イタリアからオリーブ油が消える日にEUも消滅する!?



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                ほぼ枯れ果てた樹齢数百年のオリーブたち


イタリア最大のオリーブ油の生産地、南部のプーリア州でオリーブの木が枯れるピアス病が蔓延し、これまでに全体のおよそ10%に当たる100万本余り(面積にして約20万ヘクタール)が被害に遭って死滅した。

ピアス病菌は南米から渡ってきたもので、感染するとオリーブの木は根元から水を吸い上げられなくなり枯れてしまう。人間には無害だが200種類以上の植物を死滅させる毒性を持つとされる。これまでのところ病菌を退治する方法は皆無である。

オリーブは何百年にも渡って生きる生命力の強い木。樹齢千年を超えるものもある。だがピアス病菌に侵されると、樹齢数百年以上の強靭なオリーブもあっけなく枯れてしまう。基幹作物の変事に地元のプーリア州のみならずイタリア中が強い危機感を抱いている。

病気が流行り出したのは2013年。病気発生から2年後の昨年、イタリアのオリーブ油生産は激減。およそ257億円の損失が出たと見られている。その結果EU(欧州連合)域内のオリーブ価格も20%上昇。イタリアはスペインに次いで世界第2位のオリーブ油生産国。影響は少なくないのだ。

病菌が欧州全体に拡大することを恐れたEUは2015年初頭、感染した全ての木を伐採して焼却処分にするようイタリア政府に通告。イタリア政府はEUの命令に従って24万ヘクタール余りを緊急対応地域に指定し、病気の木々の伐採・焼却を督励した。

しかし、生産農家はEUの政策に猛反発した。伐採・焼却処分は病気の治癒法を求める抜本的な対策ではなく、生産者を切り捨てるものである。木々を伐採してしまえば、彼らの生活の糧が即座に消えてなくなる、としてEUを提訴した。

農家の反発は経済的理由が全てではない。プーリア州に広がる広大なオリーブ畑は、濃い緑と豊かなスペースが相まって、独特の深い癒しの景観を形成する。美しい田園風景は、観光資源としても重要なものだ。だからオリーブ農家の主張は多くの州民また国民の強い支持を受けている。

EUはプーリア州の農家の動きを受けてルクセンブルクの「欧州司法裁判所」に彼らを逆提訴。その判決が今年7月に出た。判決はEUの言い分を全面的に認めたもので、感染した木は伐採し焼却すること。またそこから半径約100メートル以内の木々は、健康なものも含めて全て同じ処分をすること、となった。

この判決にプーリア州の生産者はさらに激昂。木の伐採を続ければ、オリーブ油というメイド・イン・イタリーの名産の一つがなくなりかねない、という不安も手伝って、木々は伐採ではなく剪定することで感染を防ぐべき、という主張を始めている。それは根拠のない言い分ではない。

ピアス菌は木を根元から腐らせると考えられていたが、どうやら感染した枝から幹や他の部位に転移するらしい。そこで感染した部位を切り落とすことでさらなる感染が防げる、という説が出てきたのである。以後は実際にそんな剪定作業も行われている。

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今年7月、ちょうど「欧州司法裁判所」の判決が出た頃、僕はプーリア州でも特に被害が大きいレッチェ県を中心とするサレント半島を訪ね、オリーブ畑を巡り歩いた。そこで目にしたのは、セコラーリ(世紀もの)と呼ばれる老樹や大木が立ち枯れている悲惨な光景だった。僕は体が痛いと感じるほどの異様な衝撃を受けた。

実は僕は以前、被害が出ているプーリア州のまさにそのあたりを舞台に、オリーブを話の中心に据えたNHKの紀行番組を作った経験があるのだ。その時のロケで最も感動したのは、何世紀もの樹齢を誇るオリーブの大木や古木のたたずまいだった。尋常ではない自分の反応はその事実からきていた。

樹齢が数百年あるいはそれ以上にもなるオリーブの古木や大木は、人間との長い共生の間に単なる作物や商品の域を超えた大切な何ものかに変化する。木々は人々の心にぴたりと寄り添い、命あるものとして実感され、癒し癒され合う存在にさえなって彼らの強い愛着心を呼ぶ。

農家がEUの命令のままにそれらをあっさりと伐採し焼き払う気持ちになれないのは、当然のことだ。罹病したオリーブの大木たちを巡るEUとプーリア農民の攻防には実は、経済と文化と人情がからんだEU独特の問題が秘められているように思う。一筋縄ではいかないのだ。

EUの政策を立案し実行するのは、ブリュッセル本部のエリート官僚だ。彼らは欧州全体を見る立場で物事を考えている。従って彼らが、ピアス病菌がEU内の他の国に蔓延しないように策を講じるのは当然だ。だがそうすることで彼らは、オリーブ農家を見捨てる結果も招きかねない。

EU全体の利益のため、という名目でなされるそうした政策は、つい最近まで「仕方のないこと」としてメンバー国に受け入れられる傾向があった。しかし、時とともに人々は官僚の高圧的な態度に疲れ、反感をもつようになった。それが象徴的に現れたのがBrexit、つまり英国のEU離脱だ。

英国がEU離脱を決めた背景には、移民問題とともにEU官僚への大きな不満があった。英国民はあらゆるものに規制をかける高圧的なEU官僚に反発し、彼らの支配を逃れて主権を取り戻したい、という高揚感に駆られてEU離脱に賛成票を投じた。

英国の不満は実は少なからずイタリアの不満でもある。イタリアには英国離脱に賛成する国民がー時によって数字の割合は変わるもののーほぼ半数存在している。恐らくそのこととも関係しているが、プーリア州のオリーブ農家とイタリア政府は、木々を全て伐採して焼き払え、というEUの命令を甘んじて受けようとは考えていない。

Brexitに象徴されるように、EU加盟国間には、組織の中央で政策を立案・実行している官僚機構への不満が、かつてないほど高まっている。EU内には不協和音が絶えず鳴り響いているのだ。イタリアのオリーブ問題にもそれが色濃く表れているように見える。

EUを構成する国々はそれぞれが成熟した個性的な存在である。そのために参加国間には時として「多様性が過ぎる」と見えるほどに意見の隔たりが多く、物事が決められないケースも稀ではない。そこで、EU中枢の官僚が支配を強めて混乱をまとめる、という仕組みが出来上がった。同時にそれはメンバー国の一つ一つが個性をもぎ取られて、常に中央の意思決定に従わされるという構図の完成でもあった。そこに不満が醸成されていった。

イタリアのオリーブ問題を巡る攻防でも、前述したようにEUの直面している難題が象徴的に且つ明瞭に現れていると映る。もしもEUが対応を誤れば、ピアス病菌はオリーブの老樹を破壊するのみならず、EU自体にも食い込んで不協和音を増幅させ、ついにはEU(欧州連合)の終焉がやって来る事態を招かないとも限らないのである。

書きそびれている事ども2016・9・16日


《書こうと思いつつ流れてしまった時事ネタは多い。そこで、いつものように、できれば将来どこかで言及したいという意味も込めて、自分にとって引っかかる出来事の幾つかを列記しておくことにした》

オリンピックのこと
先月終了したリオ五輪に対してはイタリアは例によって“大いなるぬるい”盛り上がりを見せた。五輪に対するイタリア人の冷めた反応は今に始まったことではない。彼らは例えばサッカーのW杯や7月に終わったサッカー欧州選手権などでは、ちょっと大げさに言えば「国中が狂喜乱舞する」みたいな盛り上がりを見せる。が、オリンピックに際してはいつも冷静である。その理由については既に書いたのでここでは言及しない。日本の盛り上がり振りは民族主義の過剰な表出のようにも見えてどうかと思うが、イタリアの冷め過ぎた反応にもいつも少し違和感を覚える。やはり日本とイタリアの中間あたりの反応が一番しっくりくるような・・

葬られたリイナ本
マフィア史上最強の殺人鬼、とも形容されるボスの中の大ボス、トト・リイナの息子サルヴッチョことジュゼッペ・サルバトーレが、先頃本を出版した。ところがその内容がマフィア首魁の父親をたたえ、家族の結束や愛情を書き連ねたものだったので、世論が反発。不買運動が起こって本屋は彼の本を店頭に置かない事態に。著者のサルヴッチョを招いて報道番組に登場させたイタリア公共放送のRAIにも強い批判が集まった。批判精神ゼロの番組内容が視聴者の怒りを買ったのだ。サルヴッチョは自身も犯罪人。5年前に約9年の懲役刑を終えて社会復帰している。その男の書いた本が市場から締め出されたのは行き過ぎの感もあるが、批判精神の欠落したRAIのオチャラケ番組などは糾弾指弾されても仕方がないだろう。

イタリアからオリーブ油が消える?
サッカー欧州選手権まっただ中の7月はじめ、イタリア・プーリア州のサレント半島に滞在していた。プーリア州はイタリア最大のオリーブ油の故郷。総生産量の3割強を生み出す。ところが3年前、州内でも重要生産地であるサレント半島を中心にオリーブの木が枯れるピアス病が大流行。甚大な被害が出ている。 僕は以前、その近辺でオリーブを話の中心に据えたNHKの紀行番組を作った経験がある。各種要素を入れ込んだ内容だったが、その中でもっとも感動したのは何百年もの樹齢を誇るオリーブの大木や古木のたたずまいだった。今回プーリア州を訪ねてみると、かつて僕が感動した木々と同種の大木たちも多くが立ち枯れていた。深いショックを受けつつ僕はデジカメのシャッターを押し続けた。それからおよそ2ヶ月後の2016年9月現在、オリーブを痛めつけるピアス菌感染症は引き続き強い勢力で蔓延している。

ブルキニ狂想曲
フランスのリゾート地の首長がイスラム教徒の女性の水着「ブルキニ」の着用を禁止する、と発表して大きな議論を呼んだ。フランスは2011年、公共の場でのブルカを禁止する法律を定めた。そこには正教分離あるいは世俗主義を国是とするフランスの大義名分があった。宗教は個人的内面的なものであり、その自由は完全に保障される。同時に公共の場では宗教性は徹底して排除されなければならない。いわゆる「ライシテ」の考え方だ。その是非や好悪は別にして、公共の場で宗教の特殊性あるいは示威性をひけらかすことを禁じる姿勢は、フランスのひいては欧米社会の開明性を担保するものだった。だがブルキニの着用を禁止する条例にはそんな哲学など微塵もない。それは女性イスラム教徒への差別と抑圧以外の何ものでもない。田舎者の首長らはISのテロなどを糾弾する一環として条例を出したつもりなのだろうが、中身はISと同じ不寛容と憎悪が満載のトンデモ条例だった。幸いそれはフランス最高裁で否定されたけれど、余韻は今後も消えるどころか強く鳴り響き続けるだろう。なにしろ条例は地方裁判所ではいったん支持されたのだから。


琴奨菊はモンゴル人でもハワイ人でも誰でもいいノラ!

