2018年06月

学生たちとまた遊び、学ぶよろこび



則しゃべる引き600


6月からの長い夏休みの前に、学生たちがまた僕のビデオ(編集)スタジオを訪れた。今回はいつもより少ない20人あまりの学生と付き添いの教師が2人だった。

昨年9月の日本祭りの際に上映された僕の古いドキュメンタリーを見せ、他の作品をいくつか早送りで紹介した。その上で少し話をして、学生たちとQ&Aの形でディスカッションをした。

アメリカの公共放送PBSで放送された30分の番組はニューヨークで監督賞を受賞した。30年も前の古い番組を昨年蒸し返したのは、受賞を知っていた祭りのスタッフが、ぜひ上映したい、と熱心に言ってくれたからだった。

長い時間が経つとビデオの場合は特に、映像の質をはじめとして何もかもが古くなる。日進月歩どころが「光速の勢い」とでも形容したくなる進度で変わって行くのがビデオの世界だ。

その作品も例にもれない。画質や音声等の技術的要素はいうまでもなく、切り取られている街の様子や世相や環境などなど、時代の色あいの全てが古い。

ところが一点だけ古くないものがある。作品のテーマである。それは日本の伝統や習俗を追いかけながら、1人の女性の生き方を通していわゆるジェンダーギャップに焦点を当てたものだ。

30年前の日本と今の日本では女性の立場に変化がある。しかし、芯にある女性差別や男女格差はあまり変わっていない。統計がそのことを如実に物語っている。

ジュネーブに拠点を置く「世界経済フォーラム(WEF)」が毎年発表する世界の男女格差ランキングでは、日本は144カ国のうち110位以降が定番である。具体的に言えば、2016年が111位。2017年はさらに悪化して114位だった。

数字は日本が先進国の中ではダントツに男女格差が大きく、状況は欧米先進国に近づくどころか、むしろ女性差別が激しいイスラム教国などに近い後進性著しい国であることを語っている。

伝統的な社会規範に挑んで、自立とキャリアを追い求める僕の番組の主人公の物語は、今の日本の社会にあてはめてみても、テーマという意味では少しも古くない。

古いどころかまさしく今日的なテーマだ。そのことを発見した僕は作品の上映を受諾し、30年ぶりにはじめてイタリア語版を作成したのだった。

学生たちに見せたのはその作品。作品中に見える古いコンピュターや公衆電話や駅改札の鋏入れなど、など、SNSどころか携帯電話やメールもなかった時代の映像は古色蒼然としていて、学生たちにはもしろ新鮮だったようだ。

上映が終わったあと、僕は学生たちに番組の制作秘話を披露した。それは主として日本とアメリカの文化土壌の違いにまつわるものだが、伝統社会であるイタリア人にも理解できる話だと思ったので、かいつまんで敢えて話した。その詳細は次のようなものである。

米公共放送PBSが放送した13本シリーズは、番組をシリーズ化するかどうかを決めるパイロット版(最初の1本)がコケた。

それを制作したのは、当時日本でも指折りと言われていたドキュメンタリー監督だった。スタッフを全て日本人で固めたその作品は、米国側の大いなる失笑を買った。

日本人がアメリカ向けの番組を作る、という高揚感に満ちているのは分かるが、意気込みが空回りをするばかりで、作品はきわめて冗漫で叙情的なものだった。

その叙情も詩的な叙情ではなく、彼が日本の美と考える景色や情景を独りよがりに押し付けるだけの、きわめて感傷的なものだった。

それはたとえば一企業の広告宣伝(PR映画)のようなもので、批判精神も客観的な観察も考察もない、まるで素人ビデオのような内容だった。

パイロット版が失敗するのはよくあることである。その場合にはプロデュサー側は、手直しや作り変えを要請するのが普通だ。

ところが米国側はその作品を徹頭徹尾否定して、一切のやり直しを認めなかった。それどころか監督は即座に降板させられた。

その直後に、改めてパイロット版を作らないか、と僕に打診があった。当時僕は監督としていわゆる一本立ちをしていたが、まだ若く経験も少なかった。

そんな若造に重大責任の伴うパイロット版の制作のチャンスが舞い込んだのは、僕がそのころ日本にいながら米国向けの番組を作っていたのが主な理由だと思う。

主として米ケーブルTV用の番組を作っていたが、そのころ誕生したばかりのケーブルTVは、新規のアイデアや手法やコンセプトなどに貪欲に挑戦していた。

おかげで僕のような若造にもチャンスが与えられて、僕は大いに勇んで制作にはげんだ。英国で映画作りを学んだことが役に立って、僕はそれなりの評価を得ていたと思う。

僕はパイロット版とドキュメンタリー・シリーズの監督を引き受けるにあたって2つの条件を出した。

その一つはテープを僕が回したいだけ回すこと、だった。

僕は失敗したパイロット版の中で、インタビューに答える日本人登場人物たちの朴訥さに危機感を持った。彼らの内容のない、言葉数の少ない「しゃべり」は日本人本来の寡黙さが原因である。

