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イタリアのポピュリズム(大衆迎合主義)政権の一翼を担う極右政党「同盟」は先月(5月26日投開票)行われた欧州議会選挙で予想通り躍進した

同党の党首で副首相のサルヴィーニ氏は、選挙運動中にロザリオをかざして演説を行なうなどしてローマ教皇の怒りを買った。

ロザリオはカトリック教会で聖母マリアへの祈りを唱える時に使う、小さな十字架がついたネックレスのような数珠。

サルヴィーニ氏は、連立政権内で特に難民・移民の排斥を主体にした人種差別的政策を推し進めてローマ教皇と対立している。

イエス・キリストを持ち出すまでもなく、ロザリオに象徴される聖母マリアが貧しい難民・移民を放逐したり、人種差別的な行為を容認するわけがない。

だから教皇を頂点とするバチカンは、聖母マリアの教えと相対するサルヴィーニ氏がロザリオをかざして選挙運動をしたことに不快感をあらわにしたのである。

イタリアは国民の約70%がカトリック教徒とされるが、印象としてはほぼ100%が同教の信者、というのが住んでみての実感だ。9割以上の国民がカトリック教徒という統計も実際に多い。

そこでサルヴィーニ氏は信仰を よりどころに票獲得を企てたが、逆に信仰のシンボル的存在であるローマ教皇の返り討ちに遭った、というふうである。

日本人にはなじみが薄いローマ教皇をわかりやすく語るために、僕は敢えて沖縄に絡めて、沖縄の読者向けに次のような趣旨の文章を書いたことがある。

《ローマ教皇はカトリック教最高位の聖職者である。宗教的存在としての教皇は世界中に12億人程度いるカトリック教徒の精神的支柱だ。同時に彼は政治的な存在でもある。

政治的存在としてのローマ教皇は、われわれの住むこの世界で最も大きな影響力を持つ権力者の1人だ。

ローマ教皇の存在が、遠い極東の島国日本の、さらに外れに当たる沖縄にも影響を与え得る例を一つだけ挙げてみたい。

2011年、アメリカで起きた同時多発テロ事件は、米軍基地の多い沖縄もテロの標的になる可能性が高い、という風評を呼んで観光業に大打撃を与えた。

あの事件はイスラム過激派による反米闘争の一環として決行されたが、その前にはイスラム教とキリスト教のいがみ合いという何世紀にも渡る対立があり、それは現在でも続いている。

つまりひとことで言えば、もしもキリスト教世界とイスラム教世界が親和的な関係であったならば、イスラム過激派のテロは存在せず沖縄の観光産業が打撃を蒙ることもなかった。

そしてローマ教皇はその気になれば、2大宗教の対立に終止符を打つことも、このままま継続させることもできるほどの力を持つ大きな存在なのである。》


“風が吹けば桶屋が儲かる”的な論法に聞こえるかもしれない。が、ローマ教皇はあらゆる国や地域が密接に結びついて狭くなった世界で、一大勢力を持つカトリック教会のトップなのだ。

カトリック教最高位の聖職者たるローマ教皇は非世襲の終身職。コンクラーヴェと呼ばれる枢機卿団の構成員たちの互選投票で選ばれる。

そうしたことからローマ教皇を敢えて日本に例えて言うならば、万世一系の天皇ではなく、一大限りの天皇あるいは選挙で選出される天皇、と形容することもできる。

同盟のサルヴィーニ党首は、国民の圧倒的多数を占めるカトリック教徒に向けて「ロザリオと共に進もう!」と叫ぶことで、あるいはローマ教皇に挑もうと考えているのかもしれない。

極右系の政治家にありがちな彼の思い上がったやり方は、日本の安倍晋三首相が平成の天皇に逆らい、さらに即位したばかりの新天皇を篭絡しようとして躍起になっている、とされる姿にも重なるようだ。

僕は政治家のそうした動きには少しも驚かない。彼らはそうすることで自らの政治目標を達成しようとする。そして政治目標の達成こそが政治家にとっての正義だ。僕はサルヴィーニさんも安倍さんも支持しないが、彼らの飽くなき野心には感心するばかりである。


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