可愛い丸顔



大相撲秋場所が間もなく始まる。

グワンバレおわコン琴奨菊

琴奨菊の綱取り問題に今さら言及するのは後出しジャンケンみたいで気が引けるが、稀勢の里の綱取り挑戦も続いているので、秋場所が始まる直前のこのタイミングで意見を表明しておくことにした。

今年初場所の琴奨菊は3横綱をなぎ倒したことなど賞賛に値するものだった。が、あくまでも偶発的な出来事で、横綱などおぼつかない力量であることは、多くの人が気づいていた事実ではなかったか。

しかし、「日本人横綱」待望論で沸く世論の前に誰もが沈黙した。結果的に僕もその1人になった。しかし僕は別に意識して黙っていたのではない。記事をアップするほどの価値のある話とも思えなかったから、声を出さなかっただけだ。

琴奨菊が初優勝したあとの騒ぎはすごかった。次の場所に優勝かそれに準ずる成績を挙げて横綱昇進、という筋書きがあたかも現実味を帯びたものでもあるかのようにマスコミはあおりたて、相撲協会もそれに便乗して浮かれていた。

当事者の琴奨菊はもっと浮かれて、稽古そっちのけであちこちの祭りや催し物やテレビ番組などに顔を出してはのぼせあがっていた。僕はそのニュースに接するたびに、違和感を抱いた。いや不快感を覚えていたと言っても過言ではなかった。

日本人としての僕は彼の優勝を喜んでいた。だが大相撲ファンとしての僕は--真っ正直に言おう--彼の優勝を“まぐれ”だと感じていたから、冷めた思いで騒ぎを見つめていたのだ。案の定、彼はその後低迷。

琴奨菊は今や大関の地位の維持もおぼつかない“クンロク”君。いや、クンロクさえ怪しい“元の木阿弥”君だ。怪我を成績不振の理由にするのはいけない。怪我をしないのも強い力士の条件だ。

横綱の国籍はどこでもいい

琴奨菊の春場所の優勝を機に、以前にも増して、相撲などまったく見ないか、ほとんど見ないらしい多くの人たちが、民族主義的ニュアンスがぷんぷん臭うコメントを開陳していて、相撲好き の僕はそこにもずっと違和感を抱き続けてきた。

再び言う。琴奨菊の優勝は素晴らしいの一言につきた。彼が日本人力士だからではない。“クンロク大関”という蔑称も真っ青なほどのつまらない大関だったのが、見事に「化けて」強く面白いパフォーマンスを見せてくれたからだ。

大相撲はどこにでもあるスポーツではなく、日本独自の「ス ポーツ儀式」だから面白いし楽しい側面がある。が、土俵上で戦う力士が日本人である必要はない。力士が日本人だから相撲が面白いわけではない。飽くまでも力士が強いから面白いのだ。

大相撲の競技を語ることと大相撲界の変化、具体的に言えば国際化、を語ることは分けてなされるべきである。なぜなら競技においては強い力士と弱い力士がいるだけで、その力士がモンゴル人か日本人かアメリカ人かなんて関係がない。

関係があると思っている人は、純粋に競技を楽しんでいるのではなく、政治の眼鏡をかけて土俵を見ているに過ぎない。つまり「日本人横綱待望論」と同じだ。横綱は強くて品格があって美しければ国籍などどこでもいい、というのが僕の意見だ。

大相撲界に外国人力士が増えていくことは、伝統やしきたりや慣習等々の『大相撲の文化』が変化していくことを意味する。

そこでは日本人横綱の有無や是非を含む「日本的なもの」へのこだわりが大いに議論されて然るべきだが、競技そのものはどの国籍の力士が行っても面白いのは面白いし、面白くないのは面白くない。

外国人力士が増え過ぎて取り組みがつまらない、と思っている人は、前述したように政治の眼鏡をかけて勝負を見ているだけで、本当に闘技が好きな大相撲ファンではないように思う。

稀勢の里よオワコンになるな

僕は日本人横綱の誕生という意味では稀勢の里にも最早期待していない。先場所前までは稀勢の里の方が琴奨菊よりもずっと横綱になる力量のある力士だと信じていた。

しかし、再び、再三、再四巡ってきた先場所の絶好のチャンスをものにできなかった彼の出来栄えに愕然とした。

取り口ばかりではなく、土俵内外の物腰や顔つきまで変わって風格さえかもし出していた稀勢の里は、誰の目にも「化けた」と見えて期待が膨らんだ。

しかし、結果はいつもの体たらく。ここぞというチャンスを活かせない星回りなのだろうと思う。僕は残念ながら--自分の勘違いをひそかに期待しつつも--「横綱稀勢の里」は実現しないと考えるようになっている。

もしも稀勢の里が横綱に昇進するのならば、その条件は「圧倒的な強さを発揮しての全勝優勝」であるべきだ。横綱白鵬が秋場所を休場することが決まったのだからなおさらである。

それ以外の成績での昇進なら、稀勢の里はきっと鶴竜クラスのダメ横綱になる、と予想する。なぜならば、まさに鶴竜がその好例だからだ。

最後に独断と偏見によるポジショントークを一つ。

できるなら、横綱鶴竜、大関琴奨菊、大関豪栄道の3人を平幕に落として、照ノ富士、逸ノ城、正代あたりが上にあがって暴れまくるのを観たい。

そこに大砂嵐、遠藤、などが殴り込みをかければ大相撲はムチャクチャに面白くなると思うのだけれど・・・


耐震偽装という“イタリア病”を斬る



イタリア中部地震の余震が続く中、崩壊した家の瓦礫の下に閉じ込められていたゴールデン・レトリーバー犬「ロメオ」が9月2日、9日振りに助け出されて人々に感動を与えた。だが残念ながら犠牲者の数はまた増えて9月6日現在295人に上り、行方不明者もいることからその数字はさらに大きくなると見られている。

混乱は収まらないものの、被災地復興への動きは待ったなしで始まろうとしている。しかし不幸なことに例によって、復興事業に群がるかもしれないマフィア他の犯罪組織の影が忍び寄って、人々の不安を募らせている。それを受けてマフィア・テロ担当のフランコ・ロベルティ検事長は、瓦礫や塵芥の撤回作業また仮設住宅建設などの復興事業に、犯罪組織が入り込まないようにしっかり防御することが最重要課題であり、308人が犠牲になった2009年のラクイラ地震では、この防御策がうまく機能して犯罪組織は締め出された、と語った。

検事長の見解が正しいなら、イタリアの土建業者は、マフィアを始めとする犯罪組織の侵入が無くても、十分に不正や偽造や偽装や詐欺行為を行うことができる、ということを証明している。なぜならばラクイラ地震では、石造りの多くの古い建物のほかに、当時としては比較的新しい建物なども崩壊した。それらの新建築は過去の地震の教訓からより厳しい耐震構造によって建てられているはずだった。それでも破壊された。耐震偽装工作が日常茶飯事だったからだ。

2009年の苦い体験を経て、耐震基準はさらに強化されたと言われてきた。それなのに今回地震でも崩壊する建物が続出したのは、相変わらず耐震偽装の建築物が多く建てられてきたからではないのか。そして今後の復興事業においてもまた、過去の事例から推断して、たとえ犯罪組織の介入を防ぐことができても、業者による不正がまかり通る可能性も高いと見なければならない。

度を過ぎた風刺や皮肉で人々の眉をひそめさせるのが得意なフランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」は、イタリア地震の被災者をパスタのラザーニャにたとえるなどして批判を浴びた。それはまっとうな批判である。シャルリー・エブドは時として言論の自由をはき違えているとしか思えないような行過ぎた風刺に走る。いや、それは往々にして風刺でさえなく、ただの悪趣味なジョークであったりする。

今回の漫画もその類の下卑た作品だった。ところが同紙は、国際世論の批判に反発する形で「(地震で崩壊した)人々の家を建てたのはシャルリー・エブドではなく、マフィアだ」と弁明する新たな漫画を掲載。耐震偽装の悪徳土建屋と地域の有力者がつるんで、マフィアなどの犯罪組織を呼び込むイタリア独特の癒着の構造を辛らつに風刺し、それにも多くの批判が集まった。

しかしながら僕は後者の批判には同調しない。震災のような巨大な不幸に付け入って、汚れた利益を貪る犯罪者やその片割れの不正事業者がはびこる現実を「マフィアが家を建てた」と形容するシャルリー・エブドの姿勢を、完全に悪趣味と切り捨てる気にはならないのだ。被災者や被災地の不幸を嘲笑うかのようなゲスな風刺画は言語道断だが、不正の存在を指摘して注意を喚起しているとも言える「マフィアが家を建てた」の風刺画とコメントは、評価してもいいのではないか、とも思うのである。

イタリアの耐震関連の法律は1970年代から整備が開始されて、2000年代には改善に拍車がかかったと見られてきた。しかしその適用対象は新築建造物に限られたため、歴史的建造物に代表される古い建築物の耐震化が常に大きな課題として残ってはきた。それでも、前述したように、少なくとも新築の建造物に関しては、法整備が明確に進んだと考えられていた。

特に今回の被災地のすぐ近くにあるラクイラ地方で、死者308人を出した2009年の「ラクイラ地震」以降は、規制がさらに厳しくなって新築の耐震法整備はほぼ完成したとさえ考えられていたのだ。しかし、結果は無残なもので、一部の地域には法整備の効果が確認されたものの、またもや家屋倒壊などの大きなダメージが広がった。古い歴史的建造物の被害はさておいても、最新の耐震設計に基づいて建築されたはずの建造物が、あっけなく崩壊する現実が人々を「再び、再三、再四」戦慄させたのである。

今回の地震で破壊された小学校校舎を含む全壊また半・損壊した建物およそ
120軒は、工費を節約するためにセメントよりも砂を多く使用して建築された可能性があると見られている。これを受けて地元の検察当局は8月31日、耐震偽装や手抜き工事の解明のために早くも強制捜査に乗り出した。

地震の多い日本やイタリアなどでは、震源の深さなどの諸条件にもよるが、マグニチュード6.2クラスの今回のような地震では大きな被害は出ないのが普通である。複雑な地質構造のイタリアでは、マグニチュード6.3以上の地震が平均して15年に一度程度発生してもおかしくないとされ、それよりも弱い揺れの地震はもっと盛んに起こる。

地震多発地帯では、耐震の概念が少ない場合には建物に大きな損傷が発生し、従って人的被害も増える。だがイタリアは地震頻発国であり、過去の多くの地震の歴史と近年の度重なる地震被害を受けて、たとえば日本ほどではないにしろ、「耐震」の意識は高まっていた。そんな折に、最大級の揺れとは言えない地震がまたもや大災害につながったのは、不本意ながらやはり、不正や耐震偽装などの重篤な“イタリア病”が最大の原因である、と考えざるを得ないのである。

地震大国イタリアの大きな闇と小さな光と

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イタリアでまた大きな犠牲をもたらす地震があった。発生時刻は8月24日未明。犠牲者数は8月28日現在291人。数字はさらに増えると見られている。

日本と同じ地震国、イタリアの震災の歴史は長く厳しい。紀元前後からの発生裏付けがあるが、割りと正確に記録され出したのは17世紀頃から。その数は極めて多い。

20世紀の初めには、南部のシチリア島で津波を伴う地震が発生して、8万人から12万人が犠牲になった。犠牲者数に幅があるのは、混乱が激し過ぎたからだと考えられる.

