僕の古ぼけたドキュメンタリーが再公開される訳



バインダー表紙800pic
番組宣伝パンフレット


今年もまた僕の住む地域で日本文化紹介イベントがある。昨年の催しは田舎のイベントとしては大成功と言ってもよいものだった。

気を良くした役場のスタッフは、金曜日~日曜日の開催期間をさらに延ばして、2週の週末に渡って開くと決定した。

金~日の3日間ではなく、2週末の土曜日と日曜日なので開催期間は1日延びただけだが、2週間続くので印象としては大幅延長と感じる。

田舎のイベントで、日本文化のみに絞った祭りを2週間も続けるのは少しやり過ぎではないか、と僕は主催者に疑問を呈した。

ミラノやトリノなどの大都市ならいざ知らず、ブドウ園の景観は美しいものの人口の少ない地方での祭りだ。1週目で観客が底をつくのではないか、と心配したのだ。

でもスタッフは自信満々。昨年も結構バラエティー豊かに日本文化を紹介したが、今年は昨年の内容に加えて秋田犬や錦鯉まで展示するという。

僕は今年も上映する日本映画の選択と紹介、また解説を頼まれた。黒澤明の「デルス・ウザーラ」と北野武の「座頭市」を選んだ。

実は「デルス・ウザーラ」と伊丹十三のラーメン・ウエスタン「タンポポ」にしたかったのだが、「タンポポ」はイタリア語版が存在しないため、紆余曲折を経て
「座頭市」に決めた。

「タンポポ」はラーメンの奥深さを面白おかしく描いた作品。日本食ブームが続く中、イタリアでも急速に知名度を高めているラーメンにまつわる意外な物語が、昨年紹介した「おくりびと」同様に必ず受けると思ったのだけれど。

今年は僕がニューヨーク時代に作った30分のドキュメンタリー番組「のりこの場合」も上映されることになった。その後、地域の学校などで紹介される予定もある。

作品は米公共放送局PBSの13本シリーズ「Faces of Japan(日本の素顔)」の一つ。僕は13本のうちの4本を監督した。「のりこの場合」はシリーズの巻頭放送作品。残る9本は数人の米国人監督が分担して撮った。

その作品は運よくも、ニューヨークのモニター賞ニュース/ドキュメンタリー部門の最優秀監督賞に選ばれた。日本祭りの開催スタッフはそのことを知っていて、上映したいと言ってくれたのだ。

僕は正直ちょっと戸惑った。それというのも番組は1986年に放送され、受賞は翌年の1987年。最近の話ならともかく、30年も前のささやかな栄光を蒸し返すのはちょっと気が引けた。

それよりもなによりも、30年前の番組が今、果たして観客に何かを伝えることができるのかどうか、という重要且つ最大の疑問があった。

昨年、僕は黒澤明監督の名作「用心棒」をイベントで紹介したが、あまり受けなかった。古臭いと観客に思われてしまったのだ。

偉大なクロサワの映画でさえ古くなる、と僕は寂しく思い、以後いろいろなところで話したり書いたりした。

それなのに今年、吹けば飛ぶようなテレビ屋に過ぎない自分の古い作品を持ち出すのはおこがましい、と僕は心底思い、気後れがした。

どうしても、という声に押されてホコリにまみれたテープを見直してみた。やはり古い。しかし、意外にもテーマは今もしっかり生きている、と感じた。

僕は「のりこの場合」を日本の女性問題、特にジェンダーギャップを意識において作った。日本はあれからずいぶん変わった。だが変わっていないところも多い。

つまりそのドキュメンタリーは、切り取られた街の様子や人々のあり方や景観や雰囲気、さらに制作技術や様式等々の古さはあるものの、テーマは今現在にも通じる常に新しいものなのだ。

そこを踏まえて僕は要請を受けることにした。そして新しくイタリア語バージョンを作った。技術的に難しいところも多々あったが何とかクリアした。

史上初の大がかりな「日米共同制作シリーズ番組」の一環だったその作品には、制作過程の困難やドタバタを筆頭に多くのエピソードがある。そのことはまたどこかで書こうと思うが、視聴者の反応について一点だけ面白いエピソードを紹介しておきたい。

放送された「のりこの場合」は、ニューヨークの日本人社会ではあまり評価されなかった。ところがそれが受賞したとたんに、まさに手の平を返すように評価が一変して、素晴らしい出来栄えの作品という声が起こった。

外国人の評価に弱い、いかにも日本人らしい豹変ぶりだった。しかし、僕はそのことで人々を非難しようとは少しも思わなかった。

なぜなら「のりこの場合」には、日本人ができれば外国人に知られてほしくない、と思う要素も少なからず紹介されているからだ。日本が特殊な国であることがよく分かる仕組みになっている。

実はそれらの要素は、今ならむしろ多くの日本人が誇りに思うような、日本の伝統であり美であり形式である。だが30年前は違った。

当時はピークを過ぎつつあるものの、いわゆる「日本バッシング(叩き)」が盛んな頃だ。多くの日本人が肩身の狭い思いでいることも珍しくなかった。

またアメリカに同化し、アメリカ人と同じ生き方を目指している米国在の人々にとっては、そのドキュメンタリーは日本の「異質」ぶりを余すところなく紹介していて居心地が悪い、ということもあったと思う。

当時の日本人は、今日のように自らの文化や歴史や伝統に自信を持っていなかった。そのために作品の内容を、むしろ誇るべき日本の古い慣習や様式や哲学、と見なして胸を張る余裕がなかった。

だから「のりこの場合」の中に詰まっている「日本らしさ」から目を背けたかった。アメリカ(欧米)とは異質なものが恥ずかしかった。ところがアメリカ人がそれを高く評価した。うれしい。やっぱり良い番組だ、という風な心理変化があったのだと僕は考えている。

その作品を作った張本人の僕は、日本文化を恥ずかしいものだなどとは夢にも思わなかった。それはアメリカあるいは欧米ほかの文化とは違う文化なのであり、文化はまさに他とは違うことそのものの中にこそ価値がある。異質さは誇るべきものなのだ。

だが同時に僕は、日本社会に潜む固陋や偏見や課題を抉り出したいとも思い、そのつもりで取材をし番組を完成させた。アメリカの人々は、その片鱗を作品に見て評価してくれたのだと思う。

今回上映するにあたっては、イタリア人の反応はもちろんだが、日本人の反応も楽しみだ。おそらく日本人も今なら「“のりこの場合”の中の日本」を、イタリア人が楽しむであろう形とほぼ同じ形で楽しむだろう、と僕は信じている。

30年前の日本人ニューヨーカーたちが抱いたこだわりも疎外感も感じることなく、なによりも外国人の評価などとは無関係に「自主的」に、自らのルーツを見つめるだろうと思っているのである。


独断&偏見~なぜ昨今のサッカーイタリア代表はつまらないか~



50歳のバッジョ
50歳になったイタリア最強の「ファンタジスタ」Rバッジョ


イタリアサッカーが面白くないのは、「違い」を演出できる優れた選手がいないからだ。それらの選手はイタリアではファンタジスタと呼ばれる。ファンタジスタとはイタリア語のファンタジア(英語:ファンタジー)、つまり想像力とか独創性から来た言葉で、オリジナリティーに富むトップ下のストライカーなどを指す場合が多い。

サッカー選手のレベルを表す言葉としてイタリア語にはfuoriclasse(フゥオリクラッセ)、つまり「並外れの」とか「規格外の」あるいは「超一流の」というようなニュアンスの表現があるが、ファンタジスタはそのfuoriclasse(フゥオリクラッセ)の中でも特に優れた選手を形容する、最大級の尊称である。

ファンタジスタには規定や条件はなく、ファンやメディアが自然にそれと見なして呼びかける言葉で、極めて少数の選りすぐりの選手だけに与えられる称号。それがいかに特別な意味を持つ呼び方であるかは、次に示すファンタジスタたちの名前を見るだけでも十分ではないか。

最近のイタリア選手で言えば、ロベルト・バッジョ、アレッサンドロ・デルピエロ、フランチェスコ・トッティ、またFWではないがアンドレア・ピルロもそのうちの一人だ。さらに言えばバルセロナのメッシとスアレス、PSGのネイマール。もっと付け加えれば、マラドーナやジダンもイタリア的な感覚ではファンタジスタだ。

イタリアのファンタジスタの中ではバッジョが史上最強だと思うが、彼以外にも見ていて胸を躍らされる「違いを作り出す」選手たちが、近年だけでもイタリアには多く輩出した。だからイタリアサッカーは面白く強かった。強いサッカーとは面白いサッカーのことで、その逆もまた真なのだが、今は誰もいない。

彼らの仲間入りを果たしそうな選手は2人いた。アントニオ・カッサーノとマリオ・バロテッリである。しかし優れた能力を有しながら、2人は性格の不安定と頭の中身がぶっ飛んでいることが災いして、ついに大成しなかった。

カッサーノはカッサーノらしく先日、引き際でも混乱し物議を醸した後に正式引退。カッサーノに似た問題児のバロテッリは、まだ若いながら絶頂期は過ぎてあとは落ちるばかり、という風である。精神的に大きく成長しない限り、その傾向は逆転しないだろう。

2人はどちらも感情的あるいは衝動的になりやすい性格である。子供精神丸出しですぐに他者とぶつかり迷走する。成長し頭の中身を修正して、ピッチでも私生活でもイタリア代表チームのリーダーになることを期待され続けたのだが、うまくいかなかった。

カッサーノとバロテッリに続く才能は今のところ見当たらない。つまり、イタリアサッカーがかつての栄光を取り戻す道筋は見えない。ディフェンダーはイタリアらしく強い選手がひしめいている。だが守備だけではサッカーは勝てない。たとえ勝てても見ていて面白くない。

直近のビッグイベント、2016年の欧州選手権・イタリア代表の選手を引き合いに出してみよう。代表に選ばれたのは次の選手たちだった。

攻撃:エデル、ペッレ ザザ ジャッケリーニなど、いずれ劣らぬ凡手でどんぐりの背比べ。フゥオリクラセやファンタジスタとは逆立ちしても呼べない。

中盤:デ・ロッシ ティアゴ・モッタ モントリーボら。いずれもワールドクラスの選手だが、彼らは3人束になっても、イタリア最後のファンタジスタ、アンドレア・ピルロには及ばない。違いを演出するなど夢のまた夢だ。3人の中ではデロッシが格上だが、ピルロの天才は備えていない。

2016年のサッカー欧州選手権に際しては、イタリア代表チームを語るときには先ずGKのブッフォンの偉大さを語り、ボヌッチ、バルザッリ、キェリーニのいわゆるBBC守備ラインの堅固さを強調して、それがイタリアの強みだと結論付けるのが当たり前だった。

だが2012年の欧州選手権でも同じBBCラインは健在だった。しかし誰もそのことを口にしなかった。当時は違いを演出できるピルロが健在で、同時に彼の後継者のフゥオリクラッセと見られていたバロテッリがいたからだ。またGKのブッフォンもいた。だがブッフォンを特に強調するメデァもなかった。もう一度言う。ピルロがいてバロテッリがいたからだ。

イタリアサッカーはマルチェロ・リッピ監督が目指した、守備堅牢のカテナッチョ(閂:かんぬき)からの脱局はできていない。いや、おそらく永久にできない。なぜならイタリアの強みが強靭なディフェンスであり続けているからだ。それは中盤が突出して攻撃に優れた選手がいる限り問題ではない。問題どころか強みだ。

そこが問題になるのは、中盤や攻撃陣に“違い”を演出できる突出した選手がいないときだ。過去のイタリアチームにはそういう選手が必ずいた。前述のバッジョやデルピエロやトッティがそうだし、ピルロがそうだった。またヴィエリやマンチーニなどもいた。

若いバロテッリも2012年の欧州選手権でその片鱗を見せて将来が期待された。しかし性格や人間性の問題があってあっけなく消えた。彼の前のカッサーノも同じだった。今のイタリアチームには中盤と攻撃に優れた選手がいない。どんぐりの背比べを繰り返している。イタリアチームの魅力のなさの第一の戦犯はそれだ。

ナショナルチームの不振と退屈を象徴するように、イタリア一部リーグのセリエAもつまらない。欧州一、ということはおそらく今の段階では世界一の守備陣を擁するユベントスが、6連覇を果たした。一つのチームが6連覇するなど、かつてのセリアAでは考えられない。それもこれも、ファンタジスタどころかフゥオリクラッセさえ見当たらない、イタリアサッカー全体の凋落がもたらした停滞だ。

ユベントスの強烈なディフェンスは、そのままナショナルチーム守備陣も形成する。すなわちボヌッチ、バルザッリ、キェリーニのBBCラインに、やはりユベントスの守護神・ブッフォンが鎮座する陣容だ。強力な守備陣に凡庸退屈な中盤と攻撃陣が合体する形。

凡庸な中盤のフォーメーションではゲーム構築もおぼつかず、加えてひ弱な攻撃陣の得点能力は最悪。2016年欧州選手権では、イタリアはなんとか決勝トーナメントまでは進んだものの、それ自体がまぐれ当たりのような頼りない行進だった。

2018年のワールドカップもあまり期待できそうもない。本大会出場権はさすがに逃がさないだろうが、違いを演出できる中盤から上のポジションの選手はいない。頼りになるのは相変わらず守備陣。繰り返すが守備だけではサッカーは勝てない。たとえ勝ち進んでも、見ていてやっぱりあまり面白くない。




