う~む

ひとり舞台



ペン(鉛筆)握る手青系600




記事タイトル「子を我が物と見なす怪異」を「名誉殺人という怪異も“多様性”として許されるべきか」に変更した。

ブログ記事は書きっぱなしではなくけっこう編集をする。読み返す機会が多いからである。

僕はこれまで新聞・雑誌・文芸誌などに執筆してきたが、そこには常に編集者がいた。

編集者は書き手にとって極めて重要な存在。

誤字脱字などの単純ミスから大きな間違いまで丁寧に指摘してくれ、力のある編集者は重いアドバイスをくれることもある。

ブログは一人で書き、一人で推敲し、読み返し、編集する。楽しいが間違いが多い。

誤字脱字は日常茶飯事。

その他の単純ミスから思い込みや誤りや書き違えや手抜かりやしくじりなど、など、よくもまぁ、と自分でもあきれるほど多くの落ち度が見つかる。何度も読み返すから。

そこで気づいたことは書き直す。タイトルを変更したくなるのも読み返すから。

新聞雑誌その他に書いて発行された文章はもう直しがきかない。だからこそ編集者や検閲者が出版前に責任を持って直し、指摘し、修正アドバイスをくれる。

ブログは編集権も自分にある代わりに間違いを指摘してくれる編集者がいない。だから時間が許す限り自分の下手な文章を読み返しては、せっせと書き直している。

それでも間違いは完全にはなくならない。

絶対に。。。



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EUはやはり極右の巣窟になるのか



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EU(欧州連合)の議会選挙が5月23日から26日に行われる。加盟28カ国の有権者の合計がインドに次いで世界で2番目に多い巨大選挙。EU離脱を延期した英国の有権者も投票することになった。

選挙で注目されるのは、EUのほぼ全域で勢いを増している極右政党がどこまで議席を伸ばすかである。特にドイツのAfD(ドイツのための選択肢)、フランスの国民連合などのEU懐疑派の政党が大きく議席を伸ばせば、EUの立法・経済政策その他に大きな絵影響が出ることになる。

世論調査によれば、極右ナショナリスト勢力が議席を伸ばす可能性が高い。が、EUを根底から揺るがすほどの力には「まだ」ならない、と見られている。

しかしながら、イタリアで極右政党の同盟が左派ポピュリストの五つ星運動と連立政権を樹立し、その後五つ星運動を差し置いて支持率を伸ばしているように、主として移民問題を争点にしての極右政党の勢力拡大は続いている。

そうはいうものの同盟は-今回選挙でさらに勢力を拡大することが確実視されながらも-例えば前述のフランス極右やドイツ極右ほどの影響力は持たないと考えられる。なぜなら同党は、大国とはいえ、世界および欧州政治の勢力図上は日本と同じで「小国」に過ぎないイタリアの政党だからだ。

欧州では2014年の選挙でもイギリスやフランスなどを中心にEU懐疑派の極右政党が躍進した。今回はそれを上回る議席獲得が予想されている。

極右政党の台頭はいやでもファシズムやナチズムを髣髴とさせる。欧州のほとんどの極右勢力と米トランプ政権は連動し、ひいてはそれは日本の安倍政権とも通底している。

今回選挙ではもう一つ注目すべき点がる。3月にEUを離脱するはずだった英国が、国内の分裂で混乱し再び欧州議会選挙に参加することである。

英国にとってはこの選挙が、EU離脱の是非を問う2度目の国民投票と同じ意味を持つ、という見方もある。

その英国の混乱の原因もまた、EU離脱を叫ぶ極右ナショナリストとEU残留を主張するグローバル穏健派の対立にほかならない。


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安倍ノ道鏡?それとも道化?



天皇夫妻&安倍鮮明切り取り
前記事「奇妙なカップル」を読んだ読者から安倍晋三さんを弓削道鏡(ゆげのどうきょう)にたとえるのはけしからん、という趣旨のメッセージをいただいた。

安倍ファンのその方は、道鏡が平将門、足利尊氏と共に日本3大悪人の1人に数えられていることから、安倍さんを彼になぞらえるのが面白くないらしい。

歴史上の3人の人物が悪人とされるのは、戦前の日本の軍国主義体制の核心を成した皇国史観、つまり歴史が天皇を中心に形成された、という非科学的な考えによって断罪されたものである。

3人は天皇に背いた或いは天皇の座をおびやかした者として、極右国粋主義の権力中枢によって 指弾 され、当時の無知且つ大勢迎合主義の民衆が支持した結果確立したように見える虚偽である。

先日退位した平成の天皇に安倍さんが盾ついた事実と、即位した新天皇を取り込もうと画策しているとされる噂は、安倍首相を反天皇主義者と決め付ける十分な証拠となりうるかもしれない。

ところが安倍さんは、極右の政治家という海外メディアの規定を持ち出すまでもなく、保守強硬論に基づく政治行動が身上の男だ。つまり体質的に皇国史観を信奉していてもおかしくない種類の政治家である。

そう考えてみると、安倍さんは天皇を崇拝しつつ天皇に背くことも辞さない政治家、という見方も当たりそうである。矛盾しているがそれもまた安倍さんの体質であり政治手法なのだから当然の成り行きではある。

閑話休題

ここから先は、多くの人が架空無稽な話、と一蹴することも承知であえて書き記しておくことにした。

実は僕は、安倍さんが道鏡のように天皇になりたい意思を秘めた男だとは考えない。だがたとえば安倍一強体制とか安倍独裁などと呼ばれる今のような政治状況が、さらに長く続くと考えてみると様相が違う可能性も出てくる。

その暁には安倍首相の周囲がもっとさらにイエスマンで固められて、彼の驕りは膨張し、祭り上げられ、唯我独尊の思いが極限にまで達するだろう。そこに国内の政治変動や世界規模の恐慌などが起きたと仮定する。

動乱に乗じて、あるいは自然の流れで安倍さんが文字通りの独裁者となり、天皇制を廃して自らが天皇となる体制、あるいはそれに準ずる政治体制を敷いて我が世の春を謳歌する、という事態が絶対に起こらないとは誰にも断言できない。

バカバカしいと考える者は天皇の成り立ちを思い出せばいい。天皇は神話的存在でもあるがその成り立ちは決して神話ではない。国の前身とも呼べる種族群雄が割拠して万族が万族を殺そうと競い合っていた有史以前の混沌の中で、周囲を平定したボスを祖先に持つのが天皇であり天皇家である。

天皇が天皇家の長として権力を受け継ぐ体制がそこから生まれた。以後、権力闘争や下克上や混乱の中での入れ替わりや成りすましや様々の流転変遷を経て、天皇は神となり絶対の存在となっていった。

真の革命が起きなかった日本では天皇の神聖は常に保たれ、それに挑む者が逆賊と見なされる社会体制が形成された。それはずっと後の皇国史観によって強調されて、天皇の地位を脅かす者の存在を考えることさえできない状況に至った。

やがて第2次世界大戦という巨大な世直しがやってきて天皇は普通の人になった。普通の人になった天皇だが、平成の明仁天皇という「人間力」の優れた陛下の努力も相まって、天皇は神あるいはそれに準ずる存在としてではなく、飽くまでも普通の「人間として」深く敬愛される存在になった。

一方で天皇を神として崇める土着日本人の古代的精神も根底でしっかりと生き延びた。昭和天皇が人間宣言をしても、天皇を神と崇める原始土着の蒙昧な人心は変わらなかったのである。そうやって自らと同じ人間である天皇を、神に近い存在、ととらえる未開稚拙な心根は温存された。

代変わりの今日、国民大半の偶像崇拝心と人間力あふれた平成の天皇への深い敬慕の情が相まって、新天皇と天皇家への忠誠心はかつてないほどに高まっている。そんな中では天皇への挑戦など考えられない。だから安倍さんが天皇に反旗を翻すなどというのは荒唐無稽な妄想、と結論づけられても少しも不思議ではない。むしろ当然の成り行きである。

安倍さんに関してはもちろんその通りだろうと僕も思う。だが天皇という存在があって、天皇制という仕組みが日本の国体を規定しているのだから、歴史に鑑みてその実体と正体とひいては真理とをひもとき、且つそれらによって形成された神話にも目を向けてみる必要がある。

既述したように天皇は神話だが、その神話は実体のある武力闘争と政治闘争を経て形成されたものだ。そして権力者として望月が欠ける状況も知らない程に我が世の春を満喫しまくるらしい安倍さんは、政治闘争の真っただ中にあって、状況が許せば武力闘争も辞さない本質を持った政治家であり指導者であることを忘れてはならない。

つまり安倍さんは、天変地異とも呼ぶべき動乱や事件が起きて日本と世界の現体制がひっくり返る場合、天皇にさえ挑もうとする多くの野心家の先頭を切って突っ走る類の「政治的存在」であろうことは、疑う余地がない。天皇の地位に挑もうとする日本人が実際に生まれる可能性は、おそらく女王の地位に挑もうとする英国人の存在の可能性よりも、1億倍程度は低いと思うけれど。



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オ~イ沖縄!今のままでいいんか~いイイイい!


