2004年08月

2004年08月30日

小旅行

 大型で非常に強い台風が九州に上陸しようとしている。そんなさなか伊豆に行くことに決めた。今日30日に宿を取ったのだが、昨日29日から前乗りで厚木で一泊した。学生時代、俺はまだ学生時代だが、の友人に会いに来た。一人は厚木中央図書館で新刊の雑誌をなるべく前に出す、という仕事をしていた。思いのほか、その女性は早く見つかり、びっくりした様子の中に「ゲッ!」って気持ちも見ることができたが、それには気づかないようにしていた。

 もう一人は厚木の物流工場長という立派な任務に就き、物を運ぶ手配をしたり、運ぶのをストップしたりしている。続きを読む

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2004年08月24日

さよなら、シガレット

 どうやら朝起きてすぐタバコを吸う奴はニコチン中毒らしい。朝起きてすぐにタバコを吸いたいなんて思いもしなかった、というのは少し前までの話で、最近は暇も手伝ってか、目が覚める→パソの電源→飲み物→パソを見ながらタバコ2、3本といった具合に朝飯を食べる前にタバコをたくさん吸ってしまっていた。そこに冒頭の話を聞いた。びっくりしてしまった。おらぁ、中毒なのか?タバコなんて大学一年生の時、八王子で悪者に女の子の前で無残にも殴られて、鼻血が2リットルくらい出て、にもかかわらず、その娘の家で愛を体現しようとして断られ、翌朝こっそり帰る途中で、こりゃあタバコでも吸わなきゃやってらんねーやってことで本格的に吸い始めたくらいで、そんなチン毛も生え揃わないうちから親や先生方の忠告を無視するのがアイデンティティーだ!!と言わんばかりにプッカーと吸っていた訳じゃないのに、そんなオレが中毒だと!!!そんな馬鹿な!!ということで禁煙を始めた。災い転じて福となすというのは少し違うかもしれないけど、毒を持って毒を制す、というのはもっと違うけど、そんなことわざも使えるようになりたいなあ、とも思うけど、とにかく禁煙五日目に突入した。続きを読む

tetuo2 at 00:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) たばこ 

2004年08月23日

素敵な山本昌邦監督

 オリンピック男子サッカー日本代表は随分前に予選敗退が決まり、大方の予想通り期待を裏切りました。アトランタでは予想以上の活躍を今は亡きゾノこと前園選手の中心に見せ、シドニーではだいたい予想通りの結果を見せました。ですので、予想はしていたとはいえ、今回の結果は非常に残念なもので、実はこっそり期待はしていたため、おい!!大久保!!「世界に自分が通じることがわかった!すぐにでも海外でプレーしたい!!」なんてなめたこと言ってんじゃねーぞ!!という気持ちになってくるわけで、思えば愛ちゃん、敗戦後、楽しめましたか?という問いに「基本的に楽しむために来ているわけではないので、そういうことはないです。」と答えた姿はとてもとても15歳とは思えず、「金もらってんだろ!!」と神である審判様に怒鳴った人はいったいどんな少年時代を過ごして来たんだろう?とついつい考えてしまうものです。

 そんな大久保青年の一番の理解者の一人であるのが、五輪代表監督山本昌邦さんであるのです。続きを読む

tetuo2 at 13:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) サッカー 

2004年08月22日

メダルがいっぱい

 やっぱりメダルが好きだ。小学生の頃初めて行った東中野ゲームファンタジア、ポーカーゲームで増えていくメダルに興奮した。カセットをはめてドラゴンクエストという冒険に出たときは、小さなメダルを草むらや樽の中から発見するたびに興奮した。そして今はやっぱりアテネで日本選手がメダルを獲得するたびに興奮している。

 俺の記憶に残っているオリンピックはソウル五輪からで今でもカール・ルイスやベン・ジョンソンの勇姿は脳裏に焼きついている。そこからバルセロナ、アトランタ、そして今回アテネだが、こんなにたくさんのメダルを獲得する日本選手団は初めて観た。続きを読む

tetuo2 at 21:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スポーツ 

2004年08月18日

夏って奴はよう・・

 海に行った、プールも行った、花火大会にだって行った。誰がなんと言おうが夏をしている。海は九十九里、茅ヶ崎、江ノ島に行き、プールは日野市市民プールと豊島園、花火大会は茅ヶ崎と東京湾に行った。誰にも文句は言わせない、俺は夏している。九十九里では日焼けをして、茅ヶ崎ではサーフィンとサッカーをして江ノ島では海水浴を楽しんだ、市民プールでも日焼け、それと競泳を、としまえんではウォータースライダーを少々と流れるプールを何週もしたし、飛び込み台はスルーした、茅ヶ崎の花火はテトラポットから綺麗で静かで大きく全体を観たし、東京湾では少し歩いて穴場のような場所から見る花火はもの凄く大きく、みんなここにくればいいのにと思った。みんな言っていると思うが、夏って素敵だな、ってくらい夏してる。続きを読む

