2017年11月

追記:NHK「国際報道2017」にひそむアナクロニズム 



増井&花澤Ⅱ800pic
「国際報道2017」衛星放送JSTVの画面より


ブログの面白さのひとつは読者の反応が速いことである。また読者とすばやくやり取りできる利点もある。

読者とのやり取りはメールが多い。つまりそこでの読者とは、昔からの友人知人がほとんどである。電話で話すこともある。

最近はFacebookの個人メッセージ欄でやり取りをするケースも生まれた。それは誰もが読む公のコメント欄とは違い、真剣で長い内容になるのがほとんどだ。

ブログ更新はFacebookで自動告知しているが、記事によっては個別の読者にメールで「一読を願いたい」と知らせることもある。

公のコメント欄の指摘も興味深いが、個別にやり取りをする時の批判や指摘や叱責、また極くたまにいただくお褒めの言葉などは、示唆深く励みにもなる。

ブログはもはやオワコン、古い表現形式、という声がある。そうなのかもしれないが、読んでくれる読者がいる限り続けるつもりでいる。

ブログ書きは進歩か退歩か知らず、また写真などのより良い使い方も分からないながら、読者とインタラアクティブな関係でいられることは得がたい喜びと感じる。

閑話休題

この直前の記事“NHK「国際報道2017」にひそむアナクロニズム”に関しても何人かの読者からメールで感想をいただいた。

彼らは記事の告示をしたFacebookの友達ではなく、また今回はメールによる個別の連絡もしていないので、自発的に記事を読んでくれた方々である。

それらの皆さんの了解を得たうえで、いくつかの疑問や反論に応え、また僕の注釈や「言い訳」もはさみつつ追記を書くことにした。

Q.増井渚キャスターを少し褒めすぎていませんか?

A.
そのつもりはありません。「物知りの兄」花澤キャスターに教えを乞う時の、無垢だが頭が空っぽという雰囲気のシーン以外は彼女は、少なくとも普通の、情報通の、ジャーナリストに見えます。それはNHKが出来が良い、と判断したレベルのジャーナリストという意味です。つまり相当に優秀な人材ということです。

NHKが、報道系の看板番組の一つである「国際報道2017」のサブキャスターとして採用した、外部スタッフが無能とは考えにくい。そのことを証明するように増井キャスターの「無垢だが頭が空っぽ」の役回りと、それ以外の役回りの間には大きなギャップがあります。そのことを指摘するために彼女を有能、能力が高いと形容しました。

申し上げるまでもないことですが、私は増井渚キャスターを個人的には知りません。従って彼女がいかなる能力を持つ人物かを知る由もありません。私は番組を見続ける中で、彼女が「仕事のできる」有能な人のようだとの印象を持ったのです。もちろん私の「印象」はあくまでも「印象」に過ぎないのですから、間違っている可能性は十分にあると思います。


Q.女性差別的というなら、当の増井キャスターさんが声を挙げたらどうでしょうか。

A.
フリーランスの彼女は弱い立場です。声を挙げたら職を失う可能性も高いでしょうから、与えられた立ち位置には中々逆らえないのではないでしょうか。私はNHK所属の女性スタッフたち、つまり「NHKの正社員」はどうして女性差別的な設定に声を挙げ(て反対し)ないのか、と記事に書きました。

そこでは番組の出演者の一人でもある岩田明子解説委員や、元ワシントン支局長で昨年の同番組のメインキャスターでもあった田中淳子氏などを念頭においていました。NHKの多くの女性幹部の中でも直接に同番組に関わっている彼女たちが、声を挙げて内容の歪みを指摘すれば、権力者の男性らも無視できないと思うのです。

でも2017年11月30日(木)現在、番組の内容に変化はありませんから、誰も声を挙げていないと推測されます。それはなぜなのでしょう。まさか両氏ほかの女性スタッフが、女性差別的な内容に気づかないはずはないと思うのですが。


Q.「国際報道2017」はNGで、「これでわかった!世界のいま」 はOK、というのはダブルスタンダードではないでしょうか。

A.
番組のコンセプトが違います。「これでわかった!世界のいま」は専門家のNHK記者が、何も知らない女性タレントに教室で講義をし啓蒙する、という形式です。つまり女性タレントは無知な生徒、と端から決められて話が進められます。むしろ彼女はバカ(無知)でなくてはならないのです。また生徒は女性ばかりではなく男性もいます。

一方「国際報道2017」は、メインとサブという違いはあるものの、男性と女性のキャスターは同列の設定です。それでいながら、男性は全知で女性は無知、という立ち位置を取るコーナーがある。それは差別です。もしも作り手がそのことに気づいていないのなら、それは意識した差別よりもさらに性質が悪い。「無自覚の差別」ほど深刻な差別はありません。



拙記事“NHK「国際報道2017」にひそむアナクロニズム”に感想を寄せてくれた皆さんの文面や、読者全体の漠然とした反応また雰囲気からにおってくるのは、番組内容の一部を女性差別、とまで決めつけるのは行き過ぎではないか、という不満である。

そのことに気づいて以来僕は、番組制作者もNHKの女性幹部も、そしてあるいは増井渚キャスター自身でさえも、僕の記事の読者と同じように「設定を女性差別的とは感じていない」のが現実なのではないか、とも考えたりしている。

その状況は、たとえばイスラム教徒の女性が、ヒジャブの着用を義務付ける宗教や社会に強制されて、外出時には必ずスカーフを用いながら「私は自由意志でスカーフを身に着けている」と主張するのに似ている。

その女性がスカーフを巻いているのは自由意志によるものではない。もしもそれが自由意志というのであれば、彼女には「スカーフを身に着けない自由」もなければならない。着る自由はあるが脱ぐ(身に着けない)自由はない、というのは真の自由ではない。

女性がこと更に「自由意志でスカーフを着用している」と言い張るのは、彼女がそこにある抑圧と差別に気づいていないか、気づかない振りをしているのである。そして二つの状況のうちでより深刻なのは、当事者が「気づいていない」場合だ。

無自覚の差別がなぜより深刻かというと、被差別者が差別されていると気づかない場合、差別している側はもっとさらに差別の実態に気づいていない可能性が高いからだ。そういう社会では、被差別者がある日差別に気づいて「差別をしないでくれ」と叫んでも、是正は遅々として進まない。差別をする側には「差別が存在しない」からだ。

一方、差別をする側が「差別の存在に気づいている」場合は、被差別者が差別をするなと声を挙げ闘い続ければ、たとえ差別をする側のさらなる抑圧や強権支配があったとしても、いつかその差別が是正される可能性がある。とにもかくにも「差別が存在する」と誰もが認めているのだから。

男女格差の問題では日本は、イスラム女性のヒジャブのあり様ほどではないにしろ、依然として女性にとって厳しい状況が続いている。「世界経済フォーラム」が毎年発表する「ジェンダーギャップ指数」の2017年版では、日本の順位は144か国中の114位。過去最低だった2016年の111位からさらに悪化した。

ジェンダーギャップ問題を解消するのは、単に女性の地位を上げて差別をなくすことではない。また単に男性の意識を変えることでもない。それによって日本という国家がさらに進歩し開かれ、多様性と寛容に満ちた社会に生まれ変わるための、多くの筋道のうちの一つに過ぎないのである。












NHK「国際報道2017」にひそむアナクロニズム


オープニング3人立ち800pic
一日に2度放送される衛星放送JSTVの画面より


僕はNHKのファンである。のみならず、仕事でもNHKには大いにお世話になった。それなのでNHKへの批判はあまり本意ではない。しかし、小言をいうのも支持者の義務の一環、とも考えるのであえて書くことにした。

現在は「国際報道2017」となっているNHKの国際ニュース番組は、2014年に「国際報道2014」として始まり年毎に数値を変えて今に至った。

2014年に始まった番組を僕は、BBCやCNNと並列する形でずっと見ている。情報確認とともに、少し大げさに言えば「日本の視点」の検証、というつもりもある。むろん他の報道番組も同じではあるけれど。

「国際報道2017」はNHKらしく中身の濃い良くできた番組である。取材力や情報収集力またそれを活かす番組構成力など、など、どれをとっても民放など足元にも及ばないレベルだ。世界のトップ放送局の報道番組と比較してもほとんど遜色はないと思う。

今年に入ってから同番組はさらに雰囲気が良くなった。それは主に花澤雄一郎キャスターの、優秀だが少しも気取らない人柄によるものである。同時に番組設定に少しの違和感ももたらした。サブの 増井渚キャスターの立ち位置があまり良くないと感じるのである。

メインの花澤キャスターとやり取りをする時の増井キャスターの役割が多くの場合、いわば「かわいい無知な妹」的なのである。あるいは「男性に教えを請う無知なかわいい女性一般」を象徴的に示すような役回りなのである。

彼女は特に国際情勢については「ほとんど何も知らず、逆に何でも知っている花澤キャスターに教えを請う」という設定。それはよく気をつけて見るとひどく危なっかしい構図だ。他のジャンルならともかく、シリアスな報道番組には適さないように思う。

NHKのもう一つの情報・報道番組に「これでわかった!世界のいま」というのがある。欧州では日曜夜にオンエアされる。そこでは国際情勢について講義をするNHK記者に、生徒であるおバカな女性タレントがからむ。「国際報道2017」の一部の設定に重なる。

だが「これでわかった!世界のいま」の場合は、天然ボケの明るい女性が面白おかしく記者にからむバラエティー的番組であり、そ知らぬ振りで女性を貶めているとも見られかねない構成ではない。また生徒は女性ばかりではなく男性も加わる。

そこでは「何でも知っている記者」が「おバカな女性」にからまれてたじたじとなり、彼自身が「おバカ」に見られるような仕掛けなどもあって楽しい。「おバカな女性」は実はバカではない、ということが良く分かるのである。

