2011年09月

秋言葉のあや



イタリア語には、枯れ葉、病葉(わくらば)、紅葉(こうよう)、落葉、朽ち葉、落ち葉、黄葉、もみじ・・などなど、というたおやかな秋の言葉はない。

 

枯れ葉は「フォーリア・モルタ」つまり英語の「デッド・リーフ」と同じく「死んだ葉」と表現する。

少したおやかに言おうと思えば「乾燥葉(フォーリア・セッカ)」という言い方もイタリア語には無いではない。

また英語にも「
Withered Leaves(ウイザード・リーブ)」、つまり「しおれ葉」という言葉もある。

が、僕が知る限りでは、どちらの言語でも理知の勝(まさ)った「死に葉」という言い方が基本であり普通だ。

 

夏がとつぜん冬になるような季節変化が特長的なイタリアでは、秋が極端に短い。おそらくそのこととも関係があると思うが、この国の人々は木の葉の色づき具合に日本人のように繊細に反応することはない。

 

ただイタリア人の名誉にために言っておくと、それは西洋人全般にあてはまるメンタリティーであって、この国の人々が特別に鈍感なわけではない。

 

言葉が貧しいということは、それを愛(め)でる心がないからである。彼らにとっては枯れ葉は命を終えたただの死葉にすぎない。そこに美やはかなさや陰影を感じて心を揺り動かされたりはしないのである。

 

それと似たことは食べ物でもある。たとえば英語では、魚類と貝類をひとまとめにして「フィッシュ」、つまり「魚」と言う場合がある。というか、魚介類はまとめてフィッシュと呼ぶことが多い。

 

日本語で貝やタコを「魚」と言ったら気がふれたと思われるだろう。

 

もっと言うと、そこでの「フッィッシュ」は海産物の一切を含むフィッシュだから、昆布やわかめなどの海藻も含むことになる。もっとも欧米人が海藻を食べることはかつてはなかったが。

 

タコさえも海の悪魔と呼んで口にしなかった英語圏の人々は、魚介類に疎(うと)いところが結構あるのである。

 

イタリアやフランスなどのラテン人は、英語圏の人々よりも多く魚介に親しんでいる。しかし、日本人に比べたら彼らでさえ、魚介を食べる頻度はやはりぐんと落ちる。

 

また、ラテン人でもナマコなどは食い物とは考えないし、海藻もそうだ。もっとも最近は日本食ブームで、刺身と共に海藻にも人気が出てきてはいる。

 

多彩な言葉や表現の背景には、その事象に対する人々の思いの深さや文化がある。

 

秋の紅葉を愛で、水産物を「海の幸」と呼んで強く親しんでいる日本人は、当然それに対する多様な表現を生み出した。
 

もちろん西洋には西洋人の思い入れがある。たとえば肉に関する彼らの親しみや理解は、われわれのそれをはるかに凌駕(りょうが)する。

 

イタリアに限って言えば、パスタなどにも日本人には考えられない彼らの深い思いや豊かな情感があり、従ってそれに見合った多彩な言葉やレトリックがあるのは言うまでもない。

 

さらに言えば、近代社会の大本を作っている科学全般や思想哲学などにまつわる心情は、われわれよりも西洋人の方がはるかに濃密であるのは論を待たないところである。

 

スパゲティと国際社会



食事マナーに国境はない。

 

もちろん、いろいろな取り決めというものはどの国に行っても存在する。たとえばイタリアの食卓ではスパゲティをずるずると音を立てて食べてはいけない。スープも音を立ててすすらない。ナプキンを絶えず使って口元を拭(ふ)く・・・などなど。

 

それらの取り決めは別に法律に書いてあるわけじゃない。が、周知の通り、人と人がまともな付き合いをしていく上で、時には法律よりも大切だと見なされるものである。

 

なぜ大切かというと、そこには相手に不快感を与えまいとする気配り、つまり他人をおもんばかる心根が絶えず働いているからだと考えられる。マナーとはまさにこのことにほかならない。

 

それは日本でも中国でもイタリアでもアフリカでも、要するにどこの国に行っても共通のものである。食事マナーに国境はない、と言ったのはそういう意味である。

 

