2016年09月

イタリアからオリーブ油が消える日にEUも消滅する!?



古木畑中ヒキ横800pic
                ほぼ枯れ果てた樹齢数百年のオリーブたち


イタリア最大のオリーブ油の生産地、南部のプーリア州でオリーブの木が枯れるピアス病が蔓延し、これまでに全体のおよそ10%に当たる100万本余り(面積にして約20万ヘクタール)が被害に遭って死滅した。

ピアス病菌は南米から渡ってきたもので、感染するとオリーブの木は根元から水を吸い上げられなくなり枯れてしまう。人間には無害だが200種類以上の植物を死滅させる毒性を持つとされる。これまでのところ病菌を退治する方法は皆無である。

オリーブは何百年にも渡って生きる生命力の強い木。樹齢千年を超えるものもある。だがピアス病菌に侵されると、樹齢数百年以上の強靭なオリーブもあっけなく枯れてしまう。基幹作物の変事に地元のプーリア州のみならずイタリア中が強い危機感を抱いている。

病気が流行り出したのは2013年。病気発生から2年後の昨年、イタリアのオリーブ油生産は激減。およそ257億円の損失が出たと見られている。その結果EU(欧州連合)域内のオリーブ価格も20%上昇。イタリアはスペインに次いで世界第2位のオリーブ油生産国。影響は少なくないのだ。

病菌が欧州全体に拡大することを恐れたEUは2015年初頭、感染した全ての木を伐採して焼却処分にするようイタリア政府に通告。イタリア政府はEUの命令に従って24万ヘクタール余りを緊急対応地域に指定し、病気の木々の伐採・焼却を督励した。

しかし、生産農家はEUの政策に猛反発した。伐採・焼却処分は病気の治癒法を求める抜本的な対策ではなく、生産者を切り捨てるものである。木々を伐採してしまえば、彼らの生活の糧が即座に消えてなくなる、としてEUを提訴した。

農家の反発は経済的理由が全てではない。プーリア州に広がる広大なオリーブ畑は、濃い緑と豊かなスペースが相まって、独特の深い癒しの景観を形成する。美しい田園風景は、観光資源としても重要なものだ。だからオリーブ農家の主張は多くの州民また国民の強い支持を受けている。

EUはプーリア州の農家の動きを受けてルクセンブルクの「欧州司法裁判所」に彼らを逆提訴。その判決が今年7月に出た。判決はEUの言い分を全面的に認めたもので、感染した木は伐採し焼却すること。またそこから半径約100メートル以内の木々は、健康なものも含めて全て同じ処分をすること、となった。

この判決にプーリア州の生産者はさらに激昂。木の伐採を続ければ、オリーブ油というメイド・イン・イタリーの名産の一つがなくなりかねない、という不安も手伝って、木々は伐採ではなく剪定することで感染を防ぐべき、という主張を始めている。それは根拠のない言い分ではない。

ピアス菌は木を根元から腐らせると考えられていたが、どうやら感染した枝から幹や他の部位に転移するらしい。そこで感染した部位を切り落とすことでさらなる感染が防げる、という説が出てきたのである。以後は実際にそんな剪定作業も行われている。

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今年7月、ちょうど「欧州司法裁判所」の判決が出た頃、僕はプーリア州でも特に被害が大きいレッチェ県を中心とするサレント半島を訪ね、オリーブ畑を巡り歩いた。そこで目にしたのは、セコラーリ(世紀もの)と呼ばれる老樹や大木が立ち枯れている悲惨な光景だった。僕は体が痛いと感じるほどの異様な衝撃を受けた。

実は僕は以前、被害が出ているプーリア州のまさにそのあたりを舞台に、オリーブを話の中心に据えたNHKの紀行番組を作った経験があるのだ。その時のロケで最も感動したのは、何世紀もの樹齢を誇るオリーブの大木や古木のたたずまいだった。尋常ではない自分の反応はその事実からきていた。

樹齢が数百年あるいはそれ以上にもなるオリーブの古木や大木は、人間との長い共生の間に単なる作物や商品の域を超えた大切な何ものかに変化する。木々は人々の心にぴたりと寄り添い、命あるものとして実感され、癒し癒され合う存在にさえなって彼らの強い愛着心を呼ぶ。

農家がEUの命令のままにそれらをあっさりと伐採し焼き払う気持ちになれないのは、当然のことだ。罹病したオリーブの大木たちを巡るEUとプーリア農民の攻防には実は、経済と文化と人情がからんだEU独特の問題が秘められているように思う。一筋縄ではいかないのだ。

