NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』帝国ホテル総料理長 田中健一郎

田中は子供のころ、帝国ホテルの伝説の総料理長、村上春夫シェフ、ムッシュ村上が出演する『3分クッキング』を見るのが好きであった。その番組のレシピで家族にハンバーグを作った。家族はそれを食べて、美味しいと喜んでくれた。
田中は「料理は人を幸せにするものだ」と思った。
高校卒業後、田中は迷わず村上が総料理長を務める帝国ホテルに入社した。
田中の結婚式で主賓の村上は、田中を「将来の総料理長です」と紹介した。
田中はリップサービスだと思った。しかし家族は本気にした。

バブルが崩壊して、ホテルのフランス料理は、利益が3分の1に落ち込んでいた。
そんなときに、40代前半の田中にムッシュ村上の後継者として、総料理長の白羽の矢が立った。ホテルは若い田中の感性にかけた。田中は400人の料理人のトップになった。30人抜きであった。
最初は何をどうすればよいのか、さっぱりわからなかった。
そして、いろいろ料理人たち提案した。レシピの改革を試みた。
しかし「あいつはムッシュではない。」と、陰口をたたかれた。
だんだん自分の殻に閉じこもっていくようになった。

そんなときに、娘の一言
「お父さんらしくないじゃない。今までのお父さんを出していけばいいじゃない。」
「そうだな」と田中は思った。
「本当に駆け引きなしに本人を思ってくれる家族の言葉というものほどありがたいものはない。」と田中は言った。
そして、料理人を集めて提案していった。
田中は、ムッシュ村上総料理長の婚礼レシピに改革を入れて、季節感をふんだんに取り入れたメニューにした。それによって売上は2割増えた。コックたちの見る目も違ってきた。

取締役総料理長という立場なのに、自ら厨房に立っていった。ロッカーもほかの料理人と一緒である。
一緒に厨房に立ち、背中で引っ張っていくのが田中の流儀になった。時には料理の下ごしらえもする。若手と一緒にズッキーニの皮をむいたりもする。

「殻に閉じこもっていた時期」
それを司会者の茂木健一郎は、「さなぎから還る時」というように評していた。なかなかうまい表現だと思った。田中は、そういう時期でも何か蓄えられている、というようなことを言っていた。

あるとき村上は田中に聞いた。「今まで一番美味しかった料理は何だね」。田中は返答に窮した。「一番美味しかった料理は、お母さんの料理だよ」と村上総料理長は言った。「本当に美味しいものを食べさせてあげようという愛情がこもっている」
基本が大切なのはもちろんだけれども、大事なのは、どうやって料理人の気持ち、思いを料理に込めていくかということ。

160人の宿泊客を招いた、ある高原ホテルでの晩餐を開く模様を放送していた。
そのときに、幼い子供を難病で亡くしたある夫婦が、友人の計らいで招待された。子供を亡くして料理が口に入らないような状況になっていたのを気遣って招待してくれたのだ。
奥さんが料理を味わって、「料理を本当に味わうことができた。亡くなった子供のおかげです」と、語った。
田中総料理長の目が涙で潤んでいた。

やはり、料理には愛情を込めることが大切なのであろうと感じた。この人を総料理長に抜擢したのは間違えではなかったのであろう。
「総料理長になって、頂点を極めた気持ちはないし、これからだという気持ちが強い」と、田中は言う。

取り止めがなくなったし、描写が正確ではない部分もあるが、この番組で私が印象に残ったところである。

この番組で学んだのは、以下のようなもの。そして、それは料理に限らず、すべての職業に通じるものではないかと感じた。

料理というものは、とても基本が大事であるということ。
料理には、気持ちを込めないといけないということ。
料理は人を幸せにできるものであるということ。

人が成長するときには、さなぎから蝶に還るような時期があるということ。
前任者がいかに偉大であったとしても、時代が変われば「変革」というものが必要に
なるということ。