August 31, 2016

〜高畑裕太容疑者の事件を命理学的に考察〜

 八月晦日を迎えました。
 気象庁が統計を始めて以来、初めて東北地方に上陸した台風10号が日本列島を過ぎ去り、ここ桶川はまさに台風一過の雲一つない快晴、晩夏の青空が眩しい一日です。
 二黒中宮の今年、艮宮(東北方位)に五黄が回座しており、大きな災害がないか危惧していましたが、東北地方、北海道においては、土砂災害、大雨による河川氾濫、冠水等、大きな被害がもたらされてしまいました。
 静の方位学である風水では、年五黄と月五黄が家宅の坐に回座するとき、一切の動土、修造改築をタブーとしますが、動の方位学である奇門遁甲では、五黄方位への移動はタブー視しません。しかし同じく動の方位学であり、日本独自の九星気学では、五黄殺と呼んで大凶方位とします。
 長年東洋五術業界に携わってきたウメサンの実感としては、やはり五黄殺ならびに暗五黄殺(気学では暗剣殺)は、凶作用を引き起こしやすい、無視できない要注意凶殺です。
 8/23に強姦容疑で逮捕された新進気鋭の人気俳優、高畑裕太容疑者も、少なからず五黄と暗五黄がもたらす凶作用の影響があったと感じます。今更言及するまでもありませんが、高畑裕太容疑者は、人気女優の高畑淳子さんの一人息子で、2015年前期のNHK朝ドラ「まれ」にて、土屋太鳳さんが演じた主人公まれの親友、ガッツ石松さんが演じた漁師の息子洋一郎を演じ、その後民放各社のドラマやバラエティー番組によく出演されるようになりました。ウメサンは朝ドラのファンのひとりで、朝見れないときは夜の再放送を見ていましたが、なかなか個性のあるいい若手俳優さんだと感じ、その後の活躍を楽しみにしていた一人でしたので、今回の事件は、まさに青天の霹靂でした。
 高畑裕太容疑者は、1993年9月13日生まれでまもなく23歳、命式は次のとおりです。

生年 癸酉辛 偏官 偏財 長生
生月 辛酉辛 偏財 偏財 長生
生日 丁酉辛     偏財 長生
生時 不明
空亡 辰巳
従財格
調候用神 火木
守護神  甲乙
大運 22歳〜32歳 戊午 傷官 建禄
歳運    2016年 丙申 劫財 沐浴

 命式から、五行は金に偏り、攻撃性が強く、いい意味では革新的ですが、ややもすると非常識になりやすい憂いがあります。また財星が4つもあるため、引力本能が強く、人と財が集まる命式で、その点では芸能界に適していると言えます。 しかし「多財身弱」でもあり、お金が入ってきても酒色に溺れやすい憂いを持ち合わせています。要するに、諸刃の剣の持ち主なのです。
 さらに地支が酉ばかりで、三重の自刑を持つため、感情のまま動いて墓穴を掘りやすく、果ては刑事事件を起こしかねない憂いもあります。
  「まれ」の洋一郎役に抜擢されたのは2014年の甲午年で、調候用神の火木、守護神の甲が巡っていました。
 今年の丙申は、生月干と丙‐辛の「威勢の合」となり、偏屈で肉欲に走りやすい憂いがありました。とりわけ8月も丙申月でしたので、その憂いは倍加し、さらに丙‐辛‐丙の妬合(とごう)となり、トラブルまがいの月だったのです。
 こうした要注意の運氣の中、今回の事件を起こしてしまったのですが、高畑容疑者の住居(東京都渋谷区)から仕事で連泊した前橋市内のビジネスホテルは、年五黄が回座する東北方位に位置しています。さらに8月は月の暗五黄(暗剣殺)も回座していました。
 個人の命運が混迷期にあるとき、五黄や暗五黄などの凶殺方位の殺気が重なると、災厄を引き起こす確率はかなり高くなります。

 さて最後に、通常ほとんど知られていない玄空大卦法の観点からの考察を補足したいと思います。
 玄空大卦法では生年DATAを主事(主命)と呼び重視しますが、高畑裕太容疑者の生年干支を、玄空大卦に換算して記すと、次のとおりです。

生年 癸酉 卦氣2 玄空五行「火」 大卦「風山漸」 七運

次に事件のあった2016年8月23日2時頃を、玄空大卦で記します。

2016年 丙申 卦氣8 玄空五行「木」 雷水解 四運
8月 丙申 卦氣8 玄空五行「木」 雷水解 四運
23日 丁丑 卦氣4 玄空五行「金」 澤雷随 七運
2時 辛丑 卦氣1 玄空五行「水」 地火明夷 三運

 玄空大卦法では、年月日時の吉凶は日柱の玄空五行を基準とし、年からも月からも時からも、旺氣を得なければならず、そのためには、比和(五行が同じ)、生入(五行が生じる)、剋入(五行を剋す)しなければなりません。残念ながらこの年月日時は、日⇒年、日⇒月が剋出、日⇒時が生出しており、大凶です。
 また、主事の玄空五行に対し、日の玄空五行が比和か生入か剋入しないといけませんが、主事⇒日は火剋金と剋出してしまっており、すべてにおいて氣が漏れる大凶です。
 さらに問題は、生年主事の卦氣が2で、第8運(2004年〜2023年)においては2は零神で、この第8運期20年間は、卦氣2の主事は零神殺を帯びていると言い、災厄を招きやすい試練の期間なのです。
 
 結局、命理学的にも、方位学的にも、玄空大卦法の観点からも、トリプルで乱氣、試練の条件が重なっていたことがわかります。

 後の祭りではありますが、まだ23歳、しっかりと罪を償い、人間的に成長して、芸能界復帰は難しいでしょうが、異なった道にて再起してほしいと祈るものです。

追伸)
 ・第十期立命塾「実践的四柱推命学講座」9/17(土)開講
 ・8/3の投稿で、次回は三峰神社についての投稿予定と記しましたが、近日には投稿したいと思いますm(__)m

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August 03, 2016

〜三合水局の運氣に見事乗じた小池百合子都知事〜

 暑中お見舞い申し上げます。
 今月最初の投稿は掲題にあるように、舛添前都知事の辞職により、7/31に投開票が行われ、小池百合子さんが公示当初の予想をはるかに上回る291万超の票を集めて、自民公明公認の増田寛也氏、野党統一候補の鳥越俊太郎氏らを大差で破る圧勝の要因について、命理学的に考察します。
(前回の投稿で、次回は三峰神社についての投稿予定と記しましたが、今最もホットな話題を先に取り上げました。三峰神社については、月内には投稿したいと思います
 本題に入る前に先ず、公金の公私混同使用問題で辞任に追い込まれた舛添要一前都知事について考察します。
 舛添前都知事の命式は下記のとおりです。
1948年 戊子癸 比肩 正財 胎
11月   癸亥壬 正財 偏財 絶
29日   戊午丁     印綬 帝旺
生時不明
空亡(天中殺) 子丑
偏財破格
調候用神 火土
守護神  丙丁

