税理士・診断士の税務&マネジメントお役立ちブログ

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マネジメント

「星野リゾートの事件簿」中沢 康彦

◆社員をやる気にさせ、組織を活性化する
星野リゾートは、様々な業態のホテル、旅館、リゾートを経営している。その中で、社員自らが中心となり、新たな新サービスを提供したりして、顧客満足度をアップし、売上を増加させてきた事例などが紹介されている。「アルファリゾート・トマム」や有名な地ビールである、よなよなエールを売る「ヤッホー」などは、星野リゾートが運営していたということを初めて知った。11の事例が盛り込まれているが、どれも面白い。

◆売上アップ、コストダウンではなく、「顧客満足度」の追求
例えば、「アルファリゾート・トマム」の事例では、営業部門ではなく「機械部門」の社員が、「山頂の雲海テラス」を開発。それが名物スポットとなり、売上アップにも貢献した。
それには次のような言葉があった。『お客様の満足が最大の目的だ』。雲海テラスの開発者である伊藤の言葉として、本文に、以下のように書いてある。「それまで、売上を伸ばせ、コストをカットしろと言われ続けていたのに、突然、『お客様の満足が最大の目的だ』と言われた。会社は売り上げがなければ存続しないのに、どうして新しい社長は満足度なんて言い出すのか、まったく理解できなかった」と。確かにそうであろう、売り上げを伸ばせ、コストをカットしろと言われ続けてきた社員が、「顧客満足度を上げる」ということをいわれても、ピンと来ないであろう。そういう会社が大半なのかもしれない。それが、顧客満足度を上げるということを考え続けた結果、「雲海テラス」というものの創造につながったのである。

◆経営者にとってお勧めの本
上記のような事例が盛りだくさんの本である。「顧客満足や、経営理念の重要性」という言い方もできるかもしれない。このように、権限を委譲し、社員を活性化させ、成長させ、新たなサービスを作り上げ、顧客満足度をアップし、それが会社の業績をアップさせていくというのは、本当にすごいことだと思う。このような順序で会社を活性化し、業績をアップさせるといいうのは、企業のあるべき姿ではないか。星野社長も最初からこのような度量の広い人ではなかったようであるが、社長の器の広さというものが見て取れる。あらゆる会社の経営者にとって、社員をやる気にさせ、組織を活性化させるヒントとして一読されることをお勧めする。もちろん、一般の社員の方などにとってもお勧めである。

種類株を使いこなせ

◆様々な種類株の発行が可能に
去年、平成18年度に「商法」が「会社法」に改正され、様々な種類の株式を発行できるようになった。普通株に対して、別段の定めや制限のある株式を「種類株」と考えていいであろう。特に「譲渡制限会社」つまり「非公開会社」について、使い勝手のいい種類株を発行できるようになった。

◆相続・事業承継対策で威力を発揮
この種類株は、おもに相続・事業承継対策に活用できるものである。簡単に説明すると以下のような種類と内容である。
ゝ跳荼∪限株式
会社法115条で、非公開会社(譲渡制限会社)における「議決権制限株式」の発行制限規制(2分の1規制)が撤廃された。これによって「役員選任権」を付した普通株式を発行でき、少額の資金で会社の議決権の過半数を握り、役員の選任権を握ることも可能になった。
拒否権付株式
これは文字通り、「拒否権」を持つという強力な株式で、通常の決議の他に、役員の選任権について拒否権を有するものとしたり、剰余金の処分の決定権について拒否権を有するものとしたりできるものである。
A管取得条項付株式
オーナー一族が株主として継続してほしくないと考えている株主について、この「全部取得条項付き株式」を発行して強制的に買い取ることも可能である。

◆定款変更が必要
上記の「種類株」を発行する場合、定款変更決議をして定款を変更する必要がある。
例えば「全株取得条項付株式」の場合、以下のような株主総会の特別決議が必要となる。
〜干取得条項を付すための定款変更決議
株式の種類を形式上2種類にするための定款変更決議
A管取得条項に基づいて、株式を取得する決議
この決議を経て、定款を変更することになる。

◆「剰余金の配当、議決権等に関する別段の定め」による差別化
また種類株とは異なるが、定款における別段の定めを行うことによって、株主に違いを持たせることができるようになった。「剰余金の配当、議決権等に関する別段の定め」がそれである。例えば会社法109条2項で以下のように定めている。
「非公開会社(株式譲渡制限会社)は、‐衢抄發稜枦を受ける権利∋塚昇盪困諒配を受ける権利3主総会における議決権に関して、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができる」というものである。平たく言えば、株式において配当の割合を変えることができたり、同じ株主でも議決権に違いを持たせることができるというものである。
★株主総会の決議と定款変更が必要
通常、株式数により配当や議決権が決定されるが、株主1人につき1議決権とか、代表取締役については配当を2倍にするなどというようにすることができるものである。またこれは、株主総会の決議により定款変更を行うことによって可能である。ただ配当の場合、後継者である息子に配当が多く支払われるようにすると、「贈与の認定」がされ、贈与税が課税される可能性が高いことに留意する必要がある。

「びっくりラーメン」破綻、吉野家が買収

◆「びっくりラーメン」破綻、吉野家が買収
180円の低価格のラーメンチェーン「びっくりラーメン」を展開する「ラーメン一番本部」(本社・大阪市)が8月30日、大阪地裁に民事再生法を申請して経営破綻した。またそのラーメン一番から、吉野家が事業譲渡を受ける契約をしたとのこと。両方ともちょっとびっくりだ。吉祥寺から徒歩10分ぐらいのところにもびっくりラーメンが一店舗あるけれども、私はまだ利用したことがなかった。

◆経営破たんの理由は何か
しかし、なぜびっくりラーメンは経営破綻したのであろうか。こんなに安い価格なら、格差拡大の今日、けっこう繁盛していたと思うのであるが、なぜなのであろう。
9月11日付けの夕刊フジには「ラーメン一番本部は収益性が低いなかで行った急激な店舗拡大により資金繰りが悪化した」と書いてある。8月31日付けの日経新聞には「関西を中心に約190の低価格店を展開し、売上高はピーク時の2005年12月期には58億円あったが、急速な店舗網拡大などで業績が悪化していた。帝国データバンクによると、子会社も含む2社の負債総額は約39億円。」と書いてある。

◆値付けと経営者の資金繰り感覚が問題
新聞ではこれぐらいしか情報がない。以下の二つのことが読み取れると思う。
ゝ涎磴陛絞淌験による資金繰りの悪化(夕刊フジ)
急速な店舗網拡大などで業績が悪化(日経新聞)
日経新聞は、店舗拡大により、資金繰りではなく「業績が悪化」と書いてある。つまり、店舗が多すぎて、飽きられたか店舗同士が市場を食い合ったというように読み取れる。

◆経営者の能力の問題・・・なぜ資金繰に留意しなかったのか
どちらにしても、これは「経営者の能力の限界」というものが見て取れるのではないかと感じる。とともに、以下の二点に注意を注いでいたら、けっこう容易に経営破たんは回避できたのではないのか。
まず、資金繰りを十分検討しながら店舗拡大をしていたら、倒産は回避できたのではないのか。「ここで抑えないと資金繰りが苦しくなる」と考えるような経営者ではなかったのではないのか。店舗の拡張は得意であるけれども、財務のブレーンが不在だったり、資金繰りなどを気にしない、相当ワンマンな経営者であるように感じる。

◆経営者の能力の問題・・・なぜ価格引き上げをしなかったのか
次に値付けの問題である。190円というのは、本当に安い。消費者としては、大変ありがたい値段である。その値付けには、私も本当に「びっくり」させられた。しかし、たとえば250円ぐらいに値上げして販売しても、採算は十分取れたのではないのか。それでも価格競争力があるし、たとえ客の回転が減ったとしても、荒利が大きく増えるので、十分採算が取れたような気がする。経営者は190円という価格にこだわりすぎたのではないのかと感じた。確かに消費者にとっては、ありがたい値段であるし、「低価格戦略」というのは、強力な経営の武器の一つではある。しかし、それで経営が成り立たないとしたら、値上げすればよかったのではないかと感じた。「値付け」の難しさというものを感じたしだいである。

言うは易しで、批判するのは簡単であるけれども、やはりちょと残念な気がする。でも、経営者が違えば、倒産を回避できたような気がして残念である。また、ベンチャー型の経営者には、こういった資金繰りをあまり気にしないで拡大戦略のみに関心があるという人も多いのではないのかと感じる。

形から入っていくことは、とても重要・・・ウインザーホテルのケース

(日経夕刊07.08.27号より)

◆波瀾万丈の経歴を持つウインザーホテル
北海道の洞爺湖を囲む山の頂に立ち、来年の主要国首脳会議(サミット)の舞台となるザ・ウインザーホテル洞爺。このホテルは経営悪化、閉鎖、オーナー交代、そして再生と、波乱に満ちた経歴を持つ。

◆ウインザー再生の立役者
その運営会社のザ・ウインザーホテルインターナショナル(東京・港)の窪山哲雄社長が
このホテル再生の立役者である。97年の春、それまで6年間勤めたハウステンボス(長崎市佐世保市)にあるホテル運営会社の社長を辞め、現在の会社を設立し、ウインザー再生に取りかかった。長崎から洞爺へ一緒に来てくれたスタッフは十数人。本当は50人が名乗り出たが、向こうの運営に支障がないよう絞り込んだのだという。

◆心理的な壁で客の振る舞いも変わってくる
そのとき、施設は国際的にも一流であったが、経営が苦しく一泊6千円で客室を販売していた。サンダル履きの人がビールを持ち込み、部屋で焼き肉を焼く。注意した社員は殴られた。
これでは一流リゾートの空気はつくれない。そこでドアマンの服をフォーマルに変え、玄関には高級車を置いた。「心理的な壁」なのだという。面白いことに、そうするとお客様の振る舞いは自然に変わったという。ちなみに今の客単価は5万円台とのこと。

◆外見や形が人の心理に与える影響は大きい
「サンダル履きでビールを持ち込み、部屋で焼き肉を焼く」そういう客がいた。ドアマンの服をフォーマルに変え、玄関前に高級車を置くことによって、自然に振る舞いが変わってきたという。「心理的な壁」というが、これは興味深い。やはり、形を整えることによって、人間の心理に与える影響というものも大きいのだと思う。