今回の地震では「いつものように」古い建物が多く倒壊した。石造りの古い建築物が多いイタリアでは、激震毎に耐震政策が声高に言われるが、中々進まない。そうやって再び大きな被害が出た。

今回の被災地は、2009年に300人余りの犠牲者を出した大地震の震源地と目と鼻の先にある。そこでは、13世紀に造築された歴史都市ラクイラが凄まじい勢いで破壊された。

今回の被害の全容はまだ明らかになっていない。しかしラクイラ地震と同様に倒壊家屋や破壊された施設も多く、インフラ等への打撃も大きい。

犠牲者数が似通っている点もさることながら、今回の地震は7年前のラクイラ地震との比較でいろいろなことが明らかになりつつある。

まず、古い家が倒壊したという共通点とは別に、ラクイラ地震を踏まえて耐震構造を強化した新築の家屋が近辺に多くあり、それらのほとんどは被害を受けなかったこと。

それとはまったく逆に、ラクイラ地震を踏まえて同じ条件で2012年に新しく建てられたはずの学校や病院などの公共施設が全半壊し、住宅などにも同様の被害が重なったこと。

つまりそれらの建物は、ラクイラ地震を受けて設定された厳しい耐震基準を無視して建てられた。いわゆる偽装建築ではないか、という疑惑が浮かんで早くも当局が捜査に乗り出した。

イタリアの地震政策が日本と大きく違うのは、石造りの古い建築物を耐震構造に作り変えるのが難しいこと。新たな建物が不正な方法で建てられるケースが後を絶たないこと、などである。

ならば、イタリアには希望がないのかと言えば、そんなこともない。闇の中に一条の光が射すような部分がある。それがまさに、最新の耐震構造に作り変えるのが困難な古い建築物そのものなのである。

地震の度に崩壊の危機にさらされる歴史的建造物の中には、実は何世紀にも渡って生きのびている、いわば究極の耐震構造物と形容しても良いような強靭なものも多くある。

そのはなはだしい例の1つが、紀元前62年に建造されたローマのファブリーチョ(ファブリキウス)石橋である。

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ファブリーチョ橋

紀元前62年とは、橋の近くにあった古代ローマの元老院で、刺客に襲われたシーザーが「ブルータス、お前もか!」と叫んで死ぬ18年前のことだ。


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以来、ファブリーチョ橋は当時のままの姿でしっかりと機能していて、今でも人々の生活に欠かせない施設になっている。


あるいは紀元80年に落成完成したローマのコロッセオもそうだ。コロッセオは1349年を筆頭に記録に残っている大きな地震だけでも少なくとも3回の被害を受けた。が、全壊することはなかった。

コロッセオは全体が円筒形の、力学的に安定した構造になっている。当時の建築技術の粋を集めた革新的な建造物だった。だから地震にも強いのだ。

この国にはそうした歴史的建造物が無数と形容してもよいほどに多くある。地震国イタリアで長い時間を生き抜いたそれらはすべて究極の耐震建築物だと言うこともできる。

その半面、地震ごとに近代的な建物が被害に遭う情けない現実もイタリアにはまたある。耐震偽造などの不正をなくして建物を新築することが求められている。

同時に、歴史的な建造物が織り成す景観が観光資源でもあるイタリアでは、古くからある建築技術なども見直し或いは改善していくこともまた不可欠、と言えるように思う。

あくびが出たサッカー欧州選手権

優勝杯を掲げるロナウドとチームtate300pic


4年に1度の祭典「サッカー欧州選手権」2016年版は、6月10日に開幕、7月10日に幕を閉じた。

そのうち優勝決定戦を含む後半トーナメントを、南イタリア・プーリア州サレント半島の海のコテージでテレビ観戦した。

一ヶ月にも渡った大会は珍しく退屈なものだった。

2年前のワールドカップ、さらにその2年前のサッカー欧州選手権、と興奮しながらテレビにかじりついていたことを思うと、奇妙な成り行きだが紛れもない事実だった。

理由はいくつもある。

贔屓のイタリアチームに少しも魅力を感じなかったこと。

イタリア以外の強豪国、英独仏スペインなども陳腐なパフォーマンスを繰り返すばかりで、やはり魅力的と呼ぶには程遠いチーム状況だったこと。

出場チームが16から一気に24に増えて、ワインを水で割ったのでもあるかのように薄味、いや悪趣味になったこと。

出場枠が水増しされたおかげで参加できた弱小チームのアイスランド、ウエールズ、またベルギー、ポーランドなどが勝ち進んで、違和感があったこと。

それとまったく矛盾するが、それらの弱小国が勝ち進む意外な展開は同時に、ちょっと魅力的ではあったこと。

とはいうもののその魅力には、強豪国の不調がもたらす退屈をカバーするほどの力はなかったこと。etc、etc...

2008年から世界サッカーを席巻してきたスペインの常勝トレンドは、2014年W杯で完全に終わって、同大会の優勝チーム・ドイツの常勝トレンドが始まったと見えた。

ところが、どうやらそれは僕の思い違いだった。

少なくとも欧州においてはドイツの圧倒的優勢は無く、トレンドという意味ではいわば端境期(はざかいき)にあるようだ。

イタリア、ドイツ、スペインなどの強豪が不振の中、弱小チームが活躍したり、ダークホースのポルトガルが優勝したりしたのも、トレンド端境期の混乱がもたらしたもの、という見方ができなくもない。

C・ロナウドの強さを意識するファンは、僕がポルトガルをダークホースと呼ぶことにあるいは違和感を覚えるかもしれない。

だがポルトガルは、C・ロナウドの天才を別にすれば、凡庸なプロたちの集団だ。そしてサッカーは決して1人ではできない。

他との違いを演出する1人の(あるいは複数の)優れた選手を囲む、残りの選手たちの質でチームの強弱が決まるのだ。

C・ロナウドを支えるポルトガルの10人の選手の集団の能力は、強豪国の独仏伊スペインなどを凌がない。むしろそれらの国より劣る。

だが、ポルトガルにはC・ロナウドがいる。他の国々はC・ロナウドを有さない。だからポルトガルが勝った。それだけのことだ。

つまりC・ロナウドは、他国よりも劣るチームメートの10人の力の足りない部分を補って、さらに余りある能力があることを証明した。

決勝戦でのC・ロナウドの負傷退場でさえ、彼自身の力量を示すエピソードの一環になった。

頼みの綱のキャプテンを失ったポルトガルは、強い衝撃を受け危機感に打ちひしがれた。結果、いつも以上に奮起して力を出し切った。だから優勝できた。

他のチームに、たとえC・ロナウド級は無理でも、“違い”を演出できる優れた選手が備わっていれば、ゲームの一つひとつはきっともっとずっと面白かったに違いない。

それがない分、各ゲームの内容は凡庸で面白みに欠ける、と僕は感じた。

一対一ならC・ロナウドに匹敵する力を持つ選手はいた。例えばスウェーデンのイブラヒモヴィッチだ。

だがイブラヒモヴィッチ以外のスェーデンの10人の選手の能力の総体は、ポルトガルより劣る。イングランドにも負ける。

ましてや強豪国の独仏伊スペインなどの足元にも及ばない。だからスウェーデンは中々勝てない。

イタリア・セリアAのテレビ生中継なども仕事にしてきた僕は、W杯や欧州選手権などのビッグイベントの際には、中継現場にいない場合には特に、逸る心のままに記事を書きまくることが多い。

が、今回の欧州選手権ではゲームを逐一と形容してもよい頻度で観戦していたにも関わらず、記事をアップする気持ちがまったく起きなかった。

僕は結構あくびをかみ殺しながら各試合を観ていた。決勝戦でさえ、C・ロナウドの負傷、退場にまつわる両チームの心理動静を別にすれば、実に退屈な試合だった。

それは冒頭の理由に加えて、繰り返しになるが、総合能力が高い英独仏伊スペインなどの強豪国に「違いを演出できる」傑出したプレーヤーがいなかったことによる。

そうした状況が僕の目には端境期と映るのだ。

トーナメントは進み、終わった。僕はその間まったく記事を書かなかった。書く気分になれなかった。

今やっと、不完全燃焼のまま時間が過ぎた状況を書いておく気になった。


マフィア鬼の “かくれんぼ”



トト・リイナと並ぶ現代マフィアの2大首魁の片方、ベルナルド・プロヴェンツァーノが7月13日に獄死した。プロヴェンツァーノは2006年に逮捕される までの
43年間逃亡潜伏を続け、その間に欠席裁判で6回もの終身刑(イタリアには死刑はない)を課された。逮捕された時はシチリア島パレルモ近郊の農家に1人でいたが、逃亡中の一時期は妻子も伴って潜伏していたことが分かっている。

彼の前にはトト・リイナもパレルモ市内で24年間逃亡潜伏を続けた。また現在のマフィアのトップと目されるマッテオ・メッシーナ・デナーロは1993年以来逃亡潜伏を続け、リイナやプロヴェンツァーノと同じように潜伏先から犯罪組織を自在に指揮していると見られている。マフィアの大物は長期間シチリア島内の、ほとんどの場合比較的小さなパレルモ市内で楽々と逃亡潜伏を続けるケースが多い。その中でもプロヴェンツァーノの43年間というのは異様に長い。

プロヴェンツァーノが逮捕された時、マフィアのトップの凶悪犯が、人口70万人足らずのパレルモ市内で、時には妻子まで引き連れて40年以上も逃亡潜伏することが果たして可能か、という議論が起こった。それは無理だと考える人々は、イタリアの総選挙で政権が交替したのを契機に何かが動いて、ボス逮捕のGOサインが出たと主張した。

もっと具体的に言うと、プロヴェンツァーノが逮捕される直前、当時絶大な人気を誇っていたイタリア政界のドン、シルヴィオ・ベルルスコーニ元首相が選挙に 負けて政権から引きずり下ろされた。そのためにベルルスコーニ元首相はもはやマフィアを守り切れなくなり、プロヴェンツァーノ逮捕のGOサインが出た、というものである。

その説はベルルスコーニ元首相とマフィアが癒着していると決め付けるものだ。が、確たる証拠はない。証拠どころか、それは彼の政敵らによる誹謗中傷の可能性さえある。しかしながらイタリアではそういう「噂話」が絶えずささやかれるのもまた事実である。

なにしろベルルスコーニ氏以前には、3回7期に渡って首相を務め、長い間イタリア政界を牛耳ったジュリオ・アンドレオッティ元首相が、「隠れマフィアの一 員」という容疑で起訴されたりする国である。人々の不信がつのっても仕方がない現実もある。また、次のようにも考えられる。

シチリアは面積が四国よりは大きく九州よりは小さいという程度の島である。人口は500万人余り。大ボスはシチリア島内に潜伏していたからこそ長期間つかまらずにいた。四方を海に囲まれた島は逃亡範囲に限界があるように見えるが、よそ者を寄せつけない島の閉鎖性を利用すれば、つまり島民を味方につければ、 逆に無限に逃亡範囲が広がる。警察関係者や政治家等の島の権力者を取り込めばなおさらである。

そうしておいて、敵対する者はうむを言わさずに殺害してしまう鉄の掟、いわゆる『オメルタ(沈黙)』を島の隅々にまで浸透させていけばいい。『オメルタ(沈黙)』は、仲間や組織のことについては外部の人間には何もしゃべってはならない。裏切り者はその家族や親戚はもちろん、必要ならば 果ては友人知人まで抹殺してしまう、というマフィア構成員間のすさまじいルールである。

マフィアはオメルタの掟を無辜の島民にも適用すると決め、容赦なく実行していった。島全体に恐怖を植えつければ住民は報復を怖れて押し黙り、犯罪者や逃亡者の 姿はますます見えにくくなっていく。オメルタは犯罪組織が島に深く巣くっていく長い時間の中で、マフィアの構成員の域を超えて村や町や地域を巻き込んで巨大化し続けた。冷酷非道な掟はそうやって、最終的にはシチリア島全体を縛る不文律になってしまった。

シチリアの人々は以来、マフィアについては誰も本当のことをしゃべりたがらない。しゃべれば報復されるからだ。報復とは死である。人々を恐怖のどん底に落とし入れる方法で、マフィアはオメルタをシチリア島全体の掟にすることに成功した。しかし、恐怖を与えるだけでは、恐らく十分ではなかった。住民の口まで封じるオメルタの完遂には別の要素も必要だった。それがチリア人が持っているシチリア人と しての強い誇りだった。

