2018年02月

イタリア総選挙~今さらながら“嘘つきは政治家の始まり”だ



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左からレンツィ、ベルルスコーニ、サルヴィーニ、ディマイオの各氏



世論調査

イタリア総選挙の投票日まであと5日になった。投票前15日間は世論調査の公表が禁止されている。マスコミの世論調査(公表)が投票行動に影響を与える、という説に基づく処置だ。

その真偽については諸説があり、世界中の国々が世論調査の結果発表を独自に規制したり、あるいは規制しなかったりしている。イタリアの規制は世界でも強い方である。

各党支持率

今回選挙の最後の世論調査発表によると、各党また会派の支持率はおよそ次の通り。

「フォルツァ・イタリア」党のベルルスコーニ元首相が主導する中道右派連合
36~38%。反体制ポピュリズム政党の「五つ星運動」27~29%。政権与党・民主党中心の中道左派連合26~28%。

ベルルスコーニ&右派連合

「フォルツァ・イタリア」党のベルルスコーニ元首相は81歳。4期9年間も首相を務めたが2011年に失脚。2013年には脱税で有罪判決を受けた。そのため公職に就くことはできないが、キングメーカーとして影響力を持つことが必至の情勢。

多くの醜聞にまみれながらも人気を保つ元首相の政治家としての強みは、寝業師的な「根回し」の能力。彼は常に連立相手を説得し手玉に取って政権と政治力を維持してきた。

今回は北部同盟から改名した極右政党の「同盟」と、同じく極右の「イタリアの同胞」と提携して選挙戦を進めている。そして過半数には届かないものの、最大勢力になると見られている。

しかし、ベルルスコーニ元首相と同盟のサルヴィーニ党首の間には前者がEU支持、後者が強い反EUなど政策上の齟齬があり、一枚岩ではない。

五つ星運動

コメディアンのベッペ・グリッロ氏が結成した「五つ星運動」は、首相候補に31歳のルイジ・ディマイオ氏を立てて、単独政党としては最も強い支持率を保っている。

既存の政党や政治家を厳しく断罪し、支持者がネット投票で党の意思決定に直接参加できる仕組みを作ってのし上がった「五つ星運動」は、しかしながら、他党との連立を強く拒んでいる。

ディマイオ氏は「反EU」の旗印を鮮明にしないなど、「普通の政党」への脱皮を図る姿勢も見せているが、他党と提携をしない限り今のところは政権奪取はもちろん、政権参加も不可能と見られている。

凋落民主党の奥の手?


政権与党の民主党は、2016年の憲法改正案を巡る国民投票で大敗しレンツィ首相が辞任。彼は党首として居座ったものの、党の分裂を阻止することができずに支持率が下落。その傾向には歯止めがかかっていない。

左派連合としてまとまっても、単独政党の「五つ星運動」の支持率と同じか、わずかに及ばず、3大勢力の中では最低人気。選挙後には中道右派との連立を模索するという見方もある。

その可能性は皆無ではない。民主党は過去にはベルルスコーニ元首相と提携したこともある。また元首相と右派連合内で勢力が拮抗する同盟のサルヴィーニ氏との間には、前述のように政策を巡る対立もある。

民主党と元首相の「フォルツァ・イタリア」党が連立を組んで、サルヴィーニ氏と同盟がはじき出される、というシナリオは少しも荒唐無稽ではない。いや、動乱が盛んなイタリア政界ではむしろ当たり前、とさえ言える。

大衆迎合主義一色の各党公約

しかしながら、各党や会派の主張や公約や政策は荒唐無稽そのものである。例えば「五つ星運動」は、減税と支出拡大と共に貧困層への最低所得保障を公約に掲げる、バラマキ政策を主張。

さらに、100万台の電気自動車を導入すると同時に、イタリアを100%再生可能エネルギーでまかなう国に作り上げる、とも言う。いつ、どんな方法で、という具体的な説明は一切なく。

大衆迎合主義にまみれた「五つ星運動」に引きずられるように、ベルルスコーニ元首相の右派連合も大幅な減税、公的年金、社会福祉費引き上げなどの浪費策を盛んに公言。

さらにはユーロとは別にイタリア国内では旧通貨のリラを流通させる、とまで説く。仏大統領選で国民戦線のルペン氏が、ユーロと仏フランの併用を主張して顰蹙を買ったことも知らないようだ。