県民投票公式サイトから



辺野古移設反対が多数を占めた県民投票の結果を受けても、安倍政権が「基地負担を軽減するため辺野古に新基地を作る」と沖縄を愚弄する言葉を吐き続けるなら、もはや島はさらなる苦難を承知で独立を志向したほうがいいのかもしれない。

その場合沖縄が味方に付けるべき相手は中・露・北朝鮮のうちの1国。または3国全て。民意を無視する安倍一強はしょせん独裁体制。毒をもって毒を制する。

逆転の発想もある。アメリカをたきつけて沖縄独立を後押しさせるのだ。これも毒をもって毒を制するコンセプトの一つである。

トランプ米大統領はゴロツキ独裁政治家という意味で習近平、プーチン、金正恩と何も変わらない。彼が北朝鮮の独裁者とウマが合うのもそれが理由だ。

安倍強権内閣と鋭く対立している今の韓国も沖縄のパートナーになり得る。韓国に「恨の心」がある限り彼らは沖縄の屈辱も理解するだろう。

懸念は沖縄がそれらの大国に呑み込まれて、安倍政権下の“植民地”状態を脱して新たに彼らの「植民地」になってしまうことだ。韓国や北朝鮮でさえ沖縄に較べれば大国だ。

沖縄が中国に於ける「チベット化」を避けるには、大きな知恵と勇気と策略が必要だ。そこを踏まえて熟考に熟考を重ねて行動を起こさなければならない。

幸い沖縄には、大国の間隙を縫って独立を保った奇跡のミニ国家、琉球王国の伝統とノウハウがある。それを活かせば道が開けるだろう。

だが沖縄が目指すべきは断じて琉球王国の再興ではない。琉球王国とはなにか?それは幕藩体制の日本や当時の世界のほとんどの国と同様の、未開で野蛮な超独裁国家に過ぎない。

琉球王国の場合は、その上に「ミニチュアの」というまくら言葉が付くだけだ。未開の、超ミニチュアの、超独裁国家が琉球王国なのである。

沖縄はそんな邪悪な国家体制を目標にしてはならない。琉球王国は蔭なるものである。

沖縄は民主主義体制の、貧しくても「“明るい”沖縄共和国」を作り上げるべきだ。

個人的には僕は沖縄の独立には真っ向から反対する立場である。

だが沖縄が本気で独立に向けて立ち上がるなら、そしてもしも必要なら、僕はここイタリアを引き払ってでも、故郷の島に移り住み闘いに参加しようと思う。

そうなった暁には、人生またさらに面白くなるゾ。




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臭豆腐が台湾をダメにする



煮られる臭豆腐?600



プロローグ

2019年1月の台湾旅行は思いがけない展開になった。街の異臭と不衛生な環境に終始悩まされて、期待していた本場の台湾料理及び中華料理を満喫することができなかった。異臭の最たるものは「臭豆腐」。そこに様々な中華香辛料やそこかしこに漂う下水臭が加わって不潔感を高め、食欲がすっかりを殺がれてしまった。

ニーハオ!臭豆腐

臭豆腐のにおいの洗礼は旅の始めに来た。台湾桃園国際空港 から電車で台北駅に降り立ち、広大な地下街を通って宿泊予定先のホテルに向かって歩いているとき、ふいに鼻もひん曲がるほどの悪臭があたりに漂った。地下街の一角に臭豆腐を提供する安食堂があって、あたりににおいを撒き散らしていたのだ。

逃げるように地下街を離れて地上に出た。しばらく歩くと道路わきに淀む下水溝の臭気が鼻を突いた。先を行くと今度は多種類の香辛料に染められた中華風の空気臭に出会った。通りに軒を連ねている開け放しの飲食店や屋台風食堂などがにおいの元だ。

下水の異臭は東京渋谷の裏通りにも沖縄宮古島の中心街などにもあるにおいだ。不快だが知っている分スルーしやすい。また中国風の香辛料のにおいも種類によって好悪はあるものの耐え難いものではない。

しかし、先刻の駅地下街で嗅いだ強烈な臭豆腐の「腐臭」にかく乱された嗅覚には、知っている筈のかすかな臭気も異様に拡大誇張されるようで極めて不快だった。不運にもその気分は、旅の全体を特徴づけるほどの出来事になってしまった。

臭豆腐の正体

臭豆腐は豆腐を発酵液に漬けて風味を付けた食品である。有機化合物のインドールなどが含まれることによって糞便臭がある、とされる。中国大陸が発祥の地で、どちらかというと大陸の南部地域で人気があり台湾でも良く食べられている。

臭豆腐が「におう」食べ物という程度の知識は、台湾を旅する前の僕にもあった。しかし食べたことはもちろん見たこともなかった。初めて嗅いだ臭豆腐のにおいは僕に言わせれば、糞便どころか、いわば糞便をさらに腐敗させたほどの強烈な臭みに感じられた。「腐臭」といっても良かった。

臭豆腐はしかし、臭い食べ物の「臭み」 の数値としては、鮒寿司や納豆やヤギ汁や焼きたてのくさやなどよりも小さく、科学的にはそれほどまでに臭い食べ物ではないという見解もある。しかし、繰り返すが、僕にとっては「鼻もひん曲がる」ほどの悪臭で、どうにも我慢ができなかった。

しつこいぞ臭豆腐

ホテルにチェックインしてひと休みした後、街の探索に出かけた。ホテルは台北駅から徒歩で数分の繁華街にある。賑やかな通りを歩き出すとほぼ同時に先刻の下水の臭いに行き合い、やがて輻輳した香辛料のにおいが“当たり前に”濃く漂ってきた。

そこまでは驚きつつも不快感を抱くことはなかった。ところがしばらくすると、駅の地下街で嗅いで卒倒しそうになった臭豆腐のけたたましい臭気が、再び襲いかかってきた。事態を呪いつつ気落ちしつつ、追われるようにさらに早足でそこを離れて別の通りに出た。臭豆腐の恐怖の臭気からは開放されたが、すっかり食欲を失い街への興味さえ失ってしまった。

その日は食べそびれていた遅い昼食を、なんと日本レストランの吉野家の牛丼で済ませた。夕食は気を取り直して、なんとか台湾料理を食べようと街を探索した。しかし思いは沈んだまま離陸しない。臭気にまみれて不潔っぽい通りの店で食事をする心持にはどうしてもなれないのだった。

くたびれるほど歩いた挙句に、偶然行き会った日本風の居酒屋を見つけた。ほっとしてそこに入店。少しの肴をつまみつつビールを飲んだ。食欲がなかった。旅の初日はそうやって、臭豆腐の腐臭に痛めつけられて「仕方なく」日本食を味わう羽目になった。

だがそれだけでは終わらなかった。臭豆腐の悪臭はその後、台北の街なかでも、夜市の巨大マーケットでも、さらには古都の九份でも、執拗にまとわりついて食欲を殺ぎ、街の景観や空気にもそれの「臭色」が塗りこめられているような錯覚までもたらした。

日中衛生観念比べ

翌朝、ホテルの食堂での朝食体験も僕の食欲にプラスの効果はもたらさなかった。バイキング形式のホテルの朝食食材は、種類が豊富で見た目も素晴らしい。味も良さそうである。

ところが、ふと見ると前に並んでいる客が次ぎ次ぎにしゃがんでは立ち上がる仕草を繰り返している。料理用の取り皿が、食材が並べられたカウンターの下、ごった返す人々の足元のあたりに並べられているのだ。

僕は大げさではなくぎょっとした。人の足は食物を食(は)む口腔とは遠いところにある。そして人の足元には穢れがある。外を歩けば人は足裏で犬猫の糞尿を踏むこともある。足はほこりや垢やゴミの類にも触れる。

さらに言えば、日本人は大切な人や恩義を感じる相手には「足を向けて寝られない」と表現するほど、足元の穢れや不潔を強く意識する。だから日本のどんな田舎の宿でも、僕が知る限り、食器を足元に並べることはあり得ない。

臭豆腐の強烈なにおいに遭遇したときほではないものの、僕はそこでも強い違和感を覚えた。ホテルは近代的でおそらく衛生環境にもそれなりに気を遣っている。それなのに汚い足元に食器を置いて平然としているのである。

足元の皿ヨリ600


そこでふと思ったのは、台湾を含む中華世界と日本との間にある衛生観念の懸隔だった。清浄へのこだわり感は人々の生活が豊かになるに連れて向上するのが普通だ。日本人も日本の街も昔は不潔だった。だが国が豊かになるに連れて衛生状況は著しく改善していった。中華社会も同じ道筋をたどると考えられる。

それでも彼我の清潔感のあり方には根本的な違いがあるのではないか、ともいぶかった。というのも中国は既にかなり豊かな国であり、台湾に至っては多くの局面で先進国の域に達している。従って衛生的にもかなりの水準に達していると見るべきだ。

それでいながら台北の街のそこかしこには、前近代的と形容してもいいような不浄さも見られる。その感覚はもしかすると根本的に改善されるものではなく、例えばホテルの食堂が食器を客の足元に並べて動じない精神風土などが、そのことを象徴的に示しているのではないか、と思ったりもするのである。

見所満載の故宮博物院

次の日はかねてから計画していたように国立故宮博物院を訪れた。朝の10時過ぎに入館し、5時間以上も展示を見て回った。昼食は食べず、その間に口にしたのは持ち歩いているペットボトルの水だけだったが、空腹を感じなかった。

博物院内の展示物の圧倒的な美と迫力に酔いしれていた。同時に膨大な数の中国人観覧客の、けたたましい動静を観察することに心を奪われてもいた。

だがそれよりもなによりも、そこまでに体験した臭豆腐の向かうところ敵なしの「大腐臭」と街の異臭に気圧されて、すっかり食欲が萎えて気持ちが沈んでいた、というのが真実だった。

その後台湾を離れるまでには、少しの中華料理も楽しむことになるが、その旅では同伴している妻も僕も実は体重を減らしたのである。特に妻の減量は顕著だった。

圧巻の夜市

屋台がひしめく夜市にも足を運んだ。夜市は中国や台湾を含む東南アジアに多く存在する夜のマーケット。昼間の暑さを避けたい人々が大量に繰り出してにぎわい、屋台や売店や雑貨露天商などがひしめいている。中でも屋台を中心とする「食」のマーケットが目覚ましい。

訪れたのは台北最大とされる士林夜市。そこには人々の食への飽くなき欲望が集積し渦巻き暴れているようなエネルギーが充満していた。料理人とウエイターと食べる者たちの話声と共に、人々の咀嚼音が爆音となって耳をつんざくのである。圧巻の光景がえんえんと続いていた。

カメラのシャッターを切り続ける僕に、料理人やウエイターらが呼び込みよろしく声高に店に入るように誘うが、全く食欲をそそられなかった。なぜならそこにも例によって臭豆腐の悪臭が充満していたのだ!