63歳〜73歳 庚午 食神 帝旺 
2014年    甲午 偏官 帝旺 羊刃 
2016年    丙申 偏印 病

 舛添氏は、猪瀬元都知事の辞任に伴い、2014年に自民党の公認を受けて都知事選に立候補し当選、都知事に就任されました。この年は甲午年でしたが、生年干支の戊子とは「天戦地冲」、さらに年支と生日支が午午の自刑でした。さらに十年ごとの大運を見ると庚午運にあり、生年支「子」と冲、生日支とは午午の自刑です。冲と自刑がダブルとなる年だったわけです。こうした運氣の期間にアクションをなしても、結果が伴わないものです。たとえそのときは良い結果になったとしても、それは表面上に過ぎず、内に火種を持っていることが多く、後々問題が表出してしまうもので、とりわけ自刑の作用である墓穴を掘る結果となりやすいのです。
 舛添氏は、生年と生日の干支が、戊子‐戊午の「納音(なっちん)」で、目指していたものとは反する結果がでやすく、また、生年干‐生月干‐生日干が戊‐癸‐戊の妬合(とごう)ゆえ、妬み嫉みを受けやすい宿命の持ち主です。癸が持つ通変星「正財」をめぐる妬合ゆえ、女性問題、金銭問題にはよくよく注意しなければならない宿命なのですが、家庭の位置である生日支における自刑と相俟って、結局公金をめぐる私的流用(家族旅行や別荘における経費など)疑惑により、辞任に追い込まれてしまいました。


 舛添氏の辞任に伴い、真っ先に都知事選への立候補を表明したのが小池百合子氏でした。
 小池氏の命式は次のとおりです。
1952年 壬辰乙 比肩 傷官 墓
  7月  丁未丁 正財 正財 養
  15日 壬戌辛     印綬 冠帯
生時不明
空亡(天中殺) 子丑
正財正格
調候用神 金
守護神 庚辛

63歳〜73歳 庚子 偏印 帝旺 大運天中殺
2016年    丙申 偏財 長生

 小池氏は正財格ですので、きまじめでとりわけ金銭的には表裏のない誠実な性格です。
 また、十二運が「墓」の生年支「辰」を、十二運が「冠帯」の生日支「戌」が冲する、いわゆる「墓庫が開く」命式です。辰が持つ通変星は表現伝達力を意味する「傷官」ゆえ、それを生かして「正財」につなげるという特性があります。小池氏はもともとニュースキャスターとして人気を博していましたが、それも天職だったと言えます。
 なお「傷官」は女性にとって子供も意味しますので、そこが冲されるということは、子縁は薄い憂いがあります。
 小池氏は選挙活動中に誕生日を迎えられ、64歳になられましたが、大運干支は庚子です。本年の地支「申」と生年支「辰」が手を結び、申‐子‐辰の三合水局を築き、本年はいわゆる「異次元融合」できる運氣にありました。生年支「辰」が持つ通変星「傷官」を絡めての三合ゆえ、キャスターで培ったトークを駆使して、支持政党を持たない立場をむしろ有用し、市民運動のムーブメントを起こしての見事な圧勝劇、まさに「小池劇場」でしたね。小池氏にとって、人生に一度しか来ない大運支「子」、その十年のうちたった一年しか来ない「申」年に訪れたチャンスの神様の前髪をしっかりとつかみ、己の天性である表現伝達力を駆使した見事な勝利でした。
 チャンスの神様には後ろ髪がなく、目の前に現れたときに迷うことなく前髪をつかまないと、過ぎ去ってからでは後ろ髪がないのでつかめません。それまで都知事選では後出しじゃんけんが勝利の定説とされていた中、舛添氏辞任直後、いの一番に立候補され、「崖の上から飛び降りる決意」と会見で語られていましたが、それまでの定説を見事覆しての圧勝でした。崖の上から飛び降りる思いで、逆に首都東京の都知事に引き上げられるという、まさに異次元融合が現象化したと言えるのではないでしょうか!
 ただし、舛添氏と同じく、小池都知事も、壬‐丁‐壬の妬合を宿命に持つゆえ、丁の持つ正財、すなわち公金や予算をめぐり、すんなりとはいかない憂いがありますので、乗り越えるためには、副知事をはじめ、右腕となる側近の人事は必須ですし、自民党といかに和解し連携できるかにかかっていると感じます。
 幸い運勢的には調候用神、守護神である庚が十年間めぐってますし、天の守護のもと、初の女性都知事として大いに活躍されることを祈願して止みません。

追伸)
 第十期立命塾「実践的四柱推命学講座」9/17(土)開講

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July 30, 2016

〜秩父神社風水考2〜

 一昨日、例年よりかなり遅れましたが梅雨明けとなり、いよいよ酷暑の夏本番ですね。
 7月も今日明日二日間を残すのみとなりましたが、明日の浅草風水鑑定会にて、今月の仕事を〆ます。
 ウメサンの場合、通常土日は講座または鑑定会があるのですが、本日は珍しく一日あいたので、今月二回目のブログ投稿に勤しみました。
 さて今回は、前回投稿した秩父神社風水考の続きとなります。
 前回(7/20)は、秩父神社本殿東面に彫られている「つなぎの龍」までご紹介しましたが、さらに左回りに進むと、北面には「北辰の梟」と書かれた立て看板がありました。
秩父神社北面を守護する北辰の梟

 画像ではわかりづらいと思いますが、赤色の円で囲ったところに梟がいます。この梟は、体は南向きですが、顔だけは北を向いています。北辰とは北極星の別名で、北極星を常に見ているわけです。
秩父神社は江戸時代までは秩父妙見宮と呼ばれ、千葉の人見神社などと並び、関東における妙見信仰のメッカのひとつでした。
日本における妙見信仰と言えば、仏教における北辰妙見菩薩に対する信仰が有名ですが、その信仰の源流を辿ると、中国の道教における星辰信仰に行きつきます。
北天において不動の北辰(北極星)こそ宇宙全体を支配する天帝として崇められた信仰が、仏教と習合して菩薩化され、北辰妙見菩薩への信仰となったようです。
しかし、明治維新の際の神仏分離令によって、神道においては「菩薩」を公然と祀れなくなってしまった為、妙見菩薩と同一と見なされている天之御中主神を祭神とされることとなりました。前回7/20投稿記事にも掲載しましたが、秩父神社の案内板(下画像)には、祭神として北辰妙見の名は見当たらず不思議でしたが、調べてみて合点がいきました。天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)として祭られているのです。
秩父神社掲示板