ちょっと違うかもしれないけれども、ニューヨーク市が行った「割れ窓理論」というのもがある。この「割れ窓理論」を連想させる。ニューヨークは犯罪が多い都市でもあるが、当時のニューヨーク市長ジュリアー二がこの理論を政策に取り入れたことで、犯罪も大きく減少したという。
また、企業などでも「事務所やエントランス」など、外見を必要以上に立派に見せたりする会社もある。外見は立派でも、中身はたいしたことがない会社も多いのであろうが、これによって顧客に与える心理というのも大きいのであろうと感じた。

(以下、ウィキペディア(Wikipedia)より引用)
★割れ窓理論(われまどりろん、Broken Windows Theory)は、軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるとする環境犯罪学上の理論。アメリカで考案された。「建物の窓が壊れているのを放置すると、誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」との考え方からこの名がある。「ブロークン・ウィンドウ理論」、「破れ窓理論」、「壊れ窓理論」ともいう。この理論をビジネスに
応用する企業が増加している。
また、この理論の効果に対する批判もあるという。

★ニューヨークの例
ニューヨーク市は1980年代からアメリカ有数の犯罪多発都市となっていたが、1994年に検事出身のルドルフ・ジュリアーニが治安回復を公約に市長に当選すると「家族連れにも安心な街にする」と宣言し、ケリングを顧問としてこの理論を応用しての治安対策に乗り出した。
彼の政策は「ゼロ・トレランス(不寛容)」政策と名付けられている。具体的には、警察に予算を重点配分し、警察職員を5,000人増員して街頭パトロールを強化した他、
落書き、未成年者の喫煙、無賃乗車、万引き、花火、爆竹、騒音、違法駐車など軽犯罪の徹底的な取り締まり
ジェイウォーク(歩行者の交通違反)やタクシーの交通違反、飲酒運転の厳罰化
路上屋台、ポルノショップの締め出し
ホームレスを路上から排除し、保護施設に収容して労働を強制する
などの施策を行った。
その結果、就任から5年間で犯罪の認知件数は殺人が67.5%、強盗が54.2%、婦女暴行が27.4%減少し、治安が回復した。また、中心街も活気を取り戻し、住民や観光客が戻ってきた。需要の増加を反映して、中心街の家賃は45%も上昇したという。

営業利益率50%、キーエンスという会社

◆キーエンスという会社
8月13日、夜10時からのテレ東の「カンブリア宮殿」。今回は東証一部上場の「キーエンス」という会社にスポットを当てていた。日経新聞が毎年発表する優良企業ランキングに18年連続ランクインしている会社で、新大阪に大きな本社ビルを持つ。日経新聞などで社名はよく知っていたが、実際どんな会社なのかは全く知らなかった。この番組を見て初めて会社の概要を知った。
創業は1974年。2006年の連結売上高は1827億円。主力商品は、工場で使うセンサーなど。たとえば、工場で商品に貼ったラベルの微妙なゆがみを探知して、即座にはじいてしまうようなセンサーが紹介されていた。ペットボトルへの日付の印字する装置などもある。全体で約200もの商品を取り扱っているそうである。

◆脅威の営業利益率と日本一の高給の会社
この会社のすごいところは、営業利益が何と50.4%であるということ(平成19年3月期)。日本の代表的な製造業の数字と比較すると、キャノン17.0%、トヨタ自動車9.9%、松下電器4.8%となっている。その営業利益50.4%という数値がいかに驚異的なものであるかがわかる。
それとともにすごいのが、社員の給料水準である。32歳の平均給与は1380万円。東洋経済の調査によれば、生涯賃金は日本の大手企業のトップで6億1804万円であるという。「業績賞与」というものがあり、これは通常の賞与と違い、毎月支給されるのだという。仕事のやりがいもあり、高給ということで、当然、学生の人気は高い。

◆高い営業利益の秘密
営業利益50.4%という高い営業利益の秘密は、製品の高付加価値化である。
新商品の7割が世界初、世界最小であるという。つまり、他社が追随できない高付加価値の製品を作るから、高い値付けをしても売れるということである。開発担当者は「まず常識を疑ってかかる」のだという。
たとえば世界最小の駆動システムを搭載した、5000倍に拡大できる「マイクロスコープ」が紹介されていた。また「蛍光顕微鏡」は、1台700万円以上という値段で売っているが、医療や科学の研究に欠かせないものであるという。今まで暗闇の中でしか見れなかったものが、通常の明るさの中で見れるようになったものだ。それから、世界初の「3次元制御レーザマーカ」も紹介されていたが、これはなんと、ホッチキスの針にも印刷ができるというものである。番組の中の実演を行っていたが、実際にあの細いホッチキスの針に、「カンブリア宮殿」としっかり印刷がされていた。

またこの会社は自社工場を持たない「ファブレス企業」でもある。その商品に応じて、生産工場によって得意な技術があったり、最先端の設備を使えるというメリットがあるという。それとともに、生産設備に対する投資が不要であるから、これもまた粗利益率を高める大きな要因のひとつになっているといえる。

◆高いコンサルティング営業力
それからこのキーエンスという会社の強みは「営業力」にもある。コンサルティング営業が大きな強みとなっている。「代理店制度」は採用せず、すべて自社の営業である。製品の納入はとてもスピーディで、午後3時までの注文なら基本的に直販、翌日即納であるという。
番組で古いタイプの営業と対比して紹介していた。古い営業とは、「アポを取れば安心」「努力、根性、忍耐のみの営業」「とにかく外に出ればいいと思っている」「営業ノウハウは誰にも教えない」といったものである。
これと対極なのが、キーエンスの営業であるという。まず営業マンは所長などの上の人間が、ロールプレーイングによって、シミュレーションをして若い社員を徹底的に鍛える。挨拶がよくなったなどのアドバイスをしている。またGAIHO(外部報告)というシステムがあり、営業の前後には全員報告し、先輩にアドバイスを受ける。若手営業マンは営業前と営業後にアドバイスを求め、その営業能力を高めていく。
そして「パソコンの地区の顧客リストから、商品に合った顧客を効率的に絞り込んでアポを取る」「週一回の勉強会で商品の徹底的に研究し、顧客ニーズに素早く対応」「営業ノウハウは社内で共有」「顧客からのニーズカードを作成し、開発に回しフィードバックする」といったもの。また接待やお中元などの交際費は基本的には使わないという。

◆フラットで風通しのよい組織
組織はとてもフラットで、会長と社長、取締役2名でその下には直接、9つの各事業部が来て「部長などの役職」はないという。まあ、事業部責任者とグループ長その下が担当者となっているけれども、肩書きでは呼ばないようである。
佐々木社長が出演していたが、社長秘書はいなくて、すべて自分で処理をするのだという。という。また社長室のドアはいつも開いており、社員がアポなしで自由に相談できるそうである。
会議は活発で意見が飛び交い、意見を言わない人は参加しない。また、席順は入室順で、社長といえども遅く入室すれば末席であるという。
当然「就職したい会社」としてもとても人気がある。その採用ノウハウというものも確立され、企業秘密ということであまり触れられなかったが、基本的に「意見を言わない人は採用しない」ということであった。
会社のいたるところにアンモナイトのような古代の「化石」が置かれている。これは「変化に対応しないとすぐに化石のようになってしまう」「過去を振り返らない」というメッセージであるという。

キーエンスの売り上げ構成比は国内75%、海外25%である。NASAやFBI、ボーイングなども顧客に持つということであるが、海外の売り上げ比率がかなり低いのである。海外市場がキーエンスの課題であるということでもあるが、海外市場の開拓に成功すれば、この会社はこれからももっと伸びてゆくのであろう。

NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』帝国ホテル総料理長 田中健一郎

NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』帝国ホテル総料理長 田中健一郎

田中は子供のころ、帝国ホテルの伝説の総料理長、村上春夫シェフ、ムッシュ村上が出演する『3分クッキング』を見るのが好きであった。その番組のレシピで家族にハンバーグを作った。家族はそれを食べて、美味しいと喜んでくれた。
田中は「料理は人を幸せにするものだ」と思った。
高校卒業後、田中は迷わず村上が総料理長を務める帝国ホテルに入社した。
田中の結婚式で主賓の村上は、田中を「将来の総料理長です」と紹介した。
田中はリップサービスだと思った。しかし家族は本気にした。

バブルが崩壊して、ホテルのフランス料理は、利益が3分の1に落ち込んでいた。
そんなときに、40代前半の田中にムッシュ村上の後継者として、総料理長の白羽の矢が立った。ホテルは若い田中の感性にかけた。田中は400人の料理人のトップになった。30人抜きであった。
最初は何をどうすればよいのか、さっぱりわからなかった。
そして、いろいろ料理人たち提案した。レシピの改革を試みた。
しかし「あいつはムッシュではない。」と、陰口をたたかれた。
だんだん自分の殻に閉じこもっていくようになった。

そんなときに、娘の一言
「お父さんらしくないじゃない。今までのお父さんを出していけばいいじゃない。」
「そうだな」と田中は思った。
「本当に駆け引きなしに本人を思ってくれる家族の言葉というものほどありがたいものはない。」と田中は言った。
そして、料理人を集めて提案していった。
田中は、ムッシュ村上総料理長の婚礼レシピに改革を入れて、季節感をふんだんに取り入れたメニューにした。それによって売上は2割増えた。コックたちの見る目も違ってきた。

取締役総料理長という立場なのに、自ら厨房に立っていった。ロッカーもほかの料理人と一緒である。
一緒に厨房に立ち、背中で引っ張っていくのが田中の流儀になった。時には料理の下ごしらえもする。若手と一緒にズッキーニの皮をむいたりもする。

「殻に閉じこもっていた時期」
それを司会者の茂木健一郎は、「さなぎから還る時」というように評していた。なかなかうまい表現だと思った。田中は、そういう時期でも何か蓄えられている、というようなことを言っていた。

あるとき村上は田中に聞いた。「今まで一番美味しかった料理は何だね」。田中は返答に窮した。「一番美味しかった料理は、お母さんの料理だよ」と村上総料理長は言った。「本当に美味しいものを食べさせてあげようという愛情がこもっている」
基本が大切なのはもちろんだけれども、大事なのは、どうやって料理人の気持ち、思いを料理に込めていくかということ。