少しは慣れたものの、またもや臭豆腐の「腐臭」に当てられてウンザリしていた。それでも夜市にあふれるすさまじい量の食材の躍動と、食を満喫する人々の腹からの歓喜がかもし出す雰囲気とを大いに楽しんだ。

レトロな村にも臭豆腐

旅の最終日、北部台湾は大雨に見舞われた。それでも計画通りに台北の街を離れて遠出をすることにした。映画「悲情城市 」で世界的にも有名になった九份 を訪れるのである。

赤提灯列と雨の雰囲気600


雨に打たれながらレトロな九份の路地を巡り歩いた。傘もあまり役に立たない土砂降りの雨の中を歩くのはひどく骨が折れた。しかし、暗天のおかげで昼間にもかかわらず提灯の光が映えて詩的な風景が広がっていた。

ノスタルジーを誘う光景の中、通りには観光客目当ての土産物店や食堂や食料品屋が軒を連ねていたが、僕らはそこでも急ぎ足に先を目指した。いまいましいことに、そこでもやはり臭豆腐の腐臭が通りに充満していたのだ。

臭豆腐があっても台湾が好き

臭豆腐に呪われたような旅を救ったのは、台湾の人々の「人の良さ」だった。店員やタクシー運転手やホテルマンや従業員や、さらには道行く人々の誰もが友好的で親切でやさしい。人々が観光客を大事にしていることがてきめんに分かるのである。

あるときは通りを行く見知らぬ人が「私たち台湾人の運転は乱暴だから車道から離れて歩きなさい」と笑いかけ、年配の女性はバス代の小銭がなくて立ち往生している僕らの分も、とコインを運賃箱に投げ込み、電車内で隣り合った別のおばさんは「年始のプレゼントに」と干支のイノシシ絵の暦を妻の手の中に押し付けた。

台湾ではそんな具合に行き逢う人、行き交わし行き過ぎる人たちでさえ気さくで親しみやすい。島国の人は時として閉鎖的だが、島国である台湾の住民は
「心を開くことが観光立国の最重要事案」、というコンセプトを生まれながらに知り尽くしてでもいるかのように、人懐っこさがいかにも自然体で好ましいのである。

ああ、それなのに、それなのに、今回の旅に限って言えば、人の良い台湾の人々が作り出し育て充実させたに違いないもの、つまり妻も僕も大いに楽しみにしていた間違いなく旨いはずの台湾料理が、少しも食欲をそそらないのだった。

臭豆腐の「腐臭」は四泊四日(最終日はAM3時起床6時半出発)の台湾旅行—正確にはほぼ全行程が台北滞在—の期間中、まるで呪いのように僕らの周りにまとわりついて旅の喜びを半減させ食欲を完全破壊し続けた。

僕は「いつか臭豆腐のない台湾を見てみたい」と切実に思った。今も思っている。



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オヤジには「アレルギーバケツ理論」が似合う



紅斑拡大600




還暦過ぎの男が突然アレルギーに見舞われた。食物アレルギー「らしい」。まだ正式な検査をしていないので「らしい」と書くが、薬剤師や医師によればおそらく食べ物、それも魚介だろう、という診たてである。

体中に紅斑ができ、顔も真っ赤になり鼻下から顎までの皮膚がかさかさに乾燥するようだった。かゆみや痛みや緊張はそう強くはなかったが、不快感が大きい。

ところが病院で医者にかかるまでもなく、付き合いの長い薬剤師の処方した薬で効果てきめん、症状が目に見えて収まった。そこまでがイタリアでの話。

すっかり良くなって安心して帰国した。薬のあまりの効果抜群ぶりに気を良くして、というのか、妙に自信を得て、東京でも帰郷先の沖縄でもあらゆる料理を普通に食べ続けた。いや、食べまくった。

クリスマスを故郷の島で過ごした夜も魚介類を含む多くの料理を食べた。するとその翌日再び症状が出た。島の診療所で診察を受け、アレルギーの薬を処方してもらった。

しかし今回はあまり薬の効果がなく、顔と上半身に見えるアレルギーの症状が収まらなくなった。それは新年を経て台湾旅行をする間も執拗に出つづけた。台湾では魚介料理を一切食べなかった。

台湾から沖縄に戻り、病院の皮膚科を訪ねて塗り薬を処方してもらった。アレルギーの薬を飲むかたわら皮膚に塗り薬をすりこむと、嘘のように症状がやわらいだ。

イタリアでは飲み薬が効き、日本では塗り薬がてきめんに効果を発揮した。だがそれが何を意味するのかは医師も良くは分からないらしい。イタリアに戻って徹底的に検査をしてもらうつもりでいる。

イタリアでの検査は150種以上の食物へのアレルギー反応を調べると聞いた、と医師に告げると、日本ではそんなに多くの種類の検査はない、と驚いていた。どうやらイタリアのアレルギー医療は悪くないらしい。

帰国前にイタリアで最初の症状が出たとき、実はすぐに検査をすると決めていた。だが日本へ帰る直前だったので、迷わずに先送りにした。

また既述したように症状も薬ですぐに収まったので、検査は日本から戻ってからで構わないと思った。そればかりではなく、病気を少し甘く見てしまったきらいもある。

反省すると同時に、良く言われる「アレルギーバケツ理論」というのは正しいのではないか、と真剣に考えたりしている。これまで何の問題もなく食べ続けてきた魚介に当たった(らしい)ことが不思議でならないのだ。

「アレルギーバケツ理論」とは、生まれながらに持っている自分の体内のアレルゲンの入れ物(バケツ)があふれると突然発症する 、というもので俗説であり間違いだとされる。

だがアレルギー反応の説明には、境目や境界やボーダーなどを意味する"閾値(いきち)"というコンセプトもあって一筋縄ではいかない、と言われるのもまた現実だ。

要するに、誰でも持っている可能性があるアレルギー発症のスイッチが、いつどこでどのように反応するかはまだ謎のままなのである。

これまでいつでもどこでも、食べたいだけ食べてきた魚介類に、拒絶反応が起こって突然発症したのは、僕の体内のアレルゲン貯蔵庫が満杯になって溢れてしまったから、と考えれば辻褄があうようだ。

要するに僕は、生まれながらに決められていた食べるべき魚介類の量を既に消費してしまい、もうこれ以上は食べてはならない、と神様に告げられたようなものだ。

だが僕は、魚介が食べられないなら死んだ方がまし、と思うほど海鮮料理が好きだ。必ず原因を突き止めて、その素材(タコかエビか貝が怪しい)だけを除いてまた食べまくってやる、と決意しているのである。



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五つ星運動と同盟にも見るべきところはある



大EU旗に小イタリア旗重なってはためく


11月24日、イタリアのコンテ首相と欧州委員会のユンケル委員長は予算案をめぐって協議した。以後、2019年度のイタリア予算案に関する同国とEUの軋轢はどうやら緩和されつつある。

首相と委員長は、互いの見解の相違を埋めるためにイタリアとEUが作業を続け対話を絶やさないことで合意。結果、イタリアとEU双方が鋭く対立していた空気がにわかに和らいだ。そこにはイタリアポピュリスト政権の譲歩がある。

イタリア政府の実質上の首班であるディマイオ及びサルヴィーニの両副首相は、彼らの主張する政策が予算案に盛り込まれる限り、GDP比率2,4%とした財政赤字目標を引き下げても構わない、とそれぞれ述べた。

望ましい方向に事態が動き出したのは、温和な手法と物腰で国民的人気を集めつつあるコンテ首相の手柄だが、いうまでもなくその背景には極論主義者である政権党の五つ星運動と同盟の軟化がある。

イタリアの過激論は国内の政治勢力が四分五裂している分、反対勢力を取り込もうとして過激派がより穏健派へとシフトする、というのが僕の持論である。

過激論者あるいは極論者の五つ星運動と同盟が先鋭な主張を和らげたのは、EUからの強い批判と修正圧力に加えて、イタリア独特のその政治風土が影響したと考えるべきだ。

連立政権を組む両者は、ひと口で説明すれば極左と極右のポピュリスト政党、というくくりが該当する組織であることに変わりはない。しかし、彼らの主張の全てが悪だとは僕は考えない

五つ星運動の看板政策のうち、一律一月あたり10万円余の現金を貧困層にバラまく(ベーシックインカム保障)という主張は、常軌を逸した愚策である。

イタリア政府にはそんな財源の余裕はなく、なによりも10万円余りもの現金を受け取る国民の多くは、働く気をなくしてますます失業者が増えるのが目に見えているからだ。

社会の分断と格差が開いて貧困にあえぐ人々が増大している。それらのうち真に生存の危機にさらされている人々は言うまでもなく救済されなければならない。

だが膨大な数の国民に現金を配るとする五つ星運動の施策は、国の援助や保障を「当然」と考える傾向が強い国民性を考えた場合、とても正当な策には見えない。人々は悪知恵を絞って無償の金を激しく希求するだろう。

特にイタリア南部に巣食う犯罪組織の存在も不安を掻き立てる。マフィア、カモラ、ンドランゲッタなどの犯罪グループは、あの手この手を使って政府支出の公的資金を食い尽くそうとしのぎを削るに違いない。

犯罪組織の被害に遭うのは、政府が救いたいとする貧困層の人々そのものである。悪のシンジケ-トは、あらゆる局面でそうであるように、弱者を食い物にして肥え太る。ベーシックインカムの数兆円の多くが、彼らの懐に納まるのは既定の路線、と断じても過言ではない。

だが五つ星運動は、弱者に寄り添う姿勢の延長で、特権にどっぷりと浸っている国会議員の給与や年金を削る、とする良策も推進している。

またベルルスコーニ元首相に代表される腐敗政治家や政党を厳しく断罪することも忘れない。6月の連立政権発足にあたっては、連立相手の同盟にベルルスコーニ氏を排除しろ、と迫って決して譲ることがなかった。

一方同盟は、反移民を旗印にする排外差別主義政党である。アメリカのトランプ大統領を賛美し、フランスの極右政党国民連合を始めとする欧州の極右政党と連携を強めている。

彼らは個人事業者を中心とするイタリア北部の富裕層の支持を背景に勢力を拡大した。本来は五つ星運動の基幹政策であるベーシックインカム保障策には真っ向から反対の立場だが、連立協議の中でしぶしぶ受け入れた。

その代わりに彼らは一律15%の所得税導入を声高に叫ぶと同時に、五つ星運動に同調して年金給付年齢の引き下げも主張。彼らもバラマキ政策が十八番なのである。

同盟の施策の中で唯一賛同できるのは、自己防衛の厳格化だ。イタリアでは外国人による凶悪犯罪が増えている。いうまでもなくイタリア人犯罪者のそれも多い。

強盗に襲われた者が殺害されるケースも増大し、それに従って銃などの武器で反撃する被害者も増えた。ところが被害者の護身行為を過剰防衛として非難する人々もイタリアにはまた多い。

その大半は同盟の右派強硬路線に反対するリベラル勢力である。彼らは強盗に襲われ、殺害されても被害者は黙ってそれを受け入れろ、と主張しているようなものだ。そんな理不尽が許されていいはずがない。

それに対して同盟は、強盗に襲われた被害者の反撃を全て正当防衛と認めろ、と主張している。そうなれば過剰防衛が増大するのは目に見えている。しかし、そもそも他人の家や施設に侵入すること自体が間違っている。

「殺される前に殺す」といえば物騒だが、被害者が自己防衛のために行動を起こすことは止むを得ない状況ではないか。僕はその点では同盟の言い分を支持する。

また彼らが「不法な」難民移民を受け入れない、とする施策にも賛成せざるを得ない。地中海を介してイタリアに流入する難民移民は後を絶たない。

イタリアはほぼ無制限にそれらの人々を入国させ、一部はイタリア自身にまた大半が他のEU諸国に移動し居住する手助けをしてきた。だがそれは財政的にも心理的にも限界に近づいている。

