2017年09月

あるいは政治家メルケルの強さの秘密みたいなもの、について




切り取り無題
右顧左眄するメルケルさんの目動き?


ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、見方によっては変わり身の速い右顧左眄
(うこさべん)型の策士である。

分かりやすい例を挙げると、彼女は2015年、100万人近い難民・移民を一気に、無条件に受け入れて世界を感動させた

ところがそのことに批判が集まると、首相はすぐさま方針転換に走った。

トルコを説得してEUに流入した難民・移民の送還受け入れを承諾させ、難民認定のハードルも引き上げた。

またシリアとイラク以外の国からの難民申請は認めないとし、シリア・イラク難民の滞在許可も3年ごとに見直す、とするなどの強硬措置を取った。

同時に国境閉鎖を行う欧州の国々を支持し、ドイツ自身の国境も一時閉鎖した上で、犯罪を犯した難民申請者の強制送還を容易にするなどした。

そうした不寛容な政策で彼女は批判されたが、実はそれはプラグラマティズム(実学主義)とも称される政治手法に過ぎない。独首相は現実主義者なのである。

メルケル首相は、米トランプ大統領の政策に正面切って異を唱えるなど、民主主義と自由と欧州の価値観を死守する「理想主義」と共に、現実主義も採用する。

3期12年にわたってドイツ首相を務めたメルケル氏は同時に、EU(欧州連合)最強のリーダーでもあり続けてきた。

メルケル首相は理想と没理想を巧みに組み合わせて「安定」を演出し、国民の信頼とEU、ひいては国際世論の強い支持も受け続けたのだ。

24日に実施されたドイツ連邦議会選挙で、メルケル首相率いる中道右派のキリスト教民主・社会同盟は、第一党にはなったものの戦後(1949年以来)最低の得票率に留まった。

彼女が戦った選挙の中でももちろん最悪の結果になったのだが、メルケル氏は勝利宣言とも敗北宣言とも取れるあいまいな結果報告の演説の中で、目覚しい言葉を放った。

僕の見立てではその発言は、いわば政治家アンゲラ・メルケルのツボあるいはヘソとも目されるべき重要なものである。

メルケル首相は、自らが率いるCDU・CSU同盟支持者のうちの約100万票が、極右の「ドイツのための選択肢(AfD)」に流れたことを認めた上で、次のように発言した。

「私は今後、“ドイツのための選択肢”に投票した人たちが抱える問題を解決し、彼らの不安を取り除き、より良い政策を実行して必ず彼らの信頼を取り戻します」と。

彼女は極右政党支持に回った人々を非難したり、否定したり、嘆いたリするのではなく、彼らの不満に耳を傾け、彼らに寄り添って、再び彼らの信頼と支持を獲得する、と明言したのである。

僕はそうしたメルケル氏の謙虚な態度と、(元)支持者への思いやりと、決意に満ちた意表を突くレトリックの中に、彼女の政治家としての類まれな資質を見る思いがする。

理想と現実を巧みに操る能力と、支持者の心をつかむ絶妙な言い回しに長けたところが、政治家アンゲラ・メルケルの正体ではないかとさえ考える。

それはたとえば安倍首相が都議会選挙の応援演説の際、反対派の聴衆を指して「こんな人たちには負けられない」と侮辱して、醜態をさらけ出したのとは対極にある大人の対応だ。

同じように米トランプ大統領が、批判者を名指しで罵る野蛮傲慢な言動ともほど遠い、知性と教養にあふれた熟練の振る舞いだ。

今回の総選挙で「敗北気味の勝利」を得ただけのメルケル首相は、求心力の低下を懸念され、「メルケル政権の終わりの始まり」ではないか、と疑問視する意見さえある。

だが僕は、希望的観測も含めてだが、メルケル首相の「変わり身の速さ」と政局を巧みに操る豪腕に期待して、ダメもとで彼女の再三再四の飛翔を予言してみたくなった。




メルケルの勝利?それとも極右の栄光?



切り取り無題
メルケル首相の目の不安?断固たる意志?


