木谷哲夫のそれいけ日記

日本の経済権力の本質は「カルテル官僚国家」、との基本認識をこれまでの人生で抱くようになった。 メインテーマ―をベンチャー、地方分権におき、日々活動中。

アメリカ独立記念日パーティー


アメリカの領事館主催の独立記念日レセプションが大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンであったので出席。

ステージに派手な衣装の4人の歌手があがり、さあこれからお祭りだと皆固唾をのむ雰囲気。

君が代とアメリカ国歌の斉唱。

君が代はしずかな曲でいい声で歌っていたが、その次のアメリカ国歌がすごかった。
まさにノリノリの歌い方で、大声でリズムを取りながら、バックの演奏の音も大きく全開で踊りだしそうだ。

これでは君が代はまさに前座で、引き立て役。まあ悪気はないし曲の性格からしてしょうがないが、君が代も厳粛バーションだけではなくノリノリバーションもあったらいいのにと思ってしまった。

終始ノリノリで進行。

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懐かしのアメリカ飯をたらふく食べる。

・中身の方がパンよりでかいホットドック
・スペアリブ
・ローストビーフ
・ローストチキン
・ピザ
・ターキーサンドイッチ
野菜ゼロの開き直りが心地よい。ヘルシーって何?という感じ。

ゲストで来ていた中村修二さんもスピーチ。「自由と民主主義を日米両国は共有しているというが、日本には自由も民主主義もない。裁判制度を見ろ」と歯に衣着せぬ物言い。たしかに日本の検察が立件した案件の有罪率はスターリン時代の悪名高い人民裁判より高いが。

こういうズバリ物言う人には、アメリカは居心地が良い。私もつかの間、日本を覆う閉そく感から逃れた。

まあアメリカで「電力制限令」なんかあり得ない。供給が不足していれば何十社も発電事業に新規参入し、あっという間に供給過剰になるだろうし。もちろんあの国はいろいろいい加減なので「混乱」は起こるが、混乱を嫌い、自由を殺しては本末転倒。「どっちが本質的に大事なのか?」という話になる。

新規参入が制限されているのは資本主義ではなく、社会主義。その意味で、中村修二さんは正しい。

西田ひかるさんの「上を向いて歩こう」もいい声で良かった。

帰り道にUSJの経営が心配に。

19時半ごろだったが、USJは人っ子一人いなかった。なんと17時にクローズするらしい。役所じゃあるまいし。
この暑さ、夕涼みがてらの入場者は多いと思うが、どうなんだろう。というか、昼間は暑くてあんなとこ歩き回れないし客が入るのは夜しかないではないか。
だいたい5時に追い出されても食事にも早すぎて、家に帰るしかない。USJの周りに飲食店がたくさん出店していたが、商売あがったりではないだろうか。

ユッケでわざわざ規制を増やす必要は無い

ユッケO-0111で4人目の犠牲者が出た。

5月6日に蓮舫消費者・食品安全担当相が記者会見を開き、「現段階の規制では不十分だ。指導あるいは規制を強化していくのは私の役割だ。規制がどにのような形になるのかはっきりするまでは生食を控えてもらいたい」とコメントを出している。

これで思い出されるのは、姉歯事件だ。一人の建築士の起こした事件によって建築の基準が大幅に規制強化され、GDPが0.6%も低下したとされている。建築するための書類仕事がきわめて煩雑になり、それが今でも続いている。

ただでさえ、この国にはわけのわからない規制が多い。保育所の面積やら、自転車3人乗りの禁止まで、どうしてこんなところにまで国が口を出すのか、まさにいたるところ規制だらけである。

何か事件が起こると、規制を強化する。一旦できた規制は見直されることなく続いていくので増える一方だ。本当に必要な規制なのかどうか見極めないと、今後何十年もムダな仕事を増やすことになる。

例えば今回の事件だと、警察が捜査している。おそらく業務上過失致死として立件できるのではないだろうか。遺族は民事訴訟を起こして会社から賠償金を得ることもできるだろう。ほっておいても客は来なくなり、従業員もやめるので会社は倒産するだろう。

