2017年06月

終わらないイタリアのFemicideまた女性暴力事案について



gessica notaro
塩酸被害者のジェシカ・ノターロさん


先週水曜日、癌専門医のエスター・パスクアロ-ニさん(53)が、イタリア中部アブルッツォ州の勤務先の病院の駐車場で、男に首を刺されて死亡した。

パスクアローニさんは2人の子供の母親。病院の癌部門の責任者で、勤務を終えて帰宅するため車に向かって歩いているところを襲われた。

刺した男はパスクアローニさんにストーカー行為をしていて、警察がすぐに容疑者と割り出して追跡を始めた。だが翌朝、近くのアパートの一室で自殺しているのが発見された。

パスクアロ-ニさんが殺害された翌日、僕が先日の記事で言及した塩酸被害者のジェシカ・ノターロさん(28)が、アシカの飼育員としての仕事に復帰した写真をSNSで公表した。

女性が女性であるという理由だけで殺害されるFemicideは、中南米を中心に頻繁に起こっている。アメリカ、インド、中東などでも多い。

ここ欧州にもかなりの頻度で発生し、たとえばイタリアでは2000年~2012年の12年間で2200人もの女性がFemicideの犠牲になり、昨年も100人以上が殺害された。

その数字はドイツやイギリスではさらに多く、トルコもイタリアより犠牲者の数は多い― トルコも欧州の一国とみなすなら、という条件付きだが。

イタリアの特殊性は前回記事でも言及したように、femicideを男と女の愛のもつれ或いは痴情からくる最悪の結果であり、痴情である以上それは他人が口をさしはさむべき問題ではない、と多くの国民が考えていることである。

男はパートナーの女性を愛し過ぎるあまり時には声を荒げ、暴力を振るい、ストーカー行為に走り、ついには殺害にまで至る不幸が起こったりする。それは仕方のないことだ、という認識が多くのイタリア人の中にあるというのだ。

だがそれは愛などではなく、男の嫉妬であり、歪んだ女性支配願望の顕現であり、女性への優越意識つまり女性蔑視の感情などに根ざした殺人事件に過ぎない。「愛故の殺人」など言い逃れであり幻想である。

イタリアのさらなる問題は、男性ばかりではなく女性も「愛故の殺害」説を認める傾向があり、従ってパートナーからの行過ぎた強要や暴力行為があった場合でも、攻撃を受けた女性が黙ってしまったり、事実を否定し勝ちでさえあるという点。

そういう女性たちは「私さえ我慢すれば相手の暴力は静まる」などと考えて告発を控える。世間体というものも邪魔をする。すると暴力は歯止めがきかなくなってエスカレートし、ついにはFemicideにまで至るケースが少なくない。

塩酸被害者のノターロさんは幸い死亡することはなかったが、Femicideの被害者に匹敵する苦痛を受けた存在であり、かつ女性への暴力を糾弾する活動をしていることで、全国的に動向を注目されるようになった。

ノターロさんの本職はアシカの飼育員。事件前は歌手としても活動していた彼女は、ミスユニバース・イタリア代表選の最終選考まで残ったこともある美形。アドリア海のリゾート地リミニ近郊ではよく知られた存在だった。

彼女は塩酸をかけられた後、顔がケロイド火傷 状に変形し焼け付くような痛みに苦しみ続けている。左目が失明する不安にも苛まれている。

リハビリと手術に明け暮れていた今年4月、彼女はテレビの有名番組に出演して、女性暴力への反対と被害者女性たちへの連帯を呼びかけた。

番組の打ち合わせの際、著名タレントの司会者が「顔をスカーフで隠して出演していただいても構いません」と提案したが、彼女は敢えて崩壊した素顔を見せることを選んだ。

彼女は番組の中で:
「私が素顔をさらすのは全国の視聴者の皆さんに私を襲った元恋人の行為を見てほしいからです。こんなことは決して愛ではありません」
と訴えた。

ノターロさんの前には弁護士のルチア・アンニバリさんが同じ被害に遭って人々の怒りと同情を買った。アンニバリさんのケースでは、元恋人の弁護士が2人の男を金で雇って襲撃させたものだった。

2013年に起きたその事件でも、被害者のアンニバリさんが同じ被害者の女性たちを救いたい、として広報活動を始めたことから事態が広く知られるようになった。

Femicideと同じかそれ以上の罪悪にも見える女性へのそうした攻撃は、嫉妬と凶暴な破壊願望と支配欲とがからんだ蛮行以外の何ものでもない。愛とは嫉妬ではなく信頼であり、破壊ではなく守ることであり、支配ではなく対等であることだ。

