2015年06月

アンダルシア&「イスラム国」を書きかけていたのに・・



【アンダルシアに「イスラム国」を重ねて見れば】というタイトルで、今のところの
「イスラム国」への思いを書いて前に進もうとあがいている。

あがいているのは、「イスラム国」とイスラム教とアラブ系移民の総体が、極めてネガティブなイメージで自分の中に形成されているからである。

「イスラム国」は悪であり破壊されるべきだ、というのが僕の考えである。だがイスラム教とアラブ系移民はそれとは別だ、というのもまた僕の思いである。

従って3者がすべてネガティブに見えるのは、「イスラム国」の負のイメージに引きづられてのことに違いないと考え、その証拠をけんめいに探しつづけている。

それが僕の「あがき」の正体である。

書けないので、日記的に軽く書き流せることどもを少し書いたりしていた。

しかし、ふっ切れた。

今のままの思いをいったんそのまま書いてこうと決めてPCを開いたところ、作家の百田尚樹氏が沖縄の新聞をつぶせ、と言ったという記事がそこかしこのサイトで大きく取り上げられていた。

面白いので、まずそのことについて書くことにした。

アンダルシア&「イスラム国」は普遍的(特に時間軸が)だが、百田氏のエピソードは明らかに辺野古にからむもので、その意味では普遍的ながら、同時にエピソードである分すぐに立ち消えそうにも見える。

なので、僕も「今」議論に参入することにして、「イスラム国」とアンダルシアの話はその後に回すことにする。

時事問題とそれ以外のテーマの書き方で僕はずっと悩んでいる。

僕は時事問題に対応して素早く記事を書くことが中々できない。新聞記者ではないのだからそれでいい、と自分に言い聞かせつつも、ブログという日記風媒体が好きでそれを利用しているな身としては、忸怩たる思いがいつもするのも事実。

プロのテレビ屋としては僕は、時事問題を「報道番組」、また普遍的なテーマを
「ドキュメンタリー」として制作してきた。

なので、ドキュメンタリー監督である僕は、書くときも「ドキュメンタリー」のつもりで時事問題を掘り下げる、「テーマ中心主義」で書き進めようとは思っている。

でも、しかし、やっぱ時事問題にも報道的にテキパキと対応できたらいいな、というのも本音・・かな。


アンダルシアにみる歴史の「たられば」



スペイン・アンダルシアを旅して、思うことが多々ある。

それらのことを書こうとし、書きつつあるのだが、中々書き進むことができない。

言ってみれば、一行書いては数時間立ち止まる、というふうである。

考え、検証するべきことが多すぎる。

特に、アラブ文明と欧州文明の相克と調和。

両者は相克あるいは反発しているだけのように見えるが、実は調和し切磋琢磨した部分も多い。

そうした歴史事実の証拠や証明がアンダルシアには満ちあふれている。

僕は以前「《ヨーロッパとは何か》と問うとき、それはギリシャ文明と古代ローマ帝国とキリスト教を根源に持つ壮大な歴史文明、という答え方ができる」と書いた。

それは基本的には間違いがないと思うが、実はそこには見たい者だけに見える歴史の大きな「たら、れば」も隠されている。

歴史考察に「たら、れば」は禁物、というのは周知の道理である。だがそれは歴史学者向けの戒めであって、歴史好きや空想好きが勝手に想像して遊ぶ分には何の問題もない。

僕も歴史学者ではないので勝手に想像の中で遊んでみたりする。

ヨーロッパの心髄であるギリシャ文明と古代ローマ帝国とキリスト教のうち、キリスト教が抜け落ちて、そこにイスラム教が据えられていたら現在の世界はどうなっていただろうか。

しかもそれは僕の勝手な虚構イメージではなく、歴史的に大いにあり得たことなのである。

新説や異説をあえて無視して、従来からある分かりやすい仕分けに基づいて話をすすめれば、西ローマ帝国が滅亡した後ヨーロッパはいわゆる暗黒の中世に入ってあらゆるものが沈滞した。

