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カタルーニャ問題でドメスティックに驚くな

カタルーニャ独立問題を綴る英語伊語日本語のメディアをつらつら眺めていると、「多様性」というコンセプトが国内にほとんど存在しない日本の報道の異常ぶりが目立って感慨深い。

なぜ独立なのか、カタルーニャの人々の気持ちが理解できない、スペインの分裂なんてあり得ない等々、スペイン中央政権と日本人の多数派の思いをにじませた内容が多く、且つ混乱しているものも少なくないのだ。

日本人には分かりづらいかもしれないが、カタルーニャのような分離独立の動きは世界の常識であり日常茶飯の出来事である。

島国に閉塞して、国民国家というごく最近の仕組みがあたかも万年も続いているかのように錯覚している日本人のほうが、世界では異常であり非常識なのである。

無数の「地方自立国」と統一国民国家

今回独立を宣言したスペインのカタルーニャ州は、元々「スペインの」カタルーニャではなく、カタルーニャというネーションである。あるいはカタルーニャという「地方自立国」である。

その国が近代になって「統一国民国家」であるスペインに組み込まれた。組み込まれたのはカタルーニャだけではない。スペインの17の州及び50の県が正式に統一国家の一員になった。

それは分かりやすく言えば、幕藩体制の日本が明治維新によって「統一国民国家」となったいきさつと同じである。大きな違いは、スペインが内部に多様性を維持・温存したのに比べ、日本の全体がまたたく間に画一化していったことだ。

幕藩体制下では各藩を自国と信じていた人々が、西洋列強に追いつきたい明治政府の思惑に旨く誘導されて、天皇の臣民として「統一日本人オンリー」へと意識改革をさせられていった。

そうやって各々が個性的だった「地方自立国(藩あるいは領分、また家中)」は跡形もなくなり、日本国だけが実務的にも意識的にも存在する現在の世界の不思議、「普通ではない国・日本国と日本人」が誕生した。

文化・風習・言語などに多様性があった各藩や地方の「独自性」が忘れられて、統一「日本人」意識のみが一人歩きをしている国民国家。それが現在の日本国の、そして日本人の正体である。

沖縄でさえ独立を志向しない日本の不思議

明治政府によって琉球王国から沖縄県になった独自性の強い沖縄地方においてさえ、「日本人」意識が浸透し、一部のごくわずかな人々を除いて分離独立を思い描く者は存在しない。

かつての琉球王国の版図の一部である沖縄は、沖縄人自身の独自性への偏向志向よりも日本本土との同一化意識が強い、という世界の非常識の遍在、つまり人々の中の、まさに「日本人的意識の強さ」故にまぎれもなく日本なのである。

スペインの事情は違った。そこには多くの沖縄があり、しかも沖縄とは違って独自性を強調することに生きがいを見出す事実上の、あるいはメンタル上の
「自立国」が、「数え切れない」という形容を使いたくなるほど多く存在する。

それはヨーロッパのあらゆる地域に共通するコンセプトだが、ここでは先ずカタルーニャ州問題で揺れるスペインを例にとって話を進める。

分離独立を目指すのが当たり前のスペインの各州

スペインでは「バスク祖国と自由(ETA)」が、バスク州のスペインからの分離独立を求めてつい最近まで激しい暴力闘争(※註1)を 続けてきた。彼らは1968年に武力闘争を開始して、2010年にそれを停止するまでの間に800人以上を殺害。今年の4月にようやく完全武装解除をしたが、分離独立を目指す活動は続けている。

スペインにはそのバスク地方を筆頭に、本土から離れたカナリア諸島州、アラゴン州やガリシア州、果てはアンダルシア州などにさえ分離独立を目指す勢力があり、それを代弁する政党や組織が存在する。

もっと具体的に言えばスペインでは、17の自治州のうちのカタルーニャ州を含む少なくとも11もの州や地域に、分離独立を目指す勢力、つまり政党や民衆が存在するのである。分離独立志向者のいない州の方が少数派なのだ。


分裂国家イタリアの事情

かつての都市国家の集合体であるここイタリアの場合は、スペインよりもさらに多くの州や地域が各々の独自性を強調し、自治権の拡大を要求して止むことがない。

それらの全てが今すぐに分離独立を目指したり主張しているわけではないが、きっかけになる事件さえあれば、たちまちイタリア共和国からの分離独立を策謀してもおかしくないメンタリティーが、厳然として存在するのである。

例えばドイツ語圏の南チロルは、今現在は平穏を保っているが、何かあればすぐに独立を画策する爆薬庫だし、サルデーニャ島やシチリア島などにも事あるごとに独立をチラつかせる強い勢 力がある。イタリア南部を斬り捨てて、北部だけで独立しようと主張する「北部同盟」のような政党が存在するのも周知の事実である。  

イタリアが統一国家となったのは今からおよそ150年前のことに過ぎない。それまでは海にへだてられたサルデーニャ島とシチリア島は言 うまでもなく、半島の各地域が細かく分断されて、それぞれが共和国や公国や王国や自由都市などの独立国家として勝手に存在を主張してい た。

その中には欧州全体で見ても屈指の強国も多くあった。良く知られているのが、例えばルネッサンスを生み出したフィレンツェであり、東 方貿易 と海運業で栄えたヴェネツィアやジェノヴァなどである。そうやって独立国家が乱立していた頃のイタリアの人々の心性は、統一から少し時間がたった今も実はほとんど変わっていない。  

EUの他の大国も事情は同じ

フランスもスペインとの国境にある北カタルーニャ(スペインのカタルーニャ州と一体。同一民族)、島嶼部のコルシカ、ブルターニュ、バスク(スペインバスクと同一民族)に近い ガスコーニュ、アルザス・ロレーヌ、 オクシタニア 、ノルマンディー などに分断されている。