 ところでなぜ梟なのでしょうか?風水では北坐を守護する瑞獣は「玄武」です・・・。梟と言えば、❝不苦労❞と解釈され、幸運の鳥として尊ばれていますが、洋の東西を問わず「知恵のシンボル」とされた瑞鳥でもあります。
 秩父神社の祭神「八意思金命(やごころおもいかねのみこと)」は、知恵の神として崇敬されており、思慮深い神の使として、社殿北面に施されたと推測されています。
秩父神社 北辰妙見様護符

 上画像は秩父神社で購入した北辰妙見様の護符です。菩薩名ではありませんが、「北辰妙見」と記されています。そしてよくよく拝見しますと、妙見様は亀のような動物の上に乗られています。この動物の顔は蛇のようですので、恐らく「玄武」と思われます。まさに妙見信仰と風水思想が融合した御姿と言えます。
 購入後、早速家屋の北坐にお祀りしました。

 さて、さらに左回りに行くと、本殿西面には猿が彫られており、下画像のような案内板がありました。
秩父神西面に彫られた三猿

お元気三猿の案内板

 徳川家康を祀る日光東照宮の三猿(さんざる)は、陰陽道の庚申信仰に因んだ「見ざる、聞かざる、言わざる」として有名ですが、秩父神社の三猿は日光東照宮の三猿とは全く違った表情をしていて、「よく見て、よく聞いて、よく話そう」といった仕草を表しており、「お元気三猿」として親しまれているそうです。

 さらに左に回ると参拝所のある南面に戻りますが、参拝所を挟んで両側に「虎」が描かれていました。
秩父神社南面を守護する子宝・子育ての虎
 
秩父神社南面を守護する虎

虎と言えば、風水では西を守護する瑞獣「白虎」ですが、秩父神社では正面となる南面に彫られています。特に左側には、親子と思われる二頭の虎が彫られていますが、「子宝・子育ての虎」と書かれた板が貼られていました。なぜ西を守護する「虎」が拝殿正面の南面に彫られているのか、これは疑問でしたが、今回の投稿に当たり調べてみて合点がいきました。
 秩父神社のHPによると、神社の再興を命じた徳川家康は、寅の年、寅の日、寅の刻生まれとされ、それに因んで拝殿の正面には虎の彫刻が施されたそうです。子虎と戯れる親虎の彫刻は、名工・左甚五郎が家康の威厳と祭神を守護する神の使として彫刻したものですが、当時の狩野派の絵画では、虎の群れの中に必ず一匹の豹を描くことが定法とされていたことから、母虎をあえて豹として描かれているそうです。

 埼玉県に移り住んで早18年が経ちましたが、今回初めて秩父神社を訪れることができました。風水を生業として積み重ねてきた知識と経験を持って、ようやく訪れることが許されたのだと実感しました。
 次回は8月になりますが、霊験あらたかな「三峰神社」について投稿します。



tenshin555555 at 23:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)風水学 | 風水探訪

July 20, 2016

〜秩父神社風水考1〜

 昨日朝、 18歳の金魚が他界しました。一昨日から水槽の底部でじっとしていたので心配し、別の器に移して塩浴したのですが、その甲斐もなく、翌朝、妻と二人で最期を看取りました。
我が家における財方である東南方位で、かつ第8運期最旺の八白が進入する玄関の下足箱上にて、出かける時、帰宅時にこっちを見てくれて癒し続けてくれたばかりでなく、生氣を招いてくれました。
 18年間も一緒ですと家族の一員ゆえ、正直寂しいですね。
 昨日は傷心の一日で、ブログ投稿どころではありませんでしたが、満月の今日は、まだ2歳の金魚が6尾いるので、命を引き継いでくれると気持ちも改まってきました。
今月も下旬にさしかかってきましたが、今月最初のブログを投稿したいと思います。
 5月23日〜24日と、風水探訪で秩父を訪れましたが、数回に分けて記事にしたいと思います。
 先ずは秩父神社についてですが、2回に分けて投稿します。
 です。秩父神社と言えば、毎年12月3日に行われる例祭「秩父夜祭」が知られていますが、京都の祇園祭、飛騨高山祭と共に日本三大曳山祭のひとつに数えられています。
 当日は車で訪れましたが、神社の東側にある参集殿(会館)の駐車場に停め、神社の南側に回って、一の鳥居より下境内に入りました。入ってすぐ左側にある手水舎でお浄めしました。その隣には、秩父神社の由緒が書かれた掲示板(下画像)があり、由緒、祭神、現存社殿、例祭が書かれていました。
 
秩父神社掲示板

 この掲示板の由緒説明は簡潔なものでしたが、神社HPに下記のような、より詳細な由緒が書かれていました。
 
 「秩父神社は、平安初期の典籍『先代旧事紀−国造本紀−』によれば、第十代崇神天皇の御代に知知夫国の初代国造に任命された八意思兼命の十世の子孫である知知夫彦命が、祖神をお祀りしたことに始まるとされており、武蔵国成立以前より栄えた知知夫国の総鎮守として現在に至っています。
 元慶2年(878年)には神階正四位下に進み、延長5年(927年)に編算された『延喜式』にも掲載されるなど、関東でも屈指の古社のひとつに数えられています。また、中世以降は関東武士団の源流、平良文を祖とする秩父平氏が奉じる妙見信仰と習合し、長く秩父妙見宮として隆盛を極めましたが、明治の神仏判然令により秩父神社の旧社名に復しました。
 現存するご社殿は、天正20年(1592年)に徳川家康公が寄進されたもので、江戸時代初期の建築様式をよく留めていることなどから、埼玉県の有形文化財に指定されています。・・・」
 
 掲示板に、社殿の「つなぎの龍」「子育ての虎」は、あの歴史的名工である左甚五郎作であるということで、俄然興味が沸いてきました。

 掲示板から50mほどまっすぐの参道を歩いていくと神門があり、神門の先には本殿が見えます。
秩父神社神門

 神門で一礼していよいよ境内へ。
 神門から50m先に本殿があり、お賽銭後、二礼二拍手して黙祷、一礼して参拝させていただきました。
秩父神社本殿


 神社正面にて即、坐向測定。これは一種の職業病ですね。「建物を見るとすぐ測定したくなる病」かな(^^;。
 坐向はほぼ真南向きの「子坐午向」でした。
 参拝後、本殿周りを左回りに巡りました。
 本殿東側(青龍側)には、掲示板に書かれていた左甚五郎作の「つなぎの龍」が彫り物がありました。
秩父神社 つなぎの龍