9月24日に投開票が行われたドイツ連邦議会選挙では、全709議席のうち、メルケル首相率いる中道右派のキリスト教民主・社会同盟が246議席を獲得して第1党の座を確保した。

最近ほぼ100万人にも上る難民移民を受け入れたメルケル首相は、激しい非難を浴びて一時期支持率が大幅に低下。4選は不可能ではないか、というところまで追い込まれた。その後支持率は回復し、総選挙での勝利が確実視されていた。

しかし、今回は選挙前の309議席から246議席へと大幅に後退しての勝利であり、連立政権の樹立が難航しそうなほどに彼女の求心力は低下した。代わって大きな勝ちを収めたのは極右政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」である。

「ドイツのための選択肢(AfD)」はメルケル首相が進めてきた難民・移民政策への反発を糧に成長してきた。強硬な反移民政策を掲げ、特に反イスラム色が強い。モスクの尖塔・ミナレットを破壊するとまで公言し、イスラム教はドイツ文化の敵と主張する。

要するに米国のトランプ主義やフランスの極右国民戦線、オランダの自由党、またここイタリアの北部同盟などと同じ、排外主義を旗印に不寛容と差別とヘイトに凝り固まった、あるいは凝り固まる可能性を秘めた危険な集団である。

それらの極右勢力は、アメリカのトランプ大統領誕生をきっかけに大きく台頭し、第2次大戦前のナチスドイツやイタリアファシズム、また日本軍国主義などに匹敵する悪となって世界を席巻するのではないか、とさえ懸念された。

しかし、昨年末のオーストリア大統領選で、極右候補が敗れたのに続いて今年3月、オランダ総選挙でも極右の自由党が敗退した。また4月-5月に行われたフランス大統領選でも極右のルペン候補が退けられ、極右ポピュリズムの大波は実はトランプ大統領誕生をピークに萎縮し始めたのだと僕は考えた

極右の減退傾向は、反トランプ主義の旗手とも呼べるメルケル首相が、ドイツの総選挙で勝利することによって決定的になり、極端な場合は第2次大戦前の世相が復活するかもしれないという危険は、世界から徐々に消え去るものと見えた。そしてドイツのメルケル首相は予定通り4選を果たした。

ところが今回のメルケル氏の勝利は、辛勝と形容しても良いほろ苦い勝ちに過ぎず、選挙の真の勝者は日陰者であるはずの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」だったのである。同党は 議席獲得に必要な最低得票率の5%を軽く突破したばかりではなく、94議席も獲得して一気に第3党に躍り出た。

ドイツ総選挙の驚きの結果は、トランプ米大統領誕生ほどのインパクトはもたらさなかったものの、下火になるかと見えた排外差別不寛容主義勢力が無視できない力を維持し、それは今後の風向きによっては大きく燃え上がる可能性を秘めている、という厳然たる事実を示している。

そうした動きは、あたかも北朝鮮と米国の交戦を期待してでもいるような安倍首相の「北へは圧力あるのみ」発言や、「北朝鮮を完全破壊する」と叫ぶトランプ節などとも連動している。ここイタリアにおいては「北部同盟」が同じ主張をしているが、抗議政党の五つ星運動もポピュリズムを武器に政治を弄んでいる、という意味では同じ穴のムジナである。

世界政治は今後も波乱万丈のドタバタ劇を演じながら、一歩間違えば前述した「第2次大戦前のナチスやファシズムや軍国主義などの悪」がはびこる地獄の再来、という未来図があながち荒唐無稽とばかりは言えない闇をはらみつつ進んでいるようにも見える。





島々の死者たち



墓石群中ヒキ800pic
ひとつひとつの墓石は普通のそれの4~5倍の大きさがある


9月初めから半ばにかけて、ギリシャのクレタ島に滞在した。

借りたアパートからビーチに向かう途中に墓地があった。そこには大理石を用いた巨大な石棺型墓石が並んでいた。

墓石はどれもイタリアなどで見られる墓標の4~5倍の大きさがある。僕はそれを見たときすぐに日本の南の島々の異様に大きな墓を想った。

先年、母を亡くした折に僕は新聞に次のような内容の文章を寄稿した。

生者と死者と


死者は生者の邪魔をしてはならない。僕は故郷の島に帰ってそこかしこに存在する巨大な墓を見るたびに良くそう思う。これは決して死者を冒涜したりばち当たりな慢心から言うのではない。生者の生きるスペースもないような狭い島の土地に大きな墓地があってはならない。  

島々の墓地の在り方は昔ならいざ知らず、現代の状況では言語道断である。巨大墓の奇怪さは時代錯誤である。時代は変わっていく。時代が変わるとは生者が変わっていくことである。生者が変われば死者の在り方も変わるのが摂理である。

僕は死んだら広いスペースなどいらない。生きている僕の息子や孫や甥っ子や姪っ子たちが使えばいい。日当りの良い場所もいらない。片隅に小さく住まわしてもらえれば十分。われわれの親たちもきっとそう思っている。

