2013年10月

潰れ貴族


【加筆再録】

イタリアのマリオ・モンティ前首相が、自ら率いる小政党「市民の選択(scelta civica)」の党首を辞任した。

2011年末、モンティ前首相はイタリア財政危機を回避するべく政権の座に就き、改革を推し進めたものの、急激な増税と財政緊縮策が富裕層 と大衆の両方から嫌われて失脚。その後も凋落し続けて、ついに「市民の選択」も追われることになった。実は彼はそれだけに留まらず、ひょっとすると歴史に悪 名を残すかもしれない瀬戸際にいる。
 
欧州危機は「潰れ貴族」も量産する

「潰(つぶ)れ百姓」という歴史的事実を表す言葉がある。

江戸時代、凶作や税(貢租)の重さや、商品経済の浸透による負債の累積などが原因で、年貢が納められなくなって破産した農民のことである。

潰れ百姓たちは飢え、餓死し、生きのびた者は江戸などの都市に流れ込んで、そこでも悲惨な生活を送った。

今も世界経済に影を投げかけている欧州の財政危機は、イタリアで「潰れ百姓」ならぬ「潰れ貴族」を大量に作り出しかねない状況を生み出している。その責任は実はマリオ・モンティ前首相にある。

フランス革命のような激烈な世直しが起こらなかったイタリアには、現在でも古い貴族家が所有する館などの歴史的建造物が数多く存在している。またイタリアの世界遺産の登録件数は2013年現在世界一(49件)。世界の文化遺産の40%がこの国にあるとも言われている。

イタリアの膨大な歴史遺産の有様はざっと見て次の如くである。
1)大規模な歴史的旧市街centri storici principali:900箇所  
2)小規模な歴史的旧市街centri storici minori:6850箇所 
3)歴史的居住集落nuclei abitati storici:15.000箇所
4)歴史的居住家屋dimore storiche:40.000 軒 
5)城及び城跡rocche e castelli:20.000箇所
6)空き家の歴史的居住家屋abitazioni storiche non utilizzate:
1.300.000軒
このうちの4)が貴族家などの歴史的建造物群の一つ。つまりイタリアには「現在も人が住んでいる」4万軒もの貴族の館やそれに準ずる古い建築物が存在するのである。また6)の人が住んでいない貴族館などの歴史的建築物を含めると、なんと134万軒も。

辛うじて生き延びてきた貴族の末裔たち

そうした家の固定資産税は低く抑えられ、相続税はほとんどゼロに近い優遇策が取られてきた。それはなぜか。

それらの古い広大な家には、膨大な維持費や管理費が掛かるからである。

本来ならほとんど全てが国によって管理されるべき歴史遺産や文化財に匹敵する建物群が、個人の支出によって管理維持されている。

イタリア共和国は彼らの犠牲に応える形で税金を低く抑えてきた。

僕は今、「犠牲」と言った。それは真実だが、外から見れば「犠牲」などではなく逆に「特権」に見える場合も多い。また、広大な館を有する貴族や名家の中には、今でも充分に実業家などに対抗できるだけの富を維持している者も、わずかながらだが確かにいる。

しかし、そうした古い家々のほとんどは、昔の蓄えを食い潰しながら青息吐息で財産の維持管理をしている、というのが家計の状況である。固定資産税や相続税がまともに課されたら、彼らのほとんどはたちまち困窮して家を放棄するしかないであろう。

政治のかけひき

イタリアの歴代政権は、国家財政が困窮するたびにそうした家への課税を強化しようとしたが、増税の結果「潰れ貴族」が出現して逆に国家の財政負担が一気に拡大するリスクを恐れて、一回限りの特別課税などとしてきた。

イタリア中の貴族家や旧家の建物を全て国が維持管理することになれば、イタリア共和国の国家財政は明日にでも破綻してしまうだろう。

一方でイタリアには「条項18」と呼ばれる世界でも珍しいほどの労働者保護の立場に立った法律がある。

それは実質、雇主が労働者を解雇できない強い規制を伴なうもので、イタリアの労働市場をガチガチに硬直させている。

要するにこの国の経営者は「条項18」を恐れるあまり、めったに人を雇わないのである。その結果古くて無能な労働力が会社に残り、そのあおりを食って若者の失業者が増え、経済のあらゆる局面が停滞して悪循環に陥る、ということがくり返されてきた。

