皆さまにお知らせがあります。

わたくし渡辺直由は秋葉原の道場閉鎖後に池袋・新宿の道場で指導に当たる予定でした。

しかし家庭の事情と怪我によりそれが非常に難しい状況になってしまいました事をお詫びいたします。

家庭の事情と言うのはここに書くような内容でもないのでフェイスブックやミクシィで繋がっている方はメッセージいただければお答えします。

納得いただける内容とは思います。

そしてもう一つはやはり怪我ですね。

僕の膝はもう多分一生、シリアスな試合に耐えうるような状態には戻らないでしょう。

2006年に初めて救急車で運ばれて以来6年間リハビリもずっと頑張ってきました。

とくにこの半年間ぐらいは石垣島にいた事もあり(石垣滞在自体は3カ月)スパーリングはほぼ封印しウエイトトレーニングなどで補強し続けて来たのです。

ところが先日のスパーでは青帯の方とのスパー中にまたも膝が外れてしまい、いよいよ現実を見なければ全ての事が先に進まないと気付きました。

これだけ休んでもダメだったか・・・という気持ちです。

世界中から注目されている東京という日本の中心でトライフォースの看板を背負って指導員をして行く事が、僕のスタイル的には厳しくなって来たと感じています。

※もちろん生徒や出稽古の人とスパーしない素晴らしい先生は沢山います。

ただ僕はどうしても強い人が来るとスパーしてしまうし、我慢が出来ないのです。

どんなに強いんだろう?とわくわくして自分を試さずにはいられません。

昔は東西南北どこでも、強いと言われる人がいれば道着を持って旅に出るくらいの勢いで出稽古しまくり『直さんに聞けば殆どの選手の事が分かる!』と言われるほどでした。

そしてそれこそが僕を柔術に駆り立てる最高のモチベーションだったのです。

最近試合会場にあまり足が進まないのも、かつて一緒に練習したり肌を合わせた仲間の試合を見て彼らの成長を目の当たりすると、怪我で動けない自分との埋められない差を感じ落ち込んでしまうからと言う理由も正直ありました。

その時点で指導者としてはダメですしね。

※落ち込むだけならイイのですが、追いつく為の練習が出来ないと言うのが辛すぎるのです。

膝をからめる50/50ガードの練習は絶対出来ないし、デラやスパイラルやベリンボロも膝が抜けそうで思い切ってかけれません。

あと何より得意だった三角→十字の展開が使えないのです。

スッポリ入ればイイのですが、組み直す三角を全力でやると半分くらいの確率で膝が抜けます。

必殺技が出来ないのでは、選手としてはもう終わりですね。

まあバックからの絞めが得意になったりイイ部分もありますが、拮抗したレベルのライバルに通用するかと言えば微妙です。

柔術と言うのは生涯をかけて取り組むスポーツなので、引退と言うのは無いと自分は思っていますがTFの指導員という看板を背負って試合をする事は多分もうありません。

試合後の美味しいお酒を飲むためにエントリーする事はあっても、あくまで趣味の範囲です。

実際そういうレベルの練習しか出来ていませんし。


東京にいる時はもちろんTFで練習したいですし、代打で指導させていただける事もあるかも知れません。

が、基本的には一会員のような感じにさせていただこうかと早川先生には相談しています。

【聞けば基本技は教えてくれるおじさん】的な。

↑この辺に関してはまだ早川先生に相談している段階なので僕の先走りかも知れません(決定事項ではないです)

『あの渡辺って人、昔はそこそこ強かったらしいよ』くらいに誰かが憶えていてくれればいいかな〜って(笑)

悲しいですが。

でもやり切った感もあるにはあります。

世界王者にはま〜〜〜〜ったく手も届かないどころか、近くにすら行けませんでしたが、沢山のチャレンジはしてきたと思います。

青木くん、杉江アマゾン、小斎さん、北岡くん、K太郎くん、鶴屋さん

エドムンド・カバウカンチ、チアゴ・アウベス、フィリッペ・デラモニカ

勝ったり負けたりですが、強い人たちといっぱい戦いました。

でも一番怖かったのは実は自分よりも経験が浅い人たちとの試合でしたね。

紫帯時代に団体戦でパラの青帯の椎名さんや近藤さんと当たった時やGiグラップリングで黒帯なのに一階級下でさらに青帯の小鈴さんと試合したのが一番怖かったです(笑)

でもそういう全てのプレッシャーに負けずにやってこれたので今は満足しています。

今後東京滞在中はTFでのんびり練習し、石垣島滞在中は大石代表をサポートする指導員としてマイペースで柔術に取り組んで行く予定です。

さっきも言ったように柔術に引退はないのですが、日本のトップ選手としての自覚を持ってやった試合としては2007年の世界選手権が結果的には最後の試合となりました。

一回戦シード

二回戦フィリッペ・デラモニカに抱え十字で勝ち

次でチアゴ・アウベスに0−9で負けました。

グラップリングも戦績に入れればK太郎くんにチョークで負けたのが2009年でしたかね。

生涯初の一本負けでした。

それで終わるのも綺麗で良かったかも知れません。

格闘技人生の第一章はこれで終了する事とします。

これからは趣味としての格闘技人生、第二章をスタートさせたいと思います。

とは言っても最近試合もしていない(出来ていない)し周囲の方にとって僕のやっている事はこれからも殆ど何も変わらないと思いますが、自分の中にそういう心境の変化があったので(特に元生徒や現TF会員様に)お伝え致します。

むしろ自分の中の【ここまでは最低限準備をして試合に臨む】というハードルが物凄く下がったので、逆に試合に出たりするかもしれません。


膝はずっと悪かったので、こうなる事は何年も前から頭の片隅にはありました。

なのでいつ終りが来てもイイようにDVDには得意技のほぼ全てを残したんです。

オファーをいただいた時は自分程度の人間がDVDを出して良いものか、正直悩みましたが最終的には僕が柔術界にいた証として出させていただこうとの考えに至ったのです。

大袈裟に言えば【遺書】的な感じですね。

ですから柔術界で関わりがあった方々には是非一度見ていただきたいなと。


長くなりましたので最後にまとめると。

○固定の指導クラスを持つ指導員として東京でやる事は今後しばらくはありません。
※怪我の状態や家庭の事情がクリアになれば復帰する可能性もあります。

○トップ選手として復帰出来るようにリハビリに励んできましたが、その道からは引退します。

柔術をやめる事はありませんので今後ともよろしくお願い致します。