サッカー欧州選手権

あくびが出たサッカー欧州選手権

優勝杯を掲げるロナウドとチームtate300pic


4年に1度の祭典「サッカー欧州選手権」2016年版は、6月10日に開幕、7月10日に幕を閉じた。

そのうち優勝決定戦を含む後半トーナメントを、南イタリア・プーリア州サレント半島の海のコテージでテレビ観戦した。

一ヶ月にも渡った大会は珍しく退屈なものだった。

2年前のワールドカップ、さらにその2年前のサッカー欧州選手権、と興奮しながらテレビにかじりついていたことを思うと、奇妙な成り行きだが紛れもない事実だった。

理由はいくつもある。

贔屓のイタリアチームに少しも魅力を感じなかったこと。

イタリア以外の強豪国、英独仏スペインなども陳腐なパフォーマンスを繰り返すばかりで、やはり魅力的と呼ぶには程遠いチーム状況だったこと。

出場チームが16から一気に24に増えて、ワインを水で割ったのでもあるかのように薄味、いや悪趣味になったこと。

出場枠が水増しされたおかげで参加できた弱小チームのアイスランド、ウエールズ、またベルギー、ポーランドなどが勝ち進んで、違和感があったこと。

それとまったく矛盾するが、それらの弱小国が勝ち進む意外な展開は同時に、ちょっと魅力的ではあったこと。

とはいうもののその魅力には、強豪国の不調がもたらす退屈をカバーするほどの力はなかったこと。etc、etc...

2008年から世界サッカーを席巻してきたスペインの常勝トレンドは、2014年W杯で完全に終わって、同大会の優勝チーム・ドイツの常勝トレンドが始まったと見えた。

ところが、どうやらそれは僕の思い違いだった。

少なくとも欧州においてはドイツの圧倒的優勢は無く、トレンドという意味ではいわば端境期(はざかいき)にあるようだ。

イタリア、ドイツ、スペインなどの強豪が不振の中、弱小チームが活躍したり、ダークホースのポルトガルが優勝したりしたのも、トレンド端境期の混乱がもたらしたもの、という見方ができなくもない。

C・ロナウドの強さを意識するファンは、僕がポルトガルをダークホースと呼ぶことにあるいは違和感を覚えるかもしれない。

だがポルトガルは、C・ロナウドの天才を別にすれば、凡庸なプロたちの集団だ。そしてサッカーは決して1人ではできない。

他との違いを演出する1人の(あるいは複数の)優れた選手を囲む、残りの選手たちの質でチームの強弱が決まるのだ。

C・ロナウドを支えるポルトガルの10人の選手の集団の能力は、強豪国の独仏伊スペインなどを凌がない。むしろそれらの国より劣る。

だが、ポルトガルにはC・ロナウドがいる。他の国々はC・ロナウドを有さない。だからポルトガルが勝った。それだけのことだ。

つまりC・ロナウドは、他国よりも劣るチームメートの10人の力の足りない部分を補って、さらに余りある能力があることを証明した。

決勝戦でのC・ロナウドの負傷退場でさえ、彼自身の力量を示すエピソードの一環になった。

頼みの綱のキャプテンを失ったポルトガルは、強い衝撃を受け危機感に打ちひしがれた。結果、いつも以上に奮起して力を出し切った。だから優勝できた。

他のチームに、たとえC・ロナウド級は無理でも、“違い”を演出できる優れた選手が備わっていれば、ゲームの一つひとつはきっともっとずっと面白かったに違いない。

それがない分、各ゲームの内容は凡庸で面白みに欠ける、と僕は感じた。

一対一ならC・ロナウドに匹敵する力を持つ選手はいた。例えばスウェーデンのイブラヒモヴィッチだ。

だがイブラヒモヴィッチ以外のスェーデンの10人の選手の能力の総体は、ポルトガルより劣る。イングランドにも負ける。

ましてや強豪国の独仏伊スペインなどの足元にも及ばない。だからスウェーデンは中々勝てない。

イタリア・セリアAのテレビ生中継なども仕事にしてきた僕は、W杯や欧州選手権などのビッグイベントの際には、中継現場にいない場合には特に、逸る心のままに記事を書きまくることが多い。

