December 22, 2015

〜高岡山瑞龍寺風水考〜

今年も残り10日となりましたね。
ウメサンは19日、五十代最後のバースデーを迎えましたが、恒例行事となっている浅草公会堂大会議室における「2016年強運をつかむ風水セミナー」にて、登壇させていただきました。12時開始の回、15時開始の回の2回行いましたが、合わせて80名以上の受講をいただき大盛況でした。個人としてもとても良い誕生日となりました。
この場を借りまして、セミナーのセッティングをして下さった(一社)国際・風水協会スタッフのみなさま、そして受講くださったみなさまに御礼申し上げますm(__)m
2015.12.19 強運をつかむ風水セミナー

さて、年の瀬も押し迫っての今月最初のブログ投稿となってしまいましたが、先月北陸風水探訪の旅で訪れた「高岡山瑞龍寺」について、風水学的に考察したいと思います。
瑞龍寺は、富山県で唯一の国宝に指定(伽藍のうち、仏殿、法堂、山門の3棟が近世禅宗様建築の代表作として、1997年に指定)されています。富山県には今まで数度出張鑑定で訪れてきましたが、なかなか機会がなく、今回初めて訪れました。
正式名称は曹洞宗高岡山瑞龍寺、加賀二代藩主前田利長公の菩提をとむらうため三代藩主利常公によって建立されたお寺です。.約21万屬箸い広大な敷地に建立された壮大な伽藍は、豪壮かつ雅らかな美しさを醸し出しており、圧倒されました!江戸時代初期、さすが加賀藩百二十万石の財力を如実に物語る名刹です。

瑞龍寺の建築構造は、鎌倉時代に伝来した中国古来の寺院の伽藍様式で、総門、山門、仏殿、法堂を東西一直線に配列し、南北左右に禅堂と大庫裏を置き、仏殿を太極(中心)として東西南北四方を回廊で結ぶなど、厳粛かつ整然とした伽藍構成となっています。
巒頭風水学的には人体に呼応しており、
瑞龍寺伽藍復元図頭;方丈
胴体;
法堂、仏殿
腰部;
山門
両手;
禅堂、大庫裏
両足;
西浄、浴室

に相当しています。取り分け、方丈−法堂−仏殿−山門は、三丹田(上丹田−中丹田−下丹田)、ヨーガで言えばチャクラを結ぶラインとなっています。
瑞龍寺の門は総門と山門の二重構造となっていますが、人体の三丹田、チャクラを結ぶラインにある豪壮な総門と重厚感のある山門を通ることにより、心が浄められていく感があります。
下画像は総門、その向こうに山門が見えています。
高岡山瑞龍寺総門

総門を通って中に入ったときには感じなかったのですが、山門を通って中に入ると、空気感が異なっており、心が洗われるようでした。人体で言えば総門と山門の間は、まだ体外で、西浄(せいじょう、せいちんとも言う、トイレのこと)、浴室が左右に設けられています。山門を中心として西浄と浴室を結ぶ回廊は、人体の両足に相当しています。足のとくに膝下部分は、体内の毒素がたまりやすく、足もみや足裏のツボ押しやマッサージをしてから多量の水分を採ることにより、たまった毒素を流し去ることができますが、排泄物や身体の汚れを流す西浄と浴室が、人体の両足に相当するように設けられているわけです。

山門から中に入ると、まっすぐ正面には仏殿が建立されており、殿内には御本尊の釈迦如来を中心として、両側に普賢菩薩、文殊菩薩の釈迦三尊像(下画像)が鎮座し、達磨座像、跋駄羅尊者像も安置されていました。
高岡山瑞龍寺仏殿の釈迦如来像


山門両側は回廊に通じていました。左側(南方)をまっすぐ行くと突き当り、西浄の近くには、「烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)」像が安置されていました。
高岡山瑞龍寺の烏枢沙摩明王

烏枢沙摩明王の功徳として有名なのは、便所の清めです。便所は古くから悪魔や怨霊の出入り口とされ、「火生三昧(かしょうざんまい)」と呼ばれる炎の世界に住み、炎の功徳によって、便所を清浄な場にして下さるという信仰に繫がったようです。植村花菜さんが作詞作曲し歌った“トイレの神様”以降、「トイレの神様」として一層、敬われているようです。

回廊をさらに進むと禅堂、さらに進むと畳敷きの法堂があります。法堂の中央には、加賀藩二代藩主である前田利長の位牌が安置されていました。
法堂を過ぎてさらに回廊を進むと、土蔵造りの大茶堂があり、賓頭盧尊者(ビンドラバラダージャ)像が安置されていました。賓頭盧尊者は釈迦の弟子の一人ですが、日本では「おびんづるさま」と称され、除病の功徳があることから、病の箇所をなでる「撫で仏」として、ここ瑞龍寺だけではなく日本各地に安置されているようです。

西北隅にある大茶堂をさらに東に回廊を進むと、延命地蔵菩薩像が安置されていました。そのすぐ先には大庫裏があり、僧坊を守護する韋駄天尊像が安置されていました。韋駄天は厨房の神様としても有名ですが、庫裏には台所も設けられており、何十合もご飯が炊けそうな大きな釡がありました。

さらに回廊を進むと東北のコーナーを右折して、山門に戻ります。

最後に理氣風水学的に考察します。
瑞龍寺は西を背にし東に向く、「兌宅」ですが、二十四山では「辛坐乙向」、玄空大卦では坐卦を「澤山咸」としています。伽藍の中心である仏殿は1659年(万治2年)に建立されていますが、三元九運では下元第八運で、令星である八白が坐方となる兌宮の坐星と向星に並ぶ、所謂「双星会坐」です。
瑞龍寺が国宝指定されたのは1997年、三元九運では第七運ですが、両元八運では第八運に入ってすぐ、まさに当令時における国宝指定でした。
そして今年、北陸新幹線開通により、加賀藩の領地であった富山県、石川県に空前の観光ブームが訪れていますが、加賀藩藩主であった前田家の菩提寺である瑞龍寺の風水パワーが、少なからず影響力を与えていることは間違いありません。
なお坐卦の澤山咸の卦運は九運ゆえ、九運になってもその繁栄は衰えないでしょう。

今回の北陸の旅を通じ、江戸時代初期、百二十万石を誇った加賀藩藩主の前田家の威光は、現代になっても北陸地方にて衰えることはなく、その要因として、菩提寺を大事にしてきたことが大きいことを痛切に感じさせていただきました。









tenshin555555 at 16:56│Comments(0)TrackBack(0)風水探訪 

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