2009年03月

2009年03月31日

アメリカ(ラスベガス天国編)

はるばる4時間かけて辿り着いたグランドキャニオンという広大な渓谷はとんでもないスケールで、15号線から93号線に入った辺りで食ったピザハットとかケンタッキーの旨さなんかよりとんでもなくて、舗装されていない砂煙舞う荒野をただただ走ってきた甲斐があったかもしれんなーと呑気に思ったのでした。本当は日帰りなら朝5時とかに起きて昼前に着いて3時間くらい探検するものだけど、そんなスケジューリングの巧みさもなく、夜にラスベガスで予定があったため、華麗なタッチアンドアウェイだったのですが、素敵でした。やっぱり俺たちみたいなど貧乏人は都会で鼻持ちならない遊びに興じるより、こんな地球を感じるような景色に胸を打たれるピュアな観光が似合っているのだと改めて思い、昨夜の勘違いした観光客気分を反省したのです。しかし、時間がないなら思い出だ!とも思ったのも平和な日本で生まれ食うに困った経験もなく、拳銃をこめかみに押し付けられたこともないからで、三井住友VISAカードを利用して200ドルのグランドキャニオン空の旅を即座にセレクト、2人で400ドルを支払い、「ユールックライクジャクバウアー!」とかわけのわからないことをブロンド女性な操縦士に言いながらヘリコプターに乗り込み、ウオーとかウヒョーとかスゲーとかたけーとか地球が生まれて46億年の文明人とは思えぬ感想を散らかし放題、自由気ままにわめき散らしながら約20分のスカイクルージングでで写真を撮りまくり、その勢いでグランドキャニオンの間を走るコラロド川クルージングでボートの操縦士に「こいつらはゲイなのか…」と鬱にさせるような行動でイチャイチャしてみたりしてマイナスイオンを感じたりしたのです。グランドキャニオンの歴史も先住民の営みも大いなる自然の叡智も感じず、「プリーズフォーユアジャパニーズファン!」とか言ってビデオカメラを向けるのが精一杯で超大自然中で「外人さんでもカメラを向けられると戸惑うものなのだ」という感想を持ち、一目散にラスベガスに向かいました。3時間半後、ラスベガスに予想以上に早く辿り着き、同行者の夢、ベスト5に入る「船オーナー」をチロッとでも感じるためにハイウェイ沿いにドーンと構えるワールドアウトドアとかいう巨大なアウトドア専門島忠みたいなお店で買えもしない船を見て、安いだ高いだ言ったのです。本物の拳銃が売ってたりしたのですが、さすがはラスベガス、そんな店にもカジノがしっかりくっ付いていて、簡単な夕食を済ませた後、気づけば手元に20ドルの全財産をチップに換えました。最低3ドルから遊べる安心なルーレットを選択し、とりあえず「赤」に3ドルと「9」3ドル、ほか適当に3ドルくらい賭けると、ディラーがもの凄い勢いで球をルーレットに投げ込み、しばらくすると、もうここからは賭けちゃあいけないよという合図をしました。さらにしばらくすると球は静かに「9」に収まり、気づけばたくさんのチップが私の目の前に積み重ねられました。アラ凄い、これは嬉しいと120ドルほどを手に入れ、22時スタートのショー「O(オー)」を観るためベラッジオとかいう高級ホテルの駐車場に車を止め、いそいそとジャケットに着替え、ビデオカメラを回したのです。「えー今からですね、なけなしの100ドルをすべて赤にぶっ込みですね、当たった場合、それを9に賭けて72万円にしてきます。つまりですねラスベガスをぶっ飛ばします」。続きを読む