与党民主党も、ライバルに対抗するために「責任政党」の役割などすっかり忘れて、債務を10年間で30%縮小すると明言する。

さらに財政赤字のGDP比率を引き上げかねない減税と支出拡大も宣言。それはEUが求める緊縮財政に同調する自らの立場を平然と否定する、「反EU」的政策そのものだ。

国民の諦め

「嘘つきは政治家の始まり」などと言えば、何を今さら青臭いことを。。と糾弾されそうだ。政治家が往々にして嘘つきであるのは自明のことだ。

だがそれにしても、イタリアの政治家の選挙向けの公約や主張や言い訳や所感などを見ていると、嘘のカタマリと形容しても過言ではないことに気づき驚く。

イタリア国民は政治家の嘘を嘘と知りつつ納得している。あるいは納得する振りをしている。つまり政治不信がこれ以上ないほどに高まって、ずっと高止まりしているのだ。

そのために国民は政治家の公約や主張には何の感慨も覚えない、という風にさえ見える。「諦観」と「嘲笑」が政治に対する大半のイタリア国民の関わり方なのである。

子供の喧嘩

贋物の政治主張を裏付けするかのように、政党や主要政治家らによる中傷合戦も盛んだ。

例えば「五つ星運動」のディマイオ氏は、元首相の「フォルツァ・イタリア」とレンツィ前首相の民主党は本質的に腐敗している、と公言。

これに対してベルルスコーニ元首相は「ディマイオ氏はナポリサッカー場の案内人だった。彼はサッカーの試合をタダで観たいからその仕事に就いていた」と反撃。

またレンツィ前首相は「ディマイオ氏の“五つ星運動”は、たかり屋と人たらしが集まるフェイク政党に過ぎない」と青スジを立てて反論した。

イタリア的秩序

子供のののしり合いにも似た誹謗中傷合戦を続けている各政党の党首らは、しかし、選挙後には何事もなかったような顔で「政権樹立に向けた話し合い」を始めるだろう。

例えそれが終わりの見えない対立や、拮抗が拮抗を呼ぶ緊張や、行き詰まりの連続であっても、いやむしろそうであるからこそ、彼らは決して対話を止めない

なぜならイタリアの政治は常にそういう風にして成り立ってきた。イタリアの政治混乱は混乱ではない。それは混乱という名の「イタリア的な秩序」であり「政治の常態」なのである。



日本VSイタリア尻くらべ



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便器とビデが並ぶイタリアの普通のトイレ


ちょうどピョンチャン五輪の最終日に日本からイタリアに戻ってみると、選挙戦たけなわである。五輪開催中もメディアの関心は総選挙で、スポーツではなかったと聞いた。国際大会をことさらに騒ぐのは、国際的に重きをなさない日本と日本人の劣等感の裏返しである。

5日後に迫ったイタリア総選挙と、「自らが国際的によそ者であることを知っている日本人の心理」をオリンピックにからませて書こう、と思い立ったのだが、それらよりも気になることがあるので先ずそれを書いておくことにした。

今回のひと月ほどの日本滞在の間に、生まれてはじめて温水洗浄機能つき便座 (以下ウォシュレット) を経験した。それを普通に使っている人は、僕の時代遅れを笑うかもしれない。外国住まいをしていると、日本に帰った際にウラシマタロー的感慨を抱く場合が少なくない。

ウォシュレットもそのひとつと言えるが、実は「それを使用する」のが初めてであって「その存在」はずっと知っていた。戸川純のCM「おしりだって、洗ってほしい」もよく見たし覚えている。帰国する度に使うチャンスはあったのだが、まったくその気にならなかった。

イタリアのトイレには、便器と並んでビデが備え付けられている。それを女性専用だと思っている人は間違いである。むろん女性も使うが、それは用を足した後に尻を洗う装備でもある。男も使うものなのだ。

女性は2重の目的に使用し、男は便座から移動して尻を洗浄する。幼いころから使っている僕の2人の息子は、用を足した後にビデで尻を洗わないと気持ち悪くて落ち着かないそうだ。それは妻も同じらしい。

