2022年03月13日
GL1500パーツ終了しました
2021年11月12日
トライク
さらにこれを前輪幅を47センチ以上に拡幅することで国家がトライクと認めます(登録上は側車付軽自動2輪でサイドカーと同じ)
トリシティの300はやらないのか?というお尋ねを頂いていますのでお答えします
当面やる予定はありません
理由として車検付きですので実車検査を通すために大変な改造と100万円以上かかる制動試験等を受ける必要があり数十台のオーダーが無ければ不可能です
仮に全部で400万+6か月要したとして20台でも一人頭20万円の負担となります 非現実的ですので・・・
2020年08月22日
今日の1冊

だいぶ以前に全国オートバイ連合代表(当時)の吉田純一さんの声掛けで
有明で開催された東京MCショーで来賓代表?で演説されたのを聞いた
昨日さいたま新都心に用事の帰り書楽という大きな本屋に立ち寄りこの本を
手にとったこれを買えばPが3時間無料だと脅かされてなけなしの所持金で買う
まだ読み止しなので全部読み終えたら書評を書いてみたい
2020年07月12日
店舗移転のお知らせ
そのシャッターを手で押し上げて4階まで上り右手ドアを開けると新しいトンボイがあります
現在は一人でやってますので出仕事があると不在となりますのでお手数でもご来店前に090-3132-8504大石田までお電話をお願いします
4階には只今GLパーツのみ在庫しています トリシティ等バイクは4キロ離れた倉庫にありますのでご案内します
ご不便おかけしますが4階の半面に屋根掛け次第バイクも1か所でご覧いただけるよう進めています
早速ですが明日は大宮陸運にいきますので午後一戻りです
2019年11月30日
無言の人たち
こういったことは何も店内に限らず電車バスという乗り物でもおきている
自分が降りるのに邪魔だと無言で人の背中を押してくる
で私自身はどうするかというと少数派なのだろう スイマセン!降ります!とか大きめの声で知らせる 親切に道を開けてくれた方にはありがとう!とやるなんと気持ちのいいことか 更にはバイクやクルマを運転していても同様のことが言えると思う ハザードやパッシングで意思を伝えるのは通例だ 狭い道から国道等へ出るときにクルマなら窓全開で右腕を肩まで出し手を広げ相手ドライバーの目を見ると大概入れてくれる 余談になるがこういったやり方は日本独特のものらしく西洋でこれをやると異星人のような目でみられた 運転に関する話が出たついでだがあの事件になったアオリ運転はあれほどひどくはないが相変わらず続いているようで後ろから迫ってこられると圧迫感があるし平常心で運転が出来ない こういうときにやめてくれとか意思表示がクルマの後に出せればよいなと感じる
その逆に前をノロノロにふさがれて抜くにも抜けないときには道を譲ってくれませんか?と伝えられる合図が出来ればと感じる そしてバイクに乗っているときあの自転車通行帯に腹が立つのは私だけか!?バイクは免許をとり税金を払い道を走るのに何で自転車だけがガラガラなのに専用通行帯があるのかねえ 前述したが自転車免許制登録制にして免許所持ナンバー登録の自転車のみは専用通行帯を走れるとしてしかもそこはバイクと共用にするつまり2輪専用通行帯だ
で免許や登録は無いという自転車は従前どおり歩道へ戻る
話は止まらなくなるがついでにあの見にくく分かりにくい道路標識も変えよう 代える費用は標識に広告をとり横断歩道の下はネオンで明るく照らす
速度標識には日本精機に広告を出してもらえばよい 速度違反が増えれば日本精機がペナルティを払う 逆に減れば税金免除とやる
次いで駐車禁止の標識はタイムズのような会社に企画させ次の信号右100メートルでPありとかやる 満車空きはその標識に出るようにすれば無駄足踏ませず済む
一番傑作なのは運転の乱暴な奴を集めてサーキットで全開競争させる
これは実際サーキットをレーサーと一緒に走ってみれば250に乗るレーサーを500〜1000のバイクが追いつかないのが分かる
レーサーから訓示であのカーブはもっと早く120キロ以上で曲がれなんぞとやられても80が精一杯で要するに己の真の実力をはじめて知る
そんな環境で3日もしごかれれば街中で飛ばすことの無意味さと危険さを体感し乱暴な運転もやめることだろう