シチリア人は独立志向の強いイタリアの各地方の住民の中でも、最も強く彼らのアイデンティティーを意識している人々である。島は古代ギリシャ植民地時代以来、ローマ帝国、アラブ、ノルマン、フラ ンス、スペインなど、外からの様々な力に支配され続けてきた。列強支配への反動で島民は彼ら同志の結束を強め、かたくなになり、シチリアの血を強烈に意識するようになってそれが彼らの誇りになった。

シチリアの血をことさらに強調するする彼らの心は、犯罪結社のマフィアでさえ受け入れて しまう。いや、むしろ時にはそれをかばい、称賛する心根まで育ててしまう。なぜならば、マフィアもシチリアで生まれシチリアの地で育った、シチリア の一部だからである。かくしてシチリア人はマフィアの報復を恐れて沈黙し、同時にシチリア人としての誇りからマフィアに連帯意識を感じて沈黙する、という二重のオメルタの落とし穴にはまってしまった。

シチリア島をマフィアの巣窟たらしめているオメルタの超ど級の呪縛と悪循環を断ち切って、再生させようとしたのがパレルモの反マフィアの旗手、ジョヴァンニ・ファルコーネ判事だっ た。90年代の初め頃、彼の活動は実を結びつつあった。そのために彼はマフィ アの反撃に遭って殺害された。しかし彼の活動は反マフィアの人々に受け継がれ、大幹部が次々に逮捕されるなど犯罪組織への包囲網は狭まりつつある。だがマフィアの根絶はまだ誰の目にも見えていない。

「マフィアとは一体何か」と問われて、僕はこう答えることがる。「マフィア とはシチリア島そのもののことだ」と。シチリア島民の全てがマフィアの構成員という意味では勿論ない。それどころか彼らは世界最大のマ フィアの被害者であり、誰よりも強くマフィアの撲滅を願っている人々である。シチリア島の置かれた特殊な環境と歴史と、それによって規定されゆがめられて行ったシチリアの人々の心のあり方が、マフィアの存続を容易にしている可能性がある、と言いたいだけだ。

自分の言葉にさらにこだわって付け加えれば、マフィアとはシチリア島そのものだが、シチリア島やシチリアの人々は断じてマフィアそのものではない。島民全てがマフィアの構成員でもあるかのように考えるのは「シチリア島にはマフィアは存在しない」と主張するのと同じくらいにバカ気たことだ。マフィアは島の人々の心根が変わらない限り根絶することはできない。同時に、マフィアが根絶されない限りシチリア島民の心根は変わらない。マフィアはそれほ ど深く広くシチリア社会の中に根を張っている。




新鮮だぜ、ソースだぜ、トマトのよ~


ほぼ1週間前の土曜日(7月23日)に客人があって、そのときのぞいた菜園のトマトは収穫まで時間があるかと見えたのだが、再びのぞくと茂る枝の奥に多くが良く熟しているので今年最初の収穫をした。

菜園トマトヒキ300pic

早めに赤くなったいくつかは既に取り入れてはサラダにしてきた。それも収穫だが、ここで言う収穫とはトマトソースを作るために一斉に収穫をすること。ひと夏にだいたい2回行う。

今年は事情があって菜園周りの庭を作り変えた。そのために自由に庭に入ることができず、したがって菜園にも思うようには近づけなかった。

で、野菜たちは種をまいたり苗を植えたりした後は、ほとんど手入れをぜずほったらかしにしてきた。それでもトマトをはじめ野菜は勝手に育つのだから自然はスゴイ。

菜園トマト3個ヨリ300pic

少しタイミングが良ければ、訪ねてくれた大切な客人に、作りたてのトマトソースを使ったパスタなりをご馳走できた。客人はそこにいてくれただけでも嬉しかった。

が、

食べ物は人を幸せな気分にさせるから、ソースがあれば客人はもっと喜んでくれて、それを見る僕はもっとさらにチョー嬉しかったに違いない。

というわけで(どんなわけ~?)、新鮮トマトソース(salsa)の作り方(写真は過去のものも使用)をば:

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1.トマトのヘタを取り、芯もえぐり出す。芯は取った方がソースがやわらかくスムースに仕上がる。

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2.頭(ヘタの反対側)に十字の切れ目を入れる。それは十字でもXでも何でも良い。切り込みを入れたところから皮がするりとむける。

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3.沸騰した湯に放り入れる、という感じでさっと熱して、2、3分で取り出す。

200
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4、取り出した先からどんどん冷水にひたす。冷水にひたしたとたんに皮がむけるものも多い。

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皮はすべてむく。固くてソースにはならないから。

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5.角切りに(小さければ小さいほど良い)して、圧搾器で搾る。圧搾器は電動のものもある。僕は古い手動のものを使う。イタリアの道具らしく頑丈で無骨で面白く、かつ便利。圧搾器で押し出された部分がソース材。

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結構な力仕事だ。
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圧搾器の中にはトマトの芯や皮や傷んだ固い部分などが残るので、圧搾2、3回ごとに取り出して捨てる。
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戦争・圧搾器ヨリ300pic



搾り出し作業が終わる頃には、キッチンは戦場のような惨澹たる状態になっている。
戦争300pic戦争鍋・流し300pic







6.仕分けしたトマト中身(肉+汁) をぐつぐつ煮詰める。
(塩少々加えても良い。またここで好みによりバジリコ、唐辛子などを加えても良し。僕は一切何も加えない。ソースを使って料理をする時に加えればいいから)
鍋一杯の肉汁300pic


7.煮詰まったら鍋の中で完全に冷ます(一晩など)。
ほぼ煮詰まった鍋ヨリ300pic


8.瓶詰めにする。その時表面にオリーブ油をたらす(かける)。こうすることで空気の侵入を防ぐ(らしい)。
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9.瓶が完全に水没した状態で煮沸(冷水のときから温めて、沸騰したら5分程で火を消す)し、そのまま(湯の中に入れたまま)再び完全に冷ます(一晩など)。
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完成
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※常温で一冬保存もOK  念のために冷蔵庫で保管するも良し。僕はいつも冷蔵保存にする。1年は問題なく保存できる。

※瓶を開けて使った残りは冷蔵庫へ。2,3日で使い切るようにする。
 
※冷蔵保存するとオリーブ油が固まって白濁するが、調理すると(熱を加えると)溶けるので心配なし。



血まみれ謎まみれのマフィアボス、プロヴェンツァーノ逝く



2016年7月13日、マフィアのボスの中のボス、ベルナルド・プロヴェンツァーノが獄死した。83歳。彼は25歳で最初の殺人を犯し、30歳になるかならないかの頃に逃亡。以後43年に渡って逃亡潜伏を続け、その間にマフィアのトップであるトト・リイナに次ぐ地位にまで上り詰めた。

イタリア国家とマフィアが食うか食われるかの激しい戦いを繰り返していた1992年、反マフィアの急先鋒だったシチリア島パレルモのファルコーネ判事とボルセリーノ判事が爆殺された。爆弾によるテロを主導したのは、マフィアトップのリイナと逃亡中のプロヴェンツァーノだったとされる。

その翌年、司法が反撃に打って出た。マフィアの頂点にいたトト・リイナが逮捕されたのである。その大捕り物劇はNO2のプロヴェンツァーノが仕組んだと言われる。プロヴェンツァーノのさらに上にいて「野獣」と恐れられたボスの中の真のボス、リイナが逮捕された後、プロヴェンツァーノはマフィアNO1の地位に君臨することになった。

敵を容赦なく殺戮排除していく残虐な手法から、彼自身もまた「ブルドーザ(イタリア語でtrattoreだがニュアンスはブルドーザ)」と畏怖されたプロヴェンツァーノは、巨大犯罪組織の資金管理能力にも長けていたことから「会計士」とも形容された。彼は司法によるマフィアへの便宜と引き換えに、テロを抑制することを国家権力に提案したとされる。

事実プロヴェンツァーノがマフィアのトップに就いて以後、犯罪組織による激烈な犯行やテロは次第に鳴りをひそめて行った。だがそれはプロヴェンツァーノの犯罪そのものを帳消しにすることではない。彼は常にイタリア司法当局が追い求める凶悪犯リストのトップに居つづけた。

イタリア警察にはプロヴェンツァーノが20代半ばだった1959年撮影の顔写真があるのみで、近影のものが一切なかった。司法は写真を元に老境に入った犯罪者の指名手配写真をコンピュターで作成して行方を追った。しかし、プロヴェンツァーノの行方は杳(よう)として知れなかった。

1990年代、警察はプロヴェンツァーノの逮捕につながる情報を提供した者には約2億円の賞金を支払うとした。しかし、情報はほとんど寄せられず、2000年代には賞金の額はほぼ3億円に引き上げられた。それでも有力な情報はなく捜査は難航を極めた。

転機は2002年にやって来た。プロヴェンツァーノが大きなミスを犯した。シチリア島を抜け出した大ボスが、密かにフランスのマルセイユに行った。そこの病院で前立腺の治療を受けたのだが、提出した身分証には偽の名前と共に本物の写真が貼り付けられていた。

フランスから書類のコピーを入手したイタリア警察は狂喜した。そこから捜査は進展。確固としたプロヴェンツァーノ追跡が始まった。そして4年後の2006年4月11日、欠席裁判で6つの終身刑を受けながらも逃げ続けた大ボスは、潜んでいたシチリア島パレルモ近郊の農家でついに捕縛された。

プロヴェンツァーノは、1000人以上の殺害に関わり、870億円余の個人資産を蓄えていたとされる。当時マフィアは「みかじめ料」だけで年間約1兆4千億円を巻きあげ、土建業や売春や麻薬密売やテロや賭博等でさらに莫大な収益を上げていた。

逮捕されたプロヴェンツァーノは、「 41-bis」と呼ばれるマフィア凶悪犯禁錮法に基づいて、最大警戒レベル刑務所に収監された。しかし近年は病気がちで気力も弱りしばしば鬱の症状も出た。2012年には刑務所内で自殺もはかったりしていた。

元マフィア担当検事で上院議長のPietro Grasso( ピエトロ・グラッソ)氏は、プロヴェンツァーノの死を受けて次のように語った。「多くの謎が謎のまま残るだろう。プロヴェンツァーノは長い血糊の帯を引きずりながら墓場に行った。おびただしい数の秘密を抱え込んだまま・・」

プロヴェンツァーノの死は、全くマフィアの死を意味しない。彼より3歳年上のトト・リイナは、同じく「 41-bis」の適用された警戒厳重な刑務所でまだ存命している。しかし、プロヴェンツァーノ以上に口が堅いとされる大ボスもきっと何も語ることなく死んで行くのだろう。マフィアの壁は依然として高くぶ厚い。

プロヴェンツァーノが収監された2006年以降、後継者争いに勝って現在マフィアを率いているのは54歳のMatteo Messina Denaro(マッテオ・メッシーナ・デナーロ)とされる。彼はトト・リイナが逮捕された1993年に逃亡。今も潜伏を続けている。恐らくシチリア島内の、しかもパレルモのあたりで・・。


イタリアが“Italexit”=EU離脱と叫ぶとき

英国地図にX


国民投票によって決まった英国のEU(ヨーロッパ連合)離脱は、事態の真の意味を理解しないまま、多くの国民がポピュリズムをあおる者らに乗せられてEU離脱に投票してしまった、というのが真相らしいことが各種分析で明らかになってきた。

彼らが離脱賛成に回ったのは、増え続ける移民への怒り、あらゆるものに規制をかけるEU官僚への反感、EUへの拠出金が多過ぎるという不公平感、そして何よりも、EUに奪われた主権を取り戻す、という高揚感に我を忘れたのが主な理由だった。

