ユニオンジャック&メイ800切り取り②

EU(ヨーロッパ連合)と英国のメイ首相は、2019年4月12日としていたBrexit
(英国のEU離脱)の期日を、ことし10月31日まで延期することで合意した。

メイ首相は2016年、Brexitの是非を問う国民投票の結果を受けてデーヴィッド・キャメロン前首相が辞任した後、タナボタよろしく無投票で英国首相になった。

以後彼女は、国民投票でイエスと決定したEU離脱に向けて動き出した。ところが、元はEU残留派だった本人が、離脱派に鞍替えした風見鶏的な体質が影響したのでもあるかのように、彼女の政策はことごとく失敗。

首相就任1年後には、野党労働党の困窮を見て自らの権力基盤を固めたい野心にとらわれる。そこでEU離脱に向けた党内のさらなる結束が必要、ともっともらしい口実を作って議会を解散、総選挙を実施する。だがみごとに敗退。保守党は議会過半数をのがした。

それは彼女の前任者のキャメロン首相が、「私を取るかEU離脱を取るか」と思い上がったスローガンをかかげて国民投票を戦い、まさかの敗北を喫した失策とウリふたつの慢心行為だった。

キャメロン氏の失脚の半年後、イタリアの若き「政治屋」マッテオ・レンツィ首相も、「私を取るか上院改革ノーを取るか」と英国の失敗を無視したうぬぼれ行為に走って敗北・失脚した。が、メイ首相はその例にも習わなかった。

メイさんは間抜けな行為の責任を取って首相職を辞めるのかと思ったら、ふてぶてしく居座った。北アイルランドの弱小政党を取り込んでようやく過半数を達成して、EU離脱に向けての権謀術策を再開したのである。

しかし野党労働党はおろか、身内の保守党内からも造反者が続出して、繰り出す政策や施策案はことごとく沈没。ついに「EUのお情け」ともいえる今回の半年間の離脱延期となった。

それを受けて、メイ首相は何を血迷ったのか、身内の保守党から顔をそむけるようにして野党の労働党との妥協を探る、などと表明し先行きの不透明感は増すばかりである。

「民主主義は、それ以外の全ての政治体制を除けば最悪の政治である」というウィンストン・チャーチルの名言は、メイ首相が日々格闘しているまさに同じ場所である英国議会の、けたたましい論戦と智謀と策略のぶつかり合いの中から生まれた。

その民主主義の最大の美点とは、武力を排除した舞台で議員(従って国民)が知恵と意見とアイデアをぶつけ合い、しかる後に生まれる「妥協」である。また民主主義の最大の欠点とは多数決と多数派による横暴である。

多数派による暴虐を殺ぐために考案されたのが、「少数派の意見を尊重する」というコンセプトである。それは実行されることは稀だが、現代のまともな民主主義体制の中では、そのことは強く意識されている。そして意識されていること自体が既に民主主義の改善である。

つまるところ民主主義とは、民主主義体制の不完全性を認めつつ、より最善のあり方を目指して進もうとする際の不都合や危険や混乱や不手際等々を真正面から見つめ、これに挑み、自らを改革・改善しようと執拗に努力する政治体制のことなのである。

僕はメイ首相が対峙する英国下院での論戦の渦と、同時に叱咤と欲望と雄叫び、そして何よりも「混乱」の模様を衛星TV報道画面で確認しつつ、その持論にますます自信を深めたりもするのである。

ひと言でいえば、議会に翻弄されているメイ首相は無能である。彼女の政策の善悪や好悪や是非に関わらず、一国の指導者が自らの政策に対して議会の賛同が得られない状況に長く居つづけるのは、無能以外の何ものでもない。

それにもかかわらずにメイ首相がめざましいのは、状況に決してめげない姿勢と行動力、しぶとい意志と厚顔、起き上がりこぼしもマッサオな打たれ強さ、執拗さ、愚直さ、鈍感さで議会に挑む姿だ。ある意味で政治家の鑑でさえある。

恐らくそれが見えるからなのだろう、EU幹部の彼女を見る目は意外と優しい。むろんその前に、EU幹部がメイ首相との離脱交渉において、彼らの思惑を押し通し有利な合意に達している、という現実があり、その現実から生まれる余裕がある。

そのことを知ってか知らでか、自国の議会でこてんぱんにやられたメイさんは、足しげくEU本部に出向いては、離脱合意の中身の見直しを頼んだり離脱延期を要請したりする。そのことも彼女のめげないしぶとさ、を印象付ける

メイ首相が泣きつく度に、EUのユンケル委員長やトゥスク大統領らは、彼女を慰め励まし協力し援助の手を差し伸べる。独仏のメルケル、マクロン両首脳をはじめとするEU加盟国の全首脳も同じ。メイ首相を非難するのは英国内の反対勢力だけ、というふうにさえ見える。

EU内のこちら側、つまり欧州大陸からイギリス島を観察しているとBrexitに関する限りそんな印象がある。その印象は連日繰り返し流れる英国議会論戦の映像や、EU幹部や加盟各国の首脳と会うメイさんの様子などによってさらに強調される。

EU側は誰もがメイさんに親切だ。首脳らは彼女をいつも歓迎し、抱擁し、激励し、心からの親愛の情を行動で示す。映像には彼らの誠実が素直に露見していて見ていてすがすがしいくらいだ。不思議な情景である。

EU幹部にもまた加盟各国首脳にも、英国がEUに残留してほしいという心底での願いがある、と僕はポジショントークながら思う。だが現実には英国は離脱の道を選び、メイ首相自身もそれを目指して政治的駆け引きを繰り返している。

彼女がひんぱんにEU]本部や加盟国を訪れるのも、すみやかなEU離脱の道を模索してのことである。決してEU残留を願って行動しているのではない。

EUはそのことを熟知しつつ、懸命にメイ首相を応援している。むろん、合意なき離脱になれば英国はいうまでもなくEUにも大きな損害と混乱がもたらされることが予想される。それを避けるためにはEUは、メイ首相との合意に基づく離脱を目指したほうがいい。

その実利を十分に理解したうえで見ても、繰り返しになるが、EUのメイさんを見つめる目は寛大だ。これはもうテリーザ・メイというしぶとくて愚直で鈍感な政治家の「人徳」によるもの、といっても過言ではない感じさえする。

EU支持者で英国ファンの僕は、どんな理由であれ英国の離脱が先延ばしにされるのは喜ばしい。延期を繰り返していけば、最終的には離脱そのものがなくなるかもしれない、という可能性がゼロではない展開へのひそかな期待もある。

一方、たとえそうはならなくても、離脱延期が実現したことで「合意なき離脱」という最悪のシナリオが避けられた、という見方が巷には根強く残っている。だがそれは間違っている可能性も高い。

離脱が延期される度に英国内では離脱強硬派の反発が高まるという現実がある。するとメイ首相は保守党内右派の支持を取り付けるのを諦めて別の道を探す。彼女がEUとの離脱延期合意直後に「野党労働党との協議を進めたい」と明言したもそれが理由だ。

すると自らの拠り所である保守党とその他の離脱強硬派の反発がますます高まって議会が紛糾する。結果、EUとの「離脱合意案」への承認が得られないまま時間切れとなって(延期期間の終わりが来て)なし崩しに「合意なき離脱」に至る可能性も極めて高い、と思うのである。



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