2018年04月

4月25日のイタリアの終戦日が日独のそれと違うわけ



長いテーブルの賑わい600
ブレッシャ市の4月25日祭


毎年4月25日は「解放記念日」あるいは「自由の記念日」と呼ばれるイタリアの終戦記念日。休日である。イタリア全国でコンサートや路上での大食事会やワイン・ビールの飲み会など、など、楽しい催しものが展開される。

僕の住む北イタリアでもお祭り騒ぎがあった。特にロンバルディア州でミラノの次に大きく僕の住む村からも近いブレッシャ市の祭典が面白い。そこで昨日は僕もそこのイベントに参加してきた。

祭りのあったブレッシャ市では先日、住民の1人だったパキスタン系のイタリア人女性が、出身地を訪問中に名誉殺人の犠牲になって、街じゅうに衝撃が走った。

商業都市ブレッシャには移民が多く、イスラム教徒も少なくない。名誉殺人の犠牲になった女性はイタリア国籍だが、イスラム教徒である自身の家族に惨殺されたのだった。

終戦記念日とレジスタンスの勇気を祝うブレッシャ市のイベントは、楽しくにぎやかに繰り広げられた。人々が名誉殺人事件の衝撃を忘れてようとしているように見えたのは、あるいは僕の思い込みのせいだけではなかったかもしれない。

ところで、なぜイタリアの終戦記念日が「解放記念日」であり「自由の記念日」なのかというと、イタリアにとっての終戦が実は同時に、ナチスドイツの圧制からの解放でもあったからである。

日独伊三国同盟で結ばれていたドイツとイタリアは、大戦中の1943年に仲たがいが決定的になった。同年7月25日にはクーデターでヒトラーの朋友ムッソリーニが失脚して、イタリア単独での連合国側との休戦や講和が模索された。

しかし9月には幽閉されていたムッソリーニをドイツ軍が救出し、彼を首班とする傀儡政権「イタリア社会共和国」をナチスが北イタリアに成立させて、第2のイタリアファシズム政権として戦闘をつづけさせた。

それに対して同年10月3日、南部に後退していたイタリア王国はドイツに宣戦布告。以後イタリアではドイツの支配下にあった北部と南部の間で激しい内戦が展開された。そこで活躍したのがパルチザンと呼ばれるイタリアのレジスタンス運動である。

レジスタンスといえば、第2次大戦下のフランスでの、反独・反全体主義運動がよく知られているが、イタリアにおいては開戦当初からムッソリーニのファシズム政権へのレジスタンス運動が起こり、それは後には激しい反独運動を巻き込んで拡大した。

ファシスト傀儡政権とそれを操るナチスドイツへの民衆のその抵抗運動は、1943年から2年後の終戦まで激化の一途をたどり、それに伴ってナチスドイツによるイタリア国民への弾圧も加速していった。

だがナチスドイツは連合軍の進攻もあってイタリアでも徐々に落魄していく。大戦末期の1945年4月21日には、パルチザンの要衝だったボローニャ市がドイツ軍から解放され、23日にはジェノバからもナチスが追放された。

そして4月25日、ついに全国レジスタンス運動の本拠地だったミラノが解放され、工業都市の象徴であるトリノからもナチスドイツ軍が駆逐された。

その3日後にはナチスに操られて民衆を弾圧してきたムッソリーニが射殺され、遺体は彼の生存説の横行を避けるために、ミラノのロレート広場でさらしものにされた。

同年6月2日、国民投票によってイタリア共和国の成立が承認され、1947年には憲法が成立した。新生イタリア共和国は1949年、4月25日をイタリア解放またレジスタンス(パルチザン)運動の勝利を記念する日と定めた。

イタリアは日独と歩調を合わせて第2次世界大戦を戦ったが、途中で状況が変わってナチスドイツに立ち向かう勢力になった。言葉を替えればイタリアは、開戦後しばらくはナチスと同じ穴のムジナだったが、途中でナチスの圧迫に苦しむ被害者になっていったのである。

戦後、イタリアがドイツに対して、ナチスに蹂躙され抑圧された他の欧州諸国とほぼ同じ警戒感や不信感を秘めて対しているのは、第2次大戦におけるそういういきさつがあるからである。

日独伊三国同盟で破綻したイタリアが日独と違ったのは、民衆が蜂起してファシズムを倒したことだ。それは決して偶然ではない。ローマ帝国を有し、その崩壊後は都市国家ごとの多様性を重視してきたイタリアの「民主主義」が勝利したのだと思う。無論そこには連合軍の巨大な後押しがあったのは言うまでもないが。

イタリア共和国の最大で最良の特徴は「多様性」、というのが僕の持論である。多様性は時には「混乱」や「不安定」と表裏一体のコンセプトだ。イタリアが第2次大戦中一貫して混乱の様相を呈しながらも、民衆の蜂起によってファシズムとナチズムを放逐したのはすばらしい歴史である。




イタリアの若い女性が名誉殺人でまた犠牲になった



sana cheema切り取り
             パキスタンで父親と兄に殺害されたとされるsana cheemaさん(25)


再び、再三、再四、いや残念ながら何度も何度もくりかえし、「だからイスラム教徒はダメなんだ」と人々がつぶやいてしまう事件が、僕の住む北イタリアで発生した。

正確にいうと北イタリアではなくパキスタンでの出来事。パキスタン出身のイタリア人女性(25)が、久しぶりに訪れた故郷の町で父親と兄に喉を掻き切られて死んだ。

彼女は故郷で見合い結婚を迫られた。だがイタリアに「イタリア人の恋人」がいる彼女は、その話をはねつけた。

親が決めた結婚をしないのは家族への侮辱、と怒った父親と兄が彼女を殺害した。イスラム教徒によるいわゆる「名誉殺人」である。

そのニュースは、イタリアで彼女が住む街ブレッシャを中心にたちまち大きな反響を呼んだ。ブレッシャは僕の住む村からすぐ近くの街。ブレッシャ県の県都である。

ブレッシャでは以前にも同様の名誉殺人が発生して人々を震撼させた。19歳のパキスタン人女性が、イタリア人の恋人と付き合い「西洋風」の生き方をしている、という理由で父親と叔父に殺害されて庭に埋められた。

この事件はイスラム過激派のテロと連動して人々に深い衝撃を与え、イタリア人の中にある「テロリストと無垢のイスラム教徒を混同する」偏見差別を助長する結果になった。

そうした偏見差別はイタリア人に限らず、欧州のあらゆる国民の中に存在し年々拡大しているのが現実である。

若い女性が被害者になるケースが圧倒的に多い名誉殺人は、世界中で発生していて一年に5000件を数えるともされる。イスラム教国では特に多く、中でもパキスタンで多発する。

