cerberusΔ

特撮と神羅万象とお笑いと他色々

快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー 感想01

#10


 長らく間が空きましたが久々に戦隊のマンガを描いてみました。
 以前のようには更新できないと思いますが、ぼちぼち感想とかまた書いていきたいと思います。

 てことでルパパトなんですけど。

 端的に、今年も東映さんの「なんか新しいことをやっていきたい」という意気込みにただただ圧倒されています。

 「戦隊」っていう他にはないコンテンツを有しているのに手堅くこなしていこうって気が全然ないっつーかなんつーか。
 昨年度のキュウレンジャーに関してもそうですけど、こっちが「まずは3〜5人」って勝手な先入観を完全に身のうちに入れたところで「そんなの別に決まってませんけど?」って9人ぶっこんできたり、「キュウ」にものすごくこだわってるのかと思わせてあっさり12人にしちゃうあたりのいい意味でのこだわりのなさ。

 今年はこれに輪をかけて「戦隊が一組だけとか別に決まってませんけど?」っていう凄い掟やぶりが。

 いや、ここで「掟」とか言い出すあたりが自分のもうダメなところ。
 一歩一歩確実に踏み固めてきた結果「伝統」と表現して差し支えないほど出来上がったフォーマットにも拘わらず、公式自らそれを破壊し再構成し「馴染み深いのに誰も見たことがない」っていう特殊な視聴感覚を持たせるという。
 すごいよな。すごいと思う。

 でもまぁ・・・仮面ライダーのぶっ壊し加減をみているとむしろ必然だったのだろうかという気もする。あっちが、いわゆる「仮面ライダー」を作る気がないという姿勢をあれだけ見せてるのに、それが戦隊に及ばないことはない・・・よなぁ。

 実際、どういう作品になるのかと、かつてないほどワクワクして毎週待機してますし、期待をうらぎらない丁寧で濃密なドラマが展開していると思います。毎回毎回これホントに30分なのかと思わされてばかりです。

 ざっくりした話だけになってしまいましたが、今年も及ばずながらささやかに応援させて頂きたいと思います。

web拍手返信 2013年12月〜5

2013年12月以降に頂いたweb拍手コメントへの返信です。続きを読む

仮面ライダー大戦観てきました。2

 スーパーヒーロー大戦、Zに続く、いまや恒例の大集合映画に赴いてきました。以下ネタバレ記事になりますので未見の方はご注意を。


「平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊」

 すごいですね。このタイトル。タイトルっつうか、本郷猛自ら「お前ら平成ライダーは!」とか言っちゃうという。それはもう「便宜上のカテゴライズ」ではなく作中の認識として機能してるってことですからね。
 この際、ZOやJの製作年度についてだとか、何の辻褄あわせもなくブラックとRXが同時に存在していることとかは気づかなかったことにするとしても、こんな風にメタ的なレッテル貼りをするのはどうかと。理屈で言えば「これだからゆとりは」みたいな感覚に近いですよね。仮面ライダーに(作劇の上では)いかなる意味でも貴賎はないと思いたいですが。

 ご都合主義でもいいから、例えば「対立する意見」とか別の理由付けでのカテゴリー分けにして欲しかったんだよなぁ。その意見の対立が偶然たまたま昭和と平成で分かれたような格好になった、でいいじゃないですか。
 どうしてそこにこだわるのかというと、スーパーヒーロー大戦の感想の時も書きましたけど、毎度「コレはこの映画だけの設定であり世界観なので、キャラの性格や立ち位置や考え方なんかも毎回違うけど気にしないで!」っていう状態のせいで一体「誰が」変身しているのかよく分からなくて、結果「なに考えてんだか分かんない着ぐるみの大集合」にしか見えないのですよ。なにかを成そうという意思が宿ったものには到底見えないんです。