160人の宿泊客を招いた、ある高原ホテルでの晩餐を開く模様を放送していた。
そのときに、幼い子供を難病で亡くしたある夫婦が、友人の計らいで招待された。子供を亡くして料理が口に入らないような状況になっていたのを気遣って招待してくれたのだ。
奥さんが料理を味わって、「料理を本当に味わうことができた。亡くなった子供のおかげです」と、語った。
田中総料理長の目が涙で潤んでいた。

やはり、料理には愛情を込めることが大切なのであろうと感じた。この人を総料理長に抜擢したのは間違えではなかったのであろう。
「総料理長になって、頂点を極めた気持ちはないし、これからだという気持ちが強い」と、田中は言う。

取り止めがなくなったし、描写が正確ではない部分もあるが、この番組で私が印象に残ったところである。

この番組で学んだのは、以下のようなもの。そして、それは料理に限らず、すべての職業に通じるものではないかと感じた。

料理というものは、とても基本が大事であるということ。
料理には、気持ちを込めないといけないということ。
料理は人を幸せにできるものであるということ。

人が成長するときには、さなぎから蝶に還るような時期があるということ。
前任者がいかに偉大であったとしても、時代が変われば「変革」というものが必要に
なるということ。

マクドナルドのレイ・クロックに見る権限委譲の本質

◆権限委譲か独裁(ワンマン経営)か
マクドナルドの創業者、レイ・クロックの自伝『成功はゴミ箱の中に』に、彼の権限委譲に対する考え方が述べられている。以下のようなもので、大変興味深い。そのまま文章を引用する。
「私は、職権というのはいちばん下のレベルにいる人の手にあるべきだと常に考えていた。店にいちばん近い立場にいる人間、本部に指示を仰がずとも決断できるべきだと。」
「しかし、ハリー(マクドナルドの創業当時からの財務担当者)の考えは異なっていた。彼は本部が下を締め付ける、独裁的な支配体制を取ろうとした。」

◆人と企業をともに成長させる方法
「私は職権を仕事とともにあるべきだという態度を保持した。確かに間違った決断も犯してしまうだろうが、それが人々を企業とともに成長させる唯一の方法なのだ。押えつけようとすれば、息が詰まってしまい、良い人材はよそへ流れていくだろう。私は自分自身の経験からこの点において確信を持っていた。企業は、マネジメントを最小にとどめることで、最大の結果が生まれると信じていた。マクドナルドでは今日では、この規模の企業にしては珍しく、最も組織化されていない企業である。」

つまり一言で言うと、
仝限委譲によって人も組織も伸びていく。
逆に権限を集中し、押えつけることによって、良い人材の流出も多くなる。
ということだと思う。
このような「権限委譲」のシステムを取り入れたことも、マクドナルドが世界的な大企業になった要因のひとつかも知れないと感じた。

マクドナルドのレイ・クロックに見る、人を見る洞察力

◆人は直観力で選ぶもの
マクドナルドの創業者レイ・ロックは、人物を見るうえでもとても優れた洞察力を持っていたようである。レイ・ロックはその自伝『成功はゴミ箱の中に』で、以下のように述べている。
「私はセールスマンとして実践の場で培った勘と、主観的人物評価を頼りに突き進んでいくタイプだった。私が重要ポストに選んだ人間が、会社の隆盛に大きく貢献したため、何を基準に経営陣を選んでいるのかとよく聞かれた。」
「しかし口で言えることは、経営学の教科書に書かれているようなありふれたものであり、つまらない答えになるだろう。選択基準を言葉で説明するのは非常に難しい。教科書やルールで明確に定められたものではなく、状況に応じて直感的に判断されるものだからである。」

◆その人の服装から見えるもの
レイ・クロックは、ある従業員を解雇したときのことを例えとして、次のように述べている。
『独断的だと非難されたこともある。たとえばある女性役員は、私がある従業員を解雇したのは、彼がきちんとした帽子をかぶらず、靴の手入れが行き届いていなかったからだと信じていた。確かに私は彼の格好が気に入らなかったが、それを理由に解雇したわけではない。彼はミスを頻繁に犯していた。帽子や靴の件は、彼の「ずぼらな思考の表れ」であり、彼がマクドナルドにふさわしくない人材だとわかっていたのである。』

レイ・ロックは、解雇した人物のミスの多いどころや、服装が行き届いていないところ、そのほか全体的な雰囲気から、その解雇した人間の「ずぼらな思考や本質」を見抜いて解雇したということである。けっこう深いものであり、通常の人間はそこまで見ることはないから、解雇した理由というものを表面的にしか判断できないということなのであろう。

アイディアは優れていれば誰の考えでもかまわない

スカンジナビア航空の会長であるヤン・カールソンは、スカンジナビア航空など三つ会社の経営を改善させた名経営者である。その著書『真実の瞬間』で以下のように述べている。
経営改善のために、さまざまなアイディアを実現させていたわけであるが、その増収をもたらしたアイディアの多くは、従業員が生み出したものであったのだという。その他、経営コンサルティングなど多くの意見を取り入れている。
「アイディアは優れていれば誰の考えでもかまわない」。ヤン・カールソンはそのように言う。
しかし、これができない経営者や経営幹部も多いのではないのであろうか。
結局は、優れたアイディアを取捨選択して、これを「実行していく能力」が一番大切なのであろうと感じた。

中国史上最高の名君と称されることもある、唐の時代の太宗、李世民とその部下とのやり取りを記録した「貞観政要」というものがある。これは、日本の政治家たちも大いに参考にしたというものであるが、貞観政要のポイントは、「部下の諫言苦言を受け止めることがいかに重要か」ということである。
部下のアイディアを取り入れたり、換言苦言を聞き入れることができるかどうかは、経営者の大きなチェックポイントの一つなのであろう。

人の動かし方・・・スカンジナビア航空、ヤン・カールソンの場合

◆若くして旅行代理店の社長に
ヤン・カールソンは、スカンジナビア航空ほか3つの会社の経営を再建した名経営者であるが、最初は部下や同僚の話に耳を傾けない経営者であったという。32歳の若さで初めて社長に登用された、旅行代理店のヴィングレソール社では、最初は部下にいつも厳しい指示を与えていたという。失敗するかもしれないという恐怖心や、他に経営方法を知らなかったからだという。
あるとき、自分が降格させた管理職の一人に次のように言われたという。「いったい何をやっているんだい。君がヴィングレソール社の社長になったのはなぜだと思う。別の人間になるためかい、いや、けっしてそうではないね。あるがままの君が社長にふさわしいから、社長になったんだよ!」。その言葉がきっかけになり、カールソンは本来の自分を取り戻し、社員がいい仕事をするような環境をつくるようにしたそうである。その結果就任1年目で、会社は創立以来最大の利益を上げた。

◆私に力を貸してほしい
そして次に、36歳で世界最年少の航空会社の社長になった。リンフェネ社という航空会社である。そのとき出社第一日目に主要格納庫へ幹部社員全員を招集した。そしてこのようにいったそうである。
「わが社の経営状態はよくない」「赤字で、多くの問題を抱えている。私は新任の社長なので、会社のことは何一つ知らない。私一人の力でこの会社を救うことはできない。リンフェネ社が生き残る唯一の道は、各人が責任を負い、可能性を広げるためにアイディアを出し、経験を生かして、私に力を貸してくれることで、その逆ではない」
カールソンは、自分のスピーチが幹部に強い衝撃を与えたことを感じた。そしてそのときの経験で、社員は私が高いところから命令を下すのを望んでいないということを再確認したそうである。

◆従業員の力を引き出すのが経営トップの役目
『真実の瞬間』(ダイヤモンド社)には、以上のように書かれている。この本は、顧客満足を追求するサービスの重要性や、その臨機応変なサービスを行うための、従業員への権限委譲の必要性などが述べられているが、従業員が力を注いでいけるような環境を作っていくことが経営者の大きな役割であるということがわかる。
カールソンは、「成功の秘訣は会社を独自の市場ニーズに応えるように方向転換させたからこそ成功した。その方向転換を達成するには、私自身の命令よりも、顧客とじかに接する最前線の従業員の意見を重視しなければならないということを学んだ」とも書いている。
また顧客満足で有名なアイルランドの「スーパークイン」の経営者、ファーガル・クインは、「よい管理職の証のひとつは、人に任せる能力です」といっている。また「逆に人に任せられないことがあることも学ばなくてはなりません」ともいっている。
人を動かすときは、強制よりも、社員の自主性を引き出すことが重要ということであろう。

管理職はお客様との接触を持たないといけない

◆管理職は定期的にお客様と接触を持たないといけない
すばらしい顧客本位のサービスを行うことで有名なアイルランドの食品スーパー「スーパー・クイン」の創業者ファーガル・クインは、その著書『ブーメランの法則』で、以下のようなことを書いている。「管理職は定期的にお客様との実際の接触を持たなければならない。そうして初めて正しい判断ができる」。このような信念を持っている。

◆過去に経験すればもう必要ないのか
クインがアイルランド郵政サービス協会の会長に就任したときのこと。その行動指針を実行に移したそうである。郵便を配達するほか、郵政サービスにかかわるさまざまな業務を一ヶ月に一度、実際に自ら体験したそうだ。
しかし郵政幹部は現場で汗することには消極的で、「我々にはその必要はありませんよ。この事業についてはよく知っていますから。二十年前にこの現場の仕事から始めて組織のトップに上ってきたのです。もう現場仕事に戻ってみる必要はありませんね」という態度であったそうである。

◆市場は常に変化し続けている
しかしクインは、「それは間違っている。多くの人が彼らと同じ過ちを犯すのだ」という。そして以下のように説明している。
「市場は常に変化し続けているという現実があります。その変化にいつも接しているためには、あなたが退職し、永久に組織を離れるまでは、自分でお客様に会い続けなくてはなりません。そうでなければ、過去の世界、つまりすっかり変貌してしまったかもしれない世界を基準に経営判断をしていることになるのです」と。

この『ブーメランの法則』は、「本物の顧客志向」とはどういうものかを教えてくれる名著であるが、経営幹部が実際に現場に立ち、現場を知り、顧客ニーズや市場の変化を拾い上げ、顧客満足の向上に努めていくことの重要性を随所に説いている。いまだに経営幹部で現場を重視せず、机上の空論だけを振りかざす経営幹部も多いのではないのか。やはり、経営者は現場を知って初めて顧客満足を向上させるサービスができるのではないのであろうか。

