あまりにも、イタリア的な・・

イタリア式回転ドア内閣の愉快 


女の子ピース!!800



イタリアの左右のポピュリスト、五つ星運動と同盟の連立政権が倒れるとすぐに、前者が臆面もなく天敵の民主党に駆け寄って手を結び、新たな連立政権が樹立された。

不安定なイタリア政治は面白い。いや、興味深い。内閣がくるくる変わるのはとんでもない欠点だとばかり思ってきたが、最近僕はそれは欠点ではなく、イタリア政治の「特徴」なのだと考えるようになった。

戦後のイタリアの内閣はひんぱんに変わることで知られている。平均寿命は一年未満、という時期が長く続いた。今もよく変わる。2018年に発足した五つ星運動と同盟の連立政権も1年と2か月で崩壊し、第66代ジュゼッペ・コンテ内閣が間もなく船出する。

今回の政変ではほとんど見られなかったが、政権交代の度に大きな政治空白が生じる。だがそれによってイタリア経済が停滞したり、行政が行き詰まったり、司法が恐慌をきたしたりすることはまずない。

もしもそういう状況があったとするならば、それは政治空白や政治不安のせいではなく、イタリアの経済や行政や司法が「元々そういう風だった」からに過ぎない。イタリアではそれらは常に問題山積なのだ。

ひっきりなしにやって来るイタリアの政治不安は、政権交代が可能な政治体制だからだ。政権交代が可能な分、権力につきものの腐敗が最小限にとどまる、というむしろ余得を伴うのがイタリアの政治の在り方である。

腐敗が最小限にとどまると聞けば、政治腐敗にうんざりしているイタリア国民は、あるいはデタラメをいうな、と怒るかも知れない。だがここでも僕は確信を持って言える。政治不安と政権交代がなければ、腐敗はもっとはるかに大きなものになっているだろう、と。

先月、連立政権の一翼を担っていた極右政党同盟のサルヴィーニ党首は、閣僚でありながら、内閣不信任案を提出して政権を崩壊に導いた。コンテ首相は、彼の行動は自身と党の利益のみを優先させる利己的で無責任な行動だ、と国会で厳しく指弾した。

コンテ首相の批判を待つまでもなく、サルヴィーニ氏は内閣を倒して総選挙に持ち込みたい思惑が強かった。副首相兼内務大臣の彼は、強硬な反移民・難民政策を実行に移して、地中海を介してイタリアに押し寄せるアフリカ・中東からの難民・移民を締め出しにかかった。

その政策は移民疲れの激しいイタリア国民の支持を集めた。サルヴィーニ氏は急上昇する彼自身と同盟への支持率を背景に発言力を強め、ここ最近はまるで自分が首相だと言わんばかりの態度に出ることも少なくなかった。

だが、議会解散から総選挙に持ちこもうと画策した彼の思惑は裏目に出た。連立相手の五つ星運動が、政権が崩壊するや否や、なんと野党の民主党にすり寄って新たに連立を組もう、と持ち掛けたのである。

五つ星運動と民主党は犬猿の仲どころか、お互いが天敵ともいうべき相手である。五つ星運動は、先の総選挙で政権与党だった民主党を激しく攻撃して支持率を上げ、ついに第一党となって政権を勝ち取った、といういきさつもある。

その五つ星運動が臆面もなく民主党に言い寄ったのだ。まさかの展開にサルヴィーニ氏は真っ青になり、自分を棚に上げて五つ星運動を「裏切り者!」とののしったがもう後の祭り。あれよという間に両党の連立協議が進行した。

五つ星運動と民主党はほどなく合意に至り、コンテ氏を首班とする政権が再び誕生することになった。同盟とサルヴィーニ氏は排除される形で下野。あっという間にお山の大将からただの人になった。

2011年、イタリア政界を長きにわたって牛耳ってきたベルルスコーニ元首相が失脚した後、イタリアではモンティ、レッタ、レンツィ、ジェンティローニという選挙の洗礼を受けない政権が続いた。

そこに政治不信に疲れきった国民の不満を吸い上げる形で、反体制ポピュリストの五つ星運動と反EU反移民を旗印にする極右の同盟とが選挙を経て政権を奪取した。

しかし、既述のようにそのポピュリスト政権も内部分裂であえなく終焉。結果として8年間で6つの政権が現れては消える展開になった。

そこで見えてくるのは、混乱の様相を呈したイタリアの柔軟な政治制度だ。それは混乱ではなく、政権交代が確実に実行される、いわばイタリア的秩序の顕現なのである。

特に「まさか」と思われた左派ポピュリストの五つ星運動と極右ポピュリストの同盟による連立政権の樹立は、まさに「なんでもあり」がイタリアの政治の王道であり、政権の座に就く者はイタリア的なしなやかさで「なんとか」政権運営をしていく、という厳然たる事実である。

柔軟に政権交代が起こり、権力を握った者は誰もがそれなりに国の舵取りをこなしていく、という驚異的な現象がさりげなく出現するイタリアの政治状況は、全くもって面白く興味深い、と最近つくづく思うのである。


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隠す爪もない過激鷹の無能が露呈した



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左からディマイオ、サルビーニ、コンテ各氏


イタリアにまたお家芸の政治不安の風が吹いている。まもなく大嵐になる気配だ。ジュゼッペ・コンテ首相が8月20日、議会上院で演説し、連立政権内の「同盟」と「五つ星運動の」対立激化を理由に辞意を表明したのだ。

連立政権を組む極右「同盟」と左派「五つ星運動」は、主に経済政策を巡って政権発足直後から対立を続けてきた。その結果「同盟」は8月9日、「五つ星運動」との関係修復は不可能として内閣不信任案を提出した。

コンテ首相は辞任演説の中で、政権危機の引き金となった「同盟」の党首兼副首相のサルビーニ氏は「個人と党の利益しか考えておらず無責任だ」と非難した。が、首相に近い「五つ星運動」も「同盟」と大同小異の無責任体質だと僕は思う。

連立政権発足時には、総選挙で第一党になった「五つ星運動」の力が政府内でやや優勢だった。しかし、最低所得保障制度(ベーシック・インカム)を目玉にする経済政策が嫌われたことなどもあって、同党の支持率は低迷した。

そうした中、ことし5月の欧州議会選挙では「同盟」が大きく支持率を伸ばした。強硬な難民・移民政策と並行して、米トランプ政権を真似た「イタリア・ファースト(第一)」をスローガンに、国民の不満をうまく吸い上げて躍進したのである。

2019年8月20日現在、総選挙になれば「同盟」が「五つ星運動」を大きく抑えて第一党になる可能性が高い、と多くの統計が示唆している。それをよく知るサルビーニ氏は権力掌握に意欲を見せていて、まるで首相のような振る舞いを見せることも多くなった。

「同盟」の支持率は5月末の欧州議会選挙では34%だった。これは政権発足時からは倍増の数字。むろんイタリア国内では第一党にあたる力強い値だ。一方、連立相手の「五つ星運動」は逆に、ほぼ半減の17%の支持率にとどまった。

総選挙になっても「同盟」は単独で過半数を制することはできない。しかし現在の状況で選挙に突入すれば、左派の「五つ星運」と完全に手を切って、自身よりもさらに右寄りの小政党と保守派を巻き込み、極右一辺倒の政権を樹立する可能性が高まる。

ところが、幸い、一気にそういう動きにはならず、敗者に見える「五つ星運動」が、前政権与党で第3党の民主党にすり寄って新たに連立政権を組もう、と持ちかけた。あわてた「同盟」のサルビーニ党首は強気の姿勢を少し弱めた。が、もはや事態は後には戻らない状況だ。

「五つ星運動」と「民主党」の連立の可能性を含めて、今後のイタリア政局の行方はきわめて流動的だ。議会解散権を持つマタレッラ大統領は、急いで解散をするのではなく、まず政党間の仲を取り持ち調整をして、新たな連立政権の誕生を模索するだろう。

その連立政権構想が頓挫した場合は、イタリアではよくあるように非政治家を首班とするテクノクラートの暫定政権を発足させて、ひとまず当面の政治危機を乗り越えようとするだろう。そのあとで解散総選挙を行う手順である。

大統領の判断によっては、「同盟」のサルビーニ党首が渇望する即時解散・総選挙のシナリオももちろんあり得る。それを避けるには、民主党が一枚岩となって同党と「五つ星運動」との連立政権、もしくは中立の暫定政権の発足を後押しすることだが、民主党は相変わらず内部分裂が続いていて難しい。

それにしても、極右政党の「同盟」と左派ポピュリストの「五つ星運動」の我欲の強さにはあきれるばかりだ。彼らは国民そっちのけで連立枠組み内での政治闘争に明け暮れ、ついに政権そのものの崩壊を招いた。両者はついに能も爪もない鷹に過ぎないことが露呈されたのである。

いや、その例えは鷹に対して失礼だ。彼らは右と左の極論をがなり立てる、うるさいカラス程度の存在、と呼ぶほうがふさわしい。だがカラスも大群になれば人間の脅威になり得る。彼らのうちの一方が単独で政権を奪取した場合のように。。。


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名車という名の欠陥車



レースロメオ600pic


イタリアには名車が多い。古くはOMという車に始まり、現在はフェラーリ、ランボルギーニ、マセラッティ、アルファロメロ、ランチァ、フィアットなどとつづく。これらの車はどれをとってみても、非常にカラフルで新鮮な印象を人に与える。なんとも美しく個性的だ。

ドイツにもイギリスにもアメリカにもその他の国々にも名車はある。しかし、人それぞれの好みというものを別にしても、イタリアのそれほど個性的でカラフルな感じはしないように思う。

なぜそうなのかと考えてみると、どうもこれはイタリアの車が完全無欠というにはほど遠いせいであるらしいことがわかる。典型的な例はアルファロメオだ。この車はスポーツカータイプの、日本で言えば高級車の部類に入る車の一つだが、イタリアではごく一般的に街を走っている。僕もかつて乗り回したことがある。

アルファロメオはバカバカしいくらいに足が速くて、スタートダッシュから時速100キロメートルに達するまでにわずかな秒数しかかからない。まるでレース カーのような抜群の加速性だ。ボディーの形もそれらしくスマートで格好がいい。ところがこの車には、古くて新しく且つ陳腐だが人を不安にさせる、笑い話のような悪評がいつもついてまわる。

いわく、少し雨が降るとたちまち雨もりがする。いわく、車体のそこかしこがあっという間にサビつく。いわく、走っている時間よりも修理屋に入っている時間のほうが長い・・・云々。アルファロメオの名誉のために言っておくが、それらは大げさな陰口である。

しかし、火のないところに煙は立たない。アルファロメオはドイツ車や日本車はもとより、イタリアの他の車種と比べても、故障が多く燃費も悪い上に排気音も カミナリみたいにすさまじい。スマートで足が速い点を除けば、車そのものが不安定のカタマリようなマシンだ。つまり「欠陥車」である。

ところがイタリア人にとっては、アルファロメオはそれでいいのである。スマートで格好が良くてハチャメチャにスピードが出る。それがアルファロメオのアル ファロメオたるゆえんであって、燃費や排気音や故障の多い少ないなどという「些細な事柄」は、ことこの車に関するかぎり彼らにとって
はどうでもいいことなのだ。

そんなバカな、とおどろくにはあたらない。イタリア人というのは、何事につけ、ある一つのことが秀でていればそれを徹底して高く評価し理解しようとする傾 向がある。長所をさらに良くのばすことで、欠点は帳消しになると信じている。だから欠点をあげつらってそれを改善しようとする動きは、いつも 二の次三の次になってしまう。

人間に対しても彼らは車と同じように考える。いや、人間に対するそういう基本的な見方がまずあって、それが車づくりや評価にも反映している、という方が正しいと思う。分かりやすい例を一つ挙げればベルルスコーニ元首相である。

ベルルスコーニー氏は、少女買春容疑等を含む数々の醜聞や訴訟事案を抱えながら、長い間イタリア政界を牛耳り、首相在任期間は4期9年余に及んだ。2013年に脱税で有罪判決を受けながらも政界で生きのび、ことし5月には欧州議会議員に選出された。

醜聞まみれのデタラメな元首相をイタリア人が許し続けるのは、デタラメだが一代で巨財を築いた能力と、人当たりの良い親しみやすい性格が彼を評価する場合には何よりも大事、という視点が優先されるからだ。そうしたイタリア的評価法の真骨頂は子供の教育にも如実に現れる。

この国の人々は、極端に言えば、全科目の平均点が80点の秀才よりも、一科目の成績が100点で残りの科目はゼロの子供の方が好ましい、と考える。そして どんな子供でも必ず一つや二つは100点の部分(試験の成績という意味だけではなく)があるから、その100点の部分を120点にも150点にものばして やるのが教育の役割だと信じ、またそれを実践しているように見える。