「国際報道2017」の一部の設定の、男はなんでも知っていて何も知らない女性が男から教わる、という構成は手ひどい女性差別にほかならない。それは日本のみならず、世界の全ての地域で実践されてきた「伝統」である。だがもはやそれは許されない。

そうした女性差別は、例によって欧米が先導して無くしつつある。女性たちが立ち上がって差別に敢然と挑んだからだ。差別をする側の男たちは、差別される側の女性たちの声によって差別に気づいた。そして変わろうと決めて、今この時も変わりつつある。

それはいわば世界の常識である。それに気づかないのか、あるいは気づかない振りをしているのか、NHKが少し心もとない設定の番組を作り上げているのは不思議だ。ジェンダーギャップに神経質な世界の人々が見たら糾弾されないとも限らない。

一般論として、女性を見下した構成の番組は言うまでもなくNGだが、「国際報道2017」の場合には個別の状況も少々心細い。それというのも、「無知な女性」の役割を負わされているサブの 増井渚 キャスターが、明らかに有能な女性であることが見て取れるからだ。また有能でなければNHKが採用するはずもない。

彼女は世界の動向についていわば全知の兄、花澤キャスターに「教えを請うおバカな妹役」をそつなくこなす時以外は、きりっと襟を正して、彼女自身が有能なキャスターであることの一端を披瀝してニュースを読み、伝える。それが彼女の真の姿らしいと分かる。

増井キャスターの有能を示すと見えるもう一つの要因がある。松岡忠幸キャスターが、「せかトレ」(この命名はもう少しなんとかならないもだろうか)のコーナーなどで、アドリブ的に彼女にコメントを求めるとき、増井キャスターは自然体でさらりと思うところを述べる。

それは彼女の咄嗟の思いつきの短い感想に過ぎず、また深みがあるというような内容のコメントでもないのだが、「知ったかぶり」をせず、また「ひるむ」こともない彼女の自然な反応が印象的だ。そこでも彼女の能力の高さが見えるように思う。

NHKはかつて定時の報道番組などで、男女の出演者が冒頭で挨拶をするときに、「微妙に」女性の声を遅らせる「姑息で激しい男尊女卑」の仕組みを取り入れていた。

現在の7時のニュースやニュースウオッチ9などでは、男女のアナウンサーが同時に挨拶したり、さらに進んだケースでは女性キャスターが男性キャスターの前に挨拶したり、の作り方をしている。

世界の「男女平等のトレンド」に逆らう編成への指弾や不満もあったのだろうが、NHKは意識して差別をなくす努力をしていると思う。そんな時代に「国際報道2017」が、過去の遺物であるはずの「かわいいおバカな女性と物知りの男」の設定を堂々と展開しているのは、返す返すも不思議だ。

聞くところによると、増井渚キャスターはフリーランスの人らしい。ならばもしかすると、彼女が「NHK所属ではない」フラーランスのスタッフ、という事実が無意識のうちにNHK側の少しの見下しの心となってあらわれて、番組構成に影響しているのだろうか。もしもその推測が当たっているならば、二重に罪深い仕業と言わざるを得ない。

奇怪な情景のうちの救いは、「全知全能」の役割の花澤キャスターが、「おバカな妹」を決して上から目線で見ないことだ。驕りのひとかけらも感じられない誠実な口ぶりで、彼は増井キャスターに応答する。

それは見ていて快いものだが、彼は同時に「時代遅れの設定」を居心地悪く思っている様子でもない。世界各地を取材する気鋭の記者なのに「なぜだろう」と首を傾げたり、また、被差別者という意味では当事者とも言えるNHK所属の女性スタッフたちは、どうして率先して番組のいびつを怒る声を上げないのか、といぶかったりするのは僕だけだろうか・・。

女性差別を無くすことの重大な意義の一つは、「男が変わること」である。男が変わることで不公平が是正され、偏見がなくなり、より進化した社会が出現する。世界は今その途中にある。

だが完全な男女平等はまだずっと先の理想郷である。反「男尊女卑」運動のメッカとも呼べる英BBCにおいてさえ、つい先日、有能・有名な女性キャスターなどが「男よりも低賃金の給与差別を受けていた」事実が暴露されるなど、女性差別の根は深く広い。

ましてや「日本においてや」という状況の日本の、メディアのロールモデルともなるべきNHKは、やはりもう少しそうした問題に敏感であってほしい、とどこまでもNHKファンの僕は思わずにはいられないのである。




「出過ぎた杭」ベルルスコーニを打つ鉄槌はあるか



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中道右派連合の各党首、ベルルスコーニ、サルヴィーニ、メローニ


2017年11月5日、ベルルスコーニ元首相率いる「フォルツァイタリア」党が、イタリア・シチリア州知事選を極右の「北部同盟」また「イタリアの同胞」党との連携で制して、もはやオワコンと見られていた81歳の元首相が復活回帰しそうな勢いを見せている。

1994年以来、4期9年余に渡って政権を担った元首相は、2011年にイタリア財務危機の責任を負って政権の座を追われ、2013年には脱税の罪で有罪判決を受けて議員資格停止。2019年までの6年間公職に就くことも禁止された。

心臓病や離婚などの個人的わずらい、少女買春ほか多くの罪状容疑での裁判沙汰など、あまたの醜聞にまみれた同氏は、徐々に政治の表舞台から消えていくと見えた時期もある。ところがどっこい生きていた。

国民の間に依然として根強い人気があり且つ政局のゴタゴタにも顔は出すものの、政策や有事・大局の第一線で権力を振るうことは最早あり得ないと考えられていた元首相は、前述のシチリア州知事選挙を境に息を吹き返した感がある。

人口500万人余りのシチリア島は、慢性的な経済不振にあえいでいる。それは景気低迷、財政赤字、高い失業率などに始まるイタリア全国の問題がそのまま詰まっている、と言っても構わない現状である。島嶼州シチリアの州知事選は、早ければ来年3月に行われるイタリア総選挙の試金石と見られていた。

ベルルスコーニ元首相が主導する中道右派連合は、得票率39.8%でトップ。ポピュリズム政党の五つ星運動が34,7%で続いた。五つ星運動は相変わらずの強さを見せたが、支持率は頭打ちの格好。分裂また衰退の基調が著しい政権与党・民主党は、得票率19、7%に留まり、危機的な状況にあることが改めて浮き彫りになった。

元首相は「欧州人権裁判所」に公職失格処分の見直しを求めて提訴しており、裁判所は11月22日に審理を開始した。判決が総選挙前に出され且つ彼の訴えが認められれば、元首相は選挙に立候補する計画。また判決が間に合わず立候補できなくても、総選挙を戦って政権奪取を図り、その黒幕に納まる腹積もり、というのが大方の見解である。

元首相の悪運の強さを示す事態が州知事選勝利とほぼ同時に起こった。ミラノ高裁が「月々140万ユーロ(約1億8千万円)の離婚慰謝料は過剰すぎる」と元首相が訴えた、離婚訴訟を巡る彼の主張を認めて、離婚慰謝料の支払い停止を宣告。そればかりではなく、元妻のヴェロニカさんは、2014年3月から支払われてきた6千万ユーロ(約80億円)をベルルスコーニさんに返還するように、と言い渡したのだ。

そのように最近のベルルスコーニさんはついている。50歳も年下の恋人との関係も上々だ。勢いを駆って、再びイタリアの政局のみならず政策も大局も支配しよう、と蠢(うごめ)きだしたようだ。いや蠢くという小さな目立たない動きではない。鳴動を開始した、というほうが正確かもしれない騒々し動きなのだ。

そんな折に、少し不思議に見えるでき事があった。北イタリアのトリノ地検が11月24日、ベルルスコーニ元首相が未成年者買春容疑で起訴された際、彼に不利な証言をする可能性のある証人を買収した、として突然トリノ地裁に告訴したのである。

元首相は同じ未成年者買春にまつわる様々の容疑で、これまでにイタリア各地の6裁判所に起訴されている。トリノ検察の告発は同じ事案の7つ目の訴えということになる。醜聞まみれの元首相は、ほかにも多くの告発を受けている。トリノ検察の動きもそうした流れの一環ということになる。

しかし、どうもタイミングが怪しい。あるいはタイミングが良すぎる。僕はベルルスコーニ元首相の復活を強い違和感や不安とともに見ている者の1人である。それにも関わらず絶妙のタイミングで成された告訴は、あるいは「出過ぎるほどに出た巨大な杭」ベルルスコーニ元首相を撃とうとする槌、という気がしないでもないのだ。

元首相とイタリア司法は犬猿の仲である。ベルルスコーニさんは、イタリア司法は左派に支配されていて保守派の自分を目の敵にしている、と事あるごとに非難するような人でもある。時の権力や世論に左右されない司法というものは存在しない。従って元首相の主張は完璧な言いがかり、とばかりは断定できない。

同時に4期9年余に渡って権力者であった時代も、またその後も、司法に目をつけられ続けたベルルスコーニさんも奇怪な存在だ。司法はもしかすると政治的な忖度など全くしないで、純粋に元首相を「悪い奴」と見做してきたのではないか、と揶揄したくもなる。

そうは言うものの僕は、トリノ検察の動きを胡散臭いという思いで眺めている。ベルルスコーニ元首相の肩を持つ気など毛頭ない。それどころか僕は、前述の如くむしろ元首相の批判者である。それでも腑に落ちないものは腑に落ちない。

元首相は総選挙に向けてEU重視のポーズを取ってはいるものの、それはあくまでも見せかけである。彼はEU懐疑派の極右と手を組むことにより、イタリアにおけるトランプ主義の再びの台頭を容認しようとしている。それはとても不快なことだが、司法がいわれなく彼を貶めようとしているのならば、それもまた許しがたいことだと思うのである。


「マフィアの梟雄」トト・リイナの死が意味するもの



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トト・リイナの秘密 by Kenjiandrea nakasone