 これは怒りや悲しみというよりは寂しいって感覚です。
 あそこに立っている俺の好きなライダーが、外見だけ似ている別のものとして動いているのが寂しいのです。

 だって今回のお話をざっくりまとめると「2つのカテゴリーのヒーロー同士がお互いを敵視しして戦いあうけど実は悪の組織を欺くための芝居でした」ってこれ、まんまスパヒロ大戦じゃないですかやだー。

 どうしてこの一番肝心な「いがみ合う理由」を雑に処理するのかなぁ・・・。


 キャラが多すぎるからだよなぁ・・・。(結論)

獣電戦隊キョウリュウジャー総括5

 スーパー戦隊シリーズ第37作、獣電戦隊キョウリュウジャーが無事に最終回を迎えました。

 一言で言って、いやー面白かった、と。
 この一年とても楽しませてもらったなぁとそういう印象が先に立ちます。
 全体として、とても小気味よくテンポよく、毎週楽しく観られる作品でした。

 ただそれにしても、キングに始まりキングに終わったという感じはあります。
 主役であることはもちろん承知の上で、それでもいろんなことをひとりで持ってっちゃったかなぁと。

 この先は細かい話になりますけど、好きなところとそうでないところ含めて、自分なりに思ったことをつらつら書きます。
 

 当初の印象として、OPに歌詞が入ったり、サブタイトルがひらがな表記になったり、これまでと比べると対象年齢に向けた対応が顕著になってるなというのがありましたね。

 個人的には、戦隊という枠組みの中で新しい可能性を模索した前年のゴーバスターズを素直に評価している訳ですが、本年の対応を見る限りは「本来の年齢層が離れてしまった」という危惧が製作陣にあったのかなという邪推をしてみたり。少し振り幅を多めに戻してバランスをとっているという感じがしました。
 
 特徴的なところでは「変身時に踊る」というのは素直に驚きましたし、正直悪ノリにしか見えないこの設定が終盤を待たず「これがなくちゃ!」と思わせるほど格好良さを醸し出したのは感服としか言いようがありません。凄いと思います。
 加えて、どうして踊ってしまうのか、ガブリボルバーの声は誰なのかという点に作中でちゃんと説明があったということも物語に対する真摯さを感じさせます。少々強引でもそこはいいんです。あるとないとでは作品の厚みが違ってくると思います。
 ところで、本年は色々都合があって夏の劇場版観にいけてないんですが、そのせいかどうか、中盤から「地球のメロディがどうの」って話は急に降って沸いた感じがしてあんまりスっと飲み込めてないんですけど俺だけでしょうか。

 また、自分はスピリットレンジャーという設定があまり好きではありませんでした。あくまで個人の好みとして、「人が死ぬ」という状態は救いのないものであって欲しいという思いがあるからです。要するに、すでに霊魂だけの存在である彼らが、生きている者と同様に戦えるということが腑に落ちない…というか、もっと言えば気に入らなかった訳です。
 ただこれが、後々キョウリュウジャー10人すべて「生きている人間」となって最終形を迎えたことはとても意外でしたし、自分としては「そうあって欲しかった」形に落ち着いたということで非常にスッキリしています。 
 同様に、死ぬことによって大地の闇へと向かったトリン他2名が、戦い終えて安易にキョウリュウジャーのもとへ甦ってくる展開を取らなかったことも好きなところです。
 反面、その展開上トリンと戦隊の面々との別れは本当に唐突だったのが残念といえば残念でした。

 残念といえば、最終回の展開にはやや不完全燃焼も。
 キョウリュウジャーでは中盤に幾度となく「最終回か?」と思わせるような盛り上がりの回があった訳ですけども、それでもやっぱり最後の敵は全員の力で倒して欲しかったなぁという。あるいはキングの帰還に尺を割くのなら、他の敵との因縁はそれまでに消化して欲しかったというか。
 特に、キングの手により氷結城から一人脱出させられたアミィが、ウッチーのことを知らず「キングが、キングが」と繰り返す場面は非常にモヤモヤしたんですよね。もちろん知らないから仕方ないんだけど、でもウッチーだって死んでんだぞっていう。こういう時、「不在の人」は出来れば一人にしてもらいたいです。