厳しい政策を実施することで、真に困窮している難民や移民までもが排斥される危険が生じる。いや必ずそうなるだろう。残念なことだが、イタリアはいったんその方向に動いて、今後の方策を冷静に固める時期に来ていると思う。

EU信奉者である僕は、五つ星運動と同盟の主張や政策の9割ほどには違和感を持つ。しかし彼らの信条の1割程度にシンパシーを感じるのも事実だ。

そしてその1割程度の主義主張とは、イタリアに「革命的変革」をもたらすほどにインパクトのある政策ばかりだ。EUも重要だが、そのEUとイタリアの強烈な変革もまた必要、と思うのである。

イタリアの予算案をめぐる合意、つまりイタリア側の赤字目標引き下げの具体的な数字とEUの受け入れはまだ先の話で、双方の駆け引きとけん制と化かし合いは依然として止まない。が、とにもかくにも対話が継続されるのは僥倖である。



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インスタントラーメンから見える中国の国力



出前一丁4袋800ぴc
中国製“出前一丁”


かつては日本の製品の猿まねをしただけの、臭くてまずくて多分不健康な中国製ラーメンは、今や日本のそれと見分けがつないほど品質が向上した製品も出ている。

日本製ラーメンのクォリティーをしのぐものもやがて出てくるに違いない。それとももう出ているのかもしれないが、今日現在は僕は知らない。

日本に帰国する度に、大量の本とインスタントラーメンを買い込んでイタリアに戻るのが、長い間の僕の習いである。

本は自分のため。ラーメンは家族と自分のため。息子2人も妻も日本製のインスタントラ-メンが好きである。イタリア人友人らに贈ることもある。

毎回100食以上を持ち込むが、けっこう早く食べ切ってしまう。そういうときに中国で生産されてアメリカ経由でイタリアに入る(らしい)日本製品を買うことも過去にはあった。

どういう仕組みなのか、味噌ラーメンなどの日本オリジナルのものも中国製という触れ込みで出回っていた。ところがこれがほとんど偽物といってもよい品で臭いがきつい。

ラーメンを固める油が劣悪であるのが原因らしい。だが乾燥具材や粉末スープは日本で買うものと変わらなかった。

そこで 揚げ麺だけを別に茹でて水を捨てる方法で臭いを消し、別の鍋で乾燥具材と粉末スープと共に再び調理をする、という迂遠な方法をとった。それでも臭いがかすかに残った。

そういう製品は最近は見ない。その代わりと言って良いかどうかわからないが、中国や韓国製のインスタントラーメンがアジア食品店などを席巻している。

最近、日本原産でたぶんライセンス生産をしている「出前一丁」を食べる機会があった。麺の臭みはほとんど無く、日本製とは風味が違うが、それほど気にならない味がした。

「出前一丁」は早くから香港や台湾でも大人気になったブランドだが、初めの頃はやっぱり麺の臭みがあった、という話を聞いた。

その体験を踏まえて、完全に中国生産の即席ラーメンを買っておそるおそる食べてみた。こちらも日本製品と遜色のないクォリティだった。

ラーメンの品柄の向上は、そのまま中国の経済成長と裕福を反映している、とつくづく思う。貧しい中国国民が豊かになって、ラーメンの味にうるさくなったから麺の臭みがなくなったのだ。

当然過ぎるほど当然の成り行きだが、少し前までの中国産物資のお粗末を見ている僕の目には、まぶしいほどの変化に見える。

イタリアの市場を席巻していた日本製の家電製品などが、韓国製や中国製に取って代わられて日は浅いが、その状況はますます広がっている。

もしかするとインスタントラーメンもそんな運命にあるのかもしれない。もしそうなれば僕はむしろうれしい。

なぜならそうなった暁には、わざわざ日本まで帰らなくてもイタリアのこの場で日本製と同じおいしいラーメンが手に入る、ということなのだから。。。


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日本料理に土下座する中国人の悲哀



600Gigante寿司コーナー
田舎のスーパー内の中国人経営寿司コーナー


史上初の米朝首脳会談が明日に迫って、イタリアも世界も騒がしい。くわせもの同士のトランプさんと金委員長の腹のうちがどうであれ、対話をすることはすばらしいことだ。

たとえそれが対話のための対話であっても、いがみ合いののしり合い、ついには武力行使に至る可能性を秘めた緊張対立よりはずっと良策だ。対話は暴力への抑止力なのだから。

対話がすぐに問題解決をもたらさなくても、それは十分に問題解決への「きっかけ」になり得る。敵愾心をむき出しにして、ひたすら「圧力を」と叫ぶだけのどこかの国の宰相の無知無策よりはましだ。

ここイタリアでは、アジアパワーの象徴としては、北朝鮮よりも中国と日本が圧倒的な存在感を示しつづけている。その一つが食に関する中国人の動き。

最近イタリアでは、中国人が日本食レストランを次々に開いて、寿司や刺身を筆頭に日本食をあたかも「彼らのオリジナル」であるかのごとくに装いイタリア人客に提供している。

僕の住む北イタリアの田舎町においてさえ、中国人がスーパーで寿司コーナーを開いて、日本のビールや酒、食料品などと共に毎日販売している。

彼らは中国を想わせるものは一切展示せず、販売員の装いまで日本風に統一して商売をしている。ほとんどのイタリア人客は彼らを日本人だと思い込んでいるようだ。

そんな現実を目の当たりにすると、日本食や文化の人気が高いのがうれしい反面、釈然としないものも感じる。嘘と卑屈の重奏がちょっと悲しい。

つまり彼らが日本人を装う嘘と同時に、往々にして偉大な中華料理と文化に自信を持てないでいるらしい卑屈。

後者に関しては、田舎町は言うまでもなく、ミラノ市内に星の数ほどあった中華料理店が次々に姿を消している現実が、それを裏付けているように思う。

消えた中華料理店の代わりに、中国人が経営する「日本レストラン」がにょきにょきと所かまわずに姿をあらわしたのである。

再び言う、僕の住むミラノ郊外の田舎町においてさえ、寿司レストランがそこかしこに開店し、開店し続けている。目を見張るばかりの光景なのだ。

回転寿司店もイタリア中を席巻している。正確に述べると、値段が高く傷みやすい魚(寿司)を少なくして、春巻きなどに始まる中華食も共に載せて回転させる、いわば寿司と中華のミックス回転テーブル。

中々の抜け目のなさだが、新鮮さが命の寿司ネタと、長持ちする揚げ物が中心の中華皿が、一緒くたになって流れる回転テーブルの様子はあまりぞっとしない。

それらは日本食ブーム、日本レストランの流行、という時代の流れであり要請である。したがっていつまでもその現象が続くことはないだろう。終わりのない流行はない。

そうはいうものの、日本食とイタリア食の次くらいに中華料理が好きな僕は、事態が早く「普通」に戻って、安くておいしい中華料理を見、食べたい気がしないでもないのである。


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電子書籍が待ち遠しい



本積みややヨリ600
帰国の度に文庫本と即席ラーメンを大量にイタリアに持ち込む


2、3年前、海外居住者だけに提供されるサービスを利用して、生まれて初めてインターネットで雑誌を買った。文藝春秋と週刊文春。

一つ一つの記事の「魅力のなさ」と、その割には値段がべらぼうに高いのにおどろいた。雑誌の場合には、読者が読みたい1本1本の記事を選んで買える仕組みを作るべき、と強く感じた。

読み物や報道などのWEB上の有料サイトは基本的にそういう仕組みになっている。課金されないサイトも僕が知る限りはそういう形式が多いように思う。

その後帰国した際、いつものように両誌を買って読んだが、「普通に」面白い記事もあると思った。WEB上で購入して読んだとき、あれほど魅力がないと感じたのは、おそらく有料だったからだろう。

僕は今のところは有料の報道や雑誌のサイトを利用していない。利用する必要を感じない。無料で読める多くの優れたサイトで情報を収集している。 WEBの文藝春秋と週刊文春はそれらを凌駕するものではなかった。

それでも高い金を払わされた、という違和感が影響していたのだと思う。また購入した雑誌が「自分の物」になってPCなどに保存できず、読むときはいちいち「保存庫」ともいうべき別のサイトにログインして読むわずらわしさにもあきれた。

購入したモノが自分の手元にない、という現実の心理的な影響はかなり大きいのではないか。買った週刊誌はほとんどの場合は読み終わったあとに捨ててしまう。それでもその気になれば一冊を丸ごと取っておいたり、記事を切り抜くなどして「手元」においておくことができる。

WEB版ではそういうことができない。金を出したのに「自分のモノ」感が皆無なのである。購入後、自分のPCなりの機器に保存していつでも閲覧できれば少しは気分が晴れるかもしれない。

それでも無料サイトがあふれているネットの世界では、文藝春秋と週刊文春またその他の雑誌が大きく値引きをして販売しても、生き残るのは難しいように思う。内容や体裁や製本や文体などなどの総体が、いかにも「古色蒼然」としているのだ。

手にとって読む紙の雑誌の場合には、その「古色蒼然」感がうれしい。ネット上では感覚がまるで違う。ずっと紙の雑誌に親しんできた「オヤジ」の僕でさえそうなのだから、ネット世代の若者たちに受け入れられるには革命的な変化が必要だろう。

僕は電子書籍の全面的な到来を心待ちにしている者のひとりである。電子書籍は今でもネットで買えるが、サイトをのぞいてみると買える本の種類が圧倒的に少ない上に、購入して読むためには新たに端末が必要だとか、うるさくて全く魅力を感じない。

紙の本はなくならないだろうし、またなくなってほしくない。が、海外にいてもあらゆる本がインターネットで買えるようになる日がくれば、日本国内でのメリットも多くあるはずである。それは特に若者に顕著という本(読書)離れに歯止めをかける切り札になる可能性もある。

今ある物足りないサービスではなく、新刊の小説やベストセラー本や新説や見解が満載の新書等々を含む、一切の書籍が電子書籍になってWEB上で手に入る日が待ち遠しい。1年に1~2度帰国する度に大量に本を買い込む、という古くから続いている習慣はまだ捨てられない。

今年2月の帰国の際も、いつものように文庫本を大量に買ってイタリアに戻った。最近はハードカバーや新刊本はよほどのことがない限り買わない。かさ張り、値段が高い、という理由のほかに、僕の読書が文庫本になった多くの本に追いついていない、という現実がある。それは電子書籍になってもおそらく変わらないだろう。読みたい本や読むべき本が無数にある。。。
 