直接、間接の理由が何であるにせよ、自分から遠ざかっていく女性を襲うそれらの男の胸中には、共通する底深い闇が広がっている。

すなわち「他の男に取られるくらいなら殺してしまえ。あるいは女性の美を台無しにしてしまえ」という男性特有の危険な利己主義である。

陳腐な歌謡曲のセリフのような心理状況でありまた描写だが、それが真実なのだろう。だからこそ「愛故の殺人」などという不可解な呼称さえ生まれるのではないか。


ロンドン「グレンフェル・タワー」で焼け死んだグロリアとマルコは「死以上の恐怖」を味わっていたかもしれない



大炎上タワー切り取り2 400pic



ロンドン「グレンフェル・タワー」で悲惨な死をとげたイタリア人カップルグロリアとマルコの物語は、いうまでもなくビル内で亡くなった全ての犠牲者の物語である。

象徴的な意味ではなく、「グレンフェル・タワー」火災の一人ひとりの犠牲者が、生きながら焼き殺された凄まじい現実は、若い2人のイタリア人と正確に同じ、という意味で。

そればかりではなく、グロリアとマルコと同様に家族や親しい人に連絡を入れて助けを求め、それが不可能と知って、再びグロリアとマルコのように愛する人たちに永遠の別れを告げた人もまたいたのかもしれない。

いずれにしても、彼らがひと息に死に至るのではなく、恐怖と苦悶に責めさいなまれながらじわじわと死んでいったであろうことを思うとき、僕は胸が苦しくなる。とても他人事には思えない。

その地獄絵図は、2015年初頭、テロ集団ISに拘束されたヨルダン人パイロット、ムアーズ・カサースベ中尉(当時26 )が、檻に入れられて生きたまま焼き殺された凄惨な映像を僕に思い出させた。

そしてその分別によって僕は新たに次の発見をした。つまり「グレンフェル・タワー」に閉じ込められた人々のうち、今まさに彼らがいる建物そのものが燃え盛っている実況生中継のTV映像を見た者がいるのではないか、と思いついたのだ。

そしてその思いつきは僕の意識をやすやすとイタリア人カップルに運んだ。

マルコとグロリアは、彼らが住むタワーの下層階で火災が発生したと知った時、テレビのスイッチをONにする余裕はなかっただろう。

あるいはその時間にちょうどテレビを見ていたとしても、2人はすぐに火事の状況を把握すること、そしてそこからの脱出を考えることで頭の中はいっぱいになって、テレビを消さないにしてもそれを見る気など吹っ飛んでしまったに違いない。

しかし、2人はイタリアの家族と連絡を取り続ける中で、テレビの実況映像を見る羽目に陥った可能性があると思うのだ。

つまり、イタリア時間の午前3時頃に始まった火災の生中継映像を見たグロリアの両親が、そのことを電話で彼らに告げた公算。

燃え狂う建物の中にいる2人が、テレビをONにして、生きたまま焼かれる自らの火葬現場を見てしまうむごい光景が展開されていたかもしれない・・。

そう気づいた時、いかんともしがたい煩悶が僕の中に芽生えた。彼らのさらなる恐怖体験を想像して暗澹たる思いに押しつぶされそうになった。

生前葬という「遊び」がある。年老いた「元気な」人が、自らの死を想定して自らの意志で行う葬儀。友人知己を招いて本人の死を「祝う」のが基本だ。

生前葬儀を主催する人は、自らが死ぬ様子を客観的に眺めるわけだが、そこには切羽詰まった死の恐怖もなければ、阿鼻叫喚の騒ぎもない。

生前葬とは死の恐怖を逃れたい者が、死の恐怖を感じていない振りで、親しい人々と共に儀式を執り行って悦に入る遊び、と言っても大きな間違いではないだろう。

若いイタリア人カップルが、もしも自らが焼かれつつあるタワーの大炎上シーンを同時進行で見ていたとしたら、生前葬にも似た設定になるわけだが、そこには生前葬などとは似ても似つかない巨大な恐怖と苦悶が充満していた違いない。

ここまでに僕が知った限りの情報では、グロリアとマルコの両親がそれぞれの娘と息子に、火災の生中継映像がテレビで流れている、と話したかどうかはうかがい知れない。

しかし、ロンドンからイタリアに送られてくる映像を見ながら、彼らが罠に落ちた若い2人の「現場からの迅速な脱出の助けになるかも」、と考えてそのことを告げた可能性も十分にあると思う。

それに続く2人の狼狽と恐怖と絶望は、文字通り「想像を絶する」ものであって、とても言葉に言い尽くせるものではない。せめてそんな事態にはなっていなかったことを祈りたい。




グロリアとマルコはロンドン「グレンフェル・タワー」の23階でイタリアの両親と電話で話しながら焼け死んでいった



Gloria Trevisan and Marco Gottardi400pic
グロリアとマルコ


プロローグ・悲劇

「お母さん。どうやら私はここで死ぬことになるらしい。今日まで私のためにたくさんのことをしてくれてありがとう。私は天国からお母さんたちを見守ります」

グロリア・トレヴィザン(26)は炎に包まれたロンドン「グレンフェル・タワー」の23階の自宅から、電話の向こうで恐慌に陥っているイタリアの母親に言った。

グロリアの側には同郷の恋人、マルコ・ゴッタルディ(27)がいた。建築家の2人は3ヶ月前、仕事と夢を求めてロンドンに移住したばかりだった。

いきさつ

グロリアがイタリアの両親に最初に電話を入れたのは、イタリア時間の6月14日午前2時頃。「お母さん、怖いことが起こっている。ビルの下の階で火事があったらしい」と彼女は言った。