 そこでキングの話ですが、本当に彼は名実ともに主役も主役として存在してましたね。
 俺はてっきりカーニバル変身も持ち回りでやったりするのかと思ってましたがとうとうキングだけの専売特許で終わってしまいました。
 キングは独立した強さを持っているが故に、他のメンバーを助けはするものの他のメンバーから助けられるという展開がほぼなかったことが残念と言えば残念です。
 「大事な仲間だから俺が助ける」ばかりでなく、キングが本当にダメになった時「仲間が助けてくれる」ような相互の関係であってこそ「戦隊」ではないかなと。

 あと、これは不満というか謎といってもいいと思うんですが、空蝉丸という存在は一体なんなんでしょうね。色々とキレイにまとまってる本作のなかで、空蝉丸だけはなんつーかこう絶妙に浮いていると思うんですが。
 せっかくの「踊る変身」も一人だけ踊りが違うので収まりが悪いなぁと感じてました。キャラ故にそれを意識したステップなのは分かるんですけど、そこにこだわって統一感を崩さなきゃいけないほどの設定なのかと。恐竜とはおよそ関係のない「いざ尋常に!」という口上も、正直最後まで「要るか?」という疑問が浮かんだままで。強いて400年の隔たりが必要だったかなぁ。

 と、まぁ色々書きましたけど、最後まで本当に楽しませてもらったことは事実です。
 一年間おつかれさまでした。ありがとうキョウリュウジャー!


 で、ひとつ余談なんですが。
 キングが繰り返し口にしていた「戦隊」という単語の解釈について。

 戦隊という単語自体は一般名詞と言えなくもないですが、例えば「一人ではなく複数人である」ことを言いたいなら「俺たちは戦隊だ!」ではなく「俺たちはチームだ!」とか言ったほうが文脈的には自然で、あえて「戦隊」と言う単語を使うからにはそこに「スーパー戦隊シリーズ」を指すという含みを持たせているとしか考えられない訳です。

 一度、35周年アニバーサリーを経てすべてが同じ世界観だと言うことにはなった訳ですが、自分としてはあくまで「ゴーカイジャー」という番組内だけでのことであって、それ以外の作品については劇場版やVSなどのイレギュラー回に関してのみ通用する特別な設定だと解釈しています。
 要するに、キョウリュウジャーという作品世界(少なくともTVで放映されるエピソードについて)の中に、他の戦隊は存在していないものとして考えているし、考えたいと思っています。同じ枠、同じシリーズとは言いながら、いわゆる「続編」ではない、独立した新しい世界が紡がれていくことにワクワクしたいのです。

 であればこそ、「俺たちは戦隊だ!」と言われれば言われるほど、枠の外に存在する「シリーズ」のひとつだと声高に叫んでいるメタ発言に聞こえて、どうも好きにはなれませんでした。

 あえて「戦隊」というブランドを推していかなくても、全身タイツの5色の5人が並んで立ってれば、詳しくない人でも何かの戦隊だな、と分かるぐらい強烈なアイデンティティがこのシリーズにはあります。それで十分ではないかと思うのです。

 余談でした。

冬コミ参加しません3

 順当に更新が滞っておりますが皆様いかがお過ごしでしょうか。

 家族が増えたり新しい仕事に就いたりして、日々は充実してますがそれ以外のことをする余裕があまりありません。

 過去四年間スペースを頂いて参加させてもらっていたコミケですが、今回はさすがに新刊をつくる隙なしということで、C85には参加申し込みしておりません。また、しばらくイベントなどのオフライン活動は見合わせることになると思います。
 同人やめたとかそういうことではないので、オンラインでは暇をみてなにかすると思いますが。 

 2013年はまぁいろいろありまして、もちろん生活環境の変化は大きいわけですが、それ以上に「いままで熱を上げていたものに急に冷める」ってことが続いたなぁというそういう年でありました。