今回のイタリア財政危機を回避するべく政権の座に就いたマリオ・モンティ前首相は、様々な改革を推し進めたが、中でも彼がもっとも重要と見なして取り組んだのが「条項18」の改正。必要に応じて経営者が労働者を解雇できる普通の労使関係に戻すべく動いた。

そこで出てきたのが、例によって歴史的居住家屋への増税案。「国民が平等に痛みを分かち合う」ことをモットーにしたモンティ政権は、40年 以上前に発効した「条項18」を死守しようとする強力な労組への懐柔策として、これまた長い間改正されずに来た貴族館などへの増税をバーターとして提示し たのだった。

最大で当時(2012年)の年間税率の6倍にもなる固定資産税を課すことも検討された。それは減額されたが、歴史的居住家屋などを有する「見かけの富裕層」への大幅な固定資産税の増税は断行され、それは現レッタ政権にも継承されている。

静かな革命

大幅な増税がこのまま継続されて行った場合、イタリア全国で相当数の「潰れ貴族」家が出るのはほぼ間違いない。イタリアでは暴力を伴なわない革命、いわば静寂革命が進行中なのである。

栄華を極めた者が没落するのは歴史の必然である。古い貴族家が潰れたなら新しく富を得た者がそこを買い入れて、建物の歴史を新しく書き続けていけば良いだけの話である。

しかし、今回のような不況のまっただ中で「潰れ貴族が」出た場合、彼らの住まいなどの歴史的建造物が打ち捨てられたまま荒廃する可能性が高くなる。

なぜなら新規に富を得た実業家なども経済的に困窮している時期だから、買い手が付かなくなるケースが増大すると考えられるからである。

膨大な数のイタリアの歴史的遺産は、たとえそれが私有物であっても最終的には国の財産であることには変わりがない。

従ってモンティ前首相は、事の成り行きによっては、国の文化遺産を破壊したトンデモ首相として、歴史に名を残す可能性も無きにしも非ずなのである。


鎮魂





ウサギのカテリーナが死んでしまった。


 

数日前ブドウ園の中で息絶えているのをワイナリー責任者のマルコが発見した。


 

僕と妻が留守だったのでマルコは庭師のグイドを呼び、死亡を確認してブドウ園の一角に埋葬した。


 

カテリーナはブドウ園で横たわって眠るように息絶えていたという。仰向けとかうつ伏せとかの姿勢ではなく、横向きに丸まるように。全く自然な形で。


 

外傷はなく、吐血とかの異変も一切見られなかった。つまり他の肉食獣に襲われたとか、毒物を食べた可能性などは考えられない状況。


 

ブドウ園は完全有機栽培に移行していて、最近は除草剤などの毒物は一切投入されていないので、後者の可能性はほとんどない。


 

また何ものかに襲われたのなら、外傷なり出血なり、あるいはもがき苦しんだ痕跡(たぶん毒物を食べた場合も)などがある筈だから、これも可能性はゼロと言ってもいいだろう。


 

全くの突然死としか形容の仕様がない寝耳に水の出来事。


 

僕が彼女を最後に見たのはちょうど9月の終り。2週間と少し前のことである。

その時はいつものように元気いっぱい、ブドウ園で懸命に草を食んでいた。


 

カテリーナの死因として一番可能性があるのはやっぱり病気だろうと思う。


 

飼いウサギではなく、野生の形で、自宅庭と屋敷周り及びブドウ園を棲み処に自由に生きていたから、彼女の容体は全く分からない。


 

が、ウサギは結構病気にかかりやすい動物なので、やはり何らかの感染症などに取り付かれたということなのだろうと思う。

心臓発作とかも無いことはないだろうし・・


 

悲しいけれど、元を正せば彼女は檻の中で飼われて、うまく育てば遅かれ早かれ屠殺されて食肉として処理される運命だったのだから、ほぼ3年間自由に生きたことを少しの慰めにして彼女の死を受け入れようと思う。


 