今回の事件もたまたまパキスタンで起きたが、イタリア国籍を持つ彼女が住む北イタリアのブレッシャでは、以前の事件のこともあり再び大きなニュースになった。

この件に関しては以前にも記事を書いたので、できれば参照していただきたい⇒子供は親の所有物(モノ)ではない




女子がついに「立ちションしてやる!」とキレたのはトランプ大統領への抗議行動、という噂はまだ聞こえてこないが・・



しょんべん小僧


「オーストリアの緑の党が女性の立ちションを推奨」という英文記事の見出しが目に入ったとき、僕は少しウンザリした。緑の党がたまにやらかす「やり過ぎ」事案だと直感したのだ。昨年の今ごろのことだ。

「緑の党→フェミニズム→女性差別に怒り→男は立ちション当たり前→ならば女も立ちションするべき」というような流れが僕の脳裏で一瞬にして起きた。女と男の「違い」を「優劣」と勘違い、あるいは曲解することから来る「おバカ」な主張なのだろうと思ったのだ。

すぐにサイトを閉じかけたが思い直して読んでみた。「勘違い」しているのは緑の党ではなく自分の方だとたちまち気づいた。

緑の党の主張は「日本以外の世界中のほぼ全ての国」に見られる、「不潔な公衆便所」への対抗手段としての「女性の立ちション」のすすめだったのだ。

専門家を招いて立ちションがしやすくなるように女性を訓練する。どうやって?⇒運動によって骨盤を進化させる、という論理である。なるほどと思った。

イタリアを含む欧州の公衆便所は汚い。国によって多少の違いはあるものの、例えば清潔な国というイメージがあるスイスの公衆便所でさえ、「日本に比べると」汚い、と僕は実際に体験して思う。

それは男性用トイレの話である。女性用は知らない。知らないがガサツな男どもが使う側と違って、女性用トイレは清潔なのではないかと漠然と考えていた。記事を読むとそうではないことがわかる。そこもやっぱり不潔なのだ。

そんな汚い公衆トイレだから、座って用を足す女性にとってはきっと悪夢のような場所なのだろう。だからせめて小用ぐらいは男のように立って済まそう、というわけだ。まっとうな話である。

ところがその記事に対しては誹謗中傷するコメントが殺到した。醜い、ばかばかしい、恥知らず、女を貶めるな、など、など。

それらのコメントはもしかすると、僕が冒頭で勘違いしたのと同じことを思った人々が発しているのではないか、と感じた。

女子の立ちションは、エログロナンセンス並みのコンセプト、と見なしているのだ。つまり彼らの多くは記事を読まずに見出しだけを見て怒っているのだ。また実際に読んだ者であっても、「女性はこうあるべき」という思い込みの強い人々なのだろう。

その人が男である場合、彼の脳裏には男性用小便器に向かって排尿する女性の姿があるに違いない。それは下半身をさらけ出して用を足している女性像である。滑稽でグロテスクでさらにエロい要素もあるそのイメージを、男は糾弾しているのだろう。

だが、そこで考察されているのは、女性用トイレにおける、つまり密室の中での女性の立ちションである。密室の便器も汚いからそこに腰を下ろしたくない。だから立ったままで用を足そう、という議論だ。

男性用小便器の前で女性が並んで用を足していれば、それは確かに異様な光景だろう。だがそうではなく、あくまでも個室の中での女性の立ちションなのだから、誰の目にも触れない。そのどこが悪い?とも僕は思うのだけれど。

記事を読み終わって僕はすぐにこうも思った。骨盤を鍛えたり変容させるなどのつらい作業をするぐらいなら、なにかの道具を用いればいいのではないか、と。つまりロート状の用具・・と思いついたので試しにインターネットであたったら何のことはない、既にそういう用具は存在する。

女性の立ちションを推奨する女性たち(多分女性だろうと思う)が、そのことを知らないはずはない。なのにあえて骨盤体操などの体の矯正を持ち出すのは、便利な用具の「不便」が頭にあるからなのだろう。つまり不潔な物を持ち歩く憂鬱、かさ張る、携帯忘れの可能性、など、などの。

骨盤体操も用具の携帯も大いに面倒くさそうだ。それらを避けるには結局トイレを清潔にすることだが、それが難しいから珍奇なアイデアが出てきた。なかなか難しいものだ。

ところで一つ不思議なことがある。女性読者が非難コメントにこう反論しているのだ。「尿で便座が濡れまくっている女性トイレを知らない男には、女性の立ちションを非難する資格はない」と。

上から散水してそこら中を濡らす危険がある男の立ちションと違って、座って小用を足す女性がどうやって便座を濡らすのだろう?

考えられるのは、腰を下ろさず立ったままで排尿をする女性がすでにいる、ということではないだろうか。その人はきっとトイレが不潔だから立ちションをしたのだ。不潔の悪循環。

もしかすると女子トイレって、男の想像を絶する悲惨な場所なのではないか、と僕は少しこわくなったりもしたのだった・・お・わ・り・


ローマのコロッセオが小便臭いわけ



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立ちションはイタリアではひどく高くつく。

先日(2018年3月13日)、フィレンツェのど真ん中のシニョリア広場の銅像脇で立ちションをしたアメリカ人の男が、警察につかまって130万円の罰金を科された。

また昨年は19歳の男子学生がジェノバで立ちションをして、同じ額の罰金を科された初めての違反者になり、大きなニュースになった。

かつては『街路または公園その他公衆の集合する場所での立ちション』はイタリアでも軽犯罪法で禁止されていた。

だが2016年初頭、立ちションは「犯罪(前科のつく)」の範疇ではなくなる代わりに、5000(約65万円)~10000ユーロ(約130万円)の罰金が科されることになった。

たかが立ちションごときになぜこんなにも重い罰金刑なのかというと、イタリアの観光地では歴史的建築物やアート作品などへのヴァンダリズムが後を絶たないからである。

ヴァンダリズムで最も多いのは壁や建物などへの落書き、そして破壊行為。イタリア人は広場などで飲み食いをする行為を含む、観光地での迷惑行為もヴァンダリズムと連動して捉える傾向が強い。

彼らは「立ちション」もヴァンダリズムの一種と考えているフシがある。

イタリアの街なかでの観光客による立ちションは後を絶たず、フィレンツェではアメリカ人の若い女性がタクシー乗り場で放尿して、その様子をビデオカメラで撮られたりもしている。

余談だが、イタリアの街なかでの放尿事件は、男女を問わずアメリカ人観光客によるものが多いような印象がある。

タクシー乗り場で(しゃがんで)立ちションをした米国人女性は、おそらく体調が悪いなどのやむにやまれぬ事情があったのだろう、と僕は同情と共に推測する。

同時に国が新しいアメリカ人はもしかすると、イタリアの古都の歴史的建築物や施設を目の当たりにすると、心に何かのスイッチが入って尿意を催す、なんてこともあるのだろうか、といぶかったりもする。

立ちションへのイタリア人のこだわりは、ローマ帝国にその起源があるのかもしれない。それというのも古代遺跡のコロッセオが、立ちションならぬ公衆トイレの小便のおかげもあって建設が可能になった、という歴史があるからである。