tetuo2 at 23:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

五輪ピックって奴はよう・・

 オリンピックはやっぱり面白い。今回は、まだ五日目ではあるが、日本がたくさんメダルを取っているためさらにそんなオモシロさが増しているのだと思う。はっきり言います、興奮している。柔道、水泳、体操、愛ちゃん、野球、女子サッカーと今のところだけでもこんなに面白い競技があった。柔道は本当に日本の強さが際立っている。外国人選手同士の試合を見ると、どうもじゃれあってるように見えてしまうほど、日本の選手は格好が良く、目立つ、そして群を抜いて強い。オリンピックだと日本選手が活躍すると素直に嬉しくなる。阪神のウィリアムスがオーストラリア野球代表として出場していたが、アンチ巨人の俺が高橋よしのぶを一生懸命応援していた。そんなことに気づくとオリンピックってすごいなあ、と感心してしまうのだ。続きを読む

tetuo2 at 22:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スポーツ 

2004年08月13日

おらぁ、シアワセだった・・・。

 今日、日雇いバイトをした。金のため以外の理由はない。あるとすれば「なでしこJAPAN」の頑張りに動かされたくらいだろう。18時から23時の五時間だったわけだが、この時間は俺にとって永遠のようにも感じられ、おう!!金はいらねえ!帰らしてもらうZE!!という言葉を何度のど元からお腹辺りまで引っ込めたかというと、それは殺し屋に今まで何人殺したの?もしくは男子に中学生の頃全部で何回オ○ニーした?と聞くようなもので、つまりわからないほど多いということを言いたいわけだ。

 それほどツラカタヨ、とついついフィリピン女性のような口調になるほど辛くてなんだか悲しくなるような五時間であり、今までの辛かったことをその五時間の間に思い出してみたのだけど、兄貴と親父が血を血で争うような喧嘩をして親父が包丁まで持ち出し(まあ持っただけだったが)、母ちゃんと俺はとにかく泣くしかないという状況だったことくらいしか思い出すことは出来なかった。続きを読む

tetuo2 at 00:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2004年08月11日

サーフボードには乗れるか?

 先週土曜日茅ヶ崎に行った。人生で二度目だ。茅ヶ崎が二度目なのではなく、そこでしたスポーツが人生で二度目だった。そのマリンスポーツの名は「サーフィン」。スポーツの中でも一位、二位を争うお洒落で格好が良くて若い女性の食いつきがいいという三拍子そろったもので、細長の楕円形で厚さ5cmほどのプラスティックに波の力を利用して乗っかり、アクロバッティングな動きをすればするほど技術が高いとされる、これが「サーフィン」だ。主に海の近くに住む人々に人気だが、内陸に住む人々も憧れ、休日になれば朝から海に出かけることも多いと言う。

 そんな俺とは無縁にも思えるスポーツを初めてしたのは確か大学二年の、つまり今から三年前くらい、地元の友人に無理矢理千葉県九十九里まで連れて行かれた。続きを読む

tetuo2 at 08:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) サーフィン 

2004年08月10日

スピリッツ・セリエA特派記者

 オレは毎週「ビッグコミックスピリッツ」を買っている。昔から思い出してみると小学館の雑誌を買い続けることが多い。この前、スピリッツを発売前日に買うと、店主はヤンマガ(発売日が同じ)と間違えて280円を要求してきた。俺が間違えを指摘すると「スピリッツは女が読むもんだ!男ならヤンマガを買え!!!」とめちゃくちゃなことを言われたが、確かにわかる。マガジン系は男らしい。小学館はどこかソフトな印象がある。しかし、ここで書くことはそんなこととは一切関係はない。続きを読む

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タイ、6日間、一人旅(ファイナル)

 タイ時間五時半今回はしっかり携帯電話のアラームは鳴り、オレは目を覚ました。嗚呼、今日の夜には日本だな・・・なんて感傷にふける暇もなく歯を磨き帰り支度をし、誰もいない宿のカウンターに鍵を置き、金は払わず、その場を後にした。

