新・寺子屋日記

~リニューアルしました~

自らの「軸足」とはどこにあるのか?

ただ今、帰宅した。

さまざまな出来事が起こり、その対応に追われ続ける日々を
送っている。

そんな現在の自分自身への戒めとして、以下の詩を記してお
きたい。


        誰のお気に入りにもなるな

                           アリス・ウォーカー

  誰のお気に入りにもなるな
  のけ者であれ
  おまえの生の
  矛盾を受け入れ
  ショールのように
  身をおおい
  石つぶてを避け
  からだを暖める。

  大歓声を上げて
  狂気に従う
  あの者たちを見よ
  かれらがおまえを不信の目で見るがままにさせ
  おまえも不信の目で答えてやれ

  のけ者であれ
  喜んでひろち歩きせよ
  (当世風ではなしに)
  それがいやなら混み合った
  川床に沿って並ぶことだ
  他の衝動的な
  愚か者たちとともに。

  川岸で
  楽しい集いを持て
  多くの者が
  口にした勇敢で痛烈な言葉のために
  倒れたところで

  誰のお気に入りにもなるな
  のけ者であれ
  おまえの死者たちに囲まれて
  生きる資格を得よ。


一教師の死

スクールソーシャルワーカー(SSWr)として学校現場で
仕事をしていた午後6時過ぎ、携帯が鳴った。
発信者名を見て、思った。

  「ついに訪れたか…」

B先生の死を告げるC先生からの電話だった。

覚悟は、していた。
でも。
この気持ちをどこにぶつけたらいいのだろうか!
哀しくてどうしようもない。

日本にまだ、こんなにも素敵な教師がいたのか!?
そう思える教師だった。

自らがどんなにしんどくても、まず子どもたちのために、
そして保護者のために、さらに学校全体のために献身
的に行動された方だった。
その姿、生きざまを言葉で表現することなどできないく
らいの“高い志”を有した教師だった。
教師とはこういう使命感と行動力と深い愛を有している
存在なのだ、と心から感動していた。

SSWrとして活動していた学校でB先生と出逢った。
B先生とC先生との出逢いがなければ、その学校で
SSWrとして実践を展開することは難しかったと思う。

3月下旬、B先生とC先生と飲んだ。
かねてから約束していたので。
当日もB先生は、つらそうだった。
でも、優しい微笑みを浮かべ、会場に来られた。
お酒は飲まれなかったが、食べ、三人で笑いこけた楽し
い数時間だった。

その1か月後、特休をとられ、緊急入院。

そして、入院から16日後の今日、亡くなられた。

   「川口さん、実は私ね…」

と「病」についてB先生からこっそりと教えられていた。
その「病」についてその学校の中で知っていたのは、僅
かな教職員だけだった。
C先生もそのうちの一人だった。

三人でのみ語り合った夜。
ぼくは涙を流していたことを記憶している。
めったにぼくは泣かないのだが。
きっと嬉しかったのだと思う。
二人との出逢いが。
そして、これから教師とSSWrとのコラボをいろいろと
していこう…と未来を語り合っていた。
SSWrとしてのぼくの働きを喜び、評価してくれていた。

同じ志を有した仲間が、二人、できた。
その喜びの涙。
そして、十分にその学校でSSW実践を展開できなかっ
た自らの無力さに対する後悔の涙でもあったかも知れ
ない。
もっともB先生は「そんなことないよ」と優しく微笑んで
くれていたが。

C先生から詳細な病状をお聴きしていた。
お見舞いは遠慮した。
C先生と相談し、5日前に一通のメールを送った。
ぼくからのメールを喜んでいる旨を、B先生はC先生への
メールに綴られていた。
ぼくのことは気遣い、直接、返事のメールはよこさず、C
先生にぼくへのメッセージを託された。
その内容を電話で聴き、涙が溢れた。
最後の最後まで他者を気遣う生き方を全うされた。

神様って、本当にいるのだろうか!?

天は不公平だ!

どうしてこんなに素敵な人間の生に終わりを告げるのか!?

人間は、いつかは死ぬ。
「死」は避けることなどできない。

B先生は亡くなられ、そしてぼくはまだ生きている。
そのことの呈する意味とは、何なのか!?