EU離脱による英国の利益はほぼ何もない。一方、こうむる損失は甚大だ。EUという世界最大の経済ブロックに属するメリットを捨てて、独自の経済力や英連邦という「貧経済」圏を頼みにするなど、馬鹿げた思い込みで「貧乏国イギリス」の構築に向けての舵取りを始めた、とさえ言える。

英国がEUから去れば、イタリアはEU内での良き戦友を失うことになる。というのも英伊はしばしば手を結んで、EUの事実上の盟主である独仏コンビに対抗してきたからだ。中東危機などにまつわる軍事政策等では、EUはアメリカと絶えず会話をしながら共闘したり妥協したりしてきた。

そうしたケースではEUの中心になるのはほぼ常に英独仏だった。盟主の独仏が英国を介してアメリカと交渉する、という形がしばしば見られたのだ。イタリアはそこでは少し無視される存在だった。だがEUの「日常的」な意思決定の場面では、英伊は朋友であり続けたのだ。

イタリアのレンツィ首相はBrexitの投票前に、英国民に向けてEU残留を選択してほしい、とあの手この手で強く呼びかけた。その大きな理由の一つは、あるときはひそかに又あるときは公然と、EU内で独仏の専横に歯止めをかける役割りを果たした「英伊同盟」の存在があったからだ。

イタリア首相のマッテオ・レンツィは、EUの全き信奉者である。彼は英国の残留を願ったのと同じ強い気持ちでEUの将来を信じ、その発展を切望している男だ。ところがイタリアには実は、彼に同調する国民と反対する国民がほぼ半々の割合いで存在する。英国とほぼ同じ状況なのだ。

英国Ipsos Moriの最新の世論調査によると、イタリアのEU懐疑派は国民全体の48%にも上り、英国を含むEU加盟28ヵ国の中で最大の数字だった。それは2010年にイタリア国民の73%がEUを支持していた数字とは劇的に異なる。そのため調査結果は信用できない、という疑問さえ出た。

イタリアにおける反EU勢力は、極右の「北部同盟」を筆頭に抗議政党と呼ばれる「五つ星運動」、さらに「イタリアの同胞・国民同盟」などを含めた野党勢力である。それが全体に占める割合は、ちょうど47%になる。それから考えると48%というのは極めてリアリティーのある数字なのである。

EU懐疑派の増大の背景には、EU加盟で物価が急激に高くなってそのまま高止まりしている現実やイタリア財政危機、さらにイタリアがEUの意思決定過程の外に置かれているという国民の不安や不満などがある。つまり主権の喪失感だ。

不満が高まっていた折、いわゆる欧州難民問題が勃発した。ギリシャと共に難民流入の最前線に立たされているイタリアは、EUの十分な支援を受けられない中で難民救助や受け入れに孤軍奮闘してきたが、独仏など5ヶ国が国境を閉ざしたことでさらに孤独感を覚え怒りを募らせている。

そうしてみるとイタリアにおけるEU懐疑派の不満とは、英国のEU離脱派のそれとそっくり同じものに見える。少し違うのは、移民・難民問題に関してはイタリアの場合EUの中東難民対策への不信感があるのに対して、英国民はEU内のポーランドを始めとする中東欧域からの移民増大に反発している。

イタリアの反EU勢力の急先鋒である北部同盟は、Brexitが成ると同時に「英国に続け」と宣言した。それを受けて、イタリア第二の政治勢力である「五つ星運動」もEU離脱に向けて気勢を上げるのではないか、という恐れが一気に高まった。「五つ星運動」は2009年の結党以来、反EUを旗印にしてきたからだ。

ところが事態は別の方向に向かう可能性が出てきた。「五つ星運動」党首のべッぺ・グリッロ氏が「Brexitは明らかにEUの失敗だ。EUは内部から変わらなければならない。「五つ星運動」はEUの中で《真の欧州共同体》の構築を目指す」などとEU支持とも取れる発言をし始めたのだ。

「五つ星運動」は過去に何度も風見鶏的な動きをしてきた歴史を持つ。それは時として党首のグリッロ氏が専横的な動きをしたり、党の意思やその決定過程が不透明であるところから来るように見える。そこが改善されない限り同運動は、あらゆるものに異議を唱えるだけの無責任な「抗議勢力」に留まる危険がある。

ところが「五つ星運動」は、Brexit直前に行われたローマ市長選挙において、女性候補を擁立して圧勝。史上初めてローマに女性市長を誕生させた。快挙に気を良くしたグリッロ氏は政権獲得を目指すとも発言。お祭り騒ぎの中での「気まぐれ」なEU擁護発言、という可能性も否定はできない。

しかし、彼の宣言が本物ならば、イタリアのEU離脱あるいは‘Italexit’が現実のものになる可能性は、「今のところは」きわめて低い。イタリアの政治勢力の約25%を占める「五つ星運動」なくしては、EU懐疑派が総選挙や国民投票でEU支持派に勝利するのは不可能に近い。

そうはいうものの、予断は全く許されない。欧州にはイタリア以外にもEU懐疑派が多くいる。英国ではEU支持派のスコットランドが再び英国からの独立を目指してうごめき始めた。それは英国の弱体化をもたらすだけではなく、EU加盟各国にも強く影響して混乱の引き金になる可能性が大いにある。

その混乱が「五つ星運動」の風見鶏的本性を刺激して、人々の間に反EUの気運が一気に高まれば、Brexitに続いてイタリアがEU離脱を目指して疾駆している日が来るかもしれない。それは荒唐無稽なシナリオではない。少なくとも「そんな日は来ない」とは誰にも断言できない、と思うのである。


放言大王『タローア・ソー』のチョー名言「いつまで生きてんだよ、90歳」


麻生太郎副総理兼財務相 が「90歳になって老後が心配とか、訳の分からないことを言う人がいる。一体いつまで生きているつもりだ」という趣旨の発言をしたという。

僕は麻生さんの発言を早速イタリア人の義母ロゼッタ・Pに伝えた。義母はまさに90歳。昨年、日本の「老人の日」に際して「今どきの老人はもう誰も死なない。いつまでも死なない老人を敬う必要はない」と言い放ったツワモノである。

「お義母さんの友達が日本にもいるよ」と前置きして、麻生さんの発言を「いつまでも生きてんじゃねーよ。邪魔なんだよ90歳」みたいな、ちょっとふざけた 表現に訳して聞かせたら、義母は麻生さんの名前を独特の調子で発音しながら、「Bravo(良くぞ言った)Taroaso(タローア・ソー) Giovanotto(青年よ)」とカカ大笑した。高齢の麻生さんも義母の前では若造なのだ。

真正老人の義母が先頃、激増する長寿者を「いつまでも死なない老人」と喝破した見識は、僕をう~むとうならせた。イタリアを含む欧米諸国はみな日本同様に長寿国だ。老人問題は、特に先進国の全てが抱える深刻な事案だ。それは財政問題にほかならない。

高齢者の増加で年金を始めとする社会保障費の膨張は止まることを知らない。例えばイタリアでは100歳以上の人の数が、2002年の5650人から昨年は19000人にまで増えた。言うまでもなくそれは慶賀するべきことだが、国の財政という意味では破産にも等しい結果をもたらしかねない。いや、もうもたらしつつある。

財務大臣の麻生さんは、そんなシビアな現実を少しジョークを交えて指摘したのだ。言い方は洗練されていなかったかもしれないが、発言の全体を見れば正論中の正論だったことは明らかだ。発言の一部だけを捉えて、放言だ暴言だと噛み付くのはいかがなものか。

イタリア人の義母は「いつまでも死なない老人」発言の中で、『最近の老人は
《私を含めて》もう誰も死なない』と表現した。死なない他人を責めながらも、自らも問題のまったき当事者だという意識を明確に持っているのだ。

聞くところによると、75歳の麻生さんは講演の度に同じような話をして「かく言う自分も後期高齢者になってしまった」と締めて会場の爆笑を誘うらしい。つ まり自分も「いつまで生きてんだよ」的な高齢者だ、と自虐ネタを言っているのだろう。深刻な問題を笑いに変えた力量を、むしろほめてもいいくらいの名言ではないか。

麻生発言の一部だけを切り取った報道に早速、「(老人を侮辱されて)私は怒っている」と言った民進党党首の岡田さんや「人間の尊厳云々」と表明した共産党の志位委員長の発言など、選挙目当ての偽善的な言動などよりよっぽど正直で人間味に溢れている。

財政面もさることながら、日本における高齢化社会の問題の一つは、昔ながらの「敬老」の精神だ。年寄りを敬う心は大切に違いないが、年寄りがひたすら敬われていれば済む限度を超えて長生きをしているのに、その現実を無視して敬う振りをし続けていることだ。

老人問題は日本的「敬老精神」だけでは解決できない。90歳にもなればさすがに静かに余生を過ごしてもらうべきだろうが、もっと「若い」高齢者に関しては、就職や労働や年金のカット等を含めて現実的な対応がなされるべきだ。それは老人を切り捨てろ、という意味では断じてない。

長寿を祝いつつも、長寿社会の弊害を正面から見つめるべき時期が来た、という当たり前の話だ。そうすれば、元気に長生きしている人間を「老人」とひとくくりにして、見下したり存在を無視したりしているだけのくせに、「尊敬する高齢者の年金をカットしてはならない」などという偽善的な声も少しは消えて、より理にかなった政策が打ち出せる。

麻生さんはそれらのことを表現を変えて口にしただけ、というのは言い過ぎだろうか?


ローマに女性市長:古代ローマ帝国以来の慣習が崩壊

6月19日イタリア地方選挙の決選投票が行われ『永遠の都』ローマに史上初の女性市長が誕生した。

当選したのは既成政党に異議を唱える「五つ星運動」のビルジニア・ラッジ氏。ローマ市政の全てを変えるか、全てをこれまでと同じままにするか選択してほしい。私が全てを変える、と訴えた。

ラッジ氏は37歳。生粋のローマっ子で弁護士。ほんの数ヶ月前までは全く無名の存在だったが、ローマ市長選挙に立候補して優れた論客であることを証明し知名度を上げた。

ローマでは2015年、民主党の前市長が東京都の舛添要一 知事ばりに公費流用疑惑で辞任。また市当局がマフィアと癒着していた醜聞まで明らかになって市民が激怒。政治不信が広まっていた。

既存のあらゆる政治勢力に歯向かう「五つ星運動」は、そこを突いて大きく支持を伸ばした。そうやって古代ローマ帝国時代からえんえんと続いてきた「男性指導者オンリー」の支配体制に終止符が打たれた。

その出来事は2つの意味で重要である。一つはレンツィ首相が敗北によってダメージを受けたこと。近く憲法改正の国民投票を実施したい首相にとっては手痛いブローになった。

一つは欧米先進国の中で女性の社会進出が遅れているイタリアにおいて、しかも欧州の精神の核の一つを形成してきた古代都市ローマにおいて、女性のトップが生まれたという歴史的意義である。

ローマでは過去2000年余り、皇帝や貴族や執政官や独裁官やローマ法王や元首など、男性一辺倒の支配体制が続いた。それは欧州に於ける男尊女卑の社会風潮の象徴でもあった。

たとえばパリやロンドンやニューヨークなどの、欧米の他の偉大な都市で女性市長が誕生しても、もはや誰も驚かない。それらの都市は既に十分に近代的で「男尊女‘’」の社会環境があるからだ。

ローマは違う。さり気なく且つ執拗に男尊女卑の哲学を貫くバチカンを擁する現実もあって、イタリア国内を含む他の欧州の都市のように近代的メンタリティーを獲得し実践するのは困難だった。それが古来はじめて転換したのである。