2019年07月19日
問題は男性。野心も欲望も薄いよ
問題は男性。野心も欲望も薄いよ 林真理子さんが見る今
聞き手・中島鉄郎
平成の30年間、恋愛小説から歴史小説、評伝、エッセーなど多くのジャンルで書き続けてきた作家の林真理子さん。自分を「怠け者」と言ってはばからない林さんだが、2013年刊行の「野心のすすめ」では、野心や努力の大切さを説いた。昭和にデビューした「女流作家」の最後の世代に、時代の移り変わりはどう映るのか。
――東大の入学式での上野千鶴子さんの祝辞は読まれましたか。
「すごい反響でしたね。恵まれた環境と能力を、恵まれていない人のために使って、というくだりにはとても共感しました。ただ『東大女子が合コンで引かれる』という部分はちょっと……。輝かしい未来が待っているんだから、合コンで引かれるくらい何、って思ってしまいました」
――上野さんとは、平成が始まる前の1987年、子連れ出勤の是非をめぐる「アグネス論争」でかかわった縁があります。
「子どもを職場に連れて行ったら同僚全員が喜んでくれる、それが当たり前だという考えは、今でも違うのではと思います。気に障ると感じる人が、許されない存在になってしまうから。もちろん、母親が働きやすい環境をさらに整えることは重要です」
――「アグネス論争」以降、女性は働きやすくなりましたか。
「私たちの20代は、結婚したら仕事をやめ家庭に入る、という選択を強いられる時代でした。今は母親の7割以上が働いています。セクハラは絶対に許さないという認識が広まり、職場の環境も整ってきました。フェミニズム的な考えが徐々に社会に浸透していった成果だと思います」
――このところは#KuTooの議論も起きています。
「私はそこまでハイヒールを強いられる職場があるのか、とびっくりしました。一方で、女性誌では『8センチのヒールをはける女性になりましょう』と特集したりしている。強制で履くのと好きで履くのとは大違いですが、『靴の次は? 今度は化粧?』と不快になっている男性も多いようです。こういうこと言うから私は『名誉男性』と批判されるのですが」
生気がない若い男性、恋愛も中高年が謳歌
――最近の男性についてはどう思われますか。
「近所で犬を散歩させていると毎朝、若い男性がチェーン店で牛丼を食べている姿を見ます。おなかがすいて食べている風でも、おいしそうに食べている風でもない。つまらなそうで生気がない。私の印象に過ぎませんが、こうした覇気がない男性の姿ばかり見るようになり、この国は大丈夫かな、と思っています」
「一方で、すごいエネルギーを放つ中高年男性がいると、若い男性がそういうカリスマ的な男性を信奉していたりするんですよ。恋愛だって中高年が謳歌(おうか)しているばかりで、若い男性の童貞率はすごく高いじゃないですか」
――なぜでしょう。
「人間関係や恋愛に臆病になったことの理由の一つに、本を読まなくなったことがあると思います。恋愛を知り、憧れを募らせるとか、世の中にはさまざまな人間がいて、いろいろな考えがあることを知るのは、読書から学ぶ経験が大きいと思うんです。私は書店の家に生まれ育ち、本を読み人生を学んで作家になりました。でも今日も電車で本を読んでいたら、『その物体なに?』みたいな視線を浴びせてくる人がいました」
――本を読まないから、人との距離感が変わってきたと。
「『誰かを知る』ということの意味が変わったように思います。相手の話を聞いて少しずつ相手との距離を縮め、その像を形作るという作業が『知る』でした。今はネットで誰かの情報を7割も得たら『相手の人生をつかんだ』と錯覚する。だから相手をこうだと決めつけ、感情むき出しで極端なことを言える。でも現実の女性との関係や人生には臆病なんです」
――「野心のすすめ」は約50万部が売れました。覇気がない男性に向けて書いたそうですね。
「そうです。一方で、女性誌で『ありのまま』や『自然体』がもてはやされ、野心なんてかっこ悪いといった風潮が続いていたことも気になっていました。『野心オーガニック』というか……。私には『あるがまま』はネガティブな言葉なんです。明日も今日と同じでいいなら努力は必要ない。人は年を取るから、ずっと『ありのまま』ではいられません」
――本で伝えたかったメッセージは男性には届きましたか?