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2009年03月29日

ラスベガスで72万当たったとか言う前に代表戦がとにかくつまらない

シドニー五輪で中田英が雨の中フリーキック決めた時は心底「やったぜ」と思ったし、ワールドユースの小野とか本山とか高原たちのサッカーはワクワクしたし、試合展開も速くて、やっぱり何より本気で応援できました。その頃のA代表は「これは韓国超えたな」とも思ったものでした。本気で。試合で圧倒していたと思います。しかしですよ、今の日本代表がバーレーンを圧倒していたとは全く思えないし、というかチャンスないし、眠くなるし、90分長いし、何よりバーレーン応援しちゃってたし、あらびき団のDVDの方が魅力的だったわけです。私は近所で少年たちのサッカーコーチという光栄な立場にあったのですが、やっぱり近所の少年サッカーで、しかも中野というスポーツ発展途上区なので、他チームではそこら辺のおっさんがコーチをしていたりするのどかな試合風景をを見ることができるのです。そこで5年前くらいにもちろんサッカーもできないおじさんコーチが「みんな!全員で守って全員で攻めるんだよ!」と体操のお兄さんみたいな声で言っていました。どうやって相手を崩すとかそういう話のなさ加減はさすがに貫禄あるなーと感心したものです。算数できない人は公文の先生できないのに何故サッカーはできてしまうんだろうなーとも思ったのです。そんな人と同じことをずっと言い続けてるのが現在日本代表監督にとぼけた眼鏡面で君臨する岡田こと岡ちゃんさんなわけで、指示できることは「とにかくボールを弾き返して、できることならそれを早めに攻撃につなげてね、あとはみんなのイマジネーションで頑張れ、コンセプトだ、何度も言うけどコンセプトだからね、ほんとよろしく、世界を驚かそうぜ!」という点のみで、どうやって守るの?どうやって攻撃につなげるの?どうやって攻めるの?という点を具体的に、論理的に選手が納得できるように説明がされていないという摩訶不思議な、中野区少年サッカー大会のような試合をさらして、つまらない時間を提供しているのです。何か喋り方が鼻につく右側のみツーブロックなウッチーは必殺ランウィズザボールでもれなくボールを足元から離して爽やかな笑顔で自らのミスをカバーしてますし、少年の頭脳のまま30間近になってしまった根暗ナカムーは特性のないリーダーシップを発揮しようと頑張りますが、喋っていることはこの際置いておいて、ホモ臭いイチローさんとはビジュアルに大きな違いがあり、サッカー自体のショボさをアピールする結果となっています。そもそもサッカーに不必要なあの髪型ですが、もしかしたら後頭部に重大なハゲか何かがあるのではないかと疑ってしまいます。日本一サーフィン上手そうなサッカー選手中澤はほぼサッカーを諦め、相手に体をぶつけ、ただただ攻撃につなげない大きなクリアのためだけにグランドに立ち続けています。何よりJリーグに参入してもたぶん7位くらいなんじゃないだろうかと思われる日本代表の試合がとにかくつまらないのは大問題で、セルジオも怒っています。別にトルシエにしろってことはないけど、その頃の方が、グランド内外ともに面白かったことは確かです。どうしたら岡ちゃん自ら辞めてくれるのかなーと思います。「えー、ワールドカップにもほぼ出れるので、この先に日本サッカーのことを考えるとワタクシ辞めるしかないと思い、哀しいですが、このような決断をしました。今までご迷惑をおかけしました。さようなら」と辞任会見を開くのが岡ちゃんにできるサッカーへの最後の貢献だと思うし、やったら歴史に残るし、ヒーローだと思いますよ。是非、ご決断をお願い申し上げます。

サッカー巧い人の感想もコレです。

tetuo2 at 13:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) サッカー 

2009年03月25日

アメリカ(ラスベガス地獄編)

目の前のブロンドお嬢さんがおっぱい丸出しで「トゥエンティーダラーズ、トゥエンティーダラーズ!」と言いました。2回言ったからフォーティーダラーズだろうかと余計な計算をするも確かちょっと前がフォーティーダラーズだったから大丈夫とか思い渋々内ポケットに忍ばせていた封筒からアンドリュー・ジャクソンが描かれた紙幣を取り出し、さらに渋々渡すと久しぶりの笑顔を見せたブロンドお嬢さんは私の手を取り、自らのおっぱいに擦りつけ、私はなんて柔らかいんだろうと素直に思ったのでした。と同時になぜ、なぜ私はアメリカ合衆国まではるばる来て自暴自棄におっぱいをモミモミ異文化コミュニケーションをしているのだろうと思ったのです。えーっと何ででしたか思い出しますと。