沈滞が言い過ぎなら、少なくとも文化・文明知に大きな進展はなかった。

それは15世紀半ばの東ローマ帝国滅亡まで続く。

キリスト教の厳しい戒律支配の下で、ヨーロッパはギリシャ及び古代ローマ文化文明の否定と破壊を進めた。

そうやって欧州はおよそ1000年にも渡って渋滞する。

中世ヨーロッパの鬱積を尻目に、アラブ世界は大発展を遂げる。

ヨーロッパが立ち往生していたまっただ中の8世紀頃から、アラブ世界は欧州とは逆に古代ギリシャを中心とする知の遺産をアラビア語に翻訳し貪欲に取り込んで行った。

それはイスラム文化の発展に大いに寄与した。そうやってアラブ世界は当時、ヨーロッパをはるかに凌駕する科学や医学や建築工学等々の技術を確立した。

そうした知の遺産はルネッサンスで目覚めたヨーロッパに引き継がれ、イスラム世界の衰退が訪れた。

ヨーロッパ優勢の歴史は続き、やがて産業革命が起こって欧州文明の優位性はゆるぎなないものとなって、現在に至っている。

アラブ世界とヨーロッパの地位が逆転した頃、もしもボタンの掛け違いがあったなら、アラブの優勢は続き、われわれは今頃イスラム教が司るアラブ文明の大いなる恩恵にあずかっていた。

われわれが今、大いに西洋文明の恩恵にあずかっているように・・・

というような妄想にもひたりつつ、「イスラム国」にも留意しつつ、アンダルシアについて少し書いていくつもりでいる。


国際的味覚

加筆再録


梅雨でじめじめしている日本の感覚からはほど遠いだろうが、6月のイタリアは1年でもっとも美しい季節である。

もっと言えばヨーロッパが1番輝く季節である。

薔薇をはじめとする花々が咲き乱れ、木々の緑が増し、日差しが長くなって生きとし生けるものが目一杯に生を謳歌する。

それが6月である。

結婚また花嫁を讃える「ジューン・ブライド」という言葉もある。

ジューンは6月。ブライドは花嫁である。

「ジューン・ブライド」とは「6月の花嫁は幸せになる」という意味のこもる英語。

元々はギリシャ神話から出た古代ローマ神話のうちの、結婚の女神「JUNO(ユノーまたはジュノー)」に由来する。

6月はまたヨーロッパの大半の地域で、温室栽培ではない(つまり露地栽培の)果物や野菜が出回る季節のはじめでもある。

いや、それらは4月また5月頃から行き渡るのだが、本格的に、豊かに、途切れることなく市場に充満するはじめが6月なのである。

それは8月を越えて9月まで続き、10月になっても名残をとどめる。

それ以後は、温室栽培の品々の独壇場。つまり「季節はずれ」の野菜や果物が圧倒的に多くなる。

それらの野菜や果物はありがたくまたおいしくもあるが、ある日ふと季節はずれの不自然に気づいて、立ち止まることもないではないプロダクトたち。

そんなヨーロッパの、6月半ば現在のイタリアには、多くの旬の野菜や果物が流通している。

そのうちの一つが日本でベラボーに値段の高いサクランボである。

値の張るサクランボを食べるたびに思うことがある。

つまり、値段の高いものを人がおいしいと感じるのは、下品どころか、感情を備えた人間特有の崇高な性質ではないだろうか、と。

例えば僕は今が盛りのサクランボが大好きだが、イタリアで食べるサクランボは日本で食べるよりもはるかにおいしい。

日本とイタリアのサクランボの味は「物理的」にはあまり変わりがないのかも知れない。だが僕は明らかにイタリアのものがおいしいと感じる。

それはなぜか。

イタリアのサクランボはドカンと量が多いからである。

サクランボを大量に、口いっぱいにほおばっているとき、僕は日本ではあんなにも値段の高い高級品を、今はこんなにもいっぱい食べまくっている、という喜びで心の中のおいしさのボルテージが跳(は)ね上がっているのだ。

恐らくこれはイタリア人が感じているものよりも、ずっとずっと大きなおいしさに違いない。

なぜなら彼らは、サクランボの「物理的な」おいしさだけを感じていて、日本の山形あたりのサクランボの「超高級品」という実態を知らないから、従って「ああ、トクをしている」という気分が起こらない。

僕は日本を出て外国に暮らしているおかげで、時にはこういういわば「味の国際化」の恩恵を受けることがある。

しかし、これはいいことばかりとは限らない。

というのも僕は日本に帰ってサクランボを食べるとき、そのあまりの量の少なさに、ありがたみを覚えるどころか、なんだかケチくさい悲しみを感じ、もっとたくさん食わせろと怒って、おいしさのボルテージが下がってしまう。

