2005年08月03日

問1.ばあちゃんを使っておもしろい文を書け。

1 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/03(水) 07:06:08 ID:QuB5bVqn0
巨大な輪ゴムが飛んできて家が崩壊したwwwwwwwwwwww

2 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/03(水) 07:07:10 ID:OroW9I070
巨大な輪ゴムが飛んできて家が崩壊したwwwwwwwwwwww


3 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/03(水) 07:07:24 ID:+PG1j2mk0
巨大な輪ゴムが飛んできて家が崩壊したwwwwwwwwwwww


4 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/03(水) 07:07:26 ID:JMF+DVjb0
巨大な輪ゴムが飛んできて家が崩壊したwwwwwwwwwwww


6 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/03(水) 07:07:29 ID:RCAkDlU20
巨大な輪ゴムが飛んできて家が崩壊したwwwwwwwwwwww


7 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/03(水) 07:07:30 ID:9sC7qKHk0
巨大な輪ゴムが飛んできて家が崩壊したwwwwwwwwwwww


8 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/03(水) 07:07:34 ID:FFJ7udv80
巨大な輪ゴムが飛んできて家が崩壊したwwwwwwwwwwww


10 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/03(水) 07:09:10 ID:wBuXqRHr0
お約束だよねえ…(´・エ・`)


14 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:13:34 ID:5F2PUvvH0 BE:510394897-
おばあちゃんはとても働き者だった。朝は5時前に起き、畑をし、昼は働き、夕方家に帰るとまた畑や田んぼに入り、母が仕事で遅い日は食事の支度もしていた。

近所で、はじめにトウモロコシを作ったのはおばあちゃんだったし、スイカやメロンや、私たちが食べたいと言ったものも次の年には必ず作ってくれた。

家の近所には”袋工場”があり、近所のおばあさん達がそこで、米を入れるための袋を作ってた。おばあちゃんもそこで働いていたが、しばらくするとやめてしまい、近くにあるゴルフ場の草むしりの仕事をするようになった。

袋工場の人間関係は狭くて、イヤな話もいっぱい聞いていたのだろう。おばあちゃんはそんな人間関係にサッパリと見切りをつけ、自分から新しい世界を見つけていく女性だったのだと思う。 袋工場に比べると、ゴルフ場の草むしりの仕事のほうが、数倍大変だったと思う。



15 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:16:54 ID:5F2PUvvH0 BE:340263667-
でもおばあちゃんの口から、仕事がつらいとか、大変だ、とかいうようなことは聞いたことはなかった。もらったお給料は自分の楽しみに使わず、家計のたしにしていたおばあちゃんだった。

ゴルフ場ではロストボールが出るのだが、おばあちゃんは草むしりの途中にそんなボールを見つけると家に持ち帰り、私たちに「これがゴルフボールだよ」と見せてくれた。堅いかたいゴルフボール、
こんなのが草むしりをしているおばあちゃんの所に飛んできたら…、絶対ケガしないでね。と心配だった。

ロストボールは以外と沢山あるようで、おばあちゃんは毎日2〜3コ持ち帰っていた。そのうちロストボールでいっぱいになったダンボールのみかん箱は2つ、3つと増えていった。なんだかもったいなくて、
ついつい持ち帰ってくるおばあちゃん、そんなおばあちゃんの真面目な性格がよく出ていたのだ。

ところがロストボールを回収する業者があったのだ。ある日その業者の人が家にやってきた。おばあちゃんが少しづつ集めたロストボールの量の多さに業者の人も驚いていた。



16 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:19:02 ID:5F2PUvvH0 BE:340263476-
業者の人はボールの品質の程度を4段階くらいにわけて、次々とボールを選別していった。キズが少なくキレイなボールほど高く買い取ってくれるのだ。

私たちの遊び道具のために持ち帰っていたロストボールが、とてもいいお金になった。これにはおばあちゃんもビックリしたようだ。予期せぬ収入だ。おばあちゃんはそのお金を惜しみもせず、
私たち孫に「特別おこづかいをあげる」と言ってくれた。その当時、私のおこづかいは1ヶ月500円。おばあちゃんはそんな時代に2000円もくれたのだ。