スパゲティをずるずると音を立てて食べるな、というこの国での取り決めは、イタリア人がそういうことにお互いに非常に不快感を覚えるからである。スープもナプキンも、その他の食卓での取り決めも皆同じ理由による。別に気取っている訳ではないのだ。

 

それらのことには、しかし、日本人はあまり不快感を抱かない。そばやうどんはむしろ音を立てて食べる方がいいとさえ考えるし、みそ汁も音を立ててすする。その延長でスパゲティもスープも盛大な音を立てて吸い込む。

 

それを見て、日本人は下品だ、マナーがないと言下に否定してしまえばそれまでだが、マナーというものの本質である「他人をおもんばかる気持ち」が日本人に欠落しているとは僕は思わない。

 

それにもかかわらずに前述の違いが出てくるのはなぜか。これは少し大げさに言えば、東西の文化の核を成している東洋人と西洋人の大本(おおもと)の世界観の違いに因(よ)っている、と僕は思う。

 

言うまでもなく、西洋人の考えでは人間は必ず自然を征服する(できる)存在であり、従って自然の上を行く存在である。人間と自然は征服者と被征服者としてとらえられ、あくまでも隔絶した存在なのだ。自然の中にはもちろん動物も含まれている。

 

東洋にはこういう発想はない。われわれももちろん人間は動物よりも崇高な生き物だと考え、動物と人間を区別して「犬畜生」などと時にはそれを卑下したりもする。しかし、こういうごう慢な考えを一つひとつはぎ取っていったぎりぎりの胸の奥では、結局、われわれ人間も自然の一部であり、動物と同じ生き物だ、という世界観にとらわれているのが普通である。天変地異に翻弄(ほんろう)され続けた歴史と仏教思想があいまって、それはわれわれの血となり肉となっている。

 

さて、ピチャピチャ、ガツガツ、ズルズルとあたりはばからぬ音を立てて物を食うのは動物である。口のまわりが汚れれば、ナプキンなどという七面倒くさい代物には頼らずに舌でペロペロなめ清めたり、前足(拳)でグイとぬぐったりするのもこれまた動物である。

 

人間と動物は違う、とぎりぎりの胸の奥まで信じ込んでいる西洋人は、人間が動物と同じ物の食い方をするのは沽券(こけん)にかかわると考え、そこからピチャピチャ、ガツガツ、ズルズル、ペロペロ、グイ!は実にもって不快だという共通認識が生まれた。

 

日本人を含む東洋人はそんなことは知らない。知ってはいても、そこまで突き詰めていって不快感を抱いたりはしない。なにしろぎりぎりの胸の奥では、オギャーと生まれて食べて生きて、死んでいく人間と動物の間に何ほどの違いがあろうか、と達観しているところがあるから、食事の際の動物的な物音に大きく神経をとがらせたりはしないのである。

 

スパゲティはフォークを垂直に皿に突き立てて、そのままくるくると巻き取って食べるのが普通である。巻き取って食べると三歳の子供でも音を立てない。それがスパゲティの食べ方だが、その形が別に法律で定められているわけではない。従って日本人が、イタリアのレストランでそばをすする要領で、ずるずると盛大に音を立ててスパゲティを食べても逮捕されることはない。

 

スパゲッティの食べ方にいちいちこだわるなんてつまらない。自由に、食べたいように食べればいい、とも僕は思う。ただ一つだけ言っておくと、ずるずると音を立ててスパゲティを食べる者を、イタリア人もまた多くの外国人も心中で眉をひそめて見ている。見下している。

 

しかし分別ある者はそんなことはおくびにも出さない。知らない人間にずけずけとマナー違反を言うのはマナー違反だ。

 

スパゲティの食べ方にこだわるのは本当につまらない。しかし、そのつまらないことで他人に見下され人間性まで疑われるのはもっとつまらない。ならばここは彼らにならって、音を立てずにスパゲティを食べる形を覚えるのも一計ではないか、とも思う。

 

窮屈だとか、照れくさいとか、面倒くさいうんぬんと言ってはいられない。日本の外に広がる国際社会とは、窮屈で、照れくさくて、面倒くさくて、要するに疲れるものなのである。スパゲティを静かに食べることと同じように・・・。

 