インド人ファミリーが経営する寂れたモーテルに30ドルでチェックインした途端、もの凄い眠気で、2人して朝に向かって猛然と眠りについたのが19時くらいで、気づいたのがその12時間後、これは旅行の醍醐味だねというか、時差ぼけ直ったねというか、やっぱり何か損した気持ちの男子2人は、急いで荷造り、大きなリュックを後部座席にドスンと置いて、何を取り戻したいのか海に向かうも、ロスは温帯気候です!と地球の歩き方に書いてあろうが、3月は3月で肌寒く、もちろん綺麗な海岸には綺麗に誰もいなくて、仕方なく一応海辺付近のカフェでブレックファーストを摂ることにするも海は見えず、見えるのはスポーツ新聞を読むアメカジおじさんたちのみ。ただし、いくら下からコンバース、短パン、ジージャン、ベースボールキャップにサングラスの出で立ちでも自分たちをアメカジだと思っているわけもなく、アメリカから見ればただのオッサンで、でもなかなか気さくなおじ様たちで何やら写真を撮ってくれたり、どこへ行くんだ、どこから来たんだ、いつまでいるんだ、ロスはどうだとハイテンションで異文化コミュニケーションを積極的に取ってきてくれました。今日はラスベガスに行ってアメリカンドリームをブチ当てるのさと告げ、サンタモニカへ向かい、ショッピングを試みたり、エロ本を立ち読みしたりそれなりに観光っぽいことを済ませていると可愛らしい白人お嬢さんが通りすがりに微笑みかけてきて、「ああ、モテてしまった」とまあ、それだけ、車で5時間のラスベガスを目指したのです。何か、走り出す前は「荒野を走る俺たち」と勝手に題し、軽く酔っていたのも1時間が限界で、ハイウェイ10号線から15号線に切り替えた辺りで、飽きてしまい、右側通行、左ハンドルにも慣れてしまい、2時間くらいでガソリンを入れると見せかけて、運転を交代してもらいました。同行者ももちろんすぐに飽き、それでも「頑張れ頑張れ!」と応援しても限界は来るもので、何やらブツブツ言い始めたので「どうした、何が欲しい?」と聞くと「女性ボーカル、男性ラッパーの曲をかけてくれ。じゃないともう頑張れない」と荒野に相応しくないリクエストをするので、呑気に「SOYONA」をセレクトすると、もの凄い不健康な表情で「違うのわかってるくせに」とスネられました。さすがに反省して青山テルマとか加藤ミリヤとかをかけてあげると最後の力を振り絞り85マイルのラストスパート。すると荒野のオアシスラスベガスが見えてきて、わーい、というより、明日からの運転をどうやって押し付けよう、と思ったのでした。続きを読む

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2009年03月24日

WBC優勝!!

だから、最初からイチローはやると思ってた。俺だけはずっと信じてたよ。スポーツ選手は馬鹿丸出しの方が好感が持てますよね。間違いなく好感度は「侍ジャパン>岡田ジャパン」だなと思います。オシャレなんて必要なくて、根暗はいらないということじゃないでしょうか。監督も含めて。とにかく萌えました。おめでとうございます。

tetuo2 at 23:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スポーツ 

2009年03月20日

アメリカ(ロサンゼルス)

なんだか時間が戻ったりして、これは最高と思ったらそうでもないのね、という本を読み終えると運転席に座る男が無言で不機嫌を表現していました。なんだ一体?と思い、振り返ってみます。ロサンゼルス空港という若干ショボい空港に着くとそこはもうアメリカ合衆国で、入国審査で指紋や顔写真を確認されESTAはどこで活用されているのかと不思議に思ったものの、英語力の問題か全くわからず、さらにホテル名を記載しないと意地でもユーをエアポートから出さないアルヨとのボディーランゲージ。決まってねえよ、と思いながらも地球の歩き方で一番高価なホテル名を書くとすんなり通過、ハブアグッッドトリップとは言われなかったと思います。まずはレンタカーだとハーツさんのバスに乗り込むとそこには肌の黒い巨大なおじさんが旅の疲れをねぎらう熱血生放送をしていて、わけもわからず、客も私たちだけなのでとりあえず曖昧な笑みを投げかけ、でも相手は笑わず、時差で眠く、すぐにレンタカー屋さんにつきました。そこには肌の黒いノッポなレディーがデブな同僚とお喋りをしていたのだけど、そんなことはどうでも良くて杉山愛が母ちゃんとテニスラケットを持って、手続きをしていたのです。実はそんなこともどうでもよく、本当ならオープンカーでアメリカをかっ飛ばすのが正しいのだとは思いますが、高い、もし3日後の未来がわかっていれば余裕のオープンカーもしくは、ジャックバウアーと同じ車をプリーズと言いたかったけれど、この時そんなことはわかるはずもなく、渋々フォードのフォーカスというカローラによく似た車を借りました。同行者は夢を諦めきれず「マイドリーム、オープンカー!マイドリーミング」と戦後の少年たちのようにアピールし、そのノッポの笑いを誘っていましたが、そのあとデブの同僚がノッポにかけた言葉の方が面白かったようでやけに白い歯が目立つ顔で爆笑していたのです。そんなやり取りが終わったのが現地時間の11時頃、とりあえず朝飯だ、そしてロサンゼルス市街はどこだとカフェに入ります。気の良さそうなブロンドのババアが注文を取りにきて「ディス、ディス」と注文、その隙に隣の親子にロサンゼルス市街へは何分でどうやって行くのかと息子に尋ねると何故か母ちゃん怒りだし、たぶん「食べ終わってからにしなさい!」と言った模様、どこの国も食事中のしつけにはうるさいもなのかと感心する一方、もし日本で飯時に、そして白人さんに「カブキチョーはどっちですか、ロッポンギでもいいんです」とか聞かれたら、食事はそれまで、それはもうあたふたしながらカブキチョーへのルートを教えたうえで、「カブキチョーイズベリエキサイティング」とかいう何の足しにもならないエールを送ったりしたんだと思います。続きを読む

