EXERCISES  A

1
(1) Even if I live in Japan, I cannot read Japanese.
→ Even though / Though / Although

(2) However you run fast, you will not be able to catch up with me. 
→ However fast you run

(3) However much I tried, I could not solve this problem.
→ hard

(4) Whatever will happen to you, don't forget that I'm with you.
→ happens

(5) Whenever you visit the shop, you will always find it is jammed with customers.
→ When


2
(1) あなたが何と言おうとも、私は彼の言うことを信じます。
① Whatever you say, I believe what he says.

② No matter what you say, I trust him.


(2) たとえ誰が説得に来ても、私は自分の決意を変えることはない。
① I will never change my mind, whoever tells me to.

② I will not change my mind, whatever anybody says.


(3) 英語が少々聞き取りにくくても、内容が素晴らしければ皆が真剣に耳を傾ける。
① Even if your English is a little difficult to understand, as long as the content of your speech is woderful, everybody listens carefully to you.

② If the content of your speech is worth listening to, your audience pays close attention to it, even if it has a little difficulty understanding your English.


(4) 「どんなに忙しくても睡眠時間だけは確保すべきだ」と考えている人は多い。
① A lot of people think that however busy you are, you should at least get enough sleep.

② Many people believe that no matter how busy thet are, they should sleep enough.


(5) どのような仕事を選ぶにしても、仕事と余暇のバランスが大切だ。
① Whatever job you may choose, it is important to keep a blance between work and free time.

② It is important to strike a balance between work and leisure whatever you choose a job.  

EXERCISES  B

(1) 猿は木から落ちても猿だが、議員が選挙で落ちれば、ただの人なのだ。
① A monkey is still a monkey even if it falls from a tree, but a politician who loses in an election becomes just an ordinary person.

② A monkey that falls from a tree is still a monkey.  However, if a politician is defeated in an election, he or she becomes an ordinary person.


(2) 言葉には不思議な力がある。どんなに疲れていても、「ありがとう」と言われるだけで、疲れは吹き飛ぶ。
[前半]
① Words have a mysterious power.

② There is  a mysterious power in words.


[後半]
① No matter how tired you are, when someone just says, "Thank you" to you, your fatigue vanishes.

② However tired we are, if we hear someone just say, "Thank you" to us, we can forget our fatigue.


(3) このごろでは、たとえ現金を持っていなくても、乗り物に乗り、食事をして、ちょっとした買い物すらできてしまう。
① These days, even if you have no cash with you, you can take public transportation, eat out, or even do some shopping.

② Nowadays even when you do not have any moneywith you, you can use public transport, eat at restaurants, and even do a little shopping.


(4) 喫煙はあなたの周りの人の健康によくありません。たとえ大人になっても吸うべきではありません。
① Smoking is harmful to you and people around you.  You should not smoke even when you are an adult.

② Smoking is bed for your health and the health of those people around you.  You sghould not smoke even when you are old enough to smoke.


(5)
[前半]どんなに科学が発達しようとも、それは生きることの意味を教えてはくれない。
① However advanced science is, it never teaches us the meaning of life.

② No matter how remarkably science progresses, it will never show us the meaning of life.

[後半]人は何のために生きるのか。その答えは、自分で見出していくしかない。
① What are we living for?  This is  question that we must answer for ourselves.

② What do we live for?  It is up to individual  human beings to find that out. 
  

1
 偶然の人との出会いは、四六時中起こることだ。しかし目標を達成するということに関して言えば、偶然の出会いは貴重な機会となりうるのであり、多くの人々は偶然の出会いで最良の人脈を築いてきた。

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1
 最近、私は自転車に乗り、スケジュールの数分の遅れを取り戻すため、急いでペダルをこいでいた。私は、スピードを出しすぎていることは分かっていた、そして、角を曲がっているときに緩んだ砂を踏んでしまい、自転車は私の下から滑り出てしまった。 なぜ私はそんなに急いでいたのだろう?
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 私は答えを知っていると思っていた。生活の速度が速まっているのだ、人々は50年前より多く働き、くつろぐ時間は減っている-少なくとも人が有力なメディアから得る印象だそうである。 しかし、社会心理学者として、私はデータを見たいと思った。 結局のところ、現代人が数十年前よりも多く働き、くつろぐ時間は減っているという証拠はほとんどないのである。 それどころか、優れた研究の中には正反対のことを示唆しているものもある。 それならば、なぜ人々はそんなにも時間が足りない気がすると訴えるのだろうか。
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 最近、この不可カキナ減少に対する見事な説明が、トロント大学のサンフォード・デヴォーとスタンフォード大学のジェフリー・フェファーによって示された。 彼らは、時間が金銭的価値を持つようになればなるほど、私たちはますます時間が足りなくなるようだ、と主張している。 希少性と価値は一対のものと見なされている。つまり、資源-ダイヤモンドから飲料水まで-が乏しかったり珍しかったりすると、その価値は高くなる、というものだ。 その反対もまた真実である。 だから、私たちの時間がより価値があるものになると、私たちはそれがより不足しているように感じるのである。 世界中の研究が、収入の高い人々ほど時間に追われている気がすると訴える、ということを示している。
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 しかしながら、デヴォーとフェファーは、単に自分を裕福だと「認識する」だけでも、時間に追われている感覚を生み出すには十部である可能性がある、と提唱した。 過去の分析の範囲を超えて、彼らは対照実験を用いてこの因果関係の説明を試みた。 1つの実験で、デヴォーとフェファーは128名の大学生に、彼らの銀行預金の総額を報告するように依頼した。 すべての学生は11段階評価でその質問に回答したのだが、半数の学生に対しては、その尺度は50ドル単位に刻まれ、0ドル~50ドルから500ドル以上までの範囲だったのに対し、残りの学生に対しては、その尺度ははるかに大きな単位で、0ドル~500ドルから40万ドル以上までの範囲だった。 50ドル単位の尺度を使った学生のほとんどは一番上に近い数を選び、その結果彼らは自分は比較的裕福だという感覚を持った。 そして、質問用紙におけるこの一見小さな変更は、彼らに自分が慌ただしく、時間に追われ、ストレスが溜まっていると感じさせた。 裕福だという感覚を持っただけで、学生たちは正真正銘裕福な人々が訴えるのと同様の時間に追われている感覚を経験したのだ。
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 デヴォーとフェファーの研究は重要な文化的傾向を説明するのに役立つ可能性がある。 過去50年間にわたって北米では、時間に追われている感覚は著しく増加した。 週の労働時間がほぼ同程度のままで、週の余暇時間は増加したにもかかわらずである。 この一見矛盾に思えるものは、同時期に収入が大幅に増えたという事実によって少なからず説明できるだろう。 個人のレベルではこの説明は、生涯にわたって収入が増えるにつれて時間はますます希少になるように思える、ということを示唆している。 ということは、私がキャリアを積めば積むほど、無理にでも私はもう少しゆっくり角を曲がるようにしなければならないのかもしれない。
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