生き残っているこのぼくが、残された人生の時間のなかで
すべきこととは何なのか!?

  「ねぇ、B先生、ぼくはどうしたらいい?」

微笑んでいるB先生の笑顔が、浮かぶ。

志半ばで亡くなられたB先生の「志」を、どう引き継いだら
いいのだろうか?

B先生、これでやっとゆっくりできるのかもね。
出逢いに、感謝。
大切なことを教えてくれて、ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

さっきから雨が降り出した。
涙雨。

今夜は涙酒。










「アマゾンの百姓」と出逢った!

4月10日。
TV「華麗なる一族」のロケ地となったこの辺では最高級とされる
日本平ホテル。
そこで開催された「国際ソロプチミスト静岡の認証40周年記念式
典」に招待された。

静岡県知事、静岡市長等々の来賓を迎えての式典。
そこで他の団体とともに、ぼくの相談室で取り組んでいる

  「こどもの貧困」対策&「世代間連鎖」予防事業

である「ホッとホ~ム てのひら」の実践に対して寄付がされたの
だった。

「こどもの貧困」という、その問題性の深刻さを可視化することがで
きない社会問題に対して、ソロプチミストの方々が関心を寄せ、そ
の活動の意義を求めて頂けたことは喜びである。

他に公益財団法人 ソロプチミスト日本財団 社会ボランティア賞
(社会貢献賞)の候補として、推薦も受けている。
ありがたいことである。

                   ◆

さて、350名を超える方々が、全国より参集されていた記念式典。
祝宴の時にぼくの横に座られた方と名刺交換して、驚いた。
名刺の肩書きに記されていたのは

   “アマゾンの百姓”

いやはや、世界にはユニークな人生を歩んでいる方がいるもんだ。

Nさんは、50年間にわたってブラジルのアマゾンの奥地にて「百姓」
をされつつ、森林破壊を食い止めるべく植林活動をしている。

大学時代に「ただ海外に行きたくて」応募した農林水産省の海外派
遣。
全国から参集した大学生700名有余のなか、合格は7名。
その中に選ばれた。

   「審査委員のなかに面白い人がいてね、60キロの米俵を担ぐ
   試験があったんだけど、ぼくが3秒で担ぎ上げ、一番だったん
   ですよ(笑)」

適当に記した派遣希望先が「ブラジル」。
2年間の滞在をして、気に入り、20代の半ば日本を離れブラジルへ。
最寄の街から350キロ離れたアマゾン奥地にいきなり連れて行か
れた。

  「旧清水市と同じ面積の土地が与えられた。2年間は人間と話す
  ことはなかったですよ」

豪快に笑う。

  「鍬一つしかなくて開墾しました。電気が通るまでに15年かかり
  ました」

同じくブラジルに渡った仲間12名のうち、現在、生存している者は
Nさん一人とのこと。

  「気が狂った者もいました。マラリアで死んだ者も。大変でした」

  「でも、アマゾンで暮らして良かったことが3つありました」

その話を聞いて、大笑いしたぼく。
また、奥さんとの出会いも運命的だった。

もう何もかもが型破れ。傑作!
想像を超えた世界。

その過酷な環境下でNさんを支えたものとは、何なのか?
お話を聴いて、その一つとしてNさんの有する「ユーモア精神」があ
るような気がした。
もっともNさんは否定されていたが。

  「一度、アマゾンに来てください。来て頂ければわかりますから」

誘われた。
アマゾン…か。
どうしよう?

                    ◆

アマゾンの奥地で「百姓」をしていることに誇りを持っておられるNさ
ん。

  「難しいことなんかないですよ。平凡な人間です。ただ好きだったんです」

自らの仕事が好きでいれること。
こだわる続けること。
他の生き方と比較することのないこと。
そして、いかなる困難、試練をも喜びへと変えていけること。

Nさんと出逢い、自らのちっぽけさを痛感。

  「頑張ってください」

別れ際、アマゾンの百姓が、がっちりとした右手を差し出し、ぼくの
手を握り締め、微笑みながら言った。

アマゾンの奥地で50年間頑張れる根性は、ぼくにはないけれども
でも、ぼくはぼくの「こだわり」を追及する生き方を全うしたいと思っ
た。

アマゾン、行ってみようかな。











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