2012年07月

『シリアの春』の行方



 

シリアの独裁政権の崩壊は近いと見るべきだろうが、世界中から非難されながらここまで生きのびてきたアサド政権の狡猾ぶりを見ると、一筋縄ではいかない不気味さも感じる。

 

首都から離れたホムスなどを中心に続いていた戦闘は、ついに政権の牙城であるダマスカス市内に至り、あまつさえ首都中枢部での爆破事件でアサド大統領は義兄をはじめとする側近を失った。

 

またそれより先の7月初旬には、幼なじみで親友のマナフ・トラス准将が亡命した。それはアサド大統領にとっての最も大きな痛手であり「政権の終わりの始まり」だと見られていた。

 

准将の亡命は、アラブの春の一連の騒乱の中でも直近のリビア革命の際、カダフィ大佐の右腕のアブデル・ユニス将軍が翻意・諜報反逆・暗殺された案件と重なる。

 

独裁者カダフィの命を受け「裏切り者」として反政府軍に侵入していた同将軍は、2重スパイとして処刑されたが、実はそれはカダフィの策略によるものだった。いずれにしても独裁政権の崩壊前には同様な出来事が必ずと言って良いほど起こる。

 

現在はシリア北部の都市アレッポを主体に激しい戦闘が依然として続いていて、首都ダマスカスの緊張状態も相変わらずの状況であるらしい。

 

追い詰められたアサド一派は、化学兵器の存在を認め、その上「決してそれを自国民向けには使わない。使う時は外敵に対してだけだ」と意味不明かつ異例の声明を出して、大量殺戮兵器の使用をほのめかしている。

 

面妖極まるそうした動きは、終焉を迎えようとする独裁政権の断末魔の足掻きのようにも見える。が、アサド政権がまだ命脈を保つ可能性も依然として残るのである。

 

その辺が例えばエジプトやリビアなどの状況とは異なる。自国民を虐殺し続ける蛮行にも関わらず、なぜシリアのアサド独裁政権がしつこく生き残っているのか、少し考えてみる。

 
バッシャール・アサドとその取り巻きは、これまでのアラブ革命を通して、権力者たちがどのような最期を迎えたか知り過ぎるほどに知っている。政権崩壊後には地獄が待っているだけである。従って彼らは自らの身を守るために徹底して戦い、民衆への弾圧を続ける覚悟である。それはある意味分りやすい動きだ。

カダフィ政権が崩壊したリビアと比較して見ると、シリア革命がなかなか成就しない理由がさらに明らかになる。

 

リビアの反政府軍は、ベンガジを拠点に広い国土の山野で潜伏、攻撃、退却を繰り返しながら徐々に首都に迫って行き、ついにはトリポリも落としてカダフィを追い詰めた。シリアではそういう戦いができない。なぜならシリアの国土はリビアの約1/10程度の規模しかなく、しかも人口はリビアの3倍以上の約2190万人もいる。

 

狭い国土のシリアは、リビアに比較すると都市化が進み、人口の約半数がダマスカスやアレッポなどの都市部に集中している。その都市部は政府軍がほぼ完璧に掌握していて、自由シリア軍をはじめとする反政府勢力は、拠点となるような国土の重要な部分をしっかりと制覇できずにいる。

 

そうしたことに加えて、シリアの反政府軍は多くの派閥に分裂していてまとまりがない。中心となる自由シリア軍でさえ、はっきりとした指導者がいないような現状である。このことはアサド後の政権の受け皿が存在しないことを意味する。

 

言うまでもなくロシアと中国、さらにイランなどがアサド政権をあからさまに支援していることも大きい。エジプトやリビアのケースでは、それらの国々は欧米の介入に対して賛成はしなかったものの、反対にも回らずに静観するという態度に出た。アラブ諸国を始めとするその他の国々も同じである。だから欧米列強は、リビアではNATO軍による軍事介入さえすることができた。

 

シリア危機では状況が一変して、前述の国々がシリアを公に支持・支援している。欧米列強は軍事介入どころか経済制裁さえ思うようにはできないのが現実である。国庫の富を使って取り巻きの歓心を買っているに違いないアサド政権にとっては、ヘタをすると欧米列強の軍事介入よりも怖いのが完全な経済封鎖による孤立である。それによって国庫が疲弊しバラまく金がなくなったら、政権を裏切る者が続出するのは火を見るよりも明らかだからだ。
 

シリアに利権を持つロシアや中国、それにイランなどの支持・支援が続く限り、アサド独裁政権の壊滅までの道のりはあるいは長いのかも知れない。しかし、圧政が終わりを告げるシナリオは、もはや書き換えのできない決定事項のように見える。ぜひそうであってほしいと願うのは、おそらく僕だけではないだろう。

 

 

オリンピックってなに?