たとえば算数の成績がゼロで体育の得意な子がいるならば、親も兄弟も先生も知人も親戚も誰もが、その子の体育の成績をほめちぎり心から高く評価して、体育の力をもっともっと高めるように努力しなさい、と子供を鼓舞する。

日本人ならばこういう場合、体育を少しおさえて算数の成績をせめて30点くらいに引き上げなさい、と言いたくなるところだと思うが、イタリア人はあまりそういう発想をしない。要するに良くいう“個性重視の教育”の典型なのである。

子供の得意な分野をまず認めてこれを見守る、というのは非常に人間的であたたかく、しかも楽観的な態度だ。同時に厳しい態度でもある。なぜなら一人一 人の子供は、平均点をのばして偏差値を気にするだけの画一的な勉強をしなくても良い代りに、長所と認められた部分を徹底して伸ばす努力をしなければならな いからだ。

長所とは言うまでもなく個性のことである。そして個性とは、ただ黙ってぼんやりと生きていては輝かない代物なのだ。

かくしてアルファロメオは、社会通念になっているイタリア国民一人一人の前述の物の見方に支えられて、第一号車ができて以来ずっと、速さとカッコ良さだけ にせっせと磨きをかけてきた。一日や二日で達成したものではないからその部分では他のどんな車種にも負けない。

同時に雨もりや故障という欠陥部分の強い印象も健在である。突出しているが抜けている。だから憎めない。それがアルファロメオであり、名車の名車たるゆえんだ。なんともイタリア的というべきか。はたまた人間的と言うべきか・・陳腐な結論かもしれないがそれ以上の言葉はみつからない。



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酔っ払いとヨッパライ


グラスワイン注ぐバーテンダー600



イタリアに住んでいて一番なつかしいのは日本の酒場である。この国には、じっくりと腰を落ちつけてひたすら飲んだり、あたりをはばからずに浮かれ騒いだりすることのできる、居酒屋やバーや赤ちょうちんやスナックやクラブというものがほとんどない。

それではイタリア人は酒を飲まないのかというと、全く逆で彼らは世界でも1、2を争うワイン生産国の国民らしく、のべつ幕なしに飲んでいる。食事時には夜昼関係なく水や茶の代わりにワインを飲むし、その前後には食前酒や食後酒も口にする。
それとは別に、人々は仕事中でも「バール」と呼ばれる カフェに気軽に立ち寄って、カウンターで1杯のビールやワインをぐいと立ち飲みして去るのが普通の光景である。 そんな具合に酒を飲みつづけていながら、彼らは決して酔わない。

西洋社会はおおむねそうだが、イタリア社会はその中でも酔っぱらいに非常に厳しい。一般におおらかで明るいイタリア人は、酔っぱらいにも寛大そうに見える。だが、現実はまったく逆である。彼らはたしなみ程度の飲酒には寛大だ。しかし酔っぱらいを蛇蝎のように嫌う。

「いやあ、ゆうべは飲み過ぎてしまって」
「いやいや、お互い様。また近いうちに飲(や)りましょう」
とノンベエ同志が無責任なあいさつを交わし合い、それを見ている周囲の人々が、
「しょうがないな。ま、酒の上のことだから・・・」
と苦笑しながら酒飲みを許してやっている日本的な光景は、ここには存在しない。

酒に酔って一度ハメをはずしてしまうと、よほど特殊な状況でもない限り、その人はもう翌日からまともな人間としては扱ってもらえない。酔っ ぱらい、つまり酒に呑まれる人間を人々はそれほどに嫌う。交通安全の標語じゃないが“飲んだら酔うな。酔うなら飲むな。”というのが、イタリアにおける酒の飲み方なのである。

それならイタリアには酔っぱらいは一人もいないのかというと、面白いことにこれまた全く逆の話なのである。うじゃうじゃいる。というより も、イタリア国民の1人ひとりは皆酔っぱらいである。ただし、彼らは酒に酔った本物の“酔っぱらい”ではない。精神的なあるいは性格的な“ヨッパライ”である。

酔うと人は楽しくなる。陽気になる。やたらと元気が出て大声でしゃべりまくる。社長も部長も課長も平社員も関係がなくなって、皆平等になり本音が出る。仕事仕事とガツガツしない。いや、むしろ仕事など投げ出して遊びに精を出す・・こうした酔っぱらいの特徴は、そのまま全てイタリア人に当てはまる。上戸も下戸も、男も女も子供も老人もドロボーも警察官も、そして夜も昼も関係がない。彼らは生まれながらにして、誰もが等しく酔っぱらいならぬ “ヨッパライ”なのだ。

ヨッパライたちの酔いぶりは、アルコールとは縁がないから抑制がきいていて、人に迷惑をかけない。くどくどと同じことを繰り返ししゃべらない。狂暴にならない。言動に筋が通っていて、翌日になってもちゃんと覚えている等々、いいことずくめである。

ただし、イタリア野郎にフランス男と言うくらいで、男のヨッパライの多くは、白昼でもどこでもむやみやたらに若い女性に言い寄る、という欠点はある。なにしろ、ヨッパライだからこれはしょうがない。

ところで、この「むやみやたらに女性に言い寄る」というイタリア野郎どもの欠点は、実は欠点どころか“ヨッパライ”であるイタリア人の最大の長所の一つではないか、と僕は最近考えるようになっている。

女性に言い寄っていくヨッパライたちの最大の武器は言葉である。俗に言う歯の浮くようなセリフ、臆面もないホメ言葉、はたで聞いている者が 「ちょっと待ってくれよ」と思わずチャチを入れたくなるような文句の数々、つまりお世辞を連発して、ヨッパライたちは女性に言い寄っていく。

男「君って、いつもホントにキレイだな」
女「ありがとう」
男「髪型、少し変えたね」
女「分かる?」
男「トーゼンだよ。前髪をちょっとアップにしたから、額が広くなってますます知性的に見える。額が広くなると、どうして人間はかしこく見えるんだろう?あ、分かった。かしこく見えるだけじゃないんだ。セクシーになるんだ」
女「うれしい。ホントにアリガト」
みたいな・・

まるで天気か何かの話しでもしているように自然でスムーズで、且つなぜかいやらしくない、彼らの口説きのテクニックをひんぱんに目のあたりにしているうちに、僕はある日ハタと気づいた。彼らの言動は、口説くとか、言い寄るとか、あるいは愛情表現や情事願望などといった、艶っぽい動機だけに 因っているのではない、と。

それはほとんどの場合、単なる挨拶なのである。まさに天気の話をするのと同じ軽いノリで、彼らはそこにいる女性を持ち上げ、称賛し、あれこ れと世辞を投げかけているに過ぎない。そして目の前の相手を褒めちぎり、世辞を言いつづけるのは、男と女の間に限らず、実はイタリア社会の対人関係の全般に渡って見られる現象である。

こぼれるような笑顔と、身振り手振りの大きな仕草を交えながら、彼らは近況を報告し合い、お互いの服装を褒め、靴の趣味の良さを指摘し合 い、学業や仕事や遊びで相手がいかにガンバッテいるかと元気づけ、家族や恋人に言及して持ち上げ、誰かれの噂話をした後には再びお互いの話に戻って、これ でもかこれでもかとばかりに相手の美点を言いつづける。

イタリア人に悩みがない訳ではない。他人の悪口を言う習慣がない訳でもない。それどころか人生の負の局面は、悲しみも苦しみも妬みも憎しみ も何もかも、イタリア人の生活の中にいくらでも織り込まれていて、彼らの心に絶えず重石を乗せ陰影を投げかける。彼らはそれを隠すこともなければ否定もし ない。あるがままに素直に受け入れて、泣いたり、怒ったり、絶望したりしている。

ところが彼らは、同じ生活の中にある喜びの部分、明るい部分、楽しい部分になると俄然態度が変わる。それをあるがままに素直に受け入れるのではなく、できる限り大げさに騒ぎ立て、強調し、目いっぱいに謳歌して止むことがない。彼らはそうすることで、人の力では決して無くすことのできない人生の負の局面を、相対的に小さくすることができる、とでも信じているようである。何事もポジティブに前向きに考え、行動しようとする態度の一つの表われが、対人関係における彼らのあからさまなお世辞なのである。

男と女の場合に限らず、お世辞は言わないよりは言った方がいいのだ、と僕はイタリアのヨッパライ社会を見て思うようになった。よほどヘソの 形が違う人はともかく、たとえお世辞と分かっていてもそれを言われて悪い気のする人はいない。それならば皆がどんどんお世辞を言い合えばいい。そうすれば 誰もが良い気分になって世の中が明るくなる。陽気になる。イタリア社会のようになる。

そう思ってはみるものの、沈黙を尊ぶ東洋の国から来た僕にとっては、美人はともかく、不美人に対しても美しい、きれいだ、センスがいいと絶えず言葉に出して言いつづけるのは辛い。勇気もいるが、体力も気力も必要だ。面倒くさい。ましてや、日常生活の中で会う人のことごとくに賛辞を述べ、元気づけ、がむしゃらに前向きの会話をつづけるのは、気が遠くなりそうなくらいに疲れる。それこそ酒でも飲んでいなければとてもそんな元気は出ない。しかし、 酒を飲んで酔っぱらってしまってはルール違反だ。飽くまでも素面の“ヨッパライ”でなくてはならないのである。

そういう訳で、僕は素面のままで彼らに合わせようと毎日いっしょうけんめいに努力をする。努力をするから毎日疲れる。疲れるから、夜は一杯 やってストレスを解消したくなる。ところが、もう一度くり返すけれども、この国では酒を飲んで酔っぱらうのはヤバイのだ。“ヨッパライ”は大歓迎される が、本物の酔っぱらいは人間扱いをしてもらえない。当然ここでも飲みながら酔わないように、酔わないように、と努力の連続。

そういう暮らしばかりをしているものだから、飲んで騒いで無責任になれる日本の酒場がなつかしい。赤ちょうちんや居酒屋の匂いが恋しい。努力なんか少しもしないでなれる本物の酔っぱらいになりたい・・・。



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“型破り”がイタリア人の型である


妖しい鏡&鐘楼800



日本とイタリアのテレビスタッフがいっしょに仕事をすると、かならずと言っていいほど日本の側から驚きの声が湧きあがる。それはひとことで言ってしまうと、日本側の生真面目さとイタリア側の大らかさがぶつかって生じるものである。

お互いに初めて仕事をする者どうしだからこの場合には両者が驚くはずなのに、びっくりしているのは日本人だけ。生真面目すぎるからだ。それは偏狭という迷い道に踏み込みかねない。同時に何事も軽く流すイタリア人の大らかさも、いい加減の一言で済まされることが良くある。

こういうことがあった。

「どうしてフォーマットをつくらないのかねぇ・・・。こんな簡単なこともできないなんて、イタリア人はやっぱり本当にバカなのかなぁ・・・」
その道35年のテレビの大ベテランアナウンサー西尾さんが、いらいらする気持ちをおさえてつぶやくように言った。

西尾さんを含むぼくら7人のテレビの日本人クルーはその時、イタリアのプロサッカーの試合の模様を衛星生放送で日本に中継するために、ミラノの「サン・シーロ」スタジアムにいた。

ぼくらが中継しようとしていたのはインテルとミランの試合である。この2チームは、当時“世界最強のプロサッカーリーグ“と折り紙がつけられていたイタリア「セリエA」の中でも、実力人気ともにトップを争っている強力軍団。ただでも好カードであるのに加えて、その日の試合は20チームがしのぎを削る「セリエA」の選手権の行方を、9割方決めてしまうと言われる大一番だった。

スタジアムに詰めかけたファンは約8万5千人。定員をはるかにオーバーしているにもかかわらず、外には入場できないことを承知でまだまだ多数のサポーターが集まってきていた。

球場内では試合前だというのに轟音のような大歓声がしばしば湧きあがって、巨大スタジアムの上の冬空を揺り動かし、氷点下の気温が観衆の熱気でじりじりと上昇していくのでもあるかのような、異様な興奮があたりにみなぎっていた。

こういう国際的なスポーツのイベントを日本に生中継する場合には、現地の放送局に一任して映像をつくって(撮って)もらい、それに日本人アナウンサーの実況報告の声を乗せて日本に送るのが普通である。それでなければ、何台ものカメラをはじめとするたくさんの機材やスタッフをこちらが自前で用意することになり、ただでも高い番組制作費がさらに高くなって、テレビ局はいくら金があっても足りない。

その日われわれはイタリアの公共放送局RAIに映像づくりを一任した。つまりRAIが国内向けにつくる番組の映像をそのまま生で受け取って、それに西尾アナウンサーのこれまた生の声をかぶせて衛星中継で日本に送るのである。