EUの政策を立案し実行するのは、ブリュッセル本部のエリート官僚だ。彼らは欧州全体を見る立場で物事を考えている。従って彼らが、ピアス病菌がEU内の他の国に蔓延しないように策を講じるのは当然だ。だがそうすることで彼らは、オリーブ農家を見捨てる結果も招きかねない。

EU全体の利益のため、という名目でなされるそうした政策は、つい最近まで「仕方のないこと」としてメンバー国に受け入れられる傾向があった。しかし、時とともに人々は官僚の高圧的な態度に疲れ、反感をもつようになった。それが象徴的に現れたのがBrexit、つまり英国のEU離脱だ。

英国がEU離脱を決めた背景には、移民問題とともにEU官僚への大きな不満があった。英国民はあらゆるものに規制をかける高圧的なEU官僚に反発し、彼らの支配を逃れて主権を取り戻したい、という高揚感に駆られてEU離脱に賛成票を投じた。

英国の不満は実は少なからずイタリアの不満でもある。イタリアには英国離脱に賛成する国民がー時によって数字の割合は変わるもののーほぼ半数存在している。恐らくそのこととも関係しているが、プーリア州のオリーブ農家とイタリア政府は、木々を全て伐採して焼き払え、というEUの命令を甘んじて受けようとは考えていない。

Brexitに象徴されるように、EU加盟国間には、組織の中央で政策を立案・実行している官僚機構への不満が、かつてないほど高まっている。EU内には不協和音が絶えず鳴り響いているのだ。イタリアのオリーブ問題にもそれが色濃く表れているように見える。

EUを構成する国々はそれぞれが成熟した個性的な存在である。そのために参加国間には時として「多様性が過ぎる」と見えるほどに意見の隔たりが多く、物事が決められないケースも稀ではない。そこで、EU中枢の官僚が支配を強めて混乱をまとめる、という仕組みが出来上がった。同時にそれはメンバー国の一つ一つが個性をもぎ取られて、常に中央の意思決定に従わされるという構図の完成でもあった。そこに不満が醸成されていった。

イタリアのオリーブ問題を巡る攻防でも、前述したようにEUの直面している難題が象徴的に且つ明瞭に現れていると映る。もしもEUが対応を誤れば、ピアス病菌はオリーブの老樹を破壊するのみならず、EU自体にも食い込んで不協和音を増幅させ、ついにはEU(欧州連合)の終焉がやって来る事態を招かないとも限らないのである。

書きそびれている事ども2016・9・16日


《書こうと思いつつ流れてしまった時事ネタは多い。そこで、いつものように、できれば将来どこかで言及したいという意味も込めて、自分にとって引っかかる出来事の幾つかを列記しておくことにした》

オリンピックのこと
先月終了したリオ五輪に対してはイタリアは例によって“大いなるぬるい”盛り上がりを見せた。五輪に対するイタリア人の冷めた反応は今に始まったことではない。彼らは例えばサッカーのW杯や7月に終わったサッカー欧州選手権などでは、ちょっと大げさに言えば「国中が狂喜乱舞する」みたいな盛り上がりを見せる。が、オリンピックに際してはいつも冷静である。その理由については既に書いたのでここでは言及しない。日本の盛り上がり振りは民族主義の過剰な表出のようにも見えてどうかと思うが、イタリアの冷め過ぎた反応にもいつも少し違和感を覚える。やはり日本とイタリアの中間あたりの反応が一番しっくりくるような・・

葬られたリイナ本
マフィア史上最強の殺人鬼、とも形容されるボスの中の大ボス、トト・リイナの息子サルヴッチョことジュゼッペ・サルバトーレが、先頃本を出版した。ところがその内容がマフィア首魁の父親をたたえ、家族の結束や愛情を書き連ねたものだったので、世論が反発。不買運動が起こって本屋は彼の本を店頭に置かない事態に。著者のサルヴッチョを招いて報道番組に登場させたイタリア公共放送のRAIにも強い批判が集まった。批判精神ゼロの番組内容が視聴者の怒りを買ったのだ。サルヴッチョは自身も犯罪人。5年前に約9年の懲役刑を終えて社会復帰している。その男の書いた本が市場から締め出されたのは行き過ぎの感もあるが、批判精神の欠落したRAIのオチャラケ番組などは糾弾指弾されても仕方がないだろう。

