時事(フェスタ・祭り)

ベニスに遊ぶ



ivangelista披露宴会場天井込みヒキ800


ベニスの少し優雅な結婚披露宴に招かれた。

同じ日に別の場所で日本祭りがあり、僕はそこで日本映画のプレゼン責任者だった。

困ったが、結婚披露宴はどうしても避けられない義理ある催し物だったので、そちらへの顔出しを優先せざるを得なかった。

披露宴会場はベニスの中心街から少し離れた場所にあった。いや、大運河からリアルト橋に向かって路地を行く地区だから、中心街の一角ではある。

だが、そのあたりはリアルト橋一帯やサンマルコ広場付近に較べると、ベニスの中心街の中では観光客が少なく静かな雰囲気に包まれている。

いまベニスで取りざたされることの多い中国人観光客も、その他の訪問客もあまり通りを歩いていない。

地元の人らしい老婦人に披露宴会場への道順を訊いた。躊躇なく教えてくれる様子からベニス人の女性であることに確信を持った。

そこでついでにまた訊いた。このあたりはずいぶん静かですね。あまり観光客も歩いていないようですし、と。

すると老婦人は急いで返した。とんでもない。このあたりも含むベニスはもうベニスではありません。ベニスは観光客に乗っ取られてしまいました。嘆かわしいことです、と。

彼女は僕を観光客とは見なさなかったようだ。イタリア語を、ブロークンながら、ま、割りと流暢に話すし、何よりも結婚披露宴に出るためにスーツにネクタイ姿だったからだろう。

カドーロ背景照も300

スーツにネクタイに黒の革靴を履いた観光客なんて、さすがのベニスにもあまりいないはずだ。


老婦人の嘆きは全てのベニス人の嘆き、と断言しても構わないと思う。それは僕のようにベニスを愛する非地元民の嘆きでもあるのだから。

観光客となんら変わることのない仕方でベニスに侵入している自分自身を棚に上げて、僕はそこでもベニスに溢れる旅人の多さを慨嘆するのだった。

僕の慨嘆はさらに深くなった。老婦人と別れてしばらく路地を行くと、明らかに不埒な中国人の仕業に違いない、落書きが目に飛び込んできたのだ。

チャイナ落書き800


美しい水の都は確実に壊れつつある。それは中国人のせいばかりではないが、中国人の影響はやはり少なくない、とは言えそうだ。

その後とどまった結婚披露宴の会場では、ベニスの伝統に彩られた屋内装飾や食や持て成しやゲストの動静や空気感を満喫して、それとは対極にある外の喧騒をしばらく忘れて過ごした。



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盆は生者のためにある



雲の上の光



日本の多くの地域で今日から始まる盆は、昨年11月に101歳で逝った父の新盆にあたる。盆最終日の8月15日にはイタリアでも大きな宗教行事がある。聖母マリアが死して昇天することを寿ぐ聖母被昇天祭である。僕はその日は家族と共に教会のミサに出席するつもりだ。

僕はキリスト教徒ではないが、教会の行事には家族に請われれば、また時間が許す限りは、顔を出すことを厭わない。一方キリスト教徒の妻は日本に帰るときは、冠婚葬祭に始まる僕の家族の側のあらゆる行事に素直に参加する。それは僕ら異教徒夫婦がごく自然に築いてきた、日伊両国での生活パターンである。

教会では父のために、盆の徳を求めて祈ろうと思う。教会はキリスト教の施設だが、聖母マリアも、その子で神のイエス・キリストも、霊魂となった父を拒まない。拒むどころか抱擁し赦し慈しむ。祈る僕に対してもそうである。イエス・キリストとはそういう存在である。全き愛と抱擁と赦しが即ちイエス・キリストである。

祈りには実は宗教施設はいらない。僕は普段でも父に先立って逝った母に語りかけ、父を思っても祈る。 だが信心深かった母と父はもしかすると、多くの人と同様に寺や神社や祠や仏壇などの宗教設備がないと寂しい思いをするかもしれない。だから僕はそうした場所でも祈る。キリスト教の教会においてさえ。

イエス・キリストの代弁者である教会は僕の祈りを拒まないし拒めない。もしもそこに拒絶があるなら、それは教会施設の管理者である聖職者と信者たちによってなされるものだ。だが異教徒でありながら、あるいは仏教系無神論者でありながら、いや仏教系無神論者だからこそ、イエス・キリストを尊崇してやまない僕を彼らも拒まない。

仏教系無神論者とは、仏教的な思想や習慣や記憶や情緒などにより強く心を奪われながら、全ての宗教を容認し尊崇する者、のことである。同時に僕は仏陀と自然とイエス・キリストの「信者」でもある。幾つもの宗教を奉ずる者は、特に一神教の信者にとっては、「何も信じない者」であるに等しい。

その意味でも僕はやはり無神論者なのであり、無神論者とは「無神論」という宗教の信者だと考えている。そして無神論という宗教の信者とは、別の表現を用いれば先に述べた「全ての宗教を肯定し受け入れる者」にほかならない。

葬儀や法要や盆などを含むあらゆる宗教儀式と、それを執り行うための施設は、死者のためにあるのではない。それは生者のために存在する。われわれは宗教施設で宗教儀式を行うことによって、大切な人を亡くした悲しみや苦しみを克服しようとする。盆もその例に漏れない。

宗教はそれぞれの信仰対象を解釈し規定し実践する体系である。体系は教会や寺院や神社などの施設によって具現化される。信者は体系や施設を崇拝し、自らの宗教の体系や施設ではないものを拒絶することがある。特に一神教においてそれは激しい。

再び言う。僕はあらゆる宗教を認め受容し尊崇する「仏教系無心論者」である。僕にとっては宗教の教義や教義を含む全体系やそれを具現し実践する施設はあまり意味をなさない。僕はそれらを尊重し信者の祈りももちろん敬仰する。

だが僕はあらゆる宗教の儀式やしきたりや法則よりも、ひたすら「心が重要」と考える者でもある。心には仏教もキリスト教も神道も精霊信仰も何もない。心は宗派を超えた普遍的な真理であり、汎なるものである。それは何ものにも縛られることがない。

灰となった父の亡き骸の残滓は日本の墓地に眠っている。父に先立って逝った母もそうだ。だが2人はそこにはいない。2人の御霊は墓を飛び出し、現益施設に過ぎない仏壇でさえも忌避し、生まれ育ちそして死んだ島さえも超越して、遍在する

2人は遍在して僕の中にもいる。肉体を持たない母と父は完全に自由だ。自在な両親は僕と共に、たとえば日本とイタリアの間に横たわる巨大空間さえも軽々と行き来しては笑っている。僕はそのことを実感することができる。

僕は実感し、いつでも彼らに語りかけ、祈る。繰り返すが祈りは施設を必要としない。だが盆の最終日には僕は、イエス・キリストを慕いつつ仏陀の徳を求めて、母と、そして新盆を迎える父のために、キリスト教の施設である教会で祈ろうと思う。



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連休という果報、飛び石連休という貧困



サントリーニ見下ろし海パラソル客船800を600に



2019年、日本のゴールデンウイークが10連休になるというニュースは、イタリアにいても日本の衛星放送やネットを介していやというほど見、聞き、知っていた。

それに関連していわゆる識者や文化人なる人々が意見を開陳していたが、その中にまるで正義漢のカタマリのような少し首を傾げたくなる主張があった。

10連休は余裕のあるリッチな人々の特権で休みの取れない不運な貧しい人々も多い。だから、10連休を手放しで喜ぶな。貧者のことを思え、と喧嘩腰で言い立てるのである。

10連休中に休めない人は、ホテルやレストランやテーマパークなど、など、の歓楽・サービス業を中心にもちろん多いだろう。

だが、まず休める人から休む、という原則を基に休暇を設定し増やしていかないと「休む文化」あるいは「ゆとり優先のメンタリティー」は国全体に浸透していかない。10連休は飽くまでも善だったと僕は思う。

休める人が休めば、その分休む人たちの消費が増えて観光業などの売り上げが伸びる。その伸びた売り上げから生まれる利益を従業員にも回せば波及効果も伴って経済がうまく回る。

利益を従業員に回す、とは文字通り給与として彼らに割増し金を支払うことであり、あるいは休暇という形で連休中に休めなかった分の休息をどこかで与えることだ。

他人が休むときに休めない人は別の機会に休む、あるいは割り増しの賃金が出るなどの規則を法律として制定するすることが、真の豊かさのバロメーターなのである。

そうしたことは強欲な営業者などがいてうまく作用しないことが多い。そこで国が法整備をして労働者にも利益がもたらされる仕組みや原理原則を強制するのである。

たとえばここイタリアを含む欧州では従業員の権利を守るために、日曜日に店を開けたなら翌日の月曜日を閉める。旗日に営業をする場合には割り増しの賃金を支払う、など労働者を守る法律が次々に整備されてきた。

そうした歴史を経て、欧州のバカンス文化や「ゆとり優先」のメンタリティ-は発達した。それもこれも先ず休める者から休む、という大本の原則があったからである。

休めない人々の窮状を忘れてはならないが、休める人々や休める仕組みを非難する前に、窮状をもたらしている社会の欠陥にこそ目を向けるべきなのである。

休むことは徹頭徹尾「良いこと」だ。人間は働くために生きているのではない。生きるために働くのである。

そして生きている限りは、人間らしい生き方をするべきであり、人間らしい生き方をするためには休暇は大いに必要なものである。

人生はできれば休みが多い方が心豊かに生きられる。特に長めの休暇は大切だ。夏休みがほとんど無いか、あっても数日程度の多くの働く日本人を見るたびに、僕はそういう思いを強くする。

バカンス大国ここイタリアには、たとえば飛び石連休というケチなつまらないものは存在しない。飛び石連休は「ポンテ(ponte)」=橋または連繋」と呼ばれる“休み”で繋(つな)げられて「全連休」になるのだ。

つまり 飛び石連休の「飛び石」は無視して全て休みにしてしまうのである。要するに、飛び飛びに散らばっている「休みの島々」は、全体が橋で結ばれて見事な「休暇の大陸」になるのだ。

 長い夏休みやクリスマス休暇あるいは春休みなどに重なる場合もあるが、それとは全く別の時期にも、イタリアではそうしたことが一年を通して当たり前に起こっている。

たとえばことしは、日本のゴールデンウイーク前の時節(期間、時分)にもポンテを含む連休があった。復活祭と終戦記念の旗日がからんだ4月20日から28日までの9連休である。

4月20日(土)、21日(日“復活祭”)、22日(月“小復活祭=主顕節”・旗日)23日(火“ポンテ”)24日(水“ポンテ”)25日(木“イタリア解放(終戦)記念日”・旗日)26日(金“ポンテ”)27日(土)28日(日)の9連休である。

もちろん誰もが9連休を取る(取れる)わけではない。23日(火)と24日(水)は働いて25日から28日の間を休む。つまり26日(金)だけをポンテとして休む、という人も相当数いた。だが20日から28日までの長い休暇を取った人もまた多かったのである。

そうした事実もさることながら、旗日と旗日の間をポンテでつなげて連休にする、という考え方がイタリア国民の間に「当たり前のこと」として受け入れられている点が重要である。

飛び石、つまり断続または単発という発想ではなく、逆に「連続」にしてしまうのがイタリア人の休みに対する考え方である。休日を切り離すのではなく、できるだけつなげてしまうのだ。

連休や代休という言葉があるぐらいだからもちろん日本にもその考え方はあるわけだが、その徹底振りが日本とイタリアでは違う。勤勉な日本社会がまだまだ休暇に罪悪感を抱いてるらしいことは、飛び石連休という考え方が依然として存在していることで分かるように思う。

一方でイタリア人は、何かのきっかけや理由を見つけては「できるだ長く休む」ことを願っている。休みという喜びを見出すことに大いなる生き甲斐を感じている。

そんな態度を「怠け者」と言下に切り捨てて悦に入っている日本人がたまにいる。が、彼らはイタリア的な磊落がはらむ豊穣 が理解できないのである。あるいは生活の質と量を履き違えているだけの心の貧者なのである。

休みを希求するのは人生を楽しむ者の行動規範であり「人間賛歌」の表出である。それは、ただ働きずくめに働いているだけの日々の中では見えてこない。休暇が人の心身、特に「心」にもたらす価値は、休暇を取ることによってのみ理解できるように思う。

2019年に出現した10連休は、日本の豊かさを示す重要なイベントだった。日本社会は今後も飛び石連休を「全連休」にする努力と、連休中に休めなかった人々が休める方策も含めて、もっとさらに休みを増やしていく取り組みを続けるべきなのである。



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また犯した「子ヤギ食らい」という自罪


皿盛り食べかけヨリ600



4月21日はイタリアのパスクアだった。イギリスではイースター。日本語では復活祭。イエス・キリストの復活を寿ぐキリスト教最大のイベント。ハイライトは祭り当日に供される子ヤギまたは子羊料理。

不信心者の僕にとっては、パスクアは神様の日というよりも、ほぼ一年に一度だけ食べる子ヤギ料理の日。イタリアでは子羊料理は一年中食べられるが、子ヤギのそれはきわめて難しい。