そんなふうに苦労も苦労と思わず、どこかに楽しみをみつけるのが上手だったおばあちゃんだった。

私はおばあちゃんの作る、おはぎと、甘酒が大好きだった。私は春の彼岸の頃に生まれたので、誕生日のころは、おばあちゃんがいつもおはぎを作ってくれた。



17 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:20:28 ID:5F2PUvvH0 BE:129623982-
大きなカマの中の炊き立てのもち米を、子ども用のバットくらいある大きなすりこぎ棒でつぶして、おはぎを作る。
おばあちゃんが棒をおカマの中へ突っ込んで、ぐいぐいこねる時、小学生の私がどんなに力いっぱいおカマを押さえていても動いてしまう。
「まだまだやな」とおばあちゃんは笑いながらおはぎを作ってくれた。

雪の降る寒い日は学校から帰ると、ストーブの上で温かい甘酒がコトコトと煮立っていた。おばあちゃんの作る甘酒は、特別な甘酒だ。
米を2〜3日かけて発酵させ、その中へ酒かすを入れて作るのだ。発酵させる日数が少なすぎても、多すぎても、甘酒はおいしくない。

おばあちゃんのつくる甘酒はいつもとても甘くて、体が温まる。学校から帰って茶の間へ入った時に、甘酒のにおいがするとうれしくなるのだ。
でもあまり飲みすぎると酔っぱらうから、いつも湯飲み茶わんに2杯だけだった。

大きくなったらいっぱい飲むんだ。そうきめていたのに、おばあちゃんは私がお酒を飲める年になるのを待たずに倒れてしまった。 


18 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:21:54 ID:5F2PUvvH0 BE:291654094-
それから16年間、おばあちゃんはベットの上だった。 リハビリをしてもおばあちゃんの体は動くことはなかった。家で1年間、家族でおばあちゃんの世話をした。

でもどうしても行き届かない。オムツをしてずっと寝たままのおばあちゃんの背中には床ずれができ、皮膚が腐ったようになっていく。
その体を見た時のショックは、なんとも言葉にできない感じだった。

生きているのに腐っていく体。どれだけ薬をつけても、また違う所が床ずれができる…。

シロアリが出て、家を立て替えなければならなくなった時、おばあちゃんは施設へ行くことになった。さみしい気持ちと、大変な介護がなくなったという気持ち…。複雑な気持ち…。

でも施設へいってからのおばあちゃんは二度と床ずれをしなくなった。それどころか、少し動く左手でスプーンを持ち、自分で食事ができるようになったり、お習字までできるようになった。



19 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:23:12 ID:5F2PUvvH0 BE:218741639-
遠足があったり、お買い物の日があったり、おばあちゃんは施設で生き返った。 しかし、体の右半分は全く動かないのだから、言葉もうまく喋ることができない。
話しかけた私に答えようと口を動かすのに、言葉自体が出てこないおばあちゃん。「あー、あー、あー…。」最後には悲しそうな顔をして話すのをあきらめてしまう。
そんな時はおばあちゃんの手をにぎることしかできなかった。

16年間…長い年月だ。おばあちゃんは段々弱っていった。ある日突然悪くなる、というのではなく、少しづつごはんを食べるのが上手にできなくなる。
車イスで動きまわるのが苦痛になる。そんな感じだった。

おばあちゃんが危ないかもしれない。父からそう知らせを聞いた時は驚いた。上手にごはんが食べられなくなっていたけど、ちゃんと3度のごはんを施設の養母さんに食べさせてもらっていたのに…。

施設に行くと、おばあちゃんは点滴をしていた。ほんの少しの間におばあちゃんは物を食べる力もなくなっていたのだ。おばあちゃんはまだまだ生きてる。こんなにしっかりした設備のある所で、そんな簡単に逝くわけがない。
私はどこかでそう思いこんでいたのだ。

そんな自分勝手な思いこみに腹がたち、自分自身が許せなくて、施設から帰るときは涙が止まらなかった。私は施設にいるおばあちゃんにハガキを出してた。それでおばあちゃんは元気でいてくれる、と思いこんでいたのだ。



20 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:24:12 ID:5F2PUvvH0 BE:291655049-
でもこんなに弱ってしまったおばあちゃん。ハガキを出していたからといって安心していた自分の思い込みが、とにかく悲しかった。1枚のハガキよりも、まめに顔を見せ、手を握ってあげるほうがおばあちゃんには数倍うれしい事のはずなのに。わかっていたのに。