リイナ死す、の報にゆれるイタリア

2017年17日未明、イタリア・マフィアの首魁トト・リイナが獄死した。87歳だった。

猛獣、ボスの中のボス、死刑執行人、大ボス、チビの殺し屋(リイナは小男だった)、などのあだ名で呼ばれて恐れられ憎まれたリイナの死は、イタリア中にあらためて衝撃波を送った。

彼の悪行の総括に始まり、巨大犯罪組織マフィアの行く末、リイナの後継者の有無、最後に彼が要求した受刑者の「尊厳死」への賛否両論、国家とマフィアの取引の有無如何、などなど、古くて新しい問題も含めた議論が活発に交わされているのだ。

台頭

リイナはライバルや目上の悪漢や仲間を容赦なく倒して、1970年代にシチリアマフィアの頂点に立った。その後も自らの力を磐石にするために、司法関係者や果てはタブーとされていた「女性や子供の殺害」さえもためらわずに決行した。

1981年に始まって3年間続いたマフィアの血の闘争、いわゆる「第2次マフィア戦争」では1000人余りの犠牲者が出たが、リイナはそのほぼ全ての殺害に関わったと目されている。また生涯では約150人の抹殺を彼自身が直接に指示したとも見られている。

リイナは女子供まで手にかけたり、殺害した遺体を硫酸で溶かして海に遺棄するなど、犯罪組織の攻撃手法のみならず、その意識もより非情残虐な方向へと改悪した、世紀の大凶漢だった。

憎まれ者

リイナの犯罪の被害者の一人は、彼の訃報を聞いてこう言った。「神が彼を許しますように。なぜなら私たちは彼を永遠に許さないから」。それはキリスト教の最大の教義の一つである「赦し」の心を解する善人が、リイナへの憎しみを消せない自らの苦しい胸のうちを語った、意義深い表現であるように思う。

またカトリック教会は、リイナの葬儀を取り行わないと正式に表明した。2015年、フランシスコ教皇がマフィアの構成員を全員破門にする、と決めたことを受けての動きである。これも極めて異例の処置。リイナの存在の奇怪を示して余りがある。

国家権力に挑む

リイナは国家権力にまで戦いを挑むことで、不気味な犯罪者としての地位を不動のものにしていった。彼は敵対する司法関係者を次々に血祭りに挙げたが、中でも人々を驚愕させたのが、反マフィアの旗手・ジョヴァンニ・ファルコーネ判事の殺害だった。

リイナに率いられたマフィアの男たちは1992年、パレルモの自動車道を高速で走行していたファルコーネ判事の車を、遠隔操作の爆破装置を使って破壊した。半トンもの爆薬が正確無比な操作によって炸裂し、判事の体は車ごと飛散した。

凶行を指揮したリィナはその夜、部下を集めてフランスから取り寄せたシャンパンで判事の死を祝った。リイナは当時、イタリア共和国そのものを相手にテロを繰り返して、「勝利を収めつつある」とさえ恐れられていた。

得意の絶頂にいた大ボスは、イタリア司法がマフィア捜査に手心を加えるなど、犯罪組織の要求を受け入れるならば、爆弾テロに始まる大量殺戮攻撃を停止してもいい、と国家に迫ったと言われている。

陰謀説

同時にファルコーネ判事の殺害には、国家権力そのものが関わったとの見方もある。つまり当時のイタリア共和国首相ジュリオ・アンドレオッティが、保身のためにシチリア人の判事の謀殺を指示した、という説である。

ファルコーネ判事殺害のちょうど1ヶ月前、1992年4月24日、3回7期に渡ってイタリア首相を務めたジュリオ・アンドレオッティの最後の内閣が倒れた。アンドレオッティ首相自身と側近が、マフィアとの癒着や汚職疑惑を糾弾されて、政権が立ち行かなくなったのである。

アンドレオッティ首相は権力の座から引きずり降ろされた後は、いかにイタリア政界を圧する実力者とはいえ、彼の政治的な影響力が低下して、司法や政界からの反撃が強まるであろうことが予想された。
 
そこで彼は将来の禍根を除こうとして、マフィアの大ボス、トト・リイナと謀って、マフィア捜査の強力なリーダーであり、反マフィア運動のシンボル的存在でもあった、ジョヴァンニ・ファルコーネ判事を爆殺したというのである。

リイナの驕り

ジュリオ・アンドレオッティ元首相は、マフィアとの癒着が強かったことで知られている。彼はボスのリイナと親しく抱擁する姿を目撃されたり、リイナが逃亡潜伏中も彼と接触し便宜を図ったことなどが明らかになっている

2017年現在も執拗にささやかれる元首相とマフィアの癒着疑惑は、僕などの目には調べるほどに真実味を帯びていくようにも写る。しかし、25年前のもう一つの事件は、その逆の真実を語るようにもまた見えてしまうのである。

ファルコーネ判事の暗殺から2ヵ月後の1992年7月19日、判事の同僚で親友のパオロ・ボルセリーノ判事が惨殺された。判事の動きを正確に察知していたマフィアが、道路脇の車中に仕掛けた爆弾を炸裂させて、彼を中空に吹き飛ばしたのである。
 
その事件もアンドレオッティとリイナの共謀によるもの、という見方はもちろんできる。が、僕の目にはファルコーネ判事殺害の成功に気をよくしたリイナが、いわば図に乗って強行した犯罪のように見えて仕方がない。彼は「やり過ぎた」と思うのである。

司法の反撃

その頃のリイナは2人の判事を爆殺して自慢 の極みにいた。が、実はそこが彼の転落の始まりだった。ファルコーネ、ボルセリーノ両判事の殺害は民衆の強い怒りを呼んだのだ。イタリア中に反マフィアの空気がみなぎった。その世論に押される形で司法は犯罪組織への反撃を開始した。

翌1993年1月、イタリア警察はほぼ四半世紀に渡って逃亡を繰り返していたリイナをついに捕縛した。するとリイナは獄中からマフィアを指揮してすぐに報復を開始した。 ローマ、ミラノ、フィレンツェの3都市に爆弾攻撃を仕掛けたのだ。

だがテロは長くは続かなかった。リイナの逮捕をきっかけにしたイタリア司法の激しい攻勢は止まず、官憲はマフィアの一斉検挙を行いつつ組織の幹部を次々に捕らえていった。当局はマフィアの壊滅を目指してひたすら突き進んだ 。

日本円で約180億円にのぼるリイナの個人資産が押収され、裁判所は彼に
26件の終身刑を科した。イタリアには死刑制度はなく、終身刑が最大刑罰である。つまりリイナは、もしもイタリアに死刑制度があったならば、飽くまでも象徴的な例えだが、26回も極刑を執行されなければならない猛悪凶徒だった。

不遜な引かれ者

リイナは逮捕から獄死までの24年間、不遜な態度を貫いた。謝罪はおろか反省や自白をほとんどしないまま司法への協力も拒み続けた。彼がたった一つ口を割ったのは、犯罪組織との関わりを認めたことだけだった。

死期が迫った今年2月、リイナは獄内に設置された盗聴器に気づかないまま、面会に来た妻との会話の中で「俺は絶対に司法に屈しない。謝罪も告白もしない。奴らが俺の刑期を30年から3000年に切り換えてもだ」という趣旨の発言をした。

リイナのその発言は、元反マフィア検事で現上院議長のピエトロ・グラッソ氏が昨年、もう一人の凶悪犯ベルナルド・プロヴェンツァーノの死に際して、「彼は多くの秘密を抱えたまま長い血糊の帯を引きずって墓場に行った」 という言葉を思い起こさせる。

グラッソ氏の言葉を借りれば、プロヴェンツァーノのさらに上にいたボスの中のボス・リイナは、彼だけが知る巨大な秘密のベールを身にまとったまま、プロヴェンツァーノが引きずって逝った長い血糊の帯をさらに圧する、いわば長大な血の川にまみれて死んでいった、とも言えるのではないか。

リイナの功績

極悪人のリイナは一つだけ良いことをした。すなわち彼は、司法への爆弾攻撃や大量殺戮などの派手な犯罪を犯すことで、それまで地下に潜んで見えにくかったマフィアとその悪行を、「良く見える存在」に変えた。

リイナは独特の手法によって組織内でのし上がっていったが、同時にそれはマフィアの衰退も呼び込む諸刃の剣でもあった。なぜならイタリア司法は、可視部分が増えて的が大きくなったマフィアを、執拗に追撃することができるようになったからだ。

25年前、反マフィアのシンボル・ファルコーネ判事を排除して、さらに力を誇示するかに見えたマフィアは、そこを頂点に実は確かに崩壊し始めた。2大ボスのリイナ、プロヴェンツァーノ以外の組織の大物も90年代以降次々に逮捕され、彼らの資産もあらかたが没収されてマフィアの弱体化が加速した。

それに伴って彼らによる大量虐殺はなくなり、殺人事件も減り、その他の凶悪犯罪も目に見えて減少している。司法の働きに加えて、故ファルコーネ判事に代表される反マフィア活動家たちの「マフィア殲滅」運動が、じわじわと効果をあげつつあるのだ。

イタリアがEU(欧州連合)に加盟している現実も、マフィアの衰勢に貢献していると考えられる。欧州の人々はイタリア人ほど「何事につけゆるい」思考法を持たない。例えばマフィアが得意のマネーロンダリングに手を染めたくても、緊密に連携し合っているEU内の銀行がこれを許さない、というような事態がそこかしこで起きているであろうことが、容易に想像できるのである。

ライバルか見せかけか

弱体化したマフィアは、イタリアの別の犯罪組織であるカモラやンドランゲッタに、「最強者」の地位を奪われているようにさえ見える。が、実態はまだ分からない。マフィアは地下に潜り、ライバルの2組織が「マフィアの黙認の元に」派手に動いているだけ、という可能性もある。