サッカー・ネイマールの高額移籍金のからくり



叫ぶNeymar
ブラジル代表ネイマール


イタリアサッカーの凋落について考えていたら、それに引きつけられたのでもあるかのように、サッカーを巡る興味深い出来事が次々に起こった。

メッシのチャリティー結婚披露宴周りの醜聞についてはもう言及した。その少し前から取りざたされていたのが、FCバルセロナからパリ・サンジェルマンFCに鞍替えするネイマールの異常な額の移籍金である。

ブラジル代表のストライカー・ネイマールは25歳。世界でも指折りの強豪クラブ・FCバルセロナでメッシ、スアレスと共に世界最強と言われる3トップ(攻撃態)を構成した。しかし2017年8月3日、パリ・サンジェルマンFCへの移籍が発表された。

その移籍金は「不道徳」と形容する者さえいる史上最高額の2億2200万ユーロ(約291億円)。これまでの移籍金最高額の2倍を一気に超えるものになった。ネイマール自身の年棒は税込みの4500万ユーロ(60億円)。世界最強プレーヤーと呼ばれるメッシやロナウドを、ここでも一気に抜き去ることになる。

時代も金の価値も状況も違うが、移籍金291億円とは、マラドーナが1982年にボカ・ジュニアースからバルセロナに移籍した時の約9億4千万の30倍。つまり、ネイマールは、当時のマラドーナの30人分の価値があるということになる。

また1990年にイタリアの至宝ロベルト・バッジョが、フィオレンティーナからユヴェントスへ移籍した時に動いた金は約13億円。従ってネイマールは、当時のバッジョの22倍の価値があるということになる。あるいは21世紀に入って移籍金が高騰して以降の、ジダンの値段98億円と比較しても約3倍である。

それがいかに荒唐無稽な試算また金額であるかは、サッカーを少し知っている者ならたちまち理解できるはずである。ネイマールの潜在能力の高さは誰にも否定できないが、今のところ彼は断じてマラドーナやバッジョの域には達していない。もちろんフランス最強プレーヤーのジダンにも及ばない。

高額な移籍金はそれぞれの時代を反映したものである。また時代を駆け抜けた名選手たちの価値は、金銭のみで推し測ることはできない。先に述べたように金銭の価値も世情もそれぞれの時代で大きく変わるからだ。それでも、ネイマールの今回の移籍金の高さは尋常ではない、とは子供でも分かるのではないか。

これまでのサッカー選手移籍金の最高額は昨年、ユヴェントスからマンチェスター・ユナイテッドに移籍したポール・ポグバの約140億円。ネイマールのそれは一気に2倍以上になった。普通のサッカーチーム(企業)なら、とても投入できない金額だ。

ネイマールを獲得したパリ・サンジェルマンFCは、中東カタールの国営企業がオーナーである。要するに同クラブは、オイルマネーに溢れたカタールの国営チームとも呼べる形態。採算を無視した取引をやってのけられるのは、親方日の丸ならぬ「親方カタール国」チームだからだ。

パリ・サンジェルマンFCはネイマール関連事業で、今後5年間に790億円近い出費をすることが見込まれている。その内訳はネイマール自身の年棒、税金、契約解除金、ボーナス等々である。つまり同クラブはネイマールを獲得したことで、移籍金とは別に一年に約158億円もの負担増を抱え込むのである。

ネイマール自身と彼のマネージャーでもある父親は、この移籍によって数十億円の一時金をパリ・サンジェルマンFCから支給される。またネイマールの年棒は前述のように一気に世界最高額にハネ上がる。移籍劇には金銭的な動機が大きく関わっていた。ネイマールと父親は、その点でFCバルセロナやファンからバッシングを受けたりもしている。

僕は彼らを非難する人々には違和感を覚える。ネイマールは優れた「プロ」のサッカー選手だ。プロにとっては年棒が自身への評価なのだから、より多くのサラリー(年棒)を提示するチームに移籍するのは当然だ。彼の年棒は税込みで約60億円。手取りでは30億円前後というところだろう。

庶民から見れば、もはやため息さえ出ないような呆れた高額だが、超一流のサッカー選手の年棒としては納得の行く金額だと僕は思う。ネイマールは世界中のサッカーファンの夢を大きく広げ、くすぐり、突き動かすことができる才能の持ち主だ。「夢のような」金額を稼ぐのも、スタープレーヤーの「夢をつむぐ」仕事の一つではないか。

法外なのは移籍金である。これは企業であるプロのクラブ同士が勝手にやり取りをするもので、ネイマールには何の責任もない。ある種の人々が指摘するように金額が不道徳であるならば、彼が所属するクラブが不道徳なのであり、選手自身には関わりのないことだ。責めるならFCバロセロナと、特にパリ・サンジェルマンFCを責めるのが道理である。

さて、ここまでがテレビ屋としての僕の野次馬また金棒引き根性に基づいた、噂話とおしゃべりとパパラッチ的情報である。次に純然たる1人のサッカーファンとしての考えも述べておきたい。

ネイマールはまぎれもなく超一流のサッカー選手である。年齢も25歳と若い。だが彼の所属する(した)スペインのFCバロセロナにはメッシという文字通り世界一のプレーヤーがいる。

バルセロナでは全てがメッシを中心に回る。ゴールを狙うのも第一義にメッシであり、フリーキックやPKも基本的にメッシが受け持つ。そのメッシは契約上、少なくとも2021年までは同チームの顔として存在し続ける。

つまりネイマールは、彼とメッシとスアレスで構成される世界最強の3トップの一角ではあるものの、スアレスとチーム内の2番手、3番手を争う存在であり続けるのだ。全てが普通に動いて行くなら、今後も決して最高峰のメッシの上に行くことはできない。メッシを抜けないとは、つまり世界ナンバーワンにはなれないということだ。

彼はメッシを凌ぐ選手になりたいと熱望している。凌ぐことはできなくても、彼と並ぶ世界最高峰のプレーヤーになりたいと願っている。例えばレアル・マドリードのロナウドのように。そしてネイマールにはそれだけの潜在能力がある。

メッシと同級の選手になり、あわよくば彼をも凌ぐ選手になりたい。それもネイマールがパリ・サンジェルマンFCへの移籍を決意した大きな理由だろうと思う。彼は賭けに出たのである。なぜ賭けなのかというと、パリ・サンジェルマンFCで輝けなかった場合、彼は激しくバッシングされる可能性が高いからだ。

パリ・サンジェルマンFCの最大の目標は、欧州チャンピオンズリーグを制することだ。それによって、スペイン、イングランド、ドイツ、イタリアなどの後塵を拝している仏プロサッカー「リーグ・アン」の地位を押し上げ、そこに所属する自身の知名度も高めたいからだ。

その切り札としてパリ・サンジェルマンFCは大枚をはたいてネイマールを獲得した。その狙いが外れたときの失望は大きく、責任は全てネイマールに押し付けられる可能性がある。その時には彼は、世界一のプレーヤーどころか、FCバロセロナなどの世界トップクラスのチームの一員、という特権も失うことになる。

なぜならパリ・サンジェルマンFCは、ネイマールが大きく輝いて、メッシやロナウドと同格の高みにまで達した時に、初めて「世界トップクラスのチームの一つ」と見なされるようになる筈だからだ。パリ・サンジェルマンFCは今のところ、ネイマール自身と同様に潜在能力の高い、だが同時に脆性も秘めた不確かな存在に過ぎないのである。



「テンポラーレ祭り」のあとの寂しさ



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強風になぎ倒された庭のレモンの大鉢


2017年8月10日午後、朝からの薄い曇り空ににわかに黒雲が湧き起こって風が吹きつけ、巨大な雹が叩きつけるように降り注いだ。

イタリアの夏の風物詩テンポラーレ(雷雨を伴う強烈な夕立、あるいは豆台風、あるいは野分)である。雹を伴うと農作物に甚大な被害をもたらす。

短い間に大量に降りなぐった雹は、未収穫のブドウのほぼ4割を破壊したと見られる。農家にとっては4月の冷害に続く災難である。救いは全体の半分以上がすでに収穫済みだったことだ。

例によって僕の菜園の野菜たちも手ひどい暴力にさらされた。トマトが半死、白菜とキャベツが恐らく全滅。不断草がきついダメージ。あまり結実はしていないものの、ナスとピーマンも破壊された。

白菜とキャベツは、カリフラワーとブロッコリともども、冬に向けての収穫が楽しみの種だった。雹のあまりの攻撃でたぶん巻いて結球することなく終わるだろう。残念無念。

壁際の円形鉢でよく育っていた大葉はかろうじて救われた。週末にオーストリアから訪れる友人夫婦に、天ぷらにしてご馳走する計画だからよかった。その分はなんとかなりそうだ。

トマトもなんとか助かった。生き延びた分を早めに収穫してソースを作ろうと思う。実は今年はすでに2回トマトソース作りをした。不作で2回とも量は少なかった。

次の3回目もたいした量にはならないだろう。豊作だった去年とはえらい違いだ。具体的に言えば今年は、昨年の3分の一程度のソースしかできない見込み。

少しさびしいトマトソース作りは、原料の少なさに加えて、外野からあれこれチャチを入れたり写真撮影をしたりする妻が、今年は母親の介護で留守だったことも原因の一つ。

それにしても、今夏イタリアを襲っている異様な暑気と旱魃は、実は北イタリアの特にわが家のあるロンバルディア州の一角では、ほとんど実感されていない。

昨日のすさまじい雹嵐ほどではないものの、テンポラーレ(雷雨を伴う強烈な夕立、あるいは豆台風、あるいは野分)が適度な頻度で襲って雨を降らせ、暑気を吹き散らしてくれたのだ。

アルプスと向き合う北イタリアと、アフリカに対面する南イタリアが一国を構成するこの地では、経済格差に加えて環境格差もまた南北問題を作り出している、とも考えられる。



メッシの結婚祝いに集まった「恥ずかしい」セレブたち



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メッシのチャリテー結婚披露宴


チャリティーに関する他人の行為を非難するのは慎むべきである。慈善事業や寄付やボランティア等々はそれぞれの人の気持ちの問題だからだ。慈善行為について他人を非難するなら、じゃ、お前はどうなんだ、と何よりも先に自問自答しなければならない。

しかし、話題にする相手が世界的に知られたセレブで且つ大金持ち、という場合にはこれにはあたらないと思う。あれこれと噂話の種にしてもそれほど問題ではないだろう。そもそもセレブとはそうされることでセレブになり、セレブになることで彼らは社会的、経済的、心理的恩恵などを受けるのだから。

先日、世界最高峰のサッカー選手リオネル・メッシの結婚式があった。そこには260人のセレブが招待された。メッシと新妻は、彼ら2人への祝儀の代わりに、慈善団体へ寄付してほしいと招待客に頼んだ。結婚披露パーティーが終わったところで蓋を開けてみると、合計“たったの”9562ユーロ(約125万円=1人頭4800円)が寄付されているだけだった。

およそ125万円の寄付金は、普通なら少なくない額、と言えるかもしれない。だがそこに集まったのは、前述したように世界中の大金持ちのセレブたちだ。その金額は慈善行為が奨励され大切にされる欧米社会の感覚では、醜聞と形容してもかまわないほどの恥ずかしい数字、なのである。

案の定、そこかしこから糾弾の火の手が上がっている。なにしろそこに招待された裕福なセレブのうちの、ほんの一部の資産状況をのぞいて見るだけでも、彼らがあまりにも吝嗇であることが分かって、少し気分が悪くなるほどだ。

例えばメッシが所属する世界トップクラスのサッカーチーム、FCバルセロナの同僚スアレスは、年棒が手取りで約21億円。元同僚で伝説的ディフェンダーのプヨルは資産が約52億円。歌手のシャキーラは資産およそ262億円。また彼女の夫で同じくメッシの同僚のピケの年棒は約7億6千万円。元同僚で今はトルコでプレーするエトオの資産が約112億7千万円など、など。

招待された人々の中には、例えばメッシの家族や親戚や幼馴染など、セレブでも金持ちでもない人々もいただろう。しかし大半がサッカーのスーパースターの周りに参集した金持ち有名人だ。彼らのうちの何人かが、それぞれの「立場に見合った」寄付をしていれば、その総額は大きく増えていたに違いないのだ。

当たり前の話だが、招待客は豪華な会場の豪華な食事や出し物やショーを楽しんだ。普通ならその返礼に新郎新婦へのプレゼントを贈る。あるいは逆に、彼らが差し出す贈り物のお返しに食事やショーが提供される、と考えてもいい。ともかく招待客はお祝いにある程度の出費をするのが当たり前だ。

メッシは、黙っていても招待客がするはずの出費を、チャリティーの寄付に回してくれ、と彼らに願い入れたのだ。各人の自由意志によるそれは、チャリティー故に、大金持ちたちの寛大な心も期待できて相当な金額になるはずだった。ところが結果は、前述のようになんとも惨めな恥ずかしい内容だったのだ。

そのエピソードは、目を覆いたくなるもう一つの出来事を僕に思い出させた。東日本大震災の直前に、アメリカの女子プロゴルフ界がチャリティーコンペを主催した。チャリティーコンペだから賞金が出ない。賞金は全てチャリティーに回されるのだ。そこに宮里藍、上田桃子、宮里美香の日本人トッププレーヤー達は参加しなかった。賞金が出ないからだ。