が、今回の欧州選手権ではゲームを逐一と形容してもよい頻度で観戦していたにも関わらず、記事をアップする気持ちがまったく起きなかった。

僕は結構あくびをかみ殺しながら各試合を観ていた。決勝戦でさえ、C・ロナウドの負傷、退場にまつわる両チームの心理動静を別にすれば、実に退屈な試合だった。

それは冒頭の理由に加えて、繰り返しになるが、総合能力が高い英独仏伊スペインなどの強豪国に「違いを演出できる」傑出したプレーヤーがいなかったことによる。

そうした状況が僕の目には端境期と映るのだ。

トーナメントは進み、終わった。僕はその間まったく記事を書かなかった。書く気分になれなかった。

今やっと、不完全燃焼のまま時間が過ぎた状況を書いておく気になった。


欧州サッカーの変革は人種混合によってももたらされる



ヨーロッパで最も人気の高いスポーツであるサッカーは、欧米社会を映す鏡であり時代の息吹の投影でもある。白人が当たり前だった欧州各国の代表チームには近年、アフリカを筆頭に、アジア、中南米、東欧、オセアニアなどからやって来た、移民の子孫が多く選ばれている。いわば人種混合、あるいは人種のるつぼ的なナショナルチームが増えているのである。

先日終了したばかりの2012年欧州選手権で、イタリアを準優勝に導いた立役者の1人、マリオ・バロテッリはその象徴的存在。スーパーマリオと愛称される彼は、ガーナ人移民の子としてシチリア島のパレルモ市で生まれ、3歳の時にイタリア人夫婦の養子となった。そして18歳になってようやくイタリア国籍を取得した。

スーパーマリオ・バロテッリは、6月28日に行なわれた欧州杯の準決勝で、優勝候補のドイツを蹴散らす2点ゴールを挙げたことで、晴れてイタリア国民から同胞としての認定を受けた。イタリア人は認めたがらないだろうが、それまではこの国の多くの人々が、彼を手放しでイタリア人と見なすことをためらっていた。スーパーマリオがイタリア国籍を有していることを知っていながら、である。

低迷期に入っていると見なされているイタリア代表チームは、それまでのドイツチームの快進撃の前にすっかり萎縮してしまっていた。歴史的に対ドイツ戦にはめっぽう強いイタリアも、今回ばかりは勝てないだろう、という空気がサッカーファンの間に充満していた。スーパーマリオはそんな折に、目の覚めるような2つのシュートをドイツゴールに叩き込んで、ドイツを撃破してイタリア中を狂喜・興奮させた。

英雄はまたたく間に、肌の色とは無関係に「本物の」イタリア人になり、イタリアサッカーの救世主と見なされることになった。それは別に珍しい出来事ではない。ある事象の転換点で、歴史上ひんぱんに見られる何かの始まりを告げるビッグバンであり、或いは「終わりの始まり」を示す象徴的な事件なのである。

つまり、イタリアサッカーはここから人種混合に向かい、それが当たり前になり、同時にイタリア社会はより人種差別の少ない、寛容で開かれた精神に富むものになって行くであろうことを示唆している。人種差別が終わりを告げ、鷹揚(おうよう)が始まったのである。むろんそれは一朝一夕には完成しない。これから長い時間をかけてゆっくりと変わって行くことだろう。が、変化への「きっかけ」は確実に作られたのである。

スーパーマリオ・バロテッリが、幼い頃からイタリア社会で人種差別に遭い続けて、強い反発心を育んで来たのは良く知られている。状況も意味合いも違うが、欧州選手権での彼の活躍は、1955年12月1日に米国で起きた、ローザ・パークス事件にも通じる大きな出来事であるように僕には感じられる。

ローザ・パークスは、バス車中で白人に座席を譲ることを拒否して逮捕され、それが黒人による大きな公民権運動のきっかけになった。ローザ・パークスが引き起こしたような巨大なビッグバンではないかも知れないが、スーパーマリオの活躍が誘発したイタリアの、ひいてはヨーロッパ社会のさらなる変革の「始まり」は、それなりに重大なものである。

人種差別主義から包容力のある共生社会へと生まれ変わる明るい兆しは、欧州選手権の準決勝でイタリアと戦って敗れたドイツにも見ることができる。ここからは少し言いづらいがあえて書いておこうと思う。

白人の優越を心の片隅にいつも思っている「全ての」欧米諸国民の中でも、よりその傾向が強いように見えるドイツにおいては、アフリカ系人種のドイツ代表入りはもちろん、同じ欧米諸国内からの移民選手の代表入りでさえ極めて難しい雰囲気があった。事実、イギリスやフランスやオランダなどとは違って、歴史的にドイツの代表チームには有色人種(黒人)の選手はいなかったのである。

それはバロテッリ登場までのイタリア、また近年驚異的な強さを誇り続けているスペインなど、ドイツと並ぶサッカー大国でもほぼ同じであり、それらの国々とイギリス、フランス、オランダなどとの違いは、もっぱら過去の植民地の有無や大小、さらにそれぞれの国の現在の移民政策の違いなどによる、と説明されることが多い。