マフィアはより目立たないやり方で財界や政界に食い込みつつ、地下で組織を立て直し力を温存して再生を図っている、と考える司法関係者も多いのだ。犯罪集団の目論見が成功すれば、イタリアは元の木阿弥になって、マフィアのさらなる脅威にさらされる危険がある。

第二次マフィア戦争で排撃されたと言われるマフィアの一部が先鋭化し拡大して、La Stidda(ラ・スティッダ) という凶暴なグループを形成していることも、司法関係者の注意を引いている。マフィアの主流派と対立する彼らが暴走する可能性も高い、と考えられているのである。

後継者と未来図

リイナ亡き後のマフィア主流派を率いるのは、逃亡潜伏中のボス、マッテオ・メッシーナ・デナーロだというのが大方の見方である。しかし彼はリイナ逮捕時の1993年から地下に潜り続けている。そんな状況下では組織をまとめ経営するのは無理ではないか、という懐疑論もある。

だが昨年獄死したマフィアNO2のプロヴェンツァーノは、獄中のリイナに代わって逃亡先から犯罪組織を牛耳った。つまり1993年から2006年に逮捕されるまでの13年間、プロヴェンツァーノは地下からマフィアを動かしたのだ。メッシーナ・デナーロにその力量がないとは誰にも言えない。

マフィアはリイナの逮捕による組織の崩落開始から四半世紀が過ぎた今も、相変わらず隠然とした勢力を保っている。リイナの死によって時代の大きな節目がやっては来たが、その勢力が完全死滅することはあり得ない。順応力に優れているマフィアは、死滅するどころか、自らDNAを組み替えてあらたな組織に生まれ変わりつつある、と考えるほうがむしろ無難なのかもしれない。




イタリアなしのW杯はブラジルなしのW杯みたいにつまらない



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2006年W杯優勝時のイタリア この日にイタリアサッカーの没落が始まった


イタリア不出場はW杯の大損失

イタリアが2018年ロシアW杯への出場を逃した。60年振りのことだ。

「イタリアが出場しないW杯は、ブラジルが出ないW杯と同じくらいにがっかりだ」と言えば、イタリアファンの男のポジショントークだ、ナンセンスだ、と叩かれそうである。

攻撃的で面白いブラジルサッカーと、守備堅固だが退屈なイタリアサッカーとを同列に置くな、ふざけるな、と怒り出すサッカー通も多そうだ。

でも僕は本気で、「イタリアの欠場はブラジルの不参加と同程度のW杯の一大損失」だと思う。これを疑う人は、試しに「イタリアVSブラジル」の決勝戦を想像してみてほしい。

歴史的決戦は昔話に

その組み合わせは、ほぼ常にブラジルが有利と予想され、でも実戦では守り抜くイタリアが突然目覚ましいカウンターアタックを仕掛けて、全く予測不可能で、エクサイティングな試合展開になる可能性が高い。

それはまさに、華麗な攻撃が主体のブラジルと、カテナッチョ(かんぬき)とさえ呼ばれる堅固なイタリアの守備のせめぎあいが生み出す奥深い戦い。サッカーの醍醐味が詰まった組み合わせなのだ。

ブラジルは攻撃の集団だが守備も一流だ。一方守備堅牢のイタリアは、守り抜いてふいに反撃に転じる一流のアタック陣を持つ。そこにはバッジョがいてデルピエロがいてトッティがいる。

というのが、これまでのイタリアの強力なサッカーの魅力だった。堅い守備陣を上回るファンタジスタ(創造的攻撃者)が、ブラジルの華麗なアタックを凌ぐ襲撃で相手布陣を慌てさせるのである。

だがそんなイタリアはもはや過去の話だ。2017年現在のイタリアナショナルチームは、岩盤のように堅い守備陣を保持しながら、前述の、(現役を退いた)バッジョやデルピエロやトッティに代表されるファンタジスタを作り上げられずにいる。それがイタリアサッカーの凋落傾向の最大の原因だ。

没落開始と加速

今回イタリアがW杯出場権を逃したのは、イタリアサッカーの 傾廃 が底を突いた証である。それは起こるべくして起こったのだ。

イタリアサッカーの衰退は2006年のドイツW杯優勝時に始まった。そこにはイタリアが誇る超一流選手がごろごろいた。

すなわち、前述のデルピエロ、トッティのファンタジスタに加えて、技量抜群のもう一人のファンタジスタあるいはゲームメーカーのピルロがいて、トーニやネスタやカンナヴァーロなどもいた。

他の選手も皆「普通以上」の選手ばかりだった。イタリアサッカーはその後、
2010年、2014年のW杯で 衰勢 に「みがき」がかかり、今回ついにどん底に落ちたのである。

運命共同体のセリエA

イタリアサッカーあるいはイタリアナショナルチームの没落は、イタリアのプロサッカーリーグ「セリエA」の 挫折 と軌を一にしてきた。

「セリエA」は90年代から2000年初めにかけて欧州サッカーを席巻した。当時「セリエA」は世界のトップリーグの、さらにその上に位置するとさえ見られていた。

欧州のサッカーの頂点、つまり世界のサッカーの頂点にいたイタリア「セリエA」が、なぜ落魄 の一途をたどったかについては多くの分析考察がなされてきた。

凋落のいわれなき理由の数々

主に次のようなことなどが言われる。

イタリアが最後にW杯を制した2006年に同国を揺るがしたセリエAの大スキャンダル「八百長問題」。これによってファンのサッカー離れが進んだ。

八百長問題では、セリエAの雄ユベントスが優勝を取り消されてセリエBに降格。またミランなども勝ち点没収でチャンピオンズリーグの出場権をはく奪された。

それはクラブに大きな収入減をもたらし、各チームの財政難のきっかけになっていった。多くのスター選手がイタリアを見限って外国に移籍を始めたのもその頃である。

追い討ちをかけるようにスタジアムでの暴力沙汰が増えて、サポーターの足が遠のいた。そこには人種差別主義者らのヘイト言動が重なって事態が悪化した。

近年はイタリアに押し寄せる難民・移民への悪感情も人種差別意識を強め、セリエAに多く在籍する移民系の選手との間に溝ができた。それはサッカー界全体に暗い影を落として雰囲気がひたすら盛り下がっていった。

そうした原因のほかにも、イタリアサッカーの 頽廃 をもたらした現象が多々取りざたされてきた。

いわく、新スタジアムの建設などインフラ設備を後回しにし続けたためにプレー環境が悪化。

いわく、各クラブの資金不足が顕著になり、巨額マネーが動く国際競争の場で他国のライバに敗れ続けた。

またいわく、カテナッチョのしがらみ、つまり守備重視のプレースタイルからの脱却が遅れてライバル国に置き去りにされた、など、など。

排外主義は常にあやしい

その中でももっとも声高に言われるのが「外国人選手」の存在である。つまり、セリエAでプレーする外国人選手が多過ぎるために、イタリアサッカーがダメになったという主張だ。

外国人選手によってイタリア人選手が脇にやられ、試合に出場できないためにプレーの質が落ちた。特に若い選手がそのとばっちりを多く受けている、というのである。

だが、そんな主張はナンセンスだ。スペインにもイギリスにもフランスにも、欧州のどこのリーグにも外国人選手は多い。

そしてスペインもイギリスもフランスも、全て2018年ロシア・ワールドカップへの出場権を勝ち取った。サッカーの主要国の中ではイタリアだけが出場権を逃したのだ。

それは断じてイタリアリーグでプレーする外国人選手のせいではない。イタリアサッカー自体が弱いから出場できなくなったに過ぎない。

イタリアサッカー不振の真の理由

ならばイタリアサッカーが弱くなった真の原因は何か。それはひたすらに、一にも二にも、違いを演出できるファンタジスタが存在しないことである。

言葉を替えれば、新しいバッジョやデルピエロやトッティやピルロが育っていないことである。人材の多いイタリアサッカー界だ。それらしきプレーヤーは実はいたのだ。

それがカッサーノでありバロッテッリである。ところが才能豊かな2人は大成しないまま沈んだ。以後、イタリア人プレーヤーでカリスマ的な力を持つ選手は出ていない。

イタリアサッカーの零落の原因は前述したように数多くある。だが実はそれらの原因は、一人の優れたプレーヤーがいれば跡形もなく消える主張なのだ。

例えばポルトガルのロナウドやアルゼンチンのメッシ、あるいはブラジルのネイマールやウルグアイのスアレスがイタリアに存在するならば、イタリアサッカーはすぐにでも2006年時の強さを取り戻すと思う。

イタリアの底力は変わらずそこにある

サッカーは一人ではできない。11人のプレーヤーが必要だ。従って一人の選手によってイタリアサッカーが豹変すると考えるのはナンセンスだ、という声が聞こえてきそうだ。

ならば言おう。イタリアにはポルトガルやアルゼンチンやブラジルやウルグアイ、さらにはドイツにさえも匹敵する「10人の選手」は健在なのだ。

ディフェンスに限って言えば、イタリアはむしろそれらの強豪チームをさえ上回る布陣を持つ。また中盤も攻撃陣も世界のトップチームと互角の力量がある。

足りないのは、繰り返しになるが、優れた一人のファンタジスタだ。それさえ手に入れれば、巨大な裾野とサッカー人口の中から選ばれた優秀な「10人の選手」は、彼を活かして又彼に活かされて躍動するに違いないのだ。

早く出てきてくれ、新バッジョよ新デルピエロよ!!!