女性経営者の特性は、現代の経営者に必須の要素

スカンジナビア航空の復活の軌跡を中心に描いた『真実の瞬間』という有名な本で、ヤン・カールソンは次のように述べている。

◆今日のビジネスリーダーには人的資源の管理が必須
今日のビジネスリーダーは、財務や生産、技術だけでなく、人的資源も管理しなければならない。明確な目標と戦略を策定し、それを従業員に伝え、目標にそった従業員教育を行えば、リーダーは柔軟で、革新的な企業体質を培う健全な職場環境をつくることができる。したがって、新しいビジネスリーダーとは、他人の意見の聞き役、意思伝達者、人材教育者であって、自らすべての意思決定を行うというよりは、むしろ適正な企業環境を作り出すことのできる、人々をやる気にさせるオープンな経営者である。

◆女性特有の資質が不可欠
かつては、そのような手腕は女性に特有なものとみなされていた。昔の農業社会では、家族と共同体との良好な関係の維持は女性の役割だった。しかし、その女性の直観力と他人に対する思いやりは、今日の経営者にとって必須の資質なのである。だが残念なことに、それは一朝一夕に身につけられるものではない。

以上が『真実の瞬間』からのヤン・カールソンのリーダーシップ論の一部の引用であるが、女性特有の「直観力」や「他人に対する思いやり」などが不可欠と述べている。バランスのいい経営者は、男性でもこのような能力を持ち合わせているが、多くの女性はこのような能力に秀でているのであろう。
ということは、女性は経営に向いている要素が多いということであり、これから女性の経営者の活躍の場は、日本でももっと増えていってほしいし、増えていくのであろうと感じた。

顧客志向の時代のリーダーの役割・・・『真実の瞬間』ヤン・カールソンより

『真実の瞬間』ヤン・カールソン(ダイヤモンド社)より

◆社員の役割分担が根本的に違ってきている
顧客志向の時代のリーダーの役割をヤン・カールソンは的確な言葉で説明している。ヤン・カールソンは、以下のように述べている。
社員の役割分担が根本的に違っている。機構は分権的で、これまで企業ピラミッドの底辺で命令に従っていた従業員に、責任が委ねられる。つまり、伝統的な階層的企業構造が、横割りの機構に変わり始めているのだ。製品ではなく、顧客が主導するサービス業界では、ことにその傾向が強い。

◆経営者の役割は変革を促すこと
顧客本位の企業になるには、最前線の従業員がさまざまな面で変わらなければならない。しかし、そうした変革を率先して促すのは経営者の役割だ。従業員が自信をもって職責を引き受け、手際よく任務を遂行できるような環境をつくることに意を注ぐ、真のリーダーになることが経営者の責任となる。経営者は、従業員とのコミュニケーションを密にして、自社のビジョンを伝え、そのビジョンの実現のために従業員が何を必要としているかに耳を傾けなければならない。成功するためには、経営者はもはや孤立した、官僚的な意思決定者で入られない。ビジョンをもった戦略家、情報提供者、教師、そして鼓吹者でなければいけない。

◆顧客ニーズに迅速かつ親切に対応できるように
経営者は、問題分析、資源管理、そして最も重要な最前線の従業員に対するサポートと言った職務を中間管理職に委ねる。事実、管理職の責務を熱意をもって引き受けようとする有能で、教育水準の高い新種族に属する若い人々には大きな可能性がある。私たちは、その新種族に真の責任を課し、敬意と信頼を示して、新しい企業経営で積極的な役割を演じてもらわなければならない。
また、最前線の従業員には、顧客ひとりひとりのニーズと問題に対応する権限を与えることが必要である。最前線の従業員を適正に訓練し、顧客のニーズを迅速に、親切に対応する権限を与える。
このように責任を再分配すれば、企業は、真実の瞬間を最大限に生かすことができる。満足した顧客の数が増え、重要な市場での優位性が確保される。

◆スカンジナビア国家の躍進の秘密を垣間見た
上記の文章は、すべて『真実の瞬間』から引用したものであるが、作者のヤン・カールソンは、この手法でスカンジナビア航空の再建を見事に果たしている。そして、このようにも述べている。『私が本書で実態を明らかにしている経営環境の変化が、アメリカよりもスカンジナビアで急速に進展しているからだといえる。』
このように述べているが、この本が日本で出版されたのが、1990年のこと。このヤン・カールソンの行ったような変革が、実際スカンジナビア諸国で多くおこなわれ、これが北欧諸国の躍進を物語っていると感じた。

本物のサービスを提供する企業は末端の従業員を大切にする

◆本物のサービスを提供する企業
本物のサービスを提供する企業がある。アメリカのサウス・ウエスト航空、アイルランドのスーパー・クイン、ノルウエー、スエーデン、デンマークスの北欧三国が運営するカンジナビア航空、リッツ・カールトンホテルなどがそうである。
今あげた企業は、とても優れたサービスを提供する企業として有名である。そして、これらの企業に共通したことがある。それは、一番最先端の現場に立つ従業員をとても大切にするということである。

◆現場の従業員が一番大切な顧客との接点となる
たとえばリッツ・カールトンホテルでは、顧客と最初に接点を持つのは「ベルボーイ」であるとして、ベルボーイに優秀な人材を配置する。スーパー・クインでは、お客様とそのお客様との接点を持つ現場の従業員を組織図の最上位に位置づけている。スカンジナビア航空では現場の従業員にかなりの権限委譲をおこなっている。サウス・ウエスト航空も従業員に情報を与え、従業員が本当にプライドを持ってそれぞれの業務に取り組んでいる。

◆従業員を活性化するのがリーダーの役割
このように、本物の顧客志向、顧客サービスを標榜する企業は、例外なく現場の従業員を大切にし、大幅な権限委譲を行っている。そして、現場の従業員にビジョンを与え、活性化し、権限委譲をおこないその能力を引出すということが、リーダーの大きな役割となっている。顧客志向の企業のリーダーの役割とは、顧客のニーズを満たすため、現場の従業員がプライドを持って仕事を出来るように、その能力を最大限に生かすようにすることなのであろうと感じた。

仕事が変わればやり方も変える

◆ピーター・ドラッカーの言葉
ピーター・ドラッカーは、企業内で昇進して、そのまま駄目になってしまう人がとても多いといっている。それは、仕事の内容がまったく違うからである。仕事が変わればやり方を変えなくてはならないのに、同じように対処してしまうからである。今までと同じことをやっていてはいけないということなのである。
しかし、人は成功体験を引きずるものである。自分が成功した同じ方法を用いようとするものである。それによって今度は失敗するということも出てくるということである。
企業内の昇進ではないのであるが、社長として性格の異なる三つの会社の再建を果たした、ヤン・カールソンの話もまた同じように、異なった仕事には異なった取り組みが必要であるということを意味すると思う。以下のようなものである。

◆独自の市場ニーズを捉えることによって三社の再生を果たす
スカンジナビア航空の社長として、同社を赤字から黒字転換させたヤン・カールソンは、スカンジナビア航空社長に就任する前に、ヴィングレソール社という旅行会社とリンフェネ社というスエーデンの国内航空会社の二社の再生も行っている。赤字から見事に黒字転換させているのである。ヤン・カールソンは次のように述べている。
「私が再建に力を貸した三つの会社は、すべて旅行関連企業だった。私が成功したのは、マーケティング手法が功を奏したからだという人もいるが、じつをいうと私は、性格が大いに異なる三社のそれぞれの問題を解決するのに、同じ手法は用いなかった。むしろ、それぞれの会社を独自の市場のニーズに応えるように方向転換させたからこそ成功したのだ」と。

若くして経営幹部に抜擢される人が陥る共通の罠

◆ヤン・カールソンの場合
20代、30代という若さで大きな組織の幹部や経営者に抜擢される人がいる。そういう人は確かに優秀なのであろう。しかし若さゆえに陥る共通の「罠」、陥穽とでもいえるものもあるようである。
たとえば、ペストセラーとなったスカンジナビア空港の復活劇の軌跡を書いた『真実の瞬間』(ダイヤモンド社)という本がある。その著者「ヤン・カールソン」は、ヴィンゾネール社、リンフェネ社、スカンジナビア航空という三つの旅行関係の会社を再建した。
最初にヴィンゾネール社という旅行代理店の社長に就任したのであるが、その時若干32歳という若さであった。1400人の従業員がいるが、当然、その多くが同年輩、又はそれ以上の年齢である。

◆プライドとプレシャーが先に来る
ヤン・カールソンは次のように述べている。『私が他のものよりも優れた特性を持っていたわけでもなく、私が社長になる明白な理由は見当たらなかった。私は心配だった。人々に受け入れてもらえないかもしれない。失敗するかもしれない、という不安がつきまとった。』
そしてヤン・カールソンは『社長としてふさわしいと考える行動をとることにし、スタッフを招聘し、厳しい指示を与えた』そうである。このような態度をとる他、経営方法を知らなかったという。

◆ありのままの自分が抜擢の理由
ある日、ある社員が社長室にやってきて話をしたという。『一体何をやっているんだい。君が社長になったのはなぜだと思う。別の人間になるためかい。いや、けっしてそうではないね。あるがままの君が社長にふさわしいから、社長になったんだよ!』。この社員は実は、ヤン・カールソンのために「格下げ」された人物であった。そして『この人物の勇気と率直さのおかげで私は、社長という新しい役割を果たすのに自分を変える必要がないことを悟った』とヤン・カールソンは述懐している。
それが転機となり、ヤン・カールソンは本来の自分を取り戻し、大胆に経営を行う自信をつけた。それから会社は創立以来の最大の利益をあげることができたそうである。

◆松下電器、中村会長はドラッカーの書物が転機に
松下電器を再建した中村会長も、20代後半に三重県の販売会社の経営を突然任されたという。常務として赤字の会社を再生させることがミッションであった。
80人ほどの社員がいて、ほとんどが年上だったそうである。とにかく目の前の赤字を何とかしなければという強烈なプレッシャーで、周囲にかなりキツイ言葉をはいたり、一人空回りをする日が続いたそうである。
そんなときに出会ったのが、ピーター・ドラッカーの『経営者の条件』であった。一読して目から鱗が落ちたそうである。
それは「強みによって人を配置し、いかに成果を上げてもらうかを考える、優先順位と劣後順位を決める、アクションプランを理解してもらう―――」、どれもがその時の中村会長の悩みに応えるものであったという。それから事態は好転し始めたそうである。