ことしは初めてレストランで子ヤギ料理を食べた。去年までは家族一同が自宅で、または親戚や友人宅に招かれて食べるのが習いだった。

実はことしも親戚に招かれていたが、子ヤギも子羊も供されない普通の肉料理の食事会、と知って遠慮した。年に一度くらいは特別料理を食べたい。

復活祭前夜の一昨日、友人からも子ヤギ料理への誘いがあった。しかし、レストランを予約してしまっているという不都合もあったので、そちらもやはり遠慮した。

結論をいえば、レストランでの食事は大成功だった。12時半から4時間にも渡った盛りだくさんの料理のメインコースは、もちろん子ヤギのオーブン焼きである。

それは成獣肉を含むこれまでに食べたヤギおよび羊肉料理の中でも第一級の味だった。来年も同じ店で食べてもいいとさえ思っている。

イタリアのレストランでは子羊料理は一年中提供される。だが子ヤギ料理は復活祭が過ぎるとほぼ完全に姿を消す。理由はよく分からない。単純に子ヤギの絶対量が子羊に比べて少ないからではないかと思う。
 
この国を旅すると、羊飼いと牧羊犬に連れられた羊の大群によく出会う。牧草地ばかりではなく、時には田舎町の道路を羊の群れが渡っているのに出くわしたりもする。

羊は数が多い。羊には羊毛の需要もあるから数が多くなるのだろう。それに比べてヤギの姿はめったに見かけない。探せば見つかるが、羊のように頻繁に目にすることはない。

ヤギは山羊、つまり「山の羊」と呼ばれるくらいだから、飼育や繁殖がむつかしくて数が少ないということもあるのかもしれない。

復活祭になぜ子羊や子ヤギ料理を食べるのかというと、由来はキリスト教の前身ともいえるユダヤ教にある。古代、ユダヤ教では神に捧げる生贄として子羊が差し出された。

子羊は犠牲と同義語である。イエス・キリストは人間の罪を贖(あがな)って磔(はりつけ)にされて死んだ。つまり犠牲になったのである。

そこで犠牲になったもの同士の子羊とイエス・キリストが結びつけられて、イエス・キリストは贖罪のために神に捧げられる子ヒツジ、すなわち「神の子羊」とみなされるようになった。そこから復活祭に子羊を食べてイエス・キリストに感謝をする習慣ができた。

復活祭に子羊を食べるのは、そのようにユダヤ教の影響であると同時に、「人類のために犠牲になった子羊」であるイエス・キリストを食する、という意味がある。

救世主イエスを食べる、という感覚はなかなか理解できないという日本人も多い。だがよく考えてみれば、実はそれはわれわれ日本人が神仏に捧げたご馳走や酒を後でいただく、という行為と同じことである。

神棚や仏壇に供された飲食物は、先ず神様や仏様が食べてお腹の中に入ったものである。その後でわれわれ人間は供物を押し頂いて食べる。それはつまり神仏を食するということでもある。

われわれは供物とともに神様や仏様を食べて、神仏と一体化して煩悩にまみれた自身の存在を浄化しようと願う。キリスト教でもそれは同じ。そんなありがたい食べ物が子羊料理なのである。

僕は冒頭でことわったように不信心者なので、神や霊魂や仏や神々と交信するありがたさは理解できない。ただ、おいしいものを食べる幸せを何ものかに感謝したい、とは常々思う。

イタリアでは復活祭の期間中に、通常400万頭内外の子羊や子ヤギが食肉処理されてきたとされる。それ以外の期間にも80万頭が消費されてきた。

しかし、その数字は年々減ってきて、ここ数年は200万頭前後に減少したという統計もある。不景気のあおりで人々の財布のヒモが堅いのが理由だ。子ヤギや子羊の肉は、豚肉や牛肉などのありふれた食材に比べて値段が張るのだ。

一方で消費の落ち込みは主に、動物愛護家や菜食主義者たちの反対運動が功を奏しているという見方もある。最近はいたいけな子ヤギや子羊を食肉処理して食らうことへの批判も少なくないのである。

2017年にはあのベルルスコーニ元首相が「復活祭に子羊を食べるのはやめよう」というキャンペーンを張って、食肉業者らの怒りを買った。

ベジタリアンに転向したという元首相は、彼の内閣で観光大臣を務めたブランビッラ女史と組んで、動物愛護を呼びかけるようになった。アニマリストから拍手喝采が起こる一方で、ビジネス界からは反発が出た。

僕は正直に言ってその胡散臭さに苦笑する。突然ベジタリアンになったり動物愛護家に変身する元首相も驚きだが、子羊だけに狙いを定めた喧伝が不思議なのである。食肉処理される他の家畜はどうでもいいのだろうか。

動物の食肉処理の現場は凄惨なものである。僕は以前、英国で豚の食肉処理場のドキュメンタリー制作に関わった経験がある。屠殺される全ての動物は、次に記す豚たちと同じ運命にさらされる。

彼らは1頭1頭がまず電気で気絶させられ、失神している20秒~40秒の間に逆さまに吊り上げられて喉を掻き切られ、血液を抜かれ、皮を剥がれ、解体されて、またたく間に「食肉」になっていく。

その工程は全て流れ作業だ。すさまじい光景だが、工程が余りにも単純化され操作がスムースに運ばれるので、ほとんど現実感がない。肉屋やスーパーに並べられている食肉は全てそうやって生産されたものだ。

菜食主義者や動物愛護家の皆さんが、動物を殺すな、肉を食べるな、と声を上げるのは尊いことだと思う。それにはわれわれ自身の残虐性をあらためて気づかせてくれる効果がある。

だが、人間が生きるとは「殺すこと」にほかならない。なぜなら人は人間以外の多くの生物を殺して食べ、そのおかげで生きている。肉や魚を食べない菜食主義者でさえ、植物という生物を殺して食べて生命を保っている。

人間が他の生き物の命を糧に、自らの命をつなぐ生き方は誰にもどうしようもないことだ。それが人間の定めだ。他の生命を殺して食べるのは、人間の業であり、業こそが人間存在の真実だ。

大切なことはその真実を真っ向から見据えることだ。子羊や子ヤギを始めとする小動物を慈しむ心と、それを食肉処理して食らう性癖の間には何らの矛盾もない。

それを食らうも人間の正直であり、食わないと決意するのもまた人間の正直である。僕はイタリアにいる限りは、復活祭に提供される子ヤギあるいは子羊料理を食べる、と心に決めている。



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負け馬たちの功績


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負け馬御三家:左からキャメロン・レンツィ・メイ各氏


いま英国議会下院で起きているBrexit(英国のEU離脱)をめぐる議論の嵐は、民主主義の雄偉を証明しようとする壮大な実験である。それが民主主義体制の先導国である英国で起きているからだ。

そこでは民主主義の最大特徴である多数決(国民投票)を多数決(議会)が否定あるいは疑問視して、煩悶し戸惑い恐れ混乱する状況が続いている。それでも、そしてまさに民主主義ゆえに、直面する難題を克服して進行しようとする強い意志もまた働いている。

2016年、英国議会はBrexitの是非を決められず、結果として市民の要請に応える形で国民投票を行った。国民の代表であるはずの議会が離脱の当否を決定できなかったのはそれ自体が既に敗北である。だが国民投票を誘導した時の首相ディヴィッド・キャメロンと議会はそのことに気づかなかった。

国民投票の結果、Brexitイエスの結果が出た。民主主義の正当な手法によって決定された事案はすぐに実行に移されるべきだった。事実、実行しようとして議会は次の手続きに入った。そこでEUとの話し合いが進められ、責任者のメイ首相は相手との離脱合意に達した。

ところが英国議会はメイ首相とEUの離脱合意の中身を不満としてこれを批准せず、そこから議会の混乱が始まった。それはひと言でいえば、メイ首相の無能が招いた結果だったが、同時にそれは英国民主主義の偉大と限界の証明でもあった。

議会とメイ首相が反目し停滞し混乱する中、彼女はもう一方の巨大な民主主義勢力・EUとの駆け引きにも挑み続けた。そこではBrexitの是非を問う国民投票が、英国民の十分な理解がないまま離脱派によって巧妙に誘導されたもので無効であり、再度の国民投票がなされるべき、という意見が一貫してくすぶり続けた。

だがそれは、民主主義によって選択された国民の意志を、同じ国民が民主主義によって否定することを意味する。それは矛盾であり大いなる誤謬である。再度の国民投票は従って、まさに民主主義の鉄則によって否定されなければならない。

そこで議会で解決の道が探られるべき、という至極当たり前の考えから論戦が展開された。審議が続き採決がなされ、それが否定され、さらなる主張と論駁と激論が交わされた。結果、事態はいよいよ紛糾し混乱してドロ沼化している、というのが今の英国の状況である。

そうこうしているうちに時限が来て、EUは英国メイ首相の離脱延期要請を受け入れた。それでも、いやそれだからこそ、英国議会は今後も喧々諤々の論戦を続けるだろう。それはそれで構わない。構わないどころか民主主義体制ではそうあるべきだ。

だが民主主義に則った議会での議論が尽くされた感もある今、ふたたび民主主義の名において、何かの打開策が考案されて然るべき、というふうにも僕には見える。その最大最良の案が再度の国民投票ではないか。

なぜ否定されている「再国民投票案」なのかといえば、2016年の国民投票は既に“死に体”になっている、とも考えられるからだ。民意は移ろい世論は変遷する。その変化は国民が学習することによって起きる紆余曲折であり、且つ進歩である。

つまり再度の国民投票は「2度目」の国民投票ではなく、新しい知識と意見を得た国民による「新たな」国民投票なのである。経過3年という月日が十分に長いかどうかは別にして、2016年の国民投票以降の英国の激動は、民主主義大国の成熟した民意が、民主主義の改善と進展を学ぶのに十二分以上の影響を及ぼした、と考えることもできる。

いうまでもなく英国議会は、メイ首相を信任あるいは排除する動きを含めてBrexitの行方を自在に操る権限を持っている。同時にこれまでのいきさつから見て、同議会はさらなる混乱と停滞と無力を露呈する可能性も高い。ならば新たな国民投票の是非も議論されなければならないのではないか。

そうなった暁には、投票率にも十分に目が向けられなければならない。そこでは前回の72,1%を上回る投票率が望ましい。2016年の国民投票後の分析では、EU残留派の若者が投票しなかったことが、離脱派勝利の大きな一因とされた。

もしもその分析が正しいならば、投票率の増加は若者層の意思表示が増えたことを意味し、同時にその結果がもたらす意味を熟知する離脱派の「熟年国民」の投票率もまた伸びて、多くの国民による真の意思決定がなされた、と見なすことができるだろう。

要するにBrexitをめぐる英国の混乱と殷賑は、既述したように民主主義の限界と悪と欺瞞と、同時にその良さと善と可能性を提示する大いなる実験なのである。それは民主主義の改革と前進に資する坩堝(るつぼ)なのであって、決してネガティブなだけの動乱ではない。

EU内の紛糾と見た場合、その大きな変革の波は、先ず英国と欧州の成熟した民主主義の上に、Brexit国民投票を実施した英国のデイヴィッド・キャメロン前首相という負け馬がいて、それにイタリアの負け馬マッテオ・レンツィ前首相が続き、テリーザ・メイ英国首相というあらたな負け馬が総仕上げを行っている、という構図である。

民主主義の捨て石となっている彼ら「負け馬」たちに僕はカンパイ!とエールを送りたい。なぜなら3人は民主主義の捨て石であると同時に、疑いなくそれのマイルストーンともなる重要な役割を果たしていて、民主主義そのものに大きく貢献している、と考えるからだ。



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負け馬の人徳



ユニオンジャック&メイ800切り取り②

EU(ヨーロッパ連合)と英国のメイ首相は、2019年4月12日としていたBrexit
(英国のEU離脱)の期日を、ことし10月31日まで延期することで合意した。

メイ首相は2016年、Brexitの是非を問う国民投票の結果を受けてデーヴィッド・キャメロン前首相が辞任した後、タナボタよろしく無投票で英国首相になった。

以後彼女は、国民投票でイエスと決定したEU離脱に向けて動き出した。ところが、元はEU残留派だった本人が、離脱派に鞍替えした風見鶏的な体質が影響したのでもあるかのように、彼女の政策はことごとく失敗。

首相就任1年後には、野党労働党の困窮を見て自らの権力基盤を固めたい野心にとらわれる。そこでEU離脱に向けた党内のさらなる結束が必要、ともっともらしい口実を作って議会を解散、総選挙を実施する。だがみごとに敗退。保守党は議会過半数をのがした。

それは彼女の前任者のキャメロン首相が、「私を取るかEU離脱を取るか」と思い上がったスローガンをかかげて国民投票を戦い、まさかの敗北を喫した失策とウリふたつの慢心行為だった。

キャメロン氏の失脚の半年後、イタリアの若き「政治屋」マッテオ・レンツィ首相も、「私を取るか上院改革ノーを取るか」と英国の失敗を無視したうぬぼれ行為に走って敗北・失脚した。が、メイ首相はその例にも習わなかった。

メイさんは間抜けな行為の責任を取って首相職を辞めるのかと思ったら、ふてぶてしく居座った。北アイルランドの弱小政党を取り込んでようやく過半数を達成して、EU離脱に向けての権謀術策を再開したのである。