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マタレッラ大統領が新たに首班指名



マタレッラ600pic


伊マタレッラ大統領は、コンテ首相候補が組閣を断念したことをうけて、国際通貨基金(IMF)で財務局長を務めたエコノミストのカルロ・コッタレッリ氏を首相に指名し、組閣要請を出した。

64歳のコッタレッリ氏はIMF時代にはイタリアの公共支出を削減し「ミスター・予算カット(シザーズ)」とあだ名された。がちがちのEU信奉者である。

イタリアでは過去に何度も実務者(テクノクラート)による中立政権が樹立された歴史がある。予算成立や次の選挙法などを成立させるのが主な目的で結成される。

五つ星運動、同盟、イタリアの同胞の3党は、コッタレッリ内閣を信任しない可能性が高い。また「大統領弾劾は無責任」と述べていたベルルスコーニ元首相のFI党も、不信任投票をすると表明。

それらの勢力が反対すれば、コッタレッリ内閣を支持する有力政党は民主党だけとなって政権運営は不可能になる。そうなった場合、早ければ9月にも総選挙の可能性がある。


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反EU 伊新政権の危うさ

過半数を制する政党がなかった3月4日の総選挙を受けて、イタリアの政治不安が続いている。支持率1位の五つ星運動と2位の同盟は、議席を合計すれば過半数に達することから連立政権樹立を目指してきた。

5月21日、両党は政権合意に達し首相候補として法学者のジュゼッペ・コンテ氏をマタレッラ大統領に推薦。ところがその直後にコンテ氏の学歴詐称問題が飛び出して、政権発足が再び頓挫しそうな状況に。 

大統領はもともと五つ星運動と同盟の連立政権には懐疑的な立場。両党は分かりやすく言えば左右のポピュリスト(大衆迎合主義)勢力。バラマキとも批判される政府歳出の大幅な拡大と「反EU(欧州連合)&反移民差別主義」をかかげて支持を伸ばしてきた。

増大する難民・移民への反感はイタリアのみならずEU各国に共通した現象。イタリアの特異な点は2010年に始まった欧州債務危機の後遺症からまだ回復していない点だ。EU圏内最大の約300兆円もの累積債務を抱えて呻吟している。

EUは借金を減らせ、緊縮財政を続けろ、とイタリアに強く迫っている。ところが五つ星運動と同盟は、EUと合意している財政緊縮策をほごにして政府支出を大幅に増やすと主張。マタレッラ大統領はそこに異議を唱えている。

彼は憲法の規定によって首相候補の認否権を持つため判断が注目されている。

財政赤字を解消するどころか、さらに借金を増やそうとする連立政権は船出をすれば即座にEUと対立するだろう。新政権は最悪の場合、英国に続いてEUからの離脱を要求するかもしれない。

それは自殺行為と形容しても過言ではない愚かな策だ。たとえ「反EU」を掲げ続けても、連立政権はEUとの対話を模索し決して離脱を考えるべきではない。


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学歴詐称の未来のイタリア首相は日本人に似ているかも



コンテ常時流通




学歴詐称の真相

連立政権樹立を目指すイタリアの五つ星運動と同盟は、首相候補として弁護士で大学教授のジュゼッペ・コンテ氏(Giuseppe Conte54歳)を推薦した。

ところがコンテ氏が学歴を詐称しているのではないか、という疑問がとつぜん飛びだして騒然となり、マタレッラ大統領が彼を首班に指名するというシナリオも白紙に戻りそうな状況にった。

しかしマタレッラ大統領は、コンテ首相候補との長い会談を経て、彼に組閣要請を出した。学歴詐称問題はメディアが騒ぐほどの問題ではない、との判断が下されたのである。

学歴詐称問題は、コンテ氏が短期に学んだというニューヨーク大学の記録にその記述がない、という報道から火が点いて一気に燃え上がった。

コンテ氏の学歴にはニューヨーク大学のほかに英ケンブリッジ大学、仏ソルボンヌ大学、米イェール大学でそれぞれ短期に学び、オーストリアやマルタの大学での短期受講なども含まれている。

結局それらは、勉強熱心だった若かりし頃のコンテ氏が、休暇や空き時間を利用してせっせと世界中の大学に通い、交流し、体験を積み重ねた過去を書き連ねたもの、という程度のことらしい。

陰謀説

ニューヨーク大学の反応の速さと、直後の騒ぎの広がり方の激しさに驚いた人々は、五つ星運動と同盟の連立政権構想に恐怖感を抱く「体制」側の陰謀ではないか、との疑問も呈していた。

そこでいう体制側とは、まず誰もが思い浮かべるのがベルルスコーニ元首相とその周辺だろう。元首相は五つ星運動とほとんど「陰惨な」と形容してもよいような政治衝突を続けている。

そこに朋友だった同盟が五つ星運動と連立を組み、元首相と同盟党首のサルヴィーニ氏との間にも齟齬が生まれ始めた。元首相はいま「恨み骨髄に徹する」心境であろうことは容易に推察できる。

また元首相は、彼に科されていた公職追放処分をミラノ地裁が破棄したことを受けて、選挙に立候補し再び首相職を目指すこともあり得る、と公言している。

元首相は、2013年に脱税容疑で有罪判決を受け、議員資格を剥奪された。同時に6年間の公職追放処分も科された。が、ミラノ地裁は彼の行動が模範的であるとして先日、刑期を前倒しして免責処分とした。

それに気を良くしたベルルスコーニ元首相は、五つ星運動と同盟が共に推薦する首相が誰になるのか一切わからなかった数日前には、「我こそ首相にふさわしい」と臆面もなく発言したほどだ。

そんな元首相が、自らが所有するメディア王国の情報収集力を縦横に使って、「どこの馬の骨ともしれない」コンテ氏の首相昇格を阻むために動いた、と想像するのは荒唐無稽とは言えない。

もっともその意味では、五つ星運動および同盟と犬猿の仲にあるレンツィ元首相と、彼が支配する民主党主流派にも、同じ嫌疑がかかって然るべきである。

元妻の証言

突然脚光を浴びたジュゼッペ・コンテ氏は、人柄の良い生真面目な人物であるらしい。風貌にもそれが現れているように思うが、僕は一つのエピソードを知ってさらにその感を強くした。

コンテ氏は10歳の男児の父親だが妻とは離婚している。その別れた妻、ヴァレンティーナさんが次のように発言したのだ。

“私の元夫に対する誹謗中傷は馬鹿げている。ジュセッペはすばらしいイタリア首相になるでしょう。彼の履歴には嘘はありません”と。

離婚は世の中のありふれた不運だ。だが別れた相手を尊敬し、また尊敬される関係でいるのは、決して「ありふれた」ことではない。

僕はコンテ氏の元妻の発言に、彼の人柄の良さがにじみ出ていると感じて、少し心が温かくなったような気がした。

日本人vsイタリア人

コンテ氏の学歴詐称は、世界中の各大学での短期の受講や研究や交流などをこれでもかと、とばかりに書き連ねたことにある。

また休暇などを利用して授業に出る外部の学生の記録が、大学に残らないことは珍しくない。ニューヨーク大学の受講生記録にコンテ氏の名がなかったのは、そういういきさつなのだろう。

それにしても、有能な弁護士であり大学教授でもあるコンテ氏は、多くの「どうでもよい」学歴など無視して「フィレンツェ大学法学部卒業」と記せば済むことだった。

実をいえば学歴や履歴を必要以上にごちゃごちゃ書き込んだり、時には誇張とさえ見られかねない書き方をするのはイタリア人の特徴なのである。

そして実は、これが一番言いたいことなのだが、日本人も同じ性癖を持っている、と諸外国では見なされているのだ。

欧米の大学などでは、イタリアと日本からの留学生が携えてくる彼らの大学や担当教授の推薦文はよく似ている、という評価がある。どちらも言わずもがなのことをごちゃごちゃ記載しているというのだ。

学生に対する大学の推薦文は、普通は卒業証明と成績を簡潔に述べるだけだが、イタリアと日本からの推薦文は卒業証明と成績に加えて、身体頑健で活動的で明るいとか、外交的で思いやりがあり協調的などなど、「余計なこと」を書き連ねたものが多い、とされる。

イタリア人はほめまくることが好きである。人々が顔を合わせるとお互いに相手の様子を賞賛し、装いの趣味の良さに言及し、学業や仕事や遊びで相手がいかにガンバッテいるかと元気づけ合う。

続いて家族や恋人に言及して持ち上げ、誰かれの噂話をした後には再びお互いの話に戻って、これでもかこれでもか、とばかりに相手の美点を言いつづける。それが対人関係の全般にわたって見られるイタリア人の基本的な態度だ。

その流れで、大学や大学の恩師は学生をほめあげる推薦文を書き、一般的な履歴書や学歴紹介書でも、人々はこまごまと「自らと他人をほめる」 言葉を連ねるのである。コンテ氏の学歴紹介もそうした習慣によるものだろうと思う。

さて、ほめたり自慢することよりも、謙遜や慎み や韜晦が好きな日本人は、そうした態度が世界ではあまり理解されないことを知って、「外国向け」の履歴書や推薦文などを書くときに「正直」を期そうと懸命に意識する。

意識し過ぎるあまり、日本人は常軌を逸して思わず余計なことまで記載するのではないか、と思う。そうやっていわば明と暗、動と静、顕示と韜晦、のように違うイタリア人と日本人の文章が似たものになるのだ。

実体験

実は僕はそのことを体感する経験をしている。日本で大学を終えて英国の映画学校に入学しようとするとき、僕も東京の大学の卒業証明書と恩師の手書きの推薦書を持っていた。

映画制作の実践を教えるその学校は、入学の条件として学生が大学卒業資格を持っているか2年以上の映画実作の助監督経験があること、としていた。その上でオリジナルの英文のシナリオを提出させて考査する。

僕の恩師の推薦文には、まさしく日本人の性癖・慣習が顕著にあらわれていて「彼(仲宗根)は成績優秀で、健康で社交的でかつ協調性も強く云々」という趣旨のことがえんえんと書かれていた。

僕は全く優秀な生徒ではなかったので、「成績優秀で」のくだりはあからさまな嘘と言っても構わないが、それに続く健康で社交的で云々、という記述は、ま、あたらずとも遠からずというところだったろうと思う。

そうした感傷的な推薦文は、何度も言うように日本人とイタリア人に特徴的なものなのだが、僕はそのときはそれが当たり前だと考えて何の感慨も抱かなかった。

それがちょっと普通ではない推薦文だと知ったのは、何年か後にアメリカでドキュメンタリー制作の仕事しているときだった。ある大学関係者が笑いながらそういう事情を話してくれたのだ。