ところがそのすぐ後に、東日本大震災が起こってしまった。すると日本人3人娘が被災地のためにチャリティーコンペをしようと呼びかけた。それは良いことの筈だが、当時アメリカでは大変な不評を買った。残念ながら彼女たちは、身内のことには必死になるが、他人のことには鈍感で自分勝手、と見破られてしまったのだ。

自分や身内や友人のことなら誰でもいっしょうけんめいになれる。慈善やチャリティーやボランティアとは、全くの他人のために身を削る尊い行為のことである。それは特に欧米社会では盛んで、有名人やセレブや金持ちたちには普通よりも大きな期待がかけられる。日本人3人娘の失態を聞いたとき、誰か彼女たちにアドバイスをしてあげる人がいればよかったのに、と僕はひどく残念に思ったものだ。

しかしその後、彼女たちは懸命に頑張ってチャリティー活動を行い、1500万円余りの義援金を被災地に寄付したことは付け加えておきたい。

チャリティー活動が盛んではない国・日本で育った者にありがちな、気をつけなければならないエピソードは、実は僕の身近でも起こった。わが家で催したチャリティーイベントで、多くの飲食物が提供された。ところが、事前に告知されていたローストビーフが手違いで提供されなかった。このことに怒った人々が担当者を突き上げた。

実はそうやって強くクレームをつけたのは残念ながら日本人のみだった。そこで大半を占めていたイタリア人は、一言も不平不満を言わなかった。彼らはチャリティーとは得る(ローストビーフを食べる)ことではなく、差し出す(寄付する)ものであることを知りつくしていたからだ。

イタリア人は、カトリックの大きな教義の一つである慈善やチャリティーの精神を、子供のころから徹底的に教え込まれる。そうした経験がほぼゼロの多くの日本人にとっては、得るもの(食べ物)があって初めて与える(支払う)のがチャリティー、という思い違いがあるのかもしれない、と僕はそのとき失望感と共にいぶかった。

閑話休題

結婚披露宴に参加したシャキーラの夫のピケ(FCバルセロナ所属)は、パーティーの直後に行ったカジノで、11000ユーロ(約145万円)をあっという間にすったが、彼にとってははした金なので涼しい顔をしていた、という。

統計によると、慈善活動をする世界の人々のうちのもっとも裕福な20%の層は、収入の1,3%に当たる額を毎年寄付に回す。一方 慈善活動をする世界の人口のうちのもっとも貧しい20%の人々は、彼らの収入の3、2%を寄付に回している。

金持ちは貧乏人よりもケチなのだ。メッシの披露宴に集まったセレブな大金持ちたちが、慈善寄付に冷たかったのも仕方のないことかもしれない。

それにしても、メッシがチャリティー披露宴を催したのはアルゼンチンである。アルゼンチンは慈悲の心と寛大と情けを強く奨励する、バチカンのフランシスコ教皇の故郷だ。

しかも出席者は、メッシ夫婦を筆頭にほとんどがカトリック教徒である。そのあたりを考えると余計に、招待客のケチぶりに「なんだかなぁ」とため息をつきたくなるのは、僕だけだろうか。。。




地中海難民と沖縄米軍基地



群集路上マネキン無関心600picに拡大


地中海を渡ってイタリアに流入する難民・移民はとどまることを知らない。彼らの救助と救助後の面倒見に翻弄されているイタリアは、EU(欧州連合)の介入と手助けを必死に呼びかけているが、独仏をはじめとするEU各国は「イタリアに同情する」「イタリアを1人にはしない」「イタリアの痛みを分かち合う」などなど、口先ばかりの「連帯」を表明して実はほぼ無関心と言っても良い態度を貫いている。

それどころかEUの問題児のハンガリーは、同国のオルバン首相の名で「イタリアは難民排斥のために全ての港を閉鎖するべき」と呼びかけてこの国を非難した。それにはチェコ共和国、スロベニア、ポーランドの元共産主義国で今や難民・移民排斥の急先鋒の国々の代表が同調した。

イタリアには中東やアフリカからの難民・移民が押し寄せている。今年はその数は、7月末現在までに約10万人にのぼる。その数字は、海が静かな夏の間は確実に増え続けると見られている。それらの難民・移民の大半の「最終目的地」は、実は「ヨーロッパ全体」であってイタリアではない。イタリアにとどまろうとする者は少数なのだ。

つまりそれはEU各国はもちろん欧州全体の安全保障の問題である。ところがEU加盟国を始めとする欧州の大半の国と国民は、それをイタリアだけの問題とみなして、口先だけの連帯を唱えて無関心でいるのだ。それどころか先の東欧4カ国は、EUのメンバー国でありながらイタリアを避難するような声明を出すありさまである。

ハンガリーをはじめとする東欧の国々は、EUに参加はしたものの、いわゆる西側諸国に比べると経済的には弱者である。経済大国ドイツはもちろん、仏伊ほかの国々と比べても豊かさではかなわない。彼らが難民受け入れに反対するのは、経済的な負担を避けたいからである。それは理解できることだ。だがそれだけではない事情もある。

かつてソ連の庇護の下にあった東欧4カ国には、人種差別にあまり罪悪感を覚えない人々が多く住む、という説がある。そうした人々の大半は、第二次世界大戦中のドイツ人やオーストリア人などと同様にユダヤ人を虐殺したり、虐殺に手を貸したりなどしてナチスにぴたりと寄り添い協力した過去を持っている。いわゆるポグロムである。それにもかかわらず、戦後は共産主義世界に組み込まれて戦時の総括をしないままに日を過ごした。

やがてソビエト連邦が崩壊し、現在ではEU(欧州連合)の メンバー国にまでなる幸運を得ながら、先の対戦への総括がなかったために昔風の反ユダヤ主義やイスラムフォビア(嫌悪)やアジア・アフリカ差別などの心理を払拭できずにいる、というのである。もしもその説が正しいならば、難民問題は過去2千年に渡るユダヤ人迫害事案などを始めとする、欧州のもう一つの暗い歴史をあぶりだしていると言える。

ところで、難民・移民問題に関する欧州内の有りさまを見ながら、僕は何かに似ていると思い続けてきたが、イタリアに対するハンガリー主導の先日の4カ国の非難声明を見て、ようやくそれが何であるのかが分かった。要するにそれは辺野古および沖縄米軍基地を巡る日本国内の状況にそっくりなのである。

つまり日本全体の安全保障のための基地過重負担にあえぐ沖縄に、「同情」し「沖縄に寄り添い」「痛みを分かちたい」と口先ばかりの「連帯」を言う安倍政権と多くの日本国民は、欧州の大半の国とその国民に似ている。またイタリアを非難する東欧4カ国は、沖縄の反基地闘争は補助金や補償金が目当て、と誹謗中傷するネトウヨ・ヘイト系の人々に酷似している、と気づいたのである。

沖縄には同情するが、でも米軍基地は「NIMBY=Not In My Back Yard(私の裏庭には持ってこないで)」と願う人々の気持ちは理解できるものだ。欧州各国が難民の重責をイタリア一国に押し付けたがる気持ちもまた同じ。それは世界中のどこの地域のどんな事案にも当てはまる現象なのである。

だからといってその不条理を不条理のまま捨て置くのは許されない。日本国民と欧州各国は見て見ぬ振りをするのではなく、そろそろ沖縄とイタリアの負担軽減に向けて自らの身も削ることを考えるべきだ。その動きが出ないならば、沖縄とイタリアはさらに強くさらに声高に要求し闘い続けるべきだ。

なぜなら米軍基地は沖縄一県ではなく日本全体の安全保障の問題であり、地中海難民問題はイタリア一国ではなく欧州全体の同じく安全保障の問題だからである。沖縄とイタリアに生じた安全保障の綻(ほころ)びは、応力集中を引き起こしてそれぞれの地域の崩壊につながる可能性もあることに、人々はそろそろ気づくべきである。


今さらながらの、サンジミニャーノのただならぬ気配について



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高さ54mのグロッサの塔とサンジミニャーノ大聖堂



丘陵に展開される田園風景が美しいイタリア・トスカーナ州のサンジミニャーノを久しぶりに訪ねた。

正確に言えば、トスカーナ州のキャンティ・ワインの里に招かれて、近くの街サンジミニャーノにも足を伸ばした。

パリオで知られたシエナ県にあるサンジミニャーノには、街が大きく発展した
10世紀以降に建てられた高塔が林立している。

「中世のマンハッタン」あるいは「中世の摩天楼都市」などと呼ぶ人々がいるゆえんだ。

マンハッタンの街を歩いても実は聳え立つ摩天楼は見えない。あたりの建物もみな背が高いために視界が制限されるからだ。

ところが塔以外の建物の背が低く、街もひどく狭いサンジミニャーノでは、ほぼ全ての通りから聳え立つ塔が威圧し迫ってくる。

サンジミニャーノの最も感慨深いポイントは、どこにいても見える古色蒼然とした塔の圧倒的な存在感だ。

塔は初め戦闘の見張りが目的で建設された。街が発展するにつれて戦への備えの意味が薄くなり、貴族や豪族が勢力の誇示を競ってより高いものを目指して乱立した。

エトルリアが起源の小さな古代都市には、最盛期には72本もの塔が聳えた。現在残っているのは14本だが、それらの威圧感は並大抵ではない。

72本が空から見下ろしていた時代には、あるいはサンジミニャーノの街は、息苦しさを覚えるような不快な場所だったかのもしれない。

中世に塔が林立したのはサンジミニャーノに特異の現象ではない。フィレンツェやシエナなどを始めとする多くの都市に共通の出来事だった。いわゆる教皇派と皇帝派が血で血を洗う争いを続けた期間中に特に数が増えた。

その後塔は、戦争や天災によって破壊されたり、また多くが都市の再開発目的で解体されたりして、ほぼ全てが姿を消した。

サンジミニャーノ以外で残っている有名なものは、フィレンツェの隣、ボローニャ市の2本の斜塔、アジネッリとガリゼンダくらいのものである。

14本もの塔がサンジミニャーノに残ったのは、皮肉にも街が発展から取り残されたからだった。

権力争いに加えて、ペストの流行で街は徐々に衰退した。加えてフィレンツェとシエナという2大勢力に挟まれて翻弄され、16世紀半ばにはすっかり世間から取り残された。

他のほぼ全ての街では、前述の理由で塔は次々に解体されていったが、サンジミニャーノには解体をする理由も、経済的余裕も、またその意思もないまま
14塔が残った。

さびれた街のさびれた塔は、歴史の遺物あるいは「異物」として、利用価値もないままそこに立ち続けた。

ところが現代になって、観光が世界的な産業に発展するのに伴い、サンジミニャーノの異物は異物であるがゆえに大きな関心を集め、観光の目玉として大復活した。

塔のみならず、ロマネスク様式とそれに続くゴシック様式の建物に埋め尽くされている街は、12世紀から14世紀にかけての雰囲気を多く残し、集落の周りにある城壁とともに世界遺産に登録された。

僕は過去にこの街を4度訪れている。2度はリサーチのため、その後中継番組とドキュメンタリー制作で数日滞在した。今回が5回目である。

今回は仕事ではないのでのんびりと街を散策した。塔の威容を間近に見るカフェで、よく冷えた白ワイン「ヴェルナッチャ・ディ・サンジミニャーノ」を味わった。

過去にも飲んだと思うが、仕事で頭が一杯の中での行為であり、また赤ワインが好みという自分の性癖もあるのだろう、ほとんど覚えていない。

「ヴェルナッチャ・ディ・サンジミニャーノ」はイタリアの白ワインの代表的なブランドの一つ。サンジミニャーノ周辺に広がる丘陵地帯で栽培される葡萄、ヴェルナッチャ種を用いて作られる。

辛口のよく冷えたワインは懐かしい味がした。しかしそれは、どこかで一度飲んで忘れていた味がよみがえった、という風な感覚ではなかった。

やわらかい酸味と、ふわりとした苦味がからまった果実の深い風味が、体中に眠る根源的な心緒に触れる、とでもいうような愉悦だった。

その不思議な感覚は、あるいはダンテが「神曲」の煉獄編で美味なるものとして描いた、「うなぎのヴェルナッチャ・ディ・サン・ジミニャーノ煮」の記憶が呼び起こしたものかもしれない。

それともまた、同ワインを語るミケランジェロゆかりという有名な表現「Bacia, lecca, morde, picca e punge(口づける、なめる、噛む、(すると)舌を刺し、ぴりっとくる」に由来するのかもしれない。

ワインの心地よい作用で、ゆらりと揺れる視界を上方に引き上げると、そこには相変わらず古い荘重な塔が聳えている。美しい、の一言につきる光景だった。

古い建築物が人の心を揺さぶるのは、それが古いとか壮大であるとか豪華であるとか堅牢であるetc,etc・・が理由ではない。その建物を「誰かが必要とした」という点が眼目なのである。

それを必要とした者は、彼のあるいは彼らの必要に応じて建物を構築する。つまり建物とは人の思いや心が詰まったものだ。それはつまり「建物は人」ということと同義である。

誰かが必要としたおかげで誕生した建造物は、その後も人々のニーズに応じて修復され、はたまた拡張され縮小されて、いつまでもそこに立ち続ける。逆に必要でなくなればたちまち壊される。

人にとって必要なものとは、多くの場合は機能的であり、便利であり、役立つものであり、かつ丈夫なものである。それらの要件を満たした建物は使い続けられる。

建物は使い続けられるうちに単なる物ではなくなって、人の精神の何かがこもった「もの」になっていく。

そして人の精神の何か、とは文化であり歴史であり伝統である。それがわれわれに何かを訴え掛ける。

無用の長物に見えた14の塔も、「使い続けられた街」の一部としてそこに立ち続けていたために、他の建物と同化して人の精神がこもった。

そうやって塔は塔としても、また街並みと渾然一体となった「精神体」としても完成することになり、美しい歴史絵巻として激しくわれわれの胸を撃つ存在になったのである。


トランプの「Pussy」の正しい日本語訳って何?