僕は、洗浄便座としても使われるイタリアのビデも、一切使ったことがない。その気にならないのである。今回東京のホテルでた試したのは、暇が招いた偶然である。仕事も兼ねてはいたが、休みの要素も強かった今回の帰国は、のんびりする時間もかなりあった。

最近は日本の ウォシュレットにおどろき、喜び、楽しむ外国人のSNS投稿などもあふれている。中国の習近平国家主席が「国を挙げてトイレ事情を改善する」と宣言した胸の内には、衛生観念に加えて 日本の温水洗浄便座の優秀も意識されていたのではないか、という個人的な興味などもあった。

使ってみていっぺんで気に入った。楽しく面白いので、用も足さないときにも座ってはシュワッと噴射させては遊んだりした。知る人には今さらながらのばかコメントに聞こえるだろうが、噴射水が温水というのもやっぱすごいよね、と腹から感動したりした。それになんといっても清潔だもの。

それならば、さて、イタリアに戻って用を足してビデを使うかというと、やはりまったくその気にはならない。ビデは温水も出るから寒い中でも良さそうには思えるが、便座からビデに移動しなければならないことや、自分で尻を手洗いしなければならないことなどがなんとなく面倒くさい。

そんなわけで帰伊後は普通にトイレットペーパーを使うだけの生活に戻った。ウォシュレットを用いる場合と比べるとかなり不潔なのだろうが、正直そんなに切羽詰った気持ちではない。でも本当は汚いに違いない、とは密かに思っている。トイレットペーパーは完璧ではないのだ。

尻にまつわる話は、尻が性的か否かまた女性の場合それは乳房に似ているかいないかなど、僕の心を波立たせる命題であり悩ましい事案なのだが、そのことはまたおいおい書いていくことにして、ここでは公共のプールと尻の関係を述べておくことにした。

結論を先に言えば、公共のプールでは泳がないほうがいい。特にウォシュレットが普及していない日本国外のプールでは。そこはウンコがいっぱい詰まった場所なのだ。

プールで密かに小便をする不埒なヤカラがいるらしいが、そしてそれは既に不快な想像だが、実はもっと大きな問題は人々の尻に残っている「拭い切れなかった」ウンコたちだ。

例えば、「不潔が脂ぎったオヤジよりも嫌い」というミメウルワシキ若い女性が、用便の後に懇切丁寧に尻を拭っても、そこには必ずかすかにウンコが残る。いわんやオバン・オババの尻においておや、である。ヤローどものケツや「拭き拭き」がテキトーな子供たちの尻にはもっと残る。

それらの大勢の尻のウンコは、ウォシュレットと化したプールの水にキレイに洗われてそこら中に漂う。これは人々がいかに丁寧に真剣に繰り返し尻を拭こうとも、「ぬぐい切れない」事実なのである。科学的にも証明されている。

大量のウンコとはいえプールもでかい。従ってウンコ汚染は健康被害はもたらさず「安全」かもしれない。でもいい気持ちではない。「安心」できない。「安全」と「安心」は似て非なるコンセプトなのだ。

繰り返す。公共のプールでは泳がないほうがいい。

そして結論:ウンコまみれのプールをきれいにするためにも、世界中にウォシュレットを普及させなければならない、と心で叫ぶ今日この頃である。







老後の移住先?あるいは終の棲家?



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イタリアから帰国し、故郷の沖縄を訪ねて、そこかしこの島をうろついている。帰省するときのいつものパターンである。

若い頃の僕の夢は、50歳くらいで仕事をやめて冬の間は沖縄の離島で暮らし、残りの季節はイタリアで過ごす生活に入る、ことだった。

当時は人の50歳は、棺桶に片足を突っ込んでいるほどの年齢、に思えたものだ。が、50歳どころか、還暦さえも過ぎた今の自分はまだ元気だ。その代わりに冬の間を島で遊んで暮らす時間も気持ちの余裕もないが。

もっとも夢は捨てていない。理想は11月頃から3月あたりまで島でのんびり過ごすこと。それはまだとてもできないが、1月~2月の2、3週間を沖縄で過ごすことは以前も、また今でも結構やっている。

イタリアには、冬の間をスペインのカナリア諸島やカリブ海の島々で暮らす友人知己が多くいる。チュニジアやエジプトなど、北アフリカのリゾート地も人気だったが、テロ組織のイスラム国などの横行で近年はすっかり嫌われてしまった。