◆若さゆえの壁は第一関門、それを破ると大きく伸びる
ヤン・カールソンにしても、松下の中村会長にしても、若くして経営幹部に抜擢されたのは、ひとことで言って優秀だからであろう。会社の幹部なり経営者なりが、「この人間ならやってくれるだろう」と見込んで指名したのであろう。
しかし、若くして経営者に抜擢されると、まずプレッシャーやプライドに邪魔され、また知識不足から周囲に必要以上に命令的、高圧的な態度に出てしまうというパターンが多いようである。
そのためそれを克服できずに、自分の本来の能力を発揮出来ずに終わってしまう人も多いのであろう。ヤン・カールソンの場合、部下のひとことが転機になったし、中村氏の場合、ピーター・ドラッカーの書物に教えられた。そして、この二人は大会社の社長にまでのぼりつめ、見事に会社を再建させている。
こういう人たちでも、若い頃の抜擢には、未熟さやプライド、プレッシャーが壁となって、立ちはだかっている。そうでない人もいるのかもしれないが、一般的にそれを乗り越えるのが、一つの課題なのであろう。そしてそれを乗り越えた人は、大きく成長するのであろうと感じた。


外食・小売にも日払いバイト拡大

◆外食・小売にも日払いバイトが
外食産業や小売業のアルバイトなどは、接客や商品管理が必要で、教育訓練が不可欠なため、日払いバイトなどはほとんど考えられなかった。日払いと言えば、いわゆる「日雇い労働」といわれる工事現場や引越しの手伝いなど、肉体労働系の仕事が多かった。
その日払い制が、外食・小売業で拡大しているそうである。

◆パート・アルバイトの定着難しく
理由は若年人口の減少、パート・アルバイトの正社員への登用する動きの広まり、働きたい時だけ働くなどといった「労働意識の変化」などである。パート・アルバイトの減少や労働意識の変化に対応するために、雇用形態の変化が進んでいるということである。

◆大手が続々採用
たとえは、「築地銀だこ」のホットランドは、年内にも全300店に導入、働いた日から3日後に銀行口座へ振り込み。月払いとの選択制で、日払いは時給が100円安いそうである。ローソンは10月から首都圏89店で、携帯電話を使ってアルバイトを緊急募集し、日払いをする実験を始めた。また低価格ステーキ店「ペッパーランチ」を出店するペッパーフードサービスは、昨年12月から都内の20店で、給与を日割計算し、2日後に支払う制度をはじめたそうである。これらはアルバイトの求人に対して、一定の効果を上げているようである。



視聴率で見ると、忘年会のピークは意外に早い

テレビの視聴率で忘年会のピークがわかるそうである。平成17年度は12月9日の金曜日だった。なぜわかるのかというと、ゴールデンタイム(夜7時〜10時)の総世帯視聴率の高低で、分かるのである。

飲み会というものは、一般的に週末の金曜日が一番多い。その次が木曜日であろう。ゴールデンタイムの視聴率を見ると、平成17年度は9日の金曜日が極端に減少している。つまり、この日が忘年会のピークであるということだ。10日の月曜日には、視聴率はまた極端に上昇している。つまり、月曜日に忘年会をする人は少ないということである。そして月曜日をピークに、その週の視聴率は徐々に下落している。その週は、14日の木曜日の視聴率が16日の金曜日よりも若干下がっている。その後の週、つまり12月の後半になると、徐々にゴールデンタイムの視聴率は上昇しているようである。

私は忘年会のピークは、少なくとも12月の後半以降であると思っていたが、10日前後が忘年会のピークが来るようである。これは意外であった。しかし忘年会を企画するときは、皆「月の後半が忘年会などで忙しくなる」という前提で計画を立てることも多いのではないであろうか。そういうこともあって、12月の初旬にもう忘年会のピークが来るのではないのかと私は思った。これから類推解釈すると、平成18年の忘年会のピークは、8日の金曜日かもしれない。
ちなみに17年の12月11日の日曜日は、全日(朝6時〜深夜零時)の視聴率が低い。これは、「ボーナスサンデー」で、買物に出かけた影響ではないかとのことである。視聴率から忘年会のピークが推測できる。多分この仮説はあたっているのであろう。
(日経夕刊06.12.04より)

任せれば人は動く(権限委譲の重要性)

◆再建請負人、星野佳路氏の場合
再建請負人として何十ものホテルや旅館を再生したことで有名な、星野リゾート社長の星野佳路氏は、従業員に対していつも「あなたたちが主役である」と熱く語りかける。従業員を信じて、「任せれば人は動く」という強い信念を持っている。
しかし、昔はそうではなかったそうである。むしろまったく逆であった。アメリカでホテル経営学を学び、帰国後外資系銀行へ勤め、経営が落ち込んだバブル崩壊時の31歳の時に、実家である軽井沢の星野リゾートに社長として戻ってきた。詳細な接客マニュアルなど、アメリカ仕込みの経営理論を取り入れた。改革を急ぐため、最新の経営理論を楯に、「トップダウン」で指示を行っていったそうである。それが完全に人を信じて任せるタイプとなった。
きっかけは挫折であった。トップダウンで従業員を動かす星野社長への反発によって、ベテラン社員が次々と退職し、100人いた従業員の3分の1になってしまったそうである。職安で人を集めようとしても人はまったく集まらない。職安の壁に「星野へ行けば殺される」というような落書きもあったそうである。これでは会社が立ち行かない。お客さんがきてもホテルは運営できない。どうすると人は働いてくれるのか、夜になると考えるということが2〜3年続いたそうである。
そこで緊急措置として、ホテルの大きな収益源であるブライダル部門の責任者に、結婚式場のカメラマンであった人間を担当者としてあてた。入社10年目の31歳、まったく人を使ったこともない若手の現場担当者であった。経営や人の使い方など基本的なことをレクチャーしてそして任せた。最初は「どうすればいいでしょうか」という相談ばかりでおぼつかなかったけれど、だんだん意識が変わり始めてやる気が出てきたそうである。自分で考え、決定するという面白さに目覚めたそうである。そしてブライダル部門では、欧米で人気であった「シャンパントースト」を導入するなどした。それが当たって看板商品となり、新たな集客源となったそうである。従業員にもやる気を与えた。
それがきっかけ、転換点となって星野社長は「任せれば、人は楽しみ、人は動く」ということを確信したそうである。どん底の中から生まれた確信である。この信念が生まれるまでは、このようなとても大きな困難・挫折があったということである。

◆権限委譲の条件
「ドンキホーテ」や「ブックオフ」なども、従業員に権限委譲して責任を持たせて任せることによって、従業員も業績もアップしたというようなことを聞いたことがある。その他の会社にも多くこのような実例があるであろう。やはり「権限委譲」というのは、従業員に、自ら考え行動するきっかけを与え、従業員の成長を促し、そして会社の業績をアップさせるものなのであろう
もちろん、単純に任せるだけでは失敗することも多いのではないのかと思う。従業員がやる気を出すように仕向け、松下幸之助のいうように、「まかせてまかさず」のような姿勢も必要なのであろう。任せはするけれどもじっと見守って、危ない時は手を差し伸べてあげるような配慮も必要なのだと思う。適材適所のような考え方も必要であろう。星野佳路氏は「ほとんど従業員の意思決定に任せるが、そのプロセスが大切である」と言っている。「その意思決定に至る分析やプロセスが合っていれば、だいたいその結論も正しい」のだそうである。

◆若手に情報収集をさせるスーパー・クイン
徹底的な顧客志向の姿勢をとるスーパーマーケットとして有名な、アイルランドの「スーパー・クイン」では、世界中の英語の小売部門専業誌をすべて購読しているそうである。新しい販売手法などの情報を取り入れるためである。このような大事な情報の収集は、通常、本部が行うものである。しかしここでは本部はそれを行わない。会社中から、現場で若い助手的な仕事をしている人々を選び出し、各人に一誌ずつを持たせて情報収集をしているそうである。
そしてこのようにいうそうである。「会社であなただけに、いってみればアイルランドであなただけに、毎週この特定の専門誌が届きます。ですからその国で何が起きているかについて、あなたは当社の目であり、耳であるのです。専門誌が届くたびに読み、当社に役立つ何か発展的なことがあるか徹底的に調べることが、あなたの役目です」と。本部に近い人間がやるより、市場に近い人が行うほうが、ずっと効果的なのだそうである。そして、それが実際に「サラダバーの導入」などで、大きな成功を生み出したという。


IT普及でビジネスマンの出張増加

◆ビジネスマンの出張需要増加
ビジネスマンの出張需要が増えているそうである。JR東日本の新幹線や特急などは輸送客数が増加、レンタカー業界も出張の増加で売上高アップ、出張客を狙ったビジネスホテルの開業も相次いでいるという。その理由は、大企業の利益増大を中心とした景気回復と、もう一つ、ITの普及が一役買っているそうである。
インターネットやインターネットメールなどのITが普及し始めた頃は、「IT化が進めは、テレビ会議などで要件を済ませられるため、わざわざ出張しなくてもよくなる」と考えられていた。私も同じような理由で、企業の旅費交通費はかなり減るものだと考えていた。ビジネスの要所にだけ顧客と直接会って、後はメールやテレビ電話などで要件が済むからである。

◆ITの普及で新たなビジネスチャンスが
この考えはある程度的を得ている。しかしそう単純ではなかった。他の側面で、ビジネスマンの出張を後押しする要因が生まれている。例えば以下のようなものである。
「IT化で情報が得やすくなり、例えば、これまで知らなかった見本市に出かけるようになったりしている。」「社内会議での出張は減ったが、営業や交渉での出張は増えている。契約時などは、宅建など資格を持った人間が直接顧客に説明する必要がある。」「ITの進歩によって情報の獲得や発信が容易になり、企業の接点が増えた結果、新しいビジネスチャンスも増加した。IT化が進むほど、直接会って話をする必要性も高まることもある。」

ITの普及により、新たなビジネスチャンスが増えたというのが出張需要増加の一因となっているということである。しかし、出張が増えているとはいえ、バブル期とは異なり、企業のコスト管理は厳しいそうである。
旅行会社に出張のチケットを一任するなど「コストを減らしながら、出張の回数は維持しようとしている」そうである。
(日経朝刊 06.11.27より)