それは一面の真実ではあるが、そこにはやはり心理的な壁がいつも立ちはだかっていた、ということもまた否定できない事実である。いわば100%の白人国ドイツ代表チームに、黒人などありえない・・・という風な。しかしドイツは最近、大きく変わった。代表チームに「純粋の」ドイツ人ではない選手が多く選出され、今や彼らがドイツ代表チームの主流になる勢いである。

例えば20012年欧州選手権における有色人種及びルーツがドイツ系ではない代表選手は:

アフリカ系がジェローム・ボアテング、チュニジア系がサミ・ケディラ、両親がトルコ人のメスト・エジル。そしてスペイン系のマリオ・ゴメス。さらに、かつてドイツが侵略蹂躙したポーランド出身の選手さえいる。ミロスラフ・クローゼ、ルーカス・ポドルスキーの2選手である。

それらの「移民系ドイツ人選手」の中でも特に、メスト・エジルは重要である。二重国籍を持つ彼はトルコのナショナルチームへの登録を断ってドイツを選んだ。ドイツチームの中心的存在であり、メスト・エジルあっての現在のドイツチーム、と言えるほどの優れた選手である。

だがドイツの変容のそのはるか前に、イングランドチームは黒人やインド系のプレーヤーを代表選手に起用し、フランスも少し不自然な形ながら、人種混合チームで1998年のW杯初制覇や2000年の欧州杯優勝を成し遂げている。

不自然な形と言うのは、国を挙げての熱狂的なサッカー愛好気風(イタリア、ドイツ、イギリスのような)の中から、自然発生的に多くの黒人選手が出てきたというよりも、サッカーの国際的な水準を引き上げるためにフランスが国を挙げて様々に画策した結果、他に選択肢のない貧しい移民の息子たちが、サッカーを通して人生のサクセスストーリーを紡(つむ)ぎ出して行く、という現象が起こった。その典型が世界サッカーの至宝の1人、ジネジーヌ・ジダンである。彼は言うまでもなくアルジェリア移民の息子である。

僕の独断と偏見で意地悪く言えば、たかがサッカーごときには白人の「おフランス人」は心を動かされない。それは貧しい移民たちが夢中になって取り組めばいいこと。本物の「おフランス人」は文化と芸術と学問に夢中になっているものなのだ・・というような。

フランスサッカーは、ジダンと共に戦った多くの移民系選手によって1998年に初めてワールドカップを制し、その2年後に2度目の欧州杯制覇を遂げた。だがその後は低迷している。それは、英独伊のように国民が真からサッカーを愛する結果ナショナルチームが形成されたというのではなく、「計算づく」で代表チームが作られた、いわば「ニセモノの弱さ」という風に僕には見える。しかもそのニセモノの病気は重い。なぜなら、フランスチームの核になっているのは現在でも結局、カリム・ベンゼマに代表される「移民選手」に他ならないからである。

そうはいうものの、そして先に「おフランス人」と批判したことと矛盾するようだが、フランス社会はイタリアやドイツやスペインなどに比べると、移民に対してはるかに寛容である。人種差別や偏見をなくす努力も絶えず続けている。フランス社会はヨーロッパ各国の中では、イギリスとオランダと共に三大移民許容社会と言っても過言ではないだろう。そしてサッカーの代表チームが強いことよりも、社会が移民に対してより寛闊(かんかつ)であることの方が、はるかに重要であるのは言うまでもないことである。

なぜなら、欧州は今後ますます移民との共生を余儀なくされる世の中になって行くのは火を見るよりも明らかである。従って憎しみを育むだけの偏狭や差別や偏見は、絶えず捨てる努力をしなくてはならない。そしてそれは――突然のようだが――欧州から遠い我が日本にも当てはまる、全ての先進国社会の宿命であるように僕には感じられるのである。 

欧州危機さなかの欧州選手権(Ⅱ)



2012年の欧州選手権は6月21日に一次リーグが終わって準々決勝に進む8チームが出揃った。ドイツ、ギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガル、フランス、イングランド、チェコである。最後の2国を除けば、欧州財政危機の当事者たちがひしめいている、と言ってもいいような顔ぶれだった。結局、今回の欧州選手権を制したのはスペイン。2008年に続く連続優勝である。同国は2010年のワールドカップも制して、前人未到のW杯と欧州杯に跨(またが)る3連続優勝という快挙を成し遂げた。

 