円形闘技場のコロッセオは、皇帝ウェスパシアヌス治世の(紀元)70年頃に工事が開始され、10年後に完成した。

ウェスパシアヌスが莫大な費用がかかるコロッセオの建設を決めたのは、市民(国民)を闘技場で遊ばせることで、彼らの支配者への不満をそらせようという意図があった。

当時のローマ帝国の財政は破産寸前だった。ウェスパシアヌス帝は財政逼迫を押してコロッセオ建設を進めると同時に、財政立て直しのための大胆な政策も次々に遂行した。

その一つがいわば「立ちション(小便)税」ともいうべき、尿取引に課した前代未聞の税金。ローマ市中に公衆便所を設置し、そこに溜まった尿を国家が売買し課税したのだ。

古代ローマ人は尿を貴重な資源として重宝した。尿にはアンモニアが含まれ衣服に付いた油やしつこい染みなどの汚れを 落とす効果がある。そこで洗濯用にそれを用いた。

また尿はなめし革製作にも使われ、果ては歯を白くするホワイトニング効力もあるとまでみなされて、人々の熱い視線がそそがれていた。

アイデアマンの皇帝ウェスパシアヌスは、そこに目をつけた。市中に公衆便所を施設して尿を集め汲み取り業者に売買させ課税したのである。

画期的なその事業はローマ帝国の苦しい財政の一助になった。だが国家がションベンの売り買いにたずさわるという行為を、下品だとして非難する政敵や官僚などの有力者も少なくなかった。

ウェスパシアヌスの息子ティトゥスもその一人だった。そこでウェスパシアヌスは、公衆便所事業で稼いだ金を息子の鼻先にかざして「これは臭いか?」、と聞いた。金はもちろん無臭である。ティトゥスはひと言も反論できなかった。

金銭には貴賎はない、と説いたウェスパシアヌスのその叡智はつまり、(金銭に)貴賎があらわれるのはそれを使う人の本性による、という真理の別表現である。

ウェスパシアヌスは、それを息子に語ったとされるが、実際にはローマの元老院や広場などで政敵や批判者を向こうに回して演説をしたのではないか、と僕は思う。だから史実として言い伝えられてきたのだ。

ウェスパシアヌスが息子のティトゥスに諭した、というのはおそらく後世の人々の作り話である。人生哲学は「父から子への贈り物」として語り継がれたほうが面白く重みもでる。

ティトゥスは父の後を継いでローマ皇帝になった人物だ。在位は2年間と短かったが彼の政治家としての評価は高い。偉大な父とその背中を見て育った偉大な子の物語の誕生である。

ともあれ、財政難の中で工事が始められた壮大な建造物コロッセオは、人々のションベンのおかげもあってそこに存在することができた、というめでたい話である。

たかが立ちションに130万円もの罰金を課すイタリア人のメンタリティーは、永遠の都ローマの歴史でもひもとかないと、僕のような外国人には中々理解できないのである。

イタリア政局アップデート~ドイツに似てまったく非なるイタリアの政治混乱



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政権が発足できないイタリアの今日の政治状況は、つい先日までのドイツのそれと瓜二つである。だが両者は違う。国力が違うからだ。

ドイツで昨年9月に行われた総選挙では、メルケル首相率いる同盟(キリスト教民主・社会同盟)が勝利したものの議席数を減らし、第2党の社会民主党も大きく議席を減らした。極右党の「ドイツのための選択肢」が両党の議席を奪って大躍進したのである。

「ドイツのための選択肢」は米国のトランプ政権やフランスの極右国民戦線、オランダの自由党、またここイタリアの同盟などと同じ、排外主義を旗印に不寛容と差別とヘイトを助長しようとする危険な集団である。

ヒトラーのナチズムにつながりかねない極右政党への危機感もあって、同盟と社会民主党は連立政権を目指した。しかし、選挙で大敗を喫した社会民主党は、メルケル首相と提携して日陰の存在になるのを恐れ、連立政権参加を拒否。

政権合意に向けた協議は紛糾し、ドイツの政治不安は長引いた。 ドイツの政情不安は直線的にEUの弱体化につながる。それを怖れる他のEU構成国や世界から早期の政権発足を促す声が高まった。

圧力に押される形で、ドイツのシュタインマイアー 大統領は自身も所属する社会民主党を説得。紆余曲折を経て3月4日、ついに社会民主党が同盟との連立政権樹立に合意した。それは偶然にもイタリア総選挙の投票日と重なっていた。

イタリアの総選挙では、ドイツとは違って「予想通り」反体制ポピュリスト政党の「五つ星運動」と反EU(欧州連合)反移民・排外主義を標榜するもう一つのポピュリスト勢力「同盟」が躍進した。

だがどちらも過半数制覇には至らず、彼ら同志が提携するか、第3勢力で前政権与党の「民主党」と連立を組むかの選択肢しかない。

主導権掌握を目指した三つ巴の闘いの中心にいるのは、単独政党としては最大の議席数を得た五つ星運動。その五つ星運動はあらゆる政党や会派と話し合う、としながらも民主党との連立政権樹立を模索したいのが本音である。

だが民主党は野党に徹して次の選挙での勝利を目指す、として連立政権への参加を拒否。政権が発足できない混乱が続いている。

それはドイツの政治混乱の構図にそっくりである。ドイツでは第一党の同盟が社会民主党との連立政権を目指すものの、後者が野党に徹するとして政権入りを拒みつづけた

またイタリアの政治混乱を収拾させようとして動いているのはマタレッラ大統領である。マタレッラ大統領は民主党の出身である。

ドイツでもシュタインマイアー 大統領が政権合意を期して動いた。同大統領は政権参加を拒んでいた社会民主党出身である。その図式もイタリアと同じだ。

マタレッラ大統領が、身内の民主党を説得して五つ星運動との政権合意を演出すれば、イタリアの政治混乱はひとまず収束するだろう。

だがそれは「いったん政権が樹立される」だけで、イタリアの政局は再び紛糾することになるだろう。五つ星運動はドイツの同盟とは全く質が違う。理想は高いが荒唐無稽な主張も多い大衆迎合勢力だ。

民主党は政権に参加することで、五つ星運動の行過ぎたポピュリズム政策に待ったをかけることができる。それはここまで政権を担ってきた民主党の、いわば国民への義務ということもできる。

また民主党はこれまでの主張を変えずに野に下り、次の選挙での勝利を模索することもできる。民主党寄りのマタレッラ大統領は、あるいは彼らの主張に理解を示すかもしれない。

そうなれば、五つ星運動が同盟と連立を組む危うい政権が誕生するおそれがある。あるいはマタレッラ大統領主導のテクノクラート(挙国一致の実務者)内閣が成立する可能性もある。