ドラッカーが経営者に与えた影響・・・松下電器、中村邦夫会長の場合

ピーター・ドラッカーが世界の経営者に与えた影響は大きい。特にアメリカと日本の経営者に与えた影響は計り知れないものであるであろう。ジェームズ・C・コリンズも、名著『ビジョナリー・カンパニー』で、ドラッカーの著作に多大な影響を受けたと書いている。
『週間ダイヤモンド』06.11.11号で、「ドラッカー経営論の読み方」という特集を組んでいるが、松下電器を経営危機から見事に復活させた立役者である、中村邦夫会長もドラッカーの著作に大きな影響を受けたひとりだという。松下電器における社員人生の節目となる岐路において、ドラッカーの著作を読んで示唆を受けたという。知る人ぞ知るドラッカーファンで、社内でもドラッカーに言及することがしばしばあるそうである。
経営者というものは、やはり書物からも多く学んでいるということである。その内容が大変興味深いものであるのでご紹介したい。ドラッカーの書物を熟読、消化し、それを見事に実践に生かしているということが見て取れる。「出会い編」と「講義編」に分かれているが、とても示唆に富むものである。

●出会い編
中村氏は、松下電器における大きな三回の転機において、ドラッカーのそれぞれの著作や言葉に影響を受けたという。以下のような内容である。
◆第一の転機・・・販売会社の常務に
中村氏は20代後半の若さで、三重県にある販売会社の再生を突然、任されたという。80人ほどの社員がほとんど年上だったそうであるが、プレッシャーでひとり空回りする日が続いた。その時に出会ったのが『経営者の条件』で、一読して目から鱗が落ちたという。以下のような言葉に特に影響を受けたそうである。「強みによって人を配置し、いかに成果を上げてもらうかを考える。優先順位と劣後順位を決める、アクションプランを理解してもらう」また、「成果をあげる能力は、天賦の才能ではなく、努力によって身につけられるものである」という主張に大いに励まされたそうである。
◆第二の転機・・・48歳で米国赴任
1987年、初の米国赴任。48歳という年齢で、異文化に飛び込み、かつ現地法人の経営を行っていくのは至難の業であったという。しかも激動の時代。いったい今、何が起きているのか。これから社会や生活は同変わるのか。未来に向けて今、何を決断すべきか。そんなとき刊行されたのが、『すでに起こった未来』であった。邦訳を待ちきれず、辞書を引きながら原著で読んだという。数多くの考えるヒントを与えられたそうである。
◆第三の転機・・・社長就任
第三の大きな転機は、社長就任時。「古いものの計画的な廃棄こそ、新しいものを協力に進める唯一の方法」というドラッカーの有名な言葉。すでに機能しなくなったものに資源を投じてはいけないのだ。たとえば、永遠に通用する組織形態などない。環境変化に合わせて換わらなければならない。これは、松下幸之助の「日に新た」の考えにも通じ、中村氏を支える大切な教えとなったという。このような考えを背景にして、事業部制の大胆なリストラなどを断行したのである。

●講義編
講義編では、あまたの教えの中から、中村氏自身が大切にしてきた五つのポイントを紹介している。その五つとは、第一に自己管理、第二に、働くことの意味を知り、第三に、何を持って貢献するかを考えること。第四に、強みを伸ばすこと。第五に時間の管理である。
◆第一に、自己管理
すべてのプロフェッショナルに求められるのが「自己管理」。メモをして、目的や行動を常に意識しておく必要がある。自分を高める努力を怠らない。インプットの有効な手段の一つが読書で、プロセス思考を養う最良の方法。ただし、「読んで実践する」というサイクルを繰り返し、習慣化することが大切であるという。
◆第二に、働くことの意味を知り、第三に、何をもって貢献するかを考えること
日常生活においては、「どのように」働くかが優先され、「なんのために」がおろそかになりがちである。しかし、目的を見失った仕事ほど無駄なものはない。
「社会の公器として、事業を通じて社会に貢献する」ことが会社や組織の存在理由。お客様にとって価値のない仕事は意味がない。目的に目を向け、そこから自分の果たすべき貢献を考えることによって、初めて成果が上がる。
◆第四に、強みを伸ばすこと
成果をあげるには、強みを伸ばすこと。弱みを懸命に補強したところで、人並みになるのが精一杯。また、日本人ならではの「チームワーク」という長所にも言及している。
◆第五に、時間の管理
「成果をあげる者は、務めて時間を記録し、管理し、まとまった時間をつくる」。時間管理で大切なのは、最も重要なことから始めること。優先順位、スピード、効率性、現在価値―――何にせよ、時間の感覚が必要となる。


問題意識を持った人のみの話し合いは、意思決定の効率を高める

問題意識を持った人のみの話し合いは、意思決定の効率を高める

◆信越化学工業のケース
信越化学工業は7年連続最高益をあげた優良企業として有名であるが、その信越化学工業を優良企業に押し上げた金川千尋社長は、信越化学の意思決定が速い理由を次のように述べている。
「わが社の意思決定はいつも速いのですが、これには理由があります。よくあるように事業案を会議にかけ、全役員がそろって相談するといったことはしません。そんなことをすれば異論が百出し、結論が出なくなってしまいます。事情をよく知らない人の一般論などは重要ではないのですから、事情を本当に理解している人間同士で話をすれば、それで充分です。そこから出た結論について、トップである私が全面的に責任を負い、事業を決めてしまいます。ですから、意思決定が速くなるわけです。」

◆旭山動物園のケース
また、昔は閑古鳥が鳴いた旭山動物園を入園者数200万人超の、日本有数の動物園に育て上げた小菅院長は、昔、旭川市役所から「有識者や市民の代表を集めた懇話会」を開き、その意見を参考にするようにアドバイスを受けたそうですが、それは徹底して拒否したそうである。
理由は「どうせ、また新しい遊園地を併設するという話が出てくる。われわれの動物園に対する思いがそれによって薄まるのがいやだった」からということだそうです。結局、本当に問題意識や見識を持っている人が話し合わないと、一般論しか出てこないでおかしな方向に進んだり、時間のムダになるということが多いのである。

◆非公式なコミュニケーションを大事にする
結局、会議などはむやみに多くの人数で行うものでなく、事情をよく知って理解している人や、当事者意識を持った人だけでやったほうが、より良い意見や考えが出て、話がスムーズかつ迅速にまとまりやすいということがあるのだと思う。
公聴会などで知らない人が意見を言っても、一般論しか出てこないケースも多く、かえってくだらない一般論が多数意見となって、おかしな方向へ行ってしまうということだってある。
また、会議を行うより、その問題に直接かかわる当事者間や見識を持つ人のみで、非公式な打合せをしたほうが、迅速でよりよい意思決定が出来るケースが多いということである。例えば、ホンダやキャノンなどが行う「ワイガヤ」や、非公式なコミュニケーションなどの効果が高いなどというのも、このような所から説明できるかもしれない。
人が多ければいい意見が出るというものではない。問題意識を持った人たちだけで。少人数で意思決定をしたほうがいい意見が出て、かつ、迅速な意思決定や行動につながるということである。そのためには、非公式なコミュニケーションも重要である。

ソフトブレーン創業者、宋文洲・・・カンブリア宮殿

◆中国人社長が一部上場企業を築き上げる
10月9日夜10時からの日経スペシャル「カンブリア宮殿」のゲストは、ソフトブレーン創業者、宋文洲氏であった。
ソフトブレーンのメインのソフトは、営業の日報などの効率を上げるソフトで、文字の入力を一切しないで携帯に打ち込み、作成して送信するようなソフトだという。会社の売上は30数億円。就業時の5時半近くになると、徐々に部屋の電気を消していくのだそうだ。残業はしないという意思表示であるという。
1960年代の文化大革命の時代に中国の資産家として生まれ、資産家であった宋氏の一家は迫害されて生きたという。宋氏も幼少時に、死にそうな経験をしたという。しかし苦学して成人後に日本に留学、その後ソフトブレーンを創業。一部上場企業にまで育て上げた。創業時も中国人ということで苦労が多かったようだ。しかし今年の8月に会長職を退いて、経営の一線から離れてしまった。
理由は講演活動や文筆活動に専念するためという。その前に、ソフトブレーン株もほとんど売却しているはずであるから、完全に自分の創業した会社から離れてしまったということになる。会社を上場させるのと、さらに大きくするのはまったく別の才能だ、というようなことも言っていた。

◆やっぱり変だよ日本の営業
以前タブロイド版の夕刊紙で、宋氏が営業のことなどに触れていたのを読んで、とてもしっかりした、また面白い発想をする人だと思ったのを覚えている。「営業がサボってるのは当然、僕だってさぼるから」というようなことをいっていたような気がする。後で知ったが、この人は『やっぱり変だよ日本の営業』という本を執筆していた。トヨタの張社長などは、この本を大量購入して社員に読ませたという。
私はこの本は読んでいないが、カンブリア宮殿では、日本の営業の「気合、根性論」「会議の中身がなくて、会議のための会議になっていること」「多すぎる決済印が、責任転嫁・逃れの道具になっている」「残業を評価する風潮になっている」などということを分かりやすく批判していた。
根性論は、実際に自分の会社に雇った営業責任者を見て痛烈に感じたという。いつも「根性論」を振り回していたが、売上は変わらず経費だけが増えたため、最終的には辞めてもらったという。しかし最近では、日本の会社もかなり戦略的に動くようになったのではないのか。日本の精神論は、太平洋戦争時からの伝統かもしれない。

◆常識を疑う
また日本の良いところとしては、「チームワークの良さ」について触れていた。チームワークの良さは、日本の長所としてたびたび言われていることであるが、「同僚がクレーム処理に回っているのに帰れない」などといって気遣うようなところは、中国などでは考えられないという。
「適切な所得格差」についても必要だということを言っていた。もっともであるが、今の格差社会は、その格差が定着化して一旦落ちると這い上がるのは難しい、という「階層社会」に向かっているような気もする。
宋氏は「苦労したから、ハングリー精神があったから成功したのだ」と言われることがあるという。しかしそれは違うという。「別に体をこわすほど働いていないし、残業もそれほどしていない、多少人より仕事ができたということはある」という。確かにそうである。苦労して、それがハングリー精神として原動力になったとしても、それだけで成功できれば皆、成功者となっている。
やはりこの人の成功要因は、頭の良さ、行動力、それから常識に捉われないで、真の正しい姿、あるべき姿というものを見抜くことができるということであろう。常識とされていることには、おかしいことも多い。それでも、おおかたの人がそれに気づかずにいる。それを見抜く能力というものが重要なのであろう。司会の村上龍もそのようなことを言っていた。
社員に残業はほとんどさせないで、余った時間で社員が自発的に勉強することが必要であるという。「社員に楽をさせながら、効率が上がり、仕事ができるようになるのがうれしい」という。