選手権前の予想ではスペインが優勝候補の筆頭。続いてドイツ。さらにそれに次ぐのが2010年のW杯でスペインと優勝を争ったオランダ。その後にフランス、イングランド、イタリア、ポルトガルなどが一線に並び、ギリシャとチェコがそれに続くというような見方が多かった。ワールドカップの優勝回数が4回と、ブラジルの5回に続いて多い強豪のイタリアは、大会前には優勝候補の下馬評にも上がらなかった。2006年にW杯を制した後、イタリアは低迷期に入っていると見なされていたのである。

 

ところが、フタを開けてみるとイタリアは一戦ごとにじわじわと地力を発揮して、準々決勝でイングランドを破り、準決勝ではスペインと並ぶ優勝候補の最右翼と見られたドイツを撃破した。しかも、イングランド、ドイツ戦ともに相手を圧倒しての勝利だった。対イングランドは0-0の後のペナルティキック戦。またドイツとの最終スコアは2-1と接戦だったように見える。ところが試合の内容は両方ともにイタリアの圧勝だったのである。特にドイツを破った試合は大方の予想を覆す一方的な勝利だった。終始イタリアに押しまくられたドイツは、試合終盤にようやくPKを得て一矢を報いたという屈辱的なものだったのだ。

 

昇り調子のイタリアに比較して、もう一方のファイナリスト・スペインは不調のように見えた。準決勝のポルトガル戦では内容的に相手に押され気味。PK戦で辛うじて勝利したものの、スペイン得意のボール回しが単調で退屈、とまで酷評された。それでも決勝戦に駒を進めたのはさすが。それでも最終戦では、イタリアに苦しめられる、と誰もが考えはじめていた。

 

ところが、スペインは決勝戦ではイタリアを全く寄せ付けなかった。4-0という大差のスコア以上に、試合内容ではイタリアを完膚なきまでに叩きのめした。2年前のワールドカップも制した、従って現在世界最強と言い切っても構わないであろうスペインチームのボール回しのテクニックは、退屈どころか揺るぎない強さを示して燦然と輝いたのである。

 

スペインのパス回し、或いはボールポゼッション(ボールキープ、ボール保持)の高度なテクニックは、長い試行錯誤のあとに完成されたものである。それはスペインリーグの強豪バルセロナにも通じるプレースタイルである。スペインはその戦術を完成させることで2008年には2回目の欧州選手権優勝を果たし、その2年後の2010年には悲願のワールドカップ初優勝も成し遂げた。加えて今年の欧州選手権も制して、スペインサッカーの黄金期を確固たるものにした。

 

目の覚めるようなスペインチームのプレースタイルはヨーロッパサッカーを根本から変えた。それは特に、イタリア、ドイツ、イングランドの変容を見れば明らかである。一言で言うと:

 

「イタリアはスペインを模倣することでカテナッチョ(ディフェンス重視)の伝統を捨てた」

 

「ドイツはスペインを意識することで組織重視の四角四面のプレースタイルを変えた」

 

「イングランドはスペインに追随することで運動能力重視の縦パス一辺倒の陳腐な戦略を克服した」


・・とでもいうような。
 

それは他の全ての欧州チームの場合も同じ。スペインを目標にすることでプレースタイルが変わり、欧州サッカーのレベルが過去数年で一段と上がったのである。これは恐らく南米サッカーにも大きく影響していくだろう。

 

もう少し具体的に言おう。イタリアは2006年にワールドカップを制覇して通算4度目の栄冠を手にした。それはブラジルの5回に次ぐ快挙でドイツの通算3回制覇を上回る。W杯の優勝回数を基に判断するなら、イタリアはヨーロッパ最強のチームである。ドイツはその次の強さという考え方ができた。

 

スペインはそれまで欧州カップを2度手にしていたが、ワールドカップ優勝の経験はなかった。つまり、W杯1回優勝のフランスやイギリスにも劣り、欧州杯を2度制してはいるものの、同選手権1回制覇のオランダやデンマーク、或いは隣国のポルトガル等と同程度の実力、という具合に見なされることさえあった。権威のあるFIFAのランキングで世界一に輝いたこともありながら、である。

 

ところがスペインは2008年に欧州杯を制覇した頃から、世界サッカーの驚嘆児となった。徹底的にパス回しにこだわり、従ってボールをキープし続け、相手をパスで翻弄しながらじっくりとゴール際に迫り、そしてシュートを放つ、というある意味ではサッカーの基本を愚直なまでに追求し続けて、ついにその技術をパーフェクトにした。彼らのパス回しは迅速、正確無比、しかも意外性に富む、というおどろきの連続。そうしたプレーは言うまでもなく選手ひとり一人の高い技術と才能なくしてはあり得ない。