横綱の品格



「  渋谷君

 

琴奨菊の大関昇進のニュースは、衛星放送やネットなどでここでもしっかり見ています。彼が一気に横綱にまで駆け上がったら楽しいね。

 

そういえば去年は朝青龍の引退騒ぎがありました。それにからんで僕が新聞に寄稿した記事を添付します。

そこに書いた内容は、もちろん今も変わらない僕の真摯(しんし)な思いです。

 



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~横綱の品格とは~

横綱の品格を問われ続けた朝青龍の引退騒ぎを描いたNHKの特集番組を衛星放送で見た。そこでは大相撲のご意見番とも呼べる専門家たちが、横綱の品格とは結局なんなのか分からない、という話に終始していて驚いた。不思議なことである。日本国内にいると日本人自らの姿が良く見えなくなるのかとさえ思った。

 

横綱の品格とはずばり「強者の慎(つつし)み」のことだと僕は考える。

この「慎み」というのは、日本文化の真髄と言ってもいいほど人々の心と社会の底流に脈々と流れている、謙虚、控えめ、奥ゆかしさ、などと同意味のあの「慎み」である。


「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という格言句に完璧に示された日本人の一番の美質であり、僕のように日本を離れて外国に長く住んでいる人間にとっては、何よりも激しく郷愁を掻き立てられる日本の根源である。

 

朝青龍にはそれが分からなかった。或いは分かろうとしなかった。もしかすると分かっていたが無視した。

 

「慎み」というのは世界中で尊敬される価値観である。人は誰でも「実るほど頭を垂れる者」を慕う。そして実った人の多くが頭を垂れるのが世界の現実である。

たとえばイタリア映画の巨匠フェリーニは、僕が仕事で会った際「監督は生きた伝説です」と真実の賛辞を言うと「ホントかい?君、ホントにそう思うかい?嬉しい、嬉しい」と子供のように喜んだ。またバッジョやデルピエロなどのサッカーの一流選手も、仕事の度に常に謙虚で誠実な対応をしてくれた。頂点を極めた真の傑物たちは皆、実るほどに頭を垂れるのが常である。

「慎み」は日本人だけに敬愛される特殊な道徳観ではない。真に国際的な倫理観なのである。

 

相撲には、他のあらゆるスポーツと同様に我われ人間の持つ凶暴さ、残虐性、獣性などを中和する役割がある。同時に、他のスポーツ以上に、それと対極にある思いやりや慎みや謙虚も「演出すること」が求められている。 

 

相撲は格闘技である。強ければそれでいい。慎みや謙虚というのは欺瞞だという考え方もあるだろう。しかし相撲はプロレスやボクシングなどとは違って、極めて日本的な「型」を持つ「儀式」の側面も持つ。

そこでは
強者横綱は「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という日本精神の根本を体現することが強要される。それが相撲の文化なのである。

 

強い横綱だった朝青龍には、せめて倒した相手にダメを押すような行為を慎んで欲しかった。勝負が決まった後の一撃は、見苦しいを通り越して醜かった。そしてもっと無いものねだりをすれば、倒れ込んでケガでもしたかと思うほど参っている相手には、手を差し伸べる仕草をして欲しかった。

 

その態度は最初は「強制された演技」でも「嘘」でも良かったのである。行為を続けていくうちに気持ちが本物になっていく。本物になるともはや演技ではなくなり、じわりとにじみ出る品格へと変貌する。

強くて明るくて個性的な横綱朝青龍は、そうやっていつか品格高い名横綱に生まれ変わる筈だった。残念である。 

  
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シチリアという迷い道



「 渋谷君

 

僕が先日のメールに書いた

 

「~シチリア島に行っていました。相変わらず面白い島。歴史と文化とマフィアと海がいっぱいの国~」

 

という件(くだり)をぜひ撤回させてほしい。

 

僕のメールに対する君の返信

 

『~シチリアってやっぱりマフィアの島なんですね。怖いな。マフィアがいっぱいとは、具体的にどういう?そのあたりで拳銃での撃ち合いがあったり、盗みがあったり、爆弾が炸裂したり、恐喝されたり・・ということなのでしょうか・・~』

 

を読んで、少し大げさに言うと、僕は慄然(りつぜん)とした。

 