 朝のカオサンロードはまだ静かで、やっぱり太った犬はかったるそうな顔をして横たわっていたし、ポツポツと見かける売春婦が「カモーン」とばかりに目配せをしてくる。いざ帰るとなると、そんな姿にも可愛らしさを感じ、旅の思い出が甦ってくる。ゆっくりカオサンロードを歩き、大きな通りに出たところでタクシーを拾い、ドンムアン空港と告げ、当分はあるいは見ることのないバンコクの景色に視線を向けた。続きを読む

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タイ、6日間、一人旅(5)

 この日は実質最終日。明日の朝一で帰るため、もう今日しかない。そして今日の予定は決めていた。死体博物館に行き、寺を少し見て、バンコクの大都会に行き、国立競技場を見て、お土産を買う日と決めていた。出来ればウィークエンドマーケットにも行きたい。
 
 死体博物館チャオプラヤ川を挟みスリラート病院敷地内にある。相部屋の二人によると途中でグロッキーになり最後まで見物できなかったと言う。それは楽しみだとブッダDAYのこの日に歩いてチャオプラヤ川まで行き、あっまいコーヒーを飲み、スリラート病院に入った、博物館入り口で白人カップルが座っていたので、うすうす感じていた嫌な予感はあったが、話しかけた。「イズデスミュージアムエントランス?」すると「YES!BUT・・・・・・・・CLOSED」と言う。なるほど今日は土曜日だから休みなんだな。このカップルも残念そうな表情をしている。まあ、サンキューと言って立ち去ろうとすると、「GOOD LUCK!!」と言われた。白人さんは格好いいなと思った。

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タイ、6日間、一人旅(4)

 アユタヤで一夜を過ごし、七時には起きて、パタヤに向かおうと思っていた。そのためにわざわざ日本から持参した携帯電話で二時間の時差を計算してアラームもセットしていた。しかし、オレの目が覚めた時間は八時半、つまり、一時間半の寝坊である。アラームをセットしたにもかかわらず、一時間半の寝坊、とんだミステリーだが、その謎解きは簡単、携帯電話がマナーモードになっていたからだ。俺の携帯電話はタイ時間で七時に「ウーン、ウィーン・・・」とうなり続けていたようだ。ということで九時にアユタヤを出発し、バンコクに向かい、とあるボランティアの日本人の少年と話し、地下鉄(出来たばかりのためどこまで乗っても10バーツ)でなんたらと言う駅に行き、バスでパタヤに向かった。続きを読む

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2004年08月03日

タイ、6日間、一人旅(3)

 サクマ君とサイトウ君に別れを告げ、俺は一人でフアラポーン駅に向かい、鉄道でアユタヤに向かった。その間タイ人に声をかけられたが、適当に話をしてすぐに本を読んだ。二時間もするとアユタヤに着いた。アユタヤというのは1351年にアユタヤ朝が開かれ1767年に幕を下ろすまで栄えた都市であり、今でもその遺産が残る日本で言う京都、鎌倉のような町である。まずはチャリを借りた。日本円で一日90円、そして宿を探すことにした。まず入ったゲストハウスで飯を食う。すると調子の良さそうなタイ人が話しかけてきて、次に奥の部屋から日本人女性が現われた。

 彼女は世界各国を旅しており、昔ピースボートにも乗っていたと言う。そして現在は三鷹にあるゲストハウスで20人近くで共同生活をしながら、働き、チャンスがあれば旅に出るそうだ。南米の危険性、アジアの楽しさ、日本の平和と退屈さなど一通り話し、そろそろ本格的に宿でもと思っているとその調子の良さそうなタイ人がこのビールと料理をコレが出来たらただにしてやる、と言ってきた。差し出してきたのは知恵の輪である。とにかく難しい。出来るわけがない。そんなイライラの募る中「チョー馬鹿ねー」と冷やかしてくる。白人は「IMPOSSIBLE!!!」といい投げつけたらしいのでオレも真似をして投げてやった。するとすぐにその知恵の輪を解き、次に輪ゴムを小指から手の甲を通しながら一度ひねり親指にはめてきて、「片手だけではずしたらただにしてやる」と言ってきた。コレも出来なそうにしているとますます得意げな顔になるタイ人。結局できずにバーツを払い、そこを後にした。
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タイ、6日間、一人旅(2)