イタリアからオリーブ油が消える?
サッカー欧州選手権まっただ中の7月はじめ、イタリア・プーリア州のサレント半島に滞在していた。プーリア州はイタリア最大のオリーブ油の故郷。総生産量の3割強を生み出す。ところが3年前、州内でも重要生産地であるサレント半島を中心にオリーブの木が枯れるピアス病が大流行。甚大な被害が出ている。 僕は以前、その近辺でオリーブを話の中心に据えたNHKの紀行番組を作った経験がある。各種要素を入れ込んだ内容だったが、その中でもっとも感動したのは何百年もの樹齢を誇るオリーブの大木や古木のたたずまいだった。今回プーリア州を訪ねてみると、かつて僕が感動した木々と同種の大木たちも多くが立ち枯れていた。深いショックを受けつつ僕はデジカメのシャッターを押し続けた。それからおよそ2ヶ月後の2016年9月現在、オリーブを痛めつけるピアス菌感染症は引き続き強い勢力で蔓延している。

ブルキニ狂想曲
フランスのリゾート地の首長がイスラム教徒の女性の水着「ブルキニ」の着用を禁止する、と発表して大きな議論を呼んだ。フランスは2011年、公共の場でのブルカを禁止する法律を定めた。そこには正教分離あるいは世俗主義を国是とするフランスの大義名分があった。宗教は個人的内面的なものであり、その自由は完全に保障される。同時に公共の場では宗教性は徹底して排除されなければならない。いわゆる「ライシテ」の考え方だ。その是非や好悪は別にして、公共の場で宗教の特殊性あるいは示威性をひけらかすことを禁じる姿勢は、フランスのひいては欧米社会の開明性を担保するものだった。だがブルキニの着用を禁止する条例にはそんな哲学など微塵もない。それは女性イスラム教徒への差別と抑圧以外の何ものでもない。田舎者の首長らはISのテロなどを糾弾する一環として条例を出したつもりなのだろうが、中身はISと同じ不寛容と憎悪が満載のトンデモ条例だった。幸いそれはフランス最高裁で否定されたけれど、余韻は今後も消えるどころか強く鳴り響き続けるだろう。なにしろ条例は地方裁判所ではいったん支持されたのだから。


琴奨菊はモンゴル人でもハワイ人でも誰でもいいノラ!

可愛い丸顔



大相撲秋場所が間もなく始まる。

グワンバレおわコン琴奨菊

琴奨菊の綱取り問題に今さら言及するのは後出しジャンケンみたいで気が引けるが、稀勢の里の綱取り挑戦も続いているので、秋場所が始まる直前のこのタイミングで意見を表明しておくことにした。

今年初場所の琴奨菊は3横綱をなぎ倒したことなど賞賛に値するものだった。が、あくまでも偶発的な出来事で、横綱などおぼつかない力量であることは、多くの人が気づいていた事実ではなかったか。

しかし、「日本人横綱」待望論で沸く世論の前に誰もが沈黙した。結果的に僕もその1人になった。しかし僕は別に意識して黙っていたのではない。記事をアップするほどの価値のある話とも思えなかったから、声を出さなかっただけだ。

琴奨菊が初優勝したあとの騒ぎはすごかった。次の場所に優勝かそれに準ずる成績を挙げて横綱昇進、という筋書きがあたかも現実味を帯びたものでもあるかのようにマスコミはあおりたて、相撲協会もそれに便乗して浮かれていた。

当事者の琴奨菊はもっと浮かれて、稽古そっちのけであちこちの祭りや催し物やテレビ番組などに顔を出してはのぼせあがっていた。僕はそのニュースに接するたびに、違和感を抱いた。いや不快感を覚えていたと言っても過言ではなかった。

日本人としての僕は彼の優勝を喜んでいた。だが大相撲ファンとしての僕は--真っ正直に言おう--彼の優勝を“まぐれ”だと感じていたから、冷めた思いで騒ぎを見つめていたのだ。案の定、彼はその後低迷。

琴奨菊は今や大関の地位の維持もおぼつかない“クンロク”君。いや、クンロクさえ怪しい“元の木阿弥”君だ。怪我を成績不振の理由にするのはいけない。怪我をしないのも強い力士の条件だ。

横綱の国籍はどこでもいい

琴奨菊の春場所の優勝を機に、以前にも増して、相撲などまったく見ないか、ほとんど見ないらしい多くの人たちが、民族主義的ニュアンスがぷんぷん臭うコメントを開陳していて、相撲好き の僕はそこにもずっと違和感を抱き続けてきた。