言葉を変えれば、アナウンサーの実況報告の声以外はRAIの番組ということになる。ところがそのRAIからは、いつまでたっても番組の正式なフォーマットがわれわれのところに送られてこなかった。西尾さんはそのことに驚き、やがていらいらして前述の発言をしたのである。

フォーマットとはテレビ番組を作るときに必要な構成表のことである。たとえば1時間なら1時間の番組を細かく分けて、タイトルやコマーシャルやその他のさまざまなクレジットを、どこでどれだけの時間画面に流すかを指定した時間割表のようなもの。

正式なフォーマットを送ってくる代わりに、RAIは試合開始直前になって「口頭で」次のようにわれわれに言った。

1)放送開始と同時に「イタリア公共放送局RAI」のシンボルマークとクレジット。
2)番組メインタイトルとサブタイトル。
3)両チームの選手名の紹介。
4)試合の実況。

ほとんど秒刻みに近い細かなフォーマットが、一人ひとりのスタッフに配られる日本方式など夢のまた夢だった。

あたふたするうちに放送開始。なぜかRAIが口頭で伝えた順序で番組はちゃんと進行して、試合開始のホイッスル。2大チームが激突する試合は、黙っていても面白い、というぐらいのすばらしい内容で、2時間弱の放送時間はまたたく間に過ぎてしまった。

西尾さんは、さすがにベテランらしくフォーマットなしでその2時間をしゃべりまくった。しかし、フォーマットという型をドあたまで取りはずされた不安と動揺は隠し切れず、彼のしゃべりはいつもよりも精彩を欠いてしまった。

ところでこの時、西尾さんとまったく同じ条件下で、生き生きとした実に面白い実況報告をやってのけたもう1人のアナウンサーがいる。ほかならぬRAIの実況アナウンサーである。

僕はたまたま彼と顔見知りなので、放送が終わった数日後に当人に会ったとき番組フォーマットの話をした。

彼はいみじくもこう言った。

「詳細なフォーマット?冗談じゃないよ。そんなものに頼って実況放送をするのはバカか素人だ。ぼくはプロのアナウンサーだぜ。プロは一人ひとりが自分のフォーマットを持っているものだ。」

公平に見て彼と西尾さんはまったく同じレベルのプロ中のプロのアナウンサーである。年齢もほぼ似通っている。2人の違いはフォーマット、つまり型にこだわるかどうかの点だけだ。

実はこれは単に2人のテレビのアナウンサーの違いというだけではなく、日本人とイタリア人の違いだと言い切ってもいいと思う。

型が好きな日本人と型破りが型のイタリア人。どちらから見ても一方はバカに見える。この2者が理解し合うのはなかなか難しいことである。

型にこだわり過ぎると型以外のものが見えなくなる。一方、型を踏まえた上で型を打ち破れば、型も型以外のものも見えてくる。ならば型やぶりのイタリア人の方が日本人より器が大きいのかというと、断じてそういうことはない。

なぜならば型を踏まえるどころか、本当は型の存在さえ知らないいい加減なイタリア人は、型にこだわり過ぎる余り偏狭になってしまう日本人の数とおそらく同じ数だけ、この国に生きているに違いないから・・・


極右のロザリオ~黒い祈り



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イタリアのポピュリズム(大衆迎合主義)政権の一翼を担う極右政党「同盟」は先月(5月26日投開票)行われた欧州議会選挙で予想通り躍進した

同党の党首で副首相のサルヴィーニ氏は、選挙運動中にロザリオをかざして演説を行なうなどしてローマ教皇の怒りを買った。

ロザリオはカトリック教会で聖母マリアへの祈りを唱える時に使う、小さな十字架がついたネックレスのような数珠。

サルヴィーニ氏は、連立政権内で特に難民・移民の排斥を主体にした人種差別的政策を推し進めてローマ教皇と対立している。

イエス・キリストを持ち出すまでもなく、ロザリオに象徴される聖母マリアが貧しい難民・移民を放逐したり、人種差別的な行為を容認するわけがない。

だから教皇を頂点とするバチカンは、聖母マリアの教えと相対するサルヴィーニ氏がロザリオをかざして選挙運動をしたことに不快感をあらわにしたのである。

イタリアは国民の約70%がカトリック教徒とされるが、印象としてはほぼ100%が同教の信者、というのが住んでみての実感だ。9割以上の国民がカトリック教徒という統計も実際に多い。

そこでサルヴィーニ氏は信仰を よりどころに票獲得を企てたが、逆に信仰のシンボル的存在であるローマ教皇の返り討ちに遭った、というふうである。

日本人にはなじみが薄いローマ教皇をわかりやすく語るために、僕は敢えて沖縄に絡めて、沖縄の読者向けに次のような趣旨の文章を書いたことがある。

《ローマ教皇はカトリック教最高位の聖職者である。宗教的存在としての教皇は世界中に12億人程度いるカトリック教徒の精神的支柱だ。同時に彼は政治的な存在でもある。

政治的存在としてのローマ教皇は、われわれの住むこの世界で最も大きな影響力を持つ権力者の1人だ。

ローマ教皇の存在が、遠い極東の島国日本の、さらに外れに当たる沖縄にも影響を与え得る例を一つだけ挙げてみたい。

2011年、アメリカで起きた同時多発テロ事件は、米軍基地の多い沖縄もテロの標的になる可能性が高い、という風評を呼んで観光業に大打撃を与えた。

あの事件はイスラム過激派による反米闘争の一環として決行されたが、その前にはイスラム教とキリスト教のいがみ合いという何世紀にも渡る対立があり、それは現在でも続いている。

つまりひとことで言えば、もしもキリスト教世界とイスラム教世界が親和的な関係であったならば、イスラム過激派のテロは存在せず沖縄の観光産業が打撃を蒙ることもなかった。

そしてローマ教皇はその気になれば、2大宗教の対立に終止符を打つことも、このままま継続させることもできるほどの力を持つ大きな存在なのである。》


“風が吹けば桶屋が儲かる”的な論法に聞こえるかもしれない。が、ローマ教皇はあらゆる国や地域が密接に結びついて狭くなった世界で、一大勢力を持つカトリック教会のトップなのだ。

カトリック教最高位の聖職者たるローマ教皇は非世襲の終身職。コンクラーヴェと呼ばれる枢機卿団の構成員たちの互選投票で選ばれる。

そうしたことからローマ教皇を敢えて日本に例えて言うならば、万世一系の天皇ではなく、一大限りの天皇あるいは選挙で選出される天皇、と形容することもできる。

同盟のサルヴィーニ党首は、国民の圧倒的多数を占めるカトリック教徒に向けて「ロザリオと共に進もう!」と叫ぶことで、あるいはローマ教皇に挑もうと考えているのかもしれない。

極右系の政治家にありがちな彼の思い上がったやり方は、日本の安倍晋三首相が平成の天皇に逆らい、さらに即位したばかりの新天皇を篭絡しようとして躍起になっている、とされる姿にも重なるようだ。

僕は政治家のそうした動きには少しも驚かない。彼らはそうすることで自らの政治目標を達成しようとする。そして政治目標の達成こそが政治家にとっての正義だ。僕はサルヴィーニさんも安倍さんも支持しないが、彼らの飽くなき野心には感心するばかりである。


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能のない過激派には隠す爪もない


イタリア半島挟んで5星と同盟



伊連立政権は極左の「五つ星運動」と極右の「同盟」で成るが、両者は喧嘩ばかりで間もなく政権崩壊かという危機に直面している。

左寄りと右寄りの思想信条また行動は政治の常識である。両者の対話と、対話から生まれる妥協を民主主義という。

まずいのは「極」左と「極」右だ。2者は英語にいうExtremistつまり過激な者。極論支持者であり過激論者。要するに過激派。

彼ら過激派は対話を拒否し、自らを絶対善として突っ走り、究極的にはテロさえも厭わなくなる。

極右と極左は異なるものに見えて、実は「極」で融合する一卵性双生児。そっくりさん。

なのに仲が悪い。なぜか。

どちらも吼えまくり噛みつき殴りかかる本性を持つ厄介者だから、似た者同士でも吼え合い、噛み付き合い、殴り合うのである。

五つ星運動と同盟に極左と極右のレッテルを貼るのはどうか、という意見もある。もっともな話だ

右と左は立ち位置によって違って見える。左寄りの目には中道も右に映り、右寄りの目には中道も極左に見えかねない。

五つ星運動は自らを左にも右にも属さない政治勢力だという。同盟も、私は極右です、とは口が裂けても言わない。

だが彼らの正体は極左と極右だと僕は思う。能があるかどうかは別にして、両者とも今のところは過激派の爪を隠している。お互いに牽制し合っている。

だが、牽制のタガが外れたとき、つまり両者のうちのどちらかが単独で政権を握ったときは危ない。

五つ星運動はイタリア共和国をアナキストの巣窟に変えてしまうだろう。同盟が単独で議会過半数を制して政権の座に就けば、ファシズムの足音が高く響き出すだろう。

彼らは連立を組んで互いに牽制し合うから、政権運営を任せてみる価値があるのだ。または「あった」のだ。

異なる者同士が手を組んで、お互いの極論を抑えつつ新しい発想で国の舵を取る。彼らに期待されたのはそういう政治だ。

だが本性むき出しで喧嘩ばかりをしているなら、両者が単独で政権を握った場合と同じくらいにイタリア共和国のためにならない。

両者は冷静に対話をし、妥協点を見出し、且つ守旧派の政治勢力とは違うめざましい施策を打ち出せないなら、さっさと政権の座から去るべきなのである。


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中国を手玉に取るイタリアよ



マタレッラ&習握手600



中国の習近平主席がイタリアを公式訪問し、一路一帯構想への協力を盛り込んだ覚え書きを伊政府との間に交わした。G7国初の動きである。

その類の覚え書きは、ギリシャやポルトガルを始めとするEUメンバー国やEU域外国など、欧州の多くの国々とすでに交わされている。目あたらしいものではない。

ところがEU本部やアメリカ政府は、中国の野望に手を貸すな、とイタリアを盛んにけん制した。それもこれもイタリアがまがりなりにもG7の一角を占める大国だからだ。

EUやアメリカの意向に迎合して、やれイタリアはお終いだの中国の債務の罠だの財政破綻を招くだの、と半可通の論評や批判を展開するジャーナリストや評論家などが続々出てきた。

だが中伊の覚え書きの交換は、EUやアメリカの高官また日本の論者などが不安がり危機感をあおるほどの大層な意味を持つものではないと思う。

もちろん将来そうなる可能性はゼロではない。だがそうなった暁にはEUもアメリカも世界の誰もが中国の足元にひれ伏しているはず。それはお伽話の世界だ。

覚え書きには、中国がこれまでイタリア・ジェノバなどの港湾施設に出資したのと同様の投資など、経済関係の強化が盛り込まれている。

そこに示されたイタリアと中国の連携による経済波及効果は200億ユーロ(約2兆5千億円)規模になる、などとも言われている。

それが事実なら財政危機にあえいでいるイタリアにとっては願ってもない機会である。実のところイタリアはそうした利益を期待して中国の提案を受け入れた。

イタリアにとっては実現すれば良し、コケればコケたで失うものは何もない、という程度の取引だと考えてもあながち間違いではない。

覚え書きの交換を批判するアメリカは、周知のように世界経済の覇者の地位を中国に奪われまいとして、対抗意識を向き出しに貿易戦争などを仕掛けている。

一方EUは、Brexitで揺れる英国を除く27カ国が結束してアメリカに比肩すると同時に、対中国ではアメリカとも手を組んで世界における欧米の優位性を保ちたいと切望している。

イタリアはそのEUの結束を乱しかねない、というのがEU本部の懸念だ。だがイタリアはいざとなれば、中国との単独の覚え書きなど破棄してしまうだろう。

覚え書きには拘束力はない、とイタリア側は弁明している。だが、覚え書きにはイタリア政府代表が署名しているのだから、何らかの拘束力はあるものと考えられる。

それにもかかわらずにイタリア政府が、覚え書きに拘束力はない、と繰り返し表明しているのは、おそらく将来の不都合に向けての布石だ。

EU自体も実は、極めて慎重な態度ではあるものの、欧州の独自性と優位性を保ちながら中国と経済的に協力できるのならそうしたい、と望んでいる。

イタリアはいわばそこからの「抜けがけ」をEU本体に責められている形だが、将来同国がうまく中国と付き合いEUもその流れに乗る状況になった時は、「先見の明があった」と賞賛されるだろう。

逆にEUと中国が対立する政治環境に陥った場合には、イタリアが両者の間の仲介役として縦横に動き回る事態が発生するかもしれない。

しかし両者の対立が決定的になった時には、イタリアは中国を見限ってEUと行動を共にするだろう。なぜならEUこそイタリアの仲間であり家族であり同じルーツを持つ血族だからだ。