またどちらにも至らず政治不安が長引く余地も十分にある。そして全ての試みが不首尾に終われば、再選挙が待っている。

ドイツの政治混乱と違ってイタリアのそれは、長引いてもEUや世界への影響は少ない。イタリアは大国だが、世界政治の勢力図上は例えば日本同様に小国だ。ほとんど何の重要性も持たない。

どこかでより良い組み合わせによる連立政権が生まれるに越したことはないが、イタリアが国内の政治混乱を引きずってしばらく停滞しても大きな支障はない。

むしろ政治混乱が長引けば長引くほど、ポピュリストの五つ星運動や同盟の極論主義が後退して、「より普通の」政策や綱領や理念を志向する可能性が高くなる。

イタリアにおける政治的な過激勢力は、国内に多くの主義主張が存在し意地を張る分、極論を中和して他勢力を取り込もうとする傾向が強くなる。そうやって政治的バランスが保たれやすくなる。イタリア政治の最大の特徴である多様性の効能である。


ドタバタがイタリア政治の真髄



イタリアの政権樹立協議は案の定長引いている。協議が暗礁に乗り上げる可能性も高い。

明確な勝者が出なかった3月4日の総選挙を受けて、前衛と極右&保守とリベラルの3者が入り乱れた政権奪取劇が繰り広げられるイタリア。

3者のうち前衛とは反体制ポピュリスト党の「五つ星運動」、極右&保守とは4党が結束した「中道右派連合」、またリベラルとは前政権党の「民主党」である。

政権樹立に向けた動きは、得票率32%で単独政党トップの五つ星運動を軸に展開している。同党は中道右派連合と組んでも民主党と組んでも絶対多数の議席数になる。そこで相手の2者に連立を呼びかけているが、それぞれに条件を付けている。

先ず中道右派連合のうちベルルスコーニ元首相が率いるFI(フォルツァ・イタリア)を除外すること。また民主党にはレンツィ前党首の排斥を要求している。

これに対して中道右派連合を主導する連盟のサルヴィィーニ党首は、仲間のベルルスコーニ元首相を排除することはできないと言明。また民主党はそもそも連立政権には参加せず野党に留まる、と意思表示。政権合意に向けた協議は難航している。

表向きの言い分とは別に、五つ星運動と同盟にはそれぞれの強い思惑がある。すなわち誰が首相になるか、ということである。五つ星運動の首相候補は実質的な党首である31歳のディマイオ氏。 中道右派連合の首相候補は同盟党首のサルヴィーニ氏である。

32%の支持率で単独政党トップとなった五つ星運動のディマイオ氏は、誰と連立を組んでも首班は彼自身であるべき、と考えている。また同盟のサルヴィーニ氏にも首相職への強い野心がある。

同盟は単独政党としては3位((2位の民主党と僅差の))の勢力だが、会派として最大の37%の支持を得た右派連合の盟主。従ってその党首である自分にも首班になる権利がある、というのが本音である。

サルヴィーニ氏が連合仲間のベルルスコーニ元首相を擁護するのは、元首相率いるFI党なくしては、連立政権入りしても首相レースで五つ星運動のディマイオ氏に勝てない、という計算もありそうである。

そんな具合に政権樹立交渉はここまで(4月15日現在)のところ、前衛と極右という違いはあるもののどちらもポピュリスト政党である五つ星運動と同盟の、首班席獲得レースの様相を呈している。

3者の主張の取りまとめ役を務めているのはイタリア共和国大統領である。イタリア大統領は普段は象徴的な存在で実権はないが、いったん政治混乱が起きるとたちまち存在感を増す役職である。

両党の首相候補者の言動を見ていて気づかされるのは、五つ星運動のディマイオ氏が全体の32%の支持しか得ていないのに、まるで絶対多数を手中にしているかのようにあれはダメこれもダメ、という具合に「排除の論理」に固執している点だ。

一方、同盟のサルヴィーニ氏は、単独政党3位の立場を意識してか排除の論理は振り回さないものの、合意妥協に至らないならすぐさま解散総選挙を行うべき、と声高に主張。

もしかすると彼自身も、民主主義の真髄である「妥協」を否定するディマイオ氏と同類の政治家ではないか、と疑われても仕方がないような言動を繰り返している。

マタレッラ大統領を調整役とした政権合意形成を目指す協議は今後も続けられる。結果が出るまではジェンティローニ首相が率いる「暫定政権」が実務をこなしていくが、イタリアは依然として政府のない状態が続くことになる。



安倍首相への公開状~おともだちに関税かけられても怒らないの?



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安倍首相の不安

安倍晋三首相は、内政では森友学園問題や自衛隊日報問題等で重大な政治責任を負っていると思うが、外交でも北朝鮮をめぐる命題で大きな失政を犯しているように見える。特にトランプ大統領と対等の付き合いをしているつもりで、実は見下されているだけ、との批判も成り立つ阿諛外交は、日本国と国民を危険に陥れかねない危ういものだ。

トランプ大統領が2018年3月8日、 金正恩・朝鮮労働党委員長との会談に応じると発表したことを受けて一部の欧米メディアは、日本の安倍首相がトランプ大統領から彼に事前に相談がなかったことに失望しうろたえている、という趣旨の分析をした。それは安倍首相の本質を鋭く見抜いたものだ。日本のメディアもそのことに気づいて論陣を張るものと思ったが、ほとんど何も出てこない。そこで僕は関連して自分の意見を述べておくことにした。

安倍首相はトランプ大統領の対北朝鮮政策、つまり徹底した経済制裁と政治的軍事的な圧力、また侮辱と脅しがパックになった、いわば「北朝鮮のポリシーと瓜二つじゃん」政策に追随してきた。ところがトランプ大統領が何の予告もなしに豹変・方向転換して、安倍首相は見事に裏切られハシゴをはずされて不安のただ中にいる、と僕も思う。

おべんちゃら列伝

トランプ大統領の腰巾着そのものに見える悲しい安倍外交は、2016年11月、トランプ氏が大統領選挙に勝った直後、安倍首相がそそくさとニューヨークのトランプタワーに駆けつけたときに始まる。安倍首相はその後、訪日した娘のイヴァンカ女史を下にも置かないもてなしぶりで盛り上げ、次のトランプ大統領自身の訪日時には、彼の「大太鼓持ち」としてちょこまかと走り回った。

同じ時期には白人至上主義者の正体を隠そうともしない元首席戦略官のスティーブン・バノン氏を、安倍首相支持者とかかわりがあるともされる団体が日本に招聘してこれを持ち上げ、持ち上げられたバノン氏がさらにトランプ大統領を持ち上げる、という差別主義者らの浅ましい一大イベントも挙行された。

一連のお追従イベントの全ての期間中、トランプ大統領は合いも変わらずに北朝鮮への圧力強化と脅しと揶揄と侮蔑の入り混じった言動に固執し、安倍首相はトランプ大統領に歩調を合わせて、ナントカの一つ覚えのように「政治・経済・軍事的な圧力あるのみ」と言いつづけ、それが破綻したときの戦争のリスクなどにはほとんど言及しなかった。