「いやー反応はないですね。逆に40代、50代の女性からはたくさん『読みました』と声をかけられました。『昔読んでいれば』というので、『今からでも遅くないです』と言うと目を輝かすんです」
――「野心」を一言で言うと?
「大きなビジョンを持ち、それに向かって努力していくこと、『このままの自分では嫌だ』と激しく思う気持ちです。私は『何者かになりたい』と山梨から上京しましたが、就職活動で数十社からの不採用の通知を受け、職が決まらずアルバイトで食いつないでいました。家賃8600円の風呂なし4畳半のアパートに住み、貧乏で、恋人もいなかった。当時は野心はあっても、それに見合う努力をしていなかったのです」
女性の生々しい欲望、全部書いた
――林さんはなぜ、野心を持ち続けられるのでしょう。
「私の母は2年前に101歳でなくなりました。よく言っていたのが『あなたたちの世代は努力を10すれば、20も30も得られる、私たちは10努力しても、戦争で2か3しか得られなかった』。大正4年生まれで、子ども時代の児童誌『赤い鳥』への投稿作で『樋口一葉の再来』と言われたこともある女性でした。終戦から8年間、父が中国で行方不明になっていたので生活のために古本を売り始めたのが書店の始まりです」
「戦争で努力する機会を奪われ、『なぜ私はこんなふうに生きなきゃいけないのか』と問い続けた人生だったと思います。次第に母の言葉の重みが伝わってきて、大きなビジョンに向け努力し続けることの大切さがわかってきました」
――そのたまものが、1982年のデビュー作「ルンルンを買っておうちに帰ろう」ですね。
「それまで女性が語ってこなかった、生々しい欲望を全部書きました。売れるために女のことを裏切っているとか、野放図で自分勝手な女だと批判されました」
――女性の内面を解き放ち、共感されたから売れたのでは。
「誰もそんなこと思っていませんよ。当時、人気急上昇中の女性文化人はよく『私があまりにものんびり屋で、見かねた周囲が助けてくれました』と言っていました。うそばっかりですけど、これが当時の女性の作法でした。『欲しいから頑張って手に入れました、それが何か?』みたいな私はたたかれますよ。でも本当に世に出ようと決意するなら、爆弾を投げ込んで壁をぶち壊すくらいの覚悟がないとダメだと思っていました」
「直木賞を取ったときも、『話題作りで取らせたんだよ』って公然とけなされました。でもおかげでハングリーでいられたし、もっと努力して成長したいと思えた。平成の30年間、やったことのないジャンルにも挑戦できました」
野心が薄ければ欲望も薄く
――右肩上がりの時代だったから、成果が得られたのでは。
「それは事実だと思います。ただ、今は当時のような男性社会ではないし、自分で起業する女性だって多いでしょう。昔よりも道が開けている面もあると思います。問題は男性ですよね。野心が薄ければ欲望も薄くなります」
――実感する場がありますか。
「私はよく結婚したい女性と男性を引き合わせるんです。女性は意欲的で、相手に合わせて軌道修正すれば結婚生活を営めると前向きです。でも男性は『ピンと来ない』『わかんない』と消極的で、『付き合ってみたら?』と進めても乗り気ではない。なぜこんなに覇気がないんでしょう」
――しかし努力や野心が大事と言っても、貧困層も「貧しさは自己責任」と考える傾向がある、という調査があります。