刑法上の罰則、民法上の賠償、それに加えて会社は倒産して財産を失う。社長にとってはまさにダブルパンチ・トリプルパンチであり、これ以上の罰則強化は単に屋上屋になるし何の効果もないだろう。

日本は法治国家、資本主義経済の国であり、今回のような事件を起こせば当然、しかるべき制裁が加えられる。

規制強化によって喜んでいるのは厚生労働省の役人だ。O-0111関連予算とか生食対策予算というのが当然要求されるだろうし、「生食に注意しましょうという」などという「意味なし」のポスターを有名芸能人を起用して刷るなど、典型的な天下り財団の予算と仕事がまた一つ増える。

蓮舫氏に言いたいのは、政治家は役人やマスコミに惑わされず、政治家らしく正しく選挙民の人気取りに励んでもらいたい、ということだ。選挙民は、税金の無駄遣いは望んでいない。

天変地異もかすむ人口減少の衝撃

しばらくぶりの更新。もっと更新しないと。。。

さて、震災一色になりあまり注目されませんでしたが、昨年末から2月にかけていくつかの人口動態予測のレポートが出てきています。

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これは国土交通省の人口レポートの中から特にインパクトのある一枚を抜き出したものです

・日本の総人口は、2004年をピークに、今後100年間で明治維新当時の3千万人ちょっとの水準に戻っていく。この変化は千年単位でみても類を見ない、極めて急激な変化。
・里地里山から人間がいなくなる。無居住地域が増大しシカやイノシシの生息可能域が拡大

などの驚くべきシナリオが描かれています。

この予測によると2050年には9000万人となりますが、これはすでに将来の母親の数が決まっているため(20年後の母親の数は今の幼児の数)かなりの確度でこれに近い姿になると思われます。つまり、今から変更できません。

しかしそれ以降についても、移民もなく、出生率について今までのように無策で手をこまねいていると、この通りになるでしょう。そうすると日本は、世界の中では「取るに足らない国」になります。

このグラフをじっと見ると新たな発見がいくつかあります。

ふりかえってみると、これまでの経済成長は人口の増加によるところが大きかったと言えるでしょう。イギリスやフランスはそれぞれ7000万人くらいであり、1億3千万というのは第二の経済大国を支える大きな数字だったのです。

また、たとえば、1950年の少し前にチクッとグラフが折れています。人口のメガトレンドに対して太平洋戦争による減少幅は、蚊に刺されたようなインパクトしかありません。

戦争当時の人口は7000万人でした。「一億火の玉」というのは植民地である朝鮮、台湾コミの数字であったのか。。。などなど、面白い発見があります。

さて、今後の人口減少を「前提条件」とすると、いくつかのことが言えると思います。たとえば、

1.今後ずっとエネルギー需要は急速に低下する。原発は不要になるだけでなく、電力はおそらく既存の火力と水力だけで賄えるので再生可能エネルギーは無くても最悪OK
2.労働可能人口の減少で交通量が減るので東海道リニアなど不要。人口が減少して既存の新幹線はスカスカになる。

という具合で、リストはまだまだ続きます。
いわば縮小均衡するわけですから、不要なものをどんどんカットしていくことになるでしょう。

その前に、前提条件である人口減少をを認めるか、否かということが国民のコンセンサスで必要になります。

認めた場合、オランダなどの「元大国」的・通商国家的な生き方が参考になります。しかし、これまでの歴史のどこ国よりも高齢化しているので、現実問題少ない人で多くの老人を扶養すると、超重税国家となり、活気のない国になるでしょう。

人口減少を認めたくない場合は、出生率を増やすか移民しかありません。

ヨーロッパなど人口にはこれまで悩んだ国が多いので、出生率は実は変える手段がいくつかあります。これからは「少子化担当大臣」といって何も仕事しないおばさんにまかして終わり、という時代ではなく、この問題を議論するのが今後最大のトピックになるという予感がします。
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