それから私はハガキを出すのをやめた。休みの日はできるだけおばあちゃんの所へ顔を出すようにした。おばあちゃんがなにも喋れなくても、私がひとりで話した。娘もおばあちゃんの所へ行くと、ひとしきり歌を歌ってあげて、「またくるね」と言ってくれた。

おばあちゃんは、また少しづつ元気になった。点滴だけだったのに、柔らかいものは食べるようになった。「おばあちゃん食べられるようになったね。」父も母も少し安心した。

ところが休みの日におばあちゃんの顔を見にいっても、おばあちゃんは眠っていることが多くなった。どれだけ呼んでもおばあちゃんは寝ている。「最近おばあちゃんどうしたの?」と聞くと、昼と夜がいつのまにか逆転してしまったとのこと。
夜9時頃になると「おはよ」といって目を開けるのだそうだ。 何回訪ねても、どんな時間に行ってもおばあちゃんはいつも眠っていた。

ある日、娘と買い物に出かけた時、娘が「お山のおばあちゃんの所へ行きたい。」と言った。お山のおばあちゃんというのは、おばあちゃんのいる施設は山の近くで、少し道を登らなければいけないのだ。
なので娘はおばあちゃんのことを「お山のおばあちゃん」と言っていたのだ。



21 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:25:14 ID:5F2PUvvH0 BE:113422027-
私はその日、体調が悪く、早く買い物をすませて家に帰りたかったので、「こんどのお休みに行こうよ。ママ今日元気ないんだ。」と言った。でも娘は「絶対に行く!」と言って聞かないのだ。「どうしても行きたいの?」と聞くと「どうしても今日行く!」と言う。
「行ってもお山のおばあちゃん、ねんねしてるかもしれないよ。」と言っても、「どうしても行きたい!」と言う娘。

そこまでおばあちゃんの顔を見たいのか。と私も感心して、「じゃ、行こうか!」と言っておばあちゃんを訪ねることにした。私は内心、またおばあちゃん眠ってるんだろうな。と思っていた。

ところが施設に行くと、おばあちゃんはパッチリと目を開けているのだ。「おばあちゃん、ひさしぶりだね。いつも眠ってるから、私たちさみしかったんだよ。」と話かけるとおばあちゃんは、うんうんとうなずいた。

その日のおばあちゃんは眠りからさめた眠り姫のようだった。私が話かけると、うんうんとうなずき返事をしていたし、娘が歌を歌うとじっとその様子を見ていた。一緒に昔の写真をみて話もした。元気がなくて点滴をしている人とは思えない、しっかりした顔をしていた。

私は帰りぎわに「おばあちゃん、昼間は起きてるんだよ。暗くなったら眠るんだよ。また来るからね。」と言い、おばあちゃんの頭をなでて「またね。」と言うと、おばあちゃんも「またね。」と言ったのだ。



22 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:26:23 ID:5F2PUvvH0 BE:129624544-
それを見たのがおばあちゃんの最後の姿だ。

その10日後におばあちゃんは死んでしまった。

朝はやく電話があり、「おばあちゃん、死んでしまったよ。」と父が言った。父からの電話でおばあちゃんといえば思い当たる人はひとりだけなのに、私は最初、どこのおばあちゃんが亡くなったんだろう。
と思っていた。最後に見たおばあちゃんは元気だったので、とても信じられなかった。

おばあちゃんは眠っている時にタンがのどにつまり、あっという間に逝ってしまったそうだ。家族の誰にも見送られることなく、おばあちゃんはひとりで逝ってしまった。おばあちゃんはもう動くことも目を開けることもない姿で家に帰ってきた。

電話があっても信じられなかった。家でおばあちゃんが帰ってくるまで待っている間も信じられなかった。おばあちゃんが帰ってきて布団に寝かせられても信じられなかった。

私はずっと信じられなくて、おばあちゃんの近くへ行くことができなかった。母が「おばあちゃんの顔見てあげなさい。」と私に言った。

仏間で静かに横たわっているおばあちゃん。おばあちゃんなのにおばあちゃんじゃないみたい。ただのカタマリが布をかぶせられているようだ。




23 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/03(水) 07:27:19 ID:6bASC8AO0
なんだよこれ


