哲舟の呑む喰う浸かる、歴史に憩う

※歴史をはじめ、史跡・酒場・温泉めぐりの話題などをゆるりと綴っております。リンクはフリーですが、無断転載はご遠慮ください。

2006年10月

ボビーバーガー

先日、上大岡のロッテリアの前を通りかかると、
店頭の看板にふと目が留まり、思わず足を止めた。

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「バレンタイン監督プロデュース・ボビーバーガー」の文字とともに、
ボビーが大映りで手招きしているではないか。
そういえば、少し前にマリーンズの公式サイトで、
ボビーがこれを試食している動画を目にしたっけ。
吸い寄せられるように店内へ入り、カウンターに近づくと、
派手目な色黒姉ちゃんの「いらっしゃいませ!」という声で我にかえる。

「ボビー…」といいかけ、メニュー欄に
『パイン&たっぷりチーズ』と書いてあるのを認め、尻込みする。
そう。ボビーバーガーは、パイナップル入りのバーガーなのだ。
私は苦手である。酢豚にパイナップルとか、生ハムにメロンとか、
そうめんにリンゴやミカンの入った食べ物は…。
いや苦手というより、どちらかというと許せないほうだ。
ボビーは所詮アメリカ人なのだ。こんなものを考案するとは、
日本人の繊細な味覚など理解していないのだろう。

でも。
話のネタ(ブログのネタ?)になるのなら、それもいいではないか。
「ボビーバーガー2個とチーズバーガー2個、持ち帰りで」
と、結局勢いそのままに注文してしまった。

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自宅に持ち帰り、恐る恐るかぶりついてみる。

「う……」

予想通り、パインの甘味がパンとビーフパティに混じりあい、
摩訶不思議な風味が口中に広がってゆく。
目をつぶったまま咀嚼して飲み込み、2口目を味わう。

「ん……?」

あれれ、おかしい。意外にいけるではないか。
一口目には感じられなかったのだが、
どうやらチーズとバーベキューソースがパインの甘さを程よく調和し、
なんとも爽やかな風に味を整えているようなのだ。

「うまい、うまいよボビー!」

そのままパクパクと平らげてしまった。
パイン入りのバーガーがこんな美味しく食えるなんて…。
自分でも驚いた。食わず嫌いは良くないということを学んだ。
ただ、今年の千葉ロッテマリーンズは4位に低迷したため、
ロッテの話題はほとんど取り上げられないし、
このバーガーもおそらくはそんなに売れていないだろう。誠に惜しいことである。

えーとまあ、期間限定の縁起物なので皆さんもお試しあれ。
不味かったらパインを外せばいいし…(笑)?

適度に寂れた舘山寺温泉(浜松)で、うな丼を満喫。

仕事で静岡は浜松、掛川方面へ。一日かけて取材を終え、せっかく来たのだからと、いつものように1泊。浜松駅前からは、近場の温泉地へのバス便がある。1つは舘山寺温泉、もう1つは弁天島温泉。いずれも初めて訪れるところなので、ちょっと迷った挙句、舘山寺(かんざんじ)温泉へ行ってみることにした。バスに揺られること40~50分、浜名湖の畔に位置する舘山寺の温泉街に着いた。

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比較的新しい温泉地なので、別段どうということもない町並みだが、年季の入った飲食店や土産物屋がいくつか見受けられ、いかにもマイナーな温泉街といった趣である。だが、宿は近代的なビルの建物が多く、歴史を感じる老舗旅館は皆無だ。地名の由来である舘山寺は古いものだが、その周辺に出来た温泉街が新しく、歴史が浅いからなのだろう。

新しいといっても昭和30~40年代にできた団体客向けの大型ホテルがそのほとんどを占めており、とくに目新しさを感じるほどでもなかったのが残念である。観光客の姿は、ほとんどなく、外を歩いている人を見かけたのは5~6人ほどと寂しい。湖畔なので夏が過ぎると客もあまり来ないようだ。

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ボロボロになったヌード劇場の姿が侘しさを誘う。これでも一応、夜は営業しているようだ。古びた温泉地には射的場やヌード劇場がよく似合うが、時代の波にさらされ、滅多に見かけないようになった。

舘山寺と愛宕神社を拝観した後、ひと風呂浴びようと思い、温泉街一番の老舗とある、山水館という宿に立ち寄るが、浴場は清掃中とのこと。11時という時間なので、それもやむなし。フロントの中年男性が親切に、「屋上に露天風呂があって眺めがいいよ」と反対側にあるホテルを勧めてくれた。