今回の地方選挙ではローマ、ミラノ、トリノ、ボローニア、ナポリの5大都市が最も注目を浴びた。それらの都市での勝敗が次の国政選挙に大きく影響すると見られるからだ。

「五つ星運動」はローマのみならず北部の工業都市トリノでも勝利した。それは想定外の出来事でイタリア中が驚いた。「五つ星運動」は地方自治におけるこれまでの実績が思わしくなく、ローマ以外では勝てないと見られていたのだ。

レンツィ首相の民主党、「五つ星運動」、ベルルスコーニ党(フォルツァ・イタリア)というイタリアの3大政治勢力のうち、2大都市を制した「五つ星運動」が躍進、ローマを落とした民主党が苦戦、1都市も取れなかったベルルスコーニ党が惨敗、と形容できる結果になった。

そうした構造は一見するとイタリア特有のローカルな政治状況のように映る。だが実はそれは今、欧米世界に共通して存在する現象で、人々の不満や怒りが表出したものだと考えられる。

アメリカでは共和党大統領候補のトランプ氏が、白人労働者階級の怒りの受け皿となって支持を伸ばし、民主党のサンダース候補が既存の勢力に飽き足らない若者やマイノリティーの支持を集めている。

今回のイタリアの選挙結果も水面下でそれらの動きとつながっている。それはまた英国で今まさにBrexit≪英国のEU(ヨーロッパ連合)離脱≫の暴風が吹き荒れて、世論が“《反EU》”の怒りをはらんでてうねっている状況とも密接にからまっている。

「五つ星運動」はインターネットを駆使してイタリアの既存の政党や政治家を厳しく断罪し、同時にネットを通じてグローバルなコミュニケーション・ ネットワークを構築して、将来は世界政府を樹立する、という理想を掲げてイタリア政界に旋風を巻き起こしてきた。

同運動はお笑い芸人のベッペ・グリッロ氏が2009年に立ちあげた。その基本スタンスはEU無用論である。抗議政党とも呼ばれていて、既存の政治勢力にことごとく反旗を翻すことを身上としている。EU(ヨーロッパ連合)にも批判的で、単一通貨「ユーロ」も気に食わない。

「五つ星運動」とラッジ氏は、今回の選挙では《反EU》の旗印を引っ込めて、ローマ市政の腐敗と汚職と混乱を糾弾し市民の怒りを掻き立てる作戦で大勝した。だが彼らの正体はEU懐疑派であり、そこからの離脱を目指しているのである。

6月23日には英国でEU離脱か残留かを決める国民投票がある。もしも英国民がEUからの離脱を選択すれば、「五つ星運動」は勢いついて同じ方向を目指そうと叫ぶだろう。それはEU信奉者のレンツィ首相へのさらなる打撃になる。

またたとえ英国がEUに残留することを決めても、「五つ星運動」の反EUのスタンスは変わらないだろう。英国民のほぼ半数がEU懐疑派として存在し続け、アメリカではトランプ氏が勝っても負けても民衆の怒りや不満はくすぶり続ける。世界は歴史の岐路にいる。

世界政治の傍流であるイタリアの地方選で見えた流れは、実は決してイタリアに特異な現象ではなく、世界のトレンドがイタリアを巻き込んで流れていく巨大な奔流のほんの一部が表出したもの、という見方もできるのである。

けしからぬハフポスト

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ハフィントンポストを流して見ていたら、僕が“いいね”したとFB友の皆さんの顔写真と共に表示されていて驚いた。

僕はそこでは断じて“いいね”など押していない。なのでこちらから削除した。

写真は勝手に表示されていた僕のプロフ映像を削除した後のもの。一番左側に僕のプロフィール写真が載っていた。誰かがイタズラでもしたのかな?

僕はネットメディアや公の論壇などでは“いいね”を押さない。押すのは基本的にFB上での友達の投稿だけだ。友達がシェアした記事にも“いいね”は押さない。

シェアされたネタは前述のネットメディアや公の論壇記事である場合がほとんどだからだ。押さない理由はいたって単純。「きりがないから」である。

もっと言うと、シェアされた投稿はFB友達自身の考えやアイデアや感想や喜怒哀楽ではなく、僕の知らない人のそれだから、という思いも少し。ある。かも・・ね。

しかしハフィントンポストの場合は、そのほかにも僕が“いいね”を押すはずがない大きな理由がある。

それはハフポストから僕に寄稿依頼がない、というけしからぬ現実だ。

首を長くして待っている僕に『あなたの恋焦がれる気持ちに免じて記事を掲載しましょうね』とは言ってくれないイケズなハフポストを、僕が“いいね”などと思うものか!

ハフポストに載っている記事は面白いから読ませてもらう。が、しかし、実にけしからん。ぷん。ぷん。

なのだ。

にだ。

なだ。

のだ。

よ~し!!!!!!!!!



学生たちとあそぶ




先日、高校生およそ30人と2人の教師を含むグループが僕の編集スタジオに見学に来た。

則スタジオレッスンモニター指差し800pic
編集室は狭いので学生は床に座ってもらった

いま適当な言葉が見つからないので「見学」と言ったが、中身は僕のドキュメンタリー作品を皆で見て、そのあと僕がその作品にからめてドキュメンタリーとは何か、とか、ニュースとドキュメンタリーの違いとは?また類似点とは?などに始まって、映画の話や映像制作現場の話などを思いつくままにざっくばらんに話した後、生徒と質疑応答をする、というものである。要するにちょっとしたテレビ教室あるいは番組制作講座、などと呼べるかもしれない。

僕は数年前までミラノに小さな映像制作プロダクションを置いていた。仕事は忙しく、年中イタリア各地を巡ってはミラノに籠もるという生活だった。そのため僕の住まうロンバルディア州の田舎の町にはビデオ関係の拠点はなく、書き物をする書斎があるだけだった。数年前、ミラノ事務所を閉鎖した際、撮影機材と編集機材を自宅脇のスタジオに移動した。今はそこでも仕事をする。

ミラノから移動した機材はHDでもPC仕様でもないため、使い勝手が悪い。それどころか、従来の機材も依然として多く使われるイタリアにおいてさえ、テレビ番組等の制作現場には適さない。古くなってしまったのだ。今現在のビデオ映像の仕事が入ると、僕はミラノ事務所を開く前のフリーランスのディレクターのように、撮影機材や編集スタジオをレンタルしてこなす場合が多い。

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そんな訳で自宅のスタジオは、これまでの仕事のアーカイブ(ビデオ書庫)的な使い方をしている。アーカイブといっても、数え切れないくらいに取材・制作をした短い報道番組などの記録は残していないので、あるのは長尺(Feature)番組のコピーや撮影済み素材などに過ぎない。テレビ番組はConsumer goods つまり日々の消費財だと考える僕は、それらの一つ一つを保存しようなどとは考えもしなかった。

テレビ屋としての僕の少しの自負もまさにそこにある。人々の「今の」関心や無関心、あるいは喜怒哀楽や憧憬や欲望や噂好きなどを敏感に察して作られて行くのがテレビ番組だ。言葉を換えれば大衆と共に呼吸し存在しているのがテレビ番組である。それは芸術でもゲージュツでもアートでもなく、今日生まれて消えていく消耗品だ。だから制作者である僕も今を呼吸していなければならない。それは書籍や思索や机上議論とは違う、路上でのアクションなのである。

書かない作家は作家ではなく、映画を撮らない映画屋はフェイクであるように、ロケに出ないテレビ屋は偽者である。テレビ屋は----中でもニュース屋やドキュメンタリー屋は特に----ロケに出ることによって大衆と共に呼吸することができる。それをしない場合、大衆を置き去りにする芸術やゲージュツやアートがやがて一部の「通」、つまりオタクだけが後生大事に抱え込むおわコンになるように、消耗品のテレビ番組は死滅する。死滅するどころか、大衆と共に歩まないテレビ番組はそもそも生まれることさえない。

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かつて映像の世界でひと角のクリーエーターになろう、また必ずなれると信じていた怖いもの知らずの僕は、若気の至りで教師という職業をバカにしきっていた。特にアートの分野ではアーティストになれなかった者が教師に「成り下がる」とひそかに思っていた。「教える」という仕事は制作ではない。そしてアートは制作することが全てだ。だから制作をしない教師はおかしい、という理屈
である。

今は違う。僕は教師というプロの指導者の価値を知っている。教えるという行為は、確かにアート制作とは別物だ。が、そこでの教師はアート制作をする「生徒を制作する」のである。優れたアーティストには必ず優れた教師がいる。その教師はアーティストと教室で直接に顔を合わせることはなくても、彼の手引きとなる仕事をして「アーティスト造り」の一翼を担う。それよりももっと明確な「教師」であるのが、実際にアーティストを指導する先達だ。要するにプロの指導者としての教師だ。そして誰もが優れたプロの指導者また教師になれるわけではない。

僕が自宅スタジオで請われてやっていることは、あるいは教える行為に近いかもしれない。しかし、僕は生徒を指導しようなどという僭越なことは微塵も考えない。教えるノウハウを知らないからだ。また今さらそれを知ろうとも思わない。前述したように、いま手元に残っている自分の作品と、それにまつわるあれこれの経験を学生に話して、彼らの成長の糧になれれば嬉しいと思っているだけだ。そして、教えるというのではないそういう活動は、申し入れがある限り今後も続けようと考えている。

沖縄が米兵犯罪に過激に反応する“隠れ無き”本当の理由

過重負担は全国で分担引き受けるべき

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徳島文理大学大学院教授の八幡和郎さんが沖縄女性遺棄事件に関連して2本の興味深い記事を発表している。「沖縄が米兵犯罪に過激に反応する隠された理由」「元沖縄県民として元米兵の事件を客観的考察 」である。僕も沖縄で生まれ育ったものの長く外国暮らしをしている「元沖縄県民」である。そこで八幡さんにならって「元沖縄県民」という立場から意見を述べてみることにした。

沖縄が米兵犯罪に過激に反応する隠れようもない本当の理由は、八幡さんが前述の「元沖縄県民として元米兵の事件を客観的考察 」の中でいみじくも披瀝した「沖縄県における基地のあり方については、本土で引き受けられるものは、46都道府県は無条件に引き受けて沖縄に押しつけている状態を解消すべきだ 」にある。

沖縄の基地問題の肝はまさにそこだ。それ以外の議論は、正論・曲論・極論また誤解や中傷や罵倒や、たとえ礼賛であっても、全て枝葉末節である。負担軽減策において、政府の誠実と県外の多くの人々との連帯が実感できれば、沖縄は確実に静まる。なぜなら、県民の大半は八幡さんも指摘している通りアメリカが好きだし、基地の必要性も日米安保条約の重要性も認知し賛成しているからだ。

沖縄には基地を全て無くせと叫んだり中国脅威論を否定したりする人々もいる。また普天間の辺野古移設に賛成する者ももちろんいる。それらの人々のうちの前者は、主として自らの政治信条に従う人々であり、後者は土地や土建にまつわる利権業者とその周辺に多い。それらの人々の声ももちろん尊重されなければならない。が、彼らは飽くまでも少数派だ。それを拡大解釈して、あたかもそこに沖縄の真意があるように主張するのは間違っている。

「沖縄でなければならない」は虚偽

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抑止力論を盾に「海兵隊は沖縄にいなければならない」という辺野古移設を正当化したい政府の最大の主張の根拠は破綻している。海兵隊は抑止力の中核ではない。真の抑止力は別にある。「海兵隊=抑止力」論は、辺野古移設をゴリ押ししたい政府の詭弁だ。

