哲舟の呑む喰う浸かる、歴史に憩う

※歴史をはじめ、史跡・酒場・温泉めぐりの話題などをゆるりと綴っております。リンクはフリーですが、無断転載はご遠慮ください。

幕末・明治

松平容保のご子孫、第14代・会津松平家当主の講演を聴く。

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4月17日、日本橋の伊場仙ビルで行なわれた「江戸楽講座」を拝聴してきた。
東京のタウン誌「江戸楽」主催の弁当付き講演会だ。
今回の講師は
第14代・会津松平家当主の松平保久(もりひさ)さん。

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いま大河ドラマ「八重の桜」で活躍
中の、あの松平容保(9代目)の曾孫にあたる方で、
NHKエンター
プライズにお勤めでいらっしゃる。
会津の立藩から会津戦争の終結まで
を1時間半弱で公演。
八重や容保の話はやや少なめで、どちらかといえば保科正之の話が中心だったかな。
歴史の流れは既知のことながら、
当主が語る歴史に触れられるのは貴重な機会だ。

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終了後、質疑応答の
時間があったので、いつごろから歴史に興味をお持ちになったか、
ご家庭の躾は「
ならぬことはならぬ」のように厳しかったかを、質問させていただいた。

中学生ぐらいまでは会津での行事にいやいや参加させられていたこ
と。
「家訓」を諳んじたりはしなかったが、無理やり剣道を習わさ
れたり、
正月の三が日は必ず自宅で大人しくするよう言われて育っ
たこと。
それでも大人になるに連れて会津とその歴史に対する理解が深まり

今では誇りに思い、後世に伝えていく使命感を強く持っているとのこと。
とくにお父さん(2011年他界)が体を悪くしてからは、その思いが一層強まったそうだ。
素のままのお答えが聞けてじつに興味深かった。

おなじみの烏帽子姿の写真に加え、容保の晩年の写真
が映し出されていたが、
こうしてみると本当に面影が宿っている。言葉に重みがある。
会津藩は無くなっても、その血脈が現代に生きている。

保久さんは、6月1日(土)には、レキシズルで行なわれる
松平容保TERAKOYAに講師として登場されるそうだ。
意外に気さくな
御仁でもあるし、ポップな場で、もっと突っ込んだことも聴けるに違いない。

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日本橋・弁松の和風弁当と、半蔵門の一心堂本舗の籠城かき餅(新島八重)が付いてた。
さすが「江戸楽」セレクトというか、いずれも上品で渋いラインナップ。

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会場は、1590年創業の団扇の老舗、伊場仙(いばせん)のビル7階。
冒頭にあいさつをされていたのが、同社の吉田社長。
(それにしても1590年って、凄い。秀吉の小田原城攻めの年だ)

今回、レキシズル渡部さんのお誘いで初めて参加したのだが、面白かった。
参加者はやはり、ご年配の方がほとんど。もう少し、若い人もこういう講演を聴きに来るべきだと思う。
ただ、定員は70名ということだったが、9割ぐらいは埋まっていたか?よく入っていた。

次回以降も興味深い講師とテーマが予定されているので、
また平均年齢下げに行ってみたい(笑)。

公式サイトに案内がないので載せて良いのかどうか判らないが、次回以降の予定は・・・
7月17日(水)徳川宜子氏(紀州徳川家19代)「紀州徳川家とモダニティ」
10月16日(水)太田資暁氏(太田道灌18代目子孫)「太田道灌が江戸に城を築いた理由」
1月15日(水)松平定知氏(元NHKアナウンサー)「"その時歴史が動いた"の現場から」

いずれも18:30開始、
会場は伊場仙ビル7階セミナールーム 東京都中央区日本橋小舟町4-1 会費4000円(食事とお茶付)
問い合わせ、申し込みは江戸楽編集部


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城物語 松平容保と会津若松城 ~白慕~ 戊辰に淡雪舞いて
語り/福山潤、森川智之 原作/上永哲矢

歴史人のイベント「歴女サミット2013」を見学してきました。

今年は桜の開花が異様に早く、3月下旬に見ごろを迎えてしまっており、
どうやら4月にはすっかり散ってしまっていそうで、本当の意味の花見ができそうにないのが残念。

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こちらは、東京大田区・池上本門寺の桜。
五重塔は徳川秀忠の乳母・大姥局が建てたもので、境内で一番古い。

さて、ということで、ボーっとしているうちに前回のブログから一月もあいて、
3月も終わってしまいそうだが、今月参加した歴史イベントを2つ報告しておきたい。(2つ目はこちら