属国主義という国難

安倍首相のやることの全てが悪いのではない。自尊心のかけらもないような諂笑が見苦しいのだ。世界の大半がトランプ勝利に眉をひそめている最中に、トランプタワーにはせ参じて「何らの批判精神もなく」彼に取り入った安倍首相の行為には、無恥と無知が重なった軽さがあった。安倍首相のそうした「批判精神なき言動」は正視するにしのびないものだ。

彼の言動を監視している世界の多くの人々が、トランプ大統領との個人的友誼に名を借りた、だがその実態はアメリカの臣僕然とした、安倍首相の姿勢をひそかに見下している。それは日本国が、そしてなによりも日本人が見下されるということだ。近年、世界中で培われてきた日本への賞賛は安倍首相によってひどく傷つけられ続けている。

卑屈な態度を示すのに「靴を舐める」という表現があるが、ここイタリアには同じ意味を表す場合のもっと厳しい言葉がある。すなわち「Leccaculoレッカ・クーロ(ケツなめ)」である。安倍首相は、イタリア語でいう「Leccaculo(ケツなめ)」外交で、トランプ大統領に徹底的にかしづく「属国外交」施策を連発してきている。

友達ごっこ

彼はまだ大統領に就任してもいないトランプ氏にいち早く拝謁して、友情を育んだと信じた。だがそこには、世界の多くの指導者、特に欧州各国首脳に嫌われているトランプ氏が、飼い犬よろしく駆け寄ってきた安倍首相の動きを喜び頭をなでてやった、程度の関係性しかなかった。

したたかなトランプ大統領はその後、内心の優越意識を表に出さないようにうまくコントロールしながら、一貫して日本のナショナリスト宰相との友達芝居を演じ続けた。

手を取り合って北朝鮮への厳しい姿勢を貫き通す、という岩のように堅い意思と合意で結ばれていたはずの「トランプ・安倍 “親友”協定」は、トランプ大統領が安倍首相には何の相談もなく手のひらを返し北朝鮮に歩み寄ったことで、単なる幻想 に過ぎなかったと露呈した。

トランプ大統領と安倍首相の友情は画餅にすぎない、ともっと明確に示している出来事がある。米国が3月初頭に「鉄鋼とアルミニウムにそれぞれ25%と10%の関税をかける」と発表し、同月22日にEU加盟国やオーストラリアなど6カ国を除外する方針を明らかにしたことだ。

日本は対象からはずしてくれるように懸命に働きかけたが、最大の懲罰対象国である中国と共に関税を課されることになった。トランプ大統領の親友の「シンゾー・アベの日本」は、EU各国やカナダやオーストラリアなどと等しいアメリカの同盟国とはみなされなかったのである。

習近平にも負けた

トランプ御大にコケにされても沈黙する安倍首相とは裏腹に、中国の習近平国家主席は猛反発。即座にアメリカからの輸入品に関税をかける報復措置を発表した。トランプ政権が対抗してさらなる課税目標を明らかにすると、ひるまずにこれにも対抗措置をぶつけて世界を驚かせた。

中国の胆力(ガッツ)に明らかにたじろいだトランプ大統領は、「貿易摩擦で何が起ころうと私と習近平主席の友情が揺らぐことはありえない」と表明せざるを得なかったほどだ。

友情とは対等の人間関係に基づく信頼と親しみと絆のことだ。それは国家間にもあてはまる。日米間になそんな友情は存在しない。ご主人様のアメリカに日本が従僕のごとくひざまずくことからくる、見せ掛けの友宜があるのみだ。

そのフェイク親善は安倍首相によってさらに卑屈度が大きくなり、惨めになり、醜悪になった。

言いにくいことでも言うべきところは言うのが真の友人だ。それは欧州などの首脳が、米国を最大の同盟国と認めながらも、トランプ大統領に堂々と物申す姿勢と同じこと。安倍首相には一党独裁国家の首魁に過ぎない習近平国家主席ほどの気概も見識もないようだ。

中国に資する日本右翼

北朝鮮をめぐる米朝、韓朝、中朝、中韓などの「蜜月」が急速に進む東アジアで、日本は完全に孤立している。近隣諸国との友誼には目もくれずに終始米国に擦り寄って、(理論的には武力行使も辞さない)圧力あるのみ、と叫び続けた安倍首相の責任は重大だといわざるを得ない。

そんな中で中国が日本に接近する姿勢を見せ始めているのは歓迎するべきことだ。だがそれとて手放しで喜べるものではない。なぜなら中国の動向は日本を信用してのものではない。トランプ政権へのけん制の意味で北朝鮮との関係を修復したのと同じく、「対米対抗策」としての中国によるアプローチだからである。

北朝鮮危機に直面する日本には周囲に真の友がいない。それどころか近隣諸国に疎まれてしまう状況は、安倍首相と周辺が、戦争責任さえ認めようとしない歴史修正主義者の政治家や知識人、また彼らに同調する排外差別主義者らの跋扈を許し、中韓朝への配慮を欠く政策を改めない現実がもたらしている危機だ。

そうした状況に対する分析や批判や警鐘や提言が、日本の大手メディアではほとんど見られない。目に付くのは「北朝鮮を信用するトランプ大統領は危うい」というニュアンスの主張だ。そこには「対話でなく圧力をかけ続けるべき」という権力者らの焦りの混じった空気に追従する、ネトウヨ排外差別主義者らの思いだけが透けて見える。

北朝鮮の意図

アメリカとの対話を呼びかけた北朝鮮は、経済制裁を解かせようとして「いつもの」欺瞞作戦を展開している可能性は消えない。核ミサイル技術の完成までの時間稼ぎの可能性もある。あるいは、周知のように非核化を「朝鮮半島の非核化」と規定して核を保有する米軍の撤退、を主張したいのかもしれない。

それどころか、米本土まで届くICBMの開発を破棄する代わりに、一部の核兵器つまり日本などが射程距離に入る中(短)距離核ミサイルの保有を認めろ、と迫るかもしれない。アメリカ第一主義者で自己中のトランプ大統領は、アメリカさえ安全なら日本のことなど意に介せずに要求を受け入れる可能性も大だ。

だが、もしかすると、北朝鮮は本気で核ミサイル開発計画を破棄(凍結ではなく)する意思があるのかもしれない。その場合は北朝鮮は、見返りにさまざま無理難題や要請を談じ込んでくるだろうが、北朝鮮の非核化が真に実現するなら、いかなる見返りも安いものだろう。

何十年にもわたって進展がなかった北朝鮮問題が、大きく転換する可能性があるのだから、トランプ大統領の試みはトライする十分な価値がある。もしも行き詰まって話し合いが決裂しても、それは「だめもと」の試行が文字通り“もとのダメ”に戻るだけだ。

