言志四録

怠惰の冬日は、何ぞ其の長きや。勉強の夏日は、何ぞ其の短きや。長・短は我れに在りて、日に在らず。待つ有るの一年は、何ぞ其の久しきや。待たざるの一年は、何ぞ其の速やかなるや。久・速は心に在りて、年に在らず。
怠けて過ごしていると、短い冬の日でも、なんと長いことか。勉め励んでいると、長い夏の日でもなんと短いことか。この長い短いは自分の心持ち次第であって、日そのものにあるのではない。
また、何かを楽しみに待っている一年は、なんと待ち遠しいものか。何も待つことのない一年は、なんと早く過ぎていくことか。この久しい速いは心持ち次第であって、年そのものにあるものではない。

苦楽も固より亦一定無し。仮(たと)えば我が書を読みて夜央(よなかば)に至が如き、人は皆之れを苦と謂う。しかれども我れは則ち之れを楽しむ。世俗の好む所の淫娃哩腔、我れは則ち耳を被いて之れを過ぐ。果して知る、苦楽に一定無く、各々其の苦楽とする所を以て苦楽と為すのみなることを。
苦や楽も、もとより決まった定めがあるわけでjはない。たとえば、私が本を読んでいて夜中になってしまうと、人は皆それを苦痛だろうという。しかし、私はそれを楽しんでいるのである。逆に、世間の人が好むみだらな声や卑俗が聞こえてくると、私は耳をふさいで通り過ぎるようにしている。
そういうわけで、苦や楽には一定の基準があるわけではなく、それぞれが自分で苦に感じ、楽と感じるものを苦楽としているだけであると知るのである。

逆境に遭う者は、宜しく順を以て之れを処すべし。順境に居る者は、宜しく逆境を忘れざるべし。

逆境にあっている者は、順境にいるときのような安らかな心持で対処していけばいい。順境にいる者は、逆境のときの緊張を忘れないようにしなくてはいけない。

逆境に遭う者は、宜しく順を以て之れを処すべし。順境に居る者は、宜しく逆境を忘れざるべし。

逆境にあっている者は、順境にいるときのような安らかな心持で対処していけばいい。順境にいる者は、逆境のときの緊張を忘れないようにしなくてはいけない。

 谷口雅隆がタイで行われましたWBOアジアパシフィックミニマム級タイトルマッチに勝利しチャンピオンベルトを奪取いたしました。
12月22日(土)に予定しておりますGYM忘年会にも参加よていです。
 19時よりGYM近にて開始予定の忘年会に皆様、参加表明願います。
忘年会詳細はGYMにて。

逆境に遭う者は、宜しく順を以て之れを処すべし。順境に居る者は、宜しく逆境を忘れざるべし。

逆境にあっている者は、順境にいるときのような安らかな心持で対処していけばいい。順境にいる者は、逆境のときの緊張を忘れないようにしなくてはいけない。

騎は登山にたおれずして、而も下阪につまずき、舟は激浪に覆らずして、而も順風に漂う。凡そ患は易心に生ず。慎まざるべからず。

人の騎乗した馬は、山登りでたおれず、坂を下るときにつまずくものであり、舟は激しい波にはひっくり返らず、順風のときに漂流してしまうものである。だいたい災いというものは侮る気持ちに生じるものである。慎まなければいけない。

予は是れ終わりを始めに要め、謙は是れ初めを終りに全うす。世は渉るの道、謙と予とに若くは為し。
あらかじめ準備するには、その結果を最初に考える必要あり、へりくだれば、最初に考えた通りに終わりを全うすることができる。世の中を渡る道は、この謙と予にまさるものはない。



「薪を積むこと、一の若くなるも、火は則ち其の燥に就く。地を平らかにすること、一の若くなるも、水は則ち其の湿に就く」。栄辱の至るは理勢の自然なり。故に君子は招く所を慎む。

『旬子』に「薪を同じように積んでも、火は乾燥しているところに燃え移る。地面を均等にならしても、水は湿ったところに流れていく」とある。栄誉と屈辱の来るのは、道理として自然のなりゆきである。だから君子は、栄辱の原因となる日常の行いを慎むのである。

 帰宅時、JR快速に乗車したら前の勤め人がスマホでゲーム。
なんか情けない。ブサイクな姿。

利を人に譲り、害を己れに受くるは、是れ譲なり。美を人に推し、醜を己れに取るは、是れ謙なり。謙の反を争と為す。驕・争は是れ身を亡ぼすの始めなり。戒めざるべけんや。

利益を人に譲り、損害を自ら引き受けるのは、譲である。良いことを人に推し、悪いことを自分が引き受けるのは、謙である。謙の反対を驕といい、譲の反対を争という。驕や争は身を滅ぼすもとになるので、戒めなくてはいけない。

世に処する法は、宜しく体に可なる温湯の如く然るべし。濁水・熱湯は可ならず。過清・冷水も亦可ならず。


世渡りの方法は、入浴のときの体に適した温かさの湯のようであるのがよい。濁った水や熱湯はいけないし、あまりに清らかすぎたり、冷たくてもよくない。

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