今、ニューヨークからわが家に遊びに来ている友人のディックはゲイである。

 

彼は先日、25年間付き合ってきた恋人のピーターと結婚した。今回のイタリア訪問はピーターを伴なった新婚旅行である。

 

僕は昨日までディックの結婚のことはもちろん、ピーターという彼のパートナーのことも知らなかった。

 

僕がニューヨークでディックと仕事をしていた頃は、彼がゲイであることはいわば公然の秘密だった。

 

秘密というのはちょっと語弊があるかもしれない。なぜならディックの「秘密」には何も暗いものはなく、また彼自身があえてゲイであることを隠している様子もなかった。

 

彼はごく自然体で生きていて、周りの人々が勝手に彼がゲイであることを察して憶測したり、噂をしたり、陰で軽く揶揄したりしている、というふうだった。

 

僕が知る限り、ディックが自らゲイであると周囲に宣言したことはなく、人々が彼にあえて「君はゲイか」と聞くこともなかった。

 

何が言いたいのかというと、要するに、そこは自由と寛容と闊達の風が吹くニューヨークである。ゲイなんて誰も問題になんかしていない、というのが真実だったと思う。

 

ディックとは25年ぶりに再会した。時どき連絡はし合うものの、なかなか会うことができずに長い時間が経ってしまった。

 

彼のイタリア訪問を知り、必ずわが家にも寄ってくれと誘った。その連絡の途中で彼が「恋人」と共にイタリア旅行をするらしいことを知った。

 

僕は気を利かせて(利かせたつもりで)、部屋は幾つ用意すればいいのか、と彼に聞いた。わが家は古い(不便な)大きな家で、部屋数が多いことは彼にも伝えてあったのである。

 

ディックは珍しく、あ~、う~、と口ごもりながら、できたら二部屋あったほうがいいかな、と電話で話した。

 

彼の要請どおりに隣り合った部屋を二つ用意した。

 

昨日午後、ディックとピーターを迎えた。妻もディックと会うのはニューヨーク以来である。

 

ディックとの再会、ピーターとの出会いを喜んでシャンパンを開けた。サラミを肴(さかな)に4人で祝杯を挙げ始めるとすぐに「実は」、とディックが切り出した。

 

今回のこの旅は新婚旅行なのだ、とディックは続けた。

 

僕ら夫婦は驚き、喜び、何度も何度も二人をハグした。ディックは僕らを驚かせるために、あえて結婚のことは話さず、部屋も二つ用意してくれと言ったのである。

 

昨日はシャンパンでの祝杯に始まり、夕食を挟んで大いに飲んだ。

 

今日は庭でバーベキューをする。

 

僕は温存している1997年物の赤ワイン、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノを開けるつもりでいる。

 

1997年物のブルネッロ・ディ・モンタルチーノは、20世紀最高のイタリアの赤ワインである。ディックの結婚にはそのワインを開けるだけの価値がある、と僕は判断したのだ!