交渉が失敗すれば、米朝の対立緊張が一気に強まって武力衝突の危険が高まる、という指摘もある。だが、武力衝突の危険は常にあった。トランプ政権になってからは余計にその可能性は高まった。その高まった危険の度合いが、さらに急激に拡大する可能性は否定できない。それでも「だめもと」でトライするべきだと思う。

対話も追及するべき

安倍首相は、武力行使を認めるニュアンスが濃い「強い圧力の継続」という引きこもりの暴力愛好家的な咆哮をやめて、ここはトランプ大統領の北朝鮮との対話の姿勢を支持するべきである。

一方で安倍首相は、中韓と北朝鮮またロシアなどとの対話を独自に模索するべきだ。そしてそこで影響力を行使するためには、トランプ大統領の「ケツなめ」に終始する態度を改めて、米国と対等になるための自立と自主性と誇りと教養を培う努力も怠るべきではない。

書きそびれている事ども 2018年4月10日



サクランボ800
フランコ家のサクランボ(4月8日)


《書こうと思いつつ優先順位が理由でまだ書けず、あるいは他の事案で忙しくて執筆そのものができずに後回しにしている時事ネタは多い。僕にとってはそれらは「書きそびれた」過去形のテーマではなく、現在進行形の事柄である。過去形のトピックも現在進行形の話題もできれば将来どこかで掘り下げて言及したいと思う。その意味合いで例によってここに箇条書きにしておくことにした》

桜桃 (サクランボ)
ことしは3月17日、友人宅での花見の誘いを受けた。ところが予想に反して、その日の段階では北イタリアの桜はまったく咲かず。寒さに震える桜の堅い蕾たちを家の中から眺めつつ馳走にあずかった。10日後の3月27日、友人で大酒飲みのフランコと、ことし初のわが家でのガーデン飲み会。春爛漫とばかりに日差しはまぶしかったが、同時に「春は名のみの」で気温は低い。ビールを飲みつつサクランボまた桜の話に「花咲かせ」た。フランコの家の庭にはサクランボの木があって、毎年開花し実もつける。サクランボは白い花なので、ソメイヨシノに代表されるいわゆる桜の花の華やかさはない。僕は3年前に桜を庭に植えて、翌年に見事な花が咲いたが、夏の手入れが行き届かずあっという間に枯れてしまった。再び桜を植えたいが、また失敗するのもいやだし、桜のつもりでサクランボ(桜桃)を植えようかな、などとフランコに伝えた。桜の花の華やかさにはかなわないかもしれないが、サクランボの白い花も可憐で悪くはない。実のサクランボも収穫できて一石二鳥だし。。。などと考えている。それにしても桜の実が「桜桃」というのはどうも変だ。たとえば「桜実」などと書いてサクランボと読みたい気がしないでもない。もっともサクランボは桜ではないのだから、桜桃がよし、というとらえ方もあるのだろうけれど。

大相撲 春場所 
鶴竜優勝のつまらなさ。横綱の強いイメージがゼロ。しかし優勝インタビューの日本語の流暢さは相変わらずすばらしかった。引退した日馬富士が、現役横綱でありながら大学に通うものの、日本語のレベルが「昨日来日したばかりか?」と思わせるほどの拙さだったのと対照的。鶴竜も日馬富士も奥さんはモンゴル人。したがって2人が奥さんから日本語のレッスンを受けられない点は同じ。なのにひどい差が出る。もしかして日馬富士って頭が悪かったのかな・・?春場所最高の取り組みは9勝5敗同士で千秋楽にぶつかった栃ノ心VS逸ノ城戦。好調で強く重い逸ノ城をがっぷり四つから寄り切った栃ノ心。見ごたえがあった。栃ノ芯は10勝して初場所の14勝優勝と合わせて24勝。大関昇進の可能性が出てきた。大関昇進の基準は、直前3場所の合計勝利数が33勝以上。従って来場所9勝でも到達。しかし、9勝では心細い。せめて11勝ぐらいはしてほしい。そうなれば文句なしだろうが、10勝でも34勝になるから、相撲協会は昇進か否かをめぐって苦心するだろう。

習近平 永久独裁主席
ロシアのプーチン大統領が再選され、終身国家主席になりかねない習近平さんに並んで、さらなる強大独裁者に。2者択一(民主党VS共和党)の勝負で大統領になったトランプさんにも似ている。エジプトのシシさんも再選。また将来、総裁3選なら日本の安倍さんも同じ穴のムジナ。独裁の茶番劇が続く。

佐川証人喚問
佐川氏が「刑事訴追を受ける可能性がある」一辺倒の答弁で逃げおおせたのは、喚問をかわすことができる規定そのものの問題とともに、安倍一強がロシア・プーチン、中国・習近平独裁政権にも似た権力だから。中露の場合は国家がつまり秘密警察が上から押さえるが、日本の場合はそれと同時に下からの抑え、つまり国民による「忖度という名の警察」があるために不正の隠蔽はより強力なものになる。証人喚問は「刑事訴追を受ける可能性がある」の条項を外して、「司法は証人の証言に囚われずに独自に捜査をすすめなければならない」とした上で、証人にすべてを話すように決め付けるべきだ。それを利用して検察が証人を追及する危険は無くならないが、それは証人が「刑事訴追を受ける可能性がある」という伝家の宝刀の文言を盾にして逃げる危険と同じ程度の危険である。同じ危険ならば、国民により多くの利益を生む危険のほうを採用するべき。自民党の丸川珠代さんの「総理、総理夫人、麻生財務大臣の関与はなかったんですね」という出来合いの質問をすることに、微塵も羞恥を覚えない醜悪。いまさらながら、「TVタックル」時代の可愛さの化けの皮がはがれている、と感じた。仮面の凄味。

パスクア(復活祭)コヒツジ料理
子羊また子ヤギ食いにからませて、動物虐待やら菜食主義に移行しろやらの極論がよく聞かれる。動物を家畜にして量産できる態勢が確立しているのなら、それを食べても非難されるいわれはないのかもしれない。動物虐待(肉食)はNGだが生物虐待(菜食・ヴェジタリアン)はOKでは筋が通らない。食の対象としては、野生動物は基本的にNGだが家畜は基本的にOKとなるべきではないか。動物愛護家も菜食主義者もヌーディストもフェミニストも誰も彼も、主義主張を尊重しろと大いに叫ぶべきだが、菜食主義者が肉食者を、あるいはヌーディストが水着姿の人を糾弾するのは余計なお世話であり、あまり賛同してもらえないのではないだろうか。。。


書きそびれていること~佐川証人喚問




佐川切り取り600


佐川氏が「刑事訴追を受ける可能性がある」一辺倒の答弁で逃げおおせたのは、喚問をかわすことができる規定そのものの問題とともに、安倍一強がロシア・プーチン、中国・習近平独裁政権にも似た権力だから。

中露の場合は国家がつまり秘密警察が上から押さえるが、日本の場合はそれと同時に下からの抑え、つまり国民による「忖度という名の警察」があるために不正の隠蔽はより強力なものになる。