漫湖はごこだ!切り取り


「トランプのPussyの正確な日本語訳」のヒント、いや正解は、僕の故郷沖縄県にある。すなわち、同県の那覇市と豊見城市にまたがる、その名も・・・ヨイショっと・・「漫湖(下写真)」である。この「漫湖」を平仮名にして、そこにさらに日本語らしく、奥ゆかしくていねいに、接頭辞の「O(お)」をつけた発音が、すなわちトランプさんのPussyだ。それは英語でも日本語でも禁忌語であるのはいうまでもない。

トランプさんの問題発言が表ざたになって騒然としたころ、NHKがトランプさんの言葉Pussyを、きちんと「O漫湖」と伝えなかった、と批判している文章をSNSなどで見た記憶がある。いわゆる俗語、淫語、卑語、あるいはタブー語の類を
「言わない」のと「言えない」の間には、ゾーアザラシと歯磨き粉ほどの違いがある。

NHKへの批判は、NHKが意図的に「言わない」と判断してのものだと思うが、僕はNHKは「言えない」と考える立場である。ジャーナリズム的には「言えない」も批判の対象になり得る。しかし、文化的視点からはそのスタンスは批判されるべきものでは毛頭なく、考察し眺めまわして、言葉にまつわる文化的背景をむしろ楽しむべきものだ。

平4姫

僕はタブーを破壊する気はないので、あからさまな直訳のひらがな4音はここに書かない。その代わり僕はそれを、「ひらがな4文字のお姫様」という意味で「平4姫」と呼びたいのである。すなわち「ていねい接頭辞“O”+漫湖」の平仮名4文字を「平4」と表示し、そこに女性の美と優しさを象徴する意味でお姫さまの「姫」を付けて【平4姫(ひらよんひめ)】と表現するのだ。

確認すると、「平4姫」とは「ていねい接頭辞“O”」+沖縄県那覇市の「漫湖」の4発音そのもののことである。つまり読者の皆さんは僕が「平4姫」と書くときは、それを“O漫湖”と正確にひらがなの4文字(音)に言い換えてほしいのである。そうしないとここで論じる言葉の不思議や可笑しみや意外感があまり伝わらないと思うので。

Pussyhatデモ

トランプさんが大統領に就任した2017年1月20日前後に、Pussyハット大抗議デモが全米で起きた。「平4姫」そのものを表すピンクの帽子をかぶった数百万人規模の女性が繰り出し、ワシントンD.C.がピンクの海に呑み込まれた。トランプさんが「俺は金持ちで有名人だから《平4姫》をいつでも間単にさわることだできる」「股ぐらをつかむんだぜ」と発言したことに怒ったのだ。

その大規模デモの模様を紹介した日本語の記事では、僕が知る限り正確な
「平仮名4文字」で伝えたものはなく、もっとも近い語でも「子宮」「女性器」止まりだった。でも子宮や女性器は医学用語でもある正式名称で、断じてpussyつまり「平4姫」ではない。

Pussyは英語でも禁忌語である。しかし、禁忌のいわば“度合い”が日本語とは違う。普通の会話の中では女性を尊重して、あるいは紳士淑女のたしなみとして、その言葉は使わない。それは下ネタ語であり、Pussyと連呼したオフレコの会話を暴露されたトランプさんが、「ロッカールーム猥談(Lockeroom talk)」と呼び、奥さんのメラニアさんが「Boys Talk」、すなわち若者(男ども)の会話だ、と規定して夫をかばったように、全ての年齢の男たちがふざけて口にする類の禁忌語と認識されている。

禁忌語の開放度

しかし、大規模デモでも示されたように、それは日本語の「平4姫」のごとく徹底したタブー、つまり「メディアなども絶対に口にしない類の表現」ではない。Pussyという言葉そのものが、SNSはもちろん大手メディア上でも大乱舞したことからもそれは明らかだ。それは英語ではファック(Fuck)、ここイタリアの言葉ではカッツォ(Cazzo)などに似た禁忌語なのだ。

ファック(Fuck)は性行為のことである。またイタリア語のカッツォ(Cazzo)は男性器のことである。その意味では行為と器官そのものも指す日本語の「平4姫」は、FuckとCazzoを足したくらいに強烈な言葉なのだ。「平4姫」はエライ。

ところで「平4姫の」伴侶についてもここで僕の考えを述べておきたい。日本語におけるまたもやのタブー語、東京都にある神保町の神保が少しなまった有名語で示される器官を、戦闘態勢にある時は「棒状の珍しいもの」という意味で僕は「珍なる棒」と呼んでいる。僕が勝手に造語した「珍なる棒」がすなわち、イタリア語のカッツォ(Cazzo)である。

女子高生語

英語圏ではうら若い乙女たちでさえ、時にはニギヤカにFuckを多用する。例えば、しまった=ファック、やべー=フアック、死ねばか=ファックなどと言い、イタリアでも可愛いくもゲンキな女子高校生たちが、コノヤロ=カッツォ、るせーよ=カッツォ、逃げろ~=カッツォ~etc、etc、etc、などとばんばん使うのだ。

それと似た事態が日本語でも起こるとすれば(過去にも、現在も、将来も起こらないと思うけれど)、語感としては「珍なる棒」よりも「平4姫」のほうが そういう「フツー語」に近い、と僕は思う。「珍なる棒」は語感がただコッケイなだけで、「平4姫!」と叫ぶときのカイホー感やウラミツラミ感、あるいはウシロメタサ感やシテヤッタリ感がない、と思うのである。

むっつりスケベ

僕はそういうこととは別に、日本語で生殖器を陰部と呼ぶ事態にもヒジョーに心が波立つ。陰唇とか陰核とか陰嚢とか陰茎などなど。必要以上に引っ込み思案で且ついやらしい。日本人が風俗などという世にもエロいセックス産業を発達させたのも、そういう引っ込み思案のせいでセックスが開放の反対側に追い詰められていって、ついに爆発するんじゃないかとさえ考えている。

平4姫、平4姫、平4姫ええええええ~~、と気軽に口にできれば、日本人も少しは開放されて真っ当なセックス街道を行くようになるんじゃないか。痴漢とか、街中でいきなりズボンを下ろしてイチモツを女性に開陳するとか、1万人以上の女性を買春して写真に収めるとか・・そういうド変態も日本人に異常に多い気がする。それもあるいは、厳格過ぎるタブーへの反動が原因ではないか。

「平4姫」という4文字また音を、ためしに20~30回も繰り返して口にしてみてほしい。繰り返し発音してみるとその言葉は、もはや股間に座(ましま)す「平4姫」ではなく、「平4姫」という語(音)だけが何者かになって一人歩きを始める。すなわち米英の乙女が叫ぶファック(Fuck)や伊の女子高生が罵るカッツォ(Cazzo)などのようになるのだ。

そうなるとそれらのタブー語は、依然としてタブーではあるものの、日本語の厳格なタブー語とは違う「開放」の空気をかもし出し始める。すなわち「タブーの度合い」が軽くなるのである。

ならば僕は「平4姫」を白日の下にさらけだして、タブーを無くしたいのかというと、全く逆なのである。それはタブーである方がよろしいものだ。だから僕はわざわざ回りくどく「平4姫」と言いつづけている。

僕はここでは、「平4姫」という美しいものを、美しいままでそっとしておくにはタブーでありつづけるべきだと言いたいのであり、且つそのタブーがタブーでなくなるときに起きるかもしれない「文化的激震」を、少し予見し考察してみたかっただけなのである。



ヨリ漫湖
漫湖はれっきとしたラムサール条約登録湿地の一つ



イラスト:Kenji A Nakasone




書きそびれていることども~2017・7月・26日



水が止まったカルロ・マデルノ噴水サンピエトロ広場800pic
水流が止まったサンピエトロ広場のカルロ・マデルノ噴水



書こうと思いつつ優先順位が理由でまだ書けず、あるいは他の事案で忙しくて執筆そのものができずに後回しにしているネタは多い。それは「書きそびれた過去形のテーマ」ではなく、現在進行形の事柄である。過去形のトピックも現在進行形の話題も、できれば将来どこかで掘り下げて言及したいと思う。その意味合いで例によってここに箇条書きにしておくことにした。


マジ、「トレビの泉」が枯れるかも

イタリアの水不足が深刻だ。特に中部から南部イタリアが旱魃に見舞われている。ローマ市は7月3日以降、市内に2800箇所ある噴水と水飲み場の水流を徐々にストップすると宣言。バチカン市国も先日、ローマ市との連携を示すとして、サンピエトロ広場にあるバロック様式の噴水を含む、国内のおよそ100箇所の噴水を閉鎖した。ローマには今年1月から6月までの半年間に26日の降雨日があったが、これは2016年の同時期の88日を大きく下回る。また過去60年間で2番目に暑い春の後も、雨の少ない高温の日々が続いている。ローマ市は公共の水飲み場でもある噴水を閉めるばかりではなく、1日8時間程度の給水制限まで検討している。イタリア全体ではこれまでに、少なく見積もってもおよそ2億ユーロ(2600億円)の農業被害が出ており、山火事が頻繁に発生している状況である。旱魃が解消される見通しは今のところ立っていない。


イタリアでの立ちションとカーセックスは高くつくよ


2016年、イタリアでは立小便と公の場でのセックスは違法行為(刑罰)ではなくなった。その代わり1万ユーロ(約130万円)の罰金が課されることになった。今年2月、ジェノバの19歳の大学生が真夜中に立ちションベンをして警察につかまり、2ヵ月後に1万ユーロの罰金の支払い請求書が届いた。学生は数字を何度も繰り返し確かめたという。それはとても信じられない額だったのだ。学生の父親は弁護士に相談したが、クレームをつけても勝ち目はないので素直に支払った方がいいと釘を刺された。また先日は、シチリア島パレルモ市近郊の高速道路のジャンクションで、車内セックスをしていたカップルがやはり警察に咎められて130万円の罰金を課された。2人はカーセックスが禁止とは知らなかった、と必死で弁解したが警察は全く相手にせず、きちんと130万円の違反切符を切った。「高速のジャンクションでカーセックスをするのが禁止かどうかではなく、普通そんなところで楽しむかい?というのがポイントでしょ」とは、警察は諭(さと)さなかったのだろうか?

イタリアサッカーがよみがえる日は来るか


サッカー強豪国のイタリアが沈んで久しい。2006年のW杯優勝を頂点に強さは下降線をたどるばかりだ。その原因は「違い」を演出できる優れた選手の不在だ。たとえば90年代にひしめいたロベルト・バッジョ、アレッサンドロ・デルピエロ、フランチェスコ・トッティ、少し遅れてアンドレア・ピルロなどの、超一流選手の後継者が出ないことが最大の原因だと僕は思う。彼らに近づきそうな選手は2人いた。アントニオ・カッサーノとマリオ・バロテッリである。優れた能力を有しながら、2人は性格の不安定と頭の中身がぶっ飛んでいることが災いして、ついに大成しなかった。カッサーノはカッサーノらしく先日、引き際でも物議を醸して正式引退。バロテッリはまだ若いながら、絶頂期は過ぎてあとは落ちるばかり、という風である。精神的に大きく成長しない限り、その傾向は逆転しないだろう。2人に続く才能は今のところ見当たらない。つまり、イタリアサッカーがかつての栄光を取り戻す道筋は見えない。ディフェンダーはイタリアらしく強い選手がひしめいているが、守備だけではサッカーは勝てない。たとえ勝てても見ていて面白くない。


難民問題

地中海を渡ってイタリアに流入する難民・移民はとどまることを知らない。彼らの救助と救助後の面倒見に翻弄されているイタリアは、EU(欧州連合)の介入と手助けを必死に呼びかけているが、独仏をはじめとするEU各国は「イタリアに同情する」「イタリアを1人にはしない」「イタリアの痛みを分かち合う」などなど、口先ばかりの「連帯」を表明して、実はほぼ無関心と言っても良い偽善者ぶりである。それどころかEUの問題児ハンガリーは、オルバン首相の名で「イタリアは難民排斥ののために全ての港を閉鎖するべき」とこの国を非難。それには元共産主義国で今や難民・移民排斥の急先鋒であるチェコ共和国、スロベニア、ポーランド各国の代表が同調した。あまつさえ、ハンガリーの隣国でイタリアとも国境を接するオーストリアも、イタリアは「難民・移民」を地中海の島に留め置いて、イタリア本土(欧州大陸)に移動させないようにするべき、と表明してイタリアの怒りを買い、国際社会を唖然とさせた。

Femicide(女性殺し)