間もなく始まるロンドンオリンピックで、イタリアも国中が盛りあがっていると言いたいところだが、開会式を明日に控えた今もいたって平静である。

 

新聞やテレビをはじめとするマスコミはオリンピックについて最小限の報道しかしないし、国民もそれに呼応するように平常心でいる。冷めていると言ってもいいくらいである。

 

五輪に対するイタリア人の冷めた反応は今に始まったことではない。彼らは例えばサッカーのW杯や先日終わったサッカー欧州選手権などでは、ちょっと大げさに言えば「国中が狂喜乱舞する」みたいな盛り上がりを見せるが、オリンピックに際してはいつも冷静である。

 

前回2008年の北京、前々回2004年のアテネ大会など直近の大会でも盛り上がりに欠けた。その中間年、2006年に開かれた冬季オリンピック対する関心度は、開催地がなんとここイタリアのトリノであったにもかかわらず、もっとひどかった。

 

なにしろ一番売れているスポーツ新聞の報道でさえ、開幕まで数日と迫った時点でも、紙面25ページのうちプロサッカーに関する記事が1面から15面までを占め、その後にやはりプロテニスやバレーボール、バスケットやカーレースの記事が続いて、ようやくオリンピック関連の記事が出ているという有様だった。オリンピックがいかに軽い扱いであったかは、その事実だけでも歴然としている。

 

なぜ僕が当時のことを良く知っているのかというと、僕はその頃ビデオのロケ取材に加えて新聞記事を書くためにたくさんの情報を集めていて、いまそのメモを読み返しながら当時を振り返っているからである。そしてあの時点でも僕は、イタリアのマスコミの「盛り下がり」振りに結構衝撃を受けたりしたものだった。

 

五輪ではイタリアは常に多くの競技に参加する。それなりに好成績も収める。関心もある。でも決して、例えば日本のように大いに「盛り上がる」というふうにはならない。それって一体なんだろうかと考えを巡らせると、少し見えてくるものがある。

 

まずイタリア人はスポーツに限らず国際的なイベントに慣れきっている。ヨーロッパの中でも、イタリアはイギリスやフランスと並んで国際的な催し物であふれている。規模は大きいものの、オリンピックも彼らが慣れているそんな国際的イベントの一つに過ぎない。

 

また彼らには愛国心がそれほど強くないということもある。つい最近統一国家になったとは言え、イタリアの各地方にはかつての独立都市国家の精神が強く残っている。そのために統一国家への愛着心が国民に薄いのはよく知られたことである。

 

オリンピックって、けっこう国家対国家の競い合いみたいな様相を呈することが多いから、カンパニリズモと呼ばれる強力な地方中心主義に捉われている者も多いイタリア国民には、あまりうまくアピールしないということもあると言っていいだろう

 

さらにこういうこともある。実は今年もそうだが、オリンピックの年にはサッカーの欧州選手権が開かれる。欧州選手権も四年に一度の大会で、ちょうど五輪と重なる日程になっているのだ。サッカー好きの多くのイタリア国民は、欧州杯の応援にエネルギーを使い果たして、とてもオリンピックまで気が回らないという事情も皆無ではないように思う。

 

だが、僕の考えでは実は、イタリア人がオリンピックに付いて回るいわゆる「純粋なアマチュア精神」なるものを「まゆつばものの潔癖」と見なして嫌う国民であることが、彼らが五輪にあまり燃えない理由であると思う。

 

イタリア語ではスポーツの試合や競技のことをジョーコという。ジョーコは「遊び」という意味である。イタリア人にとってはサッカーもオリンピックの競技も「遊び」である。或いはあらゆるスポーツはスポーツである前に「ゲーム」でなければならない。

 

そしてゲームには相手を出し抜くズルさがなくてはならない。このズルさこそ「遊び」の真髄である。遊びの精神が優先されなければならないのだ。だから参加選手が国の威信を背負って気張っているような、オリンピックの堅苦しさがあまり好きになれないのだろうと思う。

 

かてて加えて、イタリア的な重大かつ現実的な原因がもう一つある。バカンスである。

 

毎年7月~8月はイタリアはバカンス真っ盛りの季節。特に8月に入ると国中が一気にバカンスモードに入る。オリンピックが始まろうとする今は、誰もがバカンスの計画立案や予約や期待でドタマが一杯である。

バカンスの喜びでオリンピックどころじゃないよ、というのもまた、多くのイタリア人の偽らざる心境であることは間違いがない。

 

 


書きたいことども



ここ最近スポーツのことが多く頭のなかに引っかかっている。

 

サッカー欧州選手権のこと。

 

そこから派生した欧州プロサッカー、特にイタリアのセリエAのこと。

 

セリエAに至るイタリアサッカーの裾野のこと。そこと比較した日本サッカーのこと。

 

サッカーと野球のこと。

 

一昨日、29年振りの千秋楽全勝対決という盛り上がりを見せて終わった大相撲のこと。

 

オリンピックのこと。

 

など、など。

 

シリアについても少し書きたいことがあって、頭から離れない。

 

内戦状態にあるシリア問題と比較すると、スポーツを語り続けるなど不謹慎、軽すぎる、みたいなおかしな感覚も気持ちのどこかにあって、我ながら苦笑。

 

こうやって気持ちを吐露することで、ふっ切れた。

 

時間が見つかり次第スポーツのこともどんどん書いておこう、とたった今決めた。

 

スポーツ(オリンピックは特に)もシリアも時事ネタだから早く書きたい。

 

シリアは独裁者アサドが権力の座から引きずり降ろされて、もしかするとイラクのサダム・フセインやリビアのカダフィのように民衆の鉄槌を受ける前に。

 

アサドの哀れな「幼な妻」アスマが、ギロチンの露と消えたマリー・アントワネットよろしく処刑台に引っ立てられる前に。

 