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そこは「サゴーロイヤルホテル」という、10F建ての宿。いかにも団体客向けの大型ホテルで、私としては普段あまり利用しないようなところだが、風呂が良いとのことなので行ってみる。折りしも到着した爺さん婆さんの団体客に紛れて入館する。団体客の列から脱してフロントへ向かうと対応はまずまず良好、入浴料は1000円、タオルは浴室に完備ということだった。

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さっそく、大浴場のある10Fへ向かう。10Fから、展望露天風呂へ階段で上がれるようになっているのだが、大浴場からは行けないらしい。露天風呂と内湯を裸で往復できない、これは興ざめである。仕方ないので、まずは屋上の露天風呂へ向かう。脱衣所を抜けると、手前と奥に2つ浴槽があった。泉質はナトリウム泉だが、泉温は24度と低いので沸かし湯。温泉というより鉱泉である。
何でもかんでもかけ流しがいいというわけではないが、若干の塩素臭も漂って、温泉らしい浴感と風情に欠けているのは残念。だが、さすがに地上11Fから見下ろす、浜名湖と温泉街の景観は抜群であった。この眺めは、この立地と高さでなければ味わうこともできないのは確かだ。シンボルである舘山寺の丘よりも高いのはどうかと思ってしまうが…。


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一旦服を着て、階下にある大浴場にも入ってみたが、はたして大理石の湯船とコンクリート造りのごく普通の浴場であった。広さは宿の規模に比してはやや小さいと感じた。サウナがあるでもなく、これで1000円の入浴料はやや高いかもしれない。まあ、いい眺めは満喫できたので良しとして、先ほどの爺さん婆さん連中が風呂に押し寄せてきたところでホテルを出る。

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浜名湖に来たのだから、鰻でも食べて帰りたい。周辺の飲食店を覗くと、うな丼が1200~1300円、うな重が2000円前後が相場。天丼、カツ丼が1000円程度。まあ、東京と変わらない。普通の観光地らしい値段である。その中にあって、うな丼800円、うな重1200円と良心的な店「うな助」を発見。一軒だけ安いのはどうしたことか不明だが、とにかく他と違うという点がいい。たとえ不味くても話のタネにはなるであろうと入店する。

さっそく入って、うな丼を注文した。縦に長く、テーブルが3席と小上がりに2卓の小さな店ながら、うなぎ専門店として長く営業しているであろうことが伺えた。客は私のほかに誰もいないが、ひと気のまったくない温泉街だから他の店も同じだ。うなぎが焼ける匂いを肴にビールで喉を潤す。風呂上りに至福の瞬間である。

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こちらがうな丼。さすがは浜名湖のうなぎというべきか、身が締まっていて旨い。とびきり上等というわけではなさそうだが、おそらく、周辺のもっと高い金を取る店も大して味は変わらないだろう。タレは甘すぎず辛すぎず、飯にも程よく馴染んでいてよし。値段以上の満足感を味わうことができた。しかし、うなぎは飯が進んで仕方が無い。

帰りにご当地名物、夜のお菓子・鰻パイを買って帰…らない(笑)。あれは、あんまり美味いとは思えないんだよなあ。

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代わりに買って帰ったのは、磐田の粟餅(あわもち)。赤福と似ているが、その中身が粟で出来た黄色い餅で、すこぶる旨かった。土産にするなら、やはりこのように一ひねり利いたものがいい。

ベイスターズ球場にて。


横須賀にある横浜ベイスターズ(湘南シーレックス)練習場に取材に行ってきた。
そこでは1軍よりも早く公式戦を終えたファームの選手たちが、
フェニックスリーグや秋季キャンプへ向けての練習をしていたが、
その中には、ケガで後半戦を棒に振った多村仁、
戦力外通告を受けた田中一徳、福本らの姿もあった。

クビになったとはいえ、オフにはまだ入団テストもある。
他球団でプレーする道を模索しているのだろう。
また、中国の天津ライオンズの選手たちも4~5人混ざっていた。
9月に横須賀でシーレックスと練習試合を行なっており、
その居残り組が特別に参加していた模様。
中国の野球人たちが日本野球に学ぶことは多いのだろう。

今日は球団関係者のご好意により、食堂で昼食をいただいた。
練習場の脇には食堂やロッカー棟が併設されていて、
選手と関係者用はそこで一斉に昼食を摂ることになっているのだ。
(すぐ近くには選手の寮があり、寮住まいの選手は朝と夕は寮で食事をする)

練習は午前と午後に分けて行なわれるので、
午前の練習を済ませた選手やコーチたちが順番に食堂へ入っていく。
腹ごしらえをして、午後の練習に備えるのである。
しばらく待ち、席が空いた頃を見計らって食堂へ入る。