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3月16日(土)に開催された、歴史人主催のイベント「歴女サミット」。
会場は、新宿「ロフトプラスワン」。月刊の歴史雑誌「歴史人」による歴女の出演イベントだ。

出演は、左から・・・
ライターでMC の磯部深雪(武蔵歴女子会)さん。会津・幕末好き声優の島田愛美さん。
現役の歴ドルとしてご活躍中の小日向えりさん、美甘子さん、
そして、時代考証家の山田順子さん(「JIN 仁」時代考証担当)。

磯部さんには、Mini三国志フェスの題字や、歴史朗読CDの販売にご協力いただいたり、
小日向さんとは、三国志フェスに共演させていただいたりと、色々仲良くしてもらっているので、
お二人が共演するこの機会に観に行くことができたのは良かった。

「歴女サミット」ながら、客は男性が半数(笑)。
当の歴女が、もう少し多いかと思ったのだが、
意外に「歴女」というくくりだと、あんまり参加したがらないのかな?

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イベントは2部構成になっており、第1部は、幕末人気投票の結果発表。
第2部は「大河ドラマ『八重の桜』をもっともっと楽しむ方法」。

第1部の発表では、総合で1位が土方歳三というのは予想していたが、
2位の大久保利通は完全に予想外。
とくに男性票では大久保が1位で、これも予測できなかった。ちなみに西郷は0票。

上に挙げた男女別の発表では、男女の歴史観・人物観の違いが如実に出ており、興味深かった。
男で沖田総司や山南敬助が好きな人って、あんまりいないと思う。

むろん、すべての人にあてはまるわけではないが、
女子は歴史の偉人という前に、やはり「異性」として見る人が多いのだろうと感じた。
こういう所からも分かるように、男女の歴史観というものはまるで違う。
三国志でもこれをやったら面白い結果が出るかも。

ただ、この人気投票の発表で時間の半分を使ってしまったのは惜しい。
第2部の大河ドラマ「八重の桜」についてのトークの時間が減ってしまったのと、
もう少し、山田順子さんの歴史や時代考証に突っ込んだ話が聞いてみたかった。

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「歴女サミット」という名前らしく、堅苦しさのないポップな雰囲気のトークイベントで、
個人的にはとても楽しませていただいたのだが、実は当の歴女ってもうちょっとマニアックで、
実はもっとしっかりと濃厚な歴史トークを望んでいるのかもしれないな。
この人のブログを読んで、そのように思った次第である。
なるほど、今回は幕末イベントだった割に、確かに幕末に特化した話が少なかった。

ただ、個人的に歴史イベントは、特定の人物や時代に偏ったり、
あまりに思い入れの強い人ばかりではつまらないから、色々な人が出ていいと思う。
ある程度、濃厚な話は必要だが、単に詳しい人ばかりが出れば面白い内容になるかというと、
ぜんぜん違うと思うので、そのさじ加減が難しいところ。

「歴史人」主催のイベントには以前から興味があったので、参加できて良かった。
編集長の高橋さんともごあいさつできたし、会場や雰囲気的な面で勉強になったことも多い。
ちなみに、編集長のtwitterは、雑誌の情報はもちろん色々と歴史にまつわる小ネタを
つぶやいておられるので、歴史好きにはお勧めである。
自分も、本職の執筆活動を頑張らねばという気持ちになる。

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小日向えりちゃんとは、「三国志フェス2011」で共演させていただいて以来、久々に再会。
さすが歴ドル。石田散薬のTシャツが、似合っている。
(最近は、こんな体を張った試みもなさっているようで、これからもがんばってほしい)


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終了後、会場で落ち合ったレキシズルの常連メンバーと、近くの居酒屋で打ち上げ。
2軒目は歌舞伎町の「湖南菜館」へ。横浜中華街にも1軒しかない湖南料理の店だ。

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湖南料理は、四川料理と並んで、いやそれ以上に辛い料理があることで有名。
から揚げを唐辛子で豪快にまぶしたこれは、今までに味わったことのない辛さだった(笑)。

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麻婆豆腐も辛い。そして、うまい。辛いのになぜか喰いたくなってしまうんだなあ。

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小龍包。

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落ち着いた雰囲気なので、歌舞伎町ながら静かに味わいたい人にはお勧め。

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オーナーは歌舞伎町の案内人とかで、個性的で面白い方。
ジャッキーチェンも来店・・・かと思ったが、どうやら別の場所らしい(笑)。