tetuo2 at 04:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)  

2009年03月16日

アメリカ(出発)

都庁第二庁舎の免許センターに入り、「国際免許ください」と言うと、国際免許という響きにバカンスを感じ、ニヤつきますが、「はい!パスポートと写真はお持ちですか?ない?ではですね、あちらで写真をお撮りいただき、次にあちらで印紙を2650円分購入していただき、あちらへお持ちください!」とあちらが3箇所もあることじゃなくて、対応が機敏で驚きました。さすが都となると区とはレベルが違うもんなのかねえとか思っていたのが、10時40分、お馴染みのスバルビル前集合が11時なので若干の余裕があってヤンマガを読み、日本の不良とは何たるかを学ぶことで旅先でも舐められないメンタリティーを植えつけようと試みます。マガジンがサンデー化した今、ヤンマガこそリーゼントやメリケンサックなど普及の最後の砦でございます。仕事もせずにヤンマガを読めるなんて実に晴れ晴れしい気持ちになります。この場所が500人S○Xという問題作の集合場所だったとは到底思えません。そこに今回の同行者がペンキだらけのチノパン姿で登場、オークリーのサングラスをすでに装着し、曇り空の新宿に良くフィットしております。首都高から京葉道路、東関道と乗り継ぎ、成田に着いたのが12時30分、とりあえず8万円、というかもう現金が8万円くらいしかないから8万円をドルにエクスチェンジ、4時間後のユナイテッド890ロサンゼルス行を待ちます。ビールを飲んだり、文庫本を買ったりしました。本屋では18禁な会社を辞めて、借金は男の甲斐性とばかりに無人くんにお世話になりながら海外旅行を続ける同行者とどちらがより読書通なのかを競う無言の勝負が始まり面倒でしたが、「何でアレないねん、有り得へんわ!」と叫び続ける関西の中学生が周りの人すべてに文庫通を表現していて、感銘を受けました。それでもまだ飛行機が飛ぶ時間ではないので、外人を見ながらもし絡まれたらどうしよう、こうしたら勝てるかも、こうやったら逃げられるなとシミュレーションを繰り返しました。搭乗口にはアメリカ人らしき外人が多く、イレズミの入った外人が多く、丸太のような腕の外人が多く、ユナイテッド航空なのでやはり決意に満ちた表情の方がいないかも確認するも、彫刻のような顔をした人は中身以上に心に秘めたものがあるように見えるものなのです。そしてついにエコノミーの搭乗が開始されましたが、動かざること旅通の如しということで、せっせと慌てて搭乗を急ぐようなことはしません。ステイして、大方搭乗を済ませたところで、ファーストクラス乗客のように悠々と搭乗するのが旅通なのです。で、搭乗すると真ん中、同行者182傳坑哀ロ、私179傳僑献ロなのに5並びの席の真ん中とやや左、「ふざけるな何で通路側じゃねんんだよ」と思い、周りの通路側を見ると、丸太のような腕、編みこまれたヘアースタイル、190は遥かに超えていそうな身長、飛行機落ちるんじゃねえかと思うような分厚い肉体の持ち主で、そりゃそうだと思いなおし、映画も観れないエコノミークラスでロサンゼルスに旅立ったのでした。