「私たちの時代と決定的に違うのは、今の若い人たちは貧しくても、豊かさをうらやましがらないことです。うらやましくないなら、社会や政治に文句を言う方向には進まないでしょう。うらやましがらない自分を良しとしているような面もあると感じます。飛行機で初めてビジネスクラスに乗ると『広いなあ、このうえにファーストクラスまであるんだ』と知る。でもエコノミークラスしか知らなければそれが全世界です。こんな例を出すとすぐ、『知らなくて悪いな、それがどうした』とか言われちゃうんですけどね」
――「うらやむ」エネルギーも人間の成長には必要だ、と。
「ええ。私自身は子育ても仕事も経験し、人間を一番成長させるのは仕事だと思っています。嫌いな同僚と同じチームに入ったり、無能な上司に無理難題を言われたりしながら他者と折りあい、乗り越えていく。愛する対象を可愛がるという行為に比べ、人間的に成長するのではと思います」
――今も仕事量が多いですね。
「私は怠け者です。よくそんなに一日中テレビをぼーっと見ていられるなと言われるんです。でも書くことが好きで、そのためにはかなり集中力を発揮できるのがわかった。『好きな仕事につけた幸福は人生の幸福の8割を占めている』という言葉が好きです」
――「文壇」という男社会で生きてきたからこそ得た戦略は。
「働く女性には、ウサギとオオカミ、二つの顔をうまく使い分けてほしいです。仕事の覚え立てのときはオオカミに振る舞わなくても、策略としてウサギに見せる時期があってもいい。その間に体力と知力を蓄えて、鮮やかにオオカミに変わって欲しいですね」
――家庭でもそのノウハウが使えそうです。
「結婚して一緒に住んでいる男性はチームで、敵ではありません。最近、男性が子育てに『協力する』とか『手伝う』と言うと、『あなたの子なのに協力とか手伝うとかおかしいでしょう』って目くじらを立てる女性もいます。でもそこで対決して無駄なエネルギーをそがないようにうまく話し合いながらいってほしいです」(聞き手・中島鉄郎)
◇
はやし・まりこ 1954年生まれ。86年に「最終便に間に合えば/京都まで」で直木賞。週刊文春、an・anのエッセーも人気。「元号に関する懇談会」有識者の一人。
2019年06月01日
電話
電話を受けるとこちらは仕事を中断して受話器をとらなければならない
これはまさしくひとつの暴力と同じです
昔読んだ城山三郎氏の本に書いてあったが、或るとき”あなたOXさんという方から電話ですよ”と奥様に告げられ電話口に出てみれば歳若い青年で”先生先日はありがとうございました”という内容だったが氏のような文筆業の人が手を止めて中断するということは又その温度に戻るまで大変な時間を要するというくだりがあって更に謝意を伝えたければ手紙を書けば相手は好きなときに読めると括られていた・・・今ならメールもある
そうかと思えば逆にひどいのは手先の人間に電話をかけさせて相手が出たら自分がでるというとんでもないのもいる
それについて氏は更に又奥様が”電話ですよ”と言うので”誰から?”と聞き返すと”ソーリのフクダさんと仰っています”時の内閣総理大臣だ・・・
総理大臣でも自ら受話器を握りダイヤルしてくるのだ
電話・・・というこの文明の利器をつくづく考えさせられる
2019年03月05日
HONDAジェット
自分では買えない物でも売ることが出来る位置にいることで慰めるか?