カテリーナブドウ園遠景のポツン50%ブドウ園遠景のポツン少しヨリ50%









カテリーナが主に棲み処にしていたのはこのブドウ園。中央の白いポツンがカテリーナ。


庭遠景5割縮小をまた5割ウサギ前庭









ブドウ園に通じる自宅前庭。ここもカテリーナお気に入りの場所だった。


黒点ナカテリーナ書斎から見下ろしロング50%2012年9月雨のカテリーナ中景50%









僕の仕事場から見下ろすブドウ園。遊ぶカテリーナが良く見えた。


カテリーナ黒点ロング木の下5割黒点カテリーナ書斎から見下ろしヨリ50%









ブドウ園と前庭の間の車庫でも良く遊んだカテリーナ。夏頃には僕の車の下に潜り込んで油で汚れた。ワロタ。


カテリーナ夜の散歩ヒキ50%カテリーナ夜の散歩ヨリ50%









カテリーナは夜も庭で遊ぶことがあった。危険を感じなかったからだろうと思う。僕の推理が当たっているなら嬉しい・・・








今は新しくウサギを放つ気にはなれないが、カテリーナのおかげで我が家の屋敷周りや庭や畑はウサギの棲み処としては上々の環境であることが分った。


 

なので、将来は子兎をもらい受けてまた放し飼いをするかもしれない。


 

カテリ-ナにはずい分癒やされたから。


ありがとう、カテリーナ・・・

さようなら、カテリーナ・・・



すっかり軍国主義復活と見られている日本


米ニュース週刊誌「TIME」の最新号(2013年10月7日付)が“JAPAN RISING”というタイトルで日本特集記事を組んでいます。僕はこの雑誌を30年近く定期購読しているのですが、ここ数年は毎週配達されて来る号をざっと見流して、10冊中8~9冊はそのまま屑篭に投げ入れています。ネットからの情報がいろいろあるので、ほとんど読むべき目新しい記事がないのです。それなら購読を止めればいいのですが、長期購読契約なので一冊当たりの価格が店頭で買うよりも大幅に安いことと、ネットでは得られない上質の特集記事が時どき掲載されるので、捨てきれずに購読を続けています。

今回の日本特集もその上質の特集記事の部類に入ります。
「TIME」ネット版の無料サイトを覗いてみましたが、同記事はまだ掲載されていないようですので、ここで紹介がてら少し自分の考えを述べてみることにしました。

あらかじめ言っておきますが記事の内容には新奇なものはありません。海外メディアではむしろ言い古されたことばかりです。ではなぜ記事が上質なのかと言いますと、それがバランスの取れた中身になっているからです。同時にそれは世界のメディアが(従って世界の多くの人々が)今の日本をどう見ているか、の目安になります。日本国内にいると見えにくいものが、外から見ると鮮明になることが良くありますが、この記事に書かれている内容は、日本を外から眺めていることが多い僕のような人間にとっては、周りの人々(外国人)が発散してくる空気感と共に肌身にひしひしと迫る実感をもたらします。

表紙の記事タイトル“JAPAN RISING”は恐らくRISINGSUNまたは SUNRISINGを意識した書き方で、ピンと来る人はすぐに旭日旗を連想すると思います。また自衛隊戦闘機パイロットの写真に重ねた見開きページのタイトルは “帰ってきたサムライ”。どこから見ても、ある意味では陳腐な「右傾化する日本」を強調した(したい)報告であることが分ります。中身も同様ですので僕のこの記事のタイトルも「すっかり軍国主義復活と見られている日本」としてみました。


前置きが長くなりましたが、記事では安倍首相がタカ派と規定され、国内での憲法9条改正論議の高まり、軍備の増強、中韓との摩擦、東南アジア諸国との蜜月、米国との微妙な関係、自衛隊の誇り、尖閣を抱える沖縄の中国と自衛隊そのものへの不安など、日本と日本を取り巻く軍事的また政治的状況が正しい分析と共に紹介されています。

安倍首相がタカ派、又はナショナリストとして規定されるのは、欧米のメディアではほぼ常識と言っても良い捉え方ですが、インタビューコメントが挿入されている森本前防衛大臣や石破自民党幹事長などの保守層にとっては、もしかするとあまり耳障りの良い言葉ではないのかも知れません。

しかし、安倍首相はどこから見てもナショナリストであり、ナショナリストであること自体には何の問題もないと思います。ナショナリスト、つまり右派がいるから左派もいます。大事な点は立場を鮮明にして堂々と自らを主張し、友好国のアメリカや今やほとんど敵対国とさえ言える中国や韓国などとも十分に対話をして行くことだと思います。タカ派の宰相とは言え、安倍さんはまさか中国や韓国と戦争をしようとは思っていないでしょうから。