それまで欧州サッカー、ひいては世界サッカーの牽引車の一角でもあったイタリアとドイツが、先ずスペインの変貌に驚きすぐさまそれを真似ようとした。もちろん真似ると言ってもスペインに匹敵する選手たちの高度なテクニックがなければ叶わないが、世界サッカーのトップクラスに君臨する彼らには幸いその力量が十分に備わっていた。同じことがイギリス他の欧州の強豪チームにも当てはまった。そうやってイタリアはカテナッチョ(堅守重視)を捨てて攻撃的サッカーに生まれ変わり、ドイツはファンタジー(意外性)溢れるプレーを学び、イギリスも体力と縦パスに頼る「運動バカ」サッカーから想像力を重視する競技スタイルに移行した。

 

では、なぜスペインは誰もが驚嘆する優れたプレー技術を獲得することができたのか。それはスペインがサッカーの強者であるイタリアやドイツを模倣し続けて模倣し切れず、負け続け、退屈であり続けた結果、独自のスタイルによってしか勝利は得られないと気づいて、一途にそれを追い求めたからである。彼らはイタリアのカテナッチョを打破し、ドイツの重厚だがファンタジー欠如のサッカーを否定し、縦パスに合わせて脱兎よりも速く走ることが身上のイングランドを蹴散らした。ボールポゼッションとパス廻しに徹底することで。言うまでもなくポゼッションサッカーこそ、彼らの成功の秘訣だった。それはフランスやオランダやポルトガル等々、他の欧州諸国のゲーム運びに対しても通用した。

 

欧州サッカー界では各国が常に激しく競い合い、影響し合い、模倣し合い、技術を磨き合ってきた歴史がある。一国が独自のスタイルを生み出すと他の国々がすぐにこれに追随し、技術と戦略の底上げが起こる。するとさらなる変革が起きて再び各国が切磋琢磨をするという好循環、相乗効果の連続。

今回のスペインの変革も多くの国々に影響を与えて欧州サッカーは大変革を成し遂げた。しかもその変革の波はさらなる変革を求めて次々に押し寄せ、欧州の国々のサッカーのレベルはお互いに影響し合いながら確実に上がり続けている。ことサッカーに関する限り、ヨーロッパは進取の気性に富む若々しい生命力で溢れかえっているのである。



欧州危機さなかの欧州選手権(Ⅰ)



ヨーロッパは先週まで4年に1度のサッカーの祭典、欧州選手権で盛り上がった。結果は、スペインがW杯と欧州杯を3連続制覇するという歴史的快挙を成し遂げて終わった。


ギリシャに端を発した欧州の財政危機は、依然として厳しい状況が続いていて少しも終わりは見えない。人々の不安といら立ちは募る一方である。そうした中、サッカーの一大イベントが、欧州各国民にしばしの気晴らしと歓喜をもたらした。さしずめ忙中の閑、暗中の明とでもいうところ。

欧州危機招来の張本人と見なされているギリシャも、1次リーグを突破して準々決勝に進んだ。ギリシャは決してサッカーで知られた国ではないから、ドイツやイタリアやスペインなどのサッカー大国と肩を並べる快挙に国中が沸き立った。そのギリシャは準々決勝ではドイツと当たって、ヨーロッパ中のファンをさらに喜ばせた。財政危機問題でドイツに反感を抱くギリシャが、怒りにまかせて奮い立って相手に一矢を報いるのではないか、との期待が高まったのである。


スペインと並んで優勝候補の最右翼と見られたドイツとは違って、ギリシャは辛うじて一次リーグを突破した程度の成績だったから、各国のメディアの見出しには「ギリシャは奇跡を起せるか?!」という趣旨の惹句が躍った。ギリシャはドイツチームに比較するとかなり見劣りするものの、2004年の欧州選手権では優勝を果たしている。従ってそれらのあおり文句が示唆するギリシャの勝利は、単なる夢物語とばかりは言えなかったのである。しかし、現実は厳しく、ギリシャは4
-2でドイツに敗れた。

サッカーが好きな僕は連日、試合のテレビ観戦を楽しみながら日本の動向に気を配っていた。それで気づいたのだが、ワールドカップにはあれほど騒ぐ日本のメディアが、欧州選手権に対してはほとんど無関心に見えた。時差の関係で試合の生中継が未明になる場合が多かったことや、間もなく始まるロンドン五輪への期待でメディアも国民も気もそぞろ、というようなことも重なったのだろうが、少々驚いた。


欧州選手権はワールドカップ同様に4年ごとに開かれ、しかもW杯にも匹敵する超ド級の面白い試合が連日見られる。それが日本で注目されないのは惜しい。僕は欧州サッカーの集大成である選手権のハイレベルな競技をぜひ日本の若者たちに見てもらい、わが国のサッカーのレベル向上に役立ててほしいと心から願っているから、返す返すも残念に思う。