「幼な妻」とは、3人の子を持つアスマが年若いという意味ではなく、彼女の頭の中身がひどく幼いということ。

 

少なくとも僕にはひどく幼く見えるという意味。

 

悪行の限りを尽くしている夫のバッシャール・アサドはいざ知らず、アスマ夫人が公開処刑じみた形で戮(りく)されることはないとは思うが、政権崩壊時の戦闘や混乱の中では何が起こるか分からない。

 

今のところ、国外脱出を考えてはいないらしい彼女が、恐らくこの先やって来るであろう大きな恐慌の中で無残な最期を遂げないように願いたい。

 

アスマ・アサドは処刑に値するほどの悪行は犯していない。ひたすら幼く愚かなだけだと僕には見える。

 

ただ、幼く愚かであることが、罪だと見なされる場合も世の中には多々あるけれど・・

カテリーナmy love 



カテリーナがブドウ園にいた。

 

急いで写真を何枚か撮った。

 

普通、彼女がいるのは冬がしのぎやすい草地の倉庫まわり。

 

またはコンサートが開かれる自宅前庭

 

ブドウ園に移住し、さらに永住したら、今後はなかなか見ることができなくなるかも。

 

なにしろブドウ園は広いから・・

 

 

書いて、写真を貼り付けようとしたが、その方法が分らない。

 

しばらくばたばたしてブログを書く余裕がないので、写真を貼りつけてズルしようと思ったのだが・・(笑)・・。

 

 

本当はブログには写真を使わないと決めていている。

 

僕はこれでも映像屋のハシクレ。写真やビデオがいかに強烈な表現力を持つかを、少しは知っているつもりである。

 

写真を貼り付ければ文章などいらない。というほどの力を持つのが映像表現だ。

 

あえてリキんで言えば、僕はおこがましくも、密かに、文章で映像表現に近いものを目指したいと考えている。

 

あるいは「その意気込みで書く努力」をしたい、と考えている。

 

人が聞いたら笑うだろうが、それでなければ映像屋の僕が文章を書く意味はあまりない。

 

だって、映像屋のそのまたハシクレのテレビ屋は、テレビで表現していればいいのであって、ブログ文章で何かを表現しようなんて思っちゃいけない。

 

でも僕は好き好んで、あるいは僭越にも、そうすることにした。

 

だからできれば写真や映像は使わずにブログを書きたい。

 

写真は実はたくさん撮っている。ドキュメンタリーのリサーチのつもりで、いつでもどこでもけっこうパチパチとやる。たまにはハンディカメラを回すこともある。

 

それらの写真や映像をブログに使えば、文章が短くなるどころか、ほとんど絵のキャプション程度の文字数で表現ができてしまうだろう。

 

読者もぐんと増えるかもしれない。

 

でもそれは文章表現じゃない。

 

やっぱり、できるところまでは文章だけを書いていこうと思う。

 

できるところまでとは、書くテーマがある限り、ということ。

 

それが途切れたら、写真やビデオふんだんにを使って「文章まがい」のブログを書くのも楽しいかもしれない・・

 

 


欧州サッカーの変革は人種混合によってももたらされる



ヨーロッパで最も人気の高いスポーツであるサッカーは、欧米社会を映す鏡であり時代の息吹の投影でもある。白人が当たり前だった欧州各国の代表チームには近年、アフリカを筆頭に、アジア、中南米、東欧、オセアニアなどからやって来た、移民の子孫が多く選ばれている。いわば人種混合、あるいは人種のるつぼ的なナショナルチームが増えているのである。

先日終了したばかりの2012年欧州選手権で、イタリアを準優勝に導いた立役者の1人、マリオ・バロテッリはその象徴的存在。スーパーマリオと愛称される彼は、ガーナ人移民の子としてシチリア島のパレルモ市で生まれ、3歳の時にイタリア人夫婦の養子となった。そして18歳になってようやくイタリア国籍を取得した。

スーパーマリオ・バロテッリは、6月28日に行なわれた欧州杯の準決勝で、優勝候補のドイツを蹴散らす2点ゴールを挙げたことで、晴れてイタリア国民から同胞としての認定を受けた。イタリア人は認めたがらないだろうが、それまではこの国の多くの人々が、彼を手放しでイタリア人と見なすことをためらっていた。スーパーマリオがイタリア国籍を有していることを知っていながら、である。

低迷期に入っていると見なされているイタリア代表チームは、それまでのドイツチームの快進撃の前にすっかり萎縮してしまっていた。歴史的に対ドイツ戦にはめっぽう強いイタリアも、今回ばかりは勝てないだろう、という空気がサッカーファンの間に充満していた。スーパーマリオはそんな折に、目の覚めるような2つのシュートをドイツゴールに叩き込んで、ドイツを撃破してイタリア中を狂喜・興奮させた。

英雄はまたたく間に、肌の色とは無関係に「本物の」イタリア人になり、イタリアサッカーの救世主と見なされることになった。それは別に珍しい出来事ではない。ある事象の転換点で、歴史上ひんぱんに見られる何かの始まりを告げるビッグバンであり、或いは「終わりの始まり」を示す象徴的な事件なのである。