このまま行くと右寄りに傾きつつある日本の国論がどんどん右に曲がり続けて行く、という危険は常にある訳ですが、前大戦の総括を未だにしていないとはいえ、わが国の世論が戦前のように好戦的な方向に突っ走るとは僕には思えません。またこの「TIME」の議論も、安倍さんを始めとする日本の保守派の右傾化とその危険性をはっきりと指摘しながらも、わが国が戦前・戦中の狂気に陥りかねない、とまでは考えていないように読み取れます。それでも、
「米国の政策立案者たちは安倍首相にこれ以上の強硬姿勢は歓迎しませんよ」
と明確にシグナルを送っている、と書き足すことも又忘れません。

加えて「アジアでは比較的歓迎されているアメリカとは違い、日本は同地に多大な害を及ぼした70年前の軍国主義のレガシー(負の遺産、後遺症)を引きずっていて、近隣諸国の幾つかに疎まれている。それというのもドイツ人とは異なって、日本の政治家達は戦争時の日本の罪悪に関して曖昧な態度を取り、これを隠蔽しようとしたりさえするからだ。同時に軍国主義日本の最も大きな犠牲者である中国と韓国の指導者たちは、大衆の日本への憎しみをさらに焚き付けて、これを政治的に利用しようとする」とやはり日中韓3国を公平に評してもいます。

記事はさらに
「日本は世界5番目の軍事費を有し、靖国、慰安婦、集団的自衛権、などの懸案事項を内包しながら中国の軍備拡大に対抗する形でさらに軍事費を増やしつつあり、航空母艦にも似た海自の護衛艦“いずも”も就航させた。日本がそうやって軍事強化路線を推し進める中で、自衛隊員は過去とは全く違う国民の熱い視線を感じている。国民の彼らを見る好意的な目は、2011年の大震災の際の彼らの働きに対する感謝の念とも関係している。

例えば尖閣に近い沖縄の宮古島レーダー基地に勤務する自衛官は、国防の最前線にいるという実感と共に身震いするような誇りを感じている。しかし、沖縄の住民は自衛官と旧日本軍を重ねて見ていて、軍隊への不安も感じている。沖縄は先の大戦で地上戦を経験した。住民はその際旧日本軍が彼らを守ってくれなかったという深い絶望と怒りからまだ回復していない。彼らは中国への恐怖と同時に自らの国の軍隊への不安も感じている」

沖縄の住民の心理分析も的を射ています。自衛隊員は、未だ旧日本軍の亡霊に苦しめられている島々の住民に、彼らの誠実をきっちりと示す努力を怠ってはならないと思います。東日本大震災の際、彼らがほとんど自己犠牲に近いめざましい活動を提供して住民に深い真情を示したように。それは大戦で傷ついた沖縄の人々に対する、軍隊(自衛隊)の義務だと言っても良いのではないでしょうか。軍隊は地域住民を守らないという、人々の歴史経験の巨大な傷を癒やさない限り、沖縄はいつまで経っても自国軍、つまり自衛隊への疑惑を捨て切ることができないのではないか、と僕は感じます。もっともそれは平和時の話であって、もしも他国との戦争になれば議論はまた別の様相を呈することになる訳ですが・・・

「TIME」の記事はできる限り客観的であろうとしながら、結局安倍首相以下の日本のタカ派への警戒心を隠そうとはしません。そして最も重要なことは、その見方が国際世論の大勢であるという厳然たる事実です。僕がこの記事を書いているのもまさにそのことを指摘したいからに他なりません。現在の東アジアの情勢では日本が少しばかり右に傾くのは仕方のないことかもしれません。いや、むしろそれが当たり前でしょう。しかし、世界はそんな風には見ないのです。

一例を示してそれを説明します。戦後一貫して築いてきた平和愛好国家としての日本のポジティブなイメージは、2011年の東日本大震災の巨大な不幸を経てピークに達しました。世界の大半の人々は、大震災の混乱の中で見せた日本人の自己犠牲の精神や折り目正しさや正直や連帯意識に感動し、強く賞賛しました。それは日本と日本人への評価が最高潮に達した瞬間でした。その賞賛のほとんどは安倍首相の最近の従軍慰安婦発言や歴史認識問題で吹き飛んでしまいました。中国や韓国に限らず、軍国主義時代の日本と、それを明確に総括していない「もう一つの日本」に対する世界の多くの人々の警戒心は、少しも緩んではいないのです。日本の、特に保守系の政治家は、そのことを常に肝に銘じておくべきです。

