2018年11月

EU vs イタリアの対立激化



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EU(欧州連合)の欧州委員会は11月21日、イタリア政府の2019年度予算案に関して「過剰財政赤字是正勧告(EDP)」を発動するための準備を開始する、と発表した。

これに先立ち同委員会は10月、財政赤字を国内総生産(GDP)の2、4%に設定するとしたイタリアの2019年度予算案を、EUの財政規律から大きく逸脱しているとして、受容を拒否していた。

これに対してイタリア政府は、小幅な修正を盛り込んだ予算案を提出したが、欧州委員会はこれにも難色を示して、ついに最悪の場合には最大でGDP(国内総生産)の0、5%分の罰金が科される可能性もあるEDPの第一段階に入ったのである。

ただ制裁金が科されるまでの道のりは長く、先ず2週間以内にEU各国の副財務相と会計責任者らが勧告の内容を審査する。その後、勧告は各国財務相らで構成されるEU財務理事会に送られ、理事会は来年1月に会合を開いてEDP入りを正式に決定する。

制裁手続きが開始されると、EUはイタリアに対して最長6カ月以内に財政赤字の是正や公的債務の削減削策などを要求する。イタリアがEUの勧告に従わなければ段階的に制裁が強化され、最終的にGDPの0,2%~0,5%を無利子でEUに預け入れるように命じることになる。

イタリア・ポピュリスト政権の予算案は、赤字の対GDP比率が前政権の見積もりの3倍にも達するバラマキ財政。実施すれば構造的赤字が拡大し、公的債務も拡大することが必至と見られている。

イタリアの借金は国民1人当たり€37000(約481万円)。総額では約2兆3000億ユーロ(約300兆円)。それはEUが緊急時に加盟国を支援する常設基金、ESM(欧州安定メカニズム)でさえ対応しきれない規模である。

ポピュリストとも野合とも揶揄されるイタリアの現政権は、国民から高い支持を受けている。内外からの強い批判を受けながらも、選挙公約を忠実に実施しようとする彼らのぶれない姿勢が好感されているのだ。

イタリア国民はベルルスコーニ元首相に代表される多くの不実な為政者に翻弄され続けてきた。強い政治不信に陥っている国民は、現政権がもたらしている「変化」の風を感じて、半信半疑ながらもポジティブなムードが国中に醸成されつつある。

EUがイタリアの2019年度予算案への対応を誤れば、イタリアの世論は共通通貨ユーロの否定、ひいてはEU離脱へ向けて一気に加速・膨張するかもしれない。そしてその道筋こそが実は、連立政権を担うポピュリストの五つ星運動と、反EUの極右政党・同盟が最終的に目指しているものなのである。



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親の壁



コロンバ



父が101歳で逝った。天命を全うしたという意味では大往生、と言っても構わないのだろうが、大往生の条件である安らかで後悔のない人生を送ったかどうか、については僕にはかすかな疑問が残る。

葬儀のため急ぎ一時帰国した。実は年末から年始にかけて家族4人で父を見舞う計画を立てていた。ここ数年は父は、健康長寿とは言いがたい体調に苦しんでいた。イタリアで12月の出発を待っているまさにその時に訃報が入った。

父が妹の介護を受けながら住んでいた、故郷の島を家族4人で訪ねる計画は予定通り行うことにして、取り急ぎ僕だけがひとり帰国した。妻と息子たちを愛した父はもういないが、辺鄙な小さな島を訪問する彼らを父は喜ぶだろう。

父を訪ねる旅には、妻を慰労する意味合いもあった。妻は近年は自らの母親と、妻以外には身内のいない叔母の介護に明け暮れてきた。が、ことし6月に2人が相次いで他界してそこから解放された。1人娘の妻は、難しい性格だった2人の老婆に翻弄されながら、良く両者の面倒をみた。

妻側の2人の老婆に似て、父も難しい性格の人だった。難しい性格とは、年老いた者がひんぱんに見せるわがままや、怒りや、固陋などが、老年ゆえに出てきた瑕疵ではなく、若い時分からの地の性格が悪化したもの、という意味である。

妻と妹はそれぞれの困難を長きにわたって切り盛りし、よく耐え、また老人たちを支えてかいがいしく面倒を見た。そして3人とも最後には、介護者の妻と妹に深く感謝しながら旅立った。

ちなみに、僕が大往生と手放しで喜べない父の晩年の少しの不幸は、難しい性格ゆえのストレスや不安な健康状態などにあるのではなかった。それは田舎にいながら政治に関わった過去と人間関係から生まれた不都合だった。

また政治以外の人間関係でも父は幸運とは言えなかった。それは父自身が招いた隙意だったが、その相手が示した差し合いは父の失敗をはるかに上回るものだった。そうしたことに僕は父の不幸を見るのである。

それらは僕の人生にも大いにかかわりのある事案だから、この先徐々に書いていこうと思う。今は生々しくて書くことにためらいがある。

とまれかくまれ、母に続いて逝った父を最後に、妻の両親を含む僕ら夫婦双方の親世代の家族の人々がこの世から全ていなくなった。それは寂しく感慨深い出来事である。

生きている親は、身を挺して死に対する壁となって立ちはだかり、死から子供を守っている。だから親が死ぬと子供はたちまち死の荒野に投げ出される。次に死ぬのはその子供なのである。

親の存在の有難さを象徴的に言ってみた。だがそれは単なる象徴ではない。先に死ぬべき親が「順番通り」に実際に逝ってしまうと、子供は次は自分の番であることを実感として明確に悟る。