 つなぎの龍の案内板によれば、
 「・・・その昔、秩父札所十五番少林寺近くにある天ヶ池に住みついた龍があばれた時には、必ずこの彫刻の下に水溜りができていたことから、この彫り物の龍を鎖でつなぎ止めたところ、その後、龍は現れなくなった・・・」
 龍を扱う風水師としては、ちょっとかわいそうに感じましたが、龍には確かに鎖がかけられていました。
 下画像は、秩父神社で購入した「つなぎの龍」の飾り物と説明文。
つなぎの龍 飾り物

つなぎの龍 飾り物 説明文
 
 帰宅後早速、鬼門(東北方位)に飾りました。

 さらに左に回り、本殿裏側(北側)、北と言えば巒頭風水上は、玄武が守護する方位ですが、そこには梟の彫り物がありました。この梟は「北辰の梟」と名付けられ、風水と密接な関係にある「妙見信仰」を見受けることができます。
 この詳細は2回目の投稿で説明させていただきます。なんとか月内には投稿したいと思っています。



 


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June 30, 2016

有村架純さんと能年玲奈さんの明暗を分けた遠因を命理学的に考察

 今月も晦日を迎えました。
 1日の投稿時に、今月は3記事の投稿をと決意していましたが、結局今回の記事を含めて2つの投稿で終えることとなってしまいました。通常業務に命理学本の執筆が重なり、どうしてもブログは後回しになってしまいました。
 ブログを初めてから早いもので11年になりますが、継続は力なりを実感します。拙い内容でも長く読み続けてくださり、楽しみにしてくださっている読者もおられるので、今後もなんとか最低月2投稿をノルマとして、がんばりたいと思います。
 さて今回は、有村架純さんと能年玲奈さん、くしくも同い年のお二人の明暗を分けた遠因を命理学的に考察してみました。
 お二人とも2013年前期のNHK朝ドラ「あまちゃん」に出演しました。人気の若手脚本家であるクドカンこと宮藤官九郎さんが手掛けたドラマということもあって話題となり、高視聴率を獲得したのはご存知の通りです。
 主役のあまちゃんこと天野アキ役が能年さんで、アキの母親春子の若かりし頃を演じたのが有村さんでした。このドラマをきっかけとして、お二人とも、お茶の間の人気者になったのですが、脇役の有村さんよりも、主役の能年さんの今後の活躍が大いに期待されたのは当然のことでした。
 あれから3年たった今、みなさんご存知のように、立場は全く逆転してしまいました。有村さんはCM女王を競うくらいの超売れっ子、2017年前期のNHK朝ドラ「ひよっこ」ヒロインに抜擢と破竹の勢いです。一方の能年さんは全くテレビ画面で見なくなってしまいました。この明暗を分けた遠因は何だったのでしょうか?
 先ずはヒロインだった能年さんから、考察してみましょう。命式は下記のとおりです。

能年玲奈さん(1993年7月13日生まれ)
生年 癸酉辛 偏印 偏官 絶 
生月 己未丁 偏財 食神 養
生日 乙未丁    食神 養
生時 不明
空亡 辰巳
格 食神正格
調候用神 水土
守護神 癸壬
大運 
0歳 〜 8歳4か月 己未 偏財 養
8歳4か月 〜18歳4か月 庚申 正官 胎
18歳4か月 〜28歳4か月 辛酉 偏官 絶
28歳4か月 〜38歳4か月 壬戌 印綬 墓
・・・・・・
歳運
2012年 壬辰 印綬 冠帯
2013年 癸巳 偏印 沐浴
2014年 甲午 劫財 長生
2015年 乙未 比肩 養
2016年 丙申 傷官 胎
 
 命式からわかることは、能年さんは五行の土性が強く、物や人を引き付ける引力本能があり、蔵干「丁」による食神正格ゆえ、表現力、伝達力に長け、女優業に大変適しています。
 「あまちゃん」が放送された2013年、能年さんは19歳〜20歳でしたので、大運は辛酉の偏官運にあります。2013年癸巳年は、生年干支の癸酉と「大半会」の一年でいた。「大半会」は異次元融合の作用を持ち、大発展、大飛躍、拡大の象意があります。一躍お茶の間の人気者となり、能年さん自身、前年までには考えられないほどの大飛躍の年だったでしょう。
 しかしこの年は能年さんにとって、空亡(天中殺)の巳年でもありました。天中殺のときは、地に足が付いていないときで、成功を納めたり一世風靡したとしても、継続性がなく、いわゆる一発屋で終わる傾向があります。宿命と言ってしまえばそれまでなのですが、大半会の年が天中殺と重なってしまっており、大運支の酉と生年支の酉の自刑の象意が強く表れ、所属プロダクションとのトラブル等、試練の期間が続いています。

 一方、有村さんはどうでしょうか。
 有村さんの命式は次のとおりです。

有村架純さん(1993年2月13日生まれ)
生年 癸酉辛 偏印 偏官 絶 
生月 甲寅丙 劫財 傷官 帝旺
生日 乙丑癸    偏印 衰
生時 不明
空亡 戌亥
格 傷官正格
調候用神 水火(土は吉神」)
守護神 丙丁
大運 
0歳 〜 6歳8か月 甲寅 劫財 帝旺
6歳8か月 〜16歳8か月 乙卯 比肩 建禄
16歳8か月 〜26歳8か月 丙辰 傷官 冠帯
26歳8か月 〜36歳8か月 丁巳 食神 沐浴
・・・・・・
歳運
2012年 壬辰 印綬 冠帯
2013年 癸巳 偏印 沐浴
2014年 甲午 劫財 長生
2015年 乙未 比肩 養
2016年 丙申 傷官 胎
・・・・・・

 昨年の主演映画「ビリギャル」の大ヒット、auのCMのかぐや姫役でもおなじみ、そして来春のNHK朝ドラ「ひよっこ」のヒロインにも指名され、飛ぶ鳥を落とす勢いの、今や最も旬の若手女優ですね。
 有村さんは五行の木性が強く、守備本能を持ち、慈愛に満ち面倒見がよい特性があります。また、傷官正格ですが、有用な木火傷官であり、かつ生年蔵干と暗合しているゆえ、傷官の悪さは鳴りを潜め、傷官の良い面が出やすく、技芸面での表現力が発揮されます。
 「あまちゃん」のお母さん、春子の若かりし頃を演じた2013年癸巳年は、能年さんと同じく生年干支と大半会しています。さらに年支と生年支と生日支が巳‐酉‐丑の三合金局を形成しています。三合会局も異次元融合の作用を持ち、有村さんにとってこの年は、大半会と三合会局が重なった「超異次元融合」の一年でした。
 大運は丙辰運ですが、生年支と年支が酉‐辰の支合となっており、守護神かつ調候用神の丙に守られて、目標が明確化し、その達成に向けて順調な十年運ですが、まさにそのとおりの道を歩まれています。
 26歳以降の十年も丁巳運で、守護神丁が巡り、かつ三合金局となる十年運ゆえ、大女優の道を歩まれるでしょう。