イタリア連立政権の担い手であるポピュリストの五つ星運動と同盟は、心情的に反EUとはいえ結局「欧州内の」政治勢力だ。彼らの家も欧州であり、彼らの家族も欧州人なのである。

異文化を全身に纏ったうえに、反自由主義市場の一党独裁国家である中国とは、最終的には誰もが折り合うことなく決別すると考えるべきだ。

もちろん懸念はある。五つ星運動と同盟は基本的にEU懐疑派の集団だ。EUが対応を誤って彼らを刺激しつづければ、反EUの機運が高まりかねない。それは避けるべきだ。

イタリアには「フルボ」という日常語がある。それは知恵者というポジティブな意味と、同時に狡猾漢、ずるがしこい、抜けめない、などネガティブな意味を併せ持つ言葉だ。

人々は誰かをフルボと規定するとき、両方の意味合いをこめて言葉を発する。善人でもあり悪人でもあるのがフルボな人物だ。

複雑な心理は、イタリアの各地方が生き残りをかけて侵略と謀略と闘争に明け暮れた、かつての都市国家メンタリティーの中で培われたものだ。

生き馬の目を抜く非情な生存競争の中では、知恵があって抜け目のない者、つまりフルボが勝利するのが理の当然である。イタリア人は肯定的にそう考える。考えは態度に出る。

にぎやかで楽しく、親切で優しいイタリア人が時折り、特に日本人などの旅人の目に「ずるがしこくも油断ができない存在」に見えてしまったりするのは、決して偶然ではない。

イタリアは国益と生き残りをかけて「フルボな中国」を手玉に取ろうと「フルボに動いている」に過ぎない、というのが今回の覚え書き交換の真相のように僕には見える。




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スイスの海で泳いでみたい



スイス旗+サルデーニャ旗並び合成600



イタリアのサルデーニャ島は古代からイタリア本土とは異なる歴史を歩んできた。それゆえにサルデーニャ島人は独自のアイデンティティー観を持っていて、自立・独立志向が強い、ということも何度か言及した。

ローマ帝国の滅亡後、イタリアでは半島の各地が都市国家や公国や海洋国家や教皇国などに分かれて勝手に存在を主張していた。

そこでは1861年の統一国家誕生後も、独立自尊のメンタリティーが消えることはなく、それぞれの土地が自立あるいは独立を模索する傾向がある。あるいはその傾向に向かう意志を秘めて存在している。

サルデーニャ島(州)ももちろんそうした「潜在独立国家」群の一つ。だが同島の場合、島だけで独立していたことはない。イタリア共和国に組み込まれる以前はアラブやスペインの支配を受け、イタリア半島の強国の一つピエモンテのサヴォイア公国にも統治された。

現在はイタリア共和国の同じ一員でありながら、サルデーニャ島民が他州の人々、特にイタリア本土の住民とは出自が違いルーツが違う、と強く感じているのは島がたどってきた独自の歴史ゆえである。
抑圧され続けた歴史への怨恨と島人としての誇りから、サルデーニャ島の人々は、独立志向が強いイタリア半島の各地方の中でも特に、イタリア共和国からの独立を企てる傾向が強いと見られている。

1970年代には38%のサルデーニャ島民が独立賛成の意思を示していた。また2012年のカリアリ大学とエジンバラ大学合同の世論調査では、41%もの島民が独立賛成と答えた。

その内訳は「イタリアからは独立するものの欧州連合(EU)には留まる」が31%。「イタリアから独立しEUからも離脱する」が10%だった。

今日現在のサルデーニャ島には深刻な独立運動は存在しない。しかしそれらの統計からも推測できるように、島には政党等の指導による独立運動が盛んな時期もあった。そして島の独立を主張する政党は今でも10以上を数えるのである。

それらの政党にかつての勢いはなく、2019年現在のサルデーニャ州の独立運動は、個人的な活動とも呼べる小規模な動きに留まっているのがほとんどだ。

その中にはイタリアから独立し、且つEU(欧州連合)からも抜け出してスイスへの編入・統合を目指そう、と主張するユニークなグループもある。なぜスイスなのか、と考えてみると次のような理由が挙げられそうだ。

独立を目指すサルデーニャ島民の間には、先ずイタリア本土への反感があり、そのサルデーニャ島民を含むイタリア共和国の全体には欧州連合(EU)への不信感がある。最近イタリアに反EUのポピュリスト政権が誕生したのもそれが理由の一つだ。

イタリア本土とEUを嫌うサルデーニャ島が、欧州内でどこかの国と手を結ぶとするなら、非EU加盟国のスイスとノルウェーしかない。バルカン半島の幾つかの国もあるが、それらは元共産主義圏の貧しい国々。一緒になってもサルデーニ島にメリットはない。

さて、スイスとノルウェーのどちらがサルデーニャにとって得かと考えると、これはもう断然スイスである。金持ちで、EU圏外で、しかも永世中立国。さらに国内にはティチーノ州というイタリア語圏の地域さえある。このことの心理的影響も少なくないと思う。

ノルウェーもリッチな国だが豊かさの大半は石油資源によるもの。石油はいつかなくなるから将来性に不安がある。また人口も約500万人とスイスの約800万人より少ない。従って後者の方が経済的にも受け入れの可能性が高い、など、など、の理由があると考えられる。

仮に島が分離・独立を果たしたとする。その場合にはスイスは、あるいは喜んでサルデーニャを受け入れるかもしれない。なにしろ自国の半分以上の面積を有する欧州の島が、一気にスイスの国土に加わるのだから悪くない話だ。

しかも島の人口はスイスの5分の一以下。サルデーニャの一人当たりの国民所得はスイスよりもはるかに少ないが、豊かなスイス国民は新たに加わる領土と引き換えに、島民に富を分配することを厭わないかもしれない。

スイス政府はこれまでのところ、サルデーニャ島からのラブコールをイタリアの内政問題だとして沈黙を押し通している。それは隣国に対する礼儀だが、敢えてノーと言わずに沈黙を貫き通していること自体が、イエスの意思表示のように見えないこともない、と僕は思う。

ただスイスと一緒になるためには、島は先ずイタリアからの分離あるいは独立を果たさなければならない。イタリア共和国憲法は国内各州の分離・独立を認めていないからだ。分離・独立を目指すならサルデーニャ島は憲法を否定し、従ってイタリア共和国も否定して、武力闘争を含む政治戦争を勝ち抜く必要がある。これは至難の業だ。

分離・独立の主張は、イタリア本土から不当な扱いを受けてきたと感じている島人たちの、不満や恨みが発露されたものだ。イタリア本土の豊かな地域、特に北部イタリアなどに比較すると島は決して裕福とは言えない、

経済的な不満も相まって、島民がこの際イタリアを見限って、同時に、欧州連合内の末端の地域の経済的困窮に冷淡、と批判されるEUそのものさえも捨てて、EU圏外のスイス連邦と手を組もうというのは面白い考えだと思う。

ただし誤解のないように付け加えておきたい。スイスへの編入・統合を主張しているのは今のところ、サルデーニャ島の島民の一方的な声である。片思いなのだ。しかも声高に言い張るのは、これまた今のところはサルデーニャ島民のうちの極く小さなグループに過ぎない。

面白いアイデアながらグループの主張には僕はは違和感も覚える。つまり彼らが独立を求めるようでいながら、最終的には独立ではなく、イタリア本土とは別のスイスという「新たな従属先」を求めているだけの、事大主義的主張をしている点だ。どうせなら彼らは独立自尊の純粋な「独立」を追求するべきだ。

僕はサルデーニャ島の独立にも、そこに似た日本の沖縄の独立にも真っ向から反対の立場だが、「独立を志向する精神」には大賛成だ。島に限らず、国に限らず、人に限らず、あらゆる存在は「独立自尊」の気概を持つべき、というのが僕の立場だ。そしてそういう考えが出てくるほどの多様性にあふれた世界こそが、理想的な「あるべき姿」だと考える。

「イタリアを捨ててスイスに合流する」というサルデーニャ島民の荒唐無稽に見える言い分は、それをまさに荒唐無稽ととらえる欧州や世界の人々の笑いと拍手と喝采を集めた。しかしながら僕の目にはそれは、どうしても荒唐無稽とばかりは言えないアイデアにも映るのだ。

暴力と憎しみと悲哀のみを生みかねない政治闘争の可能性はさておき、海のないスイス連邦に美しいティレニア海と温暖で緑豊かなサルデーニャ島が国土として加わる、というファンタジーは僕の心を躍らせる。スイス連邦サルデーニャ州のビーチで食べるアイスクリームは、あるいはイタリアのサルデーニャ島で食べるそれとは違う味がするかもしれないではないか。




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アートに救われた人殺しの村



加筆再録

前景老人&奥の3階家壁600
 


イタリア、サルデーニャ島に集落中の建物が壁画で覆われた村があります。深い山中にあるオルゴーソロ(Orgosolo)です。人口約4500人のその村は、かつて「人殺しの巣窟」とまで呼ばれて悪名を馳せていた犯罪者の拠点集落。

犯罪者の拠る場所は往々にして貧民の集落と同義語です。山賊や殺人鬼や誘拐犯らがたむろしたかつてのオルゴーソロは、まさにそんな貧しい村でした。イタリア本土の発展から取り残された島嶼州サルデーニャの、さらに奥の陸の孤島に位置していたからです。

一般社会から隔絶された山中の村人は、困窮する経済状況に追い詰められながらも、外の世界との付き合いが下手で不器用なために、それを改善する方策を知りませんでした。貧しさの中に溺れ、あがき続けていたのです。

そのためにある者は盗みに走り、ある者は誘拐、また別の者は強盗や家畜略奪などに手を染めました。また残りの村人たちは、隣人であるそれらの実行犯を助け、庇護し、官憲への協力を拒むことで共犯者となっていきました。

犯罪に基盤を置く村の経済状況が良くなることはありませんでした。それどころか、外部社会から後ろ指を指される無法地帯となってさらに孤立を深め、貧困は進行しました。かつてのオルゴーソロの現実は、イタリア本土の発展に乗り遅れたサルデーニャ島全体の貧しさを象徴するものでもあります。

イタリア半島の統一に伴ってイタリア共和国に組み込まれたサルデーニャ島は、イタリア国家の経済繁栄にあずかって徐々に豊かになり、おかげでオルゴーソロの極端な貧困とそこから発生する犯罪も少づつ姿を消していきました。

第2次大戦後初の経済危機がイタリアを襲った際、国が村の土地を接収しようとしました。それをきっかけに村人の反骨精神が燃え上がります。彼らは国への怒りを壁画アートで表現し始めました。山賊や殺人犯や誘拐犯らはイタリア本土の支配に反発する愛郷心の強烈な人々でもあったのです。

アナキストなどが先導する反骨アーチスト集団は、村中の家の壁に地元の文化や日常を点描する一方、多くの政治主張や、中央政府への抗議や、歴史告発や、世界政治への批判や弾劾などを描きこんで徹底的に抵抗しました。1960年代終わりのことです。

だが実は、オルゴーソロはサルデーニャ島における壁画アートの最大の担い手ではありますが、それの先駆者ではありません。島南部の小さな町サン・スペラーテの住民が、観光による村興しを目指して家々の壁に絵を描いたのが始まりでした。

それは島の集落の各地に広まって、今では壁画アートはサルデーニャ島全体の集落で見られるようになりました。特に内陸部の僻地などにに多いのが特徴です。そこは昔から貧しく。今日も決して豊かとは言えない村や町が大半を占めています。

そうした中、かつての犯罪者の巣窟オルゴーソロは、インパクトが大きい強烈な政治主張を盛り込んだ壁画を発表し続けました。それが注目を集め、イタリアは言うに及ばず世界中から見物者が訪れるようになっています。

外部からの侵略と抑圧にさらされ続けた島人が、「反骨の血」を体中にみなぎらせて行くのは当然の帰結です。そこに加えて貧困があり、「反骨の血」を持つ者の多くは、既述のように貧困から逃れようとして犯罪に走りました。

イタリア共和国の経済繁栄に伴って村が犯罪の巣窟であることを止めたとき、そこには社会の多数派や主流派に歯向かう反骨の精神のみが残りました。そして「反骨の血」を持つ者らが中心となって壁画を描き始め、それが大きく花開いたのがオルゴーソロの壁画アートなのです。

サルデーニャ島は、イタリア共和国の中でも経済的に遅れた地域としての歩みを続けてきました。それはイタリアの南北問題、つまり南部イタリアの慢性化した経済不振のうちの一つと捉えられるべきものですが、サルデーニャ島の状況は例えば立場がよく似ているシチリア島などとは異なります。

まず地理的に考えれば、サルデーニャ島はイタリア本土とかけ離れたところにあります。地中海の北部ではイタリア本土と島は割合近いものの、イタリア半島が南に延びるに従って本土はサルデーニャ島から離れていく形状になっています。