新選組をつくった男、芹沢鴨(せりざわ・かも)の生家。

読者のみなさん、明けましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いします。
昨年は、『三国志 Three Kingdoms』のブログを連載していた反動のためか、
当ブログをやや放置気味にしていたが、今年はガンガン? 綴っていきたいと思います。

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さて、新年早々に訪れた、茨城県の霞ヶ浦(かすみがうら)。
湖としては日本全国第二位の面積を誇る名所である。

土浦方面からこの霞ヶ浦に架かる橋を、水戸方面へ渡ると、
行方市(なめがたし)という小さな町に出る。そこに、
玉造町芹沢(たまつくりまち、せりざわ)という住所があるのだが・・・

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ほとんどの人が車で通り過ぎてしまうような、そんな町の一角に、
ぽつんと建っているのが・・・この家。芹沢鴨の生家である。

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立派な門構えからもわかるように、かなり立派な邸宅だ。
ご子孫は健在ながら、ここには住んでいないようだが、残念ながら内部は非公開で入れない。
瓦などを見ると新しいので、定期的に管理には来ているようである。

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表札には、すでに消えかかっているが「芹澤」との墨字がある。
家の向かいには案内板もあって、まさにここがあの新選組の基礎をつくった男が
生まれた場所なのだということが実感できる。

芹沢は、知っての通り水戸藩の天狗党出身で、
文久3年2月、幕府が将軍警護のために募集した浪士組に参加し、上洛。
のちに新選組と呼ばれる「壬生浪士組」の初代筆頭局長になるが、
近藤勇や土方歳三らとの派閥争いのすえに粛清され、非業の最期を遂げた。

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車用と思われる広い門も、堅く閉ざされていた。

芹沢は、京都の壬生寺に埋葬されている。
上洛以来二度と、ここへ戻ることができなかったのだ。
横暴な振る舞いが目立ち、それが招いた不幸とされているが、
まぎれもなく幕末の世を震撼させた新選組、その礎を築いたのは彼である。

初期の新選組は資金調達もままならず、
多摩の百姓あがりで、何の後ろ盾も持たなかった近藤や土方だけでは
あそこまで大きくならなかったはずで、その意味でも
れっきとした武家出身の芹沢鴨という男は、必要不可欠な存在だった。

「三国志」においても、董卓がいなければ三国時代は始まらなかったように、
芹沢なくして新選組も始まらなかった。魅力ある悪役といえる。

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塀越しに見ると、広い庭の向こうに立派な屋敷があった。
芹沢は、かなり良い家柄の出であったのだなあ、と実感させられる。

ちなみに東京の日野には土方歳三の生家や、井上源三郎の生家があるが、
いずれも今は子孫がお住まいのため、近代的な普通の民家に建て替えられ、当時の面影はない。

この芹沢鴨の生家も、当時の建物でこそないが、それらと比較すると、ずいぶんと
江戸時代の面影を色濃く感じられる貴重な史跡のひとつということができよう。

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近くには、その存在の大きさを示す看板が建っている。
どうやら芹沢一派の重鎮だった、平間重助も、この地の出身らしい。
平間は晩年、この郷里の玉造に戻り、隠れ住んでいたそうだ。

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看板の裏には自動販売機が並んでおり、昔懐かしい、
お湯が出るタイプのカップヌードルの自販機も置いてあった。
残念ながら稼動はしていない模様。
稼働していても、この場で食したかどうかは分からないが・・・(笑)。

当地では、毎年9月に「なめがた新選組まつり」も開催されているようだ。
土方や近藤の故郷である多摩の日野や、土方ゆかりの五稜郭のイベントに比べると
どうしてもマイナーではあるが、機会が合えば一度観に行ってみたい。

だが、車じゃないと行きづらいのがネックだなあ。
私のようにマイカー派ではない者にとっては厳しいか。
今回は義兄の運転で、たまたま連れて行ってもらったのである。

※ずいぶん前の記事だが、読売新聞にこの生家のことが詳しく載っている。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ibaraki/kikaku/018/30.htm

沖縄へ行ってきた。久高島、勝連城など…雑感。

ツイッターなどの軽い書き込みツールがあると、
すっかりそれに依存し、ブログの間隔が、ついあいてしまう。
もう少し、頑張らねば・・・。

今月初め、4日間ほど沖縄へ行ってきた。
この時期の沖縄といえば、プロ野球のキャンプが行われているので、
過去にも書いたように、その取材で行くことが多かったのだが、
今回は全く別件の仕事で、偶然にも、有難くも実現したのであった。
那覇空港へ着いたときの気温は14度と、沖縄にしては意外に涼しかった。