マフィアの正真正銘のボス・リイナ死す



警官に囲まれて600pic
早朝から繰り返しリイナの獄死を告げる伊メディア


ボスの中のボス、と呼ばれたマフィアの頭領トト・リイナが獄死した。87歳。

1000人以上の殺人事件に関連し、そのうち少なくとも150人の殺害を直接命令したとされる。

1993年に逮捕されたリイナは、26件もの終身刑を科されながら決して罪を認めず、獄中から巨大犯罪組織を指揮し続けていたと見られている。

トト・リイナの前にも、また彼が逮捕された後にも、マフィアの凶悪犯は数多くいた。だがリイナほどの冷酷さと残虐さで大規模殺人を計画、実行した者はいない。

彼はマフィア間のライバルや敵対する官憲の抹殺、という「伝統的」なマフィア・ビジネスを「女子供」にまで広げて容赦なく殺害する、という手法でのしあがった。

野獣と呼ばれたリイナは、イタリア共和国そのものにまで戦いを挑んだ。それを象徴的に示すのがシチリア島で起きたカパーチの悲劇

1992年5月23日、マフィアは自動車道を高速で走る「反マフィアの旗手」ジョヴァンニ・ファルコーネ判事の車を、遠隔操作の起爆装置を用いて正確に爆破、殺害した。

イタリア国家とマフィアが、食うか食われるかの激しい戦いを繰り返していた時期に起きたその事件は、マフィアがついに国家権力に勝ったのでもあるかのような衝撃をもたらした。

しかし、強い反マフィアの世論に後押しされたイタリア司法が反撃。翌年1993年には、24年間に渡って逃亡潜伏を繰り返していたリイナを逮捕した。

しかし、リイナは折れなかった。獄中でも傲岸な態度を貫き、反省や自白を一切しないままマフィアのトップに君臨し続けた。

彼の死は、昨年やはり獄死したベルナルド・プロベンツァーノに続いて、マフィアの一時代の終焉を告げるものだが、決して「マフィアの終わり」を物語ってはいない。

                                 
                                     この項つづく





安倍さんの政治の全てが悪いのではない。やり方に疑問があるのだ



イル・カゼッティーノPC画面絵を撮影


トランプ大統領のアジア歴訪が終わった。主に英語と日本語、時々イタリア語のメディアを追いかけながら、トランプさんの行き当たりばったりに見える外交が、計算づくなのかどうか考え続けたが、よく分からなかった。

トランプ懐疑派の自分としては、「行き当たりばったり」と決めつけたいところだが、北朝鮮との対話を諦めていないらしい点や商売上手な外交を見ていると、結構したたかなのかと思ったりもする。

トランプ大統領に先がけて娘のイヴァンカさんが日本を訪ねたニュースは、ここイタリアでも少しく報道された。僕が知る限りの欧州メディアも同じだった。

同時に僕はNHKほかの日本のテレビや、新聞やインターネット情報も眺めていた。日本でのメディアと国民のミーハーなフィーバー振りに、驚くよりも「またか・・」とうんざりした気分になったりもした。

安倍首相が、女性政策を議論する国際会議にイヴァンカさんと共に出ている絵も日本の報道で見知った。安倍さんの軽さと無教養と臆面の無さに今さらながらため息をついた。

イヴァンカさんは米大統領補佐官である。だから安倍さんが彼女を歓待するのは当たり前だ。女性の活躍と地位向上を目指す国際シンポジウムの場に、イヴァンカさんが顔を出すのも理にかなっている。

だがその会場の、イヴァンカさんが演説をする壇上の脇に座って、彼女を仰ぎ見ている首相は、トランプ大統領に阿諛する延長で、その娘に媚びているのが露骨に見えるようであまりいただけない、と思ってしまった。

トランプ大統領は異様な指導者である。彼が排外主義の強硬派であるからではない。彼が人類の叡智と呼んでも過言ではない「ポリティカルコレクトネス」を否定しているからである。

否定するのみではなく、それに鉄槌を振るう形で弱者やマイノリティーや特定の宗教等々を貶める言動を、公然と且つ声高に表明し続けているからである。

あまつさえ彼は、彼の言動は正直なものであり、正直な分ポリティカルコレクトネスの甘言に秘匿されている偽善を叩き潰している、という趣旨の物言いをさえする。

自らの中の差別思想や排外・ヘイト丸出しの心情をさておいて、「正直な物言いこそ真実」と叫び、他者への憎悪を披瀝して止まない者こそ偽善者である。

トランプさんを筆頭にするそれらの世界の排外・差別・へイト主義者らは、一歩間違えば世界をナチズムとファシズムと軍国主義が席巻した、過去の地獄に回帰させる危険さえ秘めている。

ポリティカルコレクトネスは、憎しみや偏見を即座に無くする魔法の杖では断じてない。それは憎しみや偏見や、そこから来る不寛容の精神を矯正する「きっかけ」になり得る、人類の知恵に過ぎないのだ。

従って、ポリティカルコレクトネスを神がかり的に押し売りする「ポリコレ棒」保持者もまた間違っている。何事も極端になれば他者を排撃する「~狂」の様相を帯び始める。それはトランプ主義者にも通底するコンセプトだ。

トランプ大統領の娘であり、大統領補佐官であり、実は「トランプ主義に懐疑的」であるらしいイヴァンカさんは、トランプ米政権の希望である可能性を秘めている。

従って彼女にアプローチをして、トランプ政権に揺さぶりをかけるのは益のあることだ。トランプ主義を憎み、トランプ大統領個人とも疎遠な独メルケル首相でさえ、今年4月の女性20サミットではイヴァンカさんを招待して議論を戦わせている。

安倍首相はトランプさんが大統領選に勝利したとき、世界の首脳に先駆けてトランプタワーに乗り込んで、彼を祝福し友好親善を推し進めた。

それは日本のトップとしては理解できる行為だ。なぜなら安倍さんはトランプさんが「何者であれ」米国大統領に当選したのだから、「日本の国益のために」彼に挨拶をしておこうとして動いたからだ。

世界の大半がトランプ勝利に眉をひそめている最中に、「何らの批判精神もなく」彼に取り入った安倍さんの行為は世界を驚かせた。そこには安倍さんならではの無恥と無知が如実に現れていた。

厚顔と無教養を、「政治的育ちの良さ」で無意識にオブラートに包んで、見えなくしてしまうのが安倍晋三さんの怖いところである。危険な彼の言動が危険ではないように映るのがその典型だ。

しかし、安倍さんは特定秘密保護法や安保法制に続いて、森友・加計問題でも横暴な国会運営をした。それは彼特有の無恥と無教養に基づく思い上がりの所産だったと言えなくもない。

そこに至って、彼を支持まではしないが批判もまたしない多くの「羊的国民」の声なき声も、さすがに安倍政権の尊大にいら立ちを感じ始めた。まさにその時、首相は突然衆院を解散した。

直後に小池百合子都知事の「希望の党“竜巻”」が発生して、明らかに政局を読み違えた安倍さんも今回ばかりはついに失脚かと見えた。途端に小池都知事が自爆「排除」発言。

安倍さんへの逆風がふいに順風に変わった「悪運の強さ」が、安倍さんの持って生まれた「運の強さ」である。あるいは「悪運の強さ」と並存する政治力の巧みさ、が彼の強運である。

彼がほんの少しの羞恥心と理想主義、また世界を動かす指導者に共通する教養を身につければ、あるいは日本の将来を希望に満ちた方向に進めることができるのかもしれない。

しかしイヴァンカさんを追いかけて訪日したトランプさんを、娘同様に持ち上げ追従するだけだった彼の動きには、残念ながらその兆候は見えなかったように思う。

日米の首脳は、北朝鮮問題を強い圧力で解決する、と十年一日のごとき陳腐な文言で語り確認しあった。が、例によって圧力が戦争を誘発するかもしれない「危険」には触れない無責任さだった。

その一方で安倍首相は、いつものように目先の利益追求に走るトランプさんが、アメリカの武器を買って貿易不均衡を解消しろ、と迫る商売外交にも唯々諾々と従った。

安倍さんのそうした「批判精神なき言動」は正視するにしのびないものであり、首相の意図するところは決して悪ばかりではないのに、僕はやはりどうしても彼の政権と政策には賛成できずにいるのである。




カタルーニャ独立問題は世界の日常茶飯事


群集ドローン600pic


カタルーニャ問題でドメスティックに驚くな

カタルーニャ独立問題を綴る英語伊語日本語のメディアをつらつら眺めていると、「多様性」というコンセプトが国内にほとんど存在しない日本の報道の異常ぶりが目立って感慨深い。

なぜ独立なのか、カタルーニャの人々の気持ちが理解できない、スペインの分裂なんてあり得ない等々、スペイン中央政権と日本人の多数派の思いをにじませた内容が多く、且つ混乱しているものも少なくないのだ。

日本人には分かりづらいかもしれないが、カタルーニャのような分離独立の動きは世界の常識であり日常茶飯の出来事である。

島国に閉塞して、国民国家というごく最近の仕組みがあたかも万年も続いているかのように錯覚している日本人のほうが、世界では異常であり非常識なのである。

無数の「地方自立国」と統一国民国家

今回独立を宣言したスペインのカタルーニャ州は、元々「スペインの」カタルーニャではなく、カタルーニャというネーションである。あるいはカタルーニャという「地方自立国」である。

その国が近代になって「統一国民国家」であるスペインに組み込まれた。組み込まれたのはカタルーニャだけではない。スペインの17の州及び50の県が正式に統一国家の一員になった。

それは分かりやすく言えば、幕藩体制の日本が明治維新によって「統一国民国家」となったいきさつと同じである。大きな違いは、スペインが内部に多様性を維持・温存したのに比べ、日本の全体がまたたく間に画一化していったことだ。

幕藩体制下では各藩を自国と信じていた人々が、西洋列強に追いつきたい明治政府の思惑に旨く誘導されて、天皇の臣民として「統一日本人オンリー」へと意識改革をさせられていった。

そうやって各々が個性的だった「地方自立国(藩あるいは領分、また家中)」は跡形もなくなり、日本国だけが実務的にも意識的にも存在する現在の世界の不思議、「普通ではない国・日本国と日本人」が誕生した。