一見なんでもないことのように見えますが、その地理的な配置がサルデーニャ島を孤立させ、歴史の主要舞台から遠ざける役割も果たしました。イタリア半島から見て西方、あるいは「アフリカ側にある」と考えられた島は軽視されたのです。

錯覚に近い人々の思い込みは、先史時代のアラブの侵略や後年のイスラム教徒による何世紀にも渡る進入・支配など、島が歩んで来た独特の歴史と相俟って、サルデーニャをイタリアの中でもより異質な土地へと仕立て上げていきました。

島の支配者はアラブからスペインに変り、次にオーストリアが名乗りを上げて最終的にイタリア共和国になりました。以後サルデーニャ島は、イタリアへの同化と同時に自らの独自性も強く主張する場所へと変貌し、今もそうであり続けています。

島が政治・経済・文化的に本土の強い影響を受けるのは、あらゆる国の島嶼部に共通する運命です。また島が多数派である本土人に圧倒され、時には抑圧されるのも良くあることです。

島は長いものに巻かれることで損害をこうむりますが、同時に経済規模の大きい本土の発展の恩恵も受けます。島と本土は、島人の不満と本土人の島への無関心あるいは無理解を内包しつつ、「持ちつ持たれつ」の関係を構築するのが宿命です。

ある国における島人の疎外感は、本土との物理的な距離ではなく本土との精神的距離感によって決定されます。サルデーニャ島の人々は、イタリアの他の島々の住民と比べると、「本土との精神的距離が遠いと感じている」ように筆者には見えます。

そうしたサルデーニャ人の思いが象徴的に表れているのが、オルゴーソロの「怒れるアート壁画」ではないか、と筆者は以前から考えていました。だから島に着くとほぼ同時に筆者はそれを見に行かずにはいられませんでした。

抗議や怒りや不満や疑問や皮肉などが、家々の壁いっぱいに描かれたアート壁画は、芸術的に優れていると同時に、村人たちの反骨の情熱が充溢していて、筆者は自らの思いが当たらずとも遠からず、という確信を持ったのでした。


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イタリア予算案、ローマがEUに譲歩


EU&イタリア旗はためくPhoto: Gerard Cerles(AFP)


イタリアのコンテ首相は12日、イタリアの来年度予算の赤字目標額を引き下げる、とEU欧州委員会のユンケル委員長に告げた。EUはこれを評価。予算案をめぐる両者の対立はさらに緩和された。

コンテ首相は大きな注目を集めたGDP比2.4%の赤字予算案を2.04%にまで引き下げると表明。EUはイタリア政府による初めての「意味のある動き」として好感。金融界もその提案を前向きに捉えている。

最終的な罰金を含むEUの「過剰財政赤字是正手続き(EDP)」がこれで完全に回避されたわけではない。が、EUの財務官僚とイタリアのトリア財務相は、コンテ首相とユンケル委員長の合意を基にさらなる進展を目指して協議を続ける。

イタリアの来年度予算は、ローマの譲歩にも関わらずEUの財務規則のうちに完全に収まるものではない。国の借金を大幅に減らすことを求められているイタリアは、バラマキ予算を見直すことを執拗に迫られている。

それでもイタリア政府は、月十万円余のベーシックインカム(最低所得保障)と年金受給年齢の引き下げは必ず実行するとしている。前者は連立政権の一翼を担う五つ星運動のまた後者はもう一方の同盟の基幹政策だからだ。

ひと口で説明すれば極左と極右のポピュリスト政党、というくくりが該当する組織である両党は、それらの主張をがなり立てることによって政権を奪取したといっても過言ではない。

多様性が盛んであるイタリア共和国には過激論が乱立することが多い。だがまさに多様性の豊かさゆえに国内の政治勢力が四分五裂し、過激論者は他者を仲間に引き入れようとして「より穏健」に傾く。

過激論者であるイタリアのポピュリスト政権が、EUに譲歩したのは偶然ではない。それは過激論者を「妥協」という民主主義の本丸に向かって導く、イタリアの多様性の勝利という見方もできるのである。




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EU vs イタリアの対立激化



italia-eu斜め半分づtづ



EU(欧州連合)の欧州委員会は11月21日、イタリア政府の2019年度予算案に関して「過剰財政赤字是正勧告(EDP)」を発動するための準備を開始する、と発表した。

これに先立ち同委員会は10月、財政赤字を国内総生産(GDP)の2、4%に設定するとしたイタリアの2019年度予算案を、EUの財政規律から大きく逸脱しているとして、受容を拒否していた。

これに対してイタリア政府は、小幅な修正を盛り込んだ予算案を提出したが、欧州委員会はこれにも難色を示して、ついに最悪の場合には最大でGDP(国内総生産)の0、5%分の罰金が科される可能性もあるEDPの第一段階に入ったのである。

ただ制裁金が科されるまでの道のりは長く、先ず2週間以内にEU各国の副財務相と会計責任者らが勧告の内容を審査する。その後、勧告は各国財務相らで構成されるEU財務理事会に送られ、理事会は来年1月に会合を開いてEDP入りを正式に決定する。

制裁手続きが開始されると、EUはイタリアに対して最長6カ月以内に財政赤字の是正や公的債務の削減削策などを要求する。イタリアがEUの勧告に従わなければ段階的に制裁が強化され、最終的にGDPの0,2%~0,5%を無利子でEUに預け入れるように命じることになる。

イタリア・ポピュリスト政権の予算案は、赤字の対GDP比率が前政権の見積もりの3倍にも達するバラマキ財政。実施すれば構造的赤字が拡大し、公的債務も拡大することが必至と見られている。

イタリアの借金は国民1人当たり€37000(約481万円)。総額では約2兆3000億ユーロ(約300兆円)。それはEUが緊急時に加盟国を支援する常設基金、ESM(欧州安定メカニズム)でさえ対応しきれない規模である。

ポピュリストとも野合とも揶揄されるイタリアの現政権は、国民から高い支持を受けている。内外からの強い批判を受けながらも、選挙公約を忠実に実施しようとする彼らのぶれない姿勢が好感されているのだ。

イタリア国民はベルルスコーニ元首相に代表される多くの不実な為政者に翻弄され続けてきた。強い政治不信に陥っている国民は、現政権がもたらしている「変化」の風を感じて、半信半疑ながらもポジティブなムードが国中に醸成されつつある。

EUがイタリアの2019年度予算案への対応を誤れば、イタリアの世論は共通通貨ユーロの否定、ひいてはEU離脱へ向けて一気に加速・膨張するかもしれない。そしてその道筋こそが実は、連立政権を担うポピュリストの五つ星運動と、反EUの極右政党・同盟が最終的に目指しているものなのである。



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いよいよ‘Italexit’の始まりか



italia-eu斜め半分づtづ


欧州連合(EU)の欧州委員会は23日、財政赤字を国内総生産(GDP)の2.4%に設定するとしたイタリアの2019年度予算案を、EUの財政規律から大きく逸脱しているとして拒否した。規律違反を理由にEUがを加盟国の予算案を却下したのは今回が初めて。

イタリア・ポピュリスト政権の予算案は、赤字の対GDP比率が前政権の見積もりの3倍にも達するバラマキ財政。実施すれば構造的赤字が拡大し、公的債務も拡大することが必至。2018年10月現在イタリアの借金は国民1人当たり€37000(約481万円)でEU圏最大である。

EUは3週間以内に新たな予算案を提出するようイタリア政府に命令した。イタリアが従わなければ、欧州委は多大な罰金を伴う「過剰財政赤字手続き」処分を検討する方針。

イタリア政府は独伊の10年債利回りのスプレッドが急上昇するなどすれば予算案を修正するだろうが、反ユーロ、反EUの実力者、サルヴィーニ副首相兼内相が強硬に反対し、EUと厳しく対立する可能性もある。



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伊のミニ・トランプ、サルヴィーニ副首相の挑戦



野卑salvini



成り立ち

イタリアのポピュリスト政権内で、マッテオ・サルヴィーニ副首相兼内相の存在感が日増しに大きくなっている。彼の地位は連立を組む五つ星運動党首のルイジ・ディマイオ副首相兼労働相と同格だが、今や事実上の宰相と呼んでも過言ではないほどに影響力が強い。

新政権のリーダーは、サルヴィーニ、ディマイオ両副首相の上にいるジュゼッペ・コンテ首相である。五つ星運動寄りのコンテ首相は、しかし、国民的人気は高いものの、政権運営上はただの操り人形で、実権力を掌握しているのは連立2党党首のサルヴィーニ、ディマイオ両副首相である。

五つ星運動と同盟を率いる両者は、ことし3月の総選挙で、単独政党と政党連合という違いはあったものの、ほぼ拮抗した支持率を得た。その後お互いが首相の座に就くことをけん制しつつ連立政権を樹立し、その打算の仕上げとして政治的には全く無名の法学者・ジュゼッペ・コンテ氏を首相に据えて政権を船出させた。

その当時は、サルヴィーニ、ディマイオの両副首相はほぼ同じ程度の力か、もしくはほんの少しディマイオ副首相兼労働相の権力が上回っていると見られた。後者は単独政党としては最も多くの支持を集めた五つ星運動の党首であり、サルヴィーニ副首相兼内相は、単独政党としては第3党に終わった同盟の党首だからだ。

それに加えて、サルヴィーニ、ディマイオの両氏が、相手が首相になることを怖れてけん制し合った結果、ジュセッペ・コンテ氏を首班に推すことで妥協した。そのコンテ氏は党員ではないものの五つ星運動に近い人物である。その事実もディマイオ氏が政権内の権力争いで優位に立っていることを匂わせた。

両雄並び立たず

ところがその構図は政権が動き出すとほぼ同時に逆転し、サルヴィーニ副首相兼内相の存在感が突出し始めた。彼は政権発足翌日の6月2日、アフリカの国の中ではイタリアに最も近いチュニジアが「移民という名の犯罪者をイタリアに輸出している」と公に非難して、外交問題を引き起こした。それは恐らく意図的に成された。確信犯的な動きだったのだ。

その10日後、サルヴィーニ副首相兼内相は、難民629名を乗せた移民船『アクアリウス』のイタリアへの入港を拒否する命令を出した。『アクアリウス』はイタリアの隣国のマルタ島に向かったものの、マルタ共和国政府もイタリアに協調して同船を受け入れず、船は地中海で孤立無援になった。

その後『アクアリウス』はスペインのバレンシア港に受け入れられたが、この出来事を巡ってフランスのマクロン大統領が「無責任な対応」とイタリアを批判した。これには「マクロン発言は偽善的」とコンテ首相が反論。入港拒否命令を出したサルヴィーニ内相はさらに、マクロン大統領の謝罪を要求するとして一歩も譲らず、同大統領は数日後「イタリアとイタリア国民に不快感を与えた」ことをしぶしぶ認め謝罪する羽目になった。

サルヴィーニ副首相兼内相は以来、移民政策ではかねてからの主張を実践する形で強硬な「移民排撃」行為や発言を連発。同時にフランスやドイツはもとよりEU(欧州連合)内の移民寛容国を厳しく批判し続けている。彼の動きは難民・移民の流入に不安感を抱く多くのイタリア国民と隣国のオーストリア、またハンガリーを始めとする反移民の中東欧国などから強い支持を受けている。

反移民強硬策を「ぶれることなく」押し進めるサルヴィーニ副首相兼内相は、イタリア国民の少なくとも半数以上が抱いてきた、民主党前政権とEUの移民政策への不満を代弁する形でたちまち力をつけ、肩書き上は同格のディマイオ副首相や政権の木偶 に過ぎないコンテ首相を抑えて、今やポピュリスト政権内で主導権を握りつつあるのだ。

失敗したポピュリスト潰し

ポピュリスト政権誕生のいきさつは実に皮肉で奇怪なものだった。先ずことし3月の総選挙に向けて2017年、政権与党の民主党を含む五つ星運動以外の全ての勢力が合意して、政党連合を組んで選挙戦を闘うことができる、という選挙法を成立させた。

これは当時、破竹の勢いで支持をのばしていた五つ星運動が政権を取ることを恐れた民主党や、ベルルスコーニ元首相派などが先導して、法改正をしたもの。五つ星運動が他党との連立をかたくなに拒否しているのを見越して、同党がたとえ第一党にはなっても政権入りができない形で孤立させようとする、露骨ないやがらせ法案だった。

いわばその法案が功を奏する形で、総選挙では元首相のFI(フォルツァ・イタリア)党と同盟などが手を組む中道右派連合が37%を獲得、勝利した。単独で闘った五つ星運動は予測通りに32%余りの支持を得て政党としては第一党になった。だが両者ともに過半数制覇には至らなかった。