君がそれをちょっとふざけ気味に書いているのであろうことは分かったが、人間は心に思わないことは決して口にしないのだから、君の中にはシチリア島への恐怖心や猜疑がどこかにあるに違いないと僕は判断したのだ。

そして僕の不注意なひと言が、それに輪をかけた可能性がある・・

 

誰よりもシチリア島が好きで少しは彼の地のことも知っているはずなのに、ついお気軽に「マフィアがいっぱい」と言ってしまった。

 

そういうのがいけないんだよね。シチリアというとすぐにマフィア、と言葉をつなげるのが・・

 

という風にそこかしこで書き、発言もし、ブログなどにも書いていながら・・・う~ん、まずい。

 

シチリア島には歴史と文化と海がいっぱいで、そういう輝かしい部分と共に、マフィアの存在を思わせる闇の部分もまた垣間(かいま)見える、と言いたかったんだ。

 

「マフィアがいっぱい」と書くと、君が指摘したようにあたかもそこら中に殺人事件や犯罪があふれていて怖い、というふうに誤解されかねない。

 

が、まったくそういうことはなくて、島は安全だし明るいし楽しい。

 

でも、よく見ると、パレルモのような都会にさえ、第二次世界大戦で破壊された建物が未だに再建されずに存在したり、それとは別の廃墟があったり、途中で建設がストップした高速道路のようなでたらめな工事現場があったり、街の一部が恐ろしく汚かったり等々、明らかに行政が怠慢な部分も数多くある。

 

そういうところに悪のマフィアの影響が如実に出ていると僕には見える。それをつい「マフィアがいっぱい」と表現しちゃったんだ。

 

シチリア人はとても明るくて親切で、同時に世界最大の「マフィアの犠牲者」でもある。だから、あなたはシチリアを決して「怖い」なんて思わないでほしい。

 

そういうのって、例えば「山口組がいるから神戸は怖い」と言うのと同じくらいアホーな話なんだ。

 

そして僕は「シチリアにはマフィアがいっぱい」なんて言っちゃって、そんなアホーな話に負けないくらいのバカ話をしちゃったわけだ。

 

大いに反省・・

 

シチリアについては、今回の旅行のことも含めてまたおいおい書いていくつもりだけれど、とりあえず君の誤解を解きたくて、こうして急いで便りをする次第です。 


それでは。  

 

 

歴史を食べる



ミラノの隣、僕の住む北イタリアのブレッシャ県には、有名な秋の風物詩がある。狩猟の獲物を串焼きにする料理「スピエド」である。

 

狩猟は秋の行事である。獲物は鳥類や野ウサギやシカやイノシシなど多岐にわたる。

 

それらの肉を使うスピエドは野趣あふれる料理だが、そこは食の国イタリア、肉の切り身に塩やバター等をまぶしてぐるぐると回転させながら何時間も炙(あぶ)り、炙ってはまた調味料を塗る作業を繰り返して、最後には香ばしい絶品の串焼き肉に仕上げる。

 

スピエドは元々、純粋に狩猟の獲物だけを料理していたが、野生の動物が激減した現在は、狩りで獲得したものに加えてスペアリブや家畜のうさぎや鶏肉なども使うのが普通である。またそれにはよくジャガイモも加えられる。

 

仕上がったスピエドには、ポレンタと呼ばれる、トウモロコシをつぶして煮込んだ餅のような付けあわせのパスタが必ず付いてくる。赤ワインとの相性も抜群である。

 

イタリアは狩猟の国なので、猟が解禁になる秋にはキジなどの鳥類や野うさぎやイノシシなどが各地で食卓に上る。しかしもっとも秋らしい風情のあるスピエド料理はブレッシャ県にしかない。これは一体なぜか。

 

ブレッシャにはトロンピア渓谷がある。そこは鉄を多く産した。そのためローマ帝国時代から鉄を利用した武器の製造が盛んになり、やがて「帝国の武器庫」とまで呼ばれるようになった。

 

その伝統は現在も続いていて、イタリアの銃火器の多くはブレッシャで生産される。世界的な銃器メーカーの「べレッタ」もこの地にある。

 

