御堂筋線)沿線にあるためと思われますが、その他、帯磁する鉄骨鉄筋構造物、電磁気を発生する自動車がひっきりなしに走る幹線道路沿いにあることも挙げられます。都会ではこうしたことはほとんどで、正確な風水鑑定の生命線となる坐向を知るためには、やはり現場における鑑定をお勧めせざるを得ないのです。
12投稿記事使用宅運盤 さて、いよいよ本題のわだ家における風水分析ですが、その前に、わだ家の前にあったダイニングバーの風水分析を先にします。ウメサンが単身赴任していた1999年は、いつ行ってもほぼ満席に近く、大変賑わっていた店でした。ですから閉店したことは、少なからず残念だったのですが、第八運に入ってから業績が落ちたとすれば、第七運(1984年〜2003年)のOPENで間違いないでしょう。玄関向きはわだ家のように振られてなく、前面道路に対して並行になっていましたので、わだ家の宅向である辛向きから15度戻して、「辰坐戌向」(地図上では「卯坐酉向」)となり、宅運盤は右図のとおりです。
 この宅運盤からわかるように、所謂「旺山旺向」で、玄関には第7運時、最旺の七赤が向星として進入しており、ウメサンが実感していたとおり、かなり繁盛していたと思われます。しかし中宮の向星に8(八白)が回座しており、2004年以降第8運時は、所謂令星入囚となり、さらに氣口である玄関に進入する七赤は、別名の破軍という名称通り、大衰の氣となって、逆にトラブルが舞い込みやすくなり、破財の象意が具現化してしまったのではないかと思われます。
12投稿記事使用宅運盤2 一方2008年にOPENした「わだ家」は、前店舗と同じく戌向にしていると、右図の宅運盤となり、氣口である玄関には、第8運時、少旺である一白が進入することとなります。第8運時一白は決して凶作用を及ぼしはしませんが、令星の八白と比べればかなり生氣パワーは弱いです。
 しかし玄関向きを振って「乙坐辛向」にしたゆえ、氣口である玄関には第8運時最旺の八白が進入します。さらに感心したことは、玄関入って正面に動水となる噴水装置が設置してあることでした。これにより益々八白の生氣パワーを強め、繁盛の氣を店内にもたらしているのです。
わだ家新大阪店 噴水

 残念ながらウメサンが鑑定アドバイスしたのではありません。風水設計がなされたのか、それとも結果としてそうなったのかは定かではありませんが、風水に関心ある方には、大変勉強になるお店であることは間違いありませんので、機会あればぜひ行ってみてください。
 店内はやや縦長ですがかなり広く、カウンター席の前には、著名人のサインが書かれた和紙が数十、ずらっと列になって掛けられており、圧巻です。
わだ家新大阪店 有名人サイン紙の列

 メイン料理は但馬牛など高級な牛肉を食用したしゃぶしゃぶ料理ですが、その他のメニューも美味で、また日本酒も大変美味しいです。価格的にはそれほど高くはなく、4,000円〜5,000円くらいが平均予算でしょうか。
わだ家新大阪店 しゃぶしゃぶ

わだ家新大阪店 お品書き

 料理長の田中さんがまた大変気さくな方で、丁寧に応対くださり、さらに料理やお酒の美味しさが増しました。
 ぜひカウンター席に座して飲食してみてください。

※氣場改良工事
  高温で焼き、半導体となった磁場改善用の炭、風水の鎮め物(水晶、十寶等)を土地に埋設し、土地の磁場、氣場を高める工事。

追伸)
 ウメサンが塾頭を務める立命塾は、本年4月より第十期を迎えます。
 第十期は実践的風水学講座(4月〜8月)より始まりますが、現在募集中です。
 関心ある方は当方のHPにアクセスいただき、講座案内をご照覧いただけますと幸甚です。
 縁あって、教室にてお会いできることを楽しみにしております。
 
 

tenshin555555 at 21:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)風水学 | 風水鑑定