「TIME」の記事は「軍隊にまつわる日本」への世界の心情を代表している訳ですが、同時に記事は
「驚いたことに、それでも安倍首相のタカ派的スタンスはアジアで支持もされている。例えばインドやミャンマーは中国よりも日本の方が経済パートナーとして信頼できると感じ、かつて旧日本軍の軍靴に踏みにじられたフィリピンや、インドネシア、マレーシアでは、国民の80%が日本をポジティブに見なしている」
とここでも又きちんとフォローしています。

さらに印象深いのは、元フィリピン国立防衛大学の学長クラリータ・カルロス氏が中韓両国、特に中国がかつて日本に侵略された歴史事実を楯にそれにこだわり続けることに対して、
「中国は過去の出来事を執拗に蒸し返して日本を攻め続けるばかりで発展性がない。それを言うならアジアの我々は皆、旧日本軍の被害を受けた。我々はそのことを忘れてはいない。だが我々は、許すこともまた知っている」
と、安倍首相を始めとする保守派の皆さんが泣いて喜びそうな意見もきちんと書き込んでいます。

それらは日本人の誰にとっても有り難いコメントだと思いますが、意見を手前味噌的にのみ捉えてはならないとも考えます。フィリピンが南沙諸島の領有権を巡って中国と対立している事実を持ち出すまでもなく、それらの国々は皆、中国と何らかの形での係争事案を抱えています。従って「敵の敵は友人」的なスタンスで日本に対している部分もある、とも考えられます。従って我々は、彼らの好意は好意としてありがたく受け留めつつ、その好意に甘え過ぎて、日本がかつてそれらの国々にも迷惑をかけたことがある、という歴史事実を決して忘れることがないよう自戒する必要もあるのではないでしょうか。

ベルルスコーニに引導を渡した男



イタリア最高裁で脱税の有罪確定判決を言い渡されたベルルスコーニ元首相は、国会で上院議員資格剥奪審議にかけられ、それはほぼ確実に採択されて彼は上院議員の地位から転がり落ちると見られている。

 彼にとってそれは耐え難い屈辱であるばかりではなく、ほぼ20年に渡って行使してきた巨大な政治的影響力の終焉を意味し、少女買春容疑に始まる多くの裁判案件や自身のビジネス王国の活動にもネガティブに作用することが確実な出来事である。

 そこで、保身と私利私欲に狂った元首相は、自らが党首を務めるPDL(自由国民)党を介して、彼の上院議員追放決議で政権連立相手の民主党が賛成票を投じないように、と同党のレッタ首相に激しい揺さぶりをかけ続けてきた。そしてついにPDLの5閣僚を辞任させて連立政権を崩壊させようと試みた。

 ヌスットタケダケシイ、と形容されても仕方のない信じがたい行動である。イタリアファンである僕は、彼の一連の動きが功を奏して、元首相がゾンビのように復活復権することを危惧していた。もしそうなれば、イタリア共和国の民度がひどく低いという証明になる、とさえ本気で考えていた。

 だが幸いその暴挙に対しては、PDL内部から造反者が出た。それも想像以上に多くの反乱者が。

 思い上がりを厳しく突かれたベルルスコーニ元首相は、あわてて暴論を撤回し、あまつさえレッタ首相支持を言明した。そうやって彼の権威は今度こそ確実に失墜し、PDLは分裂の危機に陥った。彼の議員資格剥奪決議への動きも加速を始めた。

 PDLは言うまでもなく、イタリア保守派全体の専制君主、と形容しても過言ではないベルルスコーニ氏の狼藉に真っ向から立ちはだかったのは、レッタ政権の副首相兼内務大臣であるアンジェリーノ・アルファーノPDL幹事長である。

 42歳のアルファーノ氏は早くからベルルスコーニ氏の後継者と目されてきた。第三次ベルルスコーニ内閣ではイタリア憲政史上最年少の37歳で法務大臣に就任。今年成立した民主党のレッタ政権では副首相兼内相という重要ポストに就いた。