寡黙な人々は議論や討論をすることはおろか、自らを表現する能力も低い。それは日本人の一般的な姿だ。だが、寡黙なことが日本の文化の一つだからそれをそのまま見せればよい、というやり方では番組は成立しない。

無口な人々の姿をそのまま見せれば、そこには無内容の空白だけが存在することになる。なによりも欧米人の視聴者は、しゃべらない人々は「ばかだからしゃべらない、あるいはばかだから“しゃべれない”」という判断をする危険がある。無口は欧米では悪なのだ。

そこで僕は、インタビューの形式は取らず、登場人物たちに思いのまままにおしゃべりをしてもらうスタイルを採用することにした。僕がカメラの後ろから質問や話し合いのテーマを投げ入れて彼らがそれについて勝手にしゃべる。

彼らははじめはぎこちない対話をする。だが話すうちに気分が乗れば対話に熱がこもり始める。長く話すほどに彼らはカメラや撮影スタッフの存在も忘れて話し出す。僕はそこを狙って自然な対話を切り取って番組に組み込む手法を取った。

編集で切り捨てる前のビデオの量は膨大になった。「撮影素材が増える」とは「制作費が膨らむ」ことと同義語である。ビデオの本数はもちろん、機材のレンタル時間も増えスタッフの拘束時間も増える。

それは宿泊費や食費の増加につながり、なによりもスタッフのギャラ(人件費)も増大することを意味する。番組予算を管轄するプロデュサーにとっては死活問題なのである。だから僕はあらかじめ、「自分が回したいだけ回す」ことを承諾させたのだ。

2つ目はカメラマンを日本人ではなく米国人にすること、だった。且つ彼はできれば映画出身つまり映画撮影技術が基本にある者、という条件を出した。

そこは問題なくOKが出た。アメリカ人の彼らにとっては米国人のカメラマンのほうが安心だからである。

僕はそれまで東京で、アメリカのケーブルTV向けの番組をカメラマンを含むスタッフのほとんどを日本人で固めて制作していた。編集だけはアメリカ人スタッフを使った。日本人編集者では、速い展開の欧米式編集ができないからだった。

スタッフのうち日本人カメラマンは、共同作業の意味を履き違えて監督に意見したり監督の指示に従わなかったりする癖があった。指示に従ってもいちいち文句を垂れたりする。チーム全体で作るから、自分にも口出しの権利があると思っている。

そして何よりも、年功序列を意識していて(あるいは無意識のうちに)、若い監督をなめてかかる傾向がある。30歳そこそこの若い監督だった僕は、最低でも10歳程度は年上だったカメラマンの多くと事あるごとに衝突した。僕は長丁場のロケで彼らとムダな時間を過ごす気にはなれなかった。

また日本人カメラマンの撮影手法はほぼ全ての場合において動きが遅い。それは文化的なものに根ざしているので、カメラを振り回して動きを速くする、という泥縄式の修正では決して穴埋めできないギャップである。全てのカメラの動きには意味があるから、技術論と哲学が合体しなければうまい表現にならないのだ。

米国人カメラマンを使う大きなデメリットもあった。彼らは日本語ができない。従ってカメラを回しながら撮影対象の会話や、会話に基づく動きや状況に臨機応変に対応することができない。事実や現実を切り取ることが命の、ドキュメンタリーのカメラマンの動きとしては致命的ともいえる欠陥である。

僕はそのことを知りつつあえて挑戦した。彼らが日本語を理解できないハンディカップは、ディレクターの僕がぴたりと側について一つ一つ指示することにした。監督の指示に絶対服従が信条の彼らは、自分の意をよく受けて動いてくれることを僕はそれまでの経験で知悉していた。そしてそれは、4本の番組制作の全行程において予想通りだったことが確認された。

最後に僕がなぜ映画撮影の経験のあるカメラマンを要求したのかといえば、ビデオ撮影しか知らないカメラマン、特に欧米人のカメラマンは、テレビ的に、もっと具体的に言えば報道的に、カメラを振り回して速い展開に持ち込むことが得意で、ドキュメンタリーの撮影に必要な、時には動きをゆるめる「間に対応」した撮影が不得手であることが多いからだった。