イタリアよ、一体どうしたのだ、と問いたいほどの有り様である。夫、元夫、恋人、元恋人、愛人等々による女性殺害事件が後を絶たないのだ。直近では7月23日、ベニス在住のマリアアルキテッタ・メネッラ(38)さんが、元夫のアントニオ・アショーネ(44)に包丁でメッタ刺しにされて死亡した。当時アショーネは、メネッラさんの自宅に招待されていた。つまり2人は離婚後も友達関係にあったことが分かる。2人の間には15歳と9歳と息子がいる。イタリアでは離婚後も夫婦が良い人間関係を保つことが珍しくない。特に子供がいながら別れた場合はそうだ。子供のためにいがみ合いを避けようとするのだ。文明社会らしい側面が強いイタリアなのに、別れた相手女性の自由を受け入れられずに、殺害にまで及んでしまう男らの存在は、繰り返し僕の頭の中に大きな「?」マークを植え付け続けている。



天皇制と共和国



共和国



先日の皇太子さんに関する記事を踏まえて、早速議論を仕掛けてきた友がいる。「君は天皇制をどう見ているのか」という趣旨の、少し怒ったような内容の便りである。

彼は天皇制支持者で皇室尊崇派の男だ。それが理由だろうが、皇太子さん記事は彼にとっては、軽過ぎる内容だったらしい。

僕は彼の了解を得てブログ上に自分の見解を述べることにした。

ちなみに「君は天皇制をどう見ているのか」という友人の問いには、次のような趣旨の返事をしておいた。

天皇制については僕は懐疑的です。先の大戦の如く、制度を利用して、国を誤らせる輩が跋扈する可能性が決してなくならないからです。

しかし「天皇制」と「天皇家」は別物です。天皇制を悪用して私利私欲を満たす連中は天皇家のあずかり知らないことです。

天皇家とその家族は善なる存在ですが、天皇制はできればないほうが良いと考えます。しかし、(天皇制を悪用する)過去の亡霊が完全に払拭されるならば、もちろん今のままの形でも構わない、とも思います。


僕は今のところ、信条として「共和国主義が最善の政治体制」だと考える者である。「共和主義者」には独裁者や共産党独裁体制の首魁などもいる。僕はそれらを認めない。あくまでも民主的な「共和国主義」が理想である。

それはここイタリア、またフランスの共和制のことであり、ドイツ連邦やアメリカ合衆国などの制度のことである。それらは「全ての人間は平等に造られている」 という不磨の大典的思想、あるいは人間存在の真理の上に造られている。

民主主義を標榜するするそれらの共和(連邦,合衆)国では、主権は国民にあり、その国民によって選ばれた代表によって行使される政治制度が死守されている。多くの場合、大統領は元首も兼ねる。

僕は国家元首を含むあらゆる公職は、主権を有する国民の選挙によって選ばれ決定されるべき、と考える。つまり国のあらゆる権力や制度は米独仏伊などのように国民の選挙によって造られるべき、という立場だ。

世界には共和国と称し且つ民主主義を標榜しながら、実態は独裁主義にほかならない国々、例えば中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国なども存在する。

共和国と民主国家は同じ概念ではない。そこを踏まえた上で、僕は「共和国」を飽くまでも「民主主義体制の共和国」という意味で論じたいのである。

僕が友人への便りに「天皇制はできればないほうが良い」と言いつつ「今のままの形でも構わない」と優柔不断な物言いをしたのは、実は僕が天皇制に関しては、自身がもっとも嫌いな「大勢順応・迎合主義」を信条としているからである。

大勢順応・迎合主義とは、何事につけ主体的な意見を持たず、「赤信号、皆で渡れば怖くない」とばかりに大勢の後ろに回って、これに付き従う者のことである。

ではここではそれはどういう意味かというと、共和国(制)主義を信奉しながらも、日本国民の大勢が現状のように天皇制を支持していくなら、僕は躊躇することなくそれに従うということだ。

共和国(制)主義を支持するのだから、君主を否定することになり、従って天皇制には反対ということになる。それはそうなのだが、僕が天皇制を支持しないのは天皇家への反感が理由ではない。

友人への返信で示したように、天皇制を利用して国家を悪の方向に導く政治家が必ずいて、天皇制が存続する限りその可能性をゼロにすることは決してできない。だから天皇制には反対なのである。

しかしながら、繰り返しになるが、日本国民の大多数が天皇制を良しとしているのだから、僕もそれで良しとするのである。天皇家を存続させながら天皇制をなくす方法があれば、あるいはそれが適切かもしれない。

とはいうもののそのことに関しては、僕は飽くまでも大勢に従う気分が濃厚なのである。そこには日本国民が今さらまさか昔の過ちを忘れて、天皇制を歪曲濫用する輩に惑わされることはないだろう、という信頼がある。


トト・リイナは刑務所内で尊厳死を、と裁判所



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裁判所のリイナ



2017年7月17日、イタリアの拘留再審裁判所(ボローニャ市)は、史上最悪のマフィアボスとも規定されるトト・リイナの尊厳死を否定する判決を下した。

1993年に逮捕されて服役中のリイナは、高齢と病気を理由に終身刑の減刑を申し立て、伊最高裁は先日、彼の申請を吟味するように拘留再審裁判所に命じていた。

ボローニャ拘留再審裁は、リイナが収監されているパルマ刑務所内の41Bis(最高警戒レベル棟)の医療施設は最良のものであり、彼の尊厳死が損なわれることはない、とした。

また、リイナは今年2月、面会に来た妻との会話の中で「俺は絶対に司法に屈しない。謝罪も告白もしない。奴らが俺の刑期を30年から3000年に切り換えてもだ」という趣旨の発言をした。

裁判所はそのことも指摘して「リイナは依然として(マフィアのトップにあって)社会の敵である。彼を解放するのは危険が大き過ぎる」とも断言した。

リイナの弁護人は再び控訴するとしているが、恐らく今後申し立ては取り上げられることはなく、世紀の悪人「野獣トト・リイナ」は、41Bis(最高警戒レベル)監視下で死を迎えることになるだろう。


女はだまって、男よりもさらに大いにしゃべりまくるのが良い



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新婚旅行中の友人のゲイカップル・ディック&ピーターと共に


男女ともに大いにしゃべる文化

欧米社会では紳士たる男はしゃべることが大切である。パーティーや食事会などのあらゆる社交の場で、 自己主張や表現のために、そして社交仲間、特に女性を楽しませるために、男は一生懸命にしゃべらなければならない。

「男はだまって、大いにしゃべる」のが美徳である西洋社会では、女性はさらにしゃべりしゃべって、しゃべりまくるのが善である。一般的にそうだが、より分かりやすく具体的にするために、僕は自分の妻のことを引き合いに出して検証してみることにした。

愉快な貴族と日本人

イタリア人の僕の妻も、しゃべりまくるのが女の善、というその例に漏れない女性である。もともと根が明るいいわゆるシンパーティカ(愉快)な人である彼女は、斜陽族とはいうもののれっきとした貴族家に生まれた。

そのために社交というものを徹底的に身につけさせられた。つまり生まれながらのおしゃべり好きが、社交を意識した教育を受けてさらに会話の達人になった。

若い頃は、おしゃべり好きではあるものの人見知りをするところもあって、シンパーティカ(愉快)力を十二分に発揮できない場合もあった。しかしながら少し年を取ってきた今は、初対面の人ともかまわずによく会話をする。

沈黙を美徳とする東洋の国で育った僕は、西洋社会に生きる者として懸命に会話の修得を心掛けてきたつもりでいる。妻を知ってからは彼女の実家を介してのパーティーや食事会等に招かれることも多くなり、さらにしゃべりの機会が増えていった。

その度合いはイタリアに住み着いてからは飛躍的に高まった。おかげで日本人としては僕は、人見知りをせず割合リラックスしてしゃべることができる部類の男になったのではないかと思う。

僕はそれらを割と無難にこなしている(と自分では思っている)が、実は内心では大いに疲れていないでもない。最近は1人でワインを飲みながら「~♪女は無口な人がいい~♪」などと舟歌い、八代亜紀ることもある。

ならば僕は妻のおしゃべりは嫌いかというと、ま、嫌いでも好きでもないが許せる範囲かな、というあたりが正直なところである。

女性からおしゃべりを取り上げるのは、多くの場合は「女であることを止めなさい」というにも等しい横暴ではないだろうか。

母のおしゃべりと子供たち

妻はロンドンで僕と付き合うようになった、もはや3世紀ほども前の遠い昔に、日本語を習い始めた。その後、僕の仕事の関係で1年弱日本に住んだ時期に日本語力を磨いた。

もとよりそれは、初歩的な日本語に毛が生えただけ、というにも近いレベルだったが、彼女はイタリアに定住後はその日本語を幼い息子2人に懸命に教えた。

僕はテレビ屋という仕事柄ロケを中心に出張が多く、且つ息子2人が幼いころは、在宅していても多忙過ぎて、思い通りに日本語を教える時間がなかった。妻はそんな僕に代わて彼らに日本語を伝授したのだ。

そこで役に立ったのが彼女の「おしゃべり」という武器だ。彼女は飽きもせずに子供たちと日本語で会話をした。おかげで息子2人は基本的な日本語を覚えた、とまではいかないが、かなり日本語に親しんだ。

息子2人の日本語能力は妻の日本語のレベルをすぐに超えた。しかし、彼らの日本語は、日本人の父親よりも「イタリア人の母親伝来」のものなのだ。僕は妻に大いに感謝している。

実は僕が子供たちに日本語を十分に教えなかったのは、多忙ということももちろんあるが、多くは会話能力の不足が主な原因だったのだ、と今ならわかる。

「おしゃべり」の理由(わけ)

妻を含む世の多くの女性のおしゃべり好きは、ドーパミンという快感ホルモンの作用によることが分かっている。

女性の脳にとっては話すことが快感として意識され、快感によってさらにドーパミンが分泌されて会話がますます進む、という相乗効果が起こる。

また女性には、精神を落ち着かせたり幸せな気分を生む、セロトニンという神経伝達物質が男性よりも不足しているため、ストレスや不満や鬱憤を多く抱え込みがちになる。それらのもやもやを一気に晴らしてくれるのも、またおしゃべりなのである。

そのおしゃべりがドーパミンを呼んで元のおしゃべりがさらに快調になり、再びドーパミンが分泌されて・・と、どんどんポジティブなおしゃべりの循環が始まる、というのが女性のおしゃべりの科学的説明だ。

ところで、おしゃべりというのは「暴力を抑止する」作用もある、と僕は考えている。おしゃべりを対話やコミュニケーションに置き換えてみればそれはよく分かるのではないか。

対話を拒む者は暴力に走りやすい。何事につけ一方的に相手が悪いと思い込み、相手の意見を聞かず従ってコミュニケーションを否定し、やがて爆発して暴力を行使する。

おしゃべりが女性の武器

女性たちは原始のころ、男たちが狩りに出払った集落内で平和に暮らす必要があった。自分の子供たちを守り、銃後の集団を守るためだ。

そこではコミュニケーションが重要だった。銃後を守る女性たちは、文字通り銃(武器)ではなく対話によって平和を保ち生存を全うしようとした。そうやって女性たちの会話能力はますます磨きぬかれていった。

会話の少ない男たちがどちらかというと暴力的なのに対して、女性たちが穏やかで平和的であるのもおしゃべりのおかげなのだ。だから僕は「女性のおしゃべりバンザイ」と言わざるを得ないのである。

現在、銃後の存在であることをやめた女性たちは、どんどん世の中に進出して日毎に活躍の場を広げている。そして世の中には彼女たちの進出を恐れる臆病者の男たちが多くいる。それは往々にしてネトウヨヘイト系の国民や同系統の政治家や権力者らである。

彼らは日本に限って言えば例えば、韓国や中国に経済力で日本が追いつかれ追い抜かれたことに仰天して、かの国と国民にヘイト感情を露わにして己れの不安とひがみ根性を隠そうとする行為よろしく、女性への恐怖から彼女たちの能力を見下したがる。

性的魅力

能力を十二分に発揮する女性は、性的に魅力がない、などと公に口にするやからもいる。私的な集団や男同士の会話の中では、そういう指摘や主張は割と普通のことだ。彼らは「家の縛り」から抜け出た女性たちが気に食わないのだ。

彼らにとっては、例えば英国のサッチャー元首相などというのは女性としての魅力はゼロというようなものだろう。でも僕は-奇をてらって言うのではなく-彼女は女性としても魅力的な人だったと思う。彼女は「女性のままで」強かったから魅力的で美しかったのだ。

それに比較すると、今の日本に多い男の真似をしているだけの「オヤジ型女性政治家」なんて偽者だし醜い。自民党の閣僚や閣僚級の女性議員また野党有力議員などがその典型だ。

彼女たちとは逆に見える、例えば稲田防衛大臣の如きブリッ子的オバハン政治家もいる。だが「不自然」で「主体性がない」彼女は、‘不自然で主体性がない’というまさにそのことによって「オヤジ型女性政治家」に分類される存在なのだ。

それらのタイプの政治家は実はイタリアにも多い。つまり「オヤジ型女性政治家」が跋扈(ばっこ)する社会現象は、「女性の社会進出が遅れている国」に特有のものなのである。

権力者は女性のおしゃべりから学べ

権力を握っている男性政治家らは「女性が活躍する日本を作る」などと口先だけのスローガンを標榜して持ち上げる振りで、実は女性たちへのヘイトを内心に秘めた陰湿な言動や行為や実働に終始する。安倍晋三首相などもその1人に見えなくもない。