つまり、イタリアサッカーはここから人種混合に向かい、それが当たり前になり、同時にイタリア社会はより人種差別の少ない、寛容で開かれた精神に富むものになって行くであろうことを示唆している。人種差別が終わりを告げ、鷹揚(おうよう)が始まったのである。むろんそれは一朝一夕には完成しない。これから長い時間をかけてゆっくりと変わって行くことだろう。が、変化への「きっかけ」は確実に作られたのである。

スーパーマリオ・バロテッリが、幼い頃からイタリア社会で人種差別に遭い続けて、強い反発心を育んで来たのは良く知られている。状況も意味合いも違うが、欧州選手権での彼の活躍は、1955年12月1日に米国で起きた、ローザ・パークス事件にも通じる大きな出来事であるように僕には感じられる。

ローザ・パークスは、バス車中で白人に座席を譲ることを拒否して逮捕され、それが黒人による大きな公民権運動のきっかけになった。ローザ・パークスが引き起こしたような巨大なビッグバンではないかも知れないが、スーパーマリオの活躍が誘発したイタリアの、ひいてはヨーロッパ社会のさらなる変革の「始まり」は、それなりに重大なものである。

人種差別主義から包容力のある共生社会へと生まれ変わる明るい兆しは、欧州選手権の準決勝でイタリアと戦って敗れたドイツにも見ることができる。ここからは少し言いづらいがあえて書いておこうと思う。

白人の優越を心の片隅にいつも思っている「全ての」欧米諸国民の中でも、よりその傾向が強いように見えるドイツにおいては、アフリカ系人種のドイツ代表入りはもちろん、同じ欧米諸国内からの移民選手の代表入りでさえ極めて難しい雰囲気があった。事実、イギリスやフランスやオランダなどとは違って、歴史的にドイツの代表チームには有色人種(黒人)の選手はいなかったのである。

それはバロテッリ登場までのイタリア、また近年驚異的な強さを誇り続けているスペインなど、ドイツと並ぶサッカー大国でもほぼ同じであり、それらの国々とイギリス、フランス、オランダなどとの違いは、もっぱら過去の植民地の有無や大小、さらにそれぞれの国の現在の移民政策の違いなどによる、と説明されることが多い。

それは一面の真実ではあるが、そこにはやはり心理的な壁がいつも立ちはだかっていた、ということもまた否定できない事実である。いわば100%の白人国ドイツ代表チームに、黒人などありえない・・・という風な。しかしドイツは最近、大きく変わった。代表チームに「純粋の」ドイツ人ではない選手が多く選出され、今や彼らがドイツ代表チームの主流になる勢いである。

例えば20012年欧州選手権における有色人種及びルーツがドイツ系ではない代表選手は:

アフリカ系がジェローム・ボアテング、チュニジア系がサミ・ケディラ、両親がトルコ人のメスト・エジル。そしてスペイン系のマリオ・ゴメス。さらに、かつてドイツが侵略蹂躙したポーランド出身の選手さえいる。ミロスラフ・クローゼ、ルーカス・ポドルスキーの2選手である。

それらの「移民系ドイツ人選手」の中でも特に、メスト・エジルは重要である。二重国籍を持つ彼はトルコのナショナルチームへの登録を断ってドイツを選んだ。ドイツチームの中心的存在であり、メスト・エジルあっての現在のドイツチーム、と言えるほどの優れた選手である。

だがドイツの変容のそのはるか前に、イングランドチームは黒人やインド系のプレーヤーを代表選手に起用し、フランスも少し不自然な形ながら、人種混合チームで1998年のW杯初制覇や2000年の欧州杯優勝を成し遂げている。

不自然な形と言うのは、国を挙げての熱狂的なサッカー愛好気風(イタリア、ドイツ、イギリスのような)の中から、自然発生的に多くの黒人選手が出てきたというよりも、サッカーの国際的な水準を引き上げるためにフランスが国を挙げて様々に画策した結果、他に選択肢のない貧しい移民の息子たちが、サッカーを通して人生のサクセスストーリーを紡(つむ)ぎ出して行く、という現象が起こった。その典型が世界サッカーの至宝の1人、ジネジーヌ・ジダンである。彼は言うまでもなくアルジェリア移民の息子である。

僕の独断と偏見で意地悪く言えば、たかがサッカーごときには白人の「おフランス人」は心を動かされない。それは貧しい移民たちが夢中になって取り組めばいいこと。本物の「おフランス人」は文化と芸術と学問に夢中になっているものなのだ・・というような。

フランスサッカーは、ジダンと共に戦った多くの移民系選手によって1998年に初めてワールドカップを制し、その2年後に2度目の欧州杯制覇を遂げた。だがその後は低迷している。それは、英独伊のように国民が真からサッカーを愛する結果ナショナルチームが形成されたというのではなく、「計算づく」で代表チームが作られた、いわば「ニセモノの弱さ」という風に僕には見える。しかもそのニセモノの病気は重い。なぜなら、フランスチームの核になっているのは現在でも結局、カリム・ベンゼマに代表される「移民選手」に他ならないからである。

そうはいうものの、そして先に「おフランス人」と批判したことと矛盾するようだが、フランス社会はイタリアやドイツやスペインなどに比べると、移民に対してはるかに寛容である。人種差別や偏見をなくす努力も絶えず続けている。フランス社会はヨーロッパ各国の中では、イギリスとオランダと共に三大移民許容社会と言っても過言ではないだろう。そしてサッカーの代表チームが強いことよりも、社会が移民に対してより寛闊(かんかつ)であることの方が、はるかに重要であるのは言うまでもないことである。