マルコと一緒にグレンフェル・タワーの23階から下に逃げたいが、炎が階段を伝って駆け上がっていて、煙も充満して身動きできない。閉じ込められたようだ、と続けた。

そのときのグロリアの声は不安そうではあるがまだパニックにはなっていなかった。5階あたりで発生した火事は、ほぼ最上階の彼らのアパートに達する前に消し止められるだろう、という希望的観測があったものと考えられる。

しかし、時間経過と共に彼女は明らかに狂乱に陥った。「私はまだ死にたくない。私にはやるべきことがたくさんある。もっと人生を楽しみたい。こんな不公平は受け入れられない!」グロリアは代わる代わる電話に出る父と母に訴えた。

父親のロリスは万が一のことを考えて娘とのやり取りを記録し始めていた。最悪の事態になった場合、そこにいないグロリアの弟に彼らのやり取りを聞かせてやらなければならない、と思ったのだ。

AM2:45分頃、グロリアと一緒にいるマルコもイタリアの自分の両親に電話を入れた。父親のジャンニーノが応答した。マルコは言った。

「ここから動けないが、消火活動が盛んに行われているから大丈夫。何も心配しなくていい。間もなく鎮火するはずだ」マルコは何度も繰り返した。

父親のジャンニーノは「息子は私の妻と事件現場にいるグロリアを安心させようとして、問題はない、心配するなと言い続けていたようだ」と後に新聞記者のインタビューに応えて話した。

ロンドンまで

2016年秋、グロリア・トレヴィザンはトップクラスの成績でベニス大学の建築学科を卒業した。しかし不況にあえぐイタリアには満足のできる仕事はなかった。

グロリアは今年3月、恋人のマルコと共に仕事を求めてロンドンに移住した。マルコも彼女と同じ新米の建築家である。マルコもまた優秀な成績で大学の建築学科を卒業していた。

グロリアはイタリアでは、月にわずか300ユーロ(4万円)程度の不安定な仕事しかできなかった。マルコも似たような状況にあった。彼らはイタリアを諦めてロンドンに夢を追うことにした。

2人の動きは、仕事と夢を求めて国外に流れるおびただしい数のイタリア人若者の象徴的な姿だった。イタリアの若者の失業率は40%余り。実感としては、行き合う若者の2人に1人が失業者、という惨憺たる状況だ。

グロリアの父親は、「娘が死んだのは、経済不況を手をこまねいて見ているだけの無能な政治家や政府のせいだ」、と強い怒りをあらわにした。

夢かなう

ロンドンではグロリアとマルコは2人ともに名の通った建築設計事務所に即採用になった。給料もそれぞれ一ヶ月2100ユーロ(約26万円)と新米建築家としては満足のいく額だった。それが今年3月である。

2人は高層マンション、グレンフェル・タワーの23階に住まいも得た。広い快適な部屋である。グロリアは4月10日、高層階から眺めるロンドンの景色はすばらしい、とSNS で写真付きの投稿もしていた。

ゴッタルディ夫妻は5月に息子のマルコをロンドンに訪ねた。マルコはグロリアと共に幸せで希望にあふれ、仕事も暮らしも順風満帆の時をエンジョイしていた。2人がロンドンに移住して本当に良かったと両親は思った。

一方グロリアの両親は経済的に困窮していた。ロンドンに娘を訪ねる余裕はなかったが、彼女が近く帰省することを楽しみにしていた。グロリアには夏までにその予定があったのだ。

火災概観

2人が入居しているグレンフェル・タワーの5階で6月14日に起きた火災は、火の回りが異常に速く20分ほど(15分という目撃証言まである)で建物全体に広がった。そのため高層階にいるグロリアとマルコは逃げ道を絶たれた。

必死の消火作業も空しく、炎は燃え盛って手がつけられない状況になり、その一部始終がイギリスはもちろん、世界にも衛星を介して伝えられた。

終焉

午前3時過ぎ、イタリアのテレビも生中継でロンドンの火事の模様を伝え始めた。テレビの恐ろしい映像にかぶさるようにその時、絶望の淵からふりしぼられたグロリアの冒頭の必死の声が聞こえてきた。

「お母さん。どうやら私はここで死ぬことになるらしい。今日まで私のためにたくさんのことをしてくれてありがとう。私は天国からお母さんたちを見守ります」その声に両親は、呼吸をすることさえもが苦しいような痛みと無力感に心身を打ち砕かれていた。

マルコの父親が息子の最後の声を聞いたのはそれよりも後のことだった。「ここの部屋の中にも煙が充満して危機的な状況だ」とマルコが言った。彼の声音ももはや以前の落ちついたものではなく、断末魔の喘ぎにおののくのが分かる凄惨なものだった。朝4:07分にマルコの電話は切れた。

マルコの両親はその後も繰り返し電話をかけ続けた。グロリアの両親もイタリアのそう遠くない場所で全く同じ行為を繰り返していた。しかし、若者2人はもはやどちらの電話にも答えることがなかった。