そろそろ「最初からイチローは活躍できないと思ってたんだよな」とか言い始めようと思っています。

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2009年03月09日

なけなしの金でアメリカに行ってきます

未来だと言う人もいれば、広大な田舎だと言う人もいます。欲望のすべてが詰まっていると言う人もいるけど、さすがに手コキッス専門店はないだろうなあと思います。飯2回食って、映画2本観て予定でも立てていたら着いてしまうようなところにあって、床屋の話だと一本入ると人を刺す用として丹念に磨き過ぎて自らの指をなくすくらいにとがれたナイフを忍ばせた黒人さん3ダースくらいいるらしく、父親の話だと不景気の影響で盗人にジョブチェンジした輩がウヨウヨいるらしく、呑気にハリウッドの看板をブツ撮りしてる場合じゃないらいのです。しかし、男に行かねばならない時があり、場所があるのです。それがアメリカ合衆国、ロスIN、サンフランシスコOUTです。左ハンドル、右通行のレンタカーを借りてTMネットワークを流しながら荒野を走り、モーテルに泊まり、ラスベガスをぶっ飛ばし、グランドキャニオンで吠えるのです。ビバリーヒルズと上高田を、ロス市警と野方警察を比べます。調子が良ければスラムダンクよりもっとドラマティックなNBAを観ます。ということでアメリカに行ってしまいます。5泊7日の可愛らしい旅ではございますが、舐められないように頑張ります。フ○ックって100回言うのが目標です。WBCも気になりますが、思い出の捏造も視野に入れつつ飛行機に乗るのです。それにしてもアレですな、「内川はスライダー捨ててますね。引っ張る気ないですよ。右方向しか考えていませんね」とは内川の2点タイムリーの5秒前の解説古田さんのセリフ、気軽に人の心読むもんじゃないですね。では、さようなら。

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2009年03月05日

チャリ通のススメ

先日まで極めてオシャレなバイクでの通勤をしてヘルメットによって無慈悲に踏みつけられた髪型を気にしながらデスクに到着しておりましたが、そんな時代は終わりを告げ、エコに感心の高いアラフォー世代の凝り固まった乙女心を鷲づかみにするチャリ通を始めました。もちろんそのチャリは極めてオシャレなわけで、再び肉体的な全盛期を取り戻すことも請け合いな一石二鳥通勤の始めまりなのです。早稲田通りを真っ直ぐ東へ、そして大久保通りを左折し、明治通り右折した職安通りから抜弁天に向かう坂はとてつもなく急で、バイクならばaikoのラブソングの下ネタ替え歌でも口ずさみながら越えられますが、チャリだと壁です。ロッククライマーにでもなったような気分でそれはもう必死で乗り越えるわけです。その時の気持ちたるや「11時フレックスでお願いします」と社内メールを一発入れて左手のAMPMで実話ナックルズでも立ち読みしようかなという哀しいものになるのですが、その上は新宿スタジオなわけで、朝と言えど、もの凄く夜に相応しい行為がバンバン行われ、カメラマンと男優による炎のアイコンタクトがバッチリ決まってる光景を思うと踏みとどまるのです。でも、アラ不思議、その心臓破りの坂を登りきった時の達成感、爽快感ったらないんです。だってその後は、曙橋へと下る坂道、防衛庁前の爽快な靖国通り、S字に曲がる市谷駅前を通り抜け靖国神社から九段下への坂を直滑降すれば見事ゴールという素敵プランなのですから。そうなると、私のスポーティーお兄さんぶりに酔っ払い、どうか見て、ぜひ見て、あのオシャレなコートを着る素敵なOLさんにこのさわやかな姿を見せたいと心底望むも弊社は駅から直結誰も見てやしません。仕方がないから寂びれたビルを熱血補修中の腕の太いオッサンたちの「へーアイツチャリで来てやがる」という脂っこい熱視線を独り占めするのです。最高です。ただ、やはり気分はいいです。寒くもないし、毎朝10キロくらいチャリ漕ぐと体にもキレが出ます。きっとサッカーも上手くなるだろうし、DVDの延滞金を月に5000円も払うこともなくなります。良いこと尽くめです。これで東京マラソンへの準備は万端だと思っていたのですが、どうやら東京マラソンに参加することはできなさそうです。無念。

