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東京豊島区。青々と木々が茂る、雑司が谷の「鬼子母神」(きしぼじん)境内に、一軒の駄菓子屋がある。

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ある夏の日。軒先には、駄菓子を買い求める親子連れや子どもたちの姿。軒先…といっても、写真からも分かるように、まるで縁日屋台のような、中に入れるスペースもないごく小さな店だ。

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すぐ目の前は、鬼子母神の参道。奥に見えるのが、1664年に加賀藩主・前田利常の娘、自証院殿の寄進により建立された本殿(昭和50年代に一度改修)で、樹齢数百年のけやき並木が周りを覆う。


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全国広しといえど、寺社の境内に軒を構える駄菓子屋は、他にあるまい。この「上川口屋」の創業は、なんと江戸時代中期の1781年(安永10年)、今から約230年前になる。10代将軍・徳川家治の治世で、田沼意次が活躍していた時代だから、いやはや驚かされる限りではないか。あの、天明の大飢饉が起きている頃か。

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店のおばちゃん、内山雅代さんは13代目。外へ働きに出る男たちの代わりに、店は代々女が家業を継いでいるそうで、その昔、とある大名家のお墨付きを得た由緒ある店だ。当時は飴屋(ゆず飴)として営業していた。そう聞けば、その「ゆず飴」が食べてみたくなるが、昭和30年代で製造・販売をやめてしまった。内山さんによれば、材料が手に入らなくなってしまったのだとか。

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まだ飴が売っていた昭和29年のころの写真を見せてくれた(左が雅代さん)。戦国時代の記録を見てもわかるが、昔から、物売りを生業とする女たちは多かったから、上川口屋を女性が継いで来たというのも頷ける話だ。
当時は、この参道には何軒かの店があったそうで、この店も昔はもっと参道寄りに位置していたが、参道を広げたために、建物を数メートル後ろへずらしたとか。この建物だが、幕末のころに建て替えられたきりで、関東大震災や空襲の被害も免れ、今も息づいていることに感銘を受ける。まさに奇跡の店である。


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今は「名物」というほどの菓子はないが、定番の駄菓子が所狭しと並ぶ。袋入りではない昔ながらの菓子、「きな粉飴」や「餡子玉」を買ってみた。懐かしい風味が口いっぱいに広がる。


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時は移ろい、街の姿も次々と変わっていってしまうが、江戸時代も今も、菓子や玩具に吸い寄せられる子どもたちの姿は、さほどに変わらないのかもしれない。そんな感慨にひたらせてくれる店、いつまでも続いてほしい。


豊島区雑司ヶ谷3-15-20
※雨の日は休業なので注意 ※消費税もかかるが許してあげたい
(副都心線 雑司が谷駅から徒歩5分)