言志四録

GYMに到着すると事務所の扉下に下記の手紙が忍ばせてありました。
既存native会員の仕業と思いきや、手紙の主は数年前(多分4年ほど前)に在籍していてオーストラリアに帰国したCHRISでした。仕事で日本に来たようで午前中にGYMを訪問してくれた様子。午後には神戸を離れて、恐らく東京に向かったみたいです。
今回の滞在で再び神戸に来るのであれば酒でも飲みたいな。
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学は諸(こ)れを古訓(こくん)に稽(かんが)え、問(とい)は諸れを師友(しゆう)に質(ただ)すことは、人皆之(こ)れを知る。学は必ず諸れを躬(み)に学び、問は必ず諸れを心に問うものは、其(そ)れ幾人有るか。
学問の「学」とは先見の残した教えを今に比べ合わせることであり、「問」は師や友に問いただすということであるというのは、誰でも知っている。しかし、「学」といってこれを必ずわが身をもって実行し、「問」といってこれを必ずわが心をもって反省するという人は、果して何人いるだろうか。
○二宮尊徳は「書を読んで身に行わない者は、ちょうど鋤を買って耕さないのと同じである」と言っている。

明日から大型連休突撃です。
皆様、様々な御予定所持されていると承知いたしますが、ほんの少しだけでも垂水フィットネスボクシングを覚えておいてください。
連休、休みなく開けておりますゆえ。

政(まつりごと)を為すに須(すべか)らく知るべきもの五件有り。曰(いわ)く軽重、曰く時勢、曰く寛厚(かんこう)、曰く鎮定(ちんてい)、曰く蜜耐(ねいたい)、是(こ)れなり。賢を挙(あ)げ、※佞(ねい)を遠ざけ、農を勧め、税を薄うし、奢(しゃ)を禁じ、倹(けん)を尚(たっと)び、老を養い、幼を慈(いつくし)む等の数件の如(ごと)きは、人皆之(こ)れを知る。

政治を執り行うにあたって知っておくべき事が五つある。第一に財政上の軽重を計ること、第二に時代の趨勢(すうせい)を考えること、第三に心広く情に厚く人に接すること、第四に争乱を鎮(しず)めて人心を安定させること、第五におだやかな気持ちでよく我慢すること、以上の五つである。そのほかに、賢人を登用し、腹に一物ある人物を遠ざけ、農業を奨励し、税金を軽くし、贅沢を禁じ、倹約を尊(とうとび)び、老人を大切にし、幼時をかわいがるなども、みんながよく知っているようにたいせつなことである。
佞―弁才があって心の正しくない人。

 ご多分に漏れずこの時期かきいれ時。何ぞ始めよか!の衝動に駆られる季節。その足元みて荒稼ぎするのがスポーツジム。ぐふふふふ・・・銭の亡者どすえ〜
本日午前中グループボクシング。13時半から時間差体験2名、16時からまたまた体験1名。
それなりに忙しくしております。
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忙しい最中も畑作業。今朝は冬瓜の苗植え付け。そぼろあんかけ最高に美味い。

聖賢を講説(こうせつ)して、之(こ)れを躬(み)にする能(あた)わざるは、之れを口頭(こうとう)の聖賢と謂(い)う。吾(わ)れ之れを聞きて一たび※α魁覆討ぜん)たり。動学を論弁して、之れを体(たい)する能わざるは、之れを紙上(しじょう)の道学と謂(い)う。吾れ之れを聞きて再びα海燭蝓
※α魁修ょっとして恐れるさま。


聖賢の道を口で語るだけで、その道を自分自身で実践できない人を口先だけの聖賢という。自分はこれを聞いて、心に省(かえり)みて恐れ、恥じ入った。朱子学を論じたりしているのに、それを体認自得できない人を紙上の道学という。自分はこれを聞いて、再び恐れ恥じ入ったのである。

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今朝、出勤時玄関に生首か転がる如くコンセント🔌の先っぽが。
昨晩DIY修理した嫁の髪の毛を伸ばすテコみたいな機械のコンセント。熱を発するため、長年使用した代償でコンセント近くのコードが焦げて、焦げた異臭まで発し出した。老朽化。買い換えモード満開だが購入代金捻出までの時間稼ぎする為にコンセントだけを交換した。
この「使用済み核コンセント」、立派な燃えないゴミ扱い。次回の燃えないゴミ収集日まで他のゴミと分別して置かれていた、という訳。
普通ゴミと一緒に捨てりゃ〜と思うが、我が家は生真面目。我家ながら感心する。貧乏人の処世術だ。

人の世を渉(わた)るは行旅(こうりょ)の如く(ごとく)然(しか)り。途(と)に険夷(けんい)有り。日に晴雨有りて、※畢竟(ひっきょう)避(さ)くるを得ず。只(た)だ宜(よろ)しく処に随(したが)い相緩急(あいかんきゅう)すべし。速(すみやか)ならんことを欲して以(もっ)て災(わざわい)をとること勿(なか)れ。猶予(ゆうよ)して以て期に後(おく)るること勿れ。是(こ)れ旅に処するの道にして、即(すなわ)ち世を渉(わた)るの道なり。
※畢竟―仏語。究極、至極、最終などの意。