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早春の沖縄は気候が不安定で、急に寒くなったり暑くなったりする。
それでも、このような海の蒼さを見ると、やっぱり独特の感動を覚える。

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到着当日は、もう夕方だったので、取材チームみんなで
那覇市内の沖縄料理店で、地元料理に舌鼓を打ち親交を深める。
仕上げには、美栄橋駅近くの沖縄そば屋「大福そば」にてシメ。
これを喰わねば、沖縄に来た気がしない。
東京では余り喰いたいと思わないんだが、不思議。

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翌朝は、那覇から南東にある、知念岬から高速船で久高島へ!

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神が住む島といわれるこの島は、沖縄の人にとっては聖地である。
ジブリアニメに出てきそうな風景ばかりであった。
直径8キロの島だから、レンタサイクルを借り、めぐってみたのだが
島内には、「ウタキ」と呼ばれる、いまだ人の立入りを禁じる
神聖な区域もあって、神妙な気持ちになった。

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その夜は、那覇市内の料理店「琉球料理乃 山本彩香」へ。


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琉球王朝が中国の使者に供したと伝わる、
宮廷料理が再現されたものを頂いた。珍味なり。
饗応用で、珍味に類するものだから、おせちみたいな感覚かな。
オーナー山本さんの蘊蓄に耳を傾けつつ、
自慢の「豆腐よう」も味わい、泡盛がすすんだ。


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ちょっとした城(グスク)めぐりもできた。南城市にある、玉城城(たまぐすくじょう)跡。
沖縄の城は、日本の城とは目的を異にするもので、かなり雰囲気の違う趣がある。
ここは、城跡というには小さく、祭祀施設のようだった。


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うるま市にある、勝連城(かつれんグスク)跡。ここは大きい。

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首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群として
世界文化遺産にも登録されている。沖縄の世界遺産の城では
もっとも建築年代が古いとか。築城年は13~14世紀。
沖縄のグスクは、歴史的史料が少ないため、不明な点も多いのだが、
この石垣の構造の美しさには、惚れ惚れしてしまう。

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本州の城でいえば本丸に相当する、一の郭からの眺め。
標高約100mの高台から見下ろす沖縄の風景も格別だ。
沖縄の城では、過去に今帰仁城、中城城、首里城の3城を訪れているが、
いずれも見ごたえ十分だった。

ただ、21世紀に入り、世界遺産になってから、どの城も
余分な木が切り倒されたり、道も歩きやすく綺麗に整備されている模様。
地元のカメラマンに昔の写真を本で見せてもらったのだが、
昔のままのほうが趣があって良かった気もする。
まあ、観光客が大勢来るほうが、地元としては盛りあがって良いのかもしれないが。


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夜は、「上原正吉の店」へ。ここは島唄ライブの生演奏を楽しみながら飲むことができる。
地元では有名な店で、以前は泊にあったようだが、
最近になって国際通りへ移転してきたのだとか。

こういう民謡酒場は、今までいかにも観光客向けという雰囲気もあるため、
どちらかというと避けていたのだが、入ってみたら面白いのなんの。
琉球の唄、踊り、文化に直接親しみながら飲む泡盛はまた格別だった。
沖縄らしく、最後は客も参加してみんなで踊るのも沖縄らしい。

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正吉さんの孫娘で、平成23年の「ミス泡盛」である上原唯さんと(笑)。
彼女の唄う「涙そうそう」に、じっと聞き惚れてしまった。

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那覇の体験施設で、シーサーを製作してみた。なかなか立派にできた。
粘度をこねるのも久々だし、もっと大変なのかと思っていたが、先生の指導が上手なので
プラモデルを作る感覚で楽しむことができた。焼き上がりは1ヶ月後。楽しみ。

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琉球村にて、三線(さんしん)を教えてくれたおじさん。

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もっと、いろいろ書きたいこともあるのだが、今回はこの辺りにしておこう。
最終日、空港のA&Wにて、ルートビアを飲みつつ悪あがき。
お代わり(無料)を頼むと、ピッチャーで注ぎにくるルートビア。
ビアだけどアルコール0%の不思議な飲み物。しかも甘いので、
今回も半分しか飲めなかった。ハンバーガーは機内へ持ち込んで喰った。