松下電器にみる、経営理念が会社に息づくとき

前回、リッツ・カールトンの経営理念が会社に息づいて、それが素晴らしいサービスにつながっているということを書いたが、今回は松下電器の例を取り上げてみたい。9月24日、日曜日の「サンデープロジェクト」で、松下電器の中村邦夫会長と田原総一郎との対談が放送されていた。松下電器は一時、深刻な経営難に陥ったが、中村社長(当時)が就任することによって、見事にV字回復したことで有名である。

◆大掛かりなリストラ
中村社長(当時)の掲げたのは、「破壊から創造へ」というものであった。「創造的な破壊」ではなくて、まず破壊して、それから創造へということである。「破壊」とは以下のようなものである。
中村社長は、まず人員削減など大胆なリストラを行った。その後、一旦、大赤字に陥った会社は、翌年、その翌年と、見事にV字回復を成し遂げた。一時はライバルのソニーにテレビ事業などで、大きく水をあけられていたが、現在は完全に立場は逆転している。
中村社長が行ったことは、松下幸之助の築いた遺産をいわば破壊することであった。例えば松下幸之助が初めて作った「事業部制」。社長就任時には、百数十にも膨らんでいた事業部を一ケタ台に大きく縮小した。それから、松下幸之助が自ら社長を務めた松下電工の上場を廃止して、松下電器の完全子会社化したこと。これにより迅速な意思決定や、製品の重複をなくするなどの効果があった。従業員のリストラも行った。これらは表面的には「松下イズムの破壊」であった。
それから従業員も、ひとことで言えば「傲慢」になっていたのだという。たとえば「なぜソニーのような平面テレビを作れないのか」と担当者に問うと、「作れないのではなく、作らないのだ」という答えが返ってきたという。

◆破壊から創造へ
しかしこれらの一連の破壊は、松下幸之助を否定したものでなかった。
中村社長は、「幸之助さんならどうするか」ということを絶えず考えていたという。いつも幸之助の書いた本を読んでいた。そして幸之助の本に書いてあった重要な言葉、それは「企業は絶えず変わらないといけない」ということであった。時代や状況に応じて、会社は変えていかないといけないということである。
それから、松下幸之助が重要な意思決定をする時にこもって考えていた「庵」があるそうである。そこにも中村社長が自ら出かけ、「幸之助さんならどのような判断をするだろうか」ということを考えたりしたという。
そして同時に、他の会社にまねのできない製品を作るよう、技術者に話しかけたという。中村社長は「技術のブラックボックス化」というようなことも話したそうである。外から真似することの出来ない製品ということ、特許で固めるなどという意味である。技術者はとても喜び、発奮し、それから素晴らしい製品が生まれるようになったということであった。

◆否定者ではなく、幸之助イズムの原理主義者
中村社長が松下電器に入社しようと考えたきっかけは、「松下幸之助」を尊敬するからであった。大学時代の先生が、阪急電鉄の小林一三と松下電器の松下幸之助を深く研究していた。そして「松下幸之助という人は、哲学を持っているのだ」というようなことを言ったそうである。それが松下幸之助を好きになり、松下へ入社するきっかけになったという。
解説者の財部誠一氏が言うには、中村さんというのは「完全な松下幸之助の原理主義社である」という。であるから、決して幸之助を否定したものでなく、時代に合わなくなった組織や考え方を破壊して、幸之助が今生きていたらどのようにするであろうか、ということを考え抜いて行った企業変革であった。

このように、創業者が素晴らしい経営理念なり、経営哲学を持っていた場合、「会社が危機に陥った時に必ずその経営理念が拠り所となるのだ」と私は思った。たとえ会社が危機に陥った時でも、創業者の考えを基に、会社を立て直す人が出てくる。創業者の作った経営理念は、その会社の社風の基になっているものであるから、従業員にも受け入れられやすい。「創業者の考えをもう一度見直して、原点に帰る」、「創業者ならどうするのだろう」と経営者や社員は考えるようになるわけである。
このように、素晴らしい経営理念を持つ会社が「ビジョナリーカンパニー」として、未来永劫に繁栄していくということなのであろうと私は感じた次第であった。



リッツ・カールトンにみる、経営理念が企業文化として息づく時

◆リッツ・カールトンのサービス
「リッツ・カールトン大阪」は、日本で一番評価の高いシティホテルといってよい。『日経ビジネス』のホテルランキングでは第一位。『週間ダイヤモンド』の恒例の特集である、「儲かるサービス」(週間ダイヤモンド06.06.24号)のシティホテルのランキングでも、第一位に輝いている。総合ランキングでも、第三位である。宿泊単価は周辺のホテルの約二倍もするのに、40%ものリピーターがいるのだという。
大阪に限らず、世界中のリッツ・カールトンホテルのサービス品質の高さは有名である。アメリカの優れた経営をする企業に与えられている「マルコム・ボルドリッジ賞」を2回も受賞しているという。それだけにリッツ・カールトンをお手本にしている企業も多いという。
ホテルの評価は大きく分けて、「ハード」と「ソフト」に区分される。「ハード」は建物、施設、部屋、ベッド、などであろう。「ソフト」は、ひとことで言えば「サービス」ということになるであろう。高級ホテルの差別化は、究極的にはこの「サービス」ということになる。言い換えれば顧客とのコミュニケーションや、臨機応変な対応、であろう。他にもレストランの味や雰囲気などもあるであろう。リッツ・カールトンが支持される理由の一つはそこにあるようである。「従業員が最大の資産」という表現をしている。

◆クレド・カードがサービスを高める
そのリッツ・カールトンの従業員のバイブルが「クレド・カード」なのだそうである。とても有名なもので、私よりもよくご存じの方も多いと思う。クレド・カードには「リッツ・カールトンの哲学が書かれているが、なにか特別な秘密があるわけではない」のだという。しかしリッツ・カールトンには、このクレド・カードの内容をよく理解し、応用する文化があるのだという。
たとえば、「従業員一人一人には、自分で判断し行動する力が与えられています」という文章がある。これを応用すると、レストランに食事に来たお客様に、「シェフが自らの判断で、デザートに特別な判断をして差し上げるとか、花をテーブルに添える」というサービスにつながるのだという。また、「コンタクトレンズの洗浄液を忘れたお客様に、スタッフが休憩時間に買って届けた」などという話もある。このようなことは、宿泊客に感動を与え、それがリピートにつながったり、口コミで広がっていったりするのであろう。
その他、顧客が「ホテル備え付けの羽毛枕ではなく、そば殻の枕が好みである」というと、その顧客が泊まる世界中のリッツ・カールトンで、そば殻の枕が用意されるという、従業員間やチェーン店間の情報の共有化もしっかり行われるそうである。

◆経営理念の重要性
『ビジョナリー・カンパニー』を読むと、企業が経営理念を持つことの重要性が説かれている。創業者が作り上げた経営理念がその創業者の亡き後も、時代を超えてその会社に「企業文化」として根付いていく。それが「経営理念」の重要なところであろう。創業者の想いが企業文化として根付き、その企業文化の礎になり、柱になり、会社に伝承されていくのであろう。このリッツ・カールトンの「クレド・カード」の役割は、企業の「経営理念」そのものなのだと考えられる。
このリッツ・カールトンは残念ながら、創業者亡き後、何回か他の企業の資本が移転し、現在はホテルチェーン「マリオット」の資本傘下にあるのだそうである。であるから、この「クレド・カード」の経営理念は創業者が創りだしたものとは違うのかも知れない。しかしこのリッツ・カールトンの事例は、「経営理念が組織風土として根付く」という、典型例の一つであると感じた。やはり、経営理念を持つということは会社を活性化させ、未来永劫に存続させていくためにとても大切なものであると感じた。

好業績時に次の一手が打てるか

◆成功から一転、転落へ
今年8月にヘラクレスに上場した、低価格メガネチェーンを展開するジェイアイエヌ社長の田中仁氏は、24歳で起業。最初は雑貨販売などを手がけていた。1980円のエプロンや化粧ポーチなどがヒットし、一時は年商4億円、年間利益4千万円までいったという。そして成功に浮かれ、毎晩のようにクラブやバーへ繰り出す派手な生活に。それが90年代に入ると、中国製の服飾雑貨が市場に流入し、国産のジェイエヌアイの商品は価格競争力を喪失、年商は3億5千万を割り込み、年間2千万円の赤字に転落してしまった。

◆業績のよいときに、次の一手が打てるか
この赤字が経営者としての自覚を持つきっかけになったという。「自分本位の経営をしており、従業員の意見を聞くことがなかった」と、田中社長は振り返る。そして単身中国に渡り、生産委託先を捜し求め、生産委託が決まった。その結果、ジェイアイエヌは価格競争力を取り戻し、会社は再び成長軌道を描いていったという。
そして田中氏は、日ごろから「業績がよいときに、次の一手を打たなければならない」と考えるようになったそうである。そして出会ったのが、メガネのSPA(製造小売)業態であった。

◆メガネに流行のデザインを取り込む
田中氏は出店を決断した。会社が好調なときに、次の一手を打ったということである。2000年当時、メガネはいやいやながら仕方なく使用するもので、ファッションアイテムとして認知されていなかった。「服飾雑貨のように、メガネに流行のデザインを取り込めば、日本でも受け入れられる」と考えたのだという。コンセプトは「洋服のようにメガネを着替える」である。現在店舗数30、年商は39億円に達する見込みである。

◆成長の分岐点
このように会社が危機の時に、単身中国に渡り、危機に対して迅速に対応したことも重要であるが、「業績が回復したときに、しっかり次の一手を考えていた」ということがポイントであったのだと思う。ここがジェイアイエヌの成長の分岐点となったとも言える。たとえ好業績であってもそれに浮かれないで、次の一手を打てるかどうかということはとても重要なことであるし、その経営者を判断するチェック基準にもなるということだと感じた。

(週間ダイヤモンド 06.09.2 「企・業・人」より)