時代錯誤な封建思想と、臆病風に吹かれているそれらのネトウヨ・差別・排外主義者、あるいは憎悪・暴力愛好家のトランプ主義者らは、今こそそれらの色眼鏡をかなぐり捨てて、男と女は「違う」が能力は均等、つまり「違いは能力の優劣ではない」という、当たり前の真実を認めて世の中を見、女性を見、自らを凝視するべきなのである。

そのためには先ず女性に倣(なら)って、コミュニケーション能力あるいは「おしゃべり力」を獲得するべきだ。それが「軍事」優先ではなく「対話」優先の平和外交につながる。繰り返すが「対話」とは「おしゃべり」の換言なのである。

古来、戦争を始めて殺戮をする者はほぼ常に男だった。戦争を起こした女性は歴史上皆無ではない。しかしながら女性は、物事を対話とおしゃべりによって解決しようとするから、紛争や殺戮を男よりもうまく避けることができる、と思うのである。



皇太子さんとヘンリー王子



皇太子切り取り横長600pic
写真:デンマーク、ハイネ氏配信


皇太子(徳仁親王)さんがデンマークでゆきずりの人と自撮りをしたことを、僕はゆるりとひそかにうれしく思った。

そのことを書きたいが、さて皇太子さんの呼び方をどうするかで少し迷った。

「皇太子殿下」「徳仁親王殿下」「東宮さま」など、堅苦しい伝統に縛られた言い方をするのがはばかられた。

それというのも皇太子さんが、一般人と街中の路上で、気さくに自撮りに応じたのは、まさにそれらの堅苦しい呼称に代表される「伝統」に挑む行為にほかならないからだ。

大時代なそれらは伝統という名の、だがもしかすると陋習かもしれないコンセプトである。だから皇太子さんはあえてそれらに挑んでいるのだろう。

皇太子さんのその「勇気」を賞賛するのがこの稿の目的である。それなのに僕が、伝統ならまだしも、陋習かもしれないものに縛られた言い方をしては自己撞着だ。

あれこれと迷う間に京都の人々が天皇陛下を(親しみをこめて)天皇さん、と呼ぶことを思い出して、試しに「皇太子さん」と口にしてみた。すると、それが一番しっくりくることがわかった。

先に進む前に保守派の皆さんが眉をひそめそうなので断りを入れておきたい。

皇太子さんを、さん付けで呼ぶのは決して侮辱する意味ではない。皇室典範には皇太子さんを「皇太子殿下」と呼ぶと明記されているが、皇太子は天皇と同じようにその呼称自体がすでに尊称だとも考えられるから、実は陛下や殿下をつけなくても恭しい言葉だ。

だから「皇太子は」と書いても問題はない。むしろ正確と実を重んじるジャーナリズムの書き方はそうあって然るべきだ。

だが僕のこの文章はジャーナリズムのコンセプトで書くものではない。あくまでも僕の意見また心情を吐露するエッセイやコラムや随筆の意味合いで書く。

いわばオフィシャルな呼称ではなく、個人的、人間的な親しみをこめて僕は皇太子殿下を「皇太子さん」と呼ぶのである。

この際なのでさらに付け加えておけば、今こうして僕があれこれと説明したり言い訳をしたりしていること自体が日本の、そして皇室の、つまり宮内庁の時代錯誤と封建制がもたらす弊害以外の何物でもない。

そしてそれは、世界の中で日本が生きていく際に、日本国と日本国民の後進性あるいは閉鎖性を象徴する概念や事象やファクトや思念と見られかねないものであり、日本のイメージの低下をもたらすことはあっても、イメージの向上に資することは決してない。

皇太子さんが自撮りに気軽に応え、大きな笑顔を世界中に披露したのはすばらしいことだ。それは皇室が開けたものになる未来を垣間見させる象徴的な出来事だ。

それはまた今上天皇が、皇太子さんほかの子供たちを手元において、皇后陛下ともどもに「家庭で」育てた「皇室の近代化」の動きの結実でもある。

宮内庁は皇太子さんの前例のない行動におどろき、おそれたという。僕はそれとは逆に、宮内庁の反応そのものにこそおどろき、おそれたものだ。

おどろいたのは、皇太子の徹頭徹尾ポジティブな行動をポジティブと理解しない愚昧な守旧性への驚嘆。

またおそれは、宮内庁の考えに似た姿勢でいる日本国内の民族主義者と、それに唯々諾々と取り込まれるであろう一部の、無思考の国民への不安。

彼らの非難の声が起こって、皇太子さんが目指している皇室の行く末と、従って日本の行く方向に暗雲が垂れ込める可能性をおそれ憂いたのだ。

皇太子さんが自撮りを披露した直後に、偶然にも、英国ではヘンリー王子が
「王室の家族の中ですすんで王や女王になりたい者などいない」と」発言して話題になった。

それは王や女王であることの重い責任と、不自由と、非人間的な規制生活の諸々を喜んで引き受ける者などいない。

それでも王になり女王になるのは、要するに国民に対する王族としての責任感と義務感があるからだ、という意味を行間に込めた人間味あふれる宣言だった。

ヘンリー王子は同時に、彼の母親のダイアナ妃の葬儀の際、幼かった自分が母親の棺の横で行列に従って歩いた苦痛を「あってはならないこと」と、これまた聞く者の涙と共感を呼ばずにはおかない心情も吐露した。

それは伝統やしきたりや慣習の秘める残酷を指弾した宣告だ。だが決して伝統やしきたりや慣習を否定するものではなく、それらは変革し作り変えられるべきものでもある、という開明的な考えの披瀝でもあったのだ。

僕はヘンリー王子の真摯な気持ち表明と、皇太子さんのニコヤカな自撮りに同じルーツを見たのである。

今上天皇から皇太子さんに確実に受け継がれている、人間的な皇室を目指す彼らの摯実な行状は、日本の未来を象徴する明るいものだ。

皇太子さんが妻の雅子妃を妻として「普通に」守り、かばう言動を繰り返すことと共に、実に喜ばしいことだと腹から思うのである。



ローマの「トレビの泉」が枯山水になる!?



トレビの泉引き400
トレビの泉


ドイツ、ハンブルグでまもなくG20が始まる。環境、貿易問題を中心にいつになく真剣で活発、しかも分断の様相が濃い議論が行われると見られている。

荒れ模様の会議を象徴するように、市民による抗議デモも拡大し先鋭化している。会議が始まる今日午後には10万人規模のデモが予定されている。

お騒がせ米トランプ「暴君」大統領と、プーチンロシア「皇帝」及び習近平中国
「専制君主」の会談、また彼と独メルケル首相とのそれなどが目玉。

世界政治の傍流の地方ボス安倍晋三さんと、政治傍流且つ経済四流国のトップ、イタリアのジェンティローニさんらは脇に置かれるだろう。

とはいうものの、殺到する地中海難民問題で四苦八苦する後者は、会議中にあるいは少しは注目を集める場面があるかもしれない。

ジェンティローニさんの銃後のここイタリアは、殺到する地中海難民の集合体熱とそれに対する伊国民の驚愕熱に加えて、近年まれな6月中と7月初めの暑気と少雨が相まって国中が乾きにあえいでいる。

そんな中、世界一美しい噴水とも形容されるローマのトレビの泉が、水不足のためにすべての蛇口が枯渇して閉鎖される、という噂が流れて人々を驚かせた。

「永遠の都」ローマのシンボルの一つが枯渇するというところまではいかないと思うが、2000年前後の歴史を持つものも多いローマの噴水が、水不足のために水流を止められるのは事実である。

イタリアは2017年6月、北部のわずかな一帯を除いて厳しい暑さと水不足に見舞われた。暑さは過去60年で2番目、乾燥度は同時期の最悪、という記録になった。それは前述したように7月に入った今も続き、厳しさを増している。

水不足に悩むローマ水道局は、史上初めて公共の水飲み場ともいうべきローマの噴水(飲み水)を止めることを決定。手始めに7月3日、30の噴水の水流をストップした。

以後、蛇口を閉める噴水の数を増やして、最終的には2000余の噴水のうちおよそ1920箇所、言葉を換えれば80箇所のみを残して、水の供給をストップする、としている。

ローマは世界一の噴水の街である。2000以上の噴水があり、そのうちの50箇所は歴史遺産(モニュメント)に指定されている。

噴水は古代ローマが水道を完成させたとき、そこから直接に水を引いて作られていった。広場や路地や街角などに設置されて、市民や旅行者に飲み水を提供しつつローマの暑い夏を潤してきた。同時にそれらは美しい街並みに一点のアクセントを加えて、街並みをさらに美しく趣深いものにした。

街の噴水は17世紀から18世紀にかけて大幅な改修や新設が行われた。オリジナルの古代ローマ水道そのものの修復が、その時代に実施されたのがきっかけである。

噴水はその機会に美的装飾や改善や修正が加えられて今の形になった。それまではシンプルな水飲み場のようなものがほとんどだったが、18世紀頃を境にトレビの泉に代表される荘重で美しいものが登場するようになった。

その結果ローマ市内の噴水は、トレビの泉のような広大で水かさが盛んなものから、一本のチューブにつながった水道の活嘴(かっし)が水を吹き出しているようなシンプルなものまで、その数は2000箇所を越すのである。

そのうちの大半に水の供給を停止する今回の処置の主な理由は、前述したように水不足だが、ローマ水道局はこの機会に疲弊した噴水のパイプや構造物を修復したいとしている。

水道局によると、ローマ全体の噴水の水流はパイプや構造物の老朽化によって、その50%が失われムダになっているとされる。

また、噴水の閉鎖は一時的なものであり、修復が完成して水不足が解消されれば、すべての噴水に元通りに水を供給する、としている。

市の決定に対して、ローマの消費者団体は、噴水の水が飲めなくなって観光客らはバールや店で高いミネラルウォーターを買わされることになる。閉鎖には反対だ、と抗議している。

だがその間くらい観光客は、ミネラルウォーターを飲んでもバチはあたらない、と思う。ミネラルウォーターがごく一般的に飲まれているイタリアでは、その値段は決して高くはないのだ。

日本などに比べたら「微々たるもの」と言っても良いくらいの価格だ。しばらく不便が続くが、ローマの歴史的噴水群が修復されてよみがえるのだから、結局そのほうが観光客の利益にもなる、と思うのだが。。。




「都民ファーストの会」は日本版「共和国前進」になれるか



笑顔小池200pic
200ぴcマクロン


都議選における「都民ファーストの会」の躍進は、フランス総選挙における「共和国前進」の成功を思いおこさせる。それはポジティブなイメージである。

マクロン仏大統領率いる「共和国前進」の飛躍は、Brexit(英国のEU離脱)と米トランプ大統領誕生によって最高潮に達した、世界ポピュリズムの流れに歯止めをかけるものである。

それはオーストリア大統領選、オランダ総選挙などを経て成長し、仏大統領選でさらに地盤固めをして、先のフランス総選挙で再びその流れが確認された

次は9月のドイツ総選挙においてメルケル首相が4選されれば、ポピュリズム排撃は完成する、というのが僕の見解だが、その前に都議選がポピュリズム放逐の風潮に肩入れをしたと思う。

世界政治の傍流に属する日本の、さらに地方選挙に過ぎない東京都議選で旋風を起こしただけの「都民ファーストの会」を、世界レベルのコンセプトで論ずるのは噴飯ものだ、という声が聞こえてきそうである。

また「都民ファーストの会」自体がポピュリストではないか、という反論もありそうだ。それらはもっともな意見だが、僕は同時に「都民ファーストの会」の役割は、フランスのポピュリストの代表である極右の「国民戦線」の前に立ちはだかった、「共和党前進」に近いとも考えるのである。

ならば「共和国前進」にとっての極右政党・国民戦線にあたる、「都民ファーストの会」の対抗者はなにかといえば、それは言うまでもなく安倍一強自民党である。

自民党をポピュリスト政党とは呼べないだろうが、安倍晋三首相はトランプ大統領に追従し、日本以外のグローバル世論のそこかしこから「極右」とレッテルを貼られて、その意味ではフランス極右のルペン氏に肉薄する存在である。

従ってその観点から論を進めた場合、「都民ファーストの会」と「共和国前進」を並べて考えるのは、あながち荒唐無稽とばかりは言えないように思う。

ルペン氏は米トランプ大統領につながり、彼らはBrexitを誘導した英国独立党のナイジェル・ファラージ氏などともつながっている。そこにはここイタリアの極右政党、北部同盟なども賛同し連携を模索している。

そしてどちらかというと極左的な性格を持つ五つ星運動も、トランプ大統領に強い共感を抱いているところが、ポピュリズム集団のポピュリズム集団たるゆえんだ。節操がないのである。

安倍さんはさすがにあからさまな極右的言動は極力抑えているように見えるが、彼の政治的スタンスと思想は、それらのポピュリストと何も変わらないものなのだ。

つまり、例えば日本国のリーダーとして、同盟国で且つ最重要な国であるアメリカのトランプ大統領に擦り寄るのは、仕方がないこととして認めよう。

だが、差別排外主義者で保護貿易主義者のトランプ大統領に、独メルケル首相や仏マクロン大統領、あるいはEU首脳やカナダその他の欧米のリーダーがしたように、「それは受け入れられない」と釘を刺せないところが彼の限界なのだ。

内弁慶で不甲斐ない安倍さんに強烈な一撃を食らわした「都民ファーストの会」は、ルペン国民戦線を撃破することでBrexit、トランプ大統領誕生、と続いたポピュリズムの流れを食い止めた「共和国前進」と同類なのである。