羽田に着いてみて、東京の寒さに身を震わせる。
結局、20度ぐらいまで上がったので、温度は15度。
帰ってくるとこの温度差が堪えるのだ。
歴史は変えられないが、沖縄は日本ではなくて外国・・・。
琉球国だと思う。あの気候、独特な文化の素晴らしさは、
日本の枠に入れてしまうのは勿体ない。

日野を歩き倒し、土方歳三ら新選組隊士の子孫にお会いしてきた。

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西東京、日野市にある「高幡不動尊」(金剛寺)。
まるで霧でもかかったように、本堂の周りには線香の煙が立ち、
駅前から境内まで、大勢の参拝客でにぎわっていた。
5月の新選組まつりの時も賑わうが、ほぼ普通の参拝客だけで
この人出は、さすがに正月の日曜といえる。

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日野といえば、この人。新選組副長、土方歳三の出身地。
境内を見守るように建つ銅像は等身大サイズで、とても迫力を感じさせる。
ここから、北へ歩いて20分ほどのところに、彼の誕生地・土方邸がある。
取材も兼ねての日野散策へ。

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土方が住んでいた旧家は、長年の風雪によって老朽化し、平成2年に建替えられ
現在の土方邸は、柱などごく一部分を残して、ご覧のように奇麗な民家となっている。

この邸内の一室を土方の遺品や書状などを展示する資料館として、
毎月第1・第3日曜に公開しているため、月に2回、日野の街には、
それを目当てに、多くの新選組ファンが訪れる。

土方歳三は妻子を持たなかったために直系の子孫はいないが、
歳三の兄・喜六の血脈が続いており、彼から数えて5代目にあたる
土方祐さんがいらっしゃったのだが、この資料館の公開直前の平成4年に逝去され、
その妻・土方陽子さんが館長をつとめておられる。

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そして、こちらは陽子さんの娘で、6代目にあたる土方愛さん。
お台場の「歴メン」イベントなどでお顔はよく拝見していたが、
直接ご挨拶させていただいたのは、今回が初めて。

やはり、歳三の面影をくっきり宿しておられるように見える。
開館日で多くのお客さんが訪れるお忙しい中、丁寧に取材に対応してくださった。

土方家といえば、歳三が行商していた「石田散薬」という薬がある。
現在は製造中止となっているが、昭和後期の頃に、まだ販売されていると思って
訪ねてきたお婆さんがいた、などという裏話を話してくださった。
基本的には小売ではなく、得意先の店などに卸していたのだそうだ。

お若く見えるが、二児の母で、2人の息子さんは
第二・第三の土方歳三をめざして剣の修行中、
・・・ということはなく、今のところは、サッカーに熱を入れておられるらしい。
ともあれ、7代8代と、末長く歳三の偉業を後世に語り継いでいってほしいと願う。

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こちらは、新選組を物心両面、とくに資金面で支えたスポンサーともいえる存在の
佐藤彦五郎の子孫が運営されている、「佐藤彦五郎 新選組資料館」。
やはり、第1・第3日曜にオープンする。

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写真の人は佐藤福子さんで、彦五郎から数えて直系の4代目。
彦五郎は、土方歳三の姉を娶った人で、もともと歳三の従兄でもあったから、
歳三は実の兄のように彼を慕い、すぐそばにあった屋敷や剣術道場によく通っていた。
京都へ行ってからも、土方は頻繁に彦五郎に手紙を出し、現存するものも多い。

ここにも貴重な資料が展示されているが、まだまだ整理しきれないほどの資料が
いくつもの段ボールに詰まったままだそうで、
今後も貴重な遺品がいくつも発見されるに違いない。

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佐藤邸のすぐ裏にある、日野宿本陣。都内に現存する唯一の本陣という貴重な文化遺産だ。
幕末期は、当地の名主でもあった佐藤彦五郎の住まいで、
敷地内には彦五郎が開いた「佐藤道場」があった。

ここに近藤勇が、調布の自宅から剣術の出張指導に訪れ、滞在中に
土方歳三、沖田総司、井上源三郎たちと出会い、そして激しい稽古に励んだ。
後に甲陽鎮撫隊として甲府へ赴くときに立ち寄り、休息した場所でもある。

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内部は蕎麦屋として使用されていた時期もあったが、現在は市が管理し一般公開している。
土方から託された写真や遺品を日野に届けた市村鉄之助が、一時期住んでいた部屋も現存し
幕末以来の佇まいを今に伝える、非常に見ごたえのある建物だ。