ネットで与信管理

◆与信管理の重要性
「与信管理」という言葉を知らない人も多いと思うが、事業をやる人間にとっては重要である。「その会社と取引してよいかどうか、商品やサービスを売って、ちゃんと売掛金を回収できるかどうか、どこまで取引を拡大してよいか」などを調べる大切な仕事である。実際、よく相手の会社のことを調べなかったために、売り掛けが回収できなくなった、手形が不渡りになった、ひどい時には取り込み詐欺に遭ってしまった、という話はよくあることである。技術畑出身の社長で与信管理のことをよく知らずに、相手を信用して取引をしたら、相手の会社は倒産してしまったということもある。
ある程度の企業なら、「与信管理部」のようなものがあって、比較的精度の高い与信管理も可能である。しかし中小零細企業の場合、与信管理をしようにも、ノウハウも何もない、信用調査会社に依頼しようにもコストが大変だということもある。

◆ネットの与信管理会社
この様な与信管理が必要な時に、インターネットで安く与信管理情報を提供してくれる会社がある。同じような会社は何社かあるそうであるが、その代表的な会社が「リスクモンスター」という会社である。『週間ダイヤモンド 06.08.26』の「起・業・人」に掲載されていたので紹介したい。
このリスクモンスターの「e―与信ナビ」サービスは、取引先一件当たり、1000円で信用情報を取得できるそうである。年間100件利用したとしても、10万円台で与信管理ができてしまうということになる。
このリスクモンスターの「ネット与信管理」はもともと、日商岩井(現、双日)の審査部長が考え出したもので、信用機関である「東京商工リサーチ」がパートナー兼出資者となって2000年9月に創業、昨年2005年3月にヘラクレスに上場したそうである。
東京商工リサーチの約170万件の企業データベースを基に、商社審査部のノウハウを融合させ、取引先の倒産確率を算出し、格付けをしているのだという。与信限度額を顧客ごとに提供し、個別の助言もするという。私自身は利用したことはないし、宣伝するつもりもないが、独自に与信管理ができない中小零細企業などは、試してみて損はないシステムではないかと感じた。

「会計参与」300社で導入

◆会計参与とは
今回の新・会社法では、「会計参与」という制度が創設されました。この会計参与というのは、会社の内部者として、法人の決算書を作る人です。会計参与には、公認会計士と税理士がなれます。役員と同じように登記が必要になり、会計参与には大きな責任が伴います。

通常の税理士が作成する決算書というのは、税法に準拠はしていますが、中小企業会計基準には準拠していません。それに対して会計参与が作成する法人の決算書は、中小企業会計基準に準拠したものが必要となり、決算書の対外的な信憑性が高くなります。
会計参与制度の要点をまとめると、以下のようになります。

|羮企業会計基準に基づいた厳密な財務諸表の作成が必用ということ。
公認会計士と税理士が会計参与になれる。
6箙堙、第三者に対する信用度アップ。
づ亠が必用となる。会計参与=社外取締役と考えてよい。
ヌ魄と同等で株主代表訴訟の対象となり、大きな責任が伴う。

◆会計参与が300社で導入
この会社法施行に伴い5月から導入された会計参与制度が300社で導入されたという記事が、8月24日付けの日経朝刊に掲載されていました。
記事によると、日本税理士会連合会が、会計参与の身分証明書を発行した税理士は300人強で、うち6割〜7割がすでに就任済みだそうです。また、導入費用は年間数百万円とみられるとのこと。
企業は会計参与が作成した決算書を5年間保管する義務があり、株主や債権者の閲覧請求にも応じなければならない。また、ある税理士法人は、「取締役が営業に集中でき、会計経理の人材が手薄な企業ほど利点が大きい」と言っています。融資の面でも三菱東京UFJ銀行など格好は、会計参与を導入した企業への融資条件を優遇するサービスを導入したそうです。

◆会計参与の普及は未知数
このように会計参与は、一定の広がりを見せているようですが、本当に零細な企業や小規模企業にとっては、コスト面からほとんどメリットがないようにも感じます。一定規模以上の企業でないとメリットは享受できないのでしょう。株式会社なら、すべてこの会計参与制度を導入できるわけですが、「会計参与」という言葉自体、知らない経営者も多くいるというのが実情です。
やはりこの会計参与の大きなメリットは、「対外的に信用力が増す」ということ。特に「金融機関に対して信用力が付き、融資を受けやすくなったり、金利が優遇されたりする」ということだと思います。
この会計参与制度、どこまで普及するか、興味深く見守ってみたいと思います。

パート主婦が東証一部会社の社長に



◆パート入社から東証一部、ブックオフの社長に
ブックオフコーポレーションが5月16日、女性パートから入社した橋本真由美常務(57)が6月24日付で社長に昇格する人事を発表した。「給600円のパート主婦から、東証一部の社長へ」ということで、新聞やテレビで多く取り上げられていた。
90年4月、神奈川県相模原市のブックオフ1号店の開店に合わせ、パート勤務を始めた。当時の時給は600円。わずか9カ月後にパートのまま2号店の店長に抜てきされ、91年8月に正社員として登用された。94年に取締役に就任、03年6月から常務を務めているが、現在も月に2、3回は店のレジに立っているという。そして、それがタレントの清水国昭の実姉であるという。

◆様々な要因が必要
今回の抜擢の理由として、創業者の坂本会長は、「功績と実力を評価した」というようなことを言っていたが、第一号店のパートとして入社し、ブックオフの歴史とともに歩んで、会社に貢献してきたことは確かなのであろう。
しかし、いくら貢献や実績があるからといって、実際にパートから社長へ上り詰めるというのは、本当に希であろう。女性を活用することでは、日本の比ではないアメリカなどでもめったにないことではないのか。
実際、この人はいろいろなアイディアを実践し、面倒見もよく、実行力もあるというタイプであろうが、)椰佑稜塾廊経営者が社員の話に耳を傾けることが出来る6搬屬箚超が本人にマッチしているけ燭篁期的なもの。以上のような環境が整わないと難しいのであろうと思う。
その点、この創業者の坂本氏は京セラの稲盛会長の信奉者であると聞くし、人の意見を採り入れることについても優れているのであろう。

◆実力が伴わないとダメ
今回の抜擢というのは、ある程度正当な評価なのであろう。実際、「本を買います」というコピーを「本を売ってください」というコピーに変えたり、店内の照明を明るくしたり、彼女のアイディアはかなり生かされているようである。このようなアイディアは思いつきそうで思いつかなかったり、そのアイディアを上の人が採用してくれなかったりで、実際に実行に移すのも難しいと思う。
しかし通常、普通の主婦がそれだけの実力を兼ね備えているということは難しいことであると思う。いくら才能があっても、マーケッティングや財務などの経営の知識が経営者には必要である。このようなケースでは逆に嫉妬などで、足を引っ張られることも多いと思う。
日本でもステーキチェーン店が、パート主婦を取締役に抜擢したという話が数年前にあった。その時は話題になったが、その話は今では聞く事はない。単なる奇をてらった措置だったのかもしれない。

オレがこの会社を変えてやる・・・ポプラ社社長

(朝日新聞朝刊be 06.03.18より)

◆オレが社長になって、この会社を変えてやる
大ヒット飛ばす児童書「かいけつゾロリ」や「ずっこけ三人組」、自己啓発書の「Good Luck」、百科事典の「ポプラディア」などで有名なポプラ社の社長、坂井宏先氏は、高校教師などを経て26歳の時にポプラ社へ中途入社、倉庫に配属された。すきま風が吹き、屋内に土ぼこりが舞う劣悪な環境に怒りに火がついた。家具屋を経営する実家では「会社は社員あってのもの」と教えられてきた。「オレが社長になって、この会社を変えてやる」と宣言した。
入社3年目に「同族会社の悲劇」という意見書を経営陣に提出。組合のない同社で「社員の会」を結成し、労使交渉に乗り出した。
こういう経歴を持つ人であり、宣言したとおり、52歳のときに実際に社長になった。創業者が陰に陽に支持してくれたそうであるが、同族会社の中で、同族関係者以外が社長になるのは並大抵ではない。この酒井社長についてご紹介したい。

◆ポプラディアの出版は周囲が反対、しかし勝算あり
このポプラ社の躍進は、やはり坂井氏の能力に負うところが大きい。
坂井社長の編集者としての能力、企画力もすごい。手掛けたヒット作は多く、累計1300万部を超すベストセラー「ずっこけ三人組」なども、坂井氏が手掛けたものだという。面白いのは百科辞典の「ポプラディア」。12巻9万円で発行し、約4万セットも売れているという。
このポプラディアを発刊する時、周囲に猛反対されたという。しかし、はっきりした勝算はあったという。当時、学習指導要領が改訂され、「調べ学習」が始まっていた。小中学校の先生に集まってもらって話を聞いたら、図書館の百科事典が古すぎて使い物にならない。皆、新しい百科辞典が欲しいと答えたという。全国の小中学校の図書室と公共図書館は合計約3万5千。需要は充分あると踏んだ。
しかし、その先生方も大半が「欲しいけれど売れないでしょう」という意見が大半だった。社員も「売れてもいいとこ5千部」という意見であった。老舗の百科事典の新版が出なくなっていたので、人材は容易に確保できた。「物語のように楽しく読める辞典を」とだけ注文したという。

◆児童書は平台に置いてないと売れない
管理能力ということでは以下のような例がある。
児童書というのは、書店の平台に置かないとまず売れないという。それで、社員全員で首都圏の書店を1人5件受け持ち、月に1回、休日に回るのだという。書棚を整理させてもらったりすることで、読者が何を求めているか、編集者も考えるようになるそうである。
これは、まだヒラだった40歳の時、社内の風通しが悪いので、役員からアルバイトまで誰でも出られる連絡会というものを作って、そこで提案して実行したそうである。この連絡会は、会社を良くすることなら何でも言おうという趣旨だそうである。

◆印刷会社の再編で2億円の経費削減に成功
そのほか83年、37歳の時、発注先の印刷会社の再編に乗り出した。それによって、その年度で9200万円、次年度で2億円の経費削減に成功したという。それまで、製版、印刷、製本を別々の会社に発注していた。それを一社にまとめたら、54万円の製版費が18万円になった。
その原因は「癒着」。発注先の業者に接待させて、飲み食いするのが習慣になっていたことであるという。そのために業者を多くし、飲み食いなどの接待を多く受けていたのだとそうである。それによって逆に、会社の利益も増えずに、結果、給料が上がらないという悪循環に陥っていたのだそうだ。多くの会社でこのような状況があるのではないのかと思う。

ちなみにこの酒井社長は、家具店を営む実家から40歳まで仕送りを受けていたのだという。「自分でも社長になると信じていたので、それまでの必要経費と思っていた」そうである。

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