なぜなら、欧州は今後ますます移民との共生を余儀なくされる世の中になって行くのは火を見るよりも明らかである。従って憎しみを育むだけの偏狭や差別や偏見は、絶えず捨てる努力をしなくてはならない。そしてそれは――突然のようだが――欧州から遠い我が日本にも当てはまる、全ての先進国社会の宿命であるように僕には感じられるのである。 

欧州危機さなかの欧州選手権(Ⅱ)



2012年の欧州選手権は6月21日に一次リーグが終わって準々決勝に進む8チームが出揃った。ドイツ、ギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガル、フランス、イングランド、チェコである。最後の2国を除けば、欧州財政危機の当事者たちがひしめいている、と言ってもいいような顔ぶれだった。結局、今回の欧州選手権を制したのはスペイン。2008年に続く連続優勝である。同国は2010年のワールドカップも制して、前人未到のW杯と欧州杯に跨(またが)る3連続優勝という快挙を成し遂げた。

 

選手権前の予想ではスペインが優勝候補の筆頭。続いてドイツ。さらにそれに次ぐのが2010年のW杯でスペインと優勝を争ったオランダ。その後にフランス、イングランド、イタリア、ポルトガルなどが一線に並び、ギリシャとチェコがそれに続くというような見方が多かった。ワールドカップの優勝回数が4回と、ブラジルの5回に続いて多い強豪のイタリアは、大会前には優勝候補の下馬評にも上がらなかった。2006年にW杯を制した後、イタリアは低迷期に入っていると見なされていたのである。

 

ところが、フタを開けてみるとイタリアは一戦ごとにじわじわと地力を発揮して、準々決勝でイングランドを破り、準決勝ではスペインと並ぶ優勝候補の最右翼と見られたドイツを撃破した。しかも、イングランド、ドイツ戦ともに相手を圧倒しての勝利だった。対イングランドは0-0の後のペナルティキック戦。またドイツとの最終スコアは2-1と接戦だったように見える。ところが試合の内容は両方ともにイタリアの圧勝だったのである。特にドイツを破った試合は大方の予想を覆す一方的な勝利だった。終始イタリアに押しまくられたドイツは、試合終盤にようやくPKを得て一矢を報いたという屈辱的なものだったのだ。

 

昇り調子のイタリアに比較して、もう一方のファイナリスト・スペインは不調のように見えた。準決勝のポルトガル戦では内容的に相手に押され気味。PK戦で辛うじて勝利したものの、スペイン得意のボール回しが単調で退屈、とまで酷評された。それでも決勝戦に駒を進めたのはさすが。それでも最終戦では、イタリアに苦しめられる、と誰もが考えはじめていた。

 

ところが、スペインは決勝戦ではイタリアを全く寄せ付けなかった。4-0という大差のスコア以上に、試合内容ではイタリアを完膚なきまでに叩きのめした。2年前のワールドカップも制した、従って現在世界最強と言い切っても構わないであろうスペインチームのボール回しのテクニックは、退屈どころか揺るぎない強さを示して燦然と輝いたのである。

 

スペインのパス回し、或いはボールポゼッション(ボールキープ、ボール保持)の高度なテクニックは、長い試行錯誤のあとに完成されたものである。それはスペインリーグの強豪バルセロナにも通じるプレースタイルである。スペインはその戦術を完成させることで2008年には2回目の欧州選手権優勝を果たし、その2年後の2010年には悲願のワールドカップ初優勝も成し遂げた。加えて今年の欧州選手権も制して、スペインサッカーの黄金期を確固たるものにした。

 

目の覚めるようなスペインチームのプレースタイルはヨーロッパサッカーを根本から変えた。それは特に、イタリア、ドイツ、イングランドの変容を見れば明らかである。一言で言うと:

 

「イタリアはスペインを模倣することでカテナッチョ(ディフェンス重視)の伝統を捨てた」

 

「ドイツはスペインを意識することで組織重視の四角四面のプレースタイルを変えた」

 

「イングランドはスペインに追随することで運動能力重視の縦パス一辺倒の陳腐な戦略を克服した」


・・とでもいうような。
 

それは他の全ての欧州チームの場合も同じ。スペインを目標にすることでプレースタイルが変わり、欧州サッカーのレベルが過去数年で一段と上がったのである。これは恐らく南米サッカーにも大きく影響していくだろう。

 

もう少し具体的に言おう。イタリアは2006年にワールドカップを制覇して通算4度目の栄冠を手にした。それはブラジルの5回に次ぐ快挙でドイツの通算3回制覇を上回る。W杯の優勝回数を基に判断するなら、イタリアはヨーロッパ最強のチームである。ドイツはその次の強さという考え方ができた。

 

スペインはそれまで欧州カップを2度手にしていたが、ワールドカップ優勝の経験はなかった。つまり、W杯1回優勝のフランスやイギリスにも劣り、欧州杯を2度制してはいるものの、同選手権1回制覇のオランダやデンマーク、或いは隣国のポルトガル等と同程度の実力、という具合に見なされることさえあった。権威のあるFIFAのランキングで世界一に輝いたこともありながら、である。