欧州カップにはブラジルやアルゼンチンなど、南米の強豪チームが参加しない。それは寂しいことだが、レベルの低いアジア、アフリカ、オセアニア、北米などが出場しない分緊迫した試合が続いて、むしろワールドカップよりも面白い、と評価する専門家さえいる。サッカーが好きというだけではなく、イタリアのプロサッカーの取材や衛星生中継などの仕事もしてきた僕は、そうした意見には全面的には賛成しないが、一理ある、と考えたりしないでもない。もっと言えば、欧州選手権はワールドカップにも匹敵するレベルの高さと面白さだと思うから、僕にとってはあたかもW杯が2年ごとに開催されているようでもあり、とても嬉しいことである。

ヨーロッパには古豪のイタリア、ドイツを手はじめに、前回の優勝国で且つ今年も優勝候補の筆頭に挙げられていたスペイン、さらにオランダ、フランス、イギリス、ポルトガル等々、強豪がひしめいている。その他の国々も強い。南米が控えているので一概には言えないが、欧州はサッカー世界最強の地域、と断定してもそれほどの暴言にはならないのではないか。過去にワールドカップを制している英独仏伊西などの国々を抑えて、ギリシャやデンマークやチェコスロバキアなどのサッカー弱小国が優勝したりすることを見ても、地域としての欧州サッカーのレベルの高さが分かるように思う。

ヨーロッパではどの国に行っても、サッカーが国技と呼べるほどの人気があるが、中でもサッカーに身も心も没頭している国はイギリスとイタリアとドイツだとよく言われる。 イギリスはサッカー発祥の地だからよしとしても、血気盛んなラテン系のイタリア国民と、冷静沈着な北欧系のドイツ国民がサッカーにのめりこんでいる状況は、とても面白いことである。イタリアとドイツは、ワールドカップの優勝回数がそれぞれ4回と3回と、ヨーロッパの中では他に抜きん出ている。やはり国民が腹からサッカーを愛していることが、両国の強さにつながっているのだとも考えられる。 

一方イギリス(イングランド)がワールドカップ優勝回数1回と少ないのは、技術や戦略よりも身体的な強さや運動量に重きをおく、独特のプレースタイルによるものと考えられている。彼らにとってはサッカーは飽くまでも「スポーツ」であり「ゲームや遊び」ではない。しかし、世界で勝つためには運動能力はもちろん、やはり技術や戦略も重視し、且つ相手を出し抜くずるさ、つまりやゲーム感覚を身につけることも大切ということなのだろう。

個人技に優れているといわれるイタリアはそれを生かしながら組織立てて戦略を練り、組織力に優れているといわれるドイツはそれを機軸にして個人技を生かす戦略を立てる。1980年前後のドイツが、ずば抜けた力を持つストライカー、ルンメニゲを中心に破壊力を発揮していた頃、ドイツチームは「ルンメニゲと10人のロボット」の集団と言われた。これはドイツチームへの悪口のように聞こえるが、ある意味では組織力に優れた正確無比な戦いぶりを讃えた言葉でもあると思う。同じ意味合いで1982年のワールドカップを制したイタリアチームを表現すると、「ゴールキーパーのゾフと10人の野生児」の集団とでもいうところか。

独創性を重視する国柄であるイタリアと、秩序を重視する国民性のドイツ。サッカーの戦い方にはそれぞれの国民性がよく出る。サッカーを観戦する醍醐味の一つはまさにそこにある。もっとも時間の経過とともに各国の流儀は交錯し、融合して発展を遂げ、今ではあらゆるプレースタイルがどの国の動きにも見られるようになった。それでも最終的にはやはり各国独自の持ち味が強く滲み出て来るから不思議なものである。


欧州選手権から見えたスペインサッカーの功績



欧州カップ決勝戦でのスペインの強さはケタはずれだった。

 

ジョーダンダロ?というくらいに。


それは4-0という大差のスコアよりも、ゲーム内容の中にはっきりと見ることができる。
 

日程がイタリアにとって不利だったとか、試合後半に選手一人が負傷退場して10人体制になったのが響いたとか、言い訳がましい意見もここイタリアではちらほら聞こえるが、それは二義的なことだと僕には思える。

 

過去数年間、もっと正確に言えば2008年以来、スペインのサッカーは欧州のみならず世界を席巻している。

 

スペインは2008年に欧州選手権を制し、2年前のW杯では欧州勢はもちろん、世界サッカーの強豪ブラジルもアルゼンチンも退けて優勝した。そして今回再び欧州カップで勝った。