彼らの多くは実業家や弁護士や医者などである。裕福な人々だ。だがそれほどではなくとも、やり繰りや貯蓄で頑張って冬の逃避行を実現させる者も多い。僕もいつか彼らに倣(なら)って冬を常夏の沖縄で過ごしたいと思っている。

もっとも最近は沖縄にはこだわらず、冬の間は「冬のない世界」を移動して暮らすのも悪くない、と考え始めている。実現できるかどうかは全く別の話だけれども。

自分の思惑や願いはさておいてよく思うことがある。僕の生まれ故郷を含む僻地の島々の行く末である。島々は多くが過疎化に悩まされている。そして過疎化に立ち向かう方策が、ほとんど全てのケースで観光産業の育成である。それは恐らく正しい。

農業以外にこれといった産業のない島では、観光事業への期待は大きい。島々の役場はなんとかして多くの観光客を呼び込みたいとあれこれやっている。

この「多くの観光客」を呼び込みたい、という考えは誰もが抱くものだが僕はそこに少しの違和感を覚える。辺鄙の小島にはふさわしくないコンセプトに見えるのだ。

それというのも多くの観光客は、島に恵みをもたらすこともあるが、島を破壊することもある。特に小さな陸地の場合は顕著だ。それは両刃の剣なのだ。

そのことを考慮せずに、何でもいいからとにかく観光客を誘致しよう、と動くのは無責任のそしりをまぬかれないのではないか。

そうは言うものの、観光を振興させたいのなら、もちろん観光客の数は大事だ。多くの観光客を迎えたい気持ちは分かる。

だが僕は、観光客の数を極力おさえて、収入を上げる方策も模索するべきだと考えるのだ。薄利多売ではなく、いわば「厚利薄売」あるいは希少価値商売である。

観光客をできるだけ多く呼び込んで発展を目指すには島々はあまりにも遠く、あまりにも小さく、あまりにもインフラや歓楽・文化施設などが貧しい。人心も観光産業に慣れていない。薄利多売はおそらく無理だ。

ならば厚利薄売はできないか、と考えてみるとこれも難しい。だが、薄利多売よりは可能性は高いと考える。キーワードは希少価値である。あるいは想像を絶する遠隔性である。逆転の発想で、例えば高齢の富裕層などを呼び込むことはできないか、と思うのである。

それも冬季の彼らの長期滞在先として。なぜなら島には冬がないからである。その現実を活かして、冬場に長期滞在をする観光客を増やす知恵を絞れば、あるいは道が開けるかもしれない。

長期滞在をする観光客はもはや観光客ではない。半ばは島の住人である。島人は彼らをそのつもりで受け入れなければならない。もっと言えば、冬以外の季節も島の住人になってもらうつもりで歓迎するのである。

今後、日本人の「生活の質」が欧米並みに豊かになって、長い休暇や季節ごとの移住生活が可能になれば、辺鄙な島も海の美しさと暖冬という2大利点を活かして発展できる可能性がある。

発展とまではいかなくても、過疎化によって島の住民の生存そのものがおびやかされ、ついには無人の島になってしまう危険を避けることができるかもしれない、と考える。

またさらに言えば、僕のように辺鄙の人心や民俗や風儀や海や暖かさが好きな人々を探し出し、訴えかけ、誘致し、歓迎することである。

この際だから敢えて付け加えれば、それらの人々は大金持ちではなくとも、ある程度生活に余裕のある富裕層やそれに近い人々であるのが理想だ。なぜなら彼らは長期滞在をする可能性が高いから。。。

「生みの苦しみ」に苦しむドイツ連立政権 



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連立政権樹立への協議を続けているドイツのメルケル首相率いる同盟(キリスト教民主・社会同盟)と社会民主党は2018年1月30日、難民の家族呼び寄せを「1ヶ月あたり1000人までとする」ことで合意した。

同盟と社会民主党は、昨年9月の総選挙以来続いているドイツの政治不安を解消するべく連立を模索しているが、難民問題は受け入れ人数を制限したい同盟と、より多くの難民を救うべき、とする社会民主党が対立する最大課題の一つ。

連立交渉は、選挙で大きく敗退した社会民主党内部の混乱が影響して難航している。それは同じ選挙で明確な勝利を得られなかった、メルケル首相が統率する同盟の衰退とも表裏一体を成している現象である。