24 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:27:52 ID:5F2PUvvH0 BE:129625128-
顔にかけてある白い布をもちあげると、そこには見慣れたおばあちゃんの顔があった。とてもきれいでもう動かない人とは思えない。

おばあちゃん本当に死んじゃったの? なんでいきなり逝ってしまったの。元気だったじゃない。「またね。」って言ったじゃない。

おばあちゃん、私はもっともっとおばあちゃんと話したかった。もうずっとおばあちゃんの作ったおはぎ、食べてないよ。甘酒はどうやって作るの。まだ教えてもらってないよ。
今度教えてねって言ってたのに、教えてくれないまま逝ってしまうなんてダメじゃない。

苦労ばっかりして、ずっとひーおばあちゃんに仕えて、働きつづけて、これから自分のために時間が使える時に病気になって、最後はたったひとりで逝くなんて、おばあちゃん、さみしくなかった?苦しくなかった?

仏様の教えなんてウソだ。人は一生のうちに楽しいことと、苦しいことが半分づつで、ちゃんと平等にあるんだと教えてくれたのに。おばあちゃんの人生で楽しかったことが、ひとつもなかったとは思わない。けど、おばあちゃん、
大変だったでしょう。いっぱい、いっぱい苦労したでしょう。
それって報われているの?



25 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:29:05 ID:5F2PUvvH0 BE:97218443-
誰に聞けばその答えがわかるのか、誰が教えてくれるのか、私の疑問に誰か答えてください。どれだけ泣いても、いくら涙を流しても、誰も教えてはくれないし、私にもわからなかった。

おばあちゃん、おばあちゃん、おばあちゃん…。

夜とぎが終わっても、お通夜が終わっても、お葬式が終わっても、私はおばあちゃんの一生のことを考えていた。おばあちゃんが生きていたこと。
死んでしまったこと、わけもなく涙がでる。おばあちゃんはもう仏様になってしまったのに、私はそれを信じることができなかった。

四十九日がきて、おばあちゃんのお骨はお墓の中に入った。お骨の入った壷。おばあちゃんではない。もう私のおばあちゃんではない。おばあちゃんはどこへいってしまったのだろう。
いつの間にか夜中に目が覚め、おばあちゃんのことを考え、めそめそと泣いてしまう。仏様、教えてください。なにを?私はなにを…?

おばあちゃんの人生ってなんだったのでしょう。おばあちゃんの死を私は今だに納得できない。おばあちゃんのことを考えるとどうしても泣いてしまうのです。私はお坊さんに自分の気持ちを話した。




26 志志志志 ◆0/0shi4aO. 2005/08/03(水) 07:30:39 ID:5F2PUvvH0 BE:72914033-
おばあちゃんは確かに苦労されました。ひーおばあちゃんに仕え、ひたすら仕事をしつづけ、これから楽になるという時に病に倒れ、16年間も不自由な生活をし、死んでしまわれた。あなたはおばちゃんのことを考えると泣けてしまうと言いました。
それはおばあちゃんがあなたにくださった大切なものです。
あなたにおばあちゃんはとても大切なことを残し、教えていかれたのですよ。


おばあちゃん…。

おばあちゃんは死んでしまったけど、私はいつでもおばあちゃんを思い出すことができる。おばあちゃんは仏様になった。神々しく光る黄金の仏様だ。その仏様はいつも私の中にいる。やさしかったおばあちゃん。
こわい夢をみて泣いてる私を抱いて寝てくれたおばあちゃん。いつまでも忘れない。
いつまでもおばあちゃんが私の中にいるのだ。目を閉じればおばあちゃんがいるのだ。いつもここに。

私は娘をだきしめて「ありがとう」と言った。あのとき、娘が施設にいるおばあちゃんの所にどうしても行きたいと言ってくれなければ、私は最後におばあちゃんと話すことができなかった。

娘は泣いている私をみて、「ママのおばあちゃん、しんじゃったの?ママかなしいの?」と言って涙をながした。

ママの大好きだったおばあちゃんのことを少しづつあなたに教えてあげるね。おばあちゃんはあんまりなにも言う人じゃなかったけど、いつも一緒にいて、その間に、知らないうちに沢山のことを教えてもらっていたんだよ。

たわいもない話だけど、昔むかしの思いで話だけどね。


全米が泣いた

terawarosuwww at 10:36│Comments(1)TrackBack(0)

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by     2005年08月11日 00:25
バロスw

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