 目が覚め、歯を磨き、顔を洗って、タバコを吸った。窓から外を見ると自分がタイにいることに実感を持てた。サクマ君とサイトウ君も目を覚まし、とりあえず朝食を食べるため、外に出た。どうやらバンコクの朝は遅い。宿の人間も11時くらいにならないと起きてこない。朝飯はタイのサンドウィッチのようなものを屋台で食べることに決め、注文するとティッシュペーパーの箱ほどの大きなサンドウィッチのようなものが。これで90円は安いなあ(おそらくカオサンじゃなければもっと安い)。で、この日は観光客らしく、観光をして夜はムエタイを見に行くことに決め、宿に戻り、荷物をまとめ、やっと起きてきたピエール瀧に鍵を返しに行くとどうも昨日と様子が違う。なんだろう?と少し考えるとわかった。口紅をしている!体も大きくがっちりとした体型に口紅はどうも気持ちが悪い。思えば昨日寝る前に宿の食堂でビールを飲んでいるとサクマ君とサイトウ君の肩や背中をチャンスさえあれば触ってきたのにはそんな理由があったのか、と納得できた。しかし、納得できないことはオレには全く触れてこなかったことだ。どうやらオレはオカマにももてないようだ。

 そんな妙な悲しみを背負わされながらも観光へ。チャオプラヤ川まで行き、その汚さに驚いた。川を見ていると中国人だと思われる奴が話しかけてきて、船に乗らないかと尋ねてきた。400バーツだという。高すぎる!EXPENSIVE!ど怒鳴ったあとは日本語でのらねーよ!馬鹿!!アホ!!トンマ!!とこちらの知性のなさをアピールするかのような日本語を浴びせると呆れた顔をしてさっさとその中国人と思われる男は去っていった。その呆れた顔にもむかついたので、チャオプラヤ川におしっこをして寺や王宮を見に行くことにした。

 ランルアン通りと思われる大通りを歩いていると次々とタイ人が道路側を向き「気をつけ」し始めた。何事かと思うと近くのタイ人が「WAIT!WAIT!!」と言って来たので立ち止まり道路の方向の向くと先ほどまではまさしく「TRAFFIC JAM」といわんばかりに渋滞していた通りがガラガラになっているではないか。そのタイ人が言うには今から王様が通るらしく、立ち止まっていなくては例え観光客だろうと何かしらの罰を課せられるらしい。そして数秒後、金色に輝く車が四台俺たちの目の前を通っていった。三台目の後部座席に座るのがタイ国内で絶大な権力を持つ王様だったようだ。コンマ何秒しか姿は見えなかったが、興奮した。するとそのタイ人が「オレはすぐ後ろのシルク屋のオーナーで他に二つの店を持っている。他の名所とそのシルク屋に案内させるから言って来い」と英語で話し、いつの間にかトゥクトゥクと話までつけている。ありがた迷惑とはこのことだとは思ったが、サクマサイトウコンビはその誘いに乗る模様で、ここら辺からこの二人とそろそろ別れなければいけないと俺は思い始めていた。
 
 しかし、仏像を見て回るのは案外楽しかった。何よりタイのそこら中にある大仏たちはふざけた顔をしているのである。少し絵心がある小学生に書かせてももっとありがたそうな顔を書くんじゃないかと思うような仏像に向かってタイ人は神妙な顔つきでお祈りをしている。「こち亀」に出てくるキャラクターのようなふざけた顔の仏像ばかりだった。とある寺院に行ったときは、ある男が寄ってきて一緒にお参りをしろ!と言われ、ノコノコついていくと三回頭を下げ、最後は頭を書き上げるしぐさが、正しい参拝の仕方で俺の真似をしてあとに続けと面倒くさいことを強要してきた。何だか腹が立ってきて、「ドゥーユーノーヤントラ?」というと顔つきが変わり「ヤントラ IS NO ブッダ!」と言ってきた。オレは少し勉強してきたため、ヤントラというのは、女の体に指1本触れてはいけないという戒律(出家をすると戒律を守らねばならない、ただの信者はOK)に堪えられなくなり、逃げ出し、アメリカ人女性とアメリカで暮らし始めてしまった罰当たりで有名な男なのだ。何で知っているんだ?と言ってくるので本を読んだと言い返し、その場をあとにした。