エピローグ

6月 17日現在、グレンフェル・タワー火災の犠牲者の数は少なくとも30人。58人が行方不明。不明者の全員が死亡と考えられる。この数字は今後も増えて、犠牲者数は100人を超えるのではないか、という見方さえある。

同じく6月17日、イタリア外務省はグロリア・トレヴィザンとマルコ・ゴッタルディの死亡を確認した、と発表した。


テリーザ・メイなる鉄面皮の再生法



切り取り


政治家の厚顔ぶりを嘆いたり恥知らずな言動にあきれたりしても詮ないことだが、それでも、突然総選挙に打って出て、負けて、何事もなかったかのように政権にしがみついた英国のテリ-ザ・メイ首相にはおどろいた。

自らが所属する保守党が、ライバルの労働党に世論調査で大きく差をつけていることを見て小躍りした同首相は、EU離脱交渉をスムースに運ぶために選挙に大勝する、という思惑から解散総選挙に走って敗北。

しなくてもよい選挙を「勝手に」行って、過半数割れに陥ったことは、失った議席数は13と大きくはなかったものの、「惨敗」と形容してもいいのではないか。何しろ単独過半数を保持していた与党が一気に少数派になってしまったのだから。

メイ首相の失態は、しなくてもよい国民投票を行って、Brexitを実現させてしまったキャメロン前首相と同じ大ポカだ。さらにいえばここイタリアのレンツィ前首相が、憲法改正を問う国民投票で「私を取るか否か」と思い上がりもはなはだしい問いを国民に投げかけて、大敗したことと同じだ。

EU離脱を問う国民投票を実施したキャメロン氏にも、イタリアのレンツィ氏と同じように奢りがあった。メイ首相の「余計な」選挙実施にも似たような側面がある。おごれる者久しからず、という平家物語の箴言を彼らは知らないのだろう。

キャメロン氏もレンツィ氏も負けた責任を取って、その意味では潔く首相を辞任した。ところがメイ首相は厚顔と恥知らずを発揮して、自らの責任をほっかむりして首相を辞任するどころか居座りを決めた。議席数わずか10の地方政党
DUP(民主統一党)と連立を組んで。

メイ首相は選挙に負けたことで、少なくとも欧州統一市場からの脱退、といういわゆる「ハードブレグジッド」を和らげる方向に傾くだろうが、その実現は難しいのではないか。改造新内閣内には、ジョンソン外相を始め欧州懐疑主義者で喧嘩好きな閣僚も依然として多いからだ。

彼らの存在はEUとの離脱交渉を困難なものにして、合意なき離脱という最悪の結果にもなりかねない。EUがイギリスに妥協することはあまり考えられないからだ。誰よりも先に妥協を念頭におかなければならないのは英国なのである。

保守党と連立を組む北アイルランドの少数政党DUP(民主統一党・プロテスタント系) は、右寄りで強い反EUの傾向を持つ 。その存在もメイ首相のEU離脱交渉を難しくするだろう。

EUは総選挙の前にメイ首相をすでに「勝手な夢の中で生きている」とみなして、譲歩をしない方向性を示してきた。「英国との友好関係を維持する」という外交辞令とは裏腹に、離脱を決めた英国へのEUの厳しい姿勢は変わらない。

『EU離脱は損』、という不文律を確固たるものにしたいEUにとっては、英国を甘やかすことは自らの首を絞める行為にも等しい愚策だ。それは将来、英国を真似て離脱を決める国が出る可能性を高める。EUはその点では絶対に譲ることはできないのである。

現状では英国がEU残留に向かう可能性はないが、今後のなり行き次第ではBrexitをひっくり返して、EUに留まる決意をする可能性は依然としてゼロではないと思う。それは僕の希望的観測ではあるものの、いちがいにそれだけとは言い切れない。次のような動きもあるからだ。

総選挙後の6月13日、メイ首相はパリに飛んでマクロン仏大統領と会談した。その際マクロン大統領は「英国がEU残留を望むならドアは開かれている」と発言した。同大統領は「離脱手続きが開始されれば後戻りは難しいが」とも付け加えたが、発言は英国のEU残留の可能性がわずかながら残されていることの証ではないか。

英国のどんでん返しのEU残留が理想的だが、予定通りEU離脱を進めるならば、メイ首相は英国の未来のために必ずソフトブレグジットを目指すべきだ。そうすることで、Brexitによって最もひどい損害を蒙る英国の若い世代に、少しでも良い展望をプレゼントすることができる。

メイ首相と比較されることも少なくない英国初の女性宰相マーガレット・サッチャーは、かつて「小さな政府」と「自由主義経済」 を旗印にEU(当時はEC)とも強硬姿勢で臨んで成果を挙げた。だが今は時代が違い、状況が違い、2人の女性首相の手腕も器も違う。

サッチャー首相は「政治家の仕事は根回し(多数の意見の一致)に長けることではなく、己れの信念を打ち出すことだ」と言った。それは将来への明確な政策設計を持ち、さらにそれを国民に伝えるコミュニケーション能力に優れていたサッチャー首相にしてはじめて口にできる言葉だ。