同盟は僅差とはいうものの総選挙の勝利者ではある。しかし極右の「ドイツのための選択肢」の大躍進を許した分だけ凋落し、それはメルケル首相の求心力低下、という現実ももたらすことになった。

メルケル首相の求心力が低下したために、連立政権樹立へ向けて動く彼女の思惑が社会民主党員に理解されず、また理解しようという動きも起こらず、同党内部の反対勢力の声ばかりが高くなっている、という側面もある。

総選挙で共に議席を減らした同盟と社会民主党は、そのように政権樹立へ向けて厳しい歩みを続けているが、特に社会民主党は選挙後も支持者離れが続いて前途多難である。それでも両党による大連立は日の目を見るだろう、と僕は考える。

時間をかけながらも、一つ一つのハードルを越えていく連立協議の動きが、そのことを示唆している。また、EU(欧州連合)の盟主たるドイツの政治の混乱を収拾したい、と切望する同国の第1党と第2党としての自負と責任感もそこには作用する。

ドイツの政情不安はドイツ自身の弱みとなり、それは直線的にEUの弱体化につながる。EUの弱体化は米トランプ主義の増長を呼び、独裁国家の中国やロシアの横暴加速も招きかねない。

彼らはそうした不都合を避ける為にも、政府不在状態のドイツ国家を正常に戻そうとするだろう。例えば日本の「対米従属安倍内弁慶田舎者政権」などとは違って、ドイツの指導者層は、常に世界情勢を睨み分析しながら自らの立場と責任を意識して行動しようとする。

ドイツの政治不安が解消された後の同国の政治情勢は、しかし、極めて不透明になるのではないか。それというのも3期12年に渡ってドイツ政界を牛耳り、欧州を引っ張り、世界に向けても多大な影響力を行使したメルケル首相の威信がふいに減退したからだ。

彼女の権勢が大きく削がれたのは、皮肉にも2015年9月、ほぼ90万人もの難民を一気に受け入れた英断による。世界を感動させたその措置は、難民増大によって政治的、社会的、経済的負担が増したドイツ国民の反感を買うことになった。

それは排外差別を標榜する米トランプ大統領の誕生や、Brexitを主導した英国の反移民差別不寛容主義者らの台頭と軌を一にしていた。そうした動きは、フランスの極右勢力やイタリアのポピュリスト政党「五つ星運動」の台頭などにもつながった。

その社会現象のもっとも甚だしい例が、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」の躍進である。長い間封印されてきたヒトラーのナチズムにつながる政党の威力の顕現は、世界の良識また道義支持者らの肝をつぶした。

メルケル・オバマのリベラル勢力とトランプ排外ネトウヨ勢力が対峙する歴史の交差点で、オバマ前大統領が表舞台から姿を消し、辛うじて居残ったメルケル首相は政治的に青息吐息の状況に追い込まれた。それは世界にとって不吉な絵図である。

さらに不吉な要素もある。世論調査によるとドイツ国民のおよそ半数が「メルケル首相は今後4期目の政権を担うことになっても任期満了前に退陣するべき」と、答えていることである。つまり多くのデータや情勢が、メルケル首相の政治的な終焉を示唆している。

ドイツの大連立が成ったと仮定しての話だが、成熟した民主主義国家で4期にも渡って政権を担うこと自体が既に驚きである。トランプ主義が蔓延する昨今の世界政治の環境は、反メルケル的空気が充満する状況、とも考えられるだけに余計に。

反メルケル主義、つまり排外差別不寛容が核のトランプ主義は、いまこの時点ではドイツ社会を席巻しつつある、という見方もできる。それでも最終的には、ドイツの反動勢力は排斥されるだろう。なぜならメルケル政権は「強さ」を取り戻す、と考えるからだ。

たとえそうはならなくても、メルケル後のドイツ政界には「メルケル主義者」が出現して、欧州の良心を旗印にトランプ主義や変形共産主義や一党独裁国家などの悪に対抗する、強い力が生まれると信じるからだ。

再び、たとえそうはならなくても、EUのもう一つの木鐸であるフランスのマクロン大統領や、イタリア他の国々の「EU信奉者」らが結束して、メルケル主義を旗印にトランプやプーチンや習近平らと対峙する力を構築する、と思うからだ。



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