スーパーヒーロー大戦、Zに続く、いまや恒例の大集合映画に赴いてきました。以下ネタバレ記事になりますので未見の方はご注意を。


「平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊」

 すごいですね。このタイトル。タイトルっつうか、本郷猛自ら「お前ら平成ライダーは!」とか言っちゃうという。それはもう「便宜上のカテゴライズ」ではなく作中の認識として機能してるってことですからね。
 この際、ZOやJの製作年度についてだとか、何の辻褄あわせもなくブラックとRXが同時に存在していることとかは気づかなかったことにするとしても、こんな風にメタ的なレッテル貼りをするのはどうかと。理屈で言えば「これだからゆとりは」みたいな感覚に近いですよね。仮面ライダーに(作劇の上では)いかなる意味でも貴賎はないと思いたいですが。

 ご都合主義でもいいから、例えば「対立する意見」とか別の理由付けでのカテゴリー分けにして欲しかったんだよなぁ。その意見の対立が偶然たまたま昭和と平成で分かれたような格好になった、でいいじゃないですか。
 どうしてそこにこだわるのかというと、スーパーヒーロー大戦の感想の時も書きましたけど、毎度「コレはこの映画だけの設定であり世界観なので、キャラの性格や立ち位置や考え方なんかも毎回違うけど気にしないで!」っていう状態のせいで一体「誰が」変身しているのかよく分からなくて、結果「なに考えてんだか分かんない着ぐるみの大集合」にしか見えないのですよ。なにかを成そうという意思が宿ったものには到底見えないんです。

 これは怒りや悲しみというよりは寂しいって感覚です。
 あそこに立っている俺の好きなライダーが、外見だけ似ている別のものとして動いているのが寂しいのです。

 だって今回のお話をざっくりまとめると「2つのカテゴリーのヒーロー同士がお互いを敵視しして戦いあうけど実は悪の組織を欺くための芝居でした」ってこれ、まんまスパヒロ大戦じゃないですかやだー。

 どうしてこの一番肝心な「いがみ合う理由」を雑に処理するのかなぁ・・・。


 キャラが多すぎるからだよなぁ・・・。(結論)