いうまでもなく共和国前進は国政政党であり、「都民ファーストの会」は東京都の地方政党に過ぎない。しかし首都の総選挙において、森友・加計問題の隠蔽、共謀罪法案の独裁手法によるゴリ押し可決などに象徴される、驕り高ぶった安倍一強自民に鉄槌を下した事実は大きい。

「都民ファーストの会」の代表を退く小池知事は、国政への進出は今のところ考えない、としているようだが内心は違うのではないか。将来は国政への転進・攻勢を目指し、国民がそれを後押しする構図が見えてくるようにも思う。

それでなければ、驕る安倍一強自民がさらに暴走し、戦前の闇に似た社会が出現する可能性までを不安視しなければならない、いやな世情が今後も続く見込みが高い。

再生を予想することが困難なおバカ民主党、いや、民進党が頼りにならない今、共産党や社民党などが束になっても自民党の勢いを止めることはできない。

従ってそこには乾坤一擲の新しい政治勢力が生まれなければならないし、生まれることが期待される。そしてそれはもしかすると、「都民ファーストの会」なのかもしれないと考えるのは、全くの奇異荒唐だろうか。




イタリアの春から初夏の気候はやっぱり詐欺師だ


山並み稲妻



2017年7月2日。

短パンに靴下、ビロード風の長袖シャツという格好で居間のソファでテレビを見ていると、開け放した窓から吹き込む風が冷たく、我慢できずに窓を閉めた。

短パンに厚手の長袖シャツというおかしな格好でいたのは、毎日がおかしな天候だからである。

5月4日、僕はこのブログに:

4月になって、暖かいというよりも暑いくらいの陽気になった北イタリアは、このまま夏に突入かとさえ見えた。

ところが4月半ばの復活祭(伊語:パスクア 英語:イースター)直後から冬が舞い戻ったような寒さがやってきた。

今日5月4日も、気温が下がった当初から数日前までの、本気モードの寒さほどではないものの、けっこう冷える。

と書いた

その後、季節は徐々に進行して6月20日過ぎまで暖かみが増していった。

6月22,23,24日ころは盛夏の暑さが思いやられるほどに気温が上昇した。

特に6月24日(土)の暑さはひどかった。僕らはその日友人3夫婦を招んで庭でBBQをした。

BBQがメインで、前菜代わりに氷に乗せた刺身をふるまった。

そうしながら僕はBBQも進めていたのだが、夜8時を過ぎても異常に暑く、僕はその日のイベントを後悔したほどだ。

ところが翌日の日曜日は一転して豪雨を伴う嵐に見舞われた。

雷とともに吹き付ける風はテンポラーレ。僕が勝手に「豆台風」と呼んでいる強烈な夕立、あるいは野分(のわき)。

夏の終わりに吹くのが普通だが、最近は今回のように夏の初めや途中でも吹くことが多い。

気象変動は確実にそこにあるのだ。

豆台風は庭の大鉢に植えられたレモンの木を鉢ごとなぎ倒した。

壁に這うバラの木々の枝の多くも千切り飛ばした。

雨は農家には慈雨になったが、降雨量が多すぎて洪水や土砂崩れなどの被害ももたらした。

その豆台風は涼を通り越して寒の空気も運んできた。

さすがに4月半ばの寒さにはならないものの、空気は日中でも風が吹くとひんやりとしている。

以後、雨も断続的に降り続いて今日(7月2日)になった。

それらの変動は北イタリアのみの状況である。

イタリア半島の南半分とシチリア及びサルデニアの島嶼部は、雨が降らず旱魃になっている。

イタリアの気候は南北真っ二つに分断されているのだ。

しかし、その分断はどうやら解消されそうな気配。

この先しばらくはイタリア南部にもテンポラーレが襲って雨も期待されている。

7月、8月は例年よりも暑くなりそうだが、どうなることやら。

今年は6月にいつものように休暇を取って旅に出ることができなかった。

すこし悔しい。





イタリアが「地中海難民」救助をやめたい理由(わけ)



転覆する難民ボート切り取り
写真:イタリア海軍


警告

イタリア政府は6月28日、EU(欧州連合)が地中海の難民・移民問題を放置し続けるなら、イタリアは難民・移民を乗せた外国船舶の同国への寄港を禁止する、と正式に表明した。

とどまることを知らない地中海難民・移民の流入にイタリアがついに音をあげた。
「情けの国」の民が情けに疲れたとでもいうべきか。

イタリアが例えば日本並みに難民に非情になることはないだろうが、地中海難民をせっせと救助してきた寛大な国が実際に方針転換をすれば、「欧州の良心」の一つが大きく後退することになる。

重い負担

イタリアには今年6月28日現在、73000人あまりの難民・移民が上陸した。そのうち12000人以上が6月25日以降~27日の間に一気に流入した。それが警告の直接の引き金になった。

2013~2016年間にイタリアにはおよそ55万人の難民・移民が漂着した。それらの難民・移民の全てがイタリアに永住するのではない。多くが最終目的地を北欧に定めている。

それでも彼らの救助と保護、また行き先が決まるまでの間の全ての面倒を見るイタリアの財政的負担は大きく、政治的にも従って社会的にも影響は深刻だ。

地中海上の難民・移民の大半は、イタリア沿岸警備隊ほかの組織によって救助される。それに加えて、ドイツ、スペイン、フランス、マルタなどのNOGが船舶を出して救助活動をしている。

EUの規定では、難民・移民が最初に上陸した国が彼らの難民申請を受理し、審査し、受け入れ決定の可否に責任を持たなければならない。

その審査には膨大な時間がかかる。行き場のない難民か、豊かな生活を求めて侵入するいわゆる「経済移民」かの見極めも難しい。

イタリア政府は審査が行われる間彼らに衣食住を提供し、健康管理に気を使い、子供たちの教育その他の一切の面倒を見なければならないのである。

難民・移民を遭難の危機から救助することと、救助・上陸後に継続的に面倒を見ることとは全く別の事案である。

NGOと欧州連合

イタリア以外の国々のNGOは、救助民をそれぞれの国に運ぶのではなく、イタリアに押し付けてあとは知らん振りを決め込んでいる。

彼らの国の政府も同じだ。それはもはや受け入れ難い。従って外国船籍の船の寄港を拒否する、というのがイタリアの言い分である。

イタリアを含む欧州各国のNGOは、難民・移民の流入を防ぎたいEUの意思に真っ向から対立する形で、地中海上をさ迷う漂流民を次々に救助している。

先日はそうした中、ほとんどの漂流民が上陸するシチリア島のカルメロ・ズゥッカロ( Carmelo Zuccaro)検察官が、難民・移民を救出している民間NGOが難民・移民ボートを誘導している、と発言して物議を醸した

難民・移民は「人身売買兼運び屋」に金を払って、用意されたボートに乗って命がけで地中海に乗り出す。NGOの勝手な救出活動は、難民・移民を鼓舞して危険な海に向かわせている、という指摘は以前からある

この指摘に対してNGOは、われわれは人道的立場から行動しているのであって、非難は当たらない。そうした非難は反移民感情をあおりたい政治家のプロパガンダだとしている。それが真実なら、ここにも排外主義ポピュリズムの流れが影響していると言える。

EUの対応

文字通り連日、大量の漂着民が上陸するイタリアの危機的な状況は、同国の政治経済を揺るがし社会不安をあおって臨界点に達しつつある。もはやこれ以上の漂着民の「ホスト(もてなし)役は」ごめんだ、というのがイタリアの痛切な思いだ。

イタリアの非難はEU域内の全ての国々に向けられたものだが、特に難民・移民を全く受け入れず、漂流民上陸の最前線であるイタリアやギリシャへの協力も拒み続ける、元共産主義国の中東欧諸国への怒りが強い。

イタリアは前述したように6月28日、マウリツィオ・マッサリ(Maurizio Massari)EU大使を欧州委員会に送って、同国の意図を明確に伝えた。

欧州委員会のディミトリス・アブラモプロス移民担当委員は、「状況が危機的だというイタリアの主張は正しい」と認め、難民・移民問題に対するイタリアの対応は「模範的」なものだとも評価した。

また同委員会のナターシャ・ベロード報道官は、船舶の上陸手続きは国際法で定められている。従ってイタリアが方針を変更するならば、EUとの真剣な議論を経て且つNGOに十分な準備期間を与える形でなされるべき、と語った。

「海上における人命の安全に関する国際条約」は、海難事故を察知したあらゆる船舶は状況のいかんを問わず直ちに支援をしなければならない」と定めている。

また「事故の起きた海域の国は難破船の人命の救助活動に責任を持ち、その国の政府は可能な限り素早く、且つ合理的に遭難者の上陸の手はずを整えること」とも規定している。

難民・移民を満載した地中海の船舶はほとんどの場合、イタリアの領海に漂着する。そのため、イタリアは国際法の定めによって彼らを保護する義務を負わされている。イタリアはもうそれが限界だと考えているのである。

2014年以降、地中海ルートを通ってヨーロッパに入った難民・移民はおよそ170万人。EU構成国28国は、これらの移民・難民の受け入れをめぐって対立を続けてきた。

イタリアの警告また要請を受けて、ドイツのメルケル首相は「EUは必ずイタリアを援助する。イタリアの訴えは尊く胸を打つ。7月のG20までにEUは何らかの結論を出すだろう」と述べた。

またユンケル欧州委員会委員長 は「EUは難民・移民問題に真っ向から立ち向かっているイタリア(とギリシャ)という英雄国を見捨ててはならない。EUは力を合わせて彼らを助ける」と表明した。

一方フランスのマクロン大統領は、イタリアへの連帯を表明しながらも「地中海を渡ってくる人々の中には難民ではなく豊かな暮らしを求める「経済移民」も多い。8割がそういう人々だ。われわれは難民とそれらの経済移民とを区別しなければならない」と釘を刺すことを忘れなかった。

仁慈の国

イタリアは情け深い国だ。自らの経済的困窮もかえりみずに地中海をさ迷う人々に救いの手を差し伸べ続けている。寛容はイタリア国民独自の美質だが、そこにバチカンの影響が加わって人々の慈悲の心はさらに深まる。

カトリックの総本山であるバチカンは、その保守性からイタリア社会にさまざまな負の影響も与える。同時に、ひたすら寛容と、慈悲と、赦しの心を説いて飽くことがない。

フランシスコ教皇は、イタリア国民に向かって難民・移民の保護と受容を訴え続けている。そのスタンスは確固としてゆらぐことがなく、慈愛に満ちている。

心優しいイタリア国民は、フランシスコ教皇の思いによく応えている。この国にもむろん反移民の不寛容・排外主義者は多くいる。つまり極右やネトウヨ・ヘイト系の人々だ。

最近はローマのラッジ市長が「難民・移民受け入れの扉を閉める」と表明して、彼女の所属する反体制政党「五つ星運動」が、極右の「北部同盟」と同じ穴のムジナであることを暴露した。

イタリアは今のところ、反移民・排外差別主義が旗印のトランプ主義者を抑え込むことに成功している。だが政治経済社会の混乱に拍車をかける移民・難民問題は、それらの人々の怒りの火に油を注ぎ続けていることも事実だ。

イタリア政府は、「今後も人道上の理由から難民・移民の海上での救助・救援は続ける」とした上で、彼らの保護、管理、衣食住の提供その他の重い負担をEU各国で分担してしてほしい、と悲痛な訴えをしている。EUは速やかにそれに応えるべきだ。



終わらないイタリアのFemicideまた女性暴力事案について



gessica notaro
塩酸被害者のジェシカ・ノターロさん


先週水曜日、癌専門医のエスター・パスクアロ-ニさん(53)が、イタリア中部アブルッツォ州の勤務先の病院の駐車場で、男に首を刺されて死亡した。

パスクアローニさんは2人の子供の母親。病院の癌部門の責任者で、勤務を終えて帰宅するため車に向かって歩いているところを襲われた。

刺した男はパスクアローニさんにストーカー行為をしていて、警察がすぐに容疑者と割り出して追跡を始めた。だが翌朝、近くのアパートの一室で自殺しているのが発見された。

パスクアロ-ニさんが殺害された翌日、僕が先日の記事で言及した塩酸被害者のジェシカ・ノターロさん(28)が、アシカの飼育員としての仕事に復帰した写真をSNSで公表した。

女性が女性であるという理由だけで殺害されるFemicideは、中南米を中心に頻繁に起こっている。アメリカ、インド、中東などでも多い。

ここ欧州にもかなりの頻度で発生し、たとえばイタリアでは2000年~2012年の12年間で2200人もの女性がFemicideの犠牲になり、昨年も100人以上が殺害された。

その数字はドイツやイギリスではさらに多く、トルコもイタリアより犠牲者の数は多い― トルコも欧州の一国とみなすなら、という条件付きだが。

イタリアの特殊性は前回記事でも言及したように、femicideを男と女の愛のもつれ或いは痴情からくる最悪の結果であり、痴情である以上それは他人が口をさしはさむべき問題ではない、と多くの国民が考えていることである。

男はパートナーの女性を愛し過ぎるあまり時には声を荒げ、暴力を振るい、ストーカー行為に走り、ついには殺害にまで至る不幸が起こったりする。それは仕方のないことだ、という認識が多くのイタリア人の中にあるというのだ。

