法然(念仏の祖)が流罪された理由
 
法然と言えば念仏を唱えれば阿弥陀如来が極楽浄土に連れて行ってくれると言った人である。
また法然の弟子に親鸞という人もいる。
法然は吉水教団という宗教組織を率いていてある事件がきっかけで流罪に処せられるのだが、その理由がこっけいである。

後鳥羽上皇には松虫と鈴虫という側女(愛人みたいなもの)がいた。
彼女たちはある日後鳥羽上皇がいない時に念仏の僧(男)を御所(天皇の家)に招きいれ説法を聞いたのだが、夜も遅くなったからと僧(男)をそのまま御所に泊めてしまったそうな。( 愚管抄に記述) 
ほどなく2人の側女は出家して尼さんになった。
法然は即刻その僧を破門にしたが、激怒した後鳥羽上皇は念仏の僧を死罪にし、法然と親鸞などの弟子7人を流罪にしたという。
これを承元の法難という。何が法難なんだか(爆)
親鸞などはその当時タブーとされた妻帯をしてるぐらいだから女関係には寛容だったのだろうけど。
これを法難なんてかっこいい名前つけていいんだろうか。
ただ単に自分の留守中に愛人が知らない男を家に引き入れたので激怒した天皇が報復した事件じゃないか。
そもそも貴族から下民までほとんどの人間が念仏唱えていたのに法難なんて起きようがないだろうに。

法難とは教義の内容によりそれを敵視反発する他者から迫害や攻撃を受けることである。
承元の法難は念仏の内容なんてまったく関係ないのだから法難じゃなくて女難といったところではないだろうか。

また法然は
九条兼実などの力を得て、流罪地の変更や期間の短縮を行っている。
何だか弟子の不始末は自分の責任という覚悟が無いというか、正直あきれてしまう。
世の人は法然やら親鸞やらありがたがるけど、私には何が良いのかさっぱり分からない。
誰かご教示願いたいものだ。
ちなみに私の家系は先祖代々浄土真宗の檀家である(笑)