しかし野党労働党はおろか、身内の保守党内からも造反者が続出して、繰り出す政策や施策案はことごとく沈没。ついに「EUのお情け」ともいえる今回の半年間の離脱延期となった。

それを受けて、メイ首相は何を血迷ったのか、身内の保守党から顔をそむけるようにして野党の労働党との妥協を探る、などと表明し先行きの不透明感は増すばかりである。

「民主主義は、それ以外の全ての政治体制を除けば最悪の政治である」というウィンストン・チャーチルの名言は、メイ首相が日々格闘しているまさに同じ場所である英国議会の、けたたましい論戦と智謀と策略のぶつかり合いの中から生まれた。

その民主主義の最大の美点とは、武力を排除した舞台で議員(従って国民)が知恵と意見とアイデアをぶつけ合い、しかる後に生まれる「妥協」である。また民主主義の最大の欠点とは多数決と多数派による横暴である。

多数派による暴虐を殺ぐために考案されたのが、「少数派の意見を尊重する」というコンセプトである。それは実行されることは稀だが、現代のまともな民主主義体制の中では、そのことは強く意識されている。そして意識されていること自体が既に民主主義の改善である。

つまるところ民主主義とは、民主主義体制の不完全性を認めつつ、より最善のあり方を目指して進もうとする際の不都合や危険や混乱や不手際等々を真正面から見つめ、これに挑み、自らを改革・改善しようと執拗に努力する政治体制のことなのである。

僕はメイ首相が対峙する英国下院での論戦の渦と、同時に叱咤と欲望と雄叫び、そして何よりも「混乱」の模様を衛星TV報道画面で確認しつつ、その持論にますます自信を深めたりもするのである。

ひと言でいえば、議会に翻弄されているメイ首相は無能である。彼女の政策の善悪や好悪や是非に関わらず、一国の指導者が自らの政策に対して議会の賛同が得られない状況に長く居つづけるのは、無能以外の何ものでもない。

それにもかかわらずにメイ首相がめざましいのは、状況に決してめげない姿勢と行動力、しぶとい意志と厚顔、起き上がりこぼしもマッサオな打たれ強さ、執拗さ、愚直さ、鈍感さで議会に挑む姿だ。ある意味で政治家の鑑でさえある。

恐らくそれが見えるからなのだろう、EU幹部の彼女を見る目は意外と優しい。むろんその前に、EU幹部がメイ首相との離脱交渉において、彼らの思惑を押し通し有利な合意に達している、という現実があり、その現実から生まれる余裕がある。

そのことを知ってか知らでか、自国の議会でこてんぱんにやられたメイさんは、足しげくEU本部に出向いては、離脱合意の中身の見直しを頼んだり離脱延期を要請したりする。そのことも彼女のめげないしぶとさ、を印象付ける

メイ首相が泣きつく度に、EUのユンケル委員長やトゥスク大統領らは、彼女を慰め励まし協力し援助の手を差し伸べる。独仏のメルケル、マクロン両首脳をはじめとするEU加盟国の全首脳も同じ。メイ首相を非難するのは英国内の反対勢力だけ、というふうにさえ見える。

EU内のこちら側、つまり欧州大陸からイギリス島を観察しているとBrexitに関する限りそんな印象がある。その印象は連日繰り返し流れる英国議会論戦の映像や、EU幹部や加盟各国の首脳と会うメイさんの様子などによってさらに強調される。

EU側は誰もがメイさんに親切だ。首脳らは彼女をいつも歓迎し、抱擁し、激励し、心からの親愛の情を行動で示す。映像には彼らの誠実が素直に露見していて見ていてすがすがしいくらいだ。不思議な情景である。

EU幹部にもまた加盟各国首脳にも、英国がEUに残留してほしいという心底での願いがある、と僕はポジショントークながら思う。だが現実には英国は離脱の道を選び、メイ首相自身もそれを目指して政治的駆け引きを繰り返している。

彼女がひんぱんにEU]本部や加盟国を訪れるのも、すみやかなEU離脱の道を模索してのことである。決してEU残留を願って行動しているのではない。

EUはそのことを熟知しつつ、懸命にメイ首相を応援している。むろん、合意なき離脱になれば英国はいうまでもなくEUにも大きな損害と混乱がもたらされることが予想される。それを避けるためにはEUは、メイ首相との合意に基づく離脱を目指したほうがいい。

その実利を十分に理解したうえで見ても、繰り返しになるが、EUのメイさんを見つめる目は寛大だ。これはもうテリーザ・メイというしぶとくて愚直で鈍感な政治家の「人徳」によるもの、といっても過言ではない感じさえする。

EU支持者で英国ファンの僕は、どんな理由であれ英国の離脱が先延ばしにされるのは喜ばしい。延期を繰り返していけば、最終的には離脱そのものがなくなるかもしれない、という可能性がゼロではない展開へのひそかな期待もある。

一方、たとえそうはならなくても、離脱延期が実現したことで「合意なき離脱」という最悪のシナリオが避けられた、という見方が巷には根強く残っている。だがそれは間違っている可能性も高い。

離脱が延期される度に英国内では離脱強硬派の反発が高まるという現実がある。するとメイ首相は保守党内右派の支持を取り付けるのを諦めて別の道を探す。彼女がEUとの離脱延期合意直後に「野党労働党との協議を進めたい」と明言したもそれが理由だ。

すると自らの拠り所である保守党とその他の離脱強硬派の反発がますます高まって議会が紛糾する。結果、EUとの「離脱合意案」への承認が得られないまま時間切れとなって(延期期間の終わりが来て)なし崩しに「合意なき離脱」に至る可能性も極めて高い、と思うのである。



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仮面たちの祝祭」



壁掛け縦横600



ことしもまたベニスカーニバルの季節がやってきた。2月16日に始まり3月5日まで開催される。カーニバルは日本語で言えば謝肉祭。イエスキリストの再生を寿ぐ復活祭前の禁欲生活に備えて、大いに食べ飲んで楽しもう、という趣旨のカトリックの祭典である。

ベニスのカーニバルはイタリア全国でいっせいに行なわれる謝肉祭イベンの一つ。今がまさに盛りの祭りでは、幻想的な仮面と豪華けんらんなコスチュームを身につけた人々が、古色深い水の都を練り歩いては人々を魅了する。

ベニスは街の全体が巨大な芸術作品と形容しても良いただならぬ場所である。周知のように何もない海中に人間が杭を打ち込み石を積み上げて作った都市。400余りの石橋で結ばれた運河や水路や航路が縦横無尽に張りめぐらされ、洗練されたベニス様式の建築物が街じゅうに甍を争っている。

ただでも美しいべニスの街は、カーニバルの期間中は夢幻とスリルと神秘が支配する不思議な世界に変貌して、その美しさはいよいよ筆舌に尽くしがたいものになる。

思い思いの仮面と衣装を身にまとった人々が、広場や路地裏や石橋やゴンドラや回廊や水路脇やカフェ…といった街のありとあらゆる場所に出没して、あたりの雰囲気が一変してしまうのだ。

仮面と衣装は古色あふれる水の都のたたずまいに溶け込み、霧と同化するかと思うとふいに露見して、見る者の心を騒がせ、やがて運河の水面に反射する夕陽と重なって、こ惑的なシルエットを作ってはうごめいていく。

仮面は謝肉祭には付きものの小道具である。人々はそれを身につけることで、祭りの間は自分ではない何者かに変身して好き勝手に振るまうことができた。このとき人々が最も欲したものは、純潔と貞節を重んじるカトリック教の厳しい戒律からの逃避だった。

つまり、祭りの期間中は誰もが性的に自由奔放に行動しようとし、またそれが許された。ベニスカーニバルがかつて「妻たちの浮気祭り」と冗談まじりに呼ばれたのは、そういう社会背景があったからである。

ベニス出身のカサノバが、プレイボーイとして大いに世間を騒がせていた1700年代の水の都には、カーニバルの期間中ほとんどフリーセックスに近い状態が出現したとさえ言われている。

カサノバの死と前後してベニスに侵攻したナポレオンは、街でひそかに繰り広げられる奔放自在な性の祭典に肝をつぶして、祭りの期間中は仮面 の使用を禁止する、という不粋な法律を制定しなければならないほどだった。このときからベニスカーニバルは衰退し、復活までに長い時間がかかった。

祭りの人混みの中で顔を隠して、身分を分からなくしてしまうことが目的の仮面なら、 他人のそれと似た物の方がいい。スタイルや美しさということよりも、先ず目立たないということが大切である。だから昔のベニスカーニバルでは「バウータ」 と呼ばれる四角四面で鼻の大きい単純な作りの仮面が巾をきかせた。

バウータは伝統的という意味ではそれなりに味のある仮面だが、ただそれだけのことで、創造性もなければ新しさもなく、当然驚きもない。かつてのベニスカーニバルでは、参加者のほぼ全員がバウータ仮面をかぶっていた。衣装も単純なものだった。

ところが時代が進んで性が開放されるにつれて、カーニバルの仮面は本来の意味を失った。時代と共に人々のセックス観は変化していき、カト リック教の戒律にしばられていたベニス人も性的に自由になった。現代では宗教の言ういわゆる不道徳な性は、カーニバルを待つまでもなく日常的にどこにでも 転がっていて、その気になればいつでも簡単に手に入れることができるようになった。

以来カーニバルの仮面は、顔を隠すための道具としてではなく、逆に自己顕示のためのそれとして使われるようになった。伝統的なバウータは片 隅に追いやられ、人々は祭りの舞台でひたすら目立ちたい一心からより独創的なもの、より華やかできらびやかなもの、あるいはより奇抜でおどろきにあふれた 仮面を作り出すことに熱心になった。衣装も同じ方向に進化していった。

仮面の進化する過程と平行して、ベニスカーニバルは年々ベニス人の手を離れてよそ者の祭りになっていった。というのも、カーニバルに新しい仮面や衣装を持ちこんで祭りを盛り上げていったのは、ほとんどがベニス以外の土地の人々だったからである。

現在ではそうした人々はイタリア国内ばかりではなく、ヨーロッパ各国やアメリカなどからもやってくる。彼らは一人一人が手間と時間をかけて独創的な仮面を作り上げ、それに合わせた衣装を作製してベニスに乗りこんでくる。

つまりベニスカーニバルの主役は、もはや年に一度だけの性の狂宴を求めたベニスのつつましい「浮気妻」やその夫たちではなく、世界各国からやってくる熱狂的な祭りのファンでありアーチストになったのである。
伝統的な仮面と衣装に郷愁を感じている生粋のベニス人はそれが気にくわない。彼らは「最近のカーニバルは派手になりけばけばしくなった」と良く嘆く。

しかし、地元の人間が嘆けば嘆くほどベニスカーニバルは面白い。それは言うまでもなく、より多くの独創性にあふれた仮面とコスチュームが街に集まることを意味するからである。

祭りをよそ者に奪われて悔やしがっている地元の人々には悪いが、魅惑的なベニスの街を背景に、強い美意識と想像力とスタイルに裏打ちされた 仮面や衣装があた りを徘徊している今のカーニバルは、むしろ「これこそベニスカーニバル!」と快哉を叫ばずにはいられない光景なのである。



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クリスマスもどきの日本のクリスマス



高穴海ヒキ800
2018年クリスマス当日の島の海、風雨強く寒かった



25年ぶりに年末年始を日本で過ごしている。正確には故郷の沖縄で。

大小の喜びや驚きや発見を楽しんでいるが、これまでのところ特に大きな2つの発見があった。

一つは沖縄の寒さ。12月の半ばに東京経由で沖縄に着いた。直後の2日間は夏日に近い気温だった。ところがそれ以後は温度が下がり、風雨が強まって連日寒い。

低温とはいうもののせいぜい14℃。良く下がって13℃程度だ。ところが風が強いため体感温度がひどく低い。そこに冷たい雨の追い打ち。震える寒さになる。

また屋内でも、暖房設備がないために、空気や床や壁が冷えている。イタリアを出た日の最低気温は-4℃だった。大げさではなく、イタリアの-4℃の方が沖縄の今よりも暖かったような気さえする。

むろんそこには大きな心理的な要因が作用している。暖かいのが当たり前のはずの沖縄の寒さは、驚きと「ガッカリ」のダブルパンチを伴って胸を撃ち、それが物理的冷温と相まってさらに寒さが増幅される。

僕の場合には特に「ガッカリ」の差し響きが大きく、寒さの度合いがますます深まってしまう。そうなると気分に反映される冷寒がほとんど大げさな領域にまで到達するのである。

なにしろ「沖縄旅行の最適な季節はいつ?」と聞かれると「断ぜん冬。なぜなら冬がないから」と答えるほど沖縄の暖かい冬を愛している僕には、寒い沖縄などもってのほかなのだ。

もう一つの大きな発見はクリスマスの無意味さ。日本におけるクリスマスはいわば「空(くう)」という驚きである。

過去25年間、イタリアで過ごすクリスマスでは宗教や信仰や神について考えることがよくあった。考えることが僕の言動を慎重にし、気分が宗教的な色合いに染められていくように感じた。