テリーザ・メイは断じてマーガレット・サッチャーではない。メイ首相は妥協しない「鉄の女」を目指すのではなく、身の丈にあった「調整型の政治」を目指してEUとの交渉にあたり、せめて総選挙での不手際を埋めあわせるような、ソフトなEU離脱を目指してほしい。


仏マクロン主義が米トランプ主義を蹴散らす日は近いか


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今後も多少の紆余曲折はあるだろうが、ポピュリズム退潮の道筋は確実にできつつある、と仏総選挙の第一回投票結果を見てあらためて感じた

今月18日に行われる第二回投票を経て、マクロン大統領率いる「共和国前進!」党は、全577議席のうち7割以上に当たる415~455議席を獲得すると見られる。

実現すればまさに“地滑り的”勝利であり、マクロン政権にとっては願ってもない政治改革への機会がすぐにも訪れることになる。

大統領選で躍進したルペン党首率いる極右国民戦線は、議会選挙では1~5議席程度の獲得に止まるとされる。国民戦線の惨敗はポピュリズムの弱体化を端的にあらわしている。

ピンボケ切り取り仏選挙と同日に行われたイタリア地方選でも、ポピュリズムを煽る反体制派政党の「五つ星運動」が大敗した。昨年のローマ市長選で同党が圧勝したことが嘘のような低調振りである。

「五つ星運動」は昨年はトリノ市長選でも勝利し、国政レベルの世論調査でライバルの民主党とトップを争う勢いに弾みがついて、いよいよ政権を狙うところまで来たと見られていた。

しかし、米トランプ大統領の誕生で頂点を極めたポピュリズムの大波は、オーストリア大統領選、オランダ総選挙、そして先月の仏大統領選と勢いを削がれ続けた。

そして先日の仏総選挙第一回投票で勢力がさらに小さくなり、それは1000余りの市町村で首長を選ぶイタリアの地方選でも見事に体現されて、「五つ星運動」が惨敗した。

おそらくその流れは今後も続き、仏大統領選の第二回投票でトレンドは強化されて、9月のドイツ総選挙で完成することになるだろう。

そうした一連の流れは、トランプ主義を極めた米トランプ大統領が、政権運営を始めると同時に迷走し、醜態をさらし続けている現実によって拍車がかかっている。

ポピュリズムはトランプ氏によって最強になり、同じトランプ氏によって破壊されようとしている。破壊が完結するかどうかはまだ誰にも分からない。しかし、その可能性は高いのではないか。

それは欧州、特にEUが団結を強めてトランプ米国に対抗し、過激派テロを追い詰め、連合離脱を決めた英国とうまく渡り合う中でさらに高まっていくだろう。

そうした意味で、EU信奉者のマクロン党が仏選挙を制し、反EU且つトランプ主義信奉者の極右国民戦線が敗退し、さらに伊ポピュリズム政党の「五つ星運動」が敗れたことは良い兆候だ。


他者の尊厳を踏みにじる殺人鬼にも尊厳死の権利はあるの?



リーナどUP薄笑い400
トト・リイナ


イタリア最高裁判所は2017年6月5日、マフィア史上最大最悪のボスとも形容される、トト・リイナを釈放するべきか否か吟味するよう、拘留再審裁判所に命じた。

獄中のリイナは86歳の高齢に加えて、癌と複数の病に侵されているとされる。彼の弁護人はそれを理由に1年前、自宅拘禁または終身刑の軽減を要請した。何度目かの申請だった。

最高裁は直近の訴えを認め「あらゆる末期患者と同じようにリイナにも尊厳死が認められるべき」として、要請を却下していた拘留再審裁判所に差し戻し審理を言い渡したのである。

「凶悪犯のリイナにも尊厳死を」という最高裁の裁定に、イタリア中が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。人々の驚きの実相は、次に記すマフィア構成員以外の被害者家族の心情に集約されていると思う。

25年前、リイナによって爆殺された反マフィアの旗手、ファルコーネ判事の妹マリア・ファルコーネさんは、「私にはもはやリイナに対する格別の怨みはない。しかしリイナは依然として危険な犯罪者のままでいるのだから、社会の安全のために刑務所内に留まるべき」とコメントした。

第2次マフィア戦争中の1982年、マフィア捜査のトップだった父親ダッラ・キエザ将軍を殺害された娘のリタさんは、「私の父は母と護衛の警察官ともどもマフィアに惨殺された。だがマフィアは遺体にシーツを被せるなどの最小限の気遣いさえしなかった。彼らの死は尊厳死とは程遠いものだった。なのになぜリイナには尊厳死が認められるのか」と怒りをあらわにした。

「反マフィア国会委員会」委員長のロージー・ビンディ氏は、「リイナが収監されているパルマ刑務所内には高度な医療設備を持つクリニックがある。リイナはそこで治療を受ければ済むこと」とした。この意見には多くの国会議員らも賛成している。

またマフィアによる連続爆破事件の一つである1993年の「フィレンツェ・ウフィッツィ博物館爆破事件被害者の会」も、最高裁の裁定に深い衝撃を受けた、信じられない、として判決を強く批判している。