再び言う。琴奨菊の優勝は素晴らしいの一言につきた。彼が日本人力士だからではない。“クンロク大関”という蔑称も真っ青なほどのつまらない大関だったのが、見事に「化けて」強く面白いパフォーマンスを見せてくれたからだ。

大相撲はどこにでもあるスポーツではなく、日本独自の「ス ポーツ儀式」だから面白いし楽しい側面がある。が、土俵上で戦う力士が日本人である必要はない。力士が日本人だから相撲が面白いわけではない。飽くまでも力士が強いから面白いのだ。

大相撲の競技を語ることと大相撲界の変化、具体的に言えば国際化、を語ることは分けてなされるべきである。なぜなら競技においては強い力士と弱い力士がいるだけで、その力士がモンゴル人か日本人かアメリカ人かなんて関係がない。

関係があると思っている人は、純粋に競技を楽しんでいるのではなく、政治の眼鏡をかけて土俵を見ているに過ぎない。つまり「日本人横綱待望論」と同じだ。横綱は強くて品格があって美しければ国籍などどこでもいい、というのが僕の意見だ。

大相撲界に外国人力士が増えていくことは、伝統やしきたりや慣習等々の『大相撲の文化』が変化していくことを意味する。

そこでは日本人横綱の有無や是非を含む「日本的なもの」へのこだわりが大いに議論されて然るべきだが、競技そのものはどの国籍の力士が行っても面白いのは面白いし、面白くないのは面白くない。

外国人力士が増え過ぎて取り組みがつまらない、と思っている人は、前述したように政治の眼鏡をかけて勝負を見ているだけで、本当に闘技が好きな大相撲ファンではないように思う。

稀勢の里よオワコンになるな

僕は日本人横綱の誕生という意味では稀勢の里にも最早期待していない。先場所前までは稀勢の里の方が琴奨菊よりもずっと横綱になる力量のある力士だと信じていた。

しかし、再び、再三、再四巡ってきた先場所の絶好のチャンスをものにできなかった彼の出来栄えに愕然とした。

取り口ばかりではなく、土俵内外の物腰や顔つきまで変わって風格さえかもし出していた稀勢の里は、誰の目にも「化けた」と見えて期待が膨らんだ。

しかし、結果はいつもの体たらく。ここぞというチャンスを活かせない星回りなのだろうと思う。僕は残念ながら--自分の勘違いをひそかに期待しつつも--「横綱稀勢の里」は実現しないと考えるようになっている。

もしも稀勢の里が横綱に昇進するのならば、その条件は「圧倒的な強さを発揮しての全勝優勝」であるべきだ。横綱白鵬が秋場所を休場することが決まったのだからなおさらである。

それ以外の成績での昇進なら、稀勢の里はきっと鶴竜クラスのダメ横綱になる、と予想する。なぜならば、まさに鶴竜がその好例だからだ。

最後に独断と偏見によるポジショントークを一つ。

できるなら、横綱鶴竜、大関琴奨菊、大関豪栄道の3人を平幕に落として、照ノ富士、逸ノ城、正代あたりが上にあがって暴れまくるのを観たい。

そこに大砂嵐、遠藤、などが殴り込みをかければ大相撲はムチャクチャに面白くなると思うのだけれど・・・


耐震偽装という“イタリア病”を斬る



イタリア中部地震の余震が続く中、崩壊した家の瓦礫の下に閉じ込められていたゴールデン・レトリーバー犬「ロメオ」が9月2日、9日振りに助け出されて人々に感動を与えた。だが残念ながら犠牲者の数はまた増えて9月6日現在295人に上り、行方不明者もいることからその数字はさらに大きくなると見られている。

混乱は収まらないものの、被災地復興への動きは待ったなしで始まろうとしている。しかし不幸なことに例によって、復興事業に群がるかもしれないマフィア他の犯罪組織の影が忍び寄って、人々の不安を募らせている。それを受けてマフィア・テロ担当のフランコ・ロベルティ検事長は、瓦礫や塵芥の撤回作業また仮設住宅建設などの復興事業に、犯罪組織が入り込まないようにしっかり防御することが最重要課題であり、308人が犠牲になった2009年のラクイラ地震では、この防御策がうまく機能して犯罪組織は締め出された、と語った。