 

その事実を見ても、今日現在はスペインが世界最強のチームであることは疑いようが無い。

 

そうではあるが、しかし、それにしても、決勝戦でイタリアを完膚なきまでに打ちのめしたスペインの強さはすごいのひと言につきる。

 

今年の欧州選手権で明らかになったことが幾つかある。

 

一つ

 

スペインの圧倒的な強さ。

 

二つ

 

イタリア、ドイツの底力の強大。

 

三つ

 

イングランドの弱い強さ。(強い弱さではない)

 

四つ

 

その他のチーム、つまり欧州全体のサッカーの底上げ。革新。実力の上積み。

 

そうしたことの全ては、スペインの強くて美しくて楽しいサッカーがもたらしたものである。

 

強くて美しくて楽しいスペインのサッカーとは、徹底したボールポゼッション(ボールキープ、ボール保持)及びパス回し。

 

1)  スペインチームはその技術をひたすらに追求し完成することで世界最強になった。

 

2)  欧州サッカーの2大勢力であるドイツとイタリアが、スペインのプレースタイルを模倣し、自家薬籠中のものにしつつあること。2国の底力の強大とは、スペインのパス回しを見習うことで本来の強さに加わった彼らの明確な熟達。

 

 

3)  サッカーの本家イングランドのスペイン模倣。サッカーをゲーム・遊びではなく、飽くまでも「スポーツ」と捉える律儀から来るイングランドの「弱さ」は、ドイツやイタリアと共にスペインを真似る競技概念を導入することで姿を消し、少しの「強さ」を獲得しつつあるように見える。イングランドの弱さの中に芽生えた強さ。

 

4)  欧州各国のチームは多かれ少なかれ、ドイツ、イタリア、イングランドに倣(なら)ってスペインを目標に研鑽を積んでいる。それが全体のレベルアップにつながっている。とは言うものの、ボールポゼッションやパス回しに習熟するのは至難の業。サッカー弱小国ではそれを血肉化するまでには相当の時間がかかるに違いない。そうこうしている内に、技術の流行は別のものに移って行くだろう。

 

スペインの偉大は、欧州のみならず世界のサッカー文化に強く影響していると考えられる。それは2年後のワールドカップで明らかになるだろう。

 

欧州を席巻しているスペインサッカーのコンセプトが、特に南米の強豪ブラジルとアルゼンチンにどんな差し響きをもたらしていくのか。

 

僕は2年後のW杯を思って、今からまたわく、わく、わくわく・・・・

 

 

わくわくと待つ、欧州カップ決勝戦の。ワク、ワク。



プーリア州・ガルガーノのビーチの寝椅子に寝転がって、アドリア海のまぶしい光にまみれて日がな一日新聞や雑誌を読みまくっていた。

 

一週間。

 

ビーチでの日がな一日とは、正確に言うと朝9時から12時と午後16時から19時。

 

でも昼食後もコテージの中でやっぱり新聞・雑誌を読んでいた。

 

持って行った本は一冊も読まなかった。読めなかった。新聞・雑誌で手一杯。時間がなかったのだ。

 

読んでいたのはサッカー欧州選手権に関するものばかり。普通紙もスポーツ紙も同じ。もちろん雑誌等も。

 

夜は試合をテレビ観戦。レストランで。人々と共に。叫び、嘆き、笑い、興奮した。

 

面白いのひと言に尽きた。試合も、試合を見る形も。

 

なぜ欧州選手権にそれほどこだわるのかと言うと:

 

ひとつ、僕はサッカーが好きなので、2年ごとに同じような夏を送る。つまりワールドカップと欧州カップが開かれる年。

 

両選手権とも4年ごとに開催され、欧州杯はW杯の中間年に、言い換えればW杯は欧州杯の中間年に当たる。

 

2年ごとのサッカーの祭典。2年ごとに繰り返される、サッカーざんまいの僕の夏の一ヶ月間。

 

もうひとつ、今年は欧州各国チームの戦い振りが劇的に違っている。そこへの興味。

 

さらにもうひとつ、欧州各国チームの選手構成の劇的変化。それは各国の社会情勢を如実に表している。そこへの尽きない興味。

 

今夜はついに決勝戦が行なわれる。スペインVSイタリア。

 

スペインは順当勝ちとして、イタリアの決勝進出はおどろき。でもちっとも奇跡などではない。

 

準決勝のドイツVSイタリアは、両チームの戦い振り・戦略と、同時に選手構成・両国社会情勢という観点からももっとも面白いサブジェクト、題材。

 