 くしくも同い年で、同じドラマに出演し、大人気となったお二人ですが、同じ大半会の運気にありながら、能年さんは放送年が天中殺の年、有村さんは三合会局の年、大運をみると能年さんは自刑、有村さんは支合の十年、この宿命的な巡り合わせが、おふたりの明暗を大きく分かつ遠因と言えます。
 能年さんは、ようやく所属プロダクションとの契約が解除でき、独立して新たな出発の年となりましたが、宿命的にはまだまだ酉酉の自刑の試練の時が続きそうです。
 とは言え宿命だけで人生が決まるわけではありません。宿命を受け入れ、逆に利用して、運命を創開することが人生の醍醐味だとウメサンは確信しています。
 ケロケロウメサンとしては、不思議な魅力のある能年さんに情がいくので,風水師としてアドバイスしたいと思います。自刑の運気を好転させる化殺法としては、支合となる地支に相当する十二生肖のアイテムを身に着けることをウメサンはご提案しています。酉の支合は辰ゆえ、龍となります。
 ぜひ龍のペンダント等を身に着け、「不思議ちゃん」の本領を発揮して、試練をひょうひょうと受け流し、またお茶の間を楽しませてほしいと祈るものです。ウメサンの声が届くといいなあ。

★お知らせ★
宿命を知って受け入れ、そして利用する!
それが人生の醍醐味です!!
本年9月より4か月間の集中講座「第10期立命塾実践的四柱推命学講座」にて、その奥義を公開します。



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June 01, 2016

さすが風水発祥の中国、恐るべし!北京への門として地理風水的に建築されたホテル「セントレジス天津」!!

 今日から六月、入梅も近いですね。梅雨と言えば「うっとおしい」と形容されるように、あまり歓迎されない時節ですが、ここ桶川では、田植えで水が張られた田んぼから、夜な夜ななされるカエルの大合唱が耳に心地よく響き、癒されているケロケロウメサンです。
 さて、先月平日は国内外の出張風水鑑定や氣場改良工事、土日は講座と鑑定会で、なかなかデスクワークに時間を割くことができず、結局ひとつしか記事を投稿できませんでした。今月はその分も補い、なんとか三つは記事を投稿したいと思っています。そのためにも始めが肝心!月初めの今日、早速の投稿記事作成に勤しみました。
 今月最初の投稿記事は、先月、新築設計アドバイスをさせていただいている家宅の玄関向きを定めるため、中国の天津市※1に出張した折、宿泊したホテル「セントレジス天津」についての風水学的考察です。
 風水発祥の地である中国本土より、風水鑑定のご依頼をいただくのは、風水師冥利に尽きる光栄ですが、発展著しい天津市内の高級ニュータウン(下画像)における新築中の建物の玄関向きを定めるべく、5/17〜18と一泊二日の弾丸出張を行いました。天津には三年連続三度目の出張となります。雅号が天心だから天津に縁があるのかな(^^)
天津市内にある高級ニュータウン

 当日は、出発の成田空港は雨でしたが、天津は32度の真夏日でとても暑かったです。施主はドクターですが、奥様が天津濱海国際空港まで車で迎えに来てくださり、直接現地に行きました。
 1時間ほどで現地に着くと、すでに施主の院長先生はおられました。建物は軽量鉄骨造りの三階建てで、すでに屋根外壁も張られ、内部の内装が始まっていました。建物自体の向きは壬坐丙向となりますが、子坐午向にすべく、院長先生立ち会いのもと、羅盤にて測定しながら玄関向きを振る角度を定め、墨だしをし、その後は、裏口と各部屋の出入り口の位置と向き、ベッドや机の位置と向きなどをアドバイスしました。
 風水アドバイス後は、施主が予約くださった五つ星ホテル「セントレジス天津」に送っていただき、一端チェックインしてから、海鮮レストランにて、夕食をごちそうになりました。夕食には、天津市内にある海南大学で経営学の教鞭をとられている教授も同席くださいました。アルコール度数45度という白酒(バイチュウ)で何度も乾杯しつつ、美味しい魚や貝、えび、タコなどをいただきました。天津というと天津飯や天津甘栗を思い浮かべる方が多いと思いますが、天津は海に近いため、海の幸も大変美味しいです。ちなみに天津飯は天津のみならず、中国のどこにもありません。天津飯は、芙蓉蟹、芙蓉蛋をご飯にのせて、とろみのあるタレをかけたもので、日本では定番の中華料理ですが、昔、天津出身の中華料理人が日本に渡り、中華料理店を営んだとき、芙蓉蟹、芙蓉蛋をご飯にのせて、とろみのあるタレをかけ、それを天津飯(丼)と名付けたのが謂われだと、施主が教えてくれました。とは言え、天津飯、美味しいですよね(^^)
 二時間ほどの楽しい会食のあとは、ホテルのバーラウンジにて、美味しいワインをいただきつつ、二次会をしました。そのときの会話の中で、海南大学の教授から、「風水先生からみて、このホテルは風水的にはどう思われますか?」と尋ねられました。
 「セントレジス天津」は下画像のように、メインエントランスのある正面から見ると、中央部が大きく空洞になっている構造をしており、これだけ見ると吉相ではありません。しかし、大きな河川が歪曲して流れている外側に面する反弓水になっており、この煞水から生じる煞氣を抜く構造になっており、巒頭風水の理にはかなっていますね。」と、高級なワインを口にしながら、上機嫌でお答えしました。
セントレジス天津

 すると教授は、笑みを浮かべながら次のように説明されました。
「なるほど!このホテルの形状だけ見ると良くないが、海河(ホテルの近くを流れている河川名※2)の流れに則しているんですね。実はこのホテルは門の形をしているんですよ、天津から海河に沿って100km先には中国の首都北京があり、黄海に面した港湾都市である天津は、首都北京から見て門の位置に相当しているので、このような形状に建設されたのです。」
 この話を聞いているときは、その全体像がよくわかってなかっただけでなく、夕食時にいただいた白酒に、バーで飲んでいるワインにより、かなり酔いが回っていたこともあり、「ああ、そうなんですね。」と、そう感嘆するほどではなく、教授の説明に相槌を打った程度の対応で終わりました。
 しかし、翌日帰路で経由したソウル仁川国際空港で2時間ほど乗り継ぎ時間があったので、iphoneにて画像検索してみてびっくり!
 滞在中は近くからしかこのホテルを見てなかったのでわからなかったのですが、離れて遠方から正面を見ると、左右の建物と合わせて門の形状になっていることがわかります。(下画像)
津門「セントレジス天津」