五つ星運動と中道右派連合は連立を拒否。それぞれが左派連合との協力を模索したり、五つ星運動が中道右派連合にベルルスコーニ元首相を排除して連立政権を樹立しよう、と持ちかけて拒否されるなどした。二転三転の攻防を経て、最終的に五つ星運動と極右政党の同盟が手を組び、まさかのポピュリト政権が誕生したのである。

なにがなんでも五つ星運動の政権獲得を阻止しようとした既成政党や政治勢力の暗躍が、逆に五つ星運動を政権の一角に押し上げた。同時に、欧州においては政権中枢に座ることはあり得ない、と考えられていた極右政党の一つの同盟が、ものの見事に政権入りを果たし、既述のように政権発足と同時に党首のサルヴィーニ副首相兼内相が、政権の舵を握るほどの影響力を持つに至った。

トランプ崇拝者

存在感を極端に強めている同盟のサルヴィーニ党首は、反EUが旗印のトランプ崇拝者である。彼は2016年の米大統領選挙時にトランプ陣営を訪問し、トランプ候補と並んで取った写真を得意気にSNS発信したばかりではなく、トランプ大統領誕生には狂喜して「われわれ同盟も彼に続こう!」と咆哮した。

ところがトランプ大統領は当時、サルヴィーニなんて知らない、と無情な発言。いわばミニ・トランプとも呼ぶべきトランプ崇拝者のサルヴィーニ党首は、大好きな相手に無視される屈辱を味わった。その2年後、サルヴィーニ党首はイタリア政権入りを果たし、あまつさえ首相並みの権力を振るい始めた、というわけである。

バラマキ予算案とEU

サルヴィーニ副首相兼内相は、2019年度のイタリアの国家予算を巡るEUとの攻防でも強い存在感を見せつけている。イタリア新政権は財政赤字の対GDP(国内総生産)比率が2.4%にものぼるバラマキ予算案を発表した。それはEUの財政規律を無視した内容で、イタリアのみならずEU全体の破綻にもつながりかねない、とさえ懸念されている。予算案の見直しを厳しく求めるEUに対して、サルヴィーニ副首相兼内相は、財政支出によって好景気を呼び込み財政赤字も解消していく、と主張して移民政策同様に一歩も譲らない構え。

2018年10月18日現在、イタリア政府は来年度予算案をEU本部に提出してその審査を待っているところである。繰り返しになるがEUはイタリア政府のバラマキ予算案に険しい態度で臨んでいる。借金漬けのイタリアが示した、同国のみならずEU全体の財政危機まで招きかねない、大幅支出増の予算案は、各国に財政健全化を強く求めているEUにはとても受け入れられないものだ。

同時に、バラマキ政策を国民に約束して政権樹立を果たしたイタリアのポピュリスト連立内閣も、財政赤字の対GDP(国内総生産)比率が2.4%の予算案はぎりぎりの妥協線、という主張をガンとして変えない。またEUは現実問題としても、面子という意味でも決して妥協しないだろう。イタリア側が折れない限りおそらくこの問題は解決しないと考えられる。EUに歩み寄らない場合イタリアは、脱ユーロ、やがてはEU離脱に向かって突き進むことにもなりかねない。

だが一方で、最終的にはイタリア側が、「EUに精一杯逆らった」というポーズで穏健な予算案にまとめる可能性もある。イタリアでは政治勢力が四分五裂しているために、過激論は他者を仲間に引き入れようとして「より穏健」に傾く土壌がある。多くの過激論を生むイタリアが、まがりなりにも民主主義体制を維持し続けているのもそれが理由の一つだ。

つまり過激論が乱立することの多いイタリア共和国には、「妥協」という民主主義の本丸・根幹もまた健在なのである。過激論を振り回すポピュリスト政権が、「妥協」の道を選ぶというのは僕のポジショントークであると同時に、極めて現実的な見方でもある。そしてその鍵を握っているのは間違いなくサルヴィーニ副首相兼内相なのである。


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予算案は変えないと吼えるイタリア政権の読み方



国会にてコンテ答弁両脇の副首相


イタリア政府の2019年度の予算案に対して、財界や中央銀行はもとよりEU
(欧州連合)からも見直しを迫る声が相次いでいる。財政赤字の対GDP(国内総生産)比率が2.4%となるバラマキ予算案だからだ。

赤字の対GDP比率が2、4%という数字は、民主党前政権が示した予想の3倍に上り、来年の構造的債務をGDP比で0.8%まで押し上げる計算になる。それは国内外のエコノミストやEU(欧州連合)からの批判を招いたほか、イタリア政府債利回りの大きな上昇を招いた。

同盟と五つ星運動が連立を組むポピュリスト政権は、一律15%の所得税導入、貧困層への1ト月一律10万円余のベーシックインカム支給(最低所得保証))、年金給付年齢の「引き下げ」などを主張して選挙を戦い、勝利した。

そして6月に政権運営が始まると同時に、選挙公約を実現しようとやっきになっている。イタリアは約2兆3000億ユーロ(約300兆円)というEU圏最大の借金を抱えて呻吟している。それはEUが緊急時に加盟国を支援する常設基金、ESM(欧州安定メカニズム)でさえ対応しきれない規模の数字だ。

その額は例えば、1100兆円に近い日本の累積債務に比較すると小さく見えるかもしれないが、日本の借金が円建てでイタリアのそれがユーロ建てであることを考えれば、天と地ほどの違いがある。

分かりやすいように極端なことを言えば、日本はいざ鎌倉の時には自国通貨を発行しまくって借金をチャラにすることができる。が、EU共通通貨ユーロの発行権を持たないイタリアにはそんな芸当はできない。

借金漬けの家計を整理し健全化するのではなく、さらなる借金で楽に暮らそうとする一家があるならば、その家族には必ず自己破産という地獄が訪れることになる。

イタリアの現政権が打ち出した2019年度の予算案は普通に考えれば、自己破産という地獄へ向けてまっしぐらに走る、「借金漬け一家」のクレージーな生活設計である。

政権の主張は減税と福祉支出等の増加によって経済成長を促すというもの。2019年の経済成長率を1.5%、2020年を1.6%、2021年を1.4%と予測している。だが それらの数字に対しては、多くの専門家が楽観的すぎるとの批判を強めている。

政権の実質的なボスであるディマイオ副首相兼労働相は、ベーシックインカム導入に強い意欲を示し、年金給付年齢を引き上げた2011年の政府決定は、選挙を経ないテクノクラート内閣が決定したものであるから無効だ、として年齢引き下げを強硬に主張。

また 政権内で彼と同等以上の力を持つと見られている片方のボス・サルヴィーニ副首相兼内相は、イタリアの来年の経済成長率は政府が先に示した1,5%ではなく2%になる、と根拠のない主張をするありさま。

2人のボスは「予算案を批判しているのはイタリアを今の混乱に導いた張本人たちだ」と吼えて、内外の政敵をけん制している。

政権を担当することになった彼らの今の主張を待つまでもなく、五つ星運動と同盟が去った3月のイタリア総選挙で勝利し連立政権を組んだところで、今日の状況が訪れることはすでに分かっていたことである。

言うまでもなく彼らは、移民難民を排斥し、(票獲得のために)ありとあらゆるバラマキ策を実施し、米トランプ主義を大手を振って賞賛する、ということを繰り返し主張し実践し確認して、政権を掌握した。

いまさら彼らの施策につべこべ言うのは負け犬の遠吠えにも似た無益な態度だ。それがイタリアを破壊するものであっても、彼らは行き着くところまで行くべきだ、というのが僕の一貫した主張である。

事実上の首班であるサルヴィーニ副首相兼内相と、ディマイオ副首相兼労働相は内外からの批判に答えて、予算案の見直しは絶対にしない、と繰り返し発言している。EUへの強い対抗意識がはたらいているからだ。

予算案は間もなく正式にEU本部に提出される。EUは見直しを求めてそれをつき返すと見られている。イタリアは従わない場合は巨額の罰金を科され、且つEUとの厳しい対立に巻き込まれることになる。

対立はEUに再びソブリン危機並みの混乱をもたらすかもしれない。またイタリアがユーロ圏から去り、挙句にはEUそのものからの離脱を模索する可能性さえある。

そうした危険も、同盟と五つ星運動というポピュリスト勢力が政権を樹立した時点で、予測されていたことである。イタリアは大きな岐路に立たされている。

ところが各界からの非難や懸念や罵倒などにも関わらずに、イタリア国民の連立政権への支持率は高い。それはそうだ、彼らは反EU政策を選挙公約に掲げて選挙戦を戦い勝利を収めたのだ。

国民の支持率の高さは、ジュゼッペ・コンテ首相への信頼感と無関係ではない。政治的には全く無名の存在だったコンテ首相は、政権の船出の頃こそ学歴詐称疑惑などでつまずき「ミスター・ノーバディ(名無しの権兵衛 )」などと揶揄される存在だった。

ところがその後、同首相の学者然とした落ち着いた慎重な物腰が好感されて、政治家のアクの強さに辟易しているイタリア国民の心をしっかりと捉え、人気が高まっている。

最新の世論調査によると、コンテ首相の支持率は67%に達する。その数字はここ最近の彼の前任者の誰よりも高いものだ。さらにその数字は彼よりも目立つことが多い連立政権の2人のボス、同盟のサルヴィーニ党首の57%、五つ星運動のディマイオ党首の52%よりも高い。

コンテ首相への好感度も手伝って、ポピュリスト政権への支持率も64%に達する。また同盟と五つ星運動両党への支持率も合計で62%余りにのぼっている。政権発足から100日目までのいわゆるハネムーン期間の状況は願ってもないものだ。

ポピュリストとも寄せ集めとも揶揄される政権が、国民から高い支持を受けているのは、選挙公約を忠実に実施しようとする彼らの「ぶれない」姿勢が評価されているからだ。

同時に、深い政治不信に陥って疲弊しているイタリアの有権者が、確かな「変化」の風を感じて、国中が密かな興奮に包まれている状況もある。それが冷めない限り、イタリアの危機はますます深まるばかりである。


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サルデーニャ食紀行 ~ 勘違いからボタモチ



Lilione羊肉一日目800
絶妙な味がした成獣羊肉


6月終わりから7月半ばまで滞在したサルデーニャ島では、海とビーチを忘れて観光や食巡りに終始したが、サルデーニャ島の食に関しては、僕は一つ大きな勘違いをしていた。

それは島の重要な味覚の一つである子羊料理が、一年中食べられるもの、と思い込んでいたことだ。島では子羊料理は晩秋から春にかけて提供される季節限定の膳だと聞かされて驚いた。

冷凍技術の発達で、子羊の肉はイタリアではいつでも、どこでも手に入る。ましてや羊肉の本場のサルデーニャでは一年中食べられるに違いない、と思い込んでいた。

ところが子羊料理はどこのレストランにもメニューに載っていなかった。代わりに多く目についたのが、サルデーニャ島のもう一つの有名肉料理「ポルケッタ(Porchetta)」、つまり子豚の丸焼きである。

ポルケッタにされる子豚は幼ければ幼いほど美味とされ、乳飲み子豚のそれが最高級品とされる。そのコンセプトは子羊や子ヤギの肉の場合とそっくり同じである。

ヒトの食料にされる動植物は、果物を除けばほぼ全てにおいて、残念ながら幼い命ほど美味とされる。それどころか誕生前のさらに幼い命である卵類でさえも、ヒトは美味いとむさぼり食らう。

ポルケッタ寄り800カリカリに焼けた皮が旨いポルケッタ

ポルケッタは2軒のレストランで食べた。皮ごと提供されるその料理は、通ほどカリカリに焼けた皮を好むとされる。僕は通ではないが、見事に焼きあがった皮の美味さに舌を巻いた。

肉そのものも絶妙な柔らかさに焼きあがって舌ざわりが良く、且つ香ばしい。口に含むとほんのわずかな咀嚼でとろりと溶けた。2軒の膳ともにそうだった。

店の一軒目は壁画アートが熱いオルゴーソロの店。路上にテーブルを出しているほとんど屋台同然の質素な場所だったが、味は極上だった。

2軒目は滞在先のすぐ近くにあるレストランだった。その店は海際の街にありながら魚料理を一切出さず、島のオリジナルの「肉料理」にこだわって評判が高い。

ポルケッタを食べに初めて足を運んだあと、その店には一週間ほど毎日通った。山深い島の内陸部でなければ食べられないような肉料理が盛りだくさんだったからだ。

ポルケッタの次には普通の牛ステーキに始まって、成獣羊肉や牛の内臓や豚のそれを焼き上げた料理を一週間、毎日メニューを変えて味わった。はほぼ全ての膳が出色の出来栄えだった。