そうやって史上初の日米合作の大型ドキュメンタリーシリーズの撮影が開始され、13本が予定通りに世に送り出された。そして僕が監督した4本の作品のうち、シリーズの冒頭を飾った「のりこの場合(The Story of Noriko)」は監督賞をもらうという余得まであったのである。



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日本料理に土下座する中国人の悲哀


600Gigante寿司コーナー
田舎のスーパー内の中国人経営寿司コーナー


史上初の米朝首脳会談が明日に迫って、イタリアも世界も騒がしい。くわせもの同士のトランプさんと金委員長の腹のうちがどうであれ、対話をすることはすばらしいことだ。

たとえそれが対話のための対話であっても、いがみ合いののしり合い、ついには武力行使に至る可能性を秘めた緊張対立よりはずっと良策だ。対話は暴力への抑止力なのだから。

対話がすぐに問題解決をもたらさなくても、それは十分に問題解決への「きっかけ」になり得る。敵愾心をむき出しにして、ひたすら「圧力を」と叫ぶだけのどこかの国の宰相の無知無策よりはましだ。

ここイタリアでは、アジアパワーの象徴としては、北朝鮮よりも中国と日本が圧倒的な存在感を示しつづけている。その一つが食に関する中国人の動き。

最近イタリアでは、中国人が日本食レストランを次々に開いて、寿司や刺身を筆頭に日本食をあたかも「彼らのオリジナル」であるかのごとくに装いイタリア人客に提供している。

僕の住む北イタリアの田舎町においてさえ、中国人がスーパーで寿司コーナーを開いて、日本のビールや酒、食料品などと共に握り寿司や寿司紛いを毎日販売している。

彼らは中国を想わせるものは一切展示せず、販売員の装いまで日本風に統一して商売をしている。ほとんどのイタリア人客は彼らを日本人だと思い込んでいるようだ。

そんな現実を目の当たりにすると、日本食や文化の人気が高いのがうれしい反面、釈然としないものも感じる。嘘と卑屈の重奏がちょっと悲しい。

つまり彼らが日本人を装う嘘と同時に、往々にして偉大な中華料理と文化に自信を持てないでいるらしい卑屈。

後者に関しては、田舎町は言うまでもなく、ミラノ市内に星の数ほどあった中華料理店が次々に姿を消している現実が、それを裏付けているように思う。

消えた中華料理店の代わりに、中国人が経営する「日本レストラン」がにょきにょきと所かまわずに姿をあらわしたのである。

再び言う、僕の住むミラノ郊外の田舎町においてさえ、寿司レストランがそこかしこに開店し、開店し続けている。目を見張るばかりの光景なのだ。

回転寿司店もイタリア中を席巻している。正確に述べると、値段が高く傷みやすい魚(寿司)を少なくして、春巻きなどに始まる中華食も共に載せて回転させる、いわば寿司と中華のミックス回転テーブル。

中々の抜け目のなさだが、新鮮さが命の寿司ネタと、長持ちする揚げ物が中心の中華皿が、一緒くたになって流れる回転テーブルの様子はあまりぞっとしない。

それらは日本食ブーム、日本レストランの流行、という時代の流れであり要請である。したがっていつまでもその現象が続くことはないだろう。終わりのない流行はない。

そうはいうものの、日本食とイタリア食の次くらいに中華料理が好きな僕は、事態が早く「普通」に戻って、安くておいしい中華料理を見、食べたい気がしないでもないのである。


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電子書籍が待ち遠しい



本積みややヨリ600
帰国の度に文庫本と即席ラーメンを大量にイタリアに持ち込む


2、3年前、海外居住者だけに提供されるサービスを利用して、生まれて初めてインターネットで雑誌を買った。文藝春秋と週刊文春。

一つ一つの記事の「魅力のなさ」と、その割には値段がべらぼうに高いのにおどろいた。雑誌の場合には、読者が読みたい1本1本の記事を選んで買える仕組みを作るべき、と強く感じた。

読み物や報道などのWEB上の有料サイトは基本的にそういう仕組みになっている。課金されないサイトも僕が知る限りはそういう形式が多いように思う。

その後帰国した際、いつものように両誌を買って読んだが、「普通に」面白い記事もあると思った。WEB上で購入して読んだとき、あれほど魅力がないと感じたのは、おそらく有料だったからだろう。

僕は今のところは有料の報道や雑誌のサイトを利用していない。利用する必要を感じない。無料で読める多くの優れたサイトで情報を収集している。 WEBの文藝春秋と週刊文春はそれらを凌駕するものではなかった。