 下画像のGoogle mapを見てわかるとおり、天津市と北京市は隣接しており、天津市内を流れる海河を辿った西北わずか約100km先に、首都北京があるのがわかります。首都北京市と隣接し、黄海に面する港湾都市である天津市は、まさに北京の入り口、門に位置し、中国では“津門”と称され、観光の名所となっているホテル「セントレジス天津」が、デザイン建築されているのです!まさに地理風水的な都市計画に基づく都市建設です。
北京市に隣接する天津市

 ただし、このホテルの坐向線は丑‐未で、天津から見て西北にある北京を向いていません。できれば下画像の理想の位置(Google mapに加筆)のように、首都北京を臨む向きであれば、地理風水上ベストだったかと、風水師の端くれとしては感じました。
セントレジス天津位置図

 ともあれ、1990年代、ウメサンがまだ旅行会社の社員だった頃、添乗員として何度か中国に行きましたが、当時は北京市内はじめどこも、幅の広い道路を、車よりはるかに多い自転車が走っていましたが、今日ではほとんど自転車を見ることはなく、五車線道路を埋め尽くす自動車の交通量に先ず驚かされました。そしてベンツなどの高級車を当たり前のように目にするほどの変わりようです。
 わずか20年弱でのこの発展ぶり、この国力の背景には、こうした地理風水術も含まれているとしたら、やはり中国恐るべし!です。


※1天津市
 天津は華北平原海河の五大支流の合流する所に位置し、東に渤海を、北に燕山を臨む。市内を流れる海河は天津の母親河とも呼ばれる。
 環渤海湾地域の経済的中心地で、人口は東京都にせまる1228万人、中国北方最大の対外開放港である。首都北京市とは高速道路、高速直通列車、京津城際線によって、0.5〜2時間以内で結ばれている。元々は海河の河港であったが、河口の塘沽に大規模な港湾やコンテナターミナル、工業地帯が形成されている。経済成長率の高さはここ数年に渡り、全国トップである。2017年の第13期の全国体育大会の開催が決まっており、夏季ダボスフォーラム常駐開催都市でもある。(wikipediaより転載、一部加筆修正) 

※2海河
 海河(華北最大級の河川で、天津市域で5つの河川が合流し海に注ぐ)両岸のライトアップされた夜景は絶え間ないレベルアップ、改造を経て、ますます国際的風格を備えるようになっており、海河の夜景はすでに天津を代表する美しい景観となっており、ナイトクルージングが国内外の観光客の人気を博している。
 海河沿岸のレベルアップと改造では細部にこだわり、ファッション性に優れ、気品を求め、より新しく、珍しく、独特なデザインがここを美しく多彩な河としている。
 夜に海河に船を浮かべると、両岸の「万国建築博覧会」のごとき各種西洋風デザインの建築が人々の目を引く。レベルアップ後の海河両岸建築に海河文化を継承させるため、デザイン・スタッフは大量の資料を研究し、また十分に国内外先進地区の河川ライン景観レベルアップの経験を参考にして、海河沿線建築群のハイライトを形作ったのだ。
 津湾広場を中心とする商業地区と天津駅大型公共建築が呼応し、国内外の観光客が天津駅を出ればすぐに天津市の濃厚な現代的息吹を感じ取ることができる。古文化街と対岸の新文化センターが呼応し、天津の多元文化の影響下での思想的熱気と理念の革新を表している。遠洋ビル、天津電力ビル、天津凱徳大酒店(カインドホテル)、“津門”(ザ・セントレジスホテル天津が入る“門”の形をした建物)、“津塔”(天津タワー)など中国式現代建築と、大陸銀行ビル、帝豪ホテル、銀監局(銀行業監督管理局)、金融タウン2号地などヨーロッパ式復古建築が呼応し、天津「万国建築博覧会」の外観と新たな時代の常に発展を求める能力と決意を示している。
 夜のとばりが下りると、市の中心地区の海河沿線には色とりどりの光があふれ、美しく照り輝き、天津という歴史文化都市独特のあでやかな姿が美しく海河の夜景の中に溶け合う。(人民中国インターネット版より一部加筆修正して転載)





tenshin555555 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)風水学 | 風水工法

May 09, 2016

〜霊(soul,spirit)と易学〜

 前回、広島出張の際憑いた霊を、親交の深い気功師に除霊していただいたことを記事にさせていただきましたが、その後、東日本大震災以来の大地震が熊本県にて発生し、今もなお余震が続いています。今回の地震で、亡くなられた方、行方不明の方は、合わせて50人にのぼっています。被災後、せまい車内で避難生活をされる中、エコノミー症候群で亡くなられた方など、関連死と思われる方も20名近くもおられ、今もなお2万人近い方々が、体育館などで避難生活を強いられているということです。
 GWに入ってからは、高速道路の玉突き事故や、センターラインを越えての衝突事故が、連鎖的に数多く発生し、たくさんの方が亡くなられました。
 このGWは、29日の新築風水鑑定以外、珍しく出張や講座もなかったので、自宅にてデスクワークや畑仕事、家の修繕等、ふだんできないことに従事できた期間でしたが、そんな暗いニュースを耳にしながら、しみじみと生きている、いや生かされていることのありがたみを感じつつ、今年還暦を迎える身、あと20年生きられるとしても人生の3/4を終えた身であることを自覚させられました。前回初めてブログで霊について記事にしたこともあり、「生」と「死」について、考えさせられたGW期間でした。
 人は死んで肉体は滅んでも、霊魂は不滅であると、ウメサンは思っています。中国風水と関わりの深い道教では、霊魂のことを魂魄(こんぱく)と言い、魂と魄(はく)という二つの異なる存在があると考えられてきました。魂は精神を支える氣、魄は肉身を支える氣を指し、合わせて魂魄(こんぱく)と言うのです。魂と魄は易の思想と結びつき、魂は陽に属して天に帰し、魄は陰に属して地に帰すと考えられてきました。
 天地否 気の動き右は、六十四ある卦のひとつ「天地否」です。上卦が八卦のうちのひとつ、オール陽爻の「乾」で、下卦が八卦のうちのひとつ、オール陰爻の「坤」で形成されています。乾は天、坤は地を表しますが、陽の氣は上昇し、陰の氣は下降するため、互いに背く形象ゆえ、「天地否」と称され、易占(周易)にてこの卦が立てられた場合、大概は占的(占った目的)は果たされず、凶象とされています。