それは決して僕が宗教的な男だったり信心深い者であることを意味しない。それどころか、僕はむしろ自らを「仏教系無神論者」と規定するほど俗で不信心な人間である。

だが僕は仏陀やキリストや自然を信じている。それらを畏怖すると同時に強い親和も感じている。ここにイスラム教のムハンマド を入れないのは僕がイスラム教の教義に無知だからだ。

それでも僕はイスラム教の教祖のムハンマドは仏陀とキリストと自然(神道核)と同格であり一体の存在でありコンセプトだと信じている。いや、信じているというよりも、一体あるいは同格の存在であることが真実、という類の概念であることを知っている。

ところが、そうやって真剣に思いを巡らし、ある時は懊悩さえするクリスマスが、まさにクリスマスを日本で過ごすことによって、それが極々軽いコンセプトに過ぎないということが分かるのである。

当たり前の話だが、クリスマスは日本人にとって、西洋の祭り以外の何ものでもない。つまり、それは決して「宗教儀式」ではないのである。従ってそこにはクリスマスに付随する荘厳も真摯もスタイルもない。

なぜそうなのかといえば、それは日本には一神教の主張する神はいないからである。日本にいるのは八百万の神々であり、キリスト教やイスラム教、あるいはユダヤ教などの「神」は日本に到着すると同時に八百万の神々の一つになる。

言葉を変えれば、一神教の「神」を含むあらゆる"神々"は、全て同級あるいは同等の神としてあまねく存在する。唯一神として他者を否定してそびえたつ「神」は存在しない。

一神教の信者が言いつのる「神」、つまり唯一絶対の神は日本にはいない、とはそういう意味である。「神」は神々の一、としてのみ日本での存在を許される。

自らが帰依する神のみならず、他者が崇敬する神々も認め尊重する大半の日本人の宗教心の在り方は、きわめて清高なものである。

だがそれを、「日本人ってすごい」「日本って素晴らし過ぎる」などと 日本人自身が自画自賛する、昨今流行りのコッケイな「集団陶酔シンドローム」に組み込んで語ってはならない。

それというのも他者を否定するように見える一神教は、その立場をとることによって、他の宗教が獲得できなかった哲学や真理や概念―たとえば絶対の善とか道徳とか愛など―に到達する場合があることもまた真実だからだ。

また一神教の立ち位置からは、他宗教もゆるやかに受容する日本人の在り方は無節操且つ精神の欠落を意味するように見え、それは必ずしも誤謬ばかりとは言えないからだ。

あらゆる宗教と教義には良し悪しがあり一長一短がある。宗教はその意味で全て同格でありそれぞれの間に優劣は存在しない。自らの神の優位を説く一神教はそこで大きく間違っている。

それでもなお、自らの「神」のみが正しいと主張する一神教も、あらゆる宗教や神々を認め尊重する他の宗教も、そうすることで生き苦しみ悩み恐れる人々を救う限り、全て善であり真理である。

日本人は他者を否定しない仏教や神道やアニミズムを崇めることで自から救われようとする。一神教の信者は唯一絶対の彼らの「神」を信奉することで「神」に救われ苦しみから逃れようとする。

日本には一神教の「神」は存在しない。従ってそこから生まれるクリスマスの儀式も実は存在しない。日本人がクリスマスと信じているものは、西洋文明への憧憬と共に我われが獲得したショーとしてのクリスマスでありクリスマス祭なのである。

それはきわめて論理的な帰結だ。なぜなら宗教としての定式や教義や規律や哲学や典儀を伴わない「宗教儀式」は宗教ではなく、単なる遊びであり祭りでありショーでありエンターテインメントだからである。

それは少しも不愉快なものではない。日本人はキリスト教の「神」も認めつつ、それに附帯するクリスマスの「娯楽部分」もまた大いに受容して楽しむ。実にしなやかで痛快な心意気ではないか。



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伊サッカー「イチレンタクショー」のマンチーニとバロテッリ



師弟ハート


イタリアサッカー代表のマンチーニ監督は先日、5月28日のサウジアラビアとの対戦、6月1日の対フランス、同4日の対オランダ戦へ向けての招集メンバーを発表した。

マンチーニ監督の初指揮となるそれらの試合では、ニースのFWマリオ・バロテッリも招集される。バロテッリはインテル・ミラノとマンチェスターシティでマンチーニ監督の下でプレーした。

バロテッリはイタリアチームを主導すると見られた逸材。2012年の欧州選手権では期待通りの活躍を見せた。

しかしその後は低迷。激しやすく協調性を欠く性格などもあいまって、2014年を最後にイタリア代表の座からも遠ざかっていた。

マンチーニ監督は教え子ともいえるバロテッリをいち早く招集したが、一方で現在のイタリアチームの主柱の1人であるローマのダニエレ・デ・ロッシを外した。

マンチーニ監督は、インテル・ミラノで3連覇し英マンチェスター・シティでは44年振りに優勝を呼び込むなど、指揮官としてすばらしい実績を持つ。

その一方で、マンチーニ監督は国際試合に弱い、という陰口にもさらされ続けている。チャンピオンズリーグなどでの成功がほとんどないからだ。

ジンクスは破られるためにある。マンチーニ監督の「国際試合に弱い」というジンクスもそのうちに破られるかもしれない。だが破られないジンクスもある。それが運命、あるいはもっと重い言葉でいうなら宿命だ。

彼の教え子ともいえるバロテッリは、ここ2年ほどは所属のニースで調子を取り戻しつつあるものの、依然として不安定な要素に満ちている。

また前述のようにイタリアチームには突出した選手がいない。11人のレベルは世界クラスだが、「違いを演出」できる選手、特にファンタジスタがいないのだ。

それは致命的な欠陥だ。イタリア最高峰の監督の一人であるファビオ・カペッロはかつて「勝利への監督の貢献率はせいぜい15%かそこら。残りは選手の力で試合に勝つ」という趣旨のことを言った。

ゲームを支配するのはほとんどが選手の力なのだ。その選手の能力が今のイタリア代表にはない。いや、10人の卓越した選手はいるのだ。10人を活かす「イタリア然」とした選手、つまりファンジスタがいないのである。

マンチーニ監督はそれを作り出せない。マンチーニ監督に限らない。全ての
「ナショナルチームの監督」は、選手を育成することはできない。国際試合の時だけ選手と接触する彼らにはそんな時間はないのだ。

招集された30人の選手を見るとため息がで出る。いずれも小粒、どんぐりの背比べのような印象。バロテッリの招集は期待を抱かせてはくれるが、やはり未知数だ。

だが、繰り返しの指摘になるが、全体としての彼らのレベルは高い。しかしファンタジスタの不在がチームをひ弱に見せる。見せるだけではなく実際に勝てない。

マンチーニ監督が自らの「運命」を変え、バロテッリを救世主に仕立て上げ、それによってイタリア代表チームにかつての輝きをもたらすかどうか。

試金石となる3戦がいよいよ明日から始まる。


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4月25日のイタリアの終戦日が日独のそれと違うわけ



長いテーブルの賑わい600
ブレッシャ市の4月25日祭


毎年4月25日は「解放記念日」あるいは「自由の記念日」と呼ばれるイタリアの終戦記念日。休日である。イタリア全国でコンサートや路上での大食事会やワイン・ビールの飲み会など、など、楽しい催しものが展開される。

僕の住む北イタリアでもお祭り騒ぎがあった。特にロンバルディア州でミラノの次に大きく僕の住む村からも近いブレッシャ市の祭典が面白い。そこで昨日は僕もそこのイベントに参加してきた。

祭りのあったブレッシャ市では先日、住民の1人だったパキスタン系のイタリア人女性が、出身地を訪問中に名誉殺人の犠牲になって、街じゅうに衝撃が走った。

商業都市ブレッシャには移民が多く、イスラム教徒も少なくない。名誉殺人の犠牲になった女性はイタリア国籍だが、イスラム教徒である自身の家族に惨殺されたのだった。

終戦記念日とレジスタンスの勇気を祝うブレッシャ市のイベントは、楽しくにぎやかに繰り広げられた。人々が名誉殺人事件の衝撃を忘れてようとしているように見えたのは、あるいは僕の思い込みのせいだけではなかったかもしれない。

ところで、なぜイタリアの終戦記念日が「解放記念日」であり「自由の記念日」なのかというと、イタリアにとっての終戦が実は同時に、ナチスドイツの圧制からの解放でもあったからである。

日独伊三国同盟で結ばれていたドイツとイタリアは、大戦中の1943年に仲たがいが決定的になった。同年7月25日にはクーデターでヒトラーの朋友ムッソリーニが失脚して、イタリア単独での連合国側との休戦や講和が模索された。

しかし9月には幽閉されていたムッソリーニをドイツ軍が救出し、彼を首班とする傀儡政権「イタリア社会共和国」をナチスが北イタリアに成立させて、第2のイタリアファシズム政権として戦闘をつづけさせた。

それに対して同年10月3日、南部に後退していたイタリア王国はドイツに宣戦布告。以後イタリアではドイツの支配下にあった北部と南部の間で激しい内戦が展開された。そこで活躍したのがパルチザンと呼ばれるイタリアのレジスタンス運動である。

レジスタンスといえば、第2次大戦下のフランスでの、反独・反全体主義運動がよく知られているが、イタリアにおいては開戦当初からムッソリーニのファシズム政権へのレジスタンス運動が起こり、それは後には激しい反独運動を巻き込んで拡大した。

ファシスト傀儡政権とそれを操るナチスドイツへの民衆のその抵抗運動は、1943年から2年後の終戦まで激化の一途をたどり、それに伴ってナチスドイツによるイタリア国民への弾圧も加速していった。

だがナチスドイツは連合軍の進攻もあってイタリアでも徐々に落魄していく。大戦末期の1945年4月21日には、パルチザンの要衝だったボローニャ市がドイツ軍から解放され、23日にはジェノバからもナチスが追放された。

そして4月25日、ついに全国レジスタンス運動の本拠地だったミラノが解放され、工業都市の象徴であるトリノからもナチスドイツ軍が駆逐された。

その3日後にはナチスに操られて民衆を弾圧してきたムッソリーニが射殺され、遺体は彼の生存説の横行を避けるために、ミラノのロレート広場でさらしものにされた。

同年6月2日、国民投票によってイタリア共和国の成立が承認され、1947年には憲法が成立した。新生イタリア共和国は1949年、4月25日をイタリア解放またレジスタンス(パルチザン)運動の勝利を記念する日と定めた。

イタリアは日独と歩調を合わせて第2次世界大戦を戦ったが、途中で状況が変わってナチスドイツに立ち向かう勢力になった。言葉を替えればイタリアは、開戦後しばらくはナチスと同じ穴のムジナだったが、途中でナチスの圧迫に苦しむ被害者になっていったのである。

戦後、イタリアがドイツに対して、ナチスに蹂躙され抑圧された他の欧州諸国とほぼ同じ警戒感や不信感を秘めて対しているのは、第2次大戦におけるそういういきさつがあるからである。

日独伊三国同盟で破綻したイタリアが日独と違ったのは、民衆が蜂起してファシズムを倒したことだ。それは決して偶然ではない。ローマ帝国を有し、その崩壊後は都市国家ごとの多様性を重視してきたイタリアの「民主主義」が勝利したのだと思う。無論そこには連合軍の巨大な後押しがあったのは言うまでもないが。

イタリア共和国の最大で最良の特徴は「多様性」、というのが僕の持論である。多様性は時には「混乱」や「不安定」と表裏一体のコンセプトだ。イタリアが第2次大戦中一貫して混乱の様相を呈しながらも、民衆の蜂起によってファシズムとナチズムを放逐したのはすばらしい歴史である。




復活祭のいつものあやしい楽しみ  

razoneヤギ群れ



毎年日付けが変わる移動祝日の復活祭。ことしは4月1日(明日)である。その前後の一週間ほどは学校を中心に春休みになる。

統計によると、ことしは1000万人以上のイタリア人が復活祭期の休みに旅行に出、それによって36億ユーロ(約4700億円)程度の消費が見込まれる。約90%はイタリア国内で過ごし、10%程度が外国旅行に向かう。

そうした数字だけを見れば、平和そのもののようなイタリアの復活祭だが、実はイタリア警察は、ここ1週間だけでもイスラム過激派関連の容疑で10人近くを拘束している。このうち5人は2016年、ベルリンのトラックテロで12人を殺害したアニス・アムリの仲間と見られている。

復活祭前後の春休みの間、カトリックの総本山・バチカンを始めイタリア中の観光地には訪問者があふれる。そこを狙ったイスラム過激派のテロが懸念されているのである。

先頃、マフィアが「イタリアでのテロを防いでいる」というヨタ話が日本で流布したと聞いた。しかし、マフィアはテロを防ぐのではなく、逆にそれを鼓舞するのだ。ヨタ話には気をつけたほうがいい。

テロリストと提携して社会不安を喚起したいのがマフィアだ。イタリア警察はこれまでのところ、テロリストをうまく抑え込んでいる。2017年だけでも132名の要注意人物を国外退去にし、ことしもこれまでに既に29名を同じ処置にしている。