それでも高い金を払わされた、という違和感が影響していたのだと思う。また購入した雑誌が「自分の物」になってPCなどに保存できず、読むときはいちいち「保存庫」ともいうべき別のサイトにログインして読むわずらわしさにもあきれた。

購入したモノが自分の手元にない、という現実の心理的な影響はかなり大きいのではないか。買った週刊誌はほとんどの場合は読み終わったあとに捨ててしまう。それでもその気になれば一冊を丸ごと取っておいたり、記事を切り抜くなどして「手元」においておくことができる。

WEB版ではそういうことができない。金を出したのに「自分のモノ」感が皆無なのである。購入後、自分のPCなりの機器に保存していつでも閲覧できれば少しは気分が晴れるかもしれない。

それでも無料サイトがあふれているネットの世界では、文藝春秋と週刊文春またその他の雑誌が大きく値引きをして販売しても、生き残るのは難しいように思う。内容や体裁や製本や文体などなどの総体が、いかにも「古色蒼然」としているのだ。

手にとって読む紙の雑誌の場合には、その「古色蒼然」感がうれしい。ネット上では感覚がまるで違う。ずっと紙の雑誌に親しんできた「オヤジ」の僕でさえそうなのだから、ネット世代の若者たちに受け入れられるには革命的な変化が必要だろう。

僕は電子書籍の全面的な到来を心待ちにしている者のひとりである。電子書籍は今でもネットで買えるが、サイトをのぞいてみると買える本の種類が圧倒的に少ない上に、購入して読むためには新たに端末が必要だとか、うるさくて全く魅力を感じない。

紙の本はなくならないだろうし、またなくなってほしくない。が、海外にいてもあらゆる本がインターネットで買えるようになる日がくれば、日本国内でのメリットも多くあるはずである。それは特に若者に顕著という本(読書)離れに歯止めをかける切り札になる可能性もある。

今ある物足りないサービスではなく、新刊の小説やベストセラー本や新説や見解が満載の新書等々を含む、一切の書籍が電子書籍になってWEB上で手に入る日が待ち遠しい。1年に1~2度帰国する度に大量に本を買い込む、という古くから続いている習慣はまだ捨てられない。

今年2月の帰国の際も、いつものように文庫本を大量に買ってイタリアに戻った。最近はハードカバーや新刊本はよほどのことがない限り買わない。かさ張り、値段が高い、という理由のほかに、僕の読書が文庫本になった多くの本に追いついていない、という現実がある。それは電子書籍になってもおそらく変わらないだろう。読みたい本や読むべき本が無数にある。。。
 
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今度こそ本当にイタリア・ポピュリスト政権が走り出す!



ディマイオ、コンテ、サルヴィーニ順に600
左からディマイオ、コンテ、サルヴィーニ各氏


過半数を制する政党がなかった3月4日の総選挙を受けて、イタリアでは政権不在の異常事態が88日間にわたってつづいた。だが5月31日、ついに五つ星運動と同盟による連立内閣が成立する見通しになった。ジュゼッペ・コンテ氏を首班とするコンテ内閣は6月1日に就任宣誓を行う。

左右のポピュリスト(大衆迎合主義)勢力である五つ星運動と同盟は 5月21日、首相候補としてジュゼッペ・コンテ氏を推薦。5月27日、コンテ首相候補は閣僚名簿を提出したものの、拒否権を持つマタレッラ大統領がユーロ懐疑派の財務相候補に反発。組閣が見送られた

マタレッラ大統領は直後、彼独自の首相候補を指名して組閣要請。これには逆に五つ星運動と同盟が激しく反発。再選挙の可能性が高まった。しかし、両党のディマイオ、サルヴィーニ党首が改めて連立を目指すとして、大統領が拒否した財務相候補パオロ・サヴォナ氏の起用を断念。あらたにローマの大学のジョバンニ・トリア教授を財務相に起用することで大統領も了承した。

トリア教授はサヴォナ氏のようにユーロ離脱を説くほどの過激派ではないが、だからといって全面的なユーロ服従派でもなく、単一通貨政策の見直しとドイツの膨大な財政黒字削減を主張する改革派。意外にもベルルスコーニ元首相に近い人物である。物議をかもしたパオロ・サヴォナ氏は、いずれにしても欧州担当大臣として入閣する。

議会第1党の五つ星運動のディマイオ党首は産業労働大臣に、また第2党同盟のサルヴィーニ党首は内務大臣に就任する。同時に両氏はそれぞれ副首相職も兼任する。2人はお互いに相手が首相になることをけん制しあってきた仲である。

