2012年04月

「不惑」という困惑



僕から見ると若いアラフォー世代の友人女性が、不惑という言葉を知って少し困惑したような、困惑しなかったような、不思議な気分になった様子の連絡をくれた。

そうした世代の男女の友人を見ていると、40歳という年齢に強い感慨を抱いたり不安を覚えるような言動をするのは、男性に比べて女性の方が多いように感じる。

40歳をあらわす不惑という言葉は、言うまでもなく論語の「40歳(しじゅう)にして惑わず」から来ていて、それは人生、つまり寿命が50年程度だった頃の道徳律、と解釈すれば分かりやすいのだが、正確に言うと少し違うようだ。

論語の一節であるその言葉を残した孔子の時代、つまり約2500年前は人間の平均寿命は50年よりもきっと短いものだったと考えられる。人間の平均寿命が50歳ほどになったのは明治時代になってからという説さえある。人間は長い間短命だったのである。

でも2500年前の孔子でさえ72歳まで生きている。また70歳をあらわす古希という言葉もあって、それは周知の如く「70歳は古来、希(まれ)なり」のことである。つまり昔は70歳まで生きる者は「ひどく珍しい」と言われるほどの長生きだったのだ。孔子はその希な人間の一人だった。

過去の時代は全て「人生50年」ほどの世の中だった、という日本人の思い込みの多くは実は、織田信長が好んだ敦盛の中の「人間50年 下(化)天のうちを比ぶれば 夢まぼろしのごとくなり~♪」の影響が一番大きいように見える。

そこで言う人間50年とは平均寿命が50年という意味ではないが、人の生命は宇宙の悠久に比べるとあっという間に過ぎず、たとえ50年を生きたとしても宇宙の一日にしか当たらない、まことにはかないものだ、ということだから、拡大解釈をして平均寿命50年の人生、というふうに考えても当たらずとも遠からずというところだろう。

要するに、今現在の平均寿命である約80歳はさておいても、2500年前の孔子の時代から江戸の頃まで、大ざっぱに言って人間はやっぱり50歳程度が平均寿命だった、と考えてもいいと思うのである。

あるいは人々が願った長生きの目標が50歳程度だった、とか。はたまた、正式な統計があったわけではないが、50歳まで生きることができればラッキー、というふうに人々は感じていた、とか。

その伝で行くと、不惑の次の「知命」つまり「50歳にして天命を知る」とは、死期に至った人間が寿命や宿命を知るということになり、さらにその次の「還暦」の60歳は、おまけの命だからもう暦をゼロに戻してやり直すということである。

そんなふうに人間が短命だった頃の70歳なんてほぼ想定外の長生き、希な出来事。だから前述したように古希。

さらに、88歳をあらわす「米寿」という言葉は、88歳なんていう長生きはある筈もないから、八十八をダジャレで組み立てて米という文字を作って「米寿」、というふうにでも決めたんじゃないか、と茶化したくなる。

何が言いたいのかというと、年齢を気にして「年相応に」とか「年甲斐も無く」とか「~才にもなって・・」などなど、人間を年齢でくくって行動や思想や生き方を判断しようとするのは、実に偽善的でつまらないことだと思うのである。

40歳を意味する不惑という言葉にも、精神の呪縛をもたらす東洋的な閉塞感と狭量と抑圧の響きが充満していると思う。少なくとも僕が好きで住んでいるここ西洋には、全くないとは言わないが、人を年齢で縛る考え方は多くはない。

そういうところも僕が西洋文化を好きなった一因である。感じるままが年齢だ、という生き方に憧れを抱いている僕にとっては、年齢をあまり気にしない欧米社会の風通しの良さは心地よいのだ。

40歳でも惑いまくり悩みまくるのが普通の人間であって、それは人生50年の時代でも同じだったはずだ。ましてや人生80年の現代、40歳の若さで悟りきって惑わない、つまり「不惑」者がいるとするなら、その人こそまさに「古来希な」大天才か、あるいは重いビョウキか何かなのではないか。

僕はもう過ぎてしまった不惑からの時間よりも還暦までの時間の方が短くなったオヤジーだが、不惑なんて少しも気にしないまま(惑いまくってそれを気にする暇などないまま)ジーオヤになって、しかもそれが当たり前だと腹から思っている男である。

それどころか、還暦になっても、また運良く古希とか喜寿(77歳)とかまで生きることがあっても、きっと相変わらず惑い、悩み、葛藤し、妄想して、煩悩の中に居つづけるだろう。