英語のイースター、イタリア語でパスクアと呼ばれる復活祭は、イエス・キリストが死後3日後に甦った奇蹟を祝うキリスト教最大の祭りである。

非キリスト教徒の目には、イエス・キリストの誕生日をことほぐクリスマスが最大の祝祭に見える。が、復活祭こそキリスト教の最重要なイベントだ。

誕生はあなたにも僕にも誰にでも訪れる奇跡だが、「死からの復活」という大奇蹟は神の子であるイエス・キリストにしか起こり得ない。どちらが重要な祭事かは火を見るよりも明らかである。

食の国ここイタリアでは、復活祭にはクリスマス同様に多くの美味い食べ物が出現する。中でも卵そのものを使った料理や卵型チョコレートなど、卵関連の食品がよく食べられる。

卵はみずみずしい生命のシンボル。ヒナが堅い殻を破って生まれることを「キリストの死からの復活」になぞらえている。同時に全ての新しい命の芽生えをもたらす、春を祝う意味合いもある。

復活祭最大の「食のイベント」は、復活祭当日の各家庭での昼の大食事会。そこでは伝統的に子羊の肉料理がメインコースとして提供される。レストランなどで食べても同じである。

全ての人の罪を背負って、十字架で磔(はりつけ)にされたイエス・キリストは、「神の子羊」とも呼ばれる。子羊が生贄として神に捧げられたユダヤ教由来のコンセプトである。

復活祭に子羊の肉を食べるのは、人類のために死んだイエス・キリストを偲び、称える儀式の意味がある。子羊料理はやがて子ヤギ料理へと広がり、地域によっては後者がより多くなった。

僕はイタリアでは1年に1度、復活祭の日に子ヤギの肉を食べる習わし。それが祭の大きな楽しみでもある。子羊でもかまわないが、北イタリアの僕の住む地域では、子ヤギのほうがよく食べられる。

その習いが高じて、僕は地中海域を旅するときは、各地の子ヤギまた子羊料理を食べ歩くようになった。地中海域やバルカン半島の国々では、子羊や子ヤギがよく食べられ味もすばらしい。

いたいけな子ヤギ(子羊)を食するのは野蛮である。僕が復活祭の時期に必ず子ヤギ(子羊)料理に言及したくなるのは、その罪悪感故、という側面もないことはない。

ところが僕は自分の思いを「偽善」とみなす、もう一つの「思い」もまた胸中にかかえている。それらをできるだけ客観的に眺めてみると、どちらも正しくどちらも舌足らず、という風な結論になる。

つまり

豚や牛に始まるあらゆる動物の子供や成獣の肉を食らうのも野蛮である。それどころか野菜や果物を食するのも野蛮だ。動物も植物も同じ「生命(生物)」だからだ。

動物と植物は違う生命だ、と言う者がいたら、それは思い上がりである。われわれ人間には「今のところ」、動物と植物の《生命の違い》を正確に見極める術はない。

分かっているのは「動いて、食べるもの」が動物であり、「動かず、食べず、光合成を行う」ものが植物、ということぐらいだ。2つの「生命」については何も知らないと同じなのである。

植物が、特に野菜が、われわれに食べられるために殺されるとき、痛みを感じるかどうかをわれわれは判断できない。血も流れず悲鳴も発せられないが、植物は別の方法で苦痛を訴えているのかも知れない。

人間は人間以外の「生命を殺して食べる」生命である。それ以外には生存の方策がない。従って実はそれは野蛮でもなく、罪悪でもない。人間が「生きるとは殺すこと」なのである。肉食者も菜食主義者も変わりがない。

そうすると、生きるとは殺すこと、という自然の摂理を認めないことが野蛮であり罪悪である、という結論になるのかもしれない。

なぜならその摂理を認めない者、あるいは真理に気づかない者は、自らを棚に上げて他者の食習慣をなじる所業に陥ったりもするからである。例えば菜食主義者が肉食者を一方的に指弾するような。。。


2017年の「NHK紅白」は掛け値なしに面白かった。



ロゴ800切り取り


秀逸なオープニングと総合司会者

まずオープニングがよかった。合成技法を用いたコンセプトは新しいものではないが、レトロなのにシャレた感覚に仕上がっていて楽しめた。

街やスタジオセットにはめ込む絵の撮影のために、出場歌手全員(だと思う)を拘束するのは大変だったろうと思いつつ、でもリハーサルの合間にでも撮影したのかな、とも。

多忙なひとびとの時間を長く借りるのも大仕事、短い時間で一気に仕事を済ませるのも大仕事。どちらにしてもNHK(ディレクター)はプロらしい良い仕事をしたと素直に感じた。

総合司会兼「紅白スーパーバイザー」=NHKゼネラル・エグゼクティブ・プレミアム・マーベラス・ディレクター(笑)三津谷寛治こと内村光良は、もしかすると史上最高の紅白司会者か、というぐらいに輝いていた。

いやみがなく、おごらず、気配りができ、発言に思いやりがあり、お笑い芸人としては当然ながら機転アドリブに長け、従っておもしろく、・・と、どこを切っても才能の高さと人柄のよさがにじみ出ていた。

僕は彼が主導するNHK番組『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』 もけっこう見ているので、設定をスムースに理解しギャグに笑った。もっとも同番組を見ていない人にも受けたかどうかは心もとないが。

「暴力」「差別」「圧力」「忖度」をぶっ飛ばせ

三津谷寛治がらみの最大のギャグは、彼がNHKの敵「暴力」「差別」「圧力」
「忖度(そんたく)」をやっつける場面である。

4大敵のうちの「暴力」と「差別」は普遍的なものだが、「圧力」と「忖度(そんたく)」は普遍的であると同時に、安倍政権がNHKに圧力をかけて忖度を強要したことへの反発とも読めて面白かった。

「忖度だけに読み仮名が振られていた」と内村に言わせたところにも、NHKの怨みがこもっていたようでさらに笑えた。

NHKは今後は、英BBCなどを見習って圧力を押し返し、忖度を拒否する姿勢を強靭に貫いてほしい。籾井さんのような放送とはまるで関係のないネトウヨ系の会長もいなくなったことだし。

ただ、テレビは政府と同じで「国民の民度に適った」レベルでしか存在し得ない。NHKに圧力をかけたり忖度しろと詰め寄る政権は、国民の程度がそういうふうだからそういうふうに存在するのだ。

同時に、NHKが圧力や忖度要請に屈するのも、国民がそれを許しているからだ。NHKあっての国民ではなく、国民あってのNHKなのだ。

そうはいうものの、NHKには国民を啓発する気概も持ってほしい。驕ることなく、「実現不可能な不偏不党の立場」を敢えて追求しつつ、権力批判を遂行するべきなのである。

昨年紅白とのエライ違い

オープニングは昨年のシン・ゴジラ編の、また「紅白スーパーバイザー」三津谷寛治がらみのシーンは昨年の「タモリ&マツコ」の代替企画である。

昨年の2つのエピソードは、目も当てられないぐらいの失策、というのが僕の意見だが、ことしのそれは昨年の「大すべり」を挽回して余りあるものだった。

オープニングは冒頭で述べたように新鮮だった。昨年のシン・ゴジラ企画が、番組中繰り返し挿入されてさらに不興を誘ったのとは違って、そこだけで完結して鮮烈にメリハリ感が出た。

また『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』をふんだんに用いた演出は、昨年『ブラタモリ』 をもじった『マツコとタモリのブラ紅白』が大迷走したのとは違って、大いにハマッていた。

少し欲を言えば、「紅白スーパーバイザー」三津谷寛治が背広をパラシュート代わりにして ヘリから飛び降りて、NHKの建物に激突した後、無傷で立ち上がったのは惜しかった。

ターミネーターを少しパロディっているから無傷、のコンセプトは分かるが、パロディだからこそ例えば立ち上がった彼の顔に鼻血が大きくタラり、などの滑稽感があればもっと良かった。

また、三津谷が三山ひろし、Sexy Zone 、サンシャイン池崎 の3組を彼の執務室に呼び出して説教するシーンは、もっと拡大してほしかった。むちゃくちゃに面白かったのだ。

演出が良いから歌手たちも良く見えた

僕は紅白歌合戦を通してその年に流行った歌やアーティストを知ることが多い。今回も事情は同じだったが、番組全体が楽しいからなのか、既に知っている歌や歌手もことさら清新に見えた。

たとえば郷ひろみ。僕とほぼ同年の還暦超過オヤジの若さに脱帽。アイドルであり続けるために老けない努力を怠らない「プロど根性」に、いまさらながら大拍手を送りたくなった。

たとえば島津亜矢。‘Rose’を原語で熱唱。彼女の歌唱力を疑う者はいないと思うが、演歌歌手が英語で、しかも発音も悪くなく、心にしみる歌声だった。

たとえば高橋真梨子。もう古希近い年齢ながら、年齢が歌魂の障害になるのではないが、でも肉体的に声の衰えは隠せないはずなのに、艶っぽい。ここにも歌手の「プロど根性」を見た。

たとえば水森かおり。歌も良かったけれど「千手観音踊り」は圧巻だった。ダンサーたちのすばらしさは彼女の歌心で引き出されて、それはダンサーによって輝く、という相乗効果また好循環。

例えば丘みどり。新しい演歌歌手の誕生か。たとえば渡辺直美。歌手としてよりもLady Gagaのパロディ熱演のすごさに瞠目。もちろん安室 奈美恵 に桑田佳祐 も。

など、など。。。。。




イタリア総選挙へ向けてのドタバタが始まった



マタレッラ国旗


イタリアのマタレッラ大統領は12月28日、議会を解散した。これを受けて総選挙が来年3月4日に行われることになった。

選挙戦の主な争点は、地中海を渡ってイタリアに流入し続ける難民・移民への対応と国内経済の立て直しである。

12月28日現在の世論調査の支持率は、ポピュリズム政党の「五つ星運動」が28-29%でトップ。中道左派の与党民主党が23%、中道右派のフォルツァ・イタリア16%、極右の「北部同盟」と「イタリアの同胞」がそれぞれ13%と5%である。

「五つ星運動」が単独政党としてはトップの支持率だが、単独過半数には届かない見込み。また同党は他党との連立を組まないことを明言しているため、政権入りは難しい。

第2党の民主党は内部分裂が極まって支持率が急降下。党首のレンツィ元首相を首相候補に立てない方針での人気回復を目指している。

ほぼ4年近く前、39歳の若さで首相の地位に就いたレンツィ氏は、政権も担当中も「壊し屋」の異名通りに政敵や党友を排除する強引な手法で反感を買った。

2016年12月、彼の最大の政治目標だった上院改革・憲法改正を問う国民投票で敗北。首相を辞任した。

その後復活を目指して民主党党首選を制するなど求心力の強さを見せつけた。同時に彼の独善的な政治手法への反感が募って民主党は分裂。

レンツィ氏は党を割って出た者を「少数派の独裁者」と断罪するのみならず、居残った者への批判も続けて党はさらに分裂。民主党と党首自身の沈下はとどまることを知らない。

新興政党の「五つ星運動」への人々の疑心暗鬼と、内部分裂の激しい民主党への国民の倦厭感をうまく捉えて支持を伸ばしているのが、ベルルスコーニ元首相が主導するフォルツァ・イタリア、北部同盟、イタリアの同胞の3党による中道右派連合である。

同連合は2017年11月5日、イタリア・シチリア州知事選を制して勢いづき、来年の総選挙で最大会派になると見られている。ただし、脱税で有罪判決を受けた81歳のベルルスコーニ氏は首相には就任できない。

2017年は欧州で総選挙が多く実施され、各国で極右政党やポピュリズム政党が台頭した。オランダ、オーストリアまたフランスでもルペン氏率いる国民戦線が躍進。

9月のドイツの選挙では反移民・反イスラムの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が大きく支持を伸ばして世界を驚かせた。それらの動きがBrexit(英国のEU離脱)や米トランプ主義と連動しているのは周知の事実である。

イタリアにも政治変動の大波は押し寄せていて、トランプ大統領の誕生時に「彼に続け」と党首が叫んだポピュリストの「五つ星運動」が強い勢力を堅持。

極右の北部同盟とイタリアの同胞は、前述のように中道右派のベルルスコーニ氏と提携して政権入りをしそうな勢いである。




イタリアなしのW杯はブラジルなしのW杯みたいにつまらない



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2006年W杯優勝時のイタリア この日にイタリアサッカーの没落が始まった


イタリア不出場はW杯の大損失

イタリアが2018年ロシアW杯への出場を逃した。60年振りのことだ。

「イタリアが出場しないW杯は、ブラジルが出ないW杯と同じくらいにがっかりだ」と言えば、イタリアファンの男のポジショントークだ、ナンセンスだ、と叩かれそうである。

攻撃的で面白いブラジルサッカーと、守備堅固だが退屈なイタリアサッカーとを同列に置くな、ふざけるな、と怒り出すサッカー通も多そうだ。

でも僕は本気で、「イタリアの欠場はブラジルの不参加と同程度のW杯の一大損失」だと思う。これを疑う人は、試しに「イタリアVSブラジル」の決勝戦を想像してみてほしい。