tetuo2 at 00:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日記 

2009年03月03日

海外の旅は息子に語るために行くので命さえあれば問題なしなのです。

彼は天職とも言えるような仕事を不必要な葛藤の末、辞め、どういうわけか無人契約機から結構なお金を引き出して旅へと出たのです。まずは中国、人当たりの良い彼はそのまま東南アジアに行けばいいものを、とある眼鏡っ娘の爆笑ウエディングドレス姿を観るために帰国、そしてすぐさま東南アジアへと再び旅立ったのです。もちろん用意周到な彼は無人契約機からお金を下ろすことを忘れませんでした。タイ、ヴェトナム、カンボジア、マレーシアと20代の特権、息子に語るため一人旅は続きます。旅行会社の社員はみんな言います。「海外で油断するべからず。バックは前に背負いましょう」と。でも20代の男子は思うのです。「そんなことしてたら旅初心者だと思われるじゃねえか」と。もちろん彼も例外ではなく、旅が進めば進むほど調子に乗り、進めば進むほどデンジャラスで過酷な旅の思い出が欲しくなったのでした。そんな思い出のエースはやはり宿、シャワーのない宿からトイレもない宿に、さらには鍵のない宿、そしてついには窓が吹きさらしの宿へと進化を遂げました。その頃には、もう彼に怖いものはございません。旅歴27年、人生は旅である、旅とは人生であるとか思い始めるのです。そしてそんなトイレもシャワーも鍵も窓もない宿で気持ちの悪い亜熱帯の夜風を感じながら眠っていたある日、忍び足という謙虚な足音とは程遠い足音が眠っている彼にも聞こえてきます。その足音は見る見るうちに近くなり、気づけば2メートル、躊躇なく荷物を漁るどころか、片っ端から荷物を持ち去ったのです。もちろんルームキーパーがこのホテルと呼ぶには少々型破りな建物にいるはずもなく、彼は「泥棒だ!」と飛び起きました。この認識がやや間違っていたことに彼が気づくのは数分後のことです。彼は一目散にその泥棒らしき2人組を追いかけました。「待て!コラー」彼は呑気に叫びました。肌の黒い2人組に飛び掛りました。野球経験の長い彼のタックルが一人に命中し、2人はもつれるようにマレーシアのデコボコな地面へと倒れました。しかし、もう一人泥棒さんは余っており、キック、そしてキック、やっぱりキック。彼がその衝撃によりゴロゴロと地面を転がると追いかけてきてキック、そしてタックルを受けたもう一人がパンチ、2人して攻撃を加えられながら彼は思ったのです。「あーこりゃ、強盗でしたな、ごめんなさい、どうかとっとと諸々持ち去ってください」。その願いが届いたのか、スッキリしたのか、強盗さんは立ち去っていったのでした。

朝を待ち、彼は日本大使館へと向かうため、なけなしの金でタクシーに乗りました。彼の顔を見て、タクシーの運転手、仮にラーマンさんは心配しました。「どうしたんだい?」「えっ、そんなことがあったのか!」「それは心配だな」「パスポートもか!?」「大丈夫か」「大使館までもうすぐだからな」とありったけの優しさをぶつけてくれました。彼は「良かった、悪いやつばかりではないのだな」と思ったのも束の間で、大使館前で金を払おうとするとラーマンさんは言いました。「こんなに心配してやったんだからもっと金を寄こせ。まだあるだろ!」。そこに優しいラーマンさんの表情はありませんでした。涙ながらになけなしお金をたくさん払い、彼が日本大使館で諸々の面倒な手続きを終わらせると、何故かラーマンさんが再び優しい表情で舞ってくれていました。「大丈夫だったか?よし!とりあえず、元のホテルに戻ろう、乗んな」とジェスチャーするも彼はさすがに断ります。「いいから乗んな、乗れよ、乗れ!」と力強く言われ、彼はしぶしぶタクシーに乗り込みました。「ホテルはどこだ?」と優しく聞くラーマンさんにホテルの場所を伝え、もう二度と訪れないはずのホテルへ辿り着くと、ラーマンさんは彼を連れ、ニコニコと宿の受付へと向かいました。面倒くさそうに受付のババアが顔を出すと、「おい!てめえ、俺の親友がひどいめに遭ったじゃねえか!どうしてくれんだ!セキュリティどうなってんだ!責任取れコラ!」と叫び始め、あろうことかお金を要求し始めたのです。もちろんそこに優しいラーマンさんの顔はなく、烈火の如く瞳はドルマークです。「こりゃ適いません」と彼は隙を見て逃げ出したのでした。息子に語るエピソードができた彼は泣かなかったと言います。

みなさん、旅行には十分注意しましょう。冒険心旺盛なのもほどほどに。

tetuo2 at 21:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)