決勝戦が終わったらきっと書いておこうと思う。

 

とりあえず今夜は決勝戦を楽しむ。今からわくわくして何も手につかない。こうして書いているのがやっと。

 

野外バールの大スクリーンで人々と共に観戦しようと考えていたら、友人のアンジェロから連絡。夕食への招待。

 

食べながら、あるいはビール・ワインを飲みながら、友人家族皆で集まって決勝戦を見よう、とのこと。一も二もなくOKする。

 

それまでは、今日の新聞5紙とスポーツ新聞2紙をじっくり読んで気持ちを落ち着けよう・・

 

僕の予想は2-1でイタリアの勝ち。もしかすると、イタリアストライカーのバロテッリとゲームメーカーのピルロが噛み合って、大量得点になるかも・・というのはもちろん希望的観測・ポジショントーク。結果の客観的予想なんて誰にもできないし意味もない。

 

どのチームが勝とうが負けようが、両チームは激しく競い合い、影響し合い、模倣し合い、技術を磨き合ってきた。そこにはドイツ、フランス、イギリス、オランダ等々が密接にからむ。

 

それは、変化と進展と親和を求めようとする、欧州社会の輝かしい部分の縮図、と僕には見える。

光があるのだから、もちろんそこには影もある。

欧州サッカーの面白さは欧州社会の面白さそのもの。欧州選手権はその集大成。わくわくわくわく・・・わく。




ヨーロッパカップがまたやって来た!


日本でユーロ杯などとも呼ばれる、4年に1度のサッカーの一大イベント、欧州選手権が始まった。

 

見所はたくさんあるが、一番大きいのは前回優勝のスペインが連続優勝できるかどうか、という点ではないか。

 

なにしろスペインは2008年の欧州選手権で2回目の優勝を果たし、その勢いに乗ったのでもあるかのように2年前のワールドカップも制した。それは同国にとって初めてのW杯制覇だった。

 

もしもスペインが今回のユーロ杯でも頂点に立つなら、それはW杯と欧州杯を跨(また)いで3連続優勝を遂げる初のチームとなる。

 

そんな快挙はW杯4回優勝のイタリアや3回制覇のドイツも経験がない。

 

しかし、スペインチームが興味をそそるのは、優勝回数のみにあるのではない。

 

華麗なパス回しで相手を翻弄する競技スタイルがすばらしいのだ。高いテクニックとチームワークと美意識に裏打ちされた見ごたえのあるプレーの数々が魅惑的。

 

美意識というのはあるいはここではそぐわない言葉かもしれない。しかし、サッカーの歴史始まって以来最高の、と言っても過言ではない、正確で迅速で意表を突く選手たちのボール回しの技術は、見ていてため息が出るほどの美しさだから、僕はあえて「美意識」と表現したいのである。

 

残念ながら僕が応援しているイタリアチームは、今のところスペインには敵わないと断言しても良いだろう。

 

歴史的に見れば、ワールドカップの優勝回数4回と1回から判断して、イタリアがスペインに勝っているとも考えられる。

 

しかし、2006年にイタリアがW杯を制して以降は、目の覚めるようなパス回しを武器に2008年ユーロ杯、2010年W杯と連続優勝したスペインの後塵を拝しているのがイタリアの実情だ。

 

2国間の力の差は何か。

 

僕の勝手な考えでは:「スペインには3人のピルロがいる」から、ということにつきる。

 

アンドレア・ピルロ選手はイタリアチームの司令塔であり肝心要(かんじんかなめ)の偉大なプレーヤーである。2006年W杯のイタリア優勝の立役者も彼だ。

 

アンドレア・ピルロの真骨頂は正確無比なパス回し。そしてスペインには彼に匹敵する華麗なテクニックを持つ選手が3人いる。

 

即ち、シャビ、イニエスタ、ファブレガスの3選手である。このうちファブレガスは実績の点で少し劣るかもしれない。でも1対3じゃイタリアに勝ち目はないのが当たり前だ。

 

若い選手の集まるドイツの活躍いかんも見所の一つ。

 

ドイツはイタリアと共に長く欧州サッカーを引っ張ってきたが、沈滞期に入っているイタリアとは対照的に、プレースタイルの変革と選手の若返りを見事に成功させて、さらに強くなったように見える。

 

ま、波乱が多いのが欧州杯なので迂闊なことは言えないけれど、順当ならば7月1日の決勝戦ではドイツがスペインにぶつかる、というのが衆目の一致するところではないだろうか。

 

もしそうなった時は、どちらが勝つかは神のみぞ知るだが、ラテン的軽快が好きな僕としては、やっぱりスペインに勝ってほしいような・・

 

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