歴史的決戦は昔話に

その組み合わせは、ほぼ常にブラジルが有利と予想され、でも実戦では守り抜くイタリアが突然目覚ましいカウンターアタックを仕掛けて、全く予測不可能で、エクサイティングな試合展開になる可能性が高い。

それはまさに、華麗な攻撃が主体のブラジルと、カテナッチョ(かんぬき)とさえ呼ばれる堅固なイタリアの守備のせめぎあいが生み出す奥深い戦い。サッカーの醍醐味が詰まった組み合わせなのだ。

ブラジルは攻撃の集団だが守備も一流だ。一方守備堅牢のイタリアは、守り抜いてふいに反撃に転じる一流のアタック陣を持つ。そこにはバッジョがいてデルピエロがいてトッティがいる。

というのが、これまでのイタリアの強力なサッカーの魅力だった。堅い守備陣を上回るファンタジスタ(創造的攻撃者)が、ブラジルの華麗なアタックを凌ぐ襲撃で相手布陣を慌てさせるのである。

だがそんなイタリアはもはや過去の話だ。2017年現在のイタリアナショナルチームは、岩盤のように堅い守備陣を保持しながら、前述の、(現役を退いた)バッジョやデルピエロやトッティに代表されるファンタジスタを作り上げられずにいる。それがイタリアサッカーの凋落傾向の最大の原因だ。

没落開始と加速

今回イタリアがW杯出場権を逃したのは、イタリアサッカーの 傾廃 が底を突いた証である。それは起こるべくして起こったのだ。

イタリアサッカーの衰退は2006年のドイツW杯優勝時に始まった。そこにはイタリアが誇る超一流選手がごろごろいた。

すなわち、前述のデルピエロ、トッティのファンタジスタに加えて、技量抜群のもう一人のファンタジスタあるいはゲームメーカーのピルロがいて、トーニやネスタやカンナヴァーロなどもいた。

他の選手も皆「普通以上」の選手ばかりだった。イタリアサッカーはその後、
2010年、2014年のW杯で 衰勢 に「みがき」がかかり、今回ついにどん底に落ちたのである。

運命共同体のセリエA

イタリアサッカーあるいはイタリアナショナルチームの没落は、イタリアのプロサッカーリーグ「セリエA」の 挫折 と軌を一にしてきた。

「セリエA」は90年代から2000年初めにかけて欧州サッカーを席巻した。当時「セリエA」は世界のトップリーグの、さらにその上に位置するとさえ見られていた。

欧州のサッカーの頂点、つまり世界のサッカーの頂点にいたイタリア「セリエA」が、なぜ落魄 の一途をたどったかについては多くの分析考察がなされてきた。

凋落のいわれなき理由の数々

主に次のようなことなどが言われる。

イタリアが最後にW杯を制した2006年に同国を揺るがしたセリエAの大スキャンダル「八百長問題」。これによってファンのサッカー離れが進んだ。

八百長問題では、セリエAの雄ユベントスが優勝を取り消されてセリエBに降格。またミランなども勝ち点没収でチャンピオンズリーグの出場権をはく奪された。

それはクラブに大きな収入減をもたらし、各チームの財政難のきっかけになっていった。多くのスター選手がイタリアを見限って外国に移籍を始めたのもその頃である。

追い討ちをかけるようにスタジアムでの暴力沙汰が増えて、サポーターの足が遠のいた。そこには人種差別主義者らのヘイト言動が重なって事態が悪化した。

近年はイタリアに押し寄せる難民・移民への悪感情も人種差別意識を強め、セリエAに多く在籍する移民系の選手との間に溝ができた。それはサッカー界全体に暗い影を落として雰囲気がひたすら盛り下がっていった。

そうした原因のほかにも、イタリアサッカーの 頽廃 をもたらした現象が多々取りざたされてきた。

いわく、新スタジアムの建設などインフラ設備を後回しにし続けたためにプレー環境が悪化。

いわく、各クラブの資金不足が顕著になり、巨額マネーが動く国際競争の場で他国のライバに敗れ続けた。

またいわく、カテナッチョのしがらみ、つまり守備重視のプレースタイルからの脱却が遅れてライバル国に置き去りにされた、など、など。

排外主義は常にあやしい

その中でももっとも声高に言われるのが「外国人選手」の存在である。つまり、セリエAでプレーする外国人選手が多過ぎるために、イタリアサッカーがダメになったという主張だ。

外国人選手によってイタリア人選手が脇にやられ、試合に出場できないためにプレーの質が落ちた。特に若い選手がそのとばっちりを多く受けている、というのである。

だが、そんな主張はナンセンスだ。スペインにもイギリスにもフランスにも、欧州のどこのリーグにも外国人選手は多い。

そしてスペインもイギリスもフランスも、全て2018年ロシア・ワールドカップへの出場権を勝ち取った。サッカーの主要国の中ではイタリアだけが出場権を逃したのだ。

それは断じてイタリアリーグでプレーする外国人選手のせいではない。イタリアサッカー自体が弱いから出場できなくなったに過ぎない。

イタリアサッカー不振の真の理由

ならばイタリアサッカーが弱くなった真の原因は何か。それはひたすらに、一にも二にも、違いを演出できるファンタジスタが存在しないことである。

言葉を替えれば、新しいバッジョやデルピエロやトッティやピルロが育っていないことである。人材の多いイタリアサッカー界だ。それらしきプレーヤーは実はいたのだ。

それがカッサーノでありバロッテッリである。ところが才能豊かな2人は大成しないまま沈んだ。以後、イタリア人プレーヤーでカリスマ的な力を持つ選手は出ていない。

イタリアサッカーの零落の原因は前述したように数多くある。だが実はそれらの原因は、一人の優れたプレーヤーがいれば跡形もなく消える主張なのだ。

例えばポルトガルのロナウドやアルゼンチンのメッシ、あるいはブラジルのネイマールやウルグアイのスアレスがイタリアに存在するならば、イタリアサッカーはすぐにでも2006年時の強さを取り戻すと思う。

イタリアの底力は変わらずそこにある

サッカーは一人ではできない。11人のプレーヤーが必要だ。従って一人の選手によってイタリアサッカーが豹変すると考えるのはナンセンスだ、という声が聞こえてきそうだ。

ならば言おう。イタリアにはポルトガルやアルゼンチンやブラジルやウルグアイ、さらにはドイツにさえも匹敵する「10人の選手」は健在なのだ。

ディフェンスに限って言えば、イタリアはむしろそれらの強豪チームをさえ上回る布陣を持つ。また中盤も攻撃陣も世界のトップチームと互角の力量がある。

足りないのは、繰り返しになるが、優れた一人のファンタジスタだ。それさえ手に入れれば、巨大な裾野とサッカー人口の中から選ばれた優秀な「10人の選手」は、彼を活かして又彼に活かされて躍動するに違いないのだ。

早く出てきてくれ、新バッジョよ新デルピエロよ!!!








ハイレベルな歌番組‘ユーロビジョン・ソング・コンテスト’


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久しぶりに面白い歌番組を見た。2017年「ユーロビジョン・ソング・コンテスト(Eurovision Song Contest 以下ESC)」である。毎年ほぼ常に5月に行われ、欧州全体を網羅する大型音楽番組。ヨーロッパのみならず、ロシア、トルコ、イスラエルなどの欧州周辺国、また北アフリカの国々も参加資格を有している。例外的だがオーストラリアも出場している。相当にグローバルなイベントなのである。

今年は5月13日に42カ国が参加してウクライナのキエフで決勝大会が開かれた。43カ国の予定だったが、ロシアがウクライナに拒否されて不出場となった。ロシアによるウクライナ南部のクリミア併合を巡って2国は対立している。残念ながらその影響が出たのだ。欧州との確執が鮮明になりつつあるトルコも参加しなかった。もしかするとトルコは、同国のエルドアン大統領が退陣しない限り、コンテストから目をそむけ続けるのかもしれない。

そんな具合に政治的な問題も皆無ではないが、ESCは歌を通して欧州が友好親善を確認し合う素晴らしいイベントである。欧州を一つにつなげるという理念が目覚しいばかりではない。そこで披露される楽曲が極めてレベルが高く、文字通りどのアーティストが優勝してもおかしくない面白い歌ばかりなのだ。

ESCでは、普段はお互いにほとんど耳にすることのない欧州各国の歌を、欧州の人々が衛星生放送で同時に聞き、楽しみ、評価し合う。出場するアーティストは、ほとんど常にそれぞれの国のスター歌手である。そこで披露される曲も、厳しい審査を経てエントリーしているから、レベルが高いのが当たり前、といえば当たり前ではある。

今年優勝したのはポルトガルだったが、僕の中ではその歌は「普通にラブソング」過ぎて面白くなかった。一緒に観ていた妻も同じ意見だった。しかし、その楽曲は各国のプロの審査員や、一般視聴者投票でもダントツに人気があった。歌に対する人の好みの違いの広大を改めて思った。

全く偶然なのだが、僕がいいなと感じた曲は中東欧諸国のものが多かった。優勝曲は審査員と一般視聴者のWEB投票によって決まるので、僕も投票をするつもりで一曲づづチェックしていた。それを記すと、1位ルーマニア 2位モルドバ 3位ハンガリー 4位アゼルバイジャン、続いてベラルーシなど。いわゆる西側ヨーロッパの国の曲はその後にスウェーデンが来るのみだった。

僕が高得点を入れた中東欧諸国は、全ていわゆるロマ(ジプシー)音楽の伝統や影響が強い地域である。僕が3位と評価したハンガリーの曲は、ロマ音楽の影響どころか、ロマ音楽そのものと言っても構わないものだった。だがそれ以外はあからさまにロマ音楽を思わせる楽曲ではない。それでも僕の琴線に触れるものが多いのは、ロマ音楽の心意気がどこかに秘匿されているからではないか、と思う。僕はそれが好きなのだ。

イタリアは今年は優勝候補の筆頭と目されていたが振るわなかった。僕のランク付けでもスウェーデンの次の次ぐらいに位置していただけだ。イタリアの歌は2月のサンレモ音楽祭の優勝曲である。イタリアのみならず欧州でもヒットしているせいで、優勝候補の最右翼と見なされていた。それが6位に終わって、イタリア中が深いため息をついた。

イタリアは実はESCをちょっとバカにしているところがある。ESCがイタリアの老舗の音楽番組サンレモ音楽祭を手本にして作られたからだ。ESCの放送権を持つイタリア公共放送のRAIは、明らかにESCよりもサンレモ音楽祭を重視している。「歌大国」でありながら、イタリアがESCに参加したりしなかったりを繰り返してきたのも、そのあたりに理由がある。

サンレモ音楽祭はイタリアの公共放送局RAIが主催する音楽コンテストである。繰り返すがESCはサンレモ音楽祭を真似て作られたイベント。RAIはそれが得意なのではないかと思う。同時にRAIには、イタリア国内で圧倒的に人気のあるサンレモ音楽祭を盛り上げるほうが営業的に得策、という計算もある。だからESCよりもサンレモ音楽祭に力を入れる。

だがRAIは、もうそろそろ考えを改めるべき時だ。ESCのエントリー曲の全ては本当に質が高い。一方サンレモ音楽祭には退屈な曲も多く参加する。一日4時間余りの放送を5日間も続けるために、たいして優れてもいない楽曲も挿入しなければならないからだ。サンレモ音楽祭は、イタリア国内だけで喜ばれる「大あくび番組」に過ぎないことにRAIは気づいた方がいい。

最近音楽番組のことを書くことが多かった。僕はサンレモ音楽祭に少し辟易していて、今後は見ないぞ、と誓ったりしている。NHKの紅白歌合戦も長時間過ぎてちょっと疲れることがないでもないが、これは今年も観るつもり。一方ESCの場合は、文句なしに、積極的に、ずっと観つづけて行こうと思う。とにかく面白いのである。ネットなどでも観ることができると思うので、読者の皆さんもぜひ一度覗いてみてほしい。

「永遠の都」ローマは今年でたったの2770歳




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伝説によると「永遠の都」ローマは紀元前753年4月21日に誕生した。今から2770年前のことだ。つまり今日(2017年4月28日)現在、ローマ市の年齢は2770歳と7日になる。

ローマを建設したのは、ギリシャ神話の英雄アイネイアスの子孫で、オオカミに育てられた双子の兄弟ロームルスとレムス。2人はローマの建設場所を巡って争い、ロームルスがレムスを殺害する。

造られた街は、勝ったロームルスにあやかってローマと名付けられた。その後ロームルスは初代のローマ王となり、王政ローマはロームルス以降7代に渡って続いた。

ローマ帝国の首都だった街にまつわる逸話はそれこそ数え切れないほどあるが、2770歳を記念して最近のエピソードに絡ませ、思いつくままに幾つか書いておくことにした。

現在のローマ(都市)の人口は 290万人弱。古代でも同都市の人口は100万人を越えていて欧州一の大都会だった。その地位は産業革命で大発展したロンドンに抜かれる19世紀まで続いた。それでもローマは世界の文化遺産の
16%余りを有する重要都市である。

ローマの面積は約1,285 km²。多くの公園や庭園や緑地帯と郊外の農村地を合わせると、ヨーロッパで最も緑豊かな街という顔が現れる。そこは欧州最大の農業都市でもあり、農耕地の面積はおよそ52、000ヘクタール。自然保護区の面積も40、000ヘクタールに及ぶ。