だがそれは愛などではなく、男の嫉妬であり、歪んだ女性支配願望の顕現であり、女性への優越意識つまり女性蔑視の感情などに根ざした殺人事件に過ぎない。「愛故の殺人」など言い逃れであり幻想である。

イタリアのさらなる問題は、男性ばかりではなく女性も「愛故の殺害」説を認める傾向があり、従ってパートナーからの行過ぎた強要や暴力行為があった場合でも、攻撃を受けた女性が黙ってしまったり、事実を否定し勝ちでさえあるという点。

そういう女性たちは「私さえ我慢すれば相手の暴力は静まる」などと考えて告発を控える。世間体というものも邪魔をする。すると暴力は歯止めがきかなくなってエスカレートし、ついにはFemicideにまで至るケースが少なくない。

塩酸被害者のノターロさんは幸い死亡することはなかったが、Femicideの被害者に匹敵する苦痛を受けた存在であり、かつ女性への暴力を糾弾する活動をしていることで、全国的に動向を注目されるようになった。

ノターロさんの本職はアシカの飼育員。事件前は歌手としても活動していた彼女は、ミスユニバース・イタリア代表選の最終選考まで残ったこともある美形。アドリア海のリゾート地リミニ近郊ではよく知られた存在だった。

彼女は塩酸をかけられた後、顔がケロイド火傷 状に変形し焼け付くような痛みに苦しみ続けている。左目が失明する不安にも苛まれている。

リハビリと手術に明け暮れていた今年4月、彼女はテレビの有名番組に出演して、女性暴力への反対と被害者女性たちへの連帯を呼びかけた。

番組の打ち合わせの際、著名タレントの司会者が「顔をスカーフで隠して出演していただいても構いません」と提案したが、彼女は敢えて崩壊した素顔を見せることを選んだ。

彼女は番組の中で:
「私が素顔をさらすのは全国の視聴者の皆さんに私を襲った元恋人の行為を見てほしいからです。こんなことは決して愛ではありません」
と訴えた。

ノターロさんの前には弁護士のルチア・アンニバリさんが同じ被害に遭って人々の怒りと同情を買った。アンニバリさんのケースでは、元恋人の弁護士が2人の男を金で雇って襲撃させたものだった。

2013年に起きたその事件でも、被害者のアンニバリさんが同じ被害者の女性たちを救いたい、として広報活動を始めたことから事態が広く知られるようになった。

Femicideと同じかそれ以上の罪悪にも見える女性へのそうした攻撃は、嫉妬と凶暴な破壊願望と支配欲とがからんだ蛮行以外の何ものでもない。愛とは嫉妬ではなく信頼であり、破壊ではなく守ることであり、支配ではなく対等であることだ。

直接、間接の理由が何であるにせよ、自分から遠ざかっていく女性を襲うそれらの男の胸中には、共通する底深い闇が広がっている。

すなわち「他の男に取られるくらいなら殺してしまえ。あるいは女性の美を台無しにしてしまえ」という男性特有の危険な利己主義である。

陳腐な歌謡曲のセリフのような心理状況でありまた描写だが、それが真実なのだろう。だからこそ「愛故の殺人」などという不可解な呼称さえ生まれるのではないか。


ロンドン「グレンフェル・タワー」で焼け死んだグロリアとマルコは「死以上の恐怖」を味わっていたかもしれない



大炎上タワー切り取り2 400pic



ロンドン「グレンフェル・タワー」で悲惨な死をとげたイタリア人カップルグロリアとマルコの物語は、いうまでもなくビル内で亡くなった全ての犠牲者の物語である。

象徴的な意味ではなく、「グレンフェル・タワー」火災の一人ひとりの犠牲者が、生きながら焼き殺された凄まじい現実は、若い2人のイタリア人と正確に同じ、という意味で。

そればかりではなく、グロリアとマルコと同様に家族や親しい人に連絡を入れて助けを求め、それが不可能と知って、再びグロリアとマルコのように愛する人たちに永遠の別れを告げた人もまたいたのかもしれない。

いずれにしても、彼らがひと息に死に至るのではなく、恐怖と苦悶に責めさいなまれながらじわじわと死んでいったであろうことを思うとき、僕は胸が苦しくなる。とても他人事には思えない。

その地獄絵図は、2015年初頭、テロ集団ISに拘束されたヨルダン人パイロット、ムアーズ・カサースベ中尉(当時26 )が、檻に入れられて生きたまま焼き殺された凄惨な映像を僕に思い出させた。

そしてその分別によって僕は新たに次の発見をした。つまり「グレンフェル・タワー」に閉じ込められた人々のうち、今まさに彼らがいる建物そのものが燃え盛っている実況生中継のTV映像を見た者がいるのではないか、と思いついたのだ。

そしてその思いつきは僕の意識をやすやすとイタリア人カップルに運んだ。

マルコとグロリアは、彼らが住むタワーの下層階で火災が発生したと知った時、テレビのスイッチをONにする余裕はなかっただろう。

あるいはその時間にちょうどテレビを見ていたとしても、2人はすぐに火事の状況を把握すること、そしてそこからの脱出を考えることで頭の中はいっぱいになって、テレビを消さないにしてもそれを見る気など吹っ飛んでしまったに違いない。

しかし、2人はイタリアの家族と連絡を取り続ける中で、テレビの実況映像を見る羽目に陥った可能性があると思うのだ。

つまり、イタリア時間の午前3時頃に始まった火災の生中継映像を見たグロリアの両親が、そのことを電話で彼らに告げた公算。

燃え狂う建物の中にいる2人が、テレビをONにして、生きたまま焼かれる自らの火葬現場を見てしまうむごい光景が展開されていたかもしれない・・。

そう気づいた時、いかんともしがたい煩悶が僕の中に芽生えた。彼らのさらなる恐怖体験を想像して暗澹たる思いに押しつぶされそうになった。

生前葬という「遊び」がある。年老いた「元気な」人が、自らの死を想定して自らの意志で行う葬儀。友人知己を招いて本人の死を「祝う」のが基本だ。

生前葬儀を主催する人は、自らが死ぬ様子を客観的に眺めるわけだが、そこには切羽詰まった死の恐怖もなければ、阿鼻叫喚の騒ぎもない。

生前葬とは死の恐怖を逃れたい者が、死の恐怖を感じていない振りで、親しい人々と共に儀式を執り行って悦に入る遊び、と言っても大きな間違いではないだろう。

若いイタリア人カップルが、もしも自らが焼かれつつあるタワーの大炎上シーンを同時進行で見ていたとしたら、生前葬にも似た設定になるわけだが、そこには生前葬などとは似ても似つかない巨大な恐怖と苦悶が充満していた違いない。

ここまでに僕が知った限りの情報では、グロリアとマルコの両親がそれぞれの娘と息子に、火災の生中継映像がテレビで流れている、と話したかどうかはうかがい知れない。

しかし、ロンドンからイタリアに送られてくる映像を見ながら、彼らが罠に落ちた若い2人の「現場からの迅速な脱出の助けになるかも」、と考えてそのことを告げた可能性も十分にあると思う。

それに続く2人の狼狽と恐怖と絶望は、文字通り「想像を絶する」ものであって、とても言葉に言い尽くせるものではない。せめてそんな事態にはなっていなかったことを祈りたい。




グロリアとマルコはロンドン「グレンフェル・タワー」の23階でイタリアの両親と電話で話しながら焼け死んでいった



Gloria Trevisan and Marco Gottardi400pic
グロリアとマルコ


プロローグ・悲劇

「お母さん。どうやら私はここで死ぬことになるらしい。今日まで私のためにたくさんのことをしてくれてありがとう。私は天国からお母さんたちを見守ります」

グロリア・トレヴィザン(26)は炎に包まれたロンドン「グレンフェル・タワー」の23階の自宅から、電話の向こうで恐慌に陥っているイタリアの母親に言った。

グロリアの側には同郷の恋人、マルコ・ゴッタルディ(27)がいた。建築家の2人は3ヶ月前、仕事と夢を求めてロンドンに移住したばかりだった。

いきさつ

グロリアがイタリアの両親に最初に電話を入れたのは、イタリア時間の6月14日午前2時頃。「お母さん、怖いことが起こっている。ビルの下の階で火事があったらしい」と彼女は言った。

マルコと一緒にグレンフェル・タワーの23階から下に逃げたいが、炎が階段を伝って駆け上がっていて、煙も充満して身動きできない。閉じ込められたようだ、と続けた。

そのときのグロリアの声は不安そうではあるがまだパニックにはなっていなかった。5階あたりで発生した火事は、ほぼ最上階の彼らのアパートに達する前に消し止められるだろう、という希望的観測があったものと考えられる。

しかし、時間経過と共に彼女は明らかに狂乱に陥った。「私はまだ死にたくない。私にはやるべきことがたくさんある。もっと人生を楽しみたい。こんな不公平は受け入れられない!」グロリアは代わる代わる電話に出る父と母に訴えた。

父親のロリスは万が一のことを考えて娘とのやり取りを記録し始めていた。最悪の事態になった場合、そこにいないグロリアの弟に彼らのやり取りを聞かせてやらなければならない、と思ったのだ。

AM2:45分頃、グロリアと一緒にいるマルコもイタリアの自分の両親に電話を入れた。父親のジャンニーノが応答した。マルコは言った。

「ここから動けないが、消火活動が盛んに行われているから大丈夫。何も心配しなくていい。間もなく鎮火するはずだ」マルコは何度も繰り返した。

父親のジャンニーノは「息子は私の妻と事件現場にいるグロリアを安心させようとして、問題はない、心配するなと言い続けていたようだ」と後に新聞記者のインタビューに応えて話した。

ロンドンまで

2016年秋、グロリア・トレヴィザンはトップクラスの成績でベニス大学の建築学科を卒業した。しかし不況にあえぐイタリアには満足のできる仕事はなかった。

グロリアは今年3月、恋人のマルコと共に仕事を求めてロンドンに移住した。マルコも彼女と同じ新米の建築家である。マルコもまた優秀な成績で大学の建築学科を卒業していた。

グロリアはイタリアでは、月にわずか300ユーロ(4万円)程度の不安定な仕事しかできなかった。マルコも似たような状況にあった。彼らはイタリアを諦めてロンドンに夢を追うことにした。

2人の動きは、仕事と夢を求めて国外に流れるおびただしい数のイタリア人若者の象徴的な姿だった。イタリアの若者の失業率は40%余り。実感としては、行き合う若者の2人に1人が失業者、という惨憺たる状況だ。

グロリアの父親は、「娘が死んだのは、経済不況を手をこまねいて見ているだけの無能な政治家や政府のせいだ」、と強い怒りをあらわにした。

夢かなう

ロンドンではグロリアとマルコは2人ともに名の通った建築設計事務所に即採用になった。給料もそれぞれ一ヶ月2100ユーロ(約26万円)と新米建築家としては満足のいく額だった。それが今年3月である。

2人は高層マンション、グレンフェル・タワーの23階に住まいも得た。広い快適な部屋である。グロリアは4月10日、高層階から眺めるロンドンの景色はすばらしい、とSNS で写真付きの投稿もしていた。

ゴッタルディ夫妻は5月に息子のマルコをロンドンに訪ねた。マルコはグロリアと共に幸せで希望にあふれ、仕事も暮らしも順風満帆の時をエンジョイしていた。2人がロンドンに移住して本当に良かったと両親は思った。

一方グロリアの両親は経済的に困窮していた。ロンドンに娘を訪ねる余裕はなかったが、彼女が近く帰省することを楽しみにしていた。グロリアには夏までにその予定があったのだ。

火災概観

2人が入居しているグレンフェル・タワーの5階で6月14日に起きた火災は、火の回りが異常に速く20分ほど(15分という目撃証言まである)で建物全体に広がった。そのため高層階にいるグロリアとマルコは逃げ道を絶たれた。

必死の消火作業も空しく、炎は燃え盛って手がつけられない状況になり、その一部始終がイギリスはもちろん、世界にも衛星を介して伝えられた。

終焉

午前3時過ぎ、イタリアのテレビも生中継でロンドンの火事の模様を伝え始めた。テレビの恐ろしい映像にかぶさるようにその時、絶望の淵からふりしぼられたグロリアの冒頭の必死の声が聞こえてきた。

「お母さん。どうやら私はここで死ぬことになるらしい。今日まで私のためにたくさんのことをしてくれてありがとう。私は天国からお母さんたちを見守ります」その声に両親は、呼吸をすることさえもが苦しいような痛みと無力感に心身を打ち砕かれていた。

マルコの父親が息子の最後の声を聞いたのはそれよりも後のことだった。「ここの部屋の中にも煙が充満して危機的な状況だ」とマルコが言った。彼の声音ももはや以前の落ちついたものではなく、断末魔の喘ぎにおののくのが分かる凄惨なものだった。朝4:07分にマルコの電話は切れた。

マルコの両親はその後も繰り返し電話をかけ続けた。グロリアの両親もイタリアのそう遠くない場所で全く同じ行為を繰り返していた。しかし、若者2人はもはやどちらの電話にも答えることがなかった。

エピローグ

6月 17日現在、グレンフェル・タワー火災の犠牲者の数は少なくとも30人。58人が行方不明。不明者の全員が死亡と考えられる。この数字は今後も増えて、犠牲者数は100人を超えるのではないか、という見方さえある。

同じく6月17日、イタリア外務省はグロリア・トレヴィザンとマルコ・ゴッタルディの死亡を確認した、と発表した。


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