べレッタ社の製造する猟銃は、これぞイタリア、と言いたくなるほどに美しいデザインのものが多い。「華麗なる武器」である。技術も高く、何年か前にはニューヨークの警官の所持する拳銃がべレッタ製のものに替えられた、というニュースがメディアを騒がせたりもした。

 

ブレッシャは銃火器製造の本場だけに猟銃の入手がたやすく、アルプスに近い山々や森などの自然も多い。当然のように古くから狩猟の習慣が根付いた。狩猟はスピエド料理を生み、それは今でも人々に楽しまれている。

 

つまりスピエドを食べるということには、ギリシャ文明と共にヨーロッパの基礎を作ったローマ帝国以来の歴史を食する、という側面もあるのだ。

 

イタリアにいると時々そんな壮大な思いに駆られる体験をして、ひとり感慨にふけったりもする。 

 
閑話休題

今年一番のスピエドは、アルピーニの集会で食べた。山育ちの者が多いアルピーニたちは、ブレッシャ県人の中でも特にスピエドへの思い入れが強く、料理の腕もずば抜けている。

→<ノブレス・オブリージュ><アラブ人学生たちのこと

 

その後は山荘のチャリティー昼食会で食べ、再び山荘で慈善ボランティアの皆さんと食べた。いずれ劣らず美味だった。

→<9月、秋はじめと仕事はじめの期><チャリティーの夏

 

実はこれからもスピエドを食べる日々はつづく。あちらこちらから招待を受けるのだ。特に伯爵家の本拠地であるガルダ湖近辺での招きが多い。

 

伯爵家の山のそこかしこには「Roccolo(ロッコロ)」と呼ばれる、小さな狩猟小屋が建てられている。鳥類を待ち伏せて撃つ隠れ処(が)のような施設である。

 

ロッコロは無料で提供されている。ハンターたちは一年を通してロッコロに出入りすることを許されていて、狩猟が禁止されている時期でもそこで寝泊りしたりピクニックを楽しんだりしている。

 

伯爵家と山の恩恵を受けるので、狩猟の季節になるとその礼を兼ねて、獲った鳥を主体にしたスピエドを焼いてわれわれを招待してくれるのである。

 

そればかりではなく、付近の農家や友人やチャリティー団体や(スピエド)同好会等々の招きもあって、秋にはスピエドざんまいの日々がつづく。

 

僕は例年うまいスピエドに舌鼓を打ちながら、今年こそスピエドの料理法を習おうと考えるのだが、複雑でひどく手間のかかる行程に恐れをなして、なかなか手を出すことができない。

 

しかし僕にとっては、歴史を食う、というほどの趣を持つ魅力的な料理だから、いつかじっくりとレシピを勉強して、必ず自分でも作ってみるつもりである。


チャリティーの夏


先週の金曜日、マルコとアンナの結婚式を終えて伯爵家に戻ったのは午後11時前。

もっと早く帰宅できたのだが、伯爵家のある町とは対岸になるペスキエーラの街に寄ってから帰った。あえて時間潰(つぶ)しをしたのだ。

 

湖に面した伯爵家の前庭では、大規模な晩餐会が催されていた。僕らはそれを避けてわざと遅れて帰宅した。

 

晩餐会はガルダ湖のヨットレース「チェントミリア」の前夜祭の一環として開かれた。

 

「チェントミリア」は、ブレッシャのクラシックカーレース「ミッレミリア」にならって、60年前に始められた。湖でヨットを楽しんでいた貴族の若者たちが音頭を取ったのだ。

 

その若者グループのリーダーが、20年前に亡くなった妻の叔父だった。

 

その関係で「チェントミリア」は前夜祭を伯爵家の前庭で行い、レースのスタート地点も同家の前と定めて開催されるのがならわしになった。

 

半世紀以上の歴史を刻んで、ガルダ湖の観光名物として広く知られてきた「チェントミリア」だが、近年は盛り上がりに欠けて注目度も低くなった。レースの規模も年々縮小し、地元の賑わいもどこかに消えた。

 

伯爵家で開催される前夜祭も、最近は形骸化してしまって、地元の政治家たちが彼らの都合で晩餐会を開いて大騒ぎをする、政治ショーのような内容になってしまっている。

僕らは時どきそれに疲れて、晩餐会には場所だけを提供して、なるべく遠くから眺めるようにしている。

 