人が世の中を生きていくのは旅行をするのと同じである。道中には険しい所もあれば平坦な所もある。晴の日もあれば雨の日もあって、結局これらを避けることはできない。そのときの状況に応じて、ゆっくり行ったり急いだりするのがよい。急ぎすぎて災害に遭ってはいけないし、ぐずぐずしていて予定の期日に遅れてもいけない。これが旅をする心得というものであって、すなわち世の中を渡っていく道なのである。

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朝から野良仕事。土地を耕します。
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もう少し。
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新しい畆完成。何を植えるかは未定。昔、荒れ地を耕して生き抜いた人達の苦労を味わえる。
20170425_100338既存の畆を花壇風にrenovation。少しお洒落にしましたがまだ何も植えていません。

好みて※大言(たいげん)を為(な)す者有り。其(そ)の人必ず少量なり。好みて※壮語(そうご)を為す者有り。其の人必ず怯愞(きょうだ)なり。唯(た)だ言語の大ならず壮ならず、中(うち)に含蓄(がんちく)有る者、多くは是(こ)れ識量弘かいの人物なり。

世の中には好んで大きなことを言う者がいる。そういう人は必ずと言っていいほど度量が小さい。世の中には好んで元気なことを言う者がいる。そういう人は、必ずと言っていいほど、臆病者である。ただ、口にする言葉が大きくもなく、元気がいいわけでもないが、それでいて深みが感じられるような人は、たいてい見識が高く器量の大きい人物である。
※大言―大仰なことば。
※壮語―つよがり。

強烈何の番組か忘れたがお母さんの坂口良子さんが生前で、娘が芸NO人になる前の20歳に満たない時期に出ていた、よくある「あほ自慢」番組やった。その時「『強烈なあほ』やな!」と思った記憶がある。その時ついでに母親も「『気の毒なくらいあほな母親』やな、親子そろって底抜けの馬鹿やな。」と思った記憶がある。過去の事すぐに忘れる僕が覚えているんやから、大概強烈やったと思われる。
そして、やっぱりあほやった。
 他人の名前のこと言うのはモラル的にどうかな?と思うが、そもそも娘に付ける名前ではないなと思う。
子供を飼育だけするとこないなる。教育を施さないと。飼育の飼は飼料の飼、すなわち餌・食事、教育の教は教える、どちらが欠けても、ろくでもなくなる。子育ては真剣勝負。親権勝負。

本日、18時から明石大橋下往復約5Kmランニング挙行致します。
夕日を見ながらのロードワーク、最高に贅沢な時間の消費の仕方。しかもロハ。
明日を精一杯懸命に生きようと思うなら是非参加。有志募ります。

智、仁は性なり。勇は気なり。配して以(もっ)て三徳と為す。妙理(みょうり)有り。
『論語』に「智者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず。」とあるが、その智慧と仁愛は人にうまれながらに備わっている本性であり、勇気は本性の働きから生ずる気である。『中庸』では、これらを配合して達徳と称するが、これはなかなか玄妙な理を表している。
○仏教では、慈悲・智慧・勇猛を三徳とし、貧・瞋・愚痴を三毒と言っている。

今村さんを怒らせて得意げなカスの正体今村さん気の毒。辞める必要なし。

将(まさ)に事を処せんとすれば、当(まさ)に先(ま)ず略(ほぼ)其(そ)の大体如何(いかん)を視(み)て、而(しか)る後漸漸(ぜんぜん)以(もっ)て精密の処(ところ)に至るべくんば可なり。

物事を処理しようとするときには、まずその全体のありさまがどうなっているかを見て、その後に少しずつ細かな所に進んでていくようにすればよい。

加古川に出稼ぎに赴き、その後GYMに帰還し皆様をお待ち致します。
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出稼ぎ前の至福の時間。
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My second workplace。
一時間半、たっぷり生徒さんと動いて汗を流します。ジムワーク後のトレーニングも一緒にやります。一緒にやらないとしんどさが分からないから。だから必ず一緒にやります。僕のポリシー。ミットは30分間インターバルなしで続けて持ちます。都度都度インターバルを挟むと、待ってる時間が長くなり間延びするんでだらけてしまう。これまた僕のポリシー。
ここでの僕の呼ばれ名は『先生』、これにはいささか閉口する。

本日、前田絃希がGYMに訪問予定。

人情、事変、或(あるい)は深看(しんかん)を做(な)して之(こ)れを処(しょ)すれば、卻(かえ)って失当(しっとう)の者(もの)有り。大抵軽看(けいかん)して区処(くしょ)すれば、※肯綮(こうけい)に中(あた)る者少からず。
人の心の動きや社会の変化にかかわる問題は、あまり深く考えすぎて処置しようとすると、かえって隠当さを欠く場合がある。たいてい単純に考えて処置すればいいのであって、それが要所を押さえている場合がすくなくない。

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