証人喚問は「刑事訴追を受ける可能性がある」の条項を外して、「司法は証人の証言に囚われずに独自に捜査をすすめなければならない」とした上で、証人にすべてを話すように決め付けるべきだ。

それを利用して検察が証人を追及する危険は無くならないが、それは証人が「刑事訴追を受ける可能性がある」という伝家の宝刀の文言を盾にして逃げる危険と同じ程度の危険である。

同じ危険ならば、国民により多くの利益を生む危険のほうを採用するべきではないか。

自民党の丸川珠代さんが「総理、総理夫人、麻生財務大臣の関与はなかったんですね」という出来合いの質問をすることに、微塵も羞恥を覚えないらしいのは醜悪。

いまさらながら、「TVタックル」時代の可愛さの化けの皮がはがれている、と感じた。仮面の凄味。




イタリア政局アップデート~走るポピュリストと大統領 



キス:デlマイオ&サルヴィーニ700pic
五つ星運動と同盟のトップがキス-ローマの壁アート



過半数を制する政党がなかった3月4日の総選挙結果を受けて、イタリアでは3つの勢力が政権樹立とそこでの主導権掌握を目指して駆け引きを続けている。

3つの勢力とは、4党が手を組んだ「中道右派連合」と反体制抗議政党の「五つ星運動」、そして(前政権与党)民主党が主導する「中道左派連合」である。

これらの勢力のうち、4政党が実質的な政権樹立ゲームを繰り広げている。それは総選挙での得票率順に並べると次のようになる。

1.単独政党としてはダントツの支持率を得た五つ星運動  2.民主党  
3.極右政党の「同盟」  4.ベルルスコーニ党の「FI(フオルツァ・イタリア)」である。

各政党に加えて「政党連合」が存在するために分かりづらくなっているが、イタリアでは各党がどの政党連合(会派)に属するかを旗印にして、選挙戦に挑むことが容認されている。

そのために単独では過半数獲得が不可能な政党が寄り集まって提携「連合」し、それぞれがいわば擬似政党として選挙に挑む。

しかし単独で過半数制覇を目指す「五つ星運動」は、他党との連合を拒否して選挙に臨み、勝利した。連立政権樹立に向けた政治ゲームは、その五つ星運動を中心に展開されている。

五つ星運動は31歳のディマイオ氏を首相候補に立てて、中道右派連合と中道左派連合に連立政権への参加を呼びかけている。だが、その中身は単純ではない。

それというのも五つ星運動は、連立の条件として右派連合にはベルルスコーニ元首相の排除を、また左派連合にはレンツィ前首相の排除を要求しているからである。

五つ星運動の最大の政治目標の一つは、「腐敗した既成政党や政治家」の一掃である。彼らにとってはベルルスコーニ元首相は、過去20年以上に渡ってイタリア政治を牛耳ってきた「腐敗権力」の象徴。

またEU(欧州連合)信奉者のレンツィ前首相は、EU懐疑派の五つ星運動の天敵である。五つ星運動は、最近はEUへの敵意を抑えているが、その真の姿は「反EU」であり、レンツィ前首相とは激しく対立してきた。

中道右派連合を主導する同盟のサルヴィーニ党首は、仲間のベルルスコーニ氏の排除はできないとし、レンツィ前首相が所属する民主党も連立政権に参加する考えはない、としてディマイオ氏の要求をはねつけている。

しかし、同盟も民主党も、実は裏ではディマイオ氏の提案を真剣に吟味しているのではないか。ディマイオ氏の要求は、五つ星運動の立場によれば、荒唐無稽どころかきわめて妥当なものだと僕には見える。

ベルルスコーニ元首相は、中道右派内で握り続けてきた主導権を失ない、同盟のサルヴィーニ氏の軍門に下った。またレンツィ氏は民主党の衰退と選挙での大敗の責任者。どちらも今やオワコンだ。

サルヴィーニ氏がベルルスコーニ氏を切り捨て、レンツィ氏が失脚して党体勢が変わった民主党も、今や一兵卒に過ぎない同氏を何らかの形で排除する可能性が十分にある。

ここまでが4月5日現在のイタリア政局の現況である。しかし、ここ最近のイタリア政治記事の中で何度も言及しているように、この国の政局はなんでもありだ。どこに向かうかは誰にも分からない。

どこに向かうか分からない政局の中で、道筋の少しの案内になるのがマタレッラ大統領の動きである。彼は復活祭が終わった4月3日から、政権合意を目指して各政党との協議を始めた。

イタリア大統領は議会解散権や首相任命権、また国民投票実施の権限などを持つ。しかしそれらの権限は名誉職のそれで実権とは遠く、普段はほとんど重視されない。

ところが政局が不安定化した場合は、それは一転して強い権限になる。そしてイタリアは政治不安がひんぱんに起こる国である。結果的に大統領は「ほぼ常に」重要な意味合いを持つ地位、というこ とになる。 

大統領は今まさに彼がやっているように政党間の調整役となったり、首班を指名して組閣要請を出したり、議会を解散して総選挙を行なうなどの重責を担う。

政権への合意形成を目指す協議は繰り返し開催され、何週間も、へたをすると何ヶ月もかかる可能性がある。例えば2013年の総選挙では合意形成までに1ヵ月以上もかかった。

政権合意に至らないケースも十分にありうる。その場合はマタレッラ大統領が各政党からの支持を取り付けて、いわゆる挙国一致のテクノクラート(実務者)内閣の成立を模索する可能性がある。

それも失敗すれば、彼は再び議会を解散し総選挙を実施する決断を下すだろう。イタリアの政治混乱とは言葉を変えれば「大統領の真骨頂が試される時」でもあるのだ。両者は切っても切れない因縁なのである。





ケガの功名




伝わらない文意

僕が左肩脱臼と打撲の大ケガをしたのは、2007年のことである。

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上半身包帯ぐるぐる”の写真を見た方々からのお見舞いコメントはありがたかった。が、少し戸惑いもした。負傷したのは、今も言ったように、ほぼ11年も前のことだからだ。



普通に文章を読めば障害は過去のことだと分かると思うのだが、書き手の僕のヘタの悲しさで、文意がうまく伝わらなかったようである。

いただいたコメントの中に「携帯なし、山中のなかからどうやって生還したのか気になります」という指摘があって、あ、と自分の思い込みに気づいた。

生還のいきさつはこれまでに何度も書いていて、僕にとってはすでに説明済みのことだったのだ。書き手の思い込みは要するに「文章のヘタ」と同義語である。

例えば2007年8月、僕はケガについて新聞のコラムに次のように書いた。

先日、南アルプスに川釣りに行って、左肩脱きゅうと打撲で全治一ヶ月余の大けがをした。

僕は釣りが好きである。かつては海釣り一辺倒だったが、海まで遠いイタリアの内陸部に居を構えてからは、近場の湖や川での釣りも覚えた。

今回は森林監視官で秘密の釣り場を多く知っているイタリア人の友人と2人で出かけた。クマも出没する2千メートル近い山中である。

険しく、緑深い絶景が連なる清流を上るうちに、なんでもない岩に足を取られて転倒した。肩に激痛が走って僕は一瞬気を失い、身動きができなくなった。救急ヘリを呼ぼうにも携帯電話は圏外で不通。たとえ飛んできても救助は無理と思われる深い谷底である。

