「エアマンシップ―消えたファイター・パイロットたち」(田中石城・かや書房・平成八年)【テストパイロット】<アメリカ生活>では次のように記されている(要旨抜粋)。

 

岐阜に転勤してみると、小松の飛行群司令が言ったアメリカ行きの話は本当らしかった。防衛大ヨット部時代からの三年先輩、H二佐と、一年先輩のY二佐、それに二美男(このとき二美男は三佐になっていた)の三名が、その要員として指名された。(中略)

 

機種転換訓練の飛行時間は、一人当たり一〇・九時間と契約されていた。通常の機種転換課程は二十時間だが、予算の関係でかなわなかった。

 

契約に当たって、人数を減らすか、飛行時間を減らすかと迫られたそうだが、「最初に行く三人はテストパイロットだし、まぁ、いいや!」よ、通常の半分程度の飛行時間でOKしたという。

 

学科がある程度進捗し、フライトシミュレーター訓練も所定の回数をこなすと、飛行訓練が始まった。飛行隊のオペレーションで編組を確認し、フライトプランにサインする。

 

F-15には複座型がある。だから最初は教官が後席に同乗した。普通、どんな飛行機でも失速訓練というのをやる。着陸時は失速に近い速度まで減らすのだし、そこで失速すると地面が近いだけに危険も高い。

 

ところが、F-15は失速訓練などやらずに、いきなり機種を垂直に立て、速度が0になると尾部の方から後戻りする「テールスライド」をやった。

 

F-15は、第一線に配備され始めたころ、エンジンの信頼性が欠けると噂されたが、その疑念を吹き飛ばすかのように、果敢にテールスライドをやった。

 

もちろん、エンジンの作動はまったく異常がなかった。とてつもなく大きな推力をもつエンジンなので、失速しそうになっても、スロットルをフルに進めるだけで失速の危険を回避できるのだった。

 

三回くらい同乗飛行をやると、ソロに出た。ソロに出る飛行訓練の前に、「何か、濡れて困るものは持っていないか」と尋ねられた。

 

別に札束を持っているわけでもなし、「何もない」と言うと、「それなら訓練に行こう」ということになった。

 

担当教官がチェイス(追従)について、無事に訓練を終了した。エプロンに帰ると、パイロットがたくさん出迎えてくれている。

 

「みな、俺のソロを祝福してくれるんだ」と、ありがたく感謝した。飛行機を降りて、歓迎してくれたのは水だった。

 

ステップを降りている最中に、機体の陰に隠れていた主任教官から、バケツ一杯の水を胸から下に浴びた。

 

念の入ったものは、手押しの消火器を持って追い回した。さぞ暑かったろうと、首筋に氷のかけらを押し込んでくれる者もいた。

 

「おめでとう」と二美男の担当教官が近寄り、握手すると、緑色の地に小さい白い星をちりばめた飛行機のマフラーをくれた。(以下略)

 

(「エアマンシップ」は今回で終わりです。次回から「前進よーい、前へ」が始まります)。