ローマには3つの大学がある。そのうちのラ・サピエンツァ大学 は欧州で最も学生数が多い。ローマ大学といえば普通この大学のこと。英国のオクスフォードやケンブリッジほどの知名度はないが、欧州でも最も古い大学の一つで伝統と格式を誇る。

ローマには1年でおよそ800万人程度の観光客が世界中から訪れる。街には多くの魅惑的な観光スポットがあるが、最も訪問客が多いのがコロッセオとバチカン美術館。一年間にそれぞれ400万人余りの観光客を引き付ける。

コロッセオは剣闘士が猛獣などと戦うのをローマ市民が観て楽しんだ娯楽施設。ローマ皇帝ウェスパシアヌス(在位:69年 – 79年)の命令で紀元70年頃に建設が始まり、息子のティトゥス(在位:79年 – 81年)帝が紀元80年に完成させた。

天衣無縫な古代ローマ市民は、凄惨な殺戮の模様を楽しむばかりではなく、戦いで死んだり傷ついたりした剣闘士の血を競って買い求めた。それは健康飲料としてまた不妊治療薬としても熱く取引されたのだ。人間の血を飲むと女性は多産になると信じられ、癲癇(てんかん)にも効くと考えられていた。

コロッセオは記録に残っている大きな地震だけでも少なくとも3回の被害を受けた。しかし全体が円筒形の、力学的に安定した構造になっているために全壊することはなかった。コロッセオは古代の建築技術の粋を集めた革新的な建造物だったのだ。

2016年8月と10月の中部イタリア地震は、300人近い犠牲者のみならず建築物にも多大な被害をもたらした。その時の地震の強烈な揺れはローマにも届いて、コロッセオの外壁が剥がれ落ちるなどの損害が発生した。

残念ながらその修復は、ローマの地下鉄工事にからまる混乱に巻き込まれて、未だに成されていない。イタリアは地震の度に先進国とは思えない災難に見舞われる。日本に似た「地震大国イタリア」の問題は実は、耐震技術そのものよりも「政治の堕落」が真の、そして最大の障壁なのである。

コロッセオよりもさらに古い共和制ローマ時代の遺跡、トッレ・アルジェンティーナ広場は、古代の面影を残したまま極めて現代的な 職能 を付与されている。野良猫保護法によって猫のコロニーと定められ、250匹~300匹ほどがのんびりと生きているのだ。野良猫たちはエサを与えられ、ワクチン接種などを施されている。

コロッセオと並ぶ人気観光スポットのバチカンは、ローマ内部に存在するもう一つの街であり国家である。そこはカトリックの総本山でもあり、世界の約12億人のカトリック信者の聖地である。またバチカン市国の全体はユネスコの世界遺産に登録されている。

1年に400万人余りの訪問者があるバチカン美術館は、バチカン市国のど真ん中にあるサン・ピエトロ大聖堂に隣接している。世界最大級のその美術館は、バチカン宮殿の大部分を占めていて、ミケランジェロの「創世記」と「最後の審判」が圧倒的な美を放つ、システィーナ礼拝堂を始めとする複数の施設から成っている。

ローマは世界一噴水の多い街でもある。その数は2000余り。そのうち50は歴史的遺産と指定されている。中でも最も知られているのがトレビの泉。願いごとの成就を祈って人々が泉にコインを投げ込む。その額は一年でおよそ1億7千万円。全て慈善団体に寄付される。

「永遠の都」はヨーロッパで最も写真に撮られる土地でもある。おびただしい数の歴史文化遺産は全てがフォトジェニックだ。ローマよりも多く被写体にされる街は、世界ではニューヨ-クだけだ。しかし映画などで印象深いシーンを提供するのは、ニューヨークよりもローマの方が多いように思う。

2016年6月、ローマに史上初の女性市長が誕生した。 ローマではそれまでの過去2769年間、皇帝や執政官や独裁官やローマ教皇や元首など、男性一辺倒の支配体制が続いた。それが古来はじめて転換し、37歳のヴィルジニア・ラッジ氏が市長に当選した。それによってローマは、女性の地位向上を示す画期的な出来事をまた一つ経験した。

ローマはパリと最も長く且つ重要な姉妹都市協定を結んでいる。“ローマはパリと、パリはローマと”をスローガンにする2都市の友情は1956年に始まった。ローマはほかにも、ロンドン、東京、ニューヨーク、モスクワ、北京、カイロ等々と姉妹都市になっているが、パリほどには重要な意味を持たない。

など、など、など・・・。2770年という長い歴史を刻んできた「永遠の都」ローマにまつわる、逸話や事件や出来事や騒動や異変や事象は、冒頭でも断ったように数え切れないほどある。それらは尽きることなく生まれて、今も生まれ続け、将来も生まれ続けることが確実である。



動物愛好家の“食罪”~復活祭のごちそう子羊~ 


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カナリア諸島・フエルテベントゥーラ島1番の味とされる子ヤギ料理


人が子羊や子ヤギの肉を食らう罪深い季節がまたイタリアにやって来た。すなわちパスクア。日本語で復活祭。イエス・キリストが死後3日目に再生したことを祝う、キリスト教最大のイベントである。

復活祭では各家庭の食卓に多くの伝統料理が並ぶ。主役は卵と子羊である。子羊は子ヤギにも置き換えられる。新しい命を宿した卵はイエス・キリストの再生の象徴。また子羊はイエス・キリストそのものを表す。

復活祭になぜ子羊料理なのかというと、イエス・キリストが贖罪のために神に捧げられる子羊、即ち「神の子羊」だとみなされて、子羊を食べてイエス・キリストに感謝をする習慣ができた。子羊の肉はやがてそれに似た子ヤギの肉にも広がっていった。

イタリアでは復活祭の期間中に400万頭内外の子羊や子ヤギが食肉処理されてきたとされる。それ以外の期間にも80万頭が消費されてきた。

しかし、その数字は年々減ってきて、ここ2年間では半分に減少したという統計もある。消費の落ち込みは主に動物愛護家や菜食主義者たちの反対運動が功を奏したと言われている。

今年はあのベルルスコーニ元首相が「復活祭に子羊を食べるのはやめよう」というキャンペーンを張って、食肉業者らの怒りを買った。

ベジタリアンに転向したという元首相は、彼の内閣で観光大臣を務めたブランビッラ女史と組んで、動物愛護を呼びかけるようになった。アニマリストから拍手喝采が起こる一方で、ビジネス界からは反発が出ている。

僕は正直に言ってその胡散臭さに苦笑する。突然ベジタリアンになったり動物愛護家に変身することも驚きだが、子羊だけに狙いを定めた喧伝が不思議なのである。食肉処理される他の家畜はどうでもいいのだろうか。

動物の食肉処理の現場は凄惨なものである。僕は若いころ英国で豚の食肉処理場のドキュメンタリー制作に関わった経験がある。屠殺される全ての動物は、次に記すそこでの豚と同じ運命にさらされる。

彼らは1頭1頭がまず電気で気絶させられ、気絶している20秒~40秒の間に逆さまに吊り上げられて喉を掻き切られ、血液を抜かれ、皮を剥がれ、解体されて、またたく間に「食肉」になっていく。

その工程は全て流れ作業だ。すさまじい光景だが、工程が余りにも単純化され操作がスムースに運ばれるので、ほとんど現実感がない。肉屋やスーパーに並べられている食肉は全てそうやって生産されたものだ。

菜食主義者や動物愛護家の皆さんが、動物を殺すな、肉を食べるな、と声を上げるのは尊いことだと思う。それにはわれわれ自身の残虐性をあらためて気づかせてくれる効果がある。

だが、人間が生きるとは「殺すこと」にほかならない。なぜなら人は人間以外の多くの生物を殺して食べ、そのおかげで生きている。肉や魚を食べない菜食主義者でさえ、植物という生物を殺して食べて生命を保っている。

人間が他の生き物の命を糧に、自らの命をつなぐ生き方は誰にもどうしようもないことだ。それが人間の定めだ。他の生命を殺して食べるのは、人間の業であり、業こそが人間存在の真実だ。

大切なことはその真実を真っ向から見据えることだ。子羊や子ヤギを始めとする小動物を慈しむ心と、それを食肉処理して食らう性癖の間には何らの矛盾もない。

それを食らうも人間の正直であり、食わないと決意するのもまた人間の正直である。僕は1年に一度、イタリアにいる限りは復活祭の子ヤギあるいは子羊料理を食べると決めている。

ただし今年は、3月に旅したカナリア諸島で美味いヤギ料理を十分に食べたので、明日の復活祭には定番の子羊も子ヤギもやめて魚を食べることにした。

カナリヤ諸島では、島で1番といわれる子ヤギ料理店を訪ねた。そこの炭火焼き子ヤギ肉は疑いなく一級品だった。だが島ではもっとすごいヤギ料理に出会った。

ヤギの成獣の肉料理を提供するレストランがあったのだ。ヤギの成獣の肉は、イタリアでは皆無と言って良いほど食べられない食材である。強烈な臭いが嫌われるのだ。

その料理には臭みが全くなかった。恐らくハーブや香辛料やワインまた蒸留酒なども駆使して、異臭を除き肉を柔らかくすることにも成功しているのだろう。味も秀逸である。僕は地元の人々が、島1番の味と言う前出の子ヤギ料理よりもこちらに軍配を上げた。

その味は僕がこれまでに体験したヤギ料理のうち、2番目に美味いものだった。僕が独断と偏見で判定しているこれまでの1番の味は、数年前にギリシャのロードス島の山中の料理屋で食べた子ヤギ料理である。

今年の復活祭でも供される料理はありがたくいただこうと思う。しかし、年々食材は「食罪」だという感覚が強くなっている。中でも動物を食することはなんとも罪深い業だ。深い食罪を意識しつつ、それでも今のところは食べるのみである。


やっぱり退屈なオバケ番組「サンレモ音楽祭」

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2017年2月11日、5日間に渡って開催されたサンレモ音楽祭が幕を閉じた。

先日、紅白歌合戦にからめて同音楽祭のことをいろいろ言った手前、今年は頑張ってTV生中継を見ようと決めた。

しかし、いつものように挫折した。つまらぬ、好かぬ、たまらぬ、の3拍子がそろっていたのだ。「つまらぬ」のはエントリーしている楽曲。「好かぬ」のは番組の内容。「たまらぬ」のは放送時間のムチャクチャな長さである。

つまり、「いつもの理由」で、僕はサンレモ音楽祭を放送するRAIの番組視聴を貫徹することができなかった。貫徹どころか、最初は「さぁ、見るぞ」と始めたものの、たちまちウンザリしてチャンネルを替えた。

その後は「我慢して見つづけよう」と自分に言い聞かせては、やはりチャンネルを替えたり、テレビの前から立ち去ることを繰り返した。

サンレモ音楽祭は応募曲の優劣を決める音楽コンテストである。優勝曲はほぼ間違いなくイタリア国内でヒットし、欧州全体さらには世界的なヒットになる可能性もある。

それでいながら参加曲の多くが、どれも良く似た凡庸なものであるのも現実だ。カンツォーネは日本でいえば演歌(あるいは歌謡曲的な演歌)なのだから、それも仕方がない。

そこでは似たような印象のメロディー、リズム、歌詞の歌を、これまた似たような印象の歌い方をする歌手が絶唱する、というイメージである。それは僕にとっては極めて退屈だ。

もっとも演歌でなければ楽しいのか、といえば決してそうではない。演歌を「歌謡曲」や「ニューミュージック(死語?)」などを含むJ-POP(ポップス)と置き換えても事情は同じ。どのジャンルでも面白い歌は少なく、つまらない歌は盛りだくさんだ。

それらの歌の合間に、ゲストと称される有名人のダベリや、司会との掛け合い、多くがお笑い系の芸人のパフォーマンス、時の人や事物の紹介、外国人ゲストの歌やパフォーマンス等々が、これでもか、これでもかとばかりに執拗に挿入される。

実を言えば、それらの賑やかで多彩で大量のエピソードの合間に、コンテストにかけられる歌が歌われる、という方が正しい。今年はなぜか猿の着ぐるみを着たダンサーが踊りまくる演芸も加わって、例年以上に舞台が濃厚になった。

僕の個人的見解では過剰以外の何ものでもない大量の「バラエティーショー的ネタ」の合間に、陳腐な歌が次々と陳腐に上演されて行く時間の長さと、ネガティブな番組構成要素の総体は、ほとんど恐怖である。もっと言えばずばり「拷問」ですらある。

僕は前述のごとく「いつものように」我慢して番組を見ようとした。そして「いつものように」脱落した。それでも優勝曲の発表がある最終夜は、イライラしながらも懸命に見た。午後8時半に始まった番組は、途中で大量のコマーシャルを挟みつつ延々と続いた。

このコマーシャルも僕の気に触り続けた。というのも番組を流しているRAIはイタリアの公共放送局である。つまりイタリアのNHK。当然視聴料を徴収している。それでいながら大量のCMも流すのだ。きちんと視聴料を支払っている僕は普段からこのことに腹を立てている。RAIは民営化されるべき、と僕が主張する理由の一つだ。