あれからずいぶん時間が経って今の状況は知らない。知らないが、ある意味でメンタリティーが水と油ほども違う日本人とイタリア人の、外国向けの履歴書や推薦文が良く似ているというのは面白い。

極論者は皆似ている

それぞれの国内向けの履歴書や推薦文は、イタリアと日本では違う部分もきっとあるのだろうが、いずれにしても双方共にあまり合理的ではなく、どちらかといえばやはり情に訴えたい気持ちがあらわな、感傷的で大げさなものである場合が多いのではないか。

履歴書や推薦文の世界でイタリアと日本が似ているのは、あるいは例えが突然かもしれないが、本来は違う道を行くはずの左翼と右翼が、過激に走って
「極左」と「極右」になったとたんに瓜二つになる、ということにも似ている。

嘘ではないものの、本来は書くべきではない些細な勉学の体験をいちいち書き連ねたために、まるで世界のトップ大学を幾つも卒業したのでもあるかのような印象を与えてしまった、未来のイタリア首相ジュセッペ・コンテ氏の学歴詐称にはそんないきさつがあったのである。


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マンチーニ監督は伊サッカーの救世主になれるか



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イタリアサッカーのナショナルチーム監督にロベルト・マンチーニが就任することになった。

マンチーニ監督は元セリエAサンプドリアの攻撃的ミッドフィルダー。正確かつ意表をつくパスを繰り出すのが得意で、得点能力も高かった。イタリアで言ういわゆるファンタジスタの一人である。

現役時代はいくつかのチームでプレーしたが、絶頂期を含むキャリアの大半をジェノバが本拠地のサンプドリアで過ごし、センターフォワードのヴィアリとのコンビは一世を風靡した。

イタリア代表選手でもあったが、同時代にはイタリア最高のファンタジスタ、ロベルト・バッジョが君臨していたため、彼の控えに回る不運が続いた。

引退後はSSラツィオのエリクソン監督の助監督になった。が、すぐに監督に昇格。フィオレンティーナを皮切りにラツィオ、インテル・ミラノ、マンチェスターシティなどを指揮した。

インテル・ミラノではセリエA3連覇を果たし、英国のマンチェスター・シティではチームに44年ぶりの優勝をもたらすなど、イタリア語で言ういわゆる「勝ち組監督(Vincente)」の1人であることを証明した。

だが一方で、マンチーニ監督には「スタープレーヤー」なしでは勝てない監督、という悪評もついて回る。批判者は同監督がインテル時代に、強力プレーヤー頼みの戦術に終始した過去を指摘するのである。

またマンチーニ監督は、イタリア国内リーグでは華々しい実績を残したものの、チャンピオンズリーグなどの国際試合に弱い、とも評される。これには現役時代にイタリア代表チームで実績を残せなかった歴史も影響しているかもしれない。

現在のイタリア代表チームには違いを演出できる優れたファンタジスタがいない。イタリアがW杯ロシア本大会への出場権を60年ぶりに逃したのは、指揮官のジャンピエロ・ヴェントゥーラ監督の失策、という根強い説がある。

だから彼は解任され、以後イタリアサッカー連盟(FIGC)は、勝ち組監督(Vincente )を求めて奔走してきた。そうやってマンチーニ監督が就任した。

ロベルト・マンチーニは優れた指揮官であり、勝ち組(Vincente)の監督だ。だから代表チームにポジティブな影響をもたらすであろうことは疑う余地がない。

しかしながら、いかに有能な監督であっても、優れた「選手を作り出す」ことはできない。代表チームの監督の最重要な仕事は、存在する優れた「選手を選択」することだ。選択して選手を自らの卓越した戦略に組み込む。

だが、前述したように今のイタリア代表チームには、例えばバッジョやデル・ピエロやピルロのようなスーパープレーヤーがいない。現役時代のマンチーニ監督自身に匹敵するほどのファンタジスタさえ存在しないのだ。

マンチーニ監督は、仏ニース所属フォーワードのマリオ・バロテッリを召集する計画である。バロテッリは一時期イタリアの救世主と見なされたものの失墜した、

バロテッリはファンタジスタではないが、疑いなく違いを演出できる選手だった。だが、いま僕が過去形で表現したように、2012年の欧州選手権大会をピークに転落して今は凡手になった。

マンチーニ監督はインテル時代に若いバロテッリを育てた。その後彼は活躍したが今述べたように不調に陥った。マンチーニ監督が彼を蘇らせることができれば、イタリア代表チームは確実に変わる。

だが「選手の選択」が仕事の代表チームの監督に、「選手を育てる」ことができるかどうかは未知数だ。付きっきりで監督指導できるクラブチームとは違って、代表チームの監督と選手の接触時間は短い。

その短い時間の間に、監督は選択召集した寄せ集めの選手をまとめ、戦略を練り、その戦略に選手を組み込み構成していく作業に追われる。選手を育成する時間はほとんどないのが実情だ。

そのことに加えて僕は「スタープレーヤーなしでは勝てない」とか、「国際試合に弱い」などという、マンチーニ監督のこれまでの実績への悪口も気にしないではいられない。

それでも勝ち組指揮官(Vincente )のマンチーニ監督が、バロテッリをかつての「スタープレーヤー」に仕立て上げ、「仕事の全てが国際試合」であるイタリア代表チームを、栄光に導く、と信じたい。


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文章が吹きすべれば暴力がもうかり喜ぶ



ペン持つ手600



文章の趣旨は基本的に読者には伝わらない、という真実を突いた怖い言葉がある。原因は書き手と読み手の両方にある。

言うまでもなく書き手がヘタで、読者に読解力がない場合、というのがもっとも深刻な要因だろう。だが、ひんぱんに起こるのは、書き手の思い込みと読者の思い込みによる誤解である。

書き手の思い込みは「書き手のヘタ」と同じ意味でもあるが、読者の思い込みは少し違う。読み手はいかに優れた場合でも、文章を「読みたいようにしか読まない」のである。

そのために同じ文章でも読み手によって全く違う解釈が生まれる。黒と白、という極端な違いはあるいは少ないかもしれないが、黒と白の間のグラデーションの相違、という程度のずれは多くある。

そこに読者の「感情」がからまると、違いは目に見えるほど大きくなる。

例えば暴力に関する記述に接したとき、それと同じシチューエーションで殴った側に立ったことがある読者と、殴られた側にいた読者の間には、文意にそれぞれの「感情」がからまって違う解釈になる可能性が高い。

あるいは恋愛において、相手を捨てた側と捨てられた側の感情の起伏も、文意の解釈に影響することがあると思う。

それどころか、女と男という性差も文章読解にすでに影響している可能性がある。女と男の物事への感じ方には違いがある。その違いが文章読解に作用しないとは誰にも言えない。

そうしたことを考えだすと書く作業はひどく怖いものに見えてくる。だが書かないと、理解どころが「誤解」さえもされない。つまりコミュニケーションができない。

人の人たるゆえんは、言葉によってコミュニケーションを図ることである。つまりそうすることで人はお互いに暴力を抑止する。

言葉を発せずに感情や思いをうちに溜めつづけると、やがてそれらは爆発し、人はこわれる。こわれると人は凶暴になりやすい。

それどころか、コミュニケーションをしない人は、いずれ考えることさえできなくなる。なぜなら「思考」も言葉だからだ。

思考思索の先にある文学は言うまでもなく、思想も哲学も言葉がなければ存在しない。数学的思考ですら人は言葉を介して行っている。それどころか数式でさえも言葉である。

さらに感情でさえ言葉と言えるのかもしれない。なぜならわれわれは感情の中身を説明するのに言葉をもってするからだ。

感情がいかなるものかを説明できなければ、他人はもちろん自分自身にもそれが何であるかがわからない。ただやみくもに昂ぶったり落ちこんだりして、最後には混乱しやはり暴力に走る。

暴力は他人に向かう場合と自分自身に向かう場合がある。自分自身に向かって振るわれる暴力とは、つまり自殺である。

暴力という苦しい且つ悲しい事態を招かないためにも、人はコミュニケーションをする努力を続けなければならない。

その努力の一つが、ここ最近は僕にとっての書くという作業であるような気がしないでもない。

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ベルルスコーニの読み方 ~ ベルルスカさんは不死身みたいで困ったぞ



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2011年に首相の座を追われ、2013年に脱税容疑で有罪判決を受け議員資格剥奪、また6年間の公職追放処分を科されていたベルルスカ(ベルルスコーニ)元首相が減刑された。

ミラノ地裁がベルルスカさんの公職追放を1年間前倒しして免責処分にした。これによって元首相は次の選挙から再び立候補できることになり、もちろん首相職を目指すことも可能になった。

ベルルスカさんは欧州人権裁判所に公職禁止処分からの解放を求めて提訴していたが、ミラノ地方裁の決定によって欧州人権裁判所への提訴は無意味になった。

ミラノ地方裁判所の決定は、FI(フォルツァ・イタリア)党首のベルルスカさんが、FIの所属する右派連合の同盟とポピュリストの五つ星運動が連立政権を組むことに賛成した直後に出された。

ベルルスカさんは自らの態度表明が早過ぎた、と地団太を踏んでいるかもしれない。1~2日待っていれば彼は潔白の身となって政治力を高め、五つ星運動と同盟の連立協議を阻止できたかもしれなかったのだ。

ミラノ地裁はまさにそのタイミングを見計らって決定を公にした可能性がある。スキャンダルと政治的横暴行為にまみれたベルルスカさんと、イタリア司法は犬猿の仲だ。司法が復讐した可能性はゼロではない。

しかし、ベルルスカさんの「悪運の強さ」は少しも減速していない。減速どころか、今後はますます強くなっていくのではないかとさえ僕は思う。

なによりも先ず政治的に「死に体」と見えたベルルスカさんが、81歳で完全復活を果たしたことが彼の運の強さをいかんなく示している。

そして総選挙後、右派連合の盟主の座を朋友党の同盟に奪われはしたものの、最後まで強い影響力を行使して同盟と五つ星運動に圧力をかけ続けた。

おしまいには前述のように2政党の連立合意を受け入れはしたが、イタリア政界を再び解散総選挙しか道はない、という瀬戸際まで追い詰め振り回した。

ミラノ地裁の決定で晴れて自由の身となったベルルスカさんは、それだけでも意気軒昂だが、遠いアジアからも彼を勇気付ける朗報が舞い込んだ。

マレーシアのマハティール元首相が、総選挙を制して政権奪取に成功したのだ。しかもベルルスカさんより11歳も年上の92歳で!