文化・風習・言語などに多様性があった各藩や地方の「独自性」が忘れられて、統一「日本人」意識のみが一人歩きをしている国民国家。それが現在の日本国の、そして日本人の正体である。

沖縄でさえ独立を志向しない日本の不思議

明治政府によって琉球王国から沖縄県になった独自性の強い沖縄地方においてさえ、「日本人」意識が浸透し、一部のごくわずかな人々を除いて分離独立を思い描く者は存在しない。

かつての琉球王国の版図の一部である沖縄は、沖縄人自身の独自性への偏向志向よりも日本本土との同一化意識が強い、という世界の非常識の遍在、つまり人々の中の、まさに「日本人的意識の強さ」故にまぎれもなく日本なのである。

スペインの事情は違った。そこには多くの沖縄があり、しかも沖縄とは違って独自性を強調することに生きがいを見出す事実上の、あるいはメンタル上の
「自立国」が、「数え切れない」という形容を使いたくなるほど多く存在する。

それはヨーロッパのあらゆる地域に共通するコンセプトだが、ここでは先ずカタルーニャ州問題で揺れるスペインを例にとって話を進める。

分離独立を目指すのが当たり前のスペインの各州

スペインでは「バスク祖国と自由(ETA)」が、バスク州のスペインからの分離独立を求めてつい最近まで激しい暴力闘争(※註1)を 続けてきた。彼らは1968年に武力闘争を開始して、2010年にそれを停止するまでの間に800人以上を殺害。今年の4月にようやく完全武装解除をしたが、分離独立を目指す活動は続けている。

スペインにはそのバスク地方を筆頭に、本土から離れたカナリア諸島州、アラゴン州やガリシア州、果てはアンダルシア州などにさえ分離独立を目指す勢力があり、それを代弁する政党や組織が存在する。

もっと具体的に言えばスペインでは、17の自治州のうちのカタルーニャ州を含む少なくとも11もの州や地域に、分離独立を目指す勢力、つまり政党や民衆が存在するのである。分離独立志向者のいない州の方が少数派なのだ。


分裂国家イタリアの事情

かつての都市国家の集合体であるここイタリアの場合は、スペインよりもさらに多くの州や地域が各々の独自性を強調し、自治権の拡大を要求して止むことがない。

それらの全てが今すぐに分離独立を目指したり主張しているわけではないが、きっかけになる事件さえあれば、たちまちイタリア共和国からの分離独立を策謀してもおかしくないメンタリティーが、厳然として存在するのである。

例えばドイツ語圏の南チロルは、今現在は平穏を保っているが、何かあればすぐに独立を画策する爆薬庫だし、サルデーニャ島やシチリア島などにも事あるごとに独立をチラつかせる強い勢 力がある。イタリア南部を斬り捨てて、北部だけで独立しようと主張する「北部同盟」のような政党が存在するのも周知の事実である。  

イタリアが統一国家となったのは今からおよそ150年前のことに過ぎない。それまでは海にへだてられたサルデーニャ島とシチリア島は言 うまでもなく、半島の各地域が細かく分断されて、それぞれが共和国や公国や王国や自由都市などの独立国家として勝手に存在を主張してい た。

その中には欧州全体で見ても屈指の強国も多くあった。良く知られているのが、例えばルネッサンスを生み出したフィレンツェであり、東 方貿易 と海運業で栄えたヴェネツィアやジェノヴァなどである。そうやって独立国家が乱立していた頃のイタリアの人々の心性は、統一から少し時間がたった今も実はほとんど変わっていない。  

EUの他の大国も事情は同じ

フランスもスペインとの国境にある北カタルーニャ(スペインのカタルーニャ州と一体。同一民族)、島嶼部のコルシカ、ブルターニュ、バスク(スペインバスクと同一民族)に近い ガスコーニュ、アルザス・ロレーヌ、 オクシタニア 、ノルマンディー などに分断されている。

分断というネガティブなイメージを伴う言葉が当たらないなら、フランス共和国は独立・自立地帯の集合体でもある、とでも言えば少しは分かりやすいだろうか。

また連邦国家制を取っているため余り目立たないドイツにおいてさえ、バイエルン王国としての独立を願うバイエルン愛国党 (Bavaria Party) が存在し、近隣のアレマン地方にも分離独立を目指す人々が多数存在する。

また 旧東ドイツの分離を望む勢力も、東ドイツ人と西ドイツ人の両方に存在するのは周知の事実である。 一説では5人に1人のドイツ人が、東ドイツの分離を必要なことと考えている、とさえ言われる。

EUからの離脱を決めたイギリスも多くの分離独立問題を抱えている。独立の是非を住民投票にかけたスコットランドはもちろん、IRAのテロが長く続いた北アイルランドの民族問題、ウェールズのそれ等はよく知られている。

南イングランドには、古代文化に基づく「コーンウォール国」の建国を願う人々が住むコーンウォール州がある。果てはイギリスの中核を成すイングランドでさえ、イングランド独自の 「イングランド王国」を作りたいと望む人々が少なからず存在しているのである。

プチデモン州首相が庇護を求めたベルギーはどうなの?

プチデモン州首相が庇護を求めたベルギー自体も、フランドル地方の分離独立問題を抱えている。フランス語系住民から権力を奪いたい多数派のオランダ語系住民と、当のフランス語系住民の対立は無視できない問題である。

オランダ語系住民のうちの分離独立派を代弁するのは N-VA(新フラームス同盟)。 N-VAはベルギーの国会・代議院における第1党である。連立政権の中核であり、カタルーニャと同州のプチデモン首相を強く支持している。

そうは言うものの、N-VAの真の狙いは実は分離独立ではなく、ベルギー国内で完全に主導権を握ることである。その意味ではカタルーニャの狙いとは異なるが、彼らはそれぞれの国内で抑圧されてきた民族同士として、親近感以上の強い連帯意識を持っているように見える。

N-VAは、カタルーニャ住民投票を暴力で押さえ込もうとしたスペインのラホイ政権を、「独裁者フランコの申し子」と呼んで非難。これに対してスペイン側は、「N-VAは過去にナチスに協力した過去がある」と応酬して、お互いを「ファシスト」呼ばわりしている。

欧州の多様性の来し方

欧州では古来、ここまで述べた「自立地方国家群」が利害と欲と傲慢にからめとられて争い、いがみ合い、闘い、殺戮しあってきた。

それらの分散小国家群は、強者によって支配され抑圧され統一されていったり、それへの反動から革命を誘発しながら、やがて民主主義を発見していく。

民主主義を見出し育てていく流れの中で、人々はそれぞれが「違う」ことを認める「多様性の文化」こそ最善のものだと気づいた。それは人間にもまた国家にも当てはまるコンセプトになっていった。

欧州は特にそのことを重視して、自由と寛容と民主主義を死守し、少数派や少数民族の権利を含む人権の尊重を旗印にして歴史を歩み始め、そして現在に至った。欧州また欧米が世界の先進地域であり続ける所以だ。

欧米の原理原則を十全に実践している、あるいは実践しようと切望しているのがEU(欧州連合)だと規定できるだろう。そのEUは、理不尽なことに、まさに彼らの原理原則と同じ哲学を忠実に履行しているカタルーニャ州をないがしろにしているのだ。

EUのジレンマ~プチデモンかラホイか~

ここまでのEUの立ち位置は、カタルーニャ州の住民投票を暴力で阻止しようとしたスペイン・ラホイ政権に寄り添ったものである。マリアーノ・ラホイ首相は、
1939年から75年までスペインに恐怖政治を敷いた、フランコ独裁政権の流れを汲む国民党党首。強権的な政権運営をするのは偶然ではない。

EUが神聖視する多様性のうちの、少数派であり且つ弱者を代弁する勢力の一つが、カタルーニャ州である。だがEUはこれまでのところ、ラホイ政権への抗議を込めてEU本部のあるブリュッセルに滞在し続けている、プチデモン・カタルーニャ州首相を冷たい目で眺めている。

EU首脳は、EU構成国間の大きな「結束」を重視する余り、彼らが否定しているはずの「抑圧と暴力と強権的手法」を用いて、カタルーニャ問題に対しているラホイ政権を支持する、というジレンマに陥っている。

リベラルな思考法が主流のEUにとっては、過去の亡霊であるフランコ独裁政権の影を背負うようにも見えるラホイ首相は、違和感を覚える存在に違いない。だが同時にラホイ首相が、EUの重要なメンバー国であるスペインの「安定と統一」を維持しようと画策している事実は、EU全体の結束・団結もまた重視する彼らにとってはありがたい存在でもあるのだ。

EUは、プチデモン州首相の正義とラホイ政権の正統あるいは「理」をいかにして両立させるか、という難しい舵取りを迫られている。EUはこれまでカタルーニャ騒動を、スペインの内政問題と無理に規定して、ほっかむりを決め込んできた。しかしもはやそれは許されない。

EUは必ず行動を起こさなければならない。理想的にはスペインの統一が保たれたまま、従ってEUの結束も維持しつつ、カタルーニャ州の「自立心」が十分に尊重されている、と『カタルーニャ人自身が実感できる』だけの広範な自治権を、ラホイ政権が保障するように強く促すべきである。


(※註1) スペイン中央政権側から見ればテロだが、バスク側から見れば自らの自由と解放を獲得するための手段なので敢えてテロという呼び方を控える。



クレタ島の食日記(番外編)~こってり刺身



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レストランMulinoのマグロのたたき(実はカツオのたたきマリネ風か?)