一方、「全国受刑者支援の会」のマウロ・パルマ氏は、「最高裁が何よりも人間の尊厳を重視する原則を披瀝したのは極めて喜ばしい」と表明した。また「イタリア刑事弁護士会」は「刑罰のゴールは復讐であってはならない」として、最高裁の仁慈裁定を支持する旨のコメントを出した。

その残忍凶暴さから“野獣”とも呼ばれるリイナは、マフィアの頂点に君臨して1000人余りの殺害に関わったとされる。この数字の根拠は、1981年から83年にかけてのマフィア間の血の闘争、いわゆる第2次マフィア戦争で1000人余が殺害されたが、当時マフィアのトップにいたリイナが、NO2のプロヴェンツァーノとともに命令を下したことにある。

リイナ自身は100人余の殺害を実際に行ったと見られている。また1996年に逮捕されて司法協力者になった元マフィアNO3のジョヴァンニ・ブルスカは、「自分は100人~200人を殺害したが正確な数字は分からない」と自白した。それも全てリイナの指示によっていた。

リイナは情け容赦のない手段でライバルのマフィアや司法関係者、一般市民などを殺害していった。また彼以前のマフィアのボスがタブーと見なしていた「女性や子供の殺害」もためらわずに指示した。リイナは犯罪組織の攻撃手法のみならず、その意識もより非情残虐な方向へと改悪していったのである。

1992年には、シチリアマフィア事件の象徴とも言える「カパーチの悲劇」が起こった。反マフィアの中心人物ファルコーネ判事が高速走行中の車ともども爆破されたのだ。この事件の実行犯はブルスカだが、殺害指示を出して主導したのはやはりトップのリイナだったことが、実行犯のブルスカ自身を始めとする多くの証言で裏付けられている。

彼自身も残虐な殺人鬼だったブルスカは、1996年に逮捕された後に寝返って司法協力者となり、多くの貴重な情報をもたらした。彼はその功績によって、終身刑の身でありながら、2004年以降は45日ごとに刑務所を出て家族とともに一週間を過ごすことを認められている。

彼の獄中での模範的な行動と、なによりも司法への情報提供に対する褒賞である。そのことを知った被害者家族からは警察への非難の声が上がった。が、犯罪者が司法に協力することで利を得る司法取引とはそういうものだから、納得のいく顛末ではないかと思う。

リイナの弁護士は、あるいはブルスカの例なども考慮してリイナの釈放を要請したのかもしれない。しかし、リイナは逮捕後も秘密を明かさず口も割らず、むろん司法への協力も拒み続けている。彼もまた-元反マフィア検事で現上院議長のピエトロ・グラッソ氏がいみじくも指摘したように-プロヴェンツァーノと同じく「多くの秘密を抱えたまま長い血糊の帯を引きずって墓場に行く」ことが確実だ。

イタリアの司法制度は厳罰主義を取らない。そこにはキリスト教の「赦し」の教義が強く反映している。「人は間違いを犯すものであり、間違いは許されるべきである」という寛容と慈愛に満ちたその哲学を、僕は深く敬仰し支持する。しかし、リイナの赦免に対しては違和感を覚えざるを得ない。

リイナ並みの重罪犯であるプロヴェンツァーノは、昨年83歳で獄死したが、死の直前の彼の健康状態は今のリイナよりも重篤だった。だが彼は終身刑を解かれることはなく獄中で死んだ。リイナだけがなぜ放免されなければならないのか、僕はやはり強い不審を抱かずにはいられない。

リイナには26件の終身刑が科されている。つまりもしもイタリアに死刑制度があったならば、飽くまでも象徴的な例えだが、26回も刑死を執行されなければならない猛悪凶徒なのである。司法に協力をせず、反省も謝罪もなく、秘密も明かさない言わば「悪の確信犯」の彼は、プロヴェンツァーノ同様に刑務所内で生を全うするべき、と断ずるのは酷だろうか。



英総選挙、米コミー証言、伊マフィアをきょろきょろ見回しながら



may後ろBrexit



世界は今日も激しく動いている。

ちょうど一ヶ月前、ぼくはこのブログで「仏大統領選の結果を待ちながら」、というタイトルの記事を書いた。

あの時も世界は激しく動いていて、その動きの先にあるものは予測がつかない状況だった。

一ヵ月後の今は、表面の流動的な情勢は同じに見えるが、実は大きな方向性は固まりつつある、と僕は思っている。

つまり、世界はポピュリズムあるいはトランプ主義の大流行を脱して、安全な方向に進み出している。少なくともそこに向かう兆候が見える、と僕は考えるのである。

それはフランスでマクロン大統領が誕生したことで明確になった。もっと言えば、極右国民戦線のルペン氏の敗北によって確実になった。

ポピュリズム退潮の兆しは、フランスの前のオランダ総選挙、そのさらに前のオーストリア大統領選でうっすらと見え始め、仏総選挙で姿がはっきりした。

その流れは今日の英国総選挙にも続いていると思う。

ハードBrexitを目指すメイ首相の保守党が、EUとのより強い絆を残存させてEU離脱を唱える、労働党に追い上げられているのがその表れである。

当初、地滑り的な大勝利を収めると見られていた保守党は、おそらく敗北はしないものの、メイ首相が願ったほどの強い政権基盤を獲得するには至らない、と見られている。

選挙キャンペーン中の変化は、テロなどによる偶然が大きく影響したようにも見えるが、実はそれは偶然ではなく、前述のポピュリズムの退潮の大波がもたらしているものだと思う。