マハティールさんの前には、ジンバブエの94歳のムガベさんが、昨年まで大統領職にあった。彼は失脚したが、まだ返り咲きを狙っているという情報もある。

彼らに比べたらベルルスカさんなんて、まだ「若造か」というほどの年齢だ。

世界政治では「老害現象」が流行りつつあるようにも見える。ベルルスカさんより若いが、中国の習近平さんは、終身国家主席も夢ではない形に自らの権力基盤を磐石にした。

ロシアのプーチンさんもすごい。いまやロシア皇帝かと見まごうほどに権力強化にまい進し、こちらもいつまでも一強独裁の「大大統領さま」でありつづけようとしている。

あ、まだいた。日本の安倍晋三首相も「一強独裁」者みたいな顔をしている。モリカケなどであるいは近く墜落するかもしれないが。でも彼のオトモダチのトランプさんは独裁者よりももっと強烈な個性で吼えまくっている。

トランプさんも70歳代と「若者」だ。イタリアでは31歳と「子供みたい」なディマイオさんが五つ星運動の首相候補になるなど、世代交代も進んではいるが、
「若作り」のベルルスカさんもおおいに健在なのだ。

もしも五つ星運動と同盟の連立政権が発足し、やがて失敗し、総選挙にでもなれば、「やっぱりベルルスカさんがいい」と、イタリアの世論が懐古趣味に傾かないとも限らない。

それでなくても、いまだ同盟との提携を解消していないベルルスカさんは、五つ星運動と同盟の連立政権に強い影響力を持つことが必至だ。政権樹立と同時に、それの破壊を目指しての権謀術策をはじめることもないとはいえない。


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イタリアの若い女性が名誉殺人でまた犠牲になった



sana cheema切り取り
             パキスタンで父親と兄に殺害されたとされるsana cheemaさん(25)


再び、再三、再四、いや残念ながら何度も何度もくりかえし、「だからイスラム教徒はダメなんだ」と人々がつぶやいてしまう事件が、僕の住む北イタリアで発生した。

正確にいうと北イタリアではなくパキスタンでの出来事。パキスタン出身のイタリア人女性(25)が、久しぶりに訪れた故郷の町で父親と兄に喉を掻き切られて死んだ。

彼女は故郷で見合い結婚を迫られた。だがイタリアに「イタリア人の恋人」がいる彼女は、その話をはねつけた。

親が決めた結婚をしないのは家族への侮辱、と怒った父親と兄が彼女を殺害した。イスラム教徒によるいわゆる「名誉殺人」である。

そのニュースは、イタリアで彼女が住む街ブレッシャを中心にたちまち大きな反響を呼んだ。ブレッシャは僕の住む村からすぐ近くの街。ブレッシャ県の県都である。

ブレッシャでは以前にも同様の名誉殺人が発生して人々を震撼させた。19歳のパキスタン人女性が、イタリア人の恋人と付き合い「西洋風」の生き方をしている、という理由で父親と叔父に殺害されて庭に埋められた。

この事件はイスラム過激派のテロと連動して人々に深い衝撃を与え、イタリア人の中にある「テロリストと無垢のイスラム教徒を混同する」偏見差別を助長する結果になった。

そうした偏見差別はイタリア人に限らず、欧州のあらゆる国民の中に存在し年々拡大しているのが現実である。

若い女性が被害者になるケースが圧倒的に多い名誉殺人は、世界中で発生していて一年に5000件を数えるともされる。イスラム教国では特に多く、中でもパキスタンで多発する。

今回の事件もたまたまパキスタンで起きたが、イタリア国籍を持つ彼女が住む北イタリアのブレッシャでは、以前の事件のこともあり再び大きなニュースになった。

この件に関しては以前にも記事を書いたので、できれば参照していただきたい⇒子供は親の所有物(モノ)ではない




女子がついに「立ちションしてやる!」とキレたのはトランプ大統領への抗議行動、という噂はまだ聞こえてこないが・・



しょんべん小僧


「オーストリアの緑の党が女性の立ちションを推奨」という英文記事の見出しが目に入ったとき、僕は少しウンザリした。緑の党がたまにやらかす「やり過ぎ」事案だと直感したのだ。昨年の今ごろのことだ。

「緑の党→フェミニズム→女性差別に怒り→男は立ちション当たり前→ならば女も立ちションするべき」というような流れが僕の脳裏で一瞬にして起きた。女と男の「違い」を「優劣」と勘違い、あるいは曲解することから来る「おバカ」な主張なのだろうと思ったのだ。

すぐにサイトを閉じかけたが思い直して読んでみた。「勘違い」しているのは緑の党ではなく自分の方だとたちまち気づいた。

緑の党の主張は「日本以外の世界中のほぼ全ての国」に見られる、「不潔な公衆便所」への対抗手段としての「女性の立ちション」のすすめだったのだ。

専門家を招いて立ちションがしやすくなるように女性を訓練する。どうやって?⇒運動によって骨盤を進化させる、という論理である。なるほどと思った。

イタリアを含む欧州の公衆便所は汚い。国によって多少の違いはあるものの、例えば清潔な国というイメージがあるスイスの公衆便所でさえ、「日本に比べると」汚い、と僕は実際に体験して思う。

それは男性用トイレの話である。女性用は知らない。知らないがガサツな男どもが使う側と違って、女性用トイレは清潔なのではないかと漠然と考えていた。記事を読むとそうではないことがわかる。そこもやっぱり不潔なのだ。

そんな汚い公衆トイレだから、座って用を足す女性にとってはきっと悪夢のような場所なのだろう。だからせめて小用ぐらいは男のように立って済まそう、というわけだ。まっとうな話である。

ところがその記事に対しては誹謗中傷するコメントが殺到した。醜い、ばかばかしい、恥知らず、女を貶めるな、など、など。

それらのコメントはもしかすると、僕が冒頭で勘違いしたのと同じことを思った人々が発しているのではないか、と感じた。

女子の立ちションは、エログロナンセンス並みのコンセプト、と見なしているのだ。つまり彼らの多くは記事を読まずに見出しだけを見て怒っているのだ。また実際に読んだ者であっても、「女性はこうあるべき」という思い込みの強い人々なのだろう。

その人が男である場合、彼の脳裏には男性用小便器に向かって排尿する女性の姿があるに違いない。それは下半身をさらけ出して用を足している女性像である。滑稽でグロテスクでさらにエロい要素もあるそのイメージを、男は糾弾しているのだろう。

だが、そこで考察されているのは、女性用トイレにおける、つまり密室の中での女性の立ちションである。密室の便器も汚いからそこに腰を下ろしたくない。だから立ったままで用を足そう、という議論だ。

男性用小便器の前で女性が並んで用を足していれば、それは確かに異様な光景だろう。だがそうではなく、あくまでも個室の中での女性の立ちションなのだから、誰の目にも触れない。そのどこが悪い?とも僕は思うのだけれど。

記事を読み終わって僕はすぐにこうも思った。骨盤を鍛えたり変容させるなどのつらい作業をするぐらいなら、なにかの道具を用いればいいのではないか、と。つまりロート状の用具・・と思いついたので試しにインターネットであたったら何のことはない、既にそういう用具は存在する。

女性の立ちションを推奨する女性たち(多分女性だろうと思う)が、そのことを知らないはずはない。なのにあえて骨盤体操などの体の矯正を持ち出すのは、便利な用具の「不便」が頭にあるからなのだろう。つまり不潔な物を持ち歩く憂鬱、かさ張る、携帯忘れの可能性、など、などの。

骨盤体操も用具の携帯も大いに面倒くさそうだ。それらを避けるには結局トイレを清潔にすることだが、それが難しいから珍奇なアイデアが出てきた。なかなか難しいものだ。

ところで一つ不思議なことがある。女性読者が非難コメントにこう反論しているのだ。「尿で便座が濡れまくっている女性トイレを知らない男には、女性の立ちションを非難する資格はない」と。

上から散水してそこら中を濡らす危険がある男の立ちションと違って、座って小用を足す女性がどうやって便座を濡らすのだろう?

考えられるのは、腰を下ろさず立ったままで排尿をする女性がすでにいる、ということではないだろうか。その人はきっとトイレが不潔だから立ちションをしたのだ。不潔の悪循環。

もしかすると女子トイレって、男の想像を絶する悲惨な場所なのではないか、と僕は少しこわくなったりもしたのだった・・お・わ・り・


ローマのコロッセオが小便臭いわけ



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立ちションはイタリアではひどく高くつく。

先日(2018年3月13日)、フィレンツェのど真ん中のシニョリア広場の銅像脇で立ちションをしたアメリカ人の男が、警察につかまって130万円の罰金を科された。

また昨年は19歳の男子学生がジェノバで立ちションをして、同じ額の罰金を科された初めての違反者になり、大きなニュースになった。

かつては『街路または公園その他公衆の集合する場所での立ちション』はイタリアでも軽犯罪法で禁止されていた。

だが2016年初頭、立ちションは「犯罪(前科のつく)」の範疇ではなくなる代わりに、5000(約65万円)~10000ユーロ(約130万円)の罰金が科されることになった。

たかが立ちションごときになぜこんなにも重い罰金刑なのかというと、イタリアの観光地では歴史的建築物やアート作品などへのヴァンダリズムが後を絶たないからである。

ヴァンダリズムで最も多いのは壁や建物などへの落書き、そして破壊行為。イタリア人は広場などで飲み食いをする行為を含む、観光地での迷惑行為もヴァンダリズムと連動して捉える傾向が強い。

彼らは「立ちション」もヴァンダリズムの一種と考えているフシがある。

イタリアの街なかでの観光客による立ちションは後を絶たず、フィレンツェではアメリカ人の若い女性がタクシー乗り場で放尿して、その様子をビデオカメラで撮られたりもしている。

余談だが、イタリアの街なかでの放尿事件は、男女を問わずアメリカ人観光客によるものが多いような印象がある。

タクシー乗り場で(しゃがんで)立ちションをした米国人女性は、おそらく体調が悪いなどのやむにやまれぬ事情があったのだろう、と僕は同情と共に推測する。

同時に国が新しいアメリカ人はもしかすると、イタリアの古都の歴史的建築物や施設を目の当たりにすると、心に何かのスイッチが入って尿意を催す、なんてこともあるのだろうか、といぶかったりもする。

立ちションへのイタリア人のこだわりは、ローマ帝国にその起源があるのかもしれない。それというのも古代遺跡のコロッセオが、立ちションならぬ公衆トイレの小便のおかげもあって建設が可能になった、という歴史があるからである。