分断というネガティブなイメージを伴う言葉が当たらないなら、フランス共和国は独立・自立地帯の集合体でもある、とでも言えば少しは分かりやすいだろうか。

また連邦国家制を取っているため余り目立たないドイツにおいてさえ、バイエルン王国としての独立を願うバイエルン愛国党 (Bavaria Party) が存在し、近隣のアレマン地方にも分離独立を目指す人々が多数存在する。

また 旧東ドイツの分離を望む勢力も、東ドイツ人と西ドイツ人の両方に存在するのは周知の事実である。 一説では5人に1人のドイツ人が、東ドイツの分離を必要なことと考えている、とさえ言われる。

EUからの離脱を決めたイギリスも多くの分離独立問題を抱えている。独立の是非を住民投票にかけたスコットランドはもちろん、IRAのテロが長く続いた北アイルランドの民族問題、ウェールズのそれ等はよく知られている。

南イングランドには、古代文化に基づく「コーンウォール国」の建国を願う人々が住むコーンウォール州がある。果てはイギリスの中核を成すイングランドでさえ、イングランド独自の 「イングランド王国」を作りたいと望む人々が少なからず存在しているのである。

プチデモン州首相が庇護を求めたベルギーはどうなの?

プチデモン州首相が庇護を求めたベルギー自体も、フランドル地方の分離独立問題を抱えている。フランス語系住民から権力を奪いたい多数派のオランダ語系住民と、当のフランス語系住民の対立は無視できない問題である。

オランダ語系住民のうちの分離独立派を代弁するのは N-VA(新フラームス同盟)。 N-VAはベルギーの国会・代議院における第1党である。連立政権の中核であり、カタルーニャと同州のプチデモン首相を強く支持している。

そうは言うものの、N-VAの真の狙いは実は分離独立ではなく、ベルギー国内で完全に主導権を握ることである。その意味ではカタルーニャの狙いとは異なるが、彼らはそれぞれの国内で抑圧されてきた民族同士として、親近感以上の強い連帯意識を持っているように見える。

N-VAは、カタルーニャ住民投票を暴力で押さえ込もうとしたスペインのラホイ政権を、「独裁者フランコの申し子」と呼んで非難。これに対してスペイン側は、「N-VAは過去にナチスに協力した過去がある」と応酬して、お互いを「ファシスト」呼ばわりしている。

欧州の多様性の来し方

欧州では古来、ここまで述べた「自立地方国家群」が利害と欲と傲慢にからめとられて争い、いがみ合い、闘い、殺戮しあってきた。

それらの分散小国家群は、強者によって支配され抑圧され統一されていったり、それへの反動から革命を誘発しながら、やがて民主主義を発見していく。

民主主義を見出し育てていく流れの中で、人々はそれぞれが「違う」ことを認める「多様性の文化」こそ最善のものだと気づいた。それは人間にもまた国家にも当てはまるコンセプトになっていった。

欧州は特にそのことを重視して、自由と寛容と民主主義を死守し、少数派や少数民族の権利を含む人権の尊重を旗印にして歴史を歩み始め、そして現在に至った。欧州また欧米が世界の先進地域であり続ける所以だ。

欧米の原理原則を十全に実践している、あるいは実践しようと切望しているのがEU(欧州連合)だと規定できるだろう。そのEUは、理不尽なことに、まさに彼らの原理原則と同じ哲学を忠実に履行しているカタルーニャ州をないがしろにしているのだ。

EUのジレンマ~プチデモンかラホイか~

ここまでのEUの立ち位置は、カタルーニャ州の住民投票を暴力で阻止しようとしたスペイン・ラホイ政権に寄り添ったものである。マリアーノ・ラホイ首相は、
1939年から75年までスペインに恐怖政治を敷いた、フランコ独裁政権の流れを汲む国民党党首。強権的な政権運営をするのは偶然ではない。

EUが神聖視する多様性のうちの、少数派であり且つ弱者を代弁する勢力の一つが、カタルーニャ州である。だがEUはこれまでのところ、ラホイ政権への抗議を込めてEU本部のあるブリュッセルに滞在し続けている、プチデモン・カタルーニャ州首相を冷たい目で眺めている。

EU首脳は、EU構成国間の大きな「結束」を重視する余り、彼らが否定しているはずの「抑圧と暴力と強権的手法」を用いて、カタルーニャ問題に対しているラホイ政権を支持する、というジレンマに陥っている。

リベラルな思考法が主流のEUにとっては、過去の亡霊であるフランコ独裁政権の影を背負うようにも見えるラホイ首相は、違和感を覚える存在に違いない。だが同時にラホイ首相が、EUの重要なメンバー国であるスペインの「安定と統一」を維持しようと画策している事実は、EU全体の結束・団結もまた重視する彼らにとってはありがたい存在でもあるのだ。

EUは、プチデモン州首相の正義とラホイ政権の正統あるいは「理」をいかにして両立させるか、という難しい舵取りを迫られている。EUはこれまでカタルーニャ騒動を、スペインの内政問題と無理に規定して、ほっかむりを決め込んできた。しかしもはやそれは許されない。

EUは必ず行動を起こさなければならない。理想的にはスペインの統一が保たれたまま、従ってEUの結束も維持しつつ、カタルーニャ州の「自立心」が十分に尊重されている、と『カタルーニャ人自身が実感できる』だけの広範な自治権を、ラホイ政権が保障するように強く促すべきである。


(※註1) スペイン中央政権側から見ればテロだが、バスク側から見れば自らの自由と解放を獲得するための手段なので敢えてテロという呼び方を控える。