ディマイオ産業労働大臣は、五つ星運動の看板政策「ベーシックインカム(最低所得保障)」制度を確実に実施するために全力をつくすだろう。それはバラマキ政策以外のなにものでもない、という根強い批判にさらされている。

また移民政策を管轄する内務省のトップに座るサルヴィーニ氏は、国内に多く存在する不法滞在者の難民・移民を排斥しようとしてしゃかりきになるだろう。それが同盟の看板策だからだ。地中海から流入する膨大な数の難民・移民には、声には出さなくとも多くのイタリア国民がいら立っている。

同盟はまた財政策でも独自の主張をしている。それが個人、法人一律の所得税15%策。実施されれば政府歳入が大幅に減ることは確実である。それは五つ星運動のベーシックインカム策同様、バラマキというレッテルを貼られている。

両党はほかに年金給付年齢の引き下げ、また消費税値上げ見送りなども主張し政権合意しており、ただちに実施される可能性が高い。両党が多くの相違点を持ちながら、「ポピュリスト」と十把ひとからげに規定されるゆえんの一つである。

それらの政策は、EU圏内最大の約300兆円もの累積債務を抱えるイタリアの財政をさらに悪化させるものとして、国内外から強い懸念が出ている。EUはイタリア発の「欧州財政危機の再来」になりかねない、として警鐘を鳴らしているほどである。

また反移民を声高に叫ぶ同盟主体の難民・移民策に関しても、EUは大きな懸念を表明している。だが多くのイタリア国民は、地中海を渡って怒涛の勢いで同国に押し寄せる難民・移民の保護・受け入れを押し付けられた、と感じてEUを怨んでいる。イタリアで反EU感情が高ぶり続ける一因だ。

より厳しい難民・移民政策を実施することが確実なイタリア新政権は、米トランプ政権に通底する政治潮流の所産である。借金を減らせ、緊縮財政を続けろ、と迫るEUに対峙する形でバラマキ政策を主張するのも同様である。トランプ政権のアメリカ・ファーストならぬ「イタリア・ファースト」の叫びが支持されたのだ。

2大ポピュリスト勢力が結びついたイタリアのコンテ新政権は、EUが強く怖れる前述のイタリア発のユーロ危機、また政治危機を誘発する可能性がある。同時に新政権は、独仏、特にドイツが支配するEUの権力構造に風穴を開けて、新たな秩序を構築する「きっかけ」になるかもしれない。

そのキーワードは、「イタリアの多様性」である。今日現在も都市国家の息吹に満たされているイタリアの政治地図は複雑だ。言葉を換えればイタリアの政治勢力は分断され細分化されている。

イタリアの内閣がころころ変わり物事がうまく決まらないのは、第一に政治制度の不備という問題があるからだ。同時にイタリア独特の都市国家メンタリティーが社会を支配しているからでもある。独立自尊の気風が生み出す政治の多様性は、外からみると混乱に見える。だがイタリア政治に混乱はない。それは「混乱」という名のイタリア政治の秩序なのである。

四分五裂している政治土壌では、過激勢力は他勢力を取り込もうとして、主義主張を先鋭化させるよりも穏健化させる傾向がある。極論主義者あるいはポピュリストと呼ばれる、極左の五つ星運動と極右の同盟も例外ではない。

彼らは元々反ユーロ、反EUの急先鋒である。ところが国内の風向きまた国外、特にEUからの懸念や批判の声を受けて徐々にトーンダウン。五つ星運動は選挙期間中にユーロからの離脱はしない、と言明。同盟も五つ星運動との政権合意を目指す協議の途中に同じことを表明した。

彼らは同盟が主導するもう一つの過激政策、移民排撃ポリシーも徐々に穏健な形に換えていく可能性が高い。根が優しいイタリア国民が、同盟の無慈悲な反移民策を無批判に受け入れるとは考えにくい。だがそれにも限界がある。

イタリアの新政権に懐疑的なEUが、今後もひたすら同じ姿勢でイタリアの財政策と移民政策を批判し続けるだけなら、イタリアの世論は五つ星運動と同盟の元々の過激論に傾倒していくかもしれない。

EUはイタリアの変貌に驚きうろたえることをやめて、その主張に耳を傾け自らの改革の必要性の是非にも目を向けるべきだ。同時にイタリア新政権との対話を強く推し進め、信頼関係の構築に努めるべきだ。それが普通に実行されれば、イタリアの過激政権もより「普通に」なっていく、と考える。


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