なぜならテロの頻発は、リベラルな労働党よりも治安に強硬手段を用いることを厭わない保守党に有利に働くことが普通だ。

それが逆に影響しているのは、Brexitをもたらしたポピュリズムに英国民が疲れ、当初はEU残留派だった保守党の、特にメイ首相の対EU強硬姿勢に、英国民が不安を覚え始めていることの証だ。

ポピュリズムの勝利は英国のEU離脱決定で決定的になり、米トランプ大統領の誕生で最高潮に達して、ついに世界中がその洪水に飲み込まれていくのではないか、と恐れられた。

だが実は、トランプ大統領の誕生がポピュリズムのまさにピークであり、投げた石が上昇し切った後には必ず落下するように、ポピュリズムの弱体化が始まった、と僕は思うのである。

理想的には今日の総選挙を機に英国の状況が一変して、「Brexitをひっくり返してEU残留を決める」ことである。

しかし、それは奇跡が起こって、たとえ労働党が勝利しても、今のところは無理な話である。

だが、将来は分からない。僕は分からない将来に、英国のEU残留の芽があることを願う。

アメリカではトランプ大統領に突然解任されたコミー前FBI長官が今日、議会で証言する。

コミー氏は「大統領は捜査対象ではない」とトランプ氏に告げたことを確認しつつも、トランプ大統領がロシアゲートの捜査を中止し、自分に忠誠を誓うように暗に促した、とも証言するという。

「忠誠を誓え」と迫るのは、要するにコミー氏への脅迫ではないのか。

トランプ大統領のその言動が、違法なものであるかどうかを証明するのは難しいだろう。しかし、ロシアゲート捜査への介入が証明されれば、トランプ大統領は十中八九アウトだろう。

イタリアでは前倒しの総選挙を目指して、「壊し屋」のレンツィ前首相が得意の権謀術策に奔走している。だが今日のイタリアが驚愕しているのは、それとは別の大きな「事件」である。

イタリア最高裁が、マフィアのボスの中のボス、トト・リイナにも「尊厳死」の権利があるとして、彼の赦免を審議するように拘留再審裁判所に命じたのである。

イタリアは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

実は僕はそのことを書いているのだが、筆の遅い無能が災いして、英国総選挙とコーミー証言が重なる今日までだらだらと続いてしまった。

ブログはニュースではなく意見開陳の場、と僕は考えているので時事ネタをあわてて書くのは邪道、とみなしている。それでも今日のような重大イベントについてはやはりひとこと言いたい思いがする。

そこでこのエントリーをまず優先させて、ほぼ書き上げつつある「マフィア話」は次に投稿することにした。




トランプ“フェイク”大統領の弾劾が待ち遠しい



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テロに見舞われたロンドンのサディク・カーン市長が:
"Londoners will see an increased police presence today and over the course of the next few days. No reason to be alarmed."
“ロンドンには今日から数日間に渡って警官の数が増えるが、市民はそのことを心配する必要はない”

と発言したことを受けて

トランプ米大統領は次のようにツィートした:
"At least 7 dead and 48 wounded in terror attack and Mayor of London says there is 'no reason to be alarmed!'"
“テロで少なくとも7人が死に48人がケガをしたのに、ロンドン市長は何も心配する必要はないと言っている!!”

ロンドン市長の言葉を意図的に曲解して、ツイートで非難するこの男は、本当にアメリカ合衆国の大統領なのだろうか?

残念ながらそうだ。

だが彼は大統領ではない。彼が“フェイクニュースを流すフェイクメディア”と激しく攻撃するメディアと同じか、それよりもはるかに下劣な“フェイク”大統領だ。

市民保護策を講じるなどのテロ後の仕事に忙殺されているカーン市長は、トランプ氏の非難を「コメントするに値しない。ほかにやることがたくさんある」として無視した。

するとトランプ“フェイク”大統領は、「カーン市長の哀れな言い訳だ。‘心配する必要はない’発言に大急ぎで説明をしなきゃならなかった。主要メディアは躍起になって彼の言葉を拡散している」

とまた曲解と嘘にまみれたフェイク発言をした。

トランプ“フェイク”大統領のカーン市長への攻撃は、人種差別&宗教差別意識に根ざした卑劣な言動である。

カーン市長はイスラム教徒である。“フェイク”大統領はそのことを捉えて市長を罵倒しているのだ。いくらなんでもまともではありえない。

カーン市長は、トランプ“フェイク”大統領が選挙期間中に「ムスリムのアメリカ入国を禁止する」と主張したとき、彼のムスリム観は無知で英国や米国の安全保障に有害だと批判した。