円形闘技場のコロッセオは、皇帝ウェスパシアヌス治世の(紀元)70年頃に工事が開始され、10年後に完成した。

ウェスパシアヌスが莫大な費用がかかるコロッセオの建設を決めたのは、市民(国民)を闘技場で遊ばせることで、彼らの支配者への不満をそらせようという意図があった。

当時のローマ帝国の財政は破産寸前だった。ウェスパシアヌス帝は財政逼迫を押してコロッセオ建設を進めると同時に、財政立て直しのための大胆な政策も次々に遂行した。

その一つがいわば「立ちション(小便)税」ともいうべき、尿取引に課した前代未聞の税金。ローマ市中に公衆便所を設置し、そこに溜まった尿を国家が売買し課税したのだ。

古代ローマ人は尿を貴重な資源として重宝した。尿にはアンモニアが含まれ衣服に付いた油やしつこい染みなどの汚れを 落とす効果がある。そこで洗濯用にそれを用いた。

また尿はなめし革製作にも使われ、果ては歯を白くするホワイトニング効力もあるとまでみなされて、人々の熱い視線がそそがれていた。

アイデアマンの皇帝ウェスパシアヌスは、そこに目をつけた。市中に公衆便所を施設して尿を集め汲み取り業者に売買させ課税したのである。

画期的なその事業はローマ帝国の苦しい財政の一助になった。だが国家がションベンの売り買いにたずさわるという行為を、下品だとして非難する政敵や官僚などの有力者も少なくなかった。

ウェスパシアヌスの息子ティトゥスもその一人だった。そこでウェスパシアヌスは、公衆便所事業で稼いだ金を息子の鼻先にかざして「これは臭いか?」、と聞いた。金はもちろん無臭である。ティトゥスはひと言も反論できなかった。

金銭には貴賎はない、と説いたウェスパシアヌスのその叡智はつまり、(金銭に)貴賎があらわれるのはそれを使う人の本性による、という真理の別表現である。

ウェスパシアヌスは、それを息子に語ったとされるが、実際にはローマの元老院や広場などで政敵や批判者を向こうに回して演説をしたのではないか、と僕は思う。だから史実として言い伝えられてきたのだ。

ウェスパシアヌスが息子のティトゥスに諭した、というのはおそらく後世の人々の作り話である。人生哲学は「父から子への贈り物」として語り継がれたほうが面白く重みもでる。

ティトゥスは父の後を継いでローマ皇帝になった人物だ。在位は2年間と短かったが彼の政治家としての評価は高い。偉大な父とその背中を見て育った偉大な子の物語の誕生である。

ともあれ、財政難の中で工事が始められた壮大な建造物コロッセオは、人々のションベンのおかげもあってそこに存在することができた、というめでたい話である。

たかが立ちションに130万円もの罰金を課すイタリア人のメンタリティーは、永遠の都ローマの歴史でもひもとかないと、僕のような外国人には中々理解できないのである。

ケガの功名




伝わらない文意

僕が左肩脱臼と打撲の大ケガをしたのは、2007年のことである。

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上半身包帯ぐるぐる”の写真を見た方々からのお見舞いコメントはありがたかった。が、少し戸惑いもした。負傷したのは、今も言ったように、ほぼ11年も前のことだからだ。



普通に文章を読めば障害は過去のことだと分かると思うのだが、書き手の僕のヘタの悲しさで、文意がうまく伝わらなかったようである。

いただいたコメントの中に「携帯なし、山中のなかからどうやって生還したのか気になります」という指摘があって、あ、と自分の思い込みに気づいた。

生還のいきさつはこれまでに何度も書いていて、僕にとってはすでに説明済みのことだったのだ。書き手の思い込みは要するに「文章のヘタ」と同義語である。

例えば2007年8月、僕はケガについて新聞のコラムに次のように書いた。

先日、南アルプスに川釣りに行って、左肩脱きゅうと打撲で全治一ヶ月余の大けがをした。

僕は釣りが好きである。かつては海釣り一辺倒だったが、海まで遠いイタリアの内陸部に居を構えてからは、近場の湖や川での釣りも覚えた。

今回は森林監視官で秘密の釣り場を多く知っているイタリア人の友人と2人で出かけた。クマも出没する2千メートル近い山中である。

険しく、緑深い絶景が連なる清流を上るうちに、なんでもない岩に足を取られて転倒した。肩に激痛が走って僕は一瞬気を失い、身動きができなくなった。救急ヘリを呼ぼうにも携帯電話は圏外で不通。たとえ飛んできても救助は無理と思われる深い谷底である。

友人に担がれるようにして沢の斜面をあえぎあえぎ登り、獣道のような隘路に出た。そこで彼が車を取りに行き、僕は悪化する肩の痛みとクマの恐怖におののきながら道脇に2時間近くうずくまっていた。

以来1ヶ月、僕は上半身をぐるぐると包帯で固められて、書斎兼仕事場にこもりきりである。

書斎兼仕事場は自家の葡萄園に面していて、今年は8月6日に始まったヴェンデミア(葡萄の一斉収穫)の様子をそこの窓から眺めた。本来は9月末のイベントであるヴェンデミアは、温暖化のせいで近年は異常に早くなった。地球は確実に何かに侵されている。

同様に、なんでもない岩に足を取られて転倒した僕の体も、もしかすると温暖化ならぬ「老残化」現象に侵され始めたのではないか、と窮屈で
「熱い」上半身を恨みながら少し憂うつになったりもする日々である。




火事場の≪肉体の≫馬鹿力

転倒後、沢の斜面を登って獣道にたどり着けたのは、今にして思えば奇跡的な出来事だった。屈強で且つ山に詳しい友人のマリオがいなければ、とても達成できなかっただろう。

斜面は急峻で、木々や草やその残骸、また土の盛り上がりや石塊や岩盤などの障害物で埋めつくされている。

友人のマリオは僕の体を時には支え、時には右腕だけでしがみつく相手を引き上げたりしながら、それらの妨害を掻き分けてひたすら上方を目指した。

僕は「火事場の馬鹿力」で彼によく並びまた追いて行った。必死のサバイバル行が呼び覚ました僕の中のエネルギーは、まさに「火事場の馬鹿力」だったのだと思う。

左肩の激痛と疲労に翻弄されながら、僕の決して強いとは言えない身体は、友人のマリオの勇猛で果敢な動きによく応えたのである。


火事場の≪精神の≫馬鹿力

実はその時の僕の中には、いわば精神の「火事場の馬鹿力」も沸き起こっていた。左肩とその周辺の痛みは、「耐え難い」という表現が侮辱に思えるほどの巨大な苦難だった。

僕は生還を目指して懸命に動きながら、胸中で(もう気絶するだろう)と繰り返し自らにつぶやいていた。同時にそこには、我慢の限界を超えた苦辛そのものを「客観的に見よう」、と努力している自分もまたいたのである。

言葉を変えれば僕は、覚めた意識で「痛みそのものを凝視しよう」と心魂を集中させていた。するとそこには開き直りに似た強さが生まれた。消極的な諦めの感情ではなく、飽くまでも痛みに向かって神経を集中させることからくる、いわば「攻めの強さ」だ。

激痛を感じつつ僕はその激痛を受け入れることで、あたかも痛みを感じない時の平穏な心の状態になっていた。

それは決して「痛みを感じない」とか「痛みに打ち勝った」とかいうことではなかった。いうなれば激痛は感じながら激痛に平然と対峙している、というような状況だったのである。

自分の中に秘められていた、その思いがけない「強さのようなもの」は僕をとても勇気付けた。

僕は臆病な人間であり、痛みに叫び声をあげる人間であり、それどころか痛みを怖れて逃げることさえ辞さない類の男だ、とずっと信じてきた。

それだけに自分の中にある 、いわば「肝っ玉」にも似た気力の存在は大きなおどろきであり、喜びだった。

科学的解説

「火事場の馬鹿力」とは科学的に説明すれば、緊急時に体内に満ちるアドレナリンによって運動能力が高まることである。それに伴って脳内に神経伝達物質の β-エンドルフィンが分泌され、痛みを感じることが少なくなると考えられている。

従って僕の心の動きはそうした身体の自然作用によって起こっていた、と結論付けることができるかもしれない。だが僕は意識を集中して「痛みを凝視しよう」と自分を鼓舞し、自身に確かに繰り返しそう語りかけてもいた。

その結果は、決して痛みが無くなったということではなく、いわば「僕の意識がその痛みと共生している」というふうだったである。痛みはあるが痛みに寄り添いつつそれに対抗してもいる自分が確実にいたのだ。

もっと言えば、アドレナリンや β-エンドルフィンは、僕の体内で勝手に分泌されたのではなく、僕が意識して痛みに立ち向かうことによって活性化された、とでもいうような感じがしてならない。

曖昧な記憶あるいは回想

急斜面をあえぎ登っていくときに僕の身体に満ちていた「「火事場の馬鹿力」 は前述の通りだが、実は僕の《精神の「火事場の馬鹿力」 》がどのあたりで生まれたのかは定かではない。

高く険しい斜面を上りきった後、僕は隘路脇の草に囲まれて2時間ほどうずくまっていた。その間じゅう僕は、やはり前述したように激痛を凝視し続けていたのだ。

マリオが車を回してきて、そこからさらに3時間近くかけて麓の救急病院に着いた。車の中でも、また病院で治療開始を待つ間も、僕は相変わらず精神を集中して痛みと対峙していた。

一連の心の動きは、斜面を登っている間に始まったのだと思うのだが、僕には正確な時間の記憶がない。それはおそらく崖を登りきるまでにどれくらいの時間がかかったか覚えていないことと関係がある。

僕の時間の記憶は、崖を登りきって隘路脇にうずくまるあたりから鮮明になるのである。痛み以外は全てが少し落ち着いて、僕は腕時計を見る気持ちのゆとりを取り戻したのだった。

エピローグ

あとになって斜面の登りにかかった時間を友人のマリオに訪ねると、彼も必死に動いていたのでよく覚えていない、としながらも「1時間程度ではないか」語ってくれた。おそらく妥当な長さだろう。

そうすると事故発生から治療開始までは、少なくとも6時間が経過していたことになる。あらゆる負傷がそうなのだろうが、脱臼は特に、すばやく治療をすることが完治への鍵だとされる。

事故発生から6時間という時間が影響したのかどうか、僕の負傷は癒えた後もリハビリに半年以上を要し、しかも肩は完全には元に戻らなかった。ほぼ11年が経過した今も痛みや違和感を覚えつつ過ごしている。

いずれにしても僕はそのケガのおかげで、自分の中にあるひそかな胆力(のようなもの)を発見し、釣り一辺倒だった自分の興味が大地の営みにも向かうという僥倖にもよくした。

左肩脱臼は僕にとって、字義通りの「けがの功名」だったのである。


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