このように、何事につけ国際化というものは良し悪しなのである。


アンダルシアの熱い初夏



スペイン、アンダルシアにいる。

先月、イタリアを発つ前に投稿予約をしておいたブログ記事「ミラノ万博が悩ましい」が、うまく自動投稿されているかどうかインターネットカフェで確認。

無事に投稿されていた。ちょっと嬉しい。

今後はこの機能も使うことにしよう。

インターネットカフェを通して、日本語環境のPCも利用できることが分かり、この記事を書いてみる。

さらに書けるなら、再び予約投稿用の話も。

ここアンダルシアではアラブ・ムスリム時代の痕跡を訪ね歩いている。

アラブのアンダルシア支配はおよそ800年にも渡った。

結果、多くの文化遺産が残された。

それらの圧倒的な美と過ぎ去った時間に深い感慨を覚える。

過ぎ去った時間への感慨とは、かつて高度な文明を謳歌したイスラム教徒たちが、今日では沈滞し、時には後退し、内戦や貧困や暗い社会不安の中で呻吟している現実の不思議また必然。

それはいつも思ってきたことであり、地中海周遊を決意した理由の一つでもある。

だが、今回はそこに過激派「イスラム国」へのこだわり大きくのしかかっている。

そこに考えを巡らせ続けながら、太陽海岸(costa del sol)で中休み。

宿を取った海の町でインターネットカフェを見つけたのである。

アンダルシアの内陸部では、殴りつけられるような日差しに圧倒された。

特にコルドバの街中で。

午後7時過ぎのその強烈な陽光を浴びて歩きながら、5月でこんなありさまなら7月、8月の盛夏時には一体どうなるのだろうと、恐怖感さえ覚えた。

コルドバの暑熱にはそれほどのインパクトがあった。

太陽海岸の日差しも強烈だ。しかし、内陸のコルドバほどの力はない。

ビーチパラソルの下の寝椅子に横たわって、読書をしている分にはむしろ爽快だ。

それでも暑熱に犯される。

そのときはひと泳ぎしてして涼しくなって、またパラソルの下で読書をする至福の時間を取り戻す。

ビーチで怠惰な時間を過ごすときには小説が一番嬉しい。

実話ドキュメント系の著作や情報本は、カバンに入れていてもまず手が出ない。

ビーチの光の中で想像力を飛翔させて遊ぶにはやはり虚構話が最適だ。

そこでの想像力は、正確には著者のものだから、読む方はその想像力に寄り添って共にあそぶということだが、そんな場合は実利を追うような内容の本はつまらない。

そうした本は仕事場兼の書斎で読む。

最近はインターネットでの検索読み込みもあって、小説世界で遊ぶ時間がだいぶ少なくなった。

だから、ビーチでの読者が余計に楽しい。

ここ最近は、そうした折に読む本は時代小説が多くなった。

たいていは司馬遼太郎と藤沢周平。

ときどき山本周五郎も、という風である。

多くの本好きな若者がそうであるように、僕も若いころには小説書きになりたいと思うこともあった。

ずいぶん多くの小説も読んだ。

だが、そのほとんどは最早もう一度読みたいと思わせる魅力を持たない。

若い時分にはあれほど熱中したのが嘘かと思えるほどに心が冷めているのが大半である。

特に、いわゆる純文学系の作品にはまったくと言って良いほど興味が湧かない。

2度も3度も読み返したくなるのが、僕の場合は前述の3作家なのである。

特に藤沢周平。

ここスペインのビーチで読んでいるのは「回天の門」。藤沢本の数少ない読み残しの一冊。

日本の奇跡、明治維新前夜の世情を描いている。

世界史には多くの奇跡が刻印された。

アラブのスペイン支配も奇跡であり、キリスト教徒によるスペイン奪還(レコンキスタ)も奇跡である。

この奇跡とはもちろん宗教的な意味ではない。瞠目すべき出来事、の意である。

明治維新は東洋の島国で起こった歴史事件だが、アラブ対スペイン、さらには「イスラム国」の台頭とそれにまつわる事変にも匹敵する瞠目である。

そういうことを考えながら、アンダルシアの青い空の下で濃い時間を過ごしている。


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