 例えば初弾から購入を続けていた神羅万象チョコですが、第8章4弾以降買うのをやめました。
 少々購入意欲を減退させる出来事が続きまして・・・。
 ただ、楽しく収集させてもらった7章までは今でも大事にコレクションしてますし、嫌いになったというわけではありません。ただ新章の購入をやめたというだけです。
 なので、少なくともこの先、神羅万象8章以降のコンテンツがこのブログで話題になることはありません。
 万が一期待してくださってる方がいらっしゃったりしましたらそれは本当に申し訳ありません。

 ついでにいうとあれほど敬愛していた小林賢太郎氏の最新舞台も、今回は観にいく気になれずスルーしてしまいました。
 これに関してはなにかきっかけがあったということではなく、強いて言えば氏の舞台を観にいっていつもちょっとだけモヤモヤして帰ってくるのがしんどくなってきた、という感じです。

 いずれラーメンズの本公演が再始動するようなことがあれば分かりませんが、とりあえずコバケン演出の舞台作品を生で観に行くことはもうないだろうという気がします。


 特撮は相変わらず楽しく観ています。
 こまめに感想は書けなくなりましたがその分悶々といろんなことを考えながら。
 これは折に触れてまたじっとりした感想が書ければいいなと。



 

C84頒布予定5

hyoushi


 新刊入稿しました!
 毎度おなじみな感じのキョウリュウジャーエピソードパロディ本です。
 思いのほか薄い本になっちゃいましたけどとりあえず出ます。


 そのほか、頒布予定の既刊は、

sample01

 仮面ライダーウィザード本「Let's under world!」


A5hyoushiCMYK(結合前)

 ゴーバスターズ本「scramble!!!」


hyoushi

 シンケンジャー本「真剣名残夢絵巻」


表紙アップロード用

 神羅万象本「various7」


 以上になります。

 ゴーバス本と真剣本は印刷余部を引っ張りだしてきたので小部数のみです。
 どうぞお早めに。

 それでは、8/11(日) 東2 U-18a「ケルベロスデルタ」でお待ちしております!

 

C84当選しました5

A0400-sss


夏コミ当選しました!

相変わらずの特撮ジャンルで出ます。

申し込み当時、手元にある在庫がウィザードだけだったのでウィザードスペースで取りましたが、新刊はキョウリュウジャーになると思います。

コミックマーケット84  2013/08/11(二日目)東U-18a 「ケルベロスデルタ」です。

どうぞよろしくー。

web拍手返信 2012年7月〜

2012年7月以降に頂いたweb拍手コメントへの返信です。続きを読む

C83おつかれさまでした その35

今更ながらですがコミケレポまんが後編です。

いろいろありましたがとりあえず落ち着いて正月を迎えられました。
今となっては良い思い出です。

婆さんの49日も終えましたので供養の意味も込めて。


レポ04matome

特命戦隊ゴーバスターズ 総括2

 35周年のアニバーサリーを終え、新しい幕開けの一歩として始まったゴーバスターズも遂に最終回を迎えましたね。

 革新的な試みを取り入れ、「ああ新時代が始まったんだな」と思わせてくれるに十分な出足だったと思いますが、非常にドラマチックで目が離せないシナリオ展開を見せる反面、どうも随所に散見される統一感のなさが回を追うごとに際立ち、面白く見ているはずなのに根本の部分でイマイチ燃え切らないという不完全燃焼な読後感が残ることもしばしば。

 身辺が忙しかったということを除いても、ここ数年書いてきた戦隊各話レビューでこれほど筆が鈍ったのは初めてのことです。
 これは単純につまらなかったという意味ではなく、自分の中の相反する二つの評価が勝手にケンカをして板ばさみになっていたと言うのが正確なところじゃないかと。