検事長の見解が正しいなら、イタリアの土建業者は、マフィアを始めとする犯罪組織の侵入が無くても、十分に不正や偽造や偽装や詐欺行為を行うことができる、ということを証明している。なぜならばラクイラ地震では、石造りの多くの古い建物のほかに、当時としては比較的新しい建物なども崩壊した。それらの新建築は過去の地震の教訓からより厳しい耐震構造によって建てられているはずだった。それでも破壊された。耐震偽装工作が日常茶飯事だったからだ。

2009年の苦い体験を経て、耐震基準はさらに強化されたと言われてきた。それなのに今回地震でも崩壊する建物が続出したのは、相変わらず耐震偽装の建築物が多く建てられてきたからではないのか。そして今後の復興事業においてもまた、過去の事例から推断して、たとえ犯罪組織の介入を防ぐことができても、業者による不正がまかり通る可能性も高いと見なければならない。

度を過ぎた風刺や皮肉で人々の眉をひそめさせるのが得意なフランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」は、イタリア地震の被災者をパスタのラザーニャにたとえるなどして批判を浴びた。それはまっとうな批判である。シャルリー・エブドは時として言論の自由をはき違えているとしか思えないような行過ぎた風刺に走る。いや、それは往々にして風刺でさえなく、ただの悪趣味なジョークであったりする。

今回の漫画もその類の下卑た作品だった。ところが同紙は、国際世論の批判に反発する形で「(地震で崩壊した)人々の家を建てたのはシャルリー・エブドではなく、マフィアだ」と弁明する新たな漫画を掲載。耐震偽装の悪徳土建屋と地域の有力者がつるんで、マフィアなどの犯罪組織を呼び込むイタリア独特の癒着の構造を辛らつに風刺し、それにも多くの批判が集まった。

しかしながら僕は後者の批判には同調しない。震災のような巨大な不幸に付け入って、汚れた利益を貪る犯罪者やその片割れの不正事業者がはびこる現実を「マフィアが家を建てた」と形容するシャルリー・エブドの姿勢を、完全に悪趣味と切り捨てる気にはならないのだ。被災者や被災地の不幸を嘲笑うかのようなゲスな風刺画は言語道断だが、不正の存在を指摘して注意を喚起しているとも言える「マフィアが家を建てた」の風刺画とコメントは、評価してもいいのではないか、とも思うのである。

イタリアの耐震関連の法律は1970年代から整備が開始されて、2000年代には改善に拍車がかかったと見られてきた。しかしその適用対象は新築建造物に限られたため、歴史的建造物に代表される古い建築物の耐震化が常に大きな課題として残ってはきた。それでも、前述したように、少なくとも新築の建造物に関しては、法整備が明確に進んだと考えられていた。

特に今回の被災地のすぐ近くにあるラクイラ地方で、死者308人を出した2009年の「ラクイラ地震」以降は、規制がさらに厳しくなって新築の耐震法整備はほぼ完成したとさえ考えられていたのだ。しかし、結果は無残なもので、一部の地域には法整備の効果が確認されたものの、またもや家屋倒壊などの大きなダメージが広がった。古い歴史的建造物の被害はさておいても、最新の耐震設計に基づいて建築されたはずの建造物が、あっけなく崩壊する現実が人々を「再び、再三、再四」戦慄させたのである。

今回の地震で破壊された小学校校舎を含む全壊また半・損壊した建物およそ
120軒は、工費を節約するためにセメントよりも砂を多く使用して建築された可能性があると見られている。これを受けて地元の検察当局は8月31日、耐震偽装や手抜き工事の解明のために早くも強制捜査に乗り出した。

地震の多い日本やイタリアなどでは、震源の深さなどの諸条件にもよるが、マグニチュード6.2クラスの今回のような地震では大きな被害は出ないのが普通である。複雑な地質構造のイタリアでは、マグニチュード6.3以上の地震が平均して15年に一度程度発生してもおかしくないとされ、それよりも弱い揺れの地震はもっと盛んに起こる。

地震多発地帯では、耐震の概念が少ない場合には建物に大きな損傷が発生し、従って人的被害も増える。だがイタリアは地震頻発国であり、過去の多くの地震の歴史と近年の度重なる地震被害を受けて、たとえば日本ほどではないにしろ、「耐震」の意識は高まっていた。そんな折に、最大級の揺れとは言えない地震がまたもや大災害につながったのは、不本意ながらやはり、不正や耐震偽装などの重篤な“イタリア病”が最大の原因である、と考えざるを得ないのである。

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