僕は最近母を亡くした。灰となった母の亡き骸の残滓は墓地に眠っている。しかしそれは母ではない。母はかけがえのない祖霊となって僕の中にいるのである。霊魂が暗い墓の中にいると考えるのは死者への差別だ。母の御霊は墓にはいない。仏壇にもいない。

母の御霊は墓を飛び出し、現益施設に過ぎない仏壇も忌避し、母自身が生まれ育ちそして死んだ島さえも超越して、遍在する。

肉体を持たない母は完全に自由だ。自在な母は僕と共に、たとえば日本とイタリアの間に横たわる巨大空間さえも軽々と行き来しては笑っている。僕はそのことを実感することができる。

われわれが生きている限り御霊も生きている。そして自由に生きている御霊は間違っても生者の邪魔をしようとは考えていない。僕と共に生きている母もきっと生者に道を譲る。

母の教えを受けて、母と同じ気持ちを持つ僕も母と同じことをするであろう。僕は死者となったら生者に生きるスペースを譲る。人の見栄と欺瞞に過ぎない巨大墓などいらない。僕は生者の心の中だけで生きたいのである。


日本の南の島々の墓が巨大なのは、家族のみならず一族が共同で運営するからである。生者は供養を口実に大きな墓の敷地に集まって遊宴し、親睦を深める。

そこは死者と生者の距離が近い「この世とあの世が混在する共同体」である。生者たちは死者をダシにして交歓し親しみあうのだ。古き良き島々の伝統である。

ところが、従前の使命が希薄になった現代の墓を作る際も、人々は虚栄に満ちた大きな墓を演出したがる。僕はそこに強い違和感を覚えるのである。

ギリシャ南端のクレタ島には、ギリシャの島々の街並みによくみられる白色のイメージが少ない。山の多い島の景色は乾いて赤茶けていて、むしろアフリカ的でさえある。

その中にあって、大理石を用いた石棺型墓石が並ぶ霊園は明るく、強い陽ざしをあびて全体がほぼ白一色に統一されている。

大きな墓石のひとつひとつは、島の遅い夏の、しかし肌を突き刺すような陽光を反射してさらに純白にかがやいている。

死の暗黒を必死に拒絶しているような異様な白さ、とでも形容したいところだが、実はそこにはそんな重い空気は一切漂っていない。

墓地はあっけらかんとして清廉、ひたすら軽く、埋葬地を抱いて広がる集落の向こうの、エーゲ海のように心はずむ光景にさえ見えた。

ギリシャと日本の南の島々の巨大墓には、死者への過剰な思い入れと生者の虚栄心が込められている。そして死者への思い入れも生者の精神作用に他ならないことを考えれば、巨大墓はつまるところ「生者のための」施設なのである。

あらゆる葬送の儀式は死者のためにあるのではない。それは残された遺族をはじめとする生者のためにあるのだ。死者は自らの墓がいかなるものかを知らないし、知るよすがもない。

墓も、葬儀も、また供養の行事も、死者をしのぶ口実で生者(遺族)が集い、お互いの絆を確かめ、親睦を図るための施設であり儀式である。従って生者同士がいがみあえば、法要を含むあらゆる宗教儀式はそこで消えてなくなる。誰も墓に行かず仏壇に祈ることもない。

死者たちはそうやって生者のわれわれに生きる道筋を示唆する。死者は生者の中で生きている。巨大墓地などを作って死者をたぶらかし、暗闇の中に閉じ込めてはならない。通常墓や仏壇でさえ死者を縛り貶める「生者の都合」の所産なのだ。

死者は生者と共に自由に生きるべきだ。それどころか生者の限界を超えてさらに自由な存在となって空を飛び、世界を巡り、「死者の生」を生きるべきなのである。僕の中の、僕の母のように・・



僕の古ぼけたドキュメンタリーが再公開される訳~エピローグ


「のりこの場合」の上映会は無事終わった。

雨の中を160席収容の劇場に100人前後(後日談、118人だったらしい)が集まったので、小さな村でのイベントとしては、ま、結構な成功の部類だろう。

エンドタイトルの途中で突然に上映が終わる、といういかにも田舎の劇場らしいハプニングがあったものの、観客の多くは30年も前のドキュメンターを楽しんでくれたようなので安心した。

ほとんど忘れていた自らの作品を、イタリア語バージョンにするために、あらためて何度も見直して多くのことを思い出し、たくさんの発見をした。

もっとも大きな発見は、ドキュメンタリーのテーマ「日本におけるジェンダーギャップおよび女性の地位問題」が、30年後の今もしっかりと生きているということだった。

この先、このことに少しこだわってみようと思う。




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