 ベルルスコーニ氏は、自身より35歳若い彼を息子同様の存在と公言して可愛がり、取り立てた。同時に元首相はアルファーニ氏を「優秀だがリーダーとしては何かが足りない」と軽侮したりもしている。それでもアルファーニ氏はベルルスコーニ元首相への忠誠を変えず、反対勢力からは彼の腰ぎんちゃくだと揶揄されたりもした。

 そのアルファーニ氏が今回の政変ではレッタ内閣を支持する、と言明してボスの元首相に敢然と立ち向かい、それを機にPDL内の不満分子が結束してベルルスコーニ党首に反旗を翻した。元首相は形勢が圧倒的に不利であることを察して、さっさと主張を曲げて自身もレッタ内閣を支持する、と表明。彼の完璧な敗北が明るみになった。

 男を挙げたアルファーノPDL幹事長は、イタリア歴代首相の中で3番目に若いレッタ首相よりもさらに年下に当たる。将来は確実にイタリア政界を背負って立つ器と見られている38歳のレンツィ・フィレンツェ市長と共に、一気にレッタ後の首相候補とさえ目される存在になった。

 イタリアの政治改革は喫緊の重要課題である。元首相を筆頭に老人がのさばっているこの国の政界では、改革は思うように進まず、それが恒常的な政治不安の温床の一つになっている。30~40歳代の若い政治家の台頭は、膠着したイタリア政界に確実に風穴を開ける、と期待したい。

 アルファーノ氏はシチリア島出身。そのため悪意ある北部イタリア人からは「マフィア」、と陳腐な陰口を叩かれたりもする。だが実はそれには根拠もある。

 1996年、彼は地元シチリア島でマフィアの家族の結婚式に出席したとして、ローマの新聞に糾弾された。彼はそれを否定し、後にはそれがマフィア一家の結婚式だとは知らずに出席した、と弁明。一度否定した事実やその後の苦しい言い訳が祟って、特に北部イタリア人からは色眼鏡で見られることが多くなった。

 僕自身も彼にはあまり好感を持ってこなかった。だがそれは、イタリア北部人がシチリア人に持つ「シチリア人は皆マフィア」的な偏見に影響されたからではない。

 シチリア人=マフィアという偏見は、イタリア人のみならず世界中の多くの人々の心中にも宿っていると考えられるが、それは言わば「シチリア島にはマフィアは存在しない」と主張することと同程度の荒唐無稽な思い込みである。シチリア島にはマフィアの悪が確実に存在する。そしてシチリア島の住民はそのマフィアの最も大きな被害者であり、誰よりも強くその根絶を願っている人々なのである。

 僕がアルファーノ氏をほとんど疑惑にも近い思いを抱いて見てきたのは、彼がベルルスコーニ氏のタイコ持ち的存在である事実に全く好感が持てなかったからである。特に近年は、ベルルスコーニ内閣の重要ポストや党の幹事長などの地位を利して、ボスのデタラメな行跡を庇うようにも見えて、彼の政治家としての存在に疑義の念を抱くことが多かった。

 今回のアルファーノ氏の毅然とした態度で僕の見方は180度変わった。国家の危機を逆手に取って、自らの権益を守ろうとした元首相の陋劣な動きに、はっきりとノーを突きつけて危機を回避した。すばらしいことだった。

 アルファーノ氏の動きは「恩を仇で返す」ようなもので受け入れ難い、という見方もきっとあるだろう。シチリア島人らしく古風かつ律儀な面を持つアルファーノ氏にも、恐らく葛藤があったに違いない。事実彼は元首相に反旗を翻す際「私は常にあなたと行動を共にします。しかし、あなたの今の過激な考えには賛成できない」と諌めてからレッタ首相を支持する、と公言した。恩は恩、邪は邪と明確に弁別したのである。そこに、清濁併せ呑む度量を持つ政治家の資質を垣間見るのは僕だけだろうか。

 僕は彼の若さと、シチリア人としての律儀な哲学や、モラルや、節操に大いに期待したい気分になっている。彼が今後イタリア政界でさらに活躍を続けていけば、それはきっと一部のイタリア人が執拗に抱き続ける「シチリア人=マフィア」、という不当な先入観を打ち負かす一助にもなるだろうから。

 

 


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