南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)とはなんぞや

一説には仏の名前といい(正確には生命に宿る仏性の名前)
ありがとうという感謝の意味もあるという


そんな 南無妙法蓮華経 について考えてみたい

南無とは帰命(きみょう)するという意味
帰命とは仏・菩薩に自らの身命をもって帰依(きえ)すること
帰依とは信じてよりどころとすること
妙法蓮華経を信じてよりどころとするという意味になる 
 

では妙法蓮華経とはなんぞや 
妙法を妙(たえ)なる法、不可思議な法、普遍の法則とでもいうのでしょうか。
蓮華とはハスの花の意味。
蓮華草という意味もあるがこの場合はハス。
ハスの花は花と実が同時になる不思議な植物である。
普通は花が咲いたあとに実がなる。
これは因果倶時(いんがぐじ)という言葉を表している。
因果倶時とは原因と結果が同時に備わっていることを表していて未来の果を知らんと欲すれば現在の因を見よにも通ず。
何か難しいね。
経は仏の教え、仏典ということになるのだろう。

まとめて言うと
妙法蓮華経は原因と結果が同時に備わる不思議な法則の教えということになるが何のこっちゃである。
通常、原因と結果には時間差がある。
何かの原因があって何かの結果がある。
しかしながら法華経では原因と結果が同時にくる。
つまりいつかこうなればいいねという教えではなく、瞬時に目的を叶えることができる究極の法則ということになる。 (ただし、それは見える形ですぐ現れる場合とそうでない場合があるのだけど) 
そんなこと信じられまっか?
普通は無理だよね。
それゆえ難信難解(信じることや理解することが難しい)と言われている。

何の邪心も疑いも無く赤子が母を信じるかの如く心で 南無妙法蓮華経 と唱え奉ることができたのなら妙法を信じるきることができたのなら、一瞬にして原因と結果を表すことができる。
それはまさに奇跡とか偶然とかまやかしとか言われることかもしれない。
しかしながら世の中や宇宙を動かしている根源的な法則があってそれは時間を超越しあらゆる理を紡ぎだしている。
また人間もその法則から逃れることはできないし、また法則によって形作られ成り立っている。
それゆえに普遍の法則が自身の生命と合致共鳴すると信じがたい力が生み出される。
それは自身の力ではあるが自身の力ではない、ちょっと理解不能なものである。

虫眼鏡で光を集めて黒い紙を焼くが如く、己の心を一つにして (ただ願いに集中して)  南無妙法蓮華経 と唱え切れるなら、あなたの絶望が瞬時に希望に変わる。