僕自身が置かれた今の立場がまさにそれである。だが人が、その場ですぐに死の実相を知覚するのかといえば、もちろんそんなことはない。

死はやがて訪れるものだが、生きているこの時は「死について語る」ことはできてもそれを実感することはあり得ない。

人は死を思い、あるいは死を感じつつ生きることはできない。「死を意識した意識」は、すぐにそのことを忘れて生きることに夢中になる。

100歳の老人でも自分が死ぬことを常時考えながら生きたりはしない。彼は生きることのみを考えつつ今を生きているのである。

まだ元気だった父を観察して僕はそのことに確信を持った。父は100歳の手前で残念ながらほとんど何も分からなくなったが、それまでは生きることを大いに楽しんでいた。

楽しむばかりではなく、生に執着し、死を恐れうろたえる様子さえ見せた。潔さへの憧憬を心中ひそかに育んでいる僕は、時として違和感を覚えたほどだ。

ともあれ、死について父と語り合うことはついになかったが、僕は人が「死ぬまで生き尽くす」存在であるらしいことを、父から教わったのである。



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盆と十字架~仏教系無心論者の墓参り



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霊魂を慰めるイタリアの盆は昨日、すなわち11月2日である。それは 一般に
「死者の日」と呼ばれる万霊節。プロテスタントでは聖徒の日である。

カトリックの教えでは、人間は死後、煉獄の火で責められて罪を浄化され、天国に昇る。その際に親類縁者が教会のミサなどで祈りを捧げれば、煉獄の責め苦の期間が短くなる、とされる。

それは仏教のいわゆる中陰で、死者が良い世界に転生できるように生者が真摯な祈りを捧げる行事、法要によく似ている。

万霊節には死者の魂が地上に戻り、家を訪ねるという考えがある。イタリアでは帰ってくる死者のために夜通し明かりを灯し薪を焚く風習もある。

また死者のためにテーブルを一人分空けて、そこに無人の椅子を置く家庭もある。食事も準備する。むろん死者と生者が共に食べるのが目的である。

イタリア各地にはこの日のために作るスイーツもある。甘い菓子には「死の苦味」を消す、という人々の思いが込められている。

それらの習慣から見ても、カトリック教徒の各家庭の表現法と人々の心の中にある「死者の日」は、日本の盆によく似ていると感じる。

10月31日から11月2日までの3日間も、偶然ながら盆に似ている。盆は元々は20日以上に渡って続くものだが、昨今は迎え火から送り火までの3日間が一般的である。

10月31日のハロウィン、11月1日の諸聖人の日、翌2日の万霊節(死者の日)と宗教祭礼が続く日々が、盆の3日間に似ている、と思うのである。

3つの祭礼のうちハロウィンは、キリスト教本来の祭りではないため教会はこれを認知しない。が、一部のキリスト教徒の心の中では、彼らの信教と不可分の行事になっていると考えられる。

人々は各家庭で死者をもてなすばかりではなく、教会に集まって厳かに祈り、墓地に足を運んでそれぞれの大切な亡き人を偲ぶ。

昨日、僕も6月に亡くなった義母の墓参りをした。義母の新盆、という意識があった。十字架に守られた墓標の前に花を供え、日本風に手を合わせたが、少しも違和感はなかった。

義母は先年、日本の敬老の日を評価して「最近の老人はもう誰も死ななくなった。いつまでも死なない老人を敬う必要はない」と一刀両断、脳天唐竹割りに断罪した荒武者である。

義母の言う「いつまでも死なない老人」とは明らかに、「ムダに長生きをして世の中に嫌われながらも、なお生存しつづけている厄介な高齢者」という意味だった。

当時89歳だった義母は、その言葉を放った直後から急速に壊れて、彼女自身が「いつまでも死なない」やっかいな老人になった。

今考えれば「いつまでも死なない老人」と言い放ったのは、壊れかけている義母の底意地の悪さが言わせた言葉ではないか、という気がしないでもない。

義母は娘時代から壊れる老人になる直前まで、自由奔放な人生を送った。知性に溢れ男性遍歴にも事欠かなかった彼女は、決してカトリックの敬虔な信者とは言えなかった。

死して墓場の一角に埋葬された義母は、それでも、十字架に守られ僕を介して仏教思念に触れて、盆の徳にも抱かれている、と素直に思った。

何らの引っかかりもなく僕がそう感じるのは、恐らく僕が自称「仏教系の無心論者」だからである。僕は宗教のあらゆる儀式やしきたりや法則には興味がない。心だけを重要と考える。

心には仏教もキリスト教もイスラム教もアニミズムも神道も何もない。すなわち心は汎であり、各宗教がそれぞれの施設と教義と準則で縛ることのできないものだ。

死者となった義母を思う僕の心も汎である。従ってカトリックも仏教も等しく彼女を抱擁する。僕の心がそれを容認するからだ。僕は勝手にそう思っている。

カトリックの宗徒は、あるいは義母が盆の徳で洗われることを認めないかもしれない。いや恐らく認めないだろう。一神教の窮屈なところだ。

仏教系無心論者の僕は、何の問題もなく義母が仏教に抱かれ、イエス・キリストに赦され、イスラム教に受容され、神道にも愛される、と考える。

それを「精神の欠けた無節操な不信心者の考え」と捉える者は、自身の信教だけが正義だ、というドグマに縛られている。

だが、一神教だけが正道ではないのだ。他者を認めないそれはむしろ邪道、という考え方もあると思うのである。


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