 

ところがスペインは2008年に欧州杯を制覇した頃から、世界サッカーの驚嘆児となった。徹底的にパス回しにこだわり、従ってボールをキープし続け、相手をパスで翻弄しながらじっくりとゴール際に迫り、そしてシュートを放つ、というある意味ではサッカーの基本を愚直なまでに追求し続けて、ついにその技術をパーフェクトにした。彼らのパス回しは迅速、正確無比、しかも意外性に富む、というおどろきの連続。そうしたプレーは言うまでもなく選手ひとり一人の高い技術と才能なくしてはあり得ない。

それまで欧州サッカー、ひいては世界サッカーの牽引車の一角でもあったイタリアとドイツが、先ずスペインの変貌に驚きすぐさまそれを真似ようとした。もちろん真似ると言ってもスペインに匹敵する選手たちの高度なテクニックがなければ叶わないが、世界サッカーのトップクラスに君臨する彼らには幸いその力量が十分に備わっていた。同じことがイギリス他の欧州の強豪チームにも当てはまった。そうやってイタリアはカテナッチョ(堅守重視)を捨てて攻撃的サッカーに生まれ変わり、ドイツはファンタジー(意外性)溢れるプレーを学び、イギリスも体力と縦パスに頼る「運動バカ」サッカーから想像力を重視する競技スタイルに移行した。

 

では、なぜスペインは誰もが驚嘆する優れたプレー技術を獲得することができたのか。それはスペインがサッカーの強者であるイタリアやドイツを模倣し続けて模倣し切れず、負け続け、退屈であり続けた結果、独自のスタイルによってしか勝利は得られないと気づいて、一途にそれを追い求めたからである。彼らはイタリアのカテナッチョを打破し、ドイツの重厚だがファンタジー欠如のサッカーを否定し、縦パスに合わせて脱兎よりも速く走ることが身上のイングランドを蹴散らした。ボールポゼッションとパス廻しに徹底することで。言うまでもなくポゼッションサッカーこそ、彼らの成功の秘訣だった。それはフランスやオランダやポルトガル等々、他の欧州諸国のゲーム運びに対しても通用した。

 

欧州サッカー界では各国が常に激しく競い合い、影響し合い、模倣し合い、技術を磨き合ってきた歴史がある。一国が独自のスタイルを生み出すと他の国々がすぐにこれに追随し、技術と戦略の底上げが起こる。するとさらなる変革が起きて再び各国が切磋琢磨をするという好循環、相乗効果の連続。

今回のスペインの変革も多くの国々に影響を与えて欧州サッカーは大変革を成し遂げた。しかもその変革の波はさらなる変革を求めて次々に押し寄せ、欧州の国々のサッカーのレベルはお互いに影響し合いながら確実に上がり続けている。ことサッカーに関する限り、ヨーロッパは進取の気性に富む若々しい生命力で溢れかえっているのである。



欧州危機さなかの欧州選手権(Ⅰ)



ヨーロッパは先週まで4年に1度のサッカーの祭典、欧州選手権で盛り上がった。結果は、スペインがW杯と欧州杯を3連続制覇するという歴史的快挙を成し遂げて終わった。


ギリシャに端を発した欧州の財政危機は、依然として厳しい状況が続いていて少しも終わりは見えない。人々の不安といら立ちは募る一方である。そうした中、サッカーの一大イベントが、欧州各国民にしばしの気晴らしと歓喜をもたらした。さしずめ忙中の閑、暗中の明とでもいうところ。

欧州危機招来の張本人と見なされているギリシャも、1次リーグを突破して準々決勝に進んだ。ギリシャは決してサッカーで知られた国ではないから、ドイツやイタリアやスペインなどのサッカー大国と肩を並べる快挙に国中が沸き立った。そのギリシャは準々決勝ではドイツと当たって、ヨーロッパ中のファンをさらに喜ばせた。財政危機問題でドイツに反感を抱くギリシャが、怒りにまかせて奮い立って相手に一矢を報いるのではないか、との期待が高まったのである。


スペインと並んで優勝候補の最右翼と見られたドイツとは違って、ギリシャは辛うじて一次リーグを突破した程度の成績だったから、各国のメディアの見出しには「ギリシャは奇跡を起せるか?!」という趣旨の惹句が躍った。ギリシャはドイツチームに比較するとかなり見劣りするものの、2004年の欧州選手権では優勝を果たしている。従ってそれらのあおり文句が示唆するギリシャの勝利は、単なる夢物語とばかりは言えなかったのである。しかし、現実は厳しく、ギリシャは4
-2でドイツに敗れた。

サッカーが好きな僕は連日、試合のテレビ観戦を楽しみながら日本の動向に気を配っていた。それで気づいたのだが、ワールドカップにはあれほど騒ぐ日本のメディアが、欧州選手権に対してはほとんど無関心に見えた。時差の関係で試合の生中継が未明になる場合が多かったことや、間もなく始まるロンドン五輪への期待でメディアも国民も気もそぞろ、というようなことも重なったのだろうが、少々驚いた。


欧州選手権はワールドカップ同様に4年ごとに開かれ、しかもW杯にも匹敵する超ド級の面白い試合が連日見られる。それが日本で注目されないのは惜しい。僕は欧州サッカーの集大成である選手権のハイレベルな競技をぜひ日本の若者たちに見てもらい、わが国のサッカーのレベル向上に役立ててほしいと心から願っているから、返す返すも残念に思う。