 地天泰 気の動き一方、天地否の下にあるのは、やはり六十四卦のひとつである「地天泰」です。上卦が八卦のうちのひとつ、オール陰爻の「坤」で、下卦が八卦のうちのひとつ、オール陽爻の「乾」で形成されています。地が上で天が下となっていて、一見自然に反しているようですが、上にある陰の氣は下降し、下にある陽の氣は上昇するため、陰陽の氣が交合し、生命や物事が新生、創始され、順調となり泰平ゆえ、「地天泰」と称され、易占(周易)にてこの卦が立てられた場合は、大概占的(占った目的)は成就する吉象とされています。

 天地否と魂魄しかし、卦の象形や易の数理から天地自然の法則を読み解こうとする「象数易」の観点からすると、「天地否」こそ、天人地三才の氣を表している卦象であると教えています。易は下から上へ初爻、二爻・・・五爻、上爻と数えていきますが、初爻と二爻は「地」、三爻と四爻は「人」、五爻と上爻は「天」を表し、ここに天人地三才の氣が揃う形象なのです。
 八卦でいえば、上卦「乾」は「天」、下卦「坤」は「地」を表していましたが、上昇する陽の氣、下降する陰の氣と相交わることのない形象に、人が加わることにより、天−人−地と、天と地を結ぶのが人で、ここに天人地三才の氣が揃う形象でもあるのです。
 そして人にあたるふたつの爻は、下卦に属す三爻が「魄」、上卦に属す四爻が「魂」を表し、死後、「魄」は地に帰し、「魂」は天に帰すことをも顕わし、この「魂」こそ、一般的に言われる「霊(魂)」を指すと言えるでしょう。
 義理易と言われる周易では凶象とされる「天地否」ですが、象数易の観点で見れば、天地を結ぶ人の存在意義の大きさを感じざるを得ません。
 陰陽という、一見、二進法でしかない記号を六つを組み合わせたのが六十四卦ですが、易は実に深いことを感じざるを得ませんね。

 簡潔ではありますが、熊本大震災やGW期間の交通事故で亡くなられた方々の鎮魂を祈りつつ、ブログ記事として投稿させていただきました。
                                                        合掌

tenshin555555 at 00:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)易学講座 

April 11, 2016

〜霊(soul、spirit)と風水〜

 天地の氣を主に扱う風水師として、基本的には敢えて深く関わりを持ってこなかった「霊(soul、spirit)」について、今回はとりあげます。
 本日は二年前からお世話になっている近所の気功治療院にて、施術を受ける予約をしていましたが、朝起きてから鼻水が止まらず、「あれっ?風邪ひいたかな?予約変更してもらおうかな。」と思うほどでした。
 しかし予約変更となると医院にご迷惑だし、予約がかなり先になってしまうので、意を決して行くこととしました。
 朝一番の予約でしたが、診療室に通され先生と逢うや否や、「今日はあおむけに寝てください。」と言われるのです。通常は自分の場合、最初は診療台にうつ伏せに寝るのですが、「あ、また憑いているんだな。」と観念しました。実は以前にもこうしたことがあったので、すぐに理解しました。何が憑いていたのかというと、キツネではありません。その正体は「霊」です。
 霊が憑いている場合は、通常の気功治療ができないため、この日は除霊を先ずしていただきました。40分くらいの時間をかけて行っていただき、無事に除霊していただいたのですが、「今日は来られたときから、憑いているのがわかりました。今回はかなり強烈でしたよ。先週の6日くらいに何かありましたか?」と聞かれました。6日と言えば広島に風水鑑定で出張した日で、そう言えば鑑定物件のマンションバルコニーの窓から、大きな救急病院が見えていたので、八卦鏡や黒水晶などの化煞をお勧めしたことを思い出し、ぞ〜っ!としました。
 決して病院自体が凶というわけではないので誤解されないでいただきたいのですが、風水の教えでは、どうしても亡くなる方の多く出る救急病院の“近隣”という「場」は、陰の氣が強すぎ、住居地としては避けるべし!とされています。陰の氣が強すぎる地の代表は墓地ですが、墓地の近隣も同じです。
 救急病院にしろ、墓地にしろ、亡くなられた方の中には、この世に強い未練を持って亡くなられ、いわゆる浮遊霊、地縛霊となられている場合も多いいようです。
 気功の先生が言われるには、「御仕事柄、救いを求めた霊に憑かれやすいんですね。そうした霊に憑かれると身体の免疫力も下がり、風邪をひいたり、いろいろな病気になりやすい。」とのことでしたが、不思議と治療後は、あれほど間をおかずにティッシュで鼻をかんでいたのが嘘のように、ぴたっと鼻水が止まりました。身体もとても楽になり、視界も明るくなりました。こうした経験をすると、目には見えない「霊」の存在を認めざるを得ません。
 6日の出張地である広島は、説明するまでもなく、原爆投下により、多くの方が無念の死を遂げた地です。日本各地を風水鑑定で出張しているウメサンですが、取り分け広島は縁が深く、年に何度も行かせていただいております。
 今回のことを通して反省したことがふたつありました。
 ひとつは、出張依頼をいただいた地というのは、必ず先祖や過去世において縁があったからで、その地に対する畏敬の念が不足していたことです。巒頭という屋外の目に見える地理地勢、形煞に対する吉凶判断、そして羅盤を駆使した、理氣という時間と空間(特に方位)により変化する氣の吉凶判断にばかり捉われ、化煞法や化解法という対策的な風水術を施すことのみに専念していたことに気づかされました。
 広島 爆心地空中写真6日に訪れた広島は、原爆が投下されて多くの方が犠牲になられたことは当然知っていたわけですが、今回の鑑定物件が、爆心地(右画像は爆心地を示した投下直後の空中写真、wikipediaより転載)にかなり近く、また被爆された方々の治療を主に行ってきた病院の近くであるということは知りませんでした。ただ単に、近隣に病院が見える場合の化煞法の常套手段を提案することに満足していた自分を大いに反省した次第です。
 くしくも広島ではG7外相会合が行われ、本日、初めて米国の国務長官が広島を訪れ献花するという歴史的なニュースをネットで知りましたが、風水師の前に人として、病院で治療されながらも亡くなられていった多くの方々に対し、ご冥福を祈り、礼を尽くす心が足りなかったことを悔い改めさせられました。

 もうひとつは、敢えて避けてきた「霊」に対しても、向き合っていかねばならないときがきたということです。
 中国風水と関わりの深い道教では霊のことを「魂魄(こんぱく)」と言いますが、説明が長くなるので、回を改めて投稿したいと思います。



tenshin555555 at 16:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑記(風水) 