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こちらは、「源さん」の愛称で知られ、新選組の六番隊隊長をつとめた井上源三郎邸。
当時の建物はないが、蔵を改装し「井上源三郎 資料館」として、
やはり第1・3日曜に公開している。

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館長は、井上雅雄さん。井上源三郎の5代目子孫だ。
源三郎は、映画やドラマでは近藤や土方の影に隠れ、
あまり目立つ存在に描かれないが、天然理心流免許皆伝の腕前を持つ達人で、
近藤勇のボディガードのような役割をしていた。

また、兄・松五郎は千人同心を務めていたことから、かなりの格を持った家で、
その肩書きが、新選組にとって大きな助けになったという。

新選組は、正式な武士だけの集まりではなかったし、
初期は単なる浪人集団などと、軽く見られることも多かったようだから、
その点でも、確かな肩書をもった松五郎、源三郎兄弟の存在は多大だった。

井上雅雄さんは、去年のお台場の「歴メン」で
近藤勇の剣の系統を継ぐ宮川清蔵さんとともに見事な剣術実演を披露してくれたように
天然理心流の剣術を後世に残そうとがんばっておられる。
月に2回、第2・第4日曜に稽古を行っており、門人を募集しているという。詳しくはこちら

他にも色々な場所を観たので、かなり歩いた。歩数計を見たら、約2万歩。
かつて、土方や沖田が闊歩した日野の町を歩き、子孫の方々にお会いして・・・
幕末人の偉大な足跡、そのDNAは平成の世にも
着実に受け継がれているのだということを、改めて感じることができた。

そうそう、新選組といえば、1月27日(金)に浅草で
歴メンイベント「土方歳三のすべて Vol.2」が開催されるそうだ。
うーん、しかし残念ながら、私は今回所用のため参加できそうにない。
ご興味ある方はぜひ!

勝海舟が生まれた町、両国の泥鰌屋にて柳川丼を食す。

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先日、NHKの「ブラタモリ」でも取り上げられていたが、東京・両国は実に魅力的な街といえる。
とくに南口。まず駅から徒歩7~8分のところにあるのが、
かの有名な「忠臣蔵」討ち入りの舞台・吉良上野介邸の跡。

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そして、そのすぐ近くの両国公園の片隅に、ポツンと立派な碑が建っている。
「勝海舟生誕之地」と刻まれているとおり、あの海舟が生まれた男谷屋敷があった場所だ。

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住所は両国4-25。海舟は、勝小吉の長男として生まれ、7歳までの幼少期をここで過ごした。
その後、墨田区内を転々とし、23~24歳のころから赤坂に落ち着いたという。
ちなみに、墓は晩年に別荘を構えていた大田区・洗足池の畔にある。

公園では、海舟の存在も江戸無血開城の偉業も知らぬであろう子供ら、
その母親(ママ友?)らが、あるいは遊び、あるいは立ち話に花を咲かせている。

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頃は昼下がり。泥鰌(どじょう)でも食して帰ろうかと、両国橋のたもとにある、
「桔梗家」へ立ち寄る。

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昭和8年創業、江戸というには無理があるが、昭和の面影を残す名店。
両国らしく、店内には力士の手形を押した色紙が飾られている。
ランチタイムは、柳川丼とうな丼を1000円で提供している。
本来は夜にでも訪れて、酒とともに泥鰌鍋をじっくり味わいたいところだが。

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柳川丼。井戸水で活けられた泥鰌を使った贅沢な一盛り。
一般的には骨抜きのほうが食べやすいが、
私は「丸」と呼ばれる骨が残った状態のほうが好きだ。
当然、この店もどちらかを選ぶことができる。

軟らかく煮てあるので、骨ごとでも食べやすく、ホクホクとして程よい噛み応え。
ご飯と卵との絡み具合も良きここちで満足。さすがに老舗。丁寧な仕事をする店だ。
ただ、飯の量は年配層が多いためか、やや少なめかな?
うなぎも旨そうだったので、今度はうな丼も食してみたい。

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両国といえば、ちゃんこ鍋の店が多いことで有名だが、ごく普通の焼き鳥屋、居酒屋など、
多彩にそろい、あらゆるニーズに応えてくれる街といえる。
「楽蜀坊」、「三国志」など、三国志好きとしてはちょっとニヤリとさせられるような
ネーミングの店もあって(名前だけかもしれないが)、再訪が楽しみになった。
 
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