欧州カップにはブラジルやアルゼンチンなど、南米の強豪チームが参加しない。それは寂しいことだが、レベルの低いアジア、アフリカ、オセアニア、北米などが出場しない分緊迫した試合が続いて、むしろワールドカップよりも面白い、と評価する専門家さえいる。サッカーが好きというだけではなく、イタリアのプロサッカーの取材や衛星生中継などの仕事もしてきた僕は、そうした意見には全面的には賛成しないが、一理ある、と考えたりしないでもない。もっと言えば、欧州選手権はワールドカップにも匹敵するレベルの高さと面白さだと思うから、僕にとってはあたかもW杯が2年ごとに開催されているようでもあり、とても嬉しいことである。

ヨーロッパには古豪のイタリア、ドイツを手はじめに、前回の優勝国で且つ今年も優勝候補の筆頭に挙げられていたスペイン、さらにオランダ、フランス、イギリス、ポルトガル等々、強豪がひしめいている。その他の国々も強い。南米が控えているので一概には言えないが、欧州はサッカー世界最強の地域、と断定してもそれほどの暴言にはならないのではないか。過去にワールドカップを制している英独仏伊西などの国々を抑えて、ギリシャやデンマークやチェコスロバキアなどのサッカー弱小国が優勝したりすることを見ても、地域としての欧州サッカーのレベルの高さが分かるように思う。

ヨーロッパではどの国に行っても、サッカーが国技と呼べるほどの人気があるが、中でもサッカーに身も心も没頭している国はイギリスとイタリアとドイツだとよく言われる。 イギリスはサッカー発祥の地だからよしとしても、血気盛んなラテン系のイタリア国民と、冷静沈着な北欧系のドイツ国民がサッカーにのめりこんでいる状況は、とても面白いことである。イタリアとドイツは、ワールドカップの優勝回数がそれぞれ4回と3回と、ヨーロッパの中では他に抜きん出ている。やはり国民が腹からサッカーを愛していることが、両国の強さにつながっているのだとも考えられる。 

一方イギリス(イングランド)がワールドカップ優勝回数1回と少ないのは、技術や戦略よりも身体的な強さや運動量に重きをおく、独特のプレースタイルによるものと考えられている。彼らにとってはサッカーは飽くまでも「スポーツ」であり「ゲームや遊び」ではない。しかし、世界で勝つためには運動能力はもちろん、やはり技術や戦略も重視し、且つ相手を出し抜くずるさ、つまりやゲーム感覚を身につけることも大切ということなのだろう。

個人技に優れているといわれるイタリアはそれを生かしながら組織立てて戦略を練り、組織力に優れているといわれるドイツはそれを機軸にして個人技を生かす戦略を立てる。1980年前後のドイツが、ずば抜けた力を持つストライカー、ルンメニゲを中心に破壊力を発揮していた頃、ドイツチームは「ルンメニゲと10人のロボット」の集団と言われた。これはドイツチームへの悪口のように聞こえるが、ある意味では組織力に優れた正確無比な戦いぶりを讃えた言葉でもあると思う。同じ意味合いで1982年のワールドカップを制したイタリアチームを表現すると、「ゴールキーパーのゾフと10人の野生児」の集団とでもいうところか。

独創性を重視する国柄であるイタリアと、秩序を重視する国民性のドイツ。サッカーの戦い方にはそれぞれの国民性がよく出る。サッカーを観戦する醍醐味の一つはまさにそこにある。もっとも時間の経過とともに各国の流儀は交錯し、融合して発展を遂げ、今ではあらゆるプレースタイルがどの国の動きにも見られるようになった。それでも最終的にはやはり各国独自の持ち味が強く滲み出て来るから不思議なものである。


欧州選手権から見えたスペインサッカーの功績



欧州カップ決勝戦でのスペインの強さはケタはずれだった。

 

ジョーダンダロ?というくらいに。


それは4-0という大差のスコアよりも、ゲーム内容の中にはっきりと見ることができる。
 

日程がイタリアにとって不利だったとか、試合後半に選手一人が負傷退場して10人体制になったのが響いたとか、言い訳がましい意見もここイタリアではちらほら聞こえるが、それは二義的なことだと僕には思える。

 

過去数年間、もっと正確に言えば2008年以来、スペインのサッカーは欧州のみならず世界を席巻している。

 

スペインは2008年に欧州選手権を制し、2年前のW杯では欧州勢はもちろん、世界サッカーの強豪ブラジルもアルゼンチンも退けて優勝した。そして今回再び欧州カップで勝った。

 

その事実を見ても、今日現在はスペインが世界最強のチームであることは疑いようが無い。

 

そうではあるが、しかし、それにしても、決勝戦でイタリアを完膚なきまでに打ちのめしたスペインの強さはすごいのひと言につきる。

 

今年の欧州選手権で明らかになったことが幾つかある。

 

一つ

 

スペインの圧倒的な強さ。

 

二つ

 

イタリア、ドイツの底力の強大。

 

三つ

 

イングランドの弱い強さ。(強い弱さではない)

 

四つ

 

その他のチーム、つまり欧州全体のサッカーの底上げ。革新。実力の上積み。

 