クレタ島からイタリアに帰還してちょうど20日後の10月13日、再びギリシャを訪ねた。ヨットでドデカネス諸島のうちのいくつかの島々を巡ったのだ。

夏のバカンスをヨット上で過ごす友人に、もう10年以上も誘われていた。断りきれずに今回ようやく実現した。季節はずれの10月の誘い、というのが決め手だった。

もっとも「季節はずれ」とは、7月と8月がピークのバカンス期はいうまでもなく、その前後の6月と9月の準ピーク時にも入らない「10月の静かな時間」と言う意味で、島々の日中の陽射しの強さはまだまだ夏そのものだった。

ヨットは14メートルのかなり大きな船でキャビンが4室あり、中央には6~8人が食事できるリビングがある。快適だが、狭い空間に慣れない自分には息苦しさも伴った。できる限り船外で過ごした。昼と夜の2回の食事も、なるべく船を離れて上陸して、レストランに行った。

島々の食材は、大陸的な風貌をしたクレタ島の肉類とは違って「島らしく」魚介が主体である。それは再び「島らしく」ほぼ全てが新鮮だった。

レシピは欧州のほとんどの地域の魚料理と同様に「焼く、煮る、揚げる」の3形態。単純だが食材が新鮮なだけにどれも美味だった。魚介は新鮮である限り何でも美味い、というのが僕の思いだ。刺身が美味なのも基本的にはそれが理由だ。


2017年10月21日のレロス島のビーチ
2017年10月21日のレロス島のビーチ。11月初めまでこんな風だという

島巡りの拠点だったレロス島には、多くのレストランが軒を連ねていた。ごく普通の観光客やバカンス客のほかに、ヨット愛好家の友人らを含めて僕が勝手に「Barca vela zingari(ヨット・ジプシー族)」と名づけた船上滞在者が多い。ドデカネス諸島最大のヨットハーバーが島にあるからだ。

沖縄県宮古島の半分弱の面積しかない小さな島には、そうした事情もあって夏の間は訪問客があふれる。それらの人々をターゲットにした歓楽施設も多い。その最たるものがレストラン。施設が多い分おいしい店も少なくない。


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レストラン「風車」と風車小屋

島にイタリア語の「風車(Mulino)」という名を冠した店がある。そこは島におけるいわゆる高級店で値段も高いという評判である。訪ねてみると、海際の風車小屋につづくシンプルな造りの店でとても雰囲気が良い。

もちろん魚介がメインのレストランである。シェフが日本食贔屓で刺身も出す。普通に提供しているのは、イタリア語のRicciola(カンパチまたはヒラマサ)とマグロの刺身。新鮮なものが手に入ればイカとエビの刺身も造るらしい。

まずマグロの刺身を頼んだ。普通の刺身と「特別仕立て」があるという。マグロはもはやイタリアでも普通に刺身が食べられるので、どうせなら「特別仕立て」に挑戦したいと思い、それを頼んだ。

出てきたのはどこから見てもカツオのたたき風の一品。イタリアではカツオを
「Tonnetto(小さなマグロ)」と呼ぶので、イタリア風の名を付けているこの店のマグロも、もしかするとカツオのことではないかと思った。だが食べてみるとカツオとは違うようだ。

どちらかといえば大味な感じがあった。正直、マグロの(日本風の)刺身やカツオのたたきのほうが味がデリケートだ。どっちつかずの不思議な味がした。調理されているせいか、カツオかマグロか正確には分からなかったが、素材は極めて新鮮であることはよく分かった。

次に出たのがRicciolaの刺身。オリーブ油やプチトマトの薄切り、唐辛子の千切りに上品なヴィネガ(酢)を和えたソースがかかっている。刺身というよりもマリネだと思った。見栄えが良くて味も悪くはなかった。

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Ricciola(カンパチ)の刺身

イタリアでも、日本食レストラン以外の店の刺身は、マリネ風で提供される場合がほとんどだ。醤油とわさびのみを添えて、素材そのものの味と風味を楽しむ日本風の「サシミ」はあまり受けない。「生の魚肉」をいかに味付けするかが、海外の刺身料理の主流といっても良いだろう。

僕はイタリアでは、ヨーグルトをベースにしたソースで和えた刺身も食べた。それは刺身ではないが、刺身を基にしたフゥージョン料理、というほうが正確なのだろうと思う。不思議な味だが、決して不味いとは言えない。だが僕はまた、これまでのところは、「美味い」と心から思ったことも正直ない。

Ricciolaのマリネはそれなりに美味いと感じた。しかし、舌に重く、味のこってり感がいつまでも残った。シェフの創意工夫と想像力と努力は大いに認めるが、自分が腹から「美味い」とうなり声を上げるような料理ではなかった。

続いてイカとエビの刺身も味わってみた。どちらもやはり味つけ(マリネ)の濃さが気になった。器は趣味や形や色が日本風でどれも趣があった。特に青磁風の皿が上品で良かった。

何でも日本風がベスト、というわけでは毛頭ないが、一応「刺身」と日本風の名前と味を売りにしている料理なので、やはり日本オリジナルのあれこれと比較したくなってしまうのである。

最後に-食事作法としては本末転倒だが-パスタを頼んでみた。店のシェフが刺身をギリシャあるいは「Mulino」風に作り変えたように、パスタもギリシャ風にアレンジするのかどうか見てみたかったのだ。

出てきたのは、イタリアの美味い店のものと寸分違わないひと皿だった。アサリの新鮮なうま味と、完璧なアルデンテ(歯ごたえのある)のパスタががからまっていた。

レロス島の隣のリプスィ島で、魚の卵ソース(ボッタルガではない)和えの秀逸なパスタに出会ったが、それに匹敵するほどのおいしさだった。

どうやらその店では、同じ欧州文化圏の名品「パスタ」は完全に自家薬籠中の物としたようだが、遠い東洋の名品「刺身」の場合は、未だ「試行錯誤の途中」ということらしかった。





カタルーニャ独立は「スペイン問題」から「EUの問題」へと進化した



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先日独立を宣言したスペイン・カタルーニャ州のプチデモン首相が、EU(欧州連合)の本拠地ブリュッセルに移動したのは、EU幹部を含む誰も予期できなかった事態であり、同時にEUにとっては大迷惑な話である。

それは言い換えれば、プチデモン州首相は突然ブリュッセルに乗り込むことによって、「カタルーニャ独立をスペインではなくEU全体の問題にすることに成功した」ということである。

EUの結束は、2009年に始まった欧州ソブリン危機、2015年にピークを迎えた難民問題、2016年のBrexit(英国のEU]離脱)決定などで、大幅に乱れてきた。

またそれらの問題と並行する形で、EU参加国の間には極右政党や極左勢力が台頭して、欧州の核である民主主義や自由や寛容や平和主義の精神が貶められかねない状況が生まれた。

それは米国に誕生したトランプ反動政権と通底する政治の地殻変動である。自由と寛容と民主主義を死守しようとするEUの主流勢力は、欧州と米国の「トランプ主義」勢力に対抗する必要に迫られている。

EUは同時に、ロシアと中国の勢力拡大にも目を配らなければならない。変形共産主義の2大国は、EUおよび欧州にとっては、ほぼ永遠に協調と警戒を平行して遂行しなければならない厄介な相手である。

内外に難問を抱えて正念場に立たされているEUは、特にBrexitによって大きく後退した連帯意識を再構築して、団結して事態に対面していかなければならない。

そんな折に、EUの重要国の一つであるスペインが分断の危機にさらされた。EU首脳は、内心の動揺を隠して不干渉を決め込んだ。スペインがどうにかして
「ひとりで問題を解決してくれる」ことを祈ったのである。

スペイン一国の内政問題、と規定して事態を矮小化し、EUのさらなる混乱と分裂を避けようとしたEU指導部の姑息な思惑は、プチデモン・カタルーニャ州首相のブリュッセルへの闖入によって粉々に打ち砕かれた。

EUは突然、カタルーニャ危機の当事者になった。あるいは当事者にさせられた。プチデモン州首相は民主主義を全うしてカタルーニャで住民投票を実施し、スペイン当局はそれに対して愚かにも暴力と抑圧で対抗した。

EUの原理原則である自由と民主主義と寛容と平和主義を遵守しているのは、スペインのラホイ政権ではなくカタルーニャ州とプチデモン州首相である。EUはこれを庇護しなければならない。

同時にEUは、安定と秩序と統一を守ろうとするスペイン中央政府の立場もまた支持しなければならない。カタルーニャ問題を見て見ぬ振りをしてきたEUの偽善のツケは大きい。

EUと足並みをそろえて無関心を装ってきたドイツ・メルケル、フランス・マクロン、英国・メイなど大国首脳の責任も重大である。その他のEU諸国にも連帯責任がある。

スペインを分断しているカタルーニャ独立問題は、EUにとっては前述した「多くの危機・難問」にも匹敵する重要課題だ。EUはスペインの統一を維持し、且つ民主主義と非暴力を貫くカタルーニャ州の魂も救わなければならない。

最善の道は、スペイン・ラホイ政権がカタルーニャ州の自治権をさらに拡大して、双方が納得した形で統一国家を維持することだ。EUはそこに向けて働きかけを強めるべきだと考える。

だがそれは、僕の勝手な思いである。カタルーニャ州の人々が飽くまでも独立を志向するなら、誰もそれを止めることはできない。それに暴力が伴うかどうかは、スペイン政府次第である。それはつまり、「EU次第」と言い換えることもできる。


カタルーニャ州プチデモン首相の知恵と勇気



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亡命でも逃亡でもない動き

スペイン・カタルーニャ州の独立宣言とそれを真っ向から否定したスペイン政府の動きを受けて、カタルーニャ州のカルレス・プチデモン首相が取った行動はめざましいものだった。

プチデモン州首相は10月30日、誰も予期しなかった形でスペイン・カタルーニャから陸路フランスに渡り、そこから空路ベルギーの首都ブリュッセルに入った。

強権的なスペイン・ラホイ政権の攻勢を“座して死を待つ”状況で受け入れるよりも、EU(欧州連合)の首都であるブリュッセルに身を寄せて難を避けたのである。

それは同時に、自由と民主主義と非暴力と平和主義を旗印にするEUに、カタルーニャ人民が同じ価値観を共有することを、EU首脳部に直に訴えかける手段でもあった。

駆け込み寺

カタルーニャ州は自由と民主主義に基づいて独立か否かを問う住民投票を実施し、賛成多数の実績を踏まえて州議会が独立を宣言した。

それに対してスペイン中央政府は同州への圧力を強め、投票時には警察が暴力を行使。一方、カタルーニャ州政府と人民は非暴力を貫き、中央政府との対話を持ちかけて平和的解決を模索した。