いやなら場所の提供も拒否すればいいようなものだが、そういうわけにもいかない。内容が空疎になったとはいえ、それは妻の叔父の功績を讃える意味合いから始められたものでもあるから、われわれが否定することはできないのである。

 

また前夜祭の主催者が、ここ数年は実質レースの参加者から街の役場に移ってしまっている事情もあって、なおさら断るのが難しい。

 

とてつもない大きさの邸宅を地域に有しているのだから、街のためになる行事には、伯爵家は館を開放してほしいと考える人々も多い。そしてそれに応えるのが伯爵家のならわしである。

 

今さらその伝統を覆(くつがえ)すのは不可能だ。邸宅がある限りは、地域に貢献するという貴族家の義務もまた続くのだろう。それがいやなら館を手放せばいいだけの話だ。そしてそれはすぐにでも可能なことである。

→<ノブレス・オブリージュ

そんなわけで、僕と妻は先週の晩餐会の夜はちょっとストライキをしてみた(笑)。行事が重なると、時どきそこから逃げ出したくなるのである。


晩餐会は政治ショーであってチャリティーではないが、家を開放して客をもてなすという意味では、僕らにとっては慈善事業と変わらない。

いわば街への寄付、とでもいうべき性格を持つのが、役場主催の晩餐会や展示会などの行事である。

それやこれやで、春から夏にかけては伯爵家とわが家は慈善行事の多い日々になる。

明後日の日曜日は、伯爵家の別荘「ラゾーネ」で再びスピエド昼食会。

→<9月、秋はじめと仕事はじめの期

でもそれはチャリティーとは関係のない仲間同志の集い。前回慈善昼食会を開催したボランティアたちが再び山に集まって、慰労会を開くのだ。

きっと気の張らない楽しいパーティーになるだろう。スピエドもまた格別の味がするに違いない。楽しみである。

 

9月、秋はじめと仕事はじめの期



9月5日深夜、シチリア島「ほぼ一周」旅行から帰還。

 

友人夫婦との旅はある時は楽しく、ある時は少し疲れたりもする日々だったが、おおむね良好。やって良かった、と思えるものだった。

 

シチリア島は「いつものように」玉石混交(ぎょくせきこんこう)の不思議の国。輝くものと暗く沈んだものがいっしょくたになって、僕の心をわしづかみにしてくれた。

 

そのことはまた書くとして

 

明日はベニス近くのビチェンツァで妻の幼馴染みの結婚式に出席する予定。その日のうちに湖の伯爵家に戻って、11日の日曜日には家の背後に広がる山中の別荘「Razone(ラゾーネ)」へ。
→<
ノブレス・オブリージュ

 

そこでは三つの団体が共同で催すチャリティ昼食会がある。供されるのはスピエドと呼ばれる北イタリア、ブレッシャ県地方の郷土料理。

 

元々はジビエ、つまり狩猟肉の串焼きだった野趣あふれる味覚で、ポレンタと称されるトウモロコシを潰して練った餅のようなパスタと共に食べる。赤ワインとの相性が絶妙な料理である。

 

調理をするのは山育ちのスピエド専門家たち。彼らの全員もチャリティ3団体の一員。南米支援グループとチェルノブイリ及びベラルーシ支援団体、それにガルダ湖+山岳救護ボランティア隊の3団体である。

 

人口が3000人にも満たない伯爵家の地元の町には、そうしたボランティア組織が何と17団体も存在する。

 

当日は東日本大震災から半年の節目の日。僕はそのことをしっかりと念頭に置きながら、善意の人々とのチャリティ活動に臨もうと思う。

 

大震災の被災地の皆さんの苦労はまだまだ続いている。何かの折にまた心ばかりの支援活動でもできればと思うが、今のところは少し厳しいだろう。

→<震災支援 チャリティーコンサートⅣ

 

豊かな日本の被災地の復興は必ず訪れる。ところが世界には、復興など永遠にあり得ないであろう不運な人々が溢れている。

彼らに思いをはせることは、日本の被災地を思い続けることと同様に、重要な行為であるように僕には感じられる・・。

 

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