メニューは、ほぼ毎日のように麺類が出される。
そば、うどん、ラーメン、そうめん、パスタなど。
やはり消化に良く、糖質が手軽に摂れるからだろう。

その他にコロッケ、玉子焼き、肉類、野菜、フルーツ、
おにぎり、サンドイッチなどが大皿にどーんと乗っていて、
バイキング形式で好きなものを取っていいことになっている。

揚げ物が割と多く毎日のように出てくるのは意外でもある。
少し休憩してすぐにまた練習に入るので、
そんなにモリモリと食べる選手はいないが。
まあ、野球選手といっても結構フツーのモノを食っているわけである。

この日は肉そばだった。
麦茶と水はタンクに入っていて紙コップに注いで飲む。
選手用に、野菜ジュースやプロテインも置いてあり、
彼らが練習の合間、こまめに摂取している。
充実した食生活が、強靭な体を造っているのだろう。

母の訃報

先月半ば、母が死んだ。

これまで幾度か書いてきたように、母とは20年ほども音信不通だった。母が家を出たのは、私が中学生の頃。妹も弟も見捨てて家を飛び出し、それっきり行方がわからなくなっていた。思春期に一番身近な存在の女性に裏切られたことは、私のその後の人生にも暗い影を落とすことになり、女性不信に陥ったりもしたし、本人を少なからず恨んでもきた。ただ逆に20年も会わないでいると記憶すらあやふやになり、いつしか「もうどうでもいい」と思う存在にもなっていた。だから、取り立てて行方を捜そうともしなかったのだ。そのまま月日は過ぎて一昨年の冬、私は母と約20年ぶりの再会を果たした。ふとしたことで彼女の居場所が分かり、手紙を出したのだが、母は私が再会を望んだことを喜んで会いにきた。なにしろ20年ぶりである。懐かしさというより、時の流れを感じた再会だった。どんな会話をしたらいいのか正直、戸惑いもあったが、さすがに血のつながった者同士、思い出や身内の話、それからの過ごし方、恋や結婚に関する話など話題は尽きることがなかった。母にしてみれば中学生の私のままの思い出しかなかったようだが、私は現実にはもう大人になっていたので、そのギャップをこちら側から埋めるのに最初は苦労した。下手をするともう一生会えないと思っていた母と酒を酌み交わす日が来ようとは思っていなかったので、私もその日はすっかり酔った。妹、弟もその席に呼び、父以外の一家対面となった。ただ、それで20年の溝が消えたわけではない。それからも母は幾度か連絡を寄越したが、私は多忙を理由に会うのを拒んだ。私にしてみれば、この先一生会う機会がないかもしれない、という思いだったので一度きりにするのがけじめのつけ方だと思ったからだ。結局、去年もう一度会って食事をしたが、そうこうするうち母は病に倒れた。2~3度見舞いに行ったが、母の容態は徐々に思わしくなくなっていった。初夏、最後に会ったときはすでにもう私のことも誰だか分からない様子であった。「もうこれっきりにしよう」と、そのときに今生の別れのつもりで行ったので、訃報を受けたときにはさほどのショックはなかった。涙も出なかった。母には20年来の連れ合いがいる。それが救いだった。事情で密葬となり私たち兄弟は参加せず心の中で手を合わせるに留めた。20年も会っていなかったから、もとより母などこの世に存在しないものだと思った時期もあったが、今やそれが事実となってしまった。それを受け入れることができるようになった今となり、ようやく悲しみが胸を襲ってきたことに気付き、寂しい思いをしている。心残りといえば最後まで「お母さん」や「おふくろ」と呼ぶことができなかったことである。

実は本来、こうしてネットの日記に書くつもりもなかったのだが、つい昨日ある人の訃報を聞き、心境をしたためる気持ちになった。昨日の夕方、紋次郎。氏から電話があり、ご友人を亡くされたと聞いた。まだ若く突然の死であったという。故人は禅想殿の親友でもあった。私も顔見知りで、一度だけ酒席を共にしたことがあるのだが、気さくで大柄な優しい人物だった。友人の友はわが友も同じ…。安らかに眠って欲しいと願うばかりである。

これまで30数年生きて、何度か人の死に直面してきたが、本当に何度経験しても辛いばかりだ。人はみんないつか死ぬ、出会いもあれば別れがあるのは当たり前だとわかってはいるが…。来世があるのかどうか分からないが、あるのだとしたらそこでの再会を願いつつ、残された者として哀しみを背負って生きていかなければと思う。なんだか、ここまで書いてきてモニターが滲んできたし、そろそろ何を書いているか自分でもわからなくなってきた。もうすぐ十月十日。以前は体育の日と呼ばれた日、それが母の誕生日であった。酒でも飲みながら故人を偲びたい。時にはただ悲しみに浸ることも悪いことではないと思う。どなたか、こういう心境のときに聴く悲しい曲でも教えてください。
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