 例えば顕著に見られるのはウィークポイントという設定です。
 この設定自体は非常に好きで、初期段階ではこれを上手く使って盛り上がりが演出されていることを楽しく見てたんですけど、ヒロムのウィークポイントだけ他の二人と毛色が違うことにはずっと違和感を持ってました。
 これは「何故ニワトリを見るとフリーズするか」の原因について言及されてからはさらに強く浮いていたと思います。ヒロムだけが「活動を継続することで生じる制約」ではないからです。結果、ウィークポイントがどうして発現するのか、どんな理由があるのかという点について非常に曖昧になってしまった感があります。

 バディロイドについても同じようなことが言えるかと。
 どうしてニックだけ変形するのか、どうしてウサダだけ人型ではないのか、どうしてゴリサキだけあれほど大柄なのか。
 一応自分が持っているムックにはソレらしいことが書いてあるんです。ゴリサキはマシンの整備を手伝っているとか、ウサダは基地のシステムを管理しているとか。しかし、実際にいかにも力のありそうなゴリサキが怪力を発揮する場面とか、ウサダが何かを分析して事態の解決を図る場面とか、ほとんど登場してないですよね。ニックに至っては「バディロイドは基地からむやみに出てはいけない」という触込みが、ヒロムの乗るバイクになる時点で既に相反しているという。
 また徹底的といえるほど「戦闘時には無能」な描写をしているので、いざパワードカスタムにされても「それでパワーアップする」ということに何も実感が伴わないという。
 バディロイドの存在に「作品として」どんな役割を与えたかったのかは理解できるんですよ。実際彼らとバスターズそれぞれのいわゆる「絆」の部分は泣けますし、キャラクターとしての面白さは申し分ないんですが、だからこそ「バディロイド」という存在意義をちゃんと与えてあげて欲しかったなという。
 
 バディロイドと言えば、最終回を迎えて感じる「Jのあぶれ感」が切なくもなり、残念でもあります。
 具体的には、Jが良くも悪くも「陣の」バディロイドでしかなかった、ということです。

 陣マサトのキャスティングについて思うところは各話感想でも触れましたので敢えて省きますが、それにしてもこの陣マサトというキャラは少々盛り込みすぎでした。属性的に兄貴、エンジニア、自己犠牲、ぐらいで抑えて欲しかったというか、変身して戦闘に参加するところまで行くとやりすぎな気がするのです。正直、他のバディロイドを差し置いてJが戦闘に参加していることすらも納得がいってなかったりする訳ですが。

 キャラ盛りすぎ以外にも、ビートバスターによるもうひとつ弊害があります。それがJに対するバディとしての存在感です。
 陣という「主」がいることで、日常でも戦闘でもJは「従」でした。このため陣を失ったことは、5人が1人欠けて4人になったのではなく、2人が1人になったという印象が強いです。
 おそらく、作中においてJのことを真に理解出来ているのは陣だけでした。Jに寄り添うためには、バスターズでは圧倒的に掛け合いが足りないのです。結果、ラストでJは唯一の理解者を失ってしまいます。

 この点をどう捉えるかはそれぞれの好みとしか言えませんが、陣は自ら変身してJとコンビを組むのではなく、新しいバディロイドの1人としてバスターズにJを預けて欲しかったなぁと妄想しています。四苦八苦しながらもバスターズそれぞれがもっとJとの絆を深めてくれていれば、例え陣がいなくなってもJがあれほど物悲しい佇まいを見せることは無かっただろうと思うのです。妄想ですよ。あくまでも。


 最後に。
 ゴーバスターズはある意味で悲劇の物語です。本来救いたかった人たちを救うことは出来ず、犠牲なしに勝利を掴むことは出来ませんでした。
 ヒーローものにはよくある出来事とも言えますが、この悲劇性には、垢抜けない「ケレン味」というオブラートが必要だったかなと思います。
 
 ともあれ、一年間本当に楽しませてもらいました。
 ありがとうゴーバスターズ。
プロフィール
北浦テツ
毎年の特撮ヒーローをヌルい目線で応援しながら、楽しいマンガと面白いお笑いを探し続ける飽くなき日々の記録。





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