まあそんな話はおいといて全世界では80機以上売れているとか日本ではその1割ほどの8台売れたとか 世の中上には上がいるもんですな
負け惜しみと聞いていただいて結構だが私は大の飛行機嫌いなのでたとえ買えても買わない 私にとって最善は地に足がついたバイクでありクルマだ 船遊びも友人がマリーナのオーナーと知己ということで少しは体験させてもらったが退屈だ 沢山の船を預かっていたようだが皆さん何年も乗りにこないそうだ
2019年02月11日
家系ラーメン
私はふ〜ん知らない と答えると 彼は自分が勤めたその家系ラーメンは
自分では食べてもそんなに旨いとは思わないがよく売れていると言う
その家系ラーメン店は無借金で出店することが出来るんだとも言う
ほおそんなにその家系ラーメンというのは凄いのかと私は自身もラーメン大好き人間だしましてそう聞けば商売としても興味がわいた
で早速その無借金で出店したという県南の外れの店に行ってみた
とても流行っていたしラーメンも自分の好みだった特にチャーシューが気に入りでした そんなある日私はその埼玉の家系ラーメンのオーナー社長と電話で話す機会があった 私・浦和で家系ラーメン店を出そうと考えた場合どんなもんでしょうかねえ 先・あそりゃ無理です家の戸田と大宮に挟まれてはまず無理です。家には勝てないでしょうから 私・へえそおですか
ではどの辺だったら可能なんですか? 先・まあ県西部か北部辺りにでも行かなきゃだめでしょう 私・西部っていうと所沢とか北部は川越秩父?・・・・ここで会話は終わったが 当時たまたま私の関わるビルのひとつにラーメン店がテナントで入っていたこともあり前記のような会話が生まれたが それにしても豪儀というか強気かはたまた驕りかとも感じる物言いに反感以外のいい感情は残らなかったのを覚えている
で商売のパートナーとしての先への興味は失せ単純にそのラーメンのファンとして戸田店のスタッフ若者たちとのカウンターでの短い会話があった程度になる いつも食事時は満席が多く時間をずらして行った
チャーシューににんにくネギ大盛りだと千円では足りない
しばらくご無沙汰して寄ってみると店が無い・・・・・
そういえば前回寄ったときに顔なじみの店員がいなくて?と思い他の子に聞くと”ああ辞めました”という・・・・そのこがいると私の顔をみてにんにくはどうするとか席はどことか覚えててくれて心地よかったが居ないとなると又一から全部言わないと伝わらないのが面倒くさくなる でいつも土産に買うチャーシューもつい頼みそびれる だんだん足も遠のくようになる で店はピザ屋に代わっていた 話は前後したがその家系ラーメンを食べるようになったきっかけの元社員も退職している あれほど嬉々としていたのにと思うと無常を感じる
ことの発端は新聞にすっぱ抜かれた”偽りだった究極の味”という記事だ
食材の産地偽装だ
私はしかし食べるラーメンが変わるわけじゃないからということで同じペースで店に行ったが驚くくらい空いている 表まで客が並んでいた店がだ ペンは剣よりも強だ やがてそのラーメン店の会社法人が倒産したと新聞で読む もちろんオーナー社長自体も破産だろう
驕れるものも久しからずだ 聞くと岩槻の本店も閉店とか 残すは大宮店のみか ここをどう運営され将来はどうなってゆくのかにも興味はある
まあ失礼だが結果は見えてる気もする しかしオーナー社長ご本人も大変だろうが信じてついてきた多くの社員やFCの主はいい迷惑だったろう
2019年01月02日
2017年6月6日東名での死亡事故2・・・その後
それでもプチ石橋みたいなやつが沢山いて後ろからあおってくるやつがたくさんいる
特に私のマイカー軽は攻撃目標に定めやすいと見えて昔大きなアメ車を転がした時分には
未体験でした そのように人は外見や持ち物で人を品定めして対応を変える
常々思うことだが車のリアウインドーに字幕や絵柄が出せて”離れて下さい”とか
”道を探しています”とか出ればなと・・・・まあんまりバカヤローとか出ちゃうとケンカになるからそういう類はタブーにしていくつかあったらどうだろう
よく見かけるのは”子供が寝てます”とかだがもう少し具体的にOXへ行きたいと出せば後ろから電話や手振りで教えてもらえるかも あもちろん電話はハンズフリーです
懲役18年を不服として控訴とNMEWSで知る・・・18年が不服と言うことは”オレは悪くない”という心でしょうが、であれば無期か死刑はいかがなもんか こいつは出所後に再び同じ行為を犯す
昔、さすらい♪をヒットさせたが売れなくなり銀座のお姉さんがソープに文字通り身を沈めて尽くしたが、やがて一縷の復活の兆しが見えたら女が邪魔になり殺してしまい40年くらい前だが懲役15年と聞いた 酒場すずめが口々に”馬鹿だね出てきたときは50じゃないか”とか言っていたのを覚えている 克美しげるだ。同名の歌を旭も歌いヒットさせたが克美より大分前でメロディも全く異なる その克美は出所後、浦和に住み大宮界隈でうわさを聞く 最後は再婚して手厚い介護を受け旅立ったようだ あの世でウン十年前に自分が殺した銀座のホステスが待ちかねているだろう