そうした事実は森本敏元防衛相の「普天間基地を名護市辺野古沖に移設する現行案は軍事的、地政学的でなく、政治的状況を優先して決定した」発言でも如実に示された。その発言内容は防衛省・自衛隊のサイトでも確認することができる。

そればかりではない。現在はサイトが閉じられているものの中谷元防衛大臣は「普天間基地は沖縄でなくてもいいが、本土のどこも引き受けてくれない」と思わず本音を漏らしたことがある。同サイトのタイトルは「ぼくらが見にいく!在日米軍基地 沖縄に行ってきた!」だ。サイトが閉められたのは、あるいは官邸あたりが「都合の悪い発言」と見なして圧力でもかけたのだろうか・・・。

またモンデール元駐日米大使は、普天間の移設先に関して「アメリカは辺野古とは言っていない。岩国への提案をしたが、場所を決めるのはあくまで日本政府。米国は沖縄に固執していない」と、さらに踏み込んだ発言をした。

政府は普天間基地の移転先は辺野古だけが唯一の解決策だと言い張る。なぜなら地政学的にそうだから。また基地を分散したら抑止力が落ちるから、などと説明する。だがその本音は、移設先は軍事的には沖縄(辺野古)でなくてもよいが、政治的に考えると沖縄が最適の地域である。つまり本土で受け入 れ先を確保するのが「政治的に」無理だから、沖縄に押しつける。もっと言えば「沖縄以外の46都道府県のどこも受け入れないから沖縄県内でたらい回しにする」ということである。

NIMBYをどうにかするのが政治

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米軍基地は日本の安全保障また国防にとって重要極まるものだ。同時にそれは 迷惑施設でもある。そのため基地をいくつも背負わされてあえぐ沖縄の、その背中の荷物のほんの一部(普天間基地は沖縄全体の基地負担の2%に過ぎない)でも引き受けましょう、とは本土の誰も言わない。
基地の重要性は分かっていても誰も迷惑施設を地元に導入したくはない。基地は必要だからそこに存在するべきだ、でも誰もが「NIMBY(ノット・イン・マイ・バックヤード)、私の裏庭には持ってこないで」と思っている。そうやって「なんであれ、よその県が嫌がるので、沖縄に集中している現状であるのが事実だ」と八幡さんも述べる状況がまかり通る。

とはいうものの、迷惑施設はごめんだという人々の気持ちは理解できることだ。その思いを責めるのは酷である。だが同時に、やはり八幡さんが主張するように「沖縄以外の46都道府県は過重負担に苦しんでいる沖縄の米軍基地を引きとったほうがいい」というのもまた決して無茶な要望ではない。

そこで日本を統治する中央政府は政治を大胆に行わなければならない。この場合の政治とは「反対している本土のどこかの土地」、つまり NIMBYを決め込んでいる土地と人々を説得し、どうにかして基地負担を分散することだ。それを民主主義と言う。つまり妥協である。政府がその仕事を投げ 出すなら、それは「政治の堕落」だと沖縄県知事は表現し、多くの人々はそこに「沖縄差別」を見、指摘し、憤っている。

地位協定も癌

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八幡さんの主張にこだわる。彼が「地位協定にはなお改善の余地がある。この種の事件が起きるたびに小出しに改定することなく、ヨーロッパでの扱いなども参考にして、包括的最終的解決をめざすべきである」と指摘しているように、地位協定は全面的に見直されるべきだ。僕は改善ではなく破棄、あるいは最低でも全面改訂をするべきだと考える。

敗戦国という弱みを背負った日本の、最貧県の沖縄に君臨してきた米軍は、不平等条約と比較するのもばかばかしいほどの、米軍が一方的に有利な地位協定によって特権を誇示しエンジョイしてきた。日米地位協定は、米国が絶対で日本はそれに従う、という奴隷の発想から出たものだ。協定のおかげで米 軍は沖縄で傍若無人に振舞う。沖縄はそのことにも激しく怒っている。

ここまで述べたように米軍属の犯罪に対する人々の過敏な反応の原因はひたすら「沖縄の過重負担」だ。あるいは県民が「過重負担と感じている」現実 だ。それを取り除かない限り真の問題解決はあり得ないし、米軍(属)への怒りも収まることはない。そのことに目を向けない主張は、例えば沖縄の米軍専用施設は日本全体の74%ではなく23% 、などという議論と同じで、数字等を使った印象操作にしか見えない。

海兵隊にお引取りを願う

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最後に提案をしたい。沖縄の怒りも静まり、46都道府県が嫌な基地負担を背負うことも なく、かつ日米同盟もしっかりと維持しつつ抑止力も働く方法がある。それは米海兵隊に日本から完全に撤退してもらうことだ。海兵隊はアジア太平洋から中東 に至るまでの広大な地域を絶えず移動しており、沖縄に拠点を置かなければならない理由はない。

抑止力という意味でも同じだ。沖縄にいなければならない必然性はなく、抑止力としてもそれほどの貢献はしない。海兵隊は有事の際に米国民を救うことが第一義の軍隊であって、日本の防衛が本筋ではない。この際日米で話し合って撤退してもらっても、日本の安全保障にはそれほど支障はきたさない。

沖縄の基地の7割は海兵隊の専用施設だ。従って彼らがいなくなれば、単純計算でも沖縄の基地問題の70%が解消する。それでも沖縄には、横田、厚木、三沢、横須賀、佐世保、岩国の県外主要米軍6基地を合計した面積の1・2倍にも相当する嘉手納基地・弾薬庫を始め、広大且つ強力な米軍基地が残る。

沖縄が担う中国および北朝鮮への抑止力は、嘉手納基地と自衛隊とそして何よりも日米同盟で十分というのが多くの専門家の見方だ。海兵隊がいなくなれば普天間基地も辺野古もなくなる。あとは地位協定を抜本的に見直すことで、米軍と県民がより良く共生できる環境を整えれば済む。

それが叶った暁には沖縄の民意も政治も静まり、島々は穏やかで明るい人々の住む、適度にリベラルで保守気質も他府県同様に十分にある、本来の沖縄に回帰して行くだろう。その時こそ日本とアメリカはさらに友誼を深め信頼しあって、日本の安全保障のみならずアジア太平洋地域の安定にも資する、真の同盟関係を構築することができると考える。


イタリア、人権闘争の獅子マルコ・パネッラ逝く

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イタリア急進党(Partito Radicale)の創設者マルコ・パネッラ氏が86歳で亡くなった。

日本ではほとんど知られていないと思うが、パネッラ氏は旧弊なイタリア社会の変革に情熱を燃やしつづけた政治家である。

同氏は70年代~90年代にはイタリア国会議員。また 1979年から2009年までの間は4度に渡って欧州議会議員も務めた。

彼の最大の功績は、カトリック教のガチガチのドグマに縛られていたイタリアの中絶禁止法と離婚禁止法に噛み付いて、やがてこれを破棄させたことである。

パネッラ氏の政治基盤は自らも創設者の一人だった前述のイタリア急進党。しかし党名は急進(Radical)つまり極左にも近い響きがあるものの、実際の在り方は左右の政治枠には入らないのがその特徴だった。

右翼や保守とは相容れず、左派や共産主義者ともよくぶつかった。あえて他の欧州諸国の政治枠組みに入れてみるなら「進歩党」とでも呼ぶのが適切かもしれない。

パネッラ氏を例えば日本共産党や旧社会党の幹部と並べて評価しようとする意見もあるようだが、それはイタリアの社会の深部を解しない見方である。彼を日本の政治家と比べることはできないと思う。

今のところ日本には、パネッラ氏に匹敵するようなコミュニケーション能力に長けた革新派の政治家はいない。それどころか保守層を含めても、現在この時の日本の政治家の中には見当たらない、というべきである。

歯に衣きせぬ言動で知られたパネッラ氏は、同時に庶民派としても鳴らし、左右を問わない政治家や文化・知識人、そしてなによりも政治への不信感を強く抱くイタリアの民衆に愛された。そこでのキーワードはただ一つ『ぶれない』だった。

彼は自らの政治的主張を実現させるためには、右とも左とも平然として手を結んだ。その典型例が保守派のベルルスコーニ元首相との提携である。返す刀で彼は、ベルルコーニ氏の天敵である左派のプローディ元首相とも気脈を通じた。

そうした動きは当然、「ひより見」「八方美人」などと厳しく糾弾された。しかし、急進主義者の自分が権力を握ることはないことを知悉していた彼は、自身の主義主張を認知させるには大勢と組むのが近道と冷徹に考えた。

故に彼は、その時々で主流政治勢力と妥協し連携することを少しも厭わなかった。だが彼はそうすることで主流勢力に同化することはなかった。彼らの影響力を利用することだけが目的だったのである。

同時にパネッラ氏はその打算を微塵も隠そうとはしなかった。彼の政治手法は生涯一貫していた。そしてそこでのキーワードもやはり『ぶれない』だった。人々はそのことを愛し尊敬した。

彼は一度世界をアッと驚かせた。1987年、ハードコア・ポルノスターの「チチョリーナ」を自らの党に引き入れて国会議員に当選させたのある。そのときの彼女の得票は、党首だったパネッラ氏自身に次いで多かった。

彼は生涯結婚しなかったが、1974年以来ひとりの女性と同棲をつづけた。パネッラ氏はパートナーとの関係は互いを縛らない自由なつながりであり、氏自身はバイセクシュアルで相手の女性もそれを承知している、と明らかにしていた。

パネッラ氏は最近は政治主張をハンガーストライキと共に行うことが多くなっていて、2011年には3ヶ月のハンガーストライキを強行。彼の健康悪化の原因のひとつになったとされる。が、彼は肺癌と肝臓癌も患っていて、それが直接の死因になった。合掌。



イタリアとオーストリアがめでたく和解した


オーストリアがブレンナー峠でのバリケード構築案を引っ込めた。

オーストリア政府によると、地中海からイタリアに流入する「違法難民」がほぼゼロなので、バリケードを作る必要がなくなった、ということである。

しかしながら、地中海経由の難民は相変わらずイタリアに流入している。今年に入ってイタリアには既に28500人が上陸した。

危機感を強く抱くイタリア政府は管理を強化して、難民の申請・登録を徹底させ始めた。オーストリアの言う『違法』難民はこれまでのところゼロになった、とはそういう意味である。

オーストリアの決定の前日、EU(欧州連合)はメンバー5カ国の国境閉鎖期間を半年間延長する決定を下した。

5カ国とはドイツ、オーストリア、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー《メンバーではないがシェンゲン協定署名国》である。

EUの執行機関である欧州委員会は、ブレンナー峠にバリケードを構築しようとするオーストリアを強く非難していた。

オーストリアは欧州委員会の勧告を受けた形だが、南欧との連絡口を閉ざすことの不利益を考慮したのだろう。

経済規模が小さく同国への影響が少ないハンガリーやスロベニア国境を閉ざすのとは違って、欧州大陸で3番目の経済力を持つイタリアとの関係は重要だ。

オーストリアと緊密に連絡を取り合っているであろうドイツもおそらくそのことを認識して、オーストリアに圧力をかけてバリケード案の撤回を促したものと考えられる。

ここでも再びメルケル独首相の変わり身の術が十全に発揮されたようだ。

オーストリアVSイタリアのいがみ合いはいったん回避された。しかし、これから夏に向けて難民の数が増大し、イタリアの管理がずさんになった場合は問題がぶり返されるだろう。

夏の凪の海には程遠い4月中でさえ、イタリア沿岸には8370人の難民が押し寄せた。その数は2015年6月以来、はじめてギリシャを抜いて最大になった。

イタリア政府は難民管理を強化はしたが、流入そのものを阻止する策は今のところ皆無と言ってもいい。オーストリアの不安はイタリアの不安でもあるのだ。

たとえ2国間の緊張がぶり返さなくても、ドイツほか4カ国の「難民擁護」国が、シェンゲン協定を無効にする形での国境管理を続けていることに変わりはない。

シェンゲン協定の崩壊は事実上のEUの崩壊である。国境管理を無くして域内を人と物が自由に往来できる、としたEUの高い理念に挑む難民危機は、まだ全く終わりが見えない。

映画「ローマの休日」でオードリー・ヘップバーンに愛された「VESPA」の人気、いまだ衰えず!