店のメインの肉料理は炭ではなく徹底して薪の熾火で焼かれる。また味付けはほぼ塩のみでなされるのが特徴で、胡椒などもほとんど使わない。

料理される内臓は主に牛の心臓、肝、肺、腎臓、横隔膜、脳みそなど。また豚の睾丸なども巧みな火加減と塩使いで焼かれて提供される。

ステーキ切り分け前800切り分ける前のステーキ

それらはいずれも秀逸な味付けだった。ごく普通の牛ステーキでさえもちょっとほかでは味わえないような 妙々たる風味があった。有名なフィオレンティーナ・ステーキも真っ青になるような豊かな味覚なのである。

パスタもミンチ肉や内臓の細切り煮込みやチーズなどを活かしたソースを使って、とにもかくにも「サルデーニャ島内陸部の伝統肉料理」にこだわったものである。

サルデーニャ島の料理の基本は肉である。島でありながら魚介料理よりも肉料理が好まれたのは、住人が海から襲ってくる外敵を避けて内陸の山中に逃げ、そこに移り住んだからだ。山中には魚はいない。

現在のサルデーニャ島には魚介料理が溢れていて味も素晴らしい。だがそれは島オリジナルの膳ではなく、沿岸部を中心とするリゾート開発の進行に伴って、イタリア本土の金持ちたちが持ち込んだレシピだ。

魚料理、特にパスタに絡んだサルデーニャ島の魚介料理は、イタリア本土のどの地域の魚介パスタにも引けを取らない。当たり前だ。元々がイタリア本土由来のレシピなのだから。

店で出される島オリジナルの肉料理はなにもかもが珍しく、またどれもが目覚ましい味わいだったが、その店での最高の料理は「羊の成獣の骨付き焼肉」だった。僕の料理紀行を読んでいる人は、「また羊にヤギ肉か」と苦笑するかもしれない。

だがそれは羊肉とヤギ肉が好きな僕の手前みそな評価ではなく、同伴している妻の評価でもあったのだ。妻はどちらかと言えば羊肉やヤギ肉が好きではない類の女性である。

初日に予約していたポルケッタを食べた僕は、メニューに「焼き羊肉」があることを知って小躍りした。そしてレストラン通い2日目に早速それを頼んだ。

目を洗われるような味わいの焼き方だった。しっとりと焼き上げられた羊肉は、肉汁はほとんどないのに肉汁のうま味がジワリと口中に広がるような不思議な秀逸な味がするのだ。

羊の成獣肉の臭みはきれいに消し去られている。だが「子羊肉」にも共通する羊肉独特の風味はきちんと残っている。もしかすると熟成肉なのかとも思ったが確認しなかった。

焼きソーセージを頼んだ妻が、僕の皿の羊肉の一切れをフォークで自分のそれに移して味見をした。僕らはお互いに違う料理を頼んでは2人で分け合うのが習いである。できるだけ多くの種類の地元料理を味わいたいからだ。

妻は羊肉の絶妙な味におどろいて目を丸くしている。おいしい、おいしいと何度も繰り返して言った。そして僕の皿からさらに一切れを取って食べ続けた。

それだけでも驚きだったが、彼女はなんとレストラン通いの最終日にどうしてももう一度味わいたい、と言って今度は自ら焼き羊肉を注文したのだ。

羊肉がむしろ嫌いな部類の女性である妻の反応だけを見ても、その料理がいかに目覚ましいものであったかが分かってもらえるのではないかと思う。

羊(及びヤギ)の成獣の肉料理は僕の中では、これまでカナリア諸島で食べた一皿が一番の味だった。が、今回のサルデーニャ島の焼き羊肉がそれを抑えてあっさりとトップに躍り出た。

それは飽くまでも羊(及びヤギ)の「成獣の肉」の味である。成獣よりも上品でデリケートな味わいのある「子羊の肉」は一体どんな素晴らしい味がするのだろう、と考えるとわくわくする。

僕は再三、今度は子羊料理の旬だという晩秋から春の間に、サルデーニャ島を訪ねようと決意したほどである。


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サルデーニャ島のエッセンス



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2018年6月、20年ぶりに再訪したイタリア・サルデーニャ島では見たいもの、聞きたいこと、確認事項、食べたいもの、知りたい事案など、などが僕の中で目白押しになっていた。

島には世界遺産のヌラーゲ(古代巨石遺跡)やイタリア随一のリゾート地「ポルトチェルヴォ」あるいはスティンティーのラ・ペローザビーチ、マダレーナ諸島、手付かずの各地の自然など、見るべきものが数多くある。

その中でも最も見たいものが、島のほぼ中央部の東寄りにあるオルゴーソロ
(Orgosolo)のアート壁画だった。

島の深い山中にあるオルゴーソロは人口約4500人の村。かつて「人殺しの巣窟」とまで呼ばれて悪名を馳せていた犯罪者の拠点集落である。

犯罪者の拠る場所は往々にして貧民の集落と同義語だ。山賊や殺人鬼や誘拐犯らがたむろしたかつてのオルゴーソロは、まさにそんな貧しい村だった。

一般社会から隔絶された山中の村人は、困窮する経済状況に追い詰められながらも、外の世界との付き合いが下手で不器用なために、それを改善する方策を知らなかった。

そうやってある者は盗みに走り、ある者は誘拐、また別の者は強盗や家畜略奪などに手を染めた。また残りの村人たちはそうした実行犯を助け、庇護し、官憲への協力を拒むことで共犯者となっていった。

犯罪に基盤を置く村の経済状況は良くなることはなかった。それどころか、外部社会から後ろ指を指される無法地帯となってさらに孤立を深め、貧困は進行した。かつてのオルゴーソロの現実こそ、サルデーニャ島全体の貧しさを象徴するものだったのではないか。

時代が下ってイタリア共和国に組み込まれたサルデーニャ島は、イタリア国家の経済繁栄にあずかって徐々に豊かになり、おかげでオルゴーソロの極端な貧困とそこから発生する犯罪も姿を消した。

ある日、国が村の土地を接収しようとしたことをきっかけに、村人らの反骨精神が燃え上がった。彼らは国への怒りを壁画アートで表現し始めた。山賊や殺人犯や誘拐犯らは、イタリア本土の支配に反発する愛郷心の強烈な人々でもあったのだ。

彼らは村中の家の壁に地元の文化や日常を点描する一方、多くの政治主張や、中央政府への抗議や、歴史告発や、世界政治への批判や弾劾などを描きこんで徹底的に抵抗した。1960年代のことである

だが実は、オルゴーソロはサルデーニャ島における壁画アートの先駆者ではない。島南部の小さな町サン・スペラーテの住民が、観光による村興しを目指して家々の壁に絵を描いたのが始まりである。

それは島の集落の各地に広まって、今では壁画アートはサルデーニャ島全体の集落で見られるようになった。特に内陸部の僻地に多い。そこは昔から貧しく今も決して豊かとは言えない村や町が大半である。

そうした中、かつての犯罪者の巣窟オルゴーソロは、インパクトが大きい強烈な政治主張を盛り込んだ壁画を発表し続けた。それが注目を集め、イタリアは言うに及ばず世界中から見物者が訪れるようになった。

外部からの侵略と抑圧にさらされ続けた島人が、「反骨の血」を体中にみなぎらせて行くのは当然の帰結である。そこに加えて貧困があり、「反骨の血」を持つ者の多くは、貧困から逃れようとして犯罪に走った。

イタリア共和国の経済繁栄に伴って村が犯罪の巣窟であることを止めたとき、そこには社会の多数派や主流派に歯向かう反骨の精神のみが残った。そして「反骨の血」を持つ者の一派だった無政府主義者が中心となって壁画を描き始め、それが大きく花開いた。

サルデーニャ島は、イタリア共和国の中でも経済的に遅れた地域としての歩みを続けてきた。それはイタリアの南北問題、つまり南部イタリアの慢性化した経済不振のうちの一つと捉えられるべきものだが、サルデーニャ島の状況は例えば立場がよく似ているシチリア島などとは異なる。

サルデーニャ島はまず地理的にイタリア本土とかけ離れたところにある。地中海の北部ではイタリア本土と島は割合近いものの、イタリア半島が南に延びるに従って本土はサルデーニャ島から離れていく形状になっている。

一見なんでもないことのように見えるが、その地理的な配置がサルデーニャ島を孤立させ、歴史の主要舞台から遠ざける役割も果たした。イタリア半島から見て西、あるいはアフリカ側にあると考えられた島は軽視されたのである。

その要因は、先史時代のアラブの侵略や後年のイスラム教徒による何世紀にも渡る支配など、島が歩んで来た独特の歴史と相俟って、サルデーニャをイタリアの中でもより異質な土地へと仕立て上げていった。

島の支配者はアラブからスペインに変り、最終的にイタリア本土になるが、サルデーニャ島はそこへの同化と、同時に自らの独自性も強く主張する場所へと変貌し、今もそうであり続けている。。

島が政治経済文化的に本土の強い影響を受けるのは、あらゆる国の島嶼部に共通する運命だ。また島が多数派である本土人に圧倒され、時には抑圧されるのも良くあることである。

島は長いものに巻かれることで損害をこうむるが、同時に政治経済規模の大きい本土の発展の恩恵も受ける。島と本土は、島人の不満と本土人の島への無関心あるいは無理解を内包しつつ、「持ちつ持たれつ」の関係を構築するのが宿命だ。

ある国における島人の疎外感は、本土との物理的な距離ではなく本土との精神的距離感によって決定される。サルデーニャ島の人々は、イタリアの他の島々と比べても、本土との精神的距離が遠いと感じているように見える。

そうしたサルデーニャ人の思いが象徴的に表れているのが、オルゴーソロの
「怒れるアート壁画」ではないか、と僕は以前から考えていた。だから島に着くとほぼ同時に僕はそれを見に行かずにはいられなかった。

抗議や怒りや不満や疑問や皮肉などが家々の壁いっぱいに描かれたアート壁画は、芸術的に優れていると同時に、村人たちの反骨の情熱が充溢していて、僕は自分の思いが当たらずとも遠からず、という確信を持ったのだった。


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再訪サルデーニャ島~未開発という名の癒し



アラゴンの塔:Torre spiaggia-pelosa-stintino600pic


6月の終わりから休暇でサルデーニャ島に来ている。島を訪れるのはほぼ20年ぶりのこと。空路ではなく車ともども船で島に着いた。

日本ほど島が多くはないイタリアには、意外なことに地中海で面積が1番大きいシチリア島と2番目に大きなここサルデーニャ島がある。

僕はロンドンでの学生時代からシチリア島は何度も訪れている。イタリアに居を定めてからは、仕事でもプライベートでもさらにひんぱんにシチリア島に行った。

ところがサルデーニャ島は今回が2度目。しかも20年以上も時間が経っての再訪である。島の羊飼いを追いかけるドキュメンタリーを制作しようと思いついて、いろいろ調べた時期もあるが、多忙に呑み込まれて立ち消えになってしまった。

サルデーニャ島は日本の四国よりも面積が大きいが、人口はその半分にも満たないおよそ165万人程度である。内陸部は特に人口密度が低い。

僕は辺鄙な離島で生まれ育ったせいか、もともと島という場所に特別の愛着を抱く傾向がある。島と聞けばすぐに興味を持ち訪ねてみたくなる。サルデーニャ島も例外ではない。

その上サルデーニャ島はイタリアの島のうちでは、面積もさることながら多くの意味でシチリア島と並ぶ重要な島なのである。これまでに一度しか訪問していないのが自分でも不思議なくらいだ。

サルデーニャ島は何よりも自然の景観が目覚ましい島。イタリアの自然はどこも美しい。だがサルデーニャ島のそれは格別だ。なぜならこの島には、イタリアでも1、2を争うほどの豊かで手付かずの大自然がどんと居座っているからである。

島の北部の港町に午前6時に着いて、ホテルにチェックインするまでの長い時間と翌日の全てをかけて、島の半分ほどを一気に車で巡った。それだけで20年前に経験した島のワイルドな自然を再確認することができた。

緑一色がえんえんと続く集落も人影も見当たらない島の内陸部を旅すると、DHローレンスがいみじくも指摘したように、まるで限界ある島ではなく大陸の雄大の中を走っているような印象さえ受ける。

サルデーニャ島は、地中海の十字路とも形容されて古くから開発が進んだシチリア島やイタリア本土の大半とは違い、近代化の流れから少し取り残される形で歴史を刻んできた。

手付かずの大自然が多く残っているのはそのことと無関係ではない。近代化とは開発の異称であり、開発は往々にして自然破壊と同義語だ。

近代化の遅れを工業化の遅滞、あるいは産業化の延滞などと言い換えてみれば、サルデーニャ島の置かれた状況は、イタリア本土の南部地域やシチリア島などにもあてはまる現象であることが分かる。