いや、きっとそうしていたい。なぜならそれが生きているということであり、悩まなくなった人間はもはや死人と同じだと思うから。

惑い、悩み、葛藤し、妄想して、煩悩の中にいることこそ生きるということであり、生きている限りそれもまたきっと人生を楽しむ、ということなのだろう。

楽しむ、というのが言い過ぎなら、そうした人生の負の側面でさえ「生きていればこそ」と考えて立ち向かうこと。あるいは積極的に受け入れて肯定すること。つまりそれから目をそらさないこと。

そんな考え方は、言うまでもなく別に僕の発見ではない。禅の教えの根本である。いや、分かった風を装ってはならない。僕のここまでの浅い知識の範囲で理解している禅の根本である。

そうしてみると、不惑を意識して悩んでいる女性たちは、男などよりも人生を楽しむ術を知っている優れもの、ということにもなるのだが・・

潰れ貴族



「潰(つぶ)れ百姓」という歴史的事実を表す言葉がある。

江戸時代、凶作や税(貢租)の重さや、商品経済の浸透による負債の累積などが原因で、年貢が納められなくなって破産した農民のことである。

潰れ百姓たちは飢え、餓死し、生きのびた者は江戸などの都市に流れ込んで、そこでも悲惨な生活を送った。


世界を揺るがしている欧州の財政危機は、イタリアで「潰れ百姓」ならぬ「潰れ貴族」を大量に生み出しかねない状況を招いている。

フランス革命のような激烈な世直しが起こらなかったイタリアには、今でも古い貴族家が所有する館などの歴史的建造物が数多く存在している。またイタリアの世界遺産の登録件数は世界一(47件)。世界の文化遺産の40%がこの国にあるとも言われている。

イタリアの膨大な歴史遺産の有様はざっと見て次の如くである。
1)大規模な歴史的旧市街centri storici principali:900箇所  
2)小規模な歴史的旧市街centri storici minori:6850箇所 
3)歴史的居住集落nuclei abitati storici:15.000箇所
4)歴史的居住家屋dimore storiche:40.000 軒 
5)城及び城跡rocche e castelli:20.000箇所
6)空き家の歴史的居住家屋abitazioni storiche non utilizzate:
1.300.000軒

このうち妻の実家の伯爵家の住居などが含まれるのは4)の歴史的居住家屋。つまりイタリアには「現在も人が住んでいる」4万軒もの貴族の館やそれに準ずる古い建築物が存在し、また人が住んでいない貴族館等の6)の歴史的建築物を含めると、その数はなんと134万軒にも上るのである。

そうした家の固定資産税は低く抑えられ、相続税はほとんどゼロに近い優遇策が取られている。それはなぜか。

それらの古い広大な家には、膨大な維持費や管理費が掛かるからである。

本来ならほとんど全てが国によって管理されるべき歴史遺産や文化財に匹敵する建物群が、個人の支出によって管理維持されている。

イタリア共和国は彼らの犠牲に応える形で税金を低く抑えてきた。

僕は今、「犠牲」と言った。それは真実だが、外から見れば「犠牲」などではなく逆に「特権」に見える場合も多い。また、広大な館を有する貴族や名家の中には、今でも充分に実業家などに対抗できるだけの富を維持している者も、わずかながらだが確かにいる。

しかし、そうした古い家々の多くは、昔の蓄えを食い潰しながら青息吐息で財産の維持管理をしている、というのが家計の状況である。固定資産税や相続税がまともに課されたら、彼らのほとんどはたちまち困窮して、家を放棄するしかないであろう。

イタリアの歴代政権は、国家財政が困窮するたびにそうした家への課税を強化しようとしたが、増税の結果「潰れ貴族」が出現して逆に国家の財政負担が一気に拡大するリスクを恐れて、一回限りの特別課税などとしてきた。

イタリア中の貴族家や旧家の建物を全て国が維持管理することになれば、イタリア共和国の国家財政は明日にでも破綻してしまうだろう。

一方でイタリアには「労働憲章法18条」一般に「条項18」と呼ばれる、世界でも珍しいほどの労働者保護の立場に立った法律がある。

それは実質、雇主が労働者を解雇できない強い規制を伴なうもので、イタリアの労働市場をガチガチに硬直させている。

要するにこの国の経営者は「条項18」を恐れるあまり、めったに人を雇わないのである。その結果古くて無能な労働力が会社に残り、そのあおりを食って若者の失業者が増え、経済のあらゆる局面が停滞して悪循環に陥る、ということがくり返されてきた。