運転ローマの休日ペック後ろから


クリエイティブなMade in Italyの製品の一つ、スクーターの「VESPA」が今年で満70歳になった。

フェラーリ、ランボルギーニ、アルファロメオ、マセラッティなどなど、イタリアには名車が多い。名車はイタリア以外の欧米各国にもたくさんある。が、車に興味のない人でも「一度は聞いたことがある」と答える車種の多さでは、おそらくイタリアが世界一なのではないか。

車ではないが、スクーターの「Vespa(ベスパ)」も疑いなくイタリアが生んだ「名車」の一つである。映画「ローマの休日」の中で、王女のオードリー・ヘップバーンが想い人の新聞記者グレゴリー・ペックと共にVespaに乗ってローマ観光をするシーンがある。

その場面は単純な街めぐりという形ではなく、王女で世間知らずのヘップバーンがおふざけでスクーターに乗って危うく事故を起こしそうになるところを、相手のペックが彼女を抱くように後ろから支えて運転する、という美しくも楽しい設定で始まり、進行する。

名画の中の名シーンで名優2人を乗せて走るVespaは、まるで彼らと競演する名脇役というふうで、忘れがたいものになった。ロンドンに2階建てのバスがありニューヨークにイエローカブがあるように、ローマのそしてイタリアの石畳の細道にはVespaがよく似合う。

Vespaはイタリアのオートバイメーカー・ピアッジョ社の製品である。第一号車は第2次大戦直後の1946年に売り出された。それから7年後の1953年に「ローマの休日」が製作され、同スクーターの人気を不動にした。以来70年、Vespaはグローバルな厳しい競争を生き延びてきた。

ピアッジョ社の前身は航空機メーカーである。1800年代の終わりに創業されたが、航空機を生産していたことが災いして、大戦中に工場が徹底的に破壊された。会社は速やかに再建されたものの、連合軍によって航空機の生産を禁止された。そこでバイク製造に乗り出した。

社長のエンリコ・ピアッジョが考えたのは「信頼できる街なかの乗り物」としてのバイクを生産することだった。依頼を受けたデザイナーのコラディーノ・ダスカニオは、エンジンを座席の下に収納するという画期的な設計で応えた。

それは彼が目指した「清潔でかさばらないバイク」というコンセプトをとことんまで追求した結果のアイデア。乗る人の服を汚さず油まみれにもならないように、エンジンを座席の下にコンパクトに隠すことを思いついたのだった。

ダスカニオの工夫はそれだけにとどまらなかった。ギアをハンドルに取り付けてそれまでのバイクとは違う感覚を取り入れ、女性も乗りやすいようにハンドルと座席の間を空けて、サドルを跨たがなくても乗車できる形にした。

さらにVespaには、タイヤの取り外しが簡単にできる仕組みなどの細工も施されている。それらは19世紀以来の航空機メーカーだったピアッジョ社の過去の技術の応用である。シンプルに見えるスクーターには、斬新でしかも複雑な技術もさりげなく、数多く導入されているのだ。

以後世界には(あらゆる優れた製品の周りで起こる現象と同じく)Vespaを模倣した作品が多く出回った。たとえばイギリスのトライアンフ・ティグレス、ドイツの ツェンダップ・ベラなど。無粋を絵に描いたような旧ソビエトにおいてさえ、ヴァトカというコピー製品が生み出されたほどである。

それらの模造品はすべて市場から消えた。一方Vespaは、これまでに150種類のモデルが作られ、世界114カ国で1800万台が販売された。それとは別に多くの国でライセンス生産もおこなわれている。また世界中の愛好家によるVespaクラブには6万人の会員が集まる。

名車と呼ばれるイタリア車の魅力の一つは、完璧の一歩手前の完璧さ、だと僕は思う。つまり速さやデザイン美や華やかさや機能の充実を目指す中に現れる、いわば人間的とも形容できる欠陥が同居する「不完全な完璧」である。

それは以前にも書いたように、例えば屋根の雨漏りであったり、排気音のすさまじさだったり、燃費の悪さであったりする。あるいはイタリアの中世の街並みの中に広がる、石畳の細道には大き過ぎるボディであったりもする。

それらは致命的な障害になりかねない重大な粗漏だが、イタリア車はそうはならない一歩手前で踏みとどまって、いわばかすかな欠陥を形成する。それは車の最も優れた部分と絶妙なバランスを保って、「突出しているが抜けている」というイタリア車特有の魅力を作り上げる、と思うのである。

ではVespaの魅力になる欠陥とは何かと考えた場合、それは「低速」あるいは
「ゆっくり」なのではないかと気づく。いわゆる原付ではあるが、Vespaはイタリアや日本やドイツなどの「普通の」バイクのように速さを追求する方向で発展しても良かった。つまりスクーターの「トップスピード保持車」を目指すこともできたのである。

Vespaはそこには行かず、街なかの「低速」の移動手段に徹した。自転車より速く自転車より疲れず自転車よりスマートな乗り物、という程度のコンセプトの枠の中で、機能美と見た目の美しさと軽さを徹底追及した。言葉を替えればローマの細い石畳の道にもっとも映える二輪車を目指した結果、行き着いた傑作がVespaなのではないか、と思うのである。


トランプ遊び


われながらウンザリするのだがアメリカ大統領選がどうしても気になる。

自分の立場は反トランプで揺るがず、最終的には彼が大統領になることはないだろう、と確信しているので黙って形勢を見守っていればいいのに、グズの愚痴りよろしく目新しくもない自分の思いをまた書くという愚行をくり返している。

一度アメリカに住んで、人種差別や暴力や不平等などの米国の深い病理と、まさにその病理を駆逐しようとする米国民の強い意志のぶつかり合いをつぶさに見た僕は、病理を体現していると見えるトランプさんの動向は不安であり不快である。

最終的には米国民のポジティブな思考が勝つ、と腹から信じているのだが、半数の米国民が彼らの最大の美点である「病理に立ち向かおうとする意志」を放棄しつつあるらしいと知るのはつらい。

トランプさんの躍進を受けて多くの論者がさまざまな意見を述べているが、僕は今この時の世界のパワーゲームや米国内の政治気運から読み解くトランプ現象よりも、いま言った米国のいわばプリンシプルが揺らいでいる現実がひどく気になって仕方がない。

トランプ氏への公開状~間違いだらけの反トランプ・ブロガー~

トランプ・カード

ドナルド・トランプ様


私があなたの「選挙キャンペーン予想レース」ですべりまくっているさえないブロガーです。

あなたは米大統領選の共和党候補者指名争いで勝利し、指名獲得を確実にしたわけですが、私は選挙戦のはじめからあなたを「有力泡沫候補」と規定して、あなたが各州で快進撃をつづける間もどこかで失速して消えると予想し、そこかしこでそう主張しつづけてきました。

しかしあなたは、共和党の主流派が放つトランプ降ろしの策動と連携したライバル候補たちの反撃に時として敗北することはあったものの、ほぼ 常勝と言っても良い勢いで進撃をつづけて、ついに指名獲得が確実というところまで来ました。私はあなたのみごとな戦いぶりに脱帽し、素直にあっぱれトラン プさん、と拍手を送ろうと思います。ただしそれは私がトランプ大統領の誕生を喜ぶことを意味しませんが。

私は徹頭徹尾あなたが合衆国大統領になることには反対します。あなたの政策とさえ呼べない数々の無益な主張や、それを表明する際の粗陋なレ トリックは合衆国大統領にふさわしいものとは思えません。それは人格の問題ということもありますが、もっと重大な点はあなたのそれらの主張は、米国のみな らず世界中に政治的な混乱を招き、今よりもさらに深刻な偏見・差別と憎しみの充満する社会を生み出すきっかけになりかねない、というところにあります。

あなたはここにきて罵詈雑言や中傷や憎まれ口を少しおさえ気味にして演説をするようになりましたね。もしかすると、共和党の主流派へ秋波を 送りはじめたのかもしれません。また「メキシコ人はレイプ魔」や「イスラム教徒排撃」などの過激発言を修正あるいは取り消して、選挙戦を有利にしたい思惑 もあるのでしょう。しかし、問題の核心はレトリックの裏にあるあなたの政治的立場や思想や原理原則ですから、あなたの正体は何も変わらない。

あなたは今後、民主党候補との対決も視野に入れながらさらに「共和党主流派寄り」にレトリックを変え言動を修正して行くかもしれません。そ の場合は、あなたは自らの激烈な主義主張に拍手喝采してきた支持者を納得させる説明を見つけなければならない。しかし、そんな説明などあるはずもない。あ るとすればそれは詭弁であり強弁です。つまりあなたは、コアな支持者を引き止めるためにも扇動的なキャンペーンをつづけなければならないでしょう。

あなたの過激発言の中身は、人々に執拗に不寛容の精神を植えつけようとするものであり、米国の孤立主義を推し進めるものが中心です。それこ そが私が異議を唱えるあなたの政治姿勢です。つまり私があなたのキャンペーン予想で「すべりつづけている」元凶であり、あなたが共和党支持者の多くに受け 入れられた原因です。それらは私が尊敬し憧れるアメリカとは対極にある政治スローガンです。つまり寛容と自由と平等を目指そうとしない米国です。

言葉を変えれば、多くの問題と誤びゅうと差別を抱えているいま現在のアメリカを、より良い方向に導こうとする人々の良心を踏みにじるもの。いま現在のアメリカではなく、米国民が理想と考えるアメリカこそ真のアメリカだとする、その「理想」のアメリカとは相容れないのがあなたの立場です。なぜならその理想とは、より寛容でより自由でより平等なアメリカという理念であり、偏見や差別や憎しみをあおるあなたの政治姿勢とは真っ向からぶつかるものだからです。

あなたのライバルになる民主党の候補が誰になるかは分かりません。しかし、一つだけ確かなことがあります。クリントン氏もサンダース氏も、 あなたのような汚れたレトリックは使わず、より寛容なアメリカ社会を目指そうと主張し、国際的には孤立主義にならない方向を模索しようと国民に訴えるであ ろうことです。私は民主党支持者ではありません。共和党の中の私が考える「まとも」な候補者が脱落した結果、米国民の描く「理想のアメリカ」にいささかな りとも向かおうとする勢力は、恐らく民主党の候補のみになった、と言いたいだけです。

あなたとなたの支持者たちは、もちろん11月の決選投票での勝利を目指しています。そして現在の勢いで行くならば、私の主義主張や願いは空 しく、ドナルド・トランプ第45代アメリカ合衆国大統領の誕生は間違いないことでしょう。私は何度も申し上げるようにあなたの批判者ですが、厳しい選挙戦 を勝ち抜いて世界最強の権力者の地位に着くであろうあなたには敬意を表します。飽くまでも民主主義の法則を遵守しての勝利ですから、たとえ反対者でも勝者 のあなたには祝福を送るべきです。私は心からそうします。

最後に、私はあなたの選挙戦予想レースにおいて、完璧に「すべりつづけている」男である、とも再び記させていただきます。

敬具




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