 そうこうしているうちに時間も経ち、ムエタイ開始の時間が迫ってきた。とりあえず、疲れたから足ツブマッサージをしてから行こうということになり、カオサンロードの足つぼマッサージに向かったのだが、右からサイトウ君、サクマ君、オレの順に横になり待っていると、まず、サイトウ君に小汚いババアがつき、その次に入ってきたオバチャンがサクマ君へ。そして少し時間を置いて若い鈴木亜美をセクシーにしたような美女が現われた。これはラッキーと体を硬直させて待っているとその娘は奥の布団に進み昼寝を始めた。そしてガラリと入ってきたのは日本にいれば、昔なら「上野でテレカ売ってそう」今なら「アルカイダ」と陰口叩かれそうな大男。そいつがオレの足元に座り、毛深い手でオレの足にオイルを優しく塗り始めた。旅に来てのマッサージ、思い出作りのためにも「アイタタタタ!!」と叫びたかったのだが、どうも優しくなでるようなマッサージが続く。しかも隣の二人のオバチャンは熱心にマッサージを続けるのだが、この男はどうも違う。携帯電話が鳴り、一時中断したり、トイレに行ったり、痰を吐きに行ったりする。それでも怒らなかったのは何故か妙に優しかったから。俺の脚のウラには昔切った痕がしこりのようになって残っているのだがそれを優しく撫で日本語で「イタイ?」と聴いてくるのだ。少し今朝の宿の男のことを思い返し危険かな、と思ったがその危機感はさらに高まってくる。足だけのはずが男の股に高等部を乗せられ、頭や肩、腕まで揉んでくる。首から下げる俺の笛を勝手に吹き、笑い、サングラスを奪い、自分の掛け、また笑う。ついにはうつ伏せにされ尻を揉まれ股の間から手の甲が不自然に金玉に触れる。こいつは参ったと思ったところでそのマッサージは一時間の行程が終わった。160バーツは確かに安いが時間の半分以上は全く気持ちが良くなかった。

 逆に疲れを感じたままムエタイにタクシーで向かうことにしたのだが、そのタクシーの運転手はこう言っていた。「ムエタイイズノットエキサイティング!エキサイティングイズ『スパイダーマン』!!」おそらく最近贅沢をして映画を観に行ったのだろう。どうでもいいからルンピニースタジアムへ行け!と言い到着すると不思議なものを観た。チケット売り場がタイ人用と外国人用に分かれているのだ。タイ人用には値段が書いていなかったが、外国人用には三等席500バーツ、二等席800バーツ、特等席1500バーツと書かれ、明らかに観光客から金を取ろうという意欲が感じられた。とにかく特等席を1000バーツに下げろと交渉するも1200バーツまでしか下がらず、それでも食い下がり、面白い顔をオレがするからもし笑ったら1000バーツにしろと言った。日本で子供を笑わすためや、合コンの席で随分使い、自信のある面白い顔を一回転のターンまでつけて見せてやったが全くその太ったオバチャンは笑わなかった。仕方がなく1200バーツで入ると予想通り、特等席には白人と日本人しかいなかった。そして飲み物やお菓子を執拗に勧めてくるのはまだ中学生にもなっていないような小さな少年ばかりだった。何度も何度も断られ、それでも何度も何度も勧めに行く。少し悲しい気持ちになった。試合はと言うと途中寝てしまったが、判定ばかりだった。特に最初の方の試合は少年のような選手だったため迫力が感じられなかった。そのため眠ってしまったのだが、隣のサクマ君に起こされた時、目の前には血まみれで、しかし闘争心の塊のような顔をした二人が戦っていた。ドクターは止めない。後ろの博打をしているタイ人たちも大盛り上がりでラウンドが終わるたびにレフリーが止めに入るのが大変そうで、それでも睨み合い、ゴングがなれば挨拶の右手を出すふりをしてミドルキックをお見舞いするといった迫力満点の好ゲームだった。そして次がメーンイベントのタイトルマッチ。さほど盛り上がらなかったものの、おそらくオレの隣に座るのは片方の選手の両親で息子の稼いだ金で綺麗な服装をし、一発のキックやパンチの度に大騒ぎしていた。

 それにしてもムエタイでは観客がラウンド間に指示を出す、しかも選手もそれを熱心に聴いて、観客に向かって頷いていた。博打もどんな賭けをしているのかよくわからなかった。ラウンドごとに手を挙げ二本、三本の指を掲げ狂喜乱舞していた。異様な雰囲気で怖かったが、明日からは一人で旅をしようと決めていた。



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タイ、6日間、一人旅(1)

 八月一日午後八時三十五分、俺を乗せたキャセイパシフィック航空のCX500が成田空港に到着した。これは香港空港の待合室飛行機を待っている時から感じていたことではあるが、少しの期間だけでも海外に身を置くと聞こえる日本語の量が多くなるにつれてどこか悲しいような寂しいような気がしてくる。この一週間の人生初めての体験がどうしようもなくかけがいのないもののように今、PCの前にいると、思う。
 家に着き、母親に一通りの話をし、新聞に目を通し、翌日は七時半から子供にサッカーを教えに行き、飯を食って、寝て、さらに翌日の今日、五枚ほど余ったインスタントカメラを現像しに行き、仕上がりに目を通すと、タイで知り合った日本人たち、タイのオカマ、子供、名前も知らない人々、風景が写っている。そしてそんなタイの思い出と雰囲気が少しだけ甦ってきた。続きを読む

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