イタリア共和国を語る時によく引き合いに出される「南北の経済格差」問題とは、サルデーニャ島とシチリア島を含む南イタリア各州の経済不振そのもののことにほかならない。

サルデーニャ島の近・現代は、そのようにイタリアの南部問題のなかに包括して語られるべきものだが、同島の場合にはそれだけでは語りつくせない「遅れ」のようなものがあると僕は思う。

つまり、先史時代からサルデーニャ島が刻んできた特殊な歴史が、同島の近代化の遅れを語る前に既に、島の「後進性」の源を形成してきたということである。

サルデーニャ島には紀元前16世紀頃から謎に満ちたヌラーゲ人が住み着き、紀元前8世紀頃にはフェニキア人が沿岸部に侵攻して次々に都市を建設。やがてカルタゴ人が征服する。次にローマ帝国の支配を受けその後アラブ・イスラム教徒に支配される。

海の民とも呼ばれるフェニキア人は今のレバノン近辺、またカルタゴ人は今のチュニジア周辺に生を受けた人々である。つまり彼らはアラブ人だ。彼らのほとんどは後にイスラム教徒になる。

アラブ・イスラム教徒の支配は、9世紀にはシチリア島にも及んだ。だがサルデーニャ島の場合はそのはるか以前からアラブ系の人々の侵入侵略、また占領が間断なく続いた。

またシチリア島が、古代ギリシャの植民地となって発展した時代もサルデーニャ島は経験してない。そうした歴史が、サルデーニャ島を立ち位置のよく似たシチリア島とは異質なものにした、と言うこともできるようである。

さらに言えばサルデーニャ島は、再びシチリア島やマルタ島、またロードス島とクレタ島に代表されるギリシャの島々などとは違って、十字軍の進路の版図内にはなかった。そのために十字軍とともに拡散した「欧州の息吹」がもたらされることもなかった。

そればかりではない。サルデーニャ島は極めて開明的だったベニス共和国が、アドリア海に始まる東地中海を支配して、自らの文化文明を地域に浸透させ発展させた恩恵にも浴することがなかった。

そのようにサルデーニャ島は、欧州文明のゆりかごとも規定される地中海のただ中に位置しながら、一貫していわば「地中海域の普遍的な発展」から取り残された島であり続けた。それがサルデーニャ島の後進性の正体ではないか。

シチリア島が輝かしい文化の島なら、サルデーニャ島は素朴で庶民的な文化に満ちた場所である。ここにはシチリア島に見られる絢爛な歴史的建築物や芸術作品はあまり多くは存在しない。しかし豊穣雄大な自然と、素朴な人情や民芸などの「癒しの文化」がふんだんに息づいているのである。

今回の休暇も海を満喫する計画で、ビーチに隣接するキャンプ場の中に小さな一軒家を確保した。小なりといえどもベッドやトイレやシャワーやダイニングキッチンが完備した快適な空間。ホテルが経営するレジデンスとほぼ同じ感覚の施設である。

ところが既に10日間が経過したものの、ビーチにはほとんど出向かず島の北部の町や村を車で連日訪ね回っている。各地の癒しの文化を見聞しまた食を味わうのが目的である。海とビーチは昨年ギリシャで堪能したこともあり、後回しになってもあまり胸が痛まない。

滞在施設には一つ大きな問題がある。部屋の中ではインターネットが使えないのである。レストランやカフェなどが集まっている公共の空間でしかWIFIが機能しないのだ。そこでブログ一つの投稿にもわざわざそこまでpcを抱えて行く。

そんなわけで今後の「サルデーニャ島紀行」は島からの報告ではなく、今月半ば以降に帰宅してからあらためて書く、ということになりそうである。もっとも昨年訪れたギリシャの島紀行も自分の中ではまだ書き終えていないから、果たして無事に完成させられるかどうかあまり自信はない。


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今度こそ本当にイタリア・ポピュリスト政権が走り出す!



ディマイオ、コンテ、サルヴィーニ順に600
左からディマイオ、コンテ、サルヴィーニ各氏


過半数を制する政党がなかった3月4日の総選挙を受けて、イタリアでは政権不在の異常事態が88日間にわたってつづいた。だが5月31日、ついに五つ星運動と同盟による連立内閣が成立する見通しになった。ジュゼッペ・コンテ氏を首班とするコンテ内閣は6月1日に就任宣誓を行う。

左右のポピュリスト(大衆迎合主義)勢力である五つ星運動と同盟は 5月21日、首相候補としてジュゼッペ・コンテ氏を推薦。5月27日、コンテ首相候補は閣僚名簿を提出したものの、拒否権を持つマタレッラ大統領がユーロ懐疑派の財務相候補に反発。組閣が見送られた

マタレッラ大統領は直後、彼独自の首相候補を指名して組閣要請。これには逆に五つ星運動と同盟が激しく反発。再選挙の可能性が高まった。しかし、両党のディマイオ、サルヴィーニ党首が改めて連立を目指すとして、大統領が拒否した財務相候補パオロ・サヴォナ氏の起用を断念。あらたにローマの大学のジョバンニ・トリア教授を財務相に起用することで大統領も了承した。

トリア教授はサヴォナ氏のようにユーロ離脱を説くほどの過激派ではないが、だからといって全面的なユーロ服従派でもなく、単一通貨政策の見直しとドイツの膨大な財政黒字削減を主張する改革派。意外にもベルルスコーニ元首相に近い人物である。物議をかもしたパオロ・サヴォナ氏は、いずれにしても欧州担当大臣として入閣する。

議会第1党の五つ星運動のディマイオ党首は産業労働大臣に、また第2党同盟のサルヴィーニ党首は内務大臣に就任する。同時に両氏はそれぞれ副首相職も兼任する。2人はお互いに相手が首相になることをけん制しあってきた仲である。

ディマイオ産業労働大臣は、五つ星運動の看板政策「ベーシックインカム(最低所得保障)」制度を確実に実施するために全力をつくすだろう。それはバラマキ政策以外のなにものでもない、という根強い批判にさらされている。

また移民政策を管轄する内務省のトップに座るサルヴィーニ氏は、国内に多く存在する不法滞在者の難民・移民を排斥しようとしてしゃかりきになるだろう。それが同盟の看板策だからだ。地中海から流入する膨大な数の難民・移民には、声には出さなくとも多くのイタリア国民がいら立っている。

同盟はまた財政策でも独自の主張をしている。それが個人、法人一律の所得税15%策。実施されれば政府歳入が大幅に減ることは確実である。それは五つ星運動のベーシックインカム策同様、バラマキというレッテルを貼られている。

両党はほかに年金給付年齢の引き下げ、また消費税値上げ見送りなども主張し政権合意しており、ただちに実施される可能性が高い。両党が多くの相違点を持ちながら、「ポピュリスト」と十把ひとからげに規定されるゆえんの一つである。

それらの政策は、EU圏内最大の約300兆円もの累積債務を抱えるイタリアの財政をさらに悪化させるものとして、国内外から強い懸念が出ている。EUはイタリア発の「欧州財政危機の再来」になりかねない、として警鐘を鳴らしているほどである。

また反移民を声高に叫ぶ同盟主体の難民・移民策に関しても、EUは大きな懸念を表明している。だが多くのイタリア国民は、地中海を渡って怒涛の勢いで同国に押し寄せる難民・移民の保護・受け入れを押し付けられた、と感じてEUを怨んでいる。イタリアで反EU感情が高ぶり続ける一因だ。

より厳しい難民・移民政策を実施することが確実なイタリア新政権は、米トランプ政権に通底する政治潮流の所産である。借金を減らせ、緊縮財政を続けろ、と迫るEUに対峙する形でバラマキ政策を主張するのも同様である。トランプ政権のアメリカ・ファーストならぬ「イタリア・ファースト」の叫びが支持されたのだ。

2大ポピュリスト勢力が結びついたイタリアのコンテ新政権は、EUが強く怖れる前述のイタリア発のユーロ危機、また政治危機を誘発する可能性がある。同時に新政権は、独仏、特にドイツが支配するEUの権力構造に風穴を開けて、新たな秩序を構築する「きっかけ」になるかもしれない。

そのキーワードは、「イタリアの多様性」である。今日現在も都市国家の息吹に満たされているイタリアの政治地図は複雑だ。言葉を換えればイタリアの政治勢力は分断され細分化されている。

イタリアの内閣がころころ変わり物事がうまく決まらないのは、第一に政治制度の不備という問題があるからだ。同時にイタリア独特の都市国家メンタリティーが社会を支配しているからでもある。独立自尊の気風が生み出す政治の多様性は、外からみると混乱に見える。だがイタリア政治に混乱はない。それは「混乱」という名のイタリア政治の秩序なのである。

四分五裂している政治土壌では、過激勢力は他勢力を取り込もうとして、主義主張を先鋭化させるよりも穏健化させる傾向がある。極論主義者あるいはポピュリストと呼ばれる、極左の五つ星運動と極右の同盟も例外ではない。

彼らは元々反ユーロ、反EUの急先鋒である。ところが国内の風向きまた国外、特にEUからの懸念や批判の声を受けて徐々にトーンダウン。五つ星運動は選挙期間中にユーロからの離脱はしない、と言明。同盟も五つ星運動との政権合意を目指す協議の途中に同じことを表明した。

彼らは同盟が主導するもう一つの過激政策、移民排撃ポリシーも徐々に穏健な形に換えていく可能性が高い。根が優しいイタリア国民が、同盟の無慈悲な反移民策を無批判に受け入れるとは考えにくい。だがそれにも限界がある。

イタリアの新政権に懐疑的なEUが、今後もひたすら同じ姿勢でイタリアの財政策と移民政策を批判し続けるだけなら、イタリアの世論は五つ星運動と同盟の元々の過激論に傾倒していくかもしれない。

EUはイタリアの変貌に驚きうろたえることをやめて、その主張に耳を傾け自らの改革の必要性の是非にも目を向けるべきだ。同時にイタリア新政権との対話を強く推し進め、信頼関係の構築に努めるべきだ。それが普通に実行されれば、イタリアの過激政権もより「普通に」なっていく、と考える。


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どんでん返しがつづくと元の木阿弥になる


イタリア連立政権樹立騒動にまたドンデン返し。ドンデン返しがきわまって元の木阿弥。コッタレッリ首相候補をスタンバイにし、コンテ首相候補を元に戻して、マタレッラ大統領がノーを突きつけた財務相候補のサヴォナ氏を別職に移動する案が浮上。大統領も再考を了承した。

「コンテ首相+サヴォナ「非」財務相」案は、五つ星運動のディマイオ党首の提案。これに対し連立相手のサルヴィーニ同盟党首は「検討する」と述べるにとどめた。強烈な反ユーロ・反EU主義者のサヴォナ氏を財務相に熱く推しているのはサルヴィーニ氏である。

極右政党・同盟のサルヴィーニ党首は連立政権では内務大臣就任が確実視されている。移民・難民問題は内務省の管轄。サルヴィーニ氏は内務相となって反移民政策を強力に押し進める腹づもりである。そこでEU懐疑派のサヴォナ氏を財務大臣に仕立て、連携してEUとの対決姿勢を鮮明にしたい思惑があるのだ。

マタレッラ大統領にとっては、サヴォナ氏が政権外に去るのが最も受け入れやすい案だろうが、コンテ内閣の成立を否認した彼の動きへの批判が高い現状では、あるいはサヴォナ氏が財務相以外のポストならやむを得ない、としてコンテ内閣の船出を容認するかもしれない。

今日(5月31日)、ディマイオ&サルヴィーニ会談が開かれる。そこでサルヴィーニ氏が「サヴォナ財務相」案を引っ込めてディマイオ氏に同意すれば、いよいよ欧州初の反EU・反移民のポピュリスト政権が成立しそうな情勢。

「反EU・反移民のポピュリスト政権」とはいうものの五つ星運動と同盟は、選挙キャンペーン中の激しいEU批判や移民への敵意発露を抑え気味に動いている。単一通貨ユーロからの離脱は考えない、と言明するほどだ。その真意は分からない。政権発足と同時に牙をむき出して彼らの元もとの主張を実現しようと狂奔するかもしれない。

だがもしかすると、彼らは「極論」を排してユーロ圏にとどまりつつ「EUの経済政策の抜本的な変換」と「EUの移民対策の徹底的な改正」を声高に主張する政権、になるのかもしれない。イタリアの政治勢力は四分五裂している分、過激論者は他の勢力を取り込もうとしてより穏健になる傾向が強い。

「イタリア国内の政治家や官僚の腐敗を除き」「EU本部の現場軽視の横暴な政策の数々に物申し」「イタリア一国が重責を負わされている難民・移民の保護・受け入れをEU全体で背負え」という、彼らの真っ当な要求がEUにすんなりと受け入れられるなら、彼らはEUの敵どころか、EUにとっても建設的な提案をする政権になる可能性も高い。


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