そうしたことの全ては、スペインの強くて美しくて楽しいサッカーがもたらしたものである。

 

強くて美しくて楽しいスペインのサッカーとは、徹底したボールポゼッション(ボールキープ、ボール保持)及びパス回し。

 

1)  スペインチームはその技術をひたすらに追求し完成することで世界最強になった。

 

2)  欧州サッカーの2大勢力であるドイツとイタリアが、スペインのプレースタイルを模倣し、自家薬籠中のものにしつつあること。2国の底力の強大とは、スペインのパス回しを見習うことで本来の強さに加わった彼らの明確な熟達。

 

 

3)  サッカーの本家イングランドのスペイン模倣。サッカーをゲーム・遊びではなく、飽くまでも「スポーツ」と捉える律儀から来るイングランドの「弱さ」は、ドイツやイタリアと共にスペインを真似る競技概念を導入することで姿を消し、少しの「強さ」を獲得しつつあるように見える。イングランドの弱さの中に芽生えた強さ。

 

4)  欧州各国のチームは多かれ少なかれ、ドイツ、イタリア、イングランドに倣(なら)ってスペインを目標に研鑽を積んでいる。それが全体のレベルアップにつながっている。とは言うものの、ボールポゼッションやパス回しに習熟するのは至難の業。サッカー弱小国ではそれを血肉化するまでには相当の時間がかかるに違いない。そうこうしている内に、技術の流行は別のものに移って行くだろう。

 

スペインの偉大は、欧州のみならず世界のサッカー文化に強く影響していると考えられる。それは2年後のワールドカップで明らかになるだろう。

 

欧州を席巻しているスペインサッカーのコンセプトが、特に南米の強豪ブラジルとアルゼンチンにどんな差し響きをもたらしていくのか。

 

僕は2年後のW杯を思って、今からまたわく、わく、わくわく・・・・

 

 

わくわくと待つ、欧州カップ決勝戦の。ワク、ワク。



プーリア州・ガルガーノのビーチの寝椅子に寝転がって、アドリア海のまぶしい光にまみれて日がな一日新聞や雑誌を読みまくっていた。

 

一週間。

 

ビーチでの日がな一日とは、正確に言うと朝9時から12時と午後16時から19時。

 

でも昼食後もコテージの中でやっぱり新聞・雑誌を読んでいた。

 

持って行った本は一冊も読まなかった。読めなかった。新聞・雑誌で手一杯。時間がなかったのだ。

 

読んでいたのはサッカー欧州選手権に関するものばかり。普通紙もスポーツ紙も同じ。もちろん雑誌等も。

 

夜は試合をテレビ観戦。レストランで。人々と共に。叫び、嘆き、笑い、興奮した。

 

面白いのひと言に尽きた。試合も、試合を見る形も。

 

なぜ欧州選手権にそれほどこだわるのかと言うと:

 

ひとつ、僕はサッカーが好きなので、2年ごとに同じような夏を送る。つまりワールドカップと欧州カップが開かれる年。

 

両選手権とも4年ごとに開催され、欧州杯はW杯の中間年に、言い換えればW杯は欧州杯の中間年に当たる。

 

2年ごとのサッカーの祭典。2年ごとに繰り返される、サッカーざんまいの僕の夏の一ヶ月間。

 

もうひとつ、今年は欧州各国チームの戦い振りが劇的に違っている。そこへの興味。

 

さらにもうひとつ、欧州各国チームの選手構成の劇的変化。それは各国の社会情勢を如実に表している。そこへの尽きない興味。

 

今夜はついに決勝戦が行なわれる。スペインVSイタリア。

 

スペインは順当勝ちとして、イタリアの決勝進出はおどろき。でもちっとも奇跡などではない。

 

準決勝のドイツVSイタリアは、両チームの戦い振り・戦略と、同時に選手構成・両国社会情勢という観点からももっとも面白いサブジェクト、題材。

 

決勝戦が終わったらきっと書いておこうと思う。

 

とりあえず今夜は決勝戦を楽しむ。今からわくわくして何も手につかない。こうして書いているのがやっと。

 

野外バールの大スクリーンで人々と共に観戦しようと考えていたら、友人のアンジェロから連絡。夕食への招待。

 

食べながら、あるいはビール・ワインを飲みながら、友人家族皆で集まって決勝戦を見よう、とのこと。一も二もなくOKする。

 

それまでは、今日の新聞5紙とスポーツ新聞2紙をじっくり読んで気持ちを落ち着けよう・・

 

僕の予想は2-1でイタリアの勝ち。もしかすると、イタリアストライカーのバロテッリとゲームメーカーのピルロが噛み合って、大量得点になるかも・・というのはもちろん希望的観測・ポジショントーク。結果の客観的予想なんて誰にもできないし意味もない。

 

どのチームが勝とうが負けようが、両チームは激しく競い合い、影響し合い、模倣し合い、技術を磨き合ってきた。そこにはドイツ、フランス、イギリス、オランダ等々が密接にからむ。

 

それは、変化と進展と親和を求めようとする、欧州社会の輝かしい部分の縮図、と僕には見える。

光があるのだから、もちろんそこには影もある。

欧州サッカーの面白さは欧州社会の面白さそのもの。欧州選手権はその集大成。わくわくわくわく・・・わく。




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