今回のイタリア財政危機を回避するべく政権の座に就いたマリオ・モンティ首相は、様々な改革を推し進めているが、中でも彼がもっとも重要と見なして取り組んでいるのが「条項18」の改正。必要に応じて経営者が労働者を解雇できる普通の労使関係に戻すべく動いている。

そこで出てきたのが例によって歴史的居住家屋への増税案。最大で現行の年間税率の6倍にもなる固定資産税を課すことも検討されている。

「国民が平等に痛みを分かち合う」ことをモットーにしているモンティ政権は、40年前に発効した「条項18」を死守しようとする強力な労組への懐柔策として、これまた長い間改正されずに来た貴族館などへの増税をバーターとして提示しているのである。

増税率がどの程度に落ち着くのかは今のところ不透明だが、大幅な増税が一時的ではなく持続的なものになった場合、イタリア全国で相当数の「潰れ貴族」家が出るのは間違いないだろう。

「斜陽貴族」でも書いたように、栄華を極めた者が没落するのは歴史の必然である。古い貴族家が潰れたなら、新規に富を得た者がそこを買い入れて、建物の歴史を新しく書き続けていけばいいだけの話だ。


しかし、今回のような不況のまっただ中で「潰れ貴族が」出た場合、彼らの住まいなどの歴史的建造物が打ち捨てられたまま荒廃する可能性が高くなる。

なぜなら新たに富を得た実業家なども経済的に困窮している時期だから、買い手が付かなくなるケースが増大すると考えられるからである。

膨大な数のイタリアの歴史的遺産は、たとえそれが私有物であっても、最終的には国の財産であることには変わりがない。

モンティ首相は就任以来、財政危機を確実に修正してイタリアをまともな方向に導いているように見える。

が、一歩道を間違えると、国の文化遺産を破壊したトンデモ首相として、歴史に名を残す可能性も又、無きにしも非ずなのである。

 

パスクア2012



明日48日はパスクア(復活祭)。

イエス・キリストの復活を祝う重要な祭り。英語のイースターである。

 

パスクアは毎年日付けが変わる。が、祭りの中身は例年ほぼ同じ。

 

家族・親戚・友人などが集って、イタリア定番の食事会を開いて祭りを祝う。その時に供されるのが子羊または子山羊(ヤギ)の肉

 

妻の実家の伯爵家とその親戚筋はどこも子山羊料理がメインコースで出る。

 

今年は親戚の一つの、そこも伯爵家に招待されている。メインはやはり子山羊のオーブン焼き、という知らせがあった。

 

子羊や子山羊料理に次ぐパスクアの名物は2種類のスイート。卵を模(かたど)った大小のチョコレートとコロンバ。

 

卵チョコレートは、ヒナが殻から生まれ出ることを「キリストが墓から出て復活する」ことにたとえたもの。

 

コロンバは鳩のことで、その名の通り鳩の形をしたふかふかのパンのようなスイート。

言葉を変えれば、発酵パン菓子とでもいうところか。平和や愛のシンボルである。

 

僕はそうしたスイートにはほとんど興味がない。食べたいのはメインの肉料理。

 

子羊でも子山羊でもいいができれば子山羊が嬉しい。

 

なぜなら子羊の料理はいつでも食べられるが、子山羊のそれはパスクアの時期にしか食べられないから。

 

長年妻の実家の伯爵家で子山羊料理を食べてきたが、今年は違う親戚の家のレシピが楽しみである。

 

復活祭の翌日はパスクエッタと呼ばれる振り替え休日。その日は友人宅に招(よ)ばれている。

そこでのメイン料理は多分子羊。友人本人はヴェジタリアン。でも客には普通の料理を出す。

 

復活祭の後はトルコのイスタンブールに飛ぶ。バザールでのロケ。

 

ロケの後には技術スタッフと別れて、世界遺産カッパドキアを訪ねる計画。

 

トルコは僕が長い時間をかけて巡る予定の地中海域の一角。

 

今後も何度か訪ねると思うが、今回は仕事ついでにイスタンブール一帯とカッパドキアを見てくるつもりである。

それやこれやで忙しく、パスクア休日を利用してミラノにやってくるシチリア島の友人にも会えそうにない。

仕事のほかにも忙しさがある。

イタリアの財政危機にからんで税法なども変わり、伯爵家はかなり逼迫(ひっぱく)すると見られている。

それはイタリア国民全てに当てはまるが、古い貴族家にとっては事態はさらに重くなりそうな様相。

そこでの関わりでも動くことが重なって多忙を極めている。

しばらくブログも更新できないかもしれないので、今日、明日中に時間があればできるだけ書いておきたいと思うが、

さて・・

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