友人に担がれるようにして沢の斜面をあえぎあえぎ登り、獣道のような隘路に出た。そこで彼が車を取りに行き、僕は悪化する肩の痛みとクマの恐怖におののきながら道脇に2時間近くうずくまっていた。

以来1ヶ月、僕は上半身をぐるぐると包帯で固められて、書斎兼仕事場にこもりきりである。

書斎兼仕事場は自家の葡萄園に面していて、今年は8月6日に始まったヴェンデミア(葡萄の一斉収穫)の様子をそこの窓から眺めた。本来は9月末のイベントであるヴェンデミアは、温暖化のせいで近年は異常に早くなった。地球は確実に何かに侵されている。

同様に、なんでもない岩に足を取られて転倒した僕の体も、もしかすると温暖化ならぬ「老残化」現象に侵され始めたのではないか、と窮屈で
「熱い」上半身を恨みながら少し憂うつになったりもする日々である。




火事場の≪肉体の≫馬鹿力

転倒後、沢の斜面を登って獣道にたどり着けたのは、今にして思えば奇跡的な出来事だった。屈強で且つ山に詳しい友人のマリオがいなければ、とても達成できなかっただろう。

斜面は急峻で、木々や草やその残骸、また土の盛り上がりや石塊や岩盤などの障害物で埋めつくされている。

友人のマリオは僕の体を時には支え、時には右腕だけでしがみつく相手を引き上げたりしながら、それらの妨害を掻き分けてひたすら上方を目指した。

僕は「火事場の馬鹿力」で彼によく並びまた追いて行った。必死のサバイバル行が呼び覚ました僕の中のエネルギーは、まさに「火事場の馬鹿力」だったのだと思う。

左肩の激痛と疲労に翻弄されながら、僕の決して強いとは言えない身体は、友人のマリオの勇猛で果敢な動きによく応えたのである。


火事場の≪精神の≫馬鹿力

実はその時の僕の中には、いわば精神の「火事場の馬鹿力」も沸き起こっていた。左肩とその周辺の痛みは、「耐え難い」という表現が侮辱に思えるほどの巨大な苦難だった。

僕は生還を目指して懸命に動きながら、胸中で(もう気絶するだろう)と繰り返し自らにつぶやいていた。同時にそこには、我慢の限界を超えた苦辛そのものを「客観的に見よう」、と努力している自分もまたいたのである。

言葉を変えれば僕は、覚めた意識で「痛みそのものを凝視しよう」と心魂を集中させていた。するとそこには開き直りに似た強さが生まれた。消極的な諦めの感情ではなく、飽くまでも痛みに向かって神経を集中させることからくる、いわば「攻めの強さ」だ。

激痛を感じつつ僕はその激痛を受け入れることで、あたかも痛みを感じない時の平穏な心の状態になっていた。

それは決して「痛みを感じない」とか「痛みに打ち勝った」とかいうことではなかった。いうなれば激痛は感じながら激痛に平然と対峙している、というような状況だったのである。

自分の中に秘められていた、その思いがけない「強さのようなもの」は僕をとても勇気付けた。

僕は臆病な人間であり、痛みに叫び声をあげる人間であり、それどころか痛みを怖れて逃げることさえ辞さない類の男だ、とずっと信じてきた。

それだけに自分の中にある 、いわば「肝っ玉」にも似た気力の存在は大きなおどろきであり、喜びだった。

科学的解説

「火事場の馬鹿力」とは科学的に説明すれば、緊急時に体内に満ちるアドレナリンによって運動能力が高まることである。それに伴って脳内に神経伝達物質の β-エンドルフィンが分泌され、痛みを感じることが少なくなると考えられている。

従って僕の心の動きはそうした身体の自然作用によって起こっていた、と結論付けることができるかもしれない。だが僕は意識を集中して「痛みを凝視しよう」と自分を鼓舞し、自身に確かに繰り返しそう語りかけてもいた。

その結果は、決して痛みが無くなったということではなく、いわば「僕の意識がその痛みと共生している」というふうだったである。痛みはあるが痛みに寄り添いつつそれに対抗してもいる自分が確実にいたのだ。

もっと言えば、アドレナリンや β-エンドルフィンは、僕の体内で勝手に分泌されたのではなく、僕が意識して痛みに立ち向かうことによって活性化された、とでもいうような感じがしてならない。

曖昧な記憶あるいは回想

急斜面をあえぎ登っていくときに僕の身体に満ちていた「「火事場の馬鹿力」 は前述の通りだが、実は僕の《精神の「火事場の馬鹿力」 》がどのあたりで生まれたのかは定かではない。

高く険しい斜面を上りきった後、僕は隘路脇の草に囲まれて2時間ほどうずくまっていた。その間じゅう僕は、やはり前述したように激痛を凝視し続けていたのだ。

マリオが車を回してきて、そこからさらに3時間近くかけて麓の救急病院に着いた。車の中でも、また病院で治療開始を待つ間も、僕は相変わらず精神を集中して痛みと対峙していた。

一連の心の動きは、斜面を登っている間に始まったのだと思うのだが、僕には正確な時間の記憶がない。それはおそらく崖を登りきるまでにどれくらいの時間がかかったか覚えていないことと関係がある。

僕の時間の記憶は、崖を登りきって隘路脇にうずくまるあたりから鮮明になるのである。痛み以外は全てが少し落ち着いて、僕は腕時計を見る気持ちのゆとりを取り戻したのだった。

エピローグ

あとになって斜面の登りにかかった時間を友人のマリオに訪ねると、彼も必死に動いていたのでよく覚えていない、としながらも「1時間程度ではないか」語ってくれた。おそらく妥当な長さだろう。

そうすると事故発生から治療開始までは、少なくとも6時間が経過していたことになる。あらゆる負傷がそうなのだろうが、脱臼は特に、すばやく治療をすることが完治への鍵だとされる。

事故発生から6時間という時間が影響したのかどうか、僕の負傷は癒えた後もリハビリに半年以上を要し、しかも肩は完全には元に戻らなかった。ほぼ11年が経過した今も痛みや違和感を覚えつつ過ごしている。

いずれにしても僕はそのケガのおかげで、自分の中にあるひそかな胆力(のようなもの)を発見し、釣り一辺倒だった自分の興味が大地の営みにも向かうという僥倖にもよくした。

左肩脱臼は僕にとって、字義通りの「けがの功名」だったのである。


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