優勝曲の発表の前にも、思わせぶりで脇道に逸れる構成が連綿と続いて、いつまでたっても結論が出ない。且つそこでもCMががんがん流される。やりきれない時間が過ぎて、ようやく優勝曲が発表された時には、日付がとっくに変わって翌日の午前1時半になっていた。

それだけでも疲れたが、もっと残念なことがあった。優勝曲が今年は良くないのだ。サンレモ音楽祭はマンネリ感満載の番組内容とエントリー曲の陳腐が退屈だが、優勝する歌はたいていいいものが多く、ひんぱんに傑作が生まれる。今年に限っては唯一の楽しみである優勝曲も凡庸でつまらない曲で終わった。

その平平とした歌の披露が済んでオンエアが完全に終わったのは1;45分だった。僕は2度とサンレモなど見ないぞ、と悪態をついていた。今後はほんとに2度と見ないつもりだ。優勝曲についてはこれまで通りチェックするとは思うけれど。

などと、呪詛の言葉を吐いているのは、全くの僕の個人的趣味である。イタリアではサンレモ音楽祭は、依然として人々の強い支持を受けている。視聴率や国民の関心度、という観点から言えば、恐らく日本における紅白歌合戦以上の、イタリアのチョー国民的番組なのである。

同番組は、今年も事前の国民の関心度や視聴率が、イタリアで1,2を争うオバケ番組であることを証明した。平均視聴率は50、7%に達し、過去12年間で最も高かった。そうはいうものの同番組は、ほとんど常に40%台後半の数字を稼ぐのだけれど。付け加えれば、今年の優勝曲発表時の瞬間視聴率は、なんと
79、5%に上った。

また年間を通しての国民の関心、という意味では「サンレモ」という語がGoogleの検索エンジンリストの第6位である事実と、音楽祭の開催期間である2月7日~11日が、文化イベント・カレンダーの重要キーワードとして、人々に意識され続けることでもその存在感の大きさが知れる。

もっとも、さらに付け加えれば、そんなオバケ番組ゆえに敵も多い。日本の紅白歌合戦に敵が多いように。僕自身に限っていえば、番組制作者たちの努力と、番組の特に舞台デザインにいつも瞠目しているファンの一人だが、番組の長さとしつこさにはほとんど敵意に近い感情さえ覚える。

しかしそれは、毎年衛星中継でしっかり見ている紅白歌合戦も同じ。紅白歌合戦は昔の2時間番組に戻したほうが僕は今の10倍くらい好きになると思う。またサンレモ音楽祭の場合は、全体が4時間程度の「1日限り」のイベントにしてくれれば、今の100倍くらいは好きになれそうな気がするのだが・・


稀勢の里の横綱昇進にケチをつけるケチ臭さ


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稀勢の里の横綱昇進は甘い、という説がそこかしこにある。大手新聞の論説やトップ漫才師なども言及している。が、彼らは本当に大相撲を見ているのか、と僕は違和感を抱く場合も多い。

僕はイタリアにいて衛星放送で毎場所欠かさず大相撲を観戦している。ロンドンに拠点を置くJSTVが、NHKの大相撲放送を1日3回電波に乗せるのだ。

イタリア時間では朝の9時前後からほぼ生中継で幕内の全取り組みをオンエアする。午後は日本での生放送の時間帯を意識した頃合いに、全取り組みを2時間ほど使って録画再放送する。

さらに、午後11時頃から幕内の全取り組みを再三放映する。その時は番組を大幅に編集して、仕切り部分をほぼ全てカットして一番一番の勝負だけを短く見せる。

僕はほとんどの場合、朝のほぼ生中継を録画しておいて仕事の合間に全取り組みを見る。その時は仕切り部分の絵を飛ばして見ることが多い。時間節約のためだ。

時間に余裕があれば、仕切りの様子も含めて全て見る。本当は常にそうしたいのだが、なにかと多忙で思うようにはいかない。

朝も午後も観戦のチャンスがない場合は、夜11時からの勝負のみのダイジェスト版を見逃さないようにしている。

何が言いたいのかというと、僕は遠いイタリアにいながらもきっちりと大相撲の本場所の状況を把握している。相撲が大好きなのだ。

だから、相撲に言及する人々が実際に取り組みを見て口を挟んでいるか否か、すぐに分かる。あるいは彼らが大相撲ファンかそうでないかが、感覚的に結構分かる。

その伝でいえば、前述の大手新聞の論説執筆者やトップ漫才師は大相撲を逐一見てもいないし大相撲ファンでもない、と感じる。

稀勢の里の横綱昇進は順当だ。彼は横綱昇進の条件である、2場所連続優勝かそれに準ずる成績、という基準を満たしている。

優勝に準ずる、という規定の解釈が人によって微妙に違うが、昇進直前2場所のうち、九州場所は12勝3敗の準優勝、続いて初場所は14勝1敗での優勝だから、僕は妥当だと思う。

甘いという説も理解できないことはない。というのも1990年に旭富士が2場所連続優勝で横綱に昇進して以降、曙、貴乃花、若乃花、武蔵丸、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜の全力士が連続優勝後に横綱になっている(鶴竜のみ一場所は優勝決定戦で敗れて、優勝力士と同成績)。

しかし、旭富士以前は、今回の稀勢の里のように準優勝に続く優勝、またはその逆の形の成績で横綱に昇進したケースが多い。あの大横綱の千代の富士も準優勝場所の後に優勝して横綱になった。

2場所連続優勝なし、準優勝と優勝同点(決定戦で敗れて)で昇進した三重の海や2場所連続優勝同点で昇進の2代目若乃花というケースなどもあった。優勝なしだから彼らの横綱昇進は稀勢の里より甘いとも言える。

旭富士以降の昇進基準が厳しくなったのは、一度も優勝したことがない双羽黒が横綱に昇進(準優勝と優勝同点)した後、問題を起こして廃業したことへの反省があったからである。

旭富士以前の横綱昇進の条件は「直前の3場所の成績が36勝以上」というものだった。双羽黒の問題以降、横綱昇進の条件は「大関で2場所連続優勝、もしくはそれに準ずる成績」と厳しくなった。

稀勢の里は「直前3場所36勝」制で見た場合は最低ラインの36勝に留まるが、2016年の3、5、7月場所の合計は38勝で十分に規定をクリアし、そこで既に横綱になっていてもおかしくない強さだ。

しかし、懐疑論者たちは満足しない。彼らは稀勢の里の九州場所での準優勝が、優勝より星二つ少ないことを問題にしたがる。準優勝は優勝より勝ち星が一つだけ少ない成績であるべきだ、という訳である。

確かに稀勢の里は、優勝場所の直前の九州場所で鶴竜に次ぐ準優勝ではあったものの、鶴竜の14勝1敗での優勝に対して12勝3敗と星二つ足りなかった。

だが彼は昇進以前に12回にも渡って準優勝という成績を残している。そのうちの3回は横綱昇進直前の2016年の成績だ。加えて2016年は史上初の優勝なしでの年間最多勝も獲得した。

彼に先んじて優勝した同僚大関の琴奨菊と豪栄道が、優勝場所以外ではほとんど常にクンロク大関と呼んでも構わないほどの、不甲斐ない成績に終始している事実とは大違いだ。

稀勢の里の準優勝12回のうち11回は大関での成績である。このうち2013年7月場所、2014年1月と7月場所、2016年5月、7月、9月場所と計6回の綱取り挑戦を経験した。

6回もの綱取り場所がありながら失敗し続けたのは、ここ一番に弱いノミの心臓の持ち主だから、という批判もある。それもまた正鵠を射た意見だ。正直に言えば僕もそこが一番気になる。

しかし、その準優勝12回という数字の意味するところは、稀勢の里が長期に渡って安定した成績を残している、ということでもある。それが彼の強みではないかと思う。強みになってほしい。

長い苦しい体験が彼の横綱人生に強さを付け加えるのか。あるいはやはりプレッシャーに弱いか細い横綱で終わるのかは、いやでも来場所以降に明確になるだろう。

僕は稀勢の里が優勝回数5回前後のまあまあ強い横綱になりそうな気がする。優勝回数5回は柏鵬時代を築いた柏戸などに匹敵し、彼の師匠だった隆の里ほかの横綱を上回る成績である。

グワンバレ稀勢の里!


ヤ~ッホーッ! きっせのさとおおおおおおお~!!!!


可愛い丸顔


稀勢の里がついに優勝した。本物の優勝だ。つまりマグレではなく、実力での優勝ということだ。

稀勢の里はここ数年横綱を目指しても全くおかしくない成績を上げ続けてきた。昨年は年間最多勝のタイトルまで掴んだ。

ところが初優勝は彼の朋輩大関、琴奨菊と豪栄道に先を越され、彼自身はもう一歩のところで優勝を逃し、従って横綱昇進もままならずに来た。精神力の弱さも指摘されつづけた。

めぐり合わせの不運を怖れる人々も出始めていた、僕もその1人だ。今場所も前半、3横綱と若手の台頭の影に隠れて話題にならないまま勝ち星を積み重ねる彼を、僕は「見て見ぬ振り」で見続けていた。

ブログ記事にも書かなかった。ゲンを担いだのだ。僕が期待したり、表立って期待を口にしたりすると、彼はコケることが多かったからだ。

初場所14日目、つまり昨日、稀勢の里が逸ノ城を破って白鵬の取り組みを待つ場面では、僕は「どうせ白鵬が勝って明日千秋楽の本割で稀勢の里を転がし、優勝決定戦に持ち込んでノミの心臓の稀勢の里は自滅・・」というシナリオを勝手に胸中で描いて諦めていた。

だがそれは本当の諦めではなく、悪く考えることで逆の結果を待ち望む、僕のもう一つのひそかなゲン担ぎだったのだ。

強い力士が好きな、大相撲ファンの僕のその時の本心は、「白鵬が勝って千秋楽で稀勢の里と優勝を賭けて激突。そこで稀勢の里が大横綱を気迫で破って
14勝1敗で初優勝」というシナリオだった。

なぜ14日目で白鵬が負けて稀勢の里の優勝決定、というシナリオを望まなかったのかというと、千秋楽で白鵬を倒すことで稀勢の里に箔をつけてほしかったからだ。

そうすることでノミの心臓と揶揄される気力の弱さを克服し、同時に真に強い力士として認められて初優勝。そして即横綱昇進も決める、という形のほうが今後の彼のためにいい、と考えたからだ。

ところが白鵬は、初顔合わせだった平幕の貴ノ岩に敗れて、千秋楽を待たずに稀勢の里の優勝が決まった。

仕方がない。こうなったら千秋楽で必ず白鵬を蹴散らして、優勝に花を添えて横綱へ昇進となってほしい、とその時はその時でまた思った。

同時に不安が僕の中に芽生えた。もしも千秋楽で白鵬に勝てなかった場合、相撲協会はそこにケチをつけて「もう一場所様子を見たい」とかなんとかの、相撲協会得意の思わせぶりを発揮して、彼の横綱昇進を見送るのではないか、と考えたのだ。

そこで僕は昨晩急いでブログ記事を書き始めた。その内容は次の通りだ。

白鵬に負けても稀勢の里は横綱に推挙されるべきだ。これは僕が日本人横綱を見たいからではなく、また稀勢の里が日本人だからという意味でも断じてない。彼が横綱にふさわしい力量を備えていると客観的に見て思うからだ。

そのことはここ数年の彼の成績を見れば分かることだ。彼はほぼ常に安定した成績を残し、休場もなく、ひんぱんに優勝争いにも加わっている。

幕内優勝次点の成績を過去に何度も収め、前述したように昨年は年間最多勝も獲得した。優勝回数ゼロの力士が年間最多勝のタイトルを獲得したのは大相撲史上初めての快挙だ。

稀勢の里が「めぐり合わせの悪さ故に横綱になれない」ということではマズい。そんなことになったら、幕内最高優勝を5回も果たしながら横綱になれなかった、あの魁皇の悲劇を繰り返すことになる。

横綱でも5回の優勝を成し遂げるのは至難の技だ。比較的最近の歴史を見ても、魁皇と同じ優勝回数5回の横綱は柏戸と琴櫻。また彼以下の優勝回数しかない横綱は、優勝回数4回が若乃花 (2代目)、隆の里、旭富士。3回が三重ノ海と鶴竜。以下大乃国と双羽黒だ。

稀勢の里は、5回もの優勝を果たしながら横綱になれなかった、魁皇に匹敵する強い大関だ。それは前述の幕内優勝次点の成績の多さ、昨年の年間最多勝、また大関としての勝率ダントツ一位(勝率.714 )などの実績を見ても明らかだ。

稀勢の里は十分に横綱に推挙されて然るべき力量を持っている。繰り返すが、彼が横綱に昇進してほしいというのは私的願望ではなく---いや私的願望ももちろんあるが---大相撲の現状に鑑みて極めて妥当なことだと考えるからである。

幸い、そのブログ記事をアップする前に、稀勢の里は千秋楽に白鵬を倒して優勝に花を添えた。同時に横綱昇進も確実なものにした。やっほう~。

いや~メデタイな~、ホントに!!!!!


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