プチデモン州首相はそうした事実を盾に、ブリュッセルで記者会見を開いて国際世論、特にEU域内世論にカタルーニャ州の立場を支持するように強く求めた。

プチデモン州首相にとっては、自由と民主主義と平和を旗印にするEUの本部があるブリュッセルは、同じ価値観を共有する文字通りの駆け込み寺となったのである。

EUほかの反応

プチデモン州首相の訴えに対するEUの反応は、表向き冷淡そのものである。昨年のBrexit(英国のEU離脱)、米トランプ反動政権の樹立、仏大統領選に於ける極右政党の躍進など、EUは多くの難問に悩まされている。

また欧州各国には極右、極左勢力の台頭が目立ち、同地を含む世界中の至る所で分離・独立運動の火種がくすぶっている。世界を揺るがす政治の地殻変動が続き、EUの結束も乱れ勝ちになって勢力の弱体化は隠すべくもない。

そんな折に、EUのメンバー国であるスペインの分裂につながりかねないカタルーニャ州の独立の動きは、断じて容認しがたい事案である。トゥスクEU大統領やユンケル欧州委員会委員長をはじめとするEU指導部は、「スペインの内政問題」と決めつけて知らん振りを装った。

またメルケル独首相、マクロン仏大統領、メイ英国首相などの大国首脳も、プチデモン州首相には冷淡な態度でいる。それどころか批判さえも辞さない構えだ。加えて米トランプ大統領もカタルーニャ独立には反対の立場である。

EUの盟主ドイツのメルケル首相は連合の分断を懸念し、メイ英首相はスコットランド独立問題への影響を憂い、マクロン仏大統領の頭の片隅には、ブルゴ-ニュ独立問題等もひっかかっているに違いない。

他人事ではないイタリアの事情

ここイタリア政府の反応はさらに複雑である。去った10月22日には、ミラノが州都のロンバルディア州と、ベネチアが州都のヴェネト州で、強い自治権を求める住民投票が行われ、いずれも賛成派が勝利した。

それらは独立を求めるものではないが、国内有数の豊かな両州が、税制の不公平を主な焦点に中央政府に圧力をかけたものである。2州はカタルーニャ州と同じく、国からの交付金が彼らの納める税金よりも少ないことに、強い不満を抱いている。

それは一歩間違えば、カタルーニャ州のように独立運動にまで発展しかねない。今は沈静化しているが、イタリアは歴史的に南チロル地方の独立問題を抱えており、今この時も独立志向の強い北部同盟が自治権の大幅拡大を求めて何かと騒ぎを起こす。一触即発の状態が永続しているのである。

イタリアはもともと都市国家メンタリティーが色濃く残る国だ。統一国家よりも地方のわが街こそ祖国、と考える人々が多く住まう国である。いつどの州が分離独立を目指して立ち上がっても少しもおかしくないのである。

いきさつ

10月1日、カタルーニャ州が実施した独立の是非を問う住民投票では、有権者の43%が投票。賛成票が90%を超えた。これを受けて10月27日、カタルーニャ州議会が独立の動議を賛成多数で可決。共和国としてスペインからの独立を宣言した。

マリアーノ・ラホイ首相率いるスペイン中央政権は、憲法違反だとしてただちにカタルーニャの自治権を剥奪。またプチデモン州首相をはじめとする州幹部も解任。直接統治に乗り出して州議会も解散し、12月21日に新たに州議会選挙を行うと発表した。

さらに10月30日、スペイン司法当局は、プチデモン州首相ほかの幹部を国家反逆罪などの容疑で捜査すると宣言。有罪になれば最高で禁固30年の可能性がある重い罪状である。

この発表がなされた直後、前述したようにプチデモン州首相は密かにスペインを脱出。EU本部のあるブリュッセルに入り事実上の「亡命政権」を樹立して、国外から独立運動を指導するとした。

法の遵守という形の抵抗

プチデモン州首相はブリュッセルでの記者会見で、「私は自由と安全を確保するためにEUの首都であるブリュッセルにやってきた」と述べた。

スペイン政府は、カタルーニア州と民衆に対して暴力的な仕打ちをしたが、われわれの側は非暴力を貫いた。同時にスペイン司法の判断を尊重する、とも示唆。その代償にEUとの対話を求める、とした。

また彼は、再び暴力を避ける意味合いと、カタルーニア州政府の仕組みを維持する目的から、スペイン中央政府がカタルーニア州を直接統治することには抵抗しない、とも表明した。

プチデモン氏はさらに、12月21日に行われる州議会選挙も、結果がどうであれ尊重する。スペイン中央政府もわれわれと同じようにすることを期待する、という趣旨の発言も行った

州首相は最後に、われわれは欧州の価値観である自由、非暴力、平和主義を共有している。それらの価値観を尊重し、そのように行動する、と国際世論に約束し世論の後押しを請いたい、などとも述べた。

独立運動の歴史

カタルーニャ州での出来事は、政治的な立ち居地や見方によっていろいろと変わるだろうが、「強者に対抗する弱者の行動様式」としては、プチデモン氏の言動は理解できるものである。

スペイン国内におけるカタルーニャ州の立場は、経済力を別にすれば弱者のそれである。「多数派対少数派」というくくりで見た場合には、それはさらに鮮明になる。

独自の歴史、文化、伝統、言語などを持つカタルーニャ州は、スペイン国内で抑圧され数世紀にわたって独立志向の精神を育んできた。それは1939年~75年のフランコ独裁政権下で、カタルーニャ語の使用を禁止されたことでさらに強まった。

1979年に自治州となってからは、カタールニャ州は中央政府と折り合いをつけながら徐々に自治権を拡大させてきた。だが2000年に転機がきた。

スペイン民族主義を標榜する国民党のアスナール政権が、総選挙で絶対過半数を獲得して中央集権化を推し進め、カタールニャ州の自治権が縮小されて対立が深まって行くのである。

カタールニャ州は2005年、独自の自治憲章を制定してスペインを連邦国家的な仕組みに作り変えることを目指した。これには中央政府や他の自治州が反発した。

スペイン憲法裁判所は2010年、カタルーニャの自治憲章は「スペインの揺るぎなき統一」に反する、として違憲判決を下した。このことがカタルーニャの独立運動の火に油をそそぐこととなった。

窮鼠猫を噛む

テロリズムは、テロリストの反対勢力から見た「抵抗運動の一形式」である。テロリズムを行う側から見れば、彼らの暴力は自らの自由と解放を目指す手段であり闘争である。

テロリズムは断じて許されるべきことではない。だがテロリズムには、切羽詰まった弱者が巨大な権力に歯向かう手段、という側面もあることは誰にも否定できない。

例えばイスラム過激派が欧米に仕掛けているテロは本を正せば、権力者の欧米が中東などで犯した過去の罪の因果応報、という見方もできる。強者の横暴に対する弱者の反発がテロリズムなのである。

スペイン中央政権に対抗するカタルーニャ州の戦いにもテロに似た側面がある。もっともカタルーニャ州側は、無抵抗と非暴力を押し通しているのでその呼称は言葉の矛盾だが、事態の成り行きは「強者対弱者の戦い」そのものである。

抑圧また差別の正体

強者あるいは多数派による弱者や少数派への抑圧や差別は、能動側の強者や多数派には分かり辛い側面もある。しかし抑圧され差別される弱者や少数派が、「抑圧され差別されていると感じたり、あるいは違和感を持っている」限り、そこには何かがある。その何かの正体が抑圧であり差別なのである。

差別や抑圧が無ければ、差別され抑圧されている側は、差別し抑圧している側と同じように「何も感じない」はずなのである。そう考えてみれば、差別し抑圧する側がよく口にしたがる「被害者意識」という言葉も、差別し抑圧する側の思い違いである可能性がある。

抑圧や差別には憎悪と痛みが伴うが、そのうちの痛みは差別や抑圧を「受ける側だけ」が感じるものである。抑圧者や差別を「する側」の人間には痛みはない。だから抑圧も差別もそれを「する側」の感情は関係がない。「される側」の感情だけが問題である。

なぜなら痛みがあるのは異常事態であり、痛みがない状態が人間のあるべき姿だ。従って抑圧や差別を「される側」のその痛みは取り除かれなければならない。カタルーニャ州の人々が感じている痛みももちろん同じである。

暴力ではなく対話で問題解決を

カタルーニャ州と人民の言い分には理がある。同時に統一と秩序を優先するラホイ政権側にもまた理があるのだ。双方に理がありながら対立しているのだから、残された道はさらなる力による抑圧か、逆に対話による解決かである。

ラホイ首相はこれまで強権的な手法でカタルーニヤ州側に対応し、住民投票にあたっては警察の暴力沙汰まで引き起こしてしまった。また、対話を希求するプチデモン州首相の要求を無視して専横的に動いた。

ラホイ首相はそれらの間違いを2度と繰り返してはならない。対話によってお互いの言い分を吟味し妥協して合意に至るべきである。それが民主主義であり文明社会の進むべき道であり開明である。暴力による解決は必ず避けるべきと考える。

鍵を握るのはEU(欧州連合)と、EU内で強い力を持つ独仏英などの動きである。彼らは庇護を求めてEUの胸中、つまりブリュッセルに飛び込んできた小鳥・プチデモン州首相をないがしろにしてはならない。これを保護すると共に、スペイン中央政権に働きかけて、両者の対話を促すべきだ。






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