トランプ氏は彼の中に元々あったムスリム差別意識に加えて、批判者を頭ごなしに否定する性癖を十二分に発揮し、カーン市長への憎悪を募らせている。

英国メイ首相は、6月3日のロンドンテロを受けて“enough is enough もうたくさんだ”と演説したが、トランプ“フェイク”大統領に向けてももうたくさんだ、と言ってほしいものだ。

僕は米国史上初の大統領弾劾“罷免”が待ち遠しい。

罷免まで行かずとも、“フェイク”大統領にニクソン元大統領並の終止符が打たれることを期待したい。




イタリアのFemicide(女性殺害)は「アモーレ(愛情)過多が原因」という荒唐無稽



被害者ヴァヌッキさんと犯人400
被害者ヴァヌッキさんと犯人


先月末、イタリア・トスカーナ州のルッカで、元愛人(女性)にガソリンを浴びせて着火殺害した男に30年の禁固刑が言い渡された。犯行はそれより10ヶ月前に行われた。

パスクアレ・ルッソ(46)は、愛人だったヴァニア・ヴァヌッキさん(46)に別れ話を持ち出されて激昂。ストーカー行為を続けた後の2016年8月2日、彼女を呼び出して犯行に及んだ。

遅滞で悪名高いイタリアの司法が、ほとんど奇跡的とも言える迅速さで判決を言い渡したのは、女性への暴力沙汰が後を絶たないことへの危機感があると見られる。検察は終身刑を要求していた。

夫や元夫、また恋人や元恋人などが相手の女性を殺害する事件を、殺人(homicide)になぞらえて女性(FemininまたはFemale)と合わせFemicide(伊語Femicidio)と呼ぶ。女性殺し、というようなニュアンスである。

世界の殺人事件の被害者は、およそ8割が男性である。そのため一般的ではない女性被害者にことさらに焦点を当てるFemicide論争はおかしい、という見解も根強くある。

しかし、Femicideの根底にあるのは深い女性差別の心理であり、男による女性支配願望等である。Femicideの被害者は、ただ「女性であること」が理由で殺される。それは必ず是正されるべきだ。

イタリアでは、Femicideの被害者が2000年~2012年の12年間で
2200人に上った。これは1年に平均171人。またはほぼ2日に1人のペースである。

数字は年々減る傾向にあり、2014年:136人、2015年:128人、2016年は12月現在で116人程度だった。それでも毎年100人を優に超す人数の女性がFemicideに遭っている。

世界全体では毎年6万6千人の女性がFemicideで殺害される。最も多いのは中南米の国々。またインドやアラブ諸国も多く、米国では1日に平均4人の女性がfemicideに遭う。

イタリアのfemicideの件数は欧州で最も多いのではない。発生率も異様に高くはなく、平均的といってもかまわない数字である。

欧州で発生件数が多いのはドイツ。少し古い統計だが例えば2010年はドイツが387件で最も多く、2位がトルコの334人、3位が英国の195人。イタリアはその年は169人で4位。

イタリアのfemicideの件数は前述したように年々減少し、毎年スペインなどと順位が入れ替わるような形で推移している。なお、人口比率でのfemicideの数字は欧州ではキプロスが最も高く、オーストリア、フィンランド、チェコなどが続く。

イタリアの特異さは、femicideが軽視される傾向にあることだ。男が主として愛情のもつれから女性を殺害するのは、「相手女性を愛し過ぎているから」という暗黙の了解、見方が厳然としてある。

いわゆる痴話喧嘩の極端なケースがfemicideである。そして痴話喧嘩は極めて個人的な事案であり、痴話喧嘩には他人は口を出すべきではない、という心理がイタリア人には強く働くと言われている。

まさにアモーレ(愛)の国ならではの在りようだが、被害になる女性はたまったものではないだろう。だからこそイタリアでも、女性に対する暴力を何とかしなければならない、という気運が高まってはいる。

しかしこの国では、2013年に女性への暴力を厳しく取り締まる特別な法律も成立したが、成果が非常に上がっているとは言いがたい。

イタリアでは、女性の殺害には至らないものの、顔や体に大きな損傷を受ける酸攻撃の被害者なども少なくない。たとえば今年1月には、ジェシカ・ノターロさん(27)が元恋人の男に酸を浴びせられて顔を大きく損傷。

前:塩酸被害顔Gessica Notaro200

事件前のノターロさんと事件後

後:塩酸被害顔Gessica Notaro200

ノターロさんはミスユニバースのイタリア代表選で最終選考まで残り、歌手としても知られた存在。事件から2ヶ月後に敢えてテレビ出演をして、破壊された顔をテレビにさらし「私をこんな姿にしたのは断じてアモーレ(愛)などではない」と訴えて、視聴者の心を震撼させた。

女性の権利意識が高い欧州の中で、イタリアはどちらかというと後進地域の一つであり続けている。そこには保守傾向が強いバチカンを抱えた特殊な事情等がある。だがそのイタリアに於いてさえ、「愛にかこつけた女性への暴力」の愚劣を根絶しよう、という動きが遅まきながら高まっている。


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