March 31, 2016

〜ショーン・K氏の学歴詐称問題を命理学的に考察〜

 今月は、7日に催行した雨中における氣場改良工事で、先月から引きずっていた風邪をこじらせてしまい、先週まで療養しながらの仕事の日々で、気力も萎え、心身共にさえない日々が続いていましたが、ようやくほぼ完治し、気力も高まりつつあります。
 さて、今月も残り3日間(書き始めたのが29日でしたm(__)m)となってしまいましたが、ようやく今月二回目の投稿です。今回は、またまた週刊文春の記事により、朝から晩まで、全てのテレビ局のワイドショーで話題となってしまった、ショーンK氏の学歴詐称問題を、命理学的に考察させていただきます。
 今回の詐称問題による活動自粛は、正直とても残念でした。ショーン・K氏を良く知らない方もいると思いますが、CMの「Intel、入ってる!」のナレーターの声の主と言えば、あ〜あ、あの声の人!と合点がいくのではないでしょうか。
 古舘一郎キャスターの報道ステーションにコメンテーターとして昨年から出ていましたが、その的確で説得力のある落ち着いた語り口に魅せられたウメサンでした。左寄りのテレビ局の番組ゆえ仕方ないのですが、他のコメンテーターはみんなかなり左寄りでいつも辟易して他のチャンネルに変えてしまうウメサンですが、ショーンさんのときだけはチャンネルを変えずに見ていました。

ショーン・K氏はWikipediaによると1968年3月21日生まれで、命式は下記のとおりです。(学歴を詐称しているため、この生年月日も少し?ですが・・・)

生年 戊申庚 偏印 比肩 建禄
生月 乙卯乙 正財 正財 胎
生日 庚寅甲     偏財 絶
生時 不明
空亡(天中殺) 午未
格  正財破格
調候用神 金、土

大運
25歳〜35歳 戊午 偏印 沐浴 大運天中殺
35歳〜45歳 己未 印綬 冠帯 大運天中殺
45歳〜55歳 庚申 比肩 建禄 妬合 納音

歳運(2013年45歳誕生日から大運天中殺明けの十年運)
2014年 甲午 偏財 沐浴 天中殺
2015年 乙未 正財 冠帯 天中殺
2016年 丙申 偏官 建禄 天戦地冲

 ショーン氏は命式上、財星を3つ持つ財星過多ですが、生月干「乙」は生日干「庚」と干合して去り、生年支蔵干「庚」と生月支蔵干「乙」は暗合するため、月支元命「正財」は比肩の剋を免れる代わり、暗合により元命「正財」は破格となり、日支蔵干通変星「偏財」がクローズアップされる命式です。そうした意味では、経営コンサルタントというビジネスは、天性であると言えるでしょう。
 しかしこの偏財も、その器に相当する生日支「寅」が、生年支「申」より冲されているため、申が巡る大運や歳運は要注意となります。
 大運を見ると、25歳からの20年間、人生の宿命的な枠組みというものが取り除かれる大運天中殺期間となっていました。ショーン氏が32歳の2000年より今年降板するまでの足掛け16年間、ラジオ局のJ-WAVEにて、「MAKE IT 21」という番組のナビゲーターを務めていましたが、16年も続くと言うことは、それだけ人気があったのだと思われます。また、38歳の2006年から執筆活動も行い、『成功前夜 21の起業ストーリー』『MBA講義生中継 経営戦略』 『自分力を鍛える』などが出版されています。
 ショーン氏にとってはまさにこの頃が花形で、“作られた人物像”が受け入れられ、それなりに成功を納めた期間だったと言えます。
 しかし45歳の2013年誕生日以降、大運天冲殺期間の終了とともに、取り除かれていた人生の宿命的枠組みが再び築かれ、今までの虚像での生き方では許されない期間に入ったのです。それでも2014年、2015年と午年未年の空亡(天中殺)期間だったので、虚像での生き方でもなんとか通用してきたと思われますが、空亡(天中殺)が過ぎた2016年2/4以降、今までの虚像のままでは許されない運勢に入ってしまいました。
 取り分け45歳からの十年間は庚申運で、さらに2016年は丙申運と、前述した要注意の申運がダブってしまいました。
 さらに追い打ちをかけたのは、
45歳からの大運干支「庚申」と生日干支「庚寅」とは納音(物事が今までのようにうまくいかず、衝突する運気)かつ、生月干「乙」をめぐる生日干「庚」と大運干「庚」が妬合(妬みを買いやすい運気)
2016年丙申年は、生日干支「庚寅」と天戦地冲
という、大試練の運気に入っったことがあげられます。
 ここ2,3年、すなわち大運天中殺が明けた後から、テレビでの露出が増えたショーン氏でしたが、声だけのラジオの出演でおさえていれば、ここまで天国から地獄に落とされるようなことはなかったかもしれません・・・。
 確かに偽りの学歴、経歴で活動してきたことへの天罰ではありますが、親なる愛の神様が与えた大きな試練ではないでしょうか。かなり大きな試練ではありますが、親は超えられない試練は与えないものです。ショーン氏は、実際にはMBAを取得はしていませんでしたが、今まで積み上げてきた経営の知識はかなりのものと思いますし、今からでもぜひMBA取得を目指し、数年後にMBA取得者として堂々と再登場してほしいと願うのは、ウメサンだけではないと思います。
  

tenshin555555 at 23:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)四柱推命学・算命学 

March 23, 2016

〜2016年は数理的に大吉運の年!!〜

(一社)国際・風水協会の塚田理事長から教えていただいた面白い情報をご紹介します。

2016年は ものすごく縁起の良い 年なんです。知ってましたか❓

数字の【6】は 易学において大成卦(64卦)を構成する陰陽の爻数を表し、縁起の良い数字。
666+666+666+6+6+6=2016

【8】は末廣がりであるとともに【發】の発音と同じことから物事が発生する意味があります。
888+888+88+88+8+8+8+8+8+8+8+8=2016

【9】は陰陽で言う【陽の数字の最高数】として吉数の最高峰です。
999+999+9+9=2016

そして… 168という数は、玄空飛星派風水で吉数とされる“いろは”1(一白)6(六白)8(八白)ということは御存知の方が多いと思いますが、【一路發】の発音と近いことから【発展に向け一直線に進む】という縁起の良い数字として人気です。
168+168+168+168+168+168+168+168+168+168+168+168=2016… なんと12個の168の総数となっています。

う〜ん、この数理性、とても神秘的で玄空的ですねえ(^^)v

桜花爛漫の候、
新入社、新期、新入学、新学年の始まる時節、このラッキーな数理性を意識して、ラッキーなスタートを切りましょう!!

tenshin555